第10章 放射線障害防止および廃棄物処理
§2 障害防止

2−3 ICRP新勧告とそれに関する動き

2−3−1 ICRPの新勧告

 ICRP(国際放射線防護委員会)は昭和33年に放射線の許容量について新勧告を発表,次いで34年11月に上記新勧告に含まれなかった事項に対して声明を発表した。わが国の法規における放射線の許容量はICRPが28年に発表した勧告に基づいているので早急の検討を必要とした。放射線審議会は新勧告について自主的に審議を行なうことを決定し,以後2回の意見書を総理大臣に提出,政府もこの意見に従い法規の改正を準備中である。

(1) 新勧告の要旨
 新勧告と旧勧告との大きな違いは (a)従来職業人の決定臓器および組織の許容量を週線量で規定していたのを13週間の線量で規定し,さらに全期間の集積線量を新たに規定したこと,(b)従来職業人と一般人について許容量を規定していたのを職業人と一般人の間に3つの特殊グループを考え,その許容量を規定したこと。(c)遺伝線量を新しく追加したこと等である。
 以下それぞれについて,その主旨を略記する。
 (a)については今後の原子力の広範な利用により,職業的または他の原因による被曝者の増加,平均被曝期間の増加が予想され個人の許容線量については長期被曝によって起る身体的影響の可能性について考慮を払う必要が生じてきた。放射線障害には2つの型すなわち第1は白血病のように個人に現われるものと第2は全ての個人に対して寿命の短縮となって現われるものがある。第1の型については統計的研究によれば放射線専門医は他の医師より白血病になる割合が多いことがわかっているが放射線による白血病誘起の機構は分っていない。しかし集積線量があるシキイ値より低ければ白血病は起らないと仮定してよかろう。最もひかえめな考え方は白血病の誘発には,放射線量の限界値もなくまた回復もないと考えることであろう。つまりその場合にはたとえ低い線量でも感受性の高い人は白血病を起し,その頻度は集積線量に比例すると仮定することである。第2の型については現在まで得られた研究結果では,放射線専門医師が他の医師より寿命が短縮しているということに関しては意見が一致していない,しかし哺乳動物について日線量を種々に変えて長期間被曝させた実験ではより高い日線量の場合には寿命に対する影響が明瞭にみられる。これをより低い線量にまで外挿しかつ人間にまで外挿することが正しいとすれば現在一般に認められている許容限度(旧勧告による0.3レム/週)での職業上の被曝はある程度の寿命の短縮をもたらすと結論される。上記の理由からICRPは新勧告において許容量はこれら2つの型すなわち白血病の発生と寿命の短縮を実際上最小限にまで低下させるように規定した。


 身体の臓器および組織はいろいろ程度の異なる放射線感受性を示す。全身が照射された場合に感受性の高い朦器または組織が身体の正常な機能を営なむ上において,照射線量の制限因子となる。
このような臓器および組織を[決定臓器および組織」といい,新勧告では造血臓器,甲状腺および眼の水晶体が「決定臓器および組織」であるとしている。

 旧勧告における0.3レム/週では,ある人がこの率で50年間被曝し続けたとすると,その集積線量は約750レムとなり,現在の知識ではシキイ値をこえていると考えられており,新勧告では(2)に後述するように許容線量は年間5〜12レムとなっており旧勧告より低くなっている。
 なお,実際上主として関心がもたれる問題は低線量率ないしは断続的小線量による長期被曝の場合である。これらの場合には断続的線量が十分に小さい場合に限り,何年という期間にわたって集積された線量が制限因子となると仮定するのが妥当である,そこで集積線量に加えて1回線量を決める必要がある。これについてICRPは1回線量として引続いた13週間の期限内に集積された最大許容線量と等しいとしている。13週間としたのは1回線量をこれより少ない期間の間隙で受けないことを保証するためである。
 (b)については,旧勧告では職業人の許容量を規定し一般人についてはその1/10と決められていたが,新勧告ではこの両者の間に特殊グループとして(i)管理区域の近くで働くが放射線に被曝するような仕事に従事しない成人(ii)その職務上ときどき管理区域に立ち入るが,放射線従事者とはみなされない成人(iii)管理区域の周辺に住む一般人の3種類のグループを設けている。ICRPはこれらグループに対する許容量を決めるのに特別の注意を払った。主な困難は受胎に始まり生涯を通じて続く低い放射線による被曝の影響について全く知られていないためであった。しかし成人に達してから被曝が始まるよりも受胎から被曝が始まった方がもつと著るしい影響があると考えるのが合理的である(一つには被曝期間がより長いために),しかしこれをどう考えるかは非常に難しいので,これについての研究結果が出るまでは特に慎重にした方がよいと思われる。この理由からICRPは(i)(ii)グループに対して年線量として1.5レム(旧勧告の職業人の決定臓器および組織に対する年線量の1/10)(iii)のグループに対しては年線量として0.5レム(新勧告の最低線量の1/10)としている。
(c)については,将来原子力事業の拡張と放射線のより広範な利用は社余に大きな利益をもたらすと思われるが,他方において放射線被曝によって遺伝的に有害な影響が増大する危険性を考えるとき,必然的に集団全体の被曝を制限する必要が起ってくる。遺伝的障害を抑制する上に主として考えるべきことは有害な突然変異をもった個人の増加によって生ずる精神的または肉体的障害に対する社会の負担と,原子力の利用による利益とのバランスである。しかしICRPはこの収支勘定をすることはできないことを認めている。というのは,このためには考えうる生物学的障害と考えうる利益について定量的に評価することは現在可能である以上の評価をしなければならないと思われるからである。さらに収支勘定に影響をおよぼす因子はおのおのの国によって違うであろうと思われるからで,ICRPは最終決定はおのおのの国において決定すべきことだと強調している。しかしICRPは天然のバックグラウンドおよば医療上受ける被曝線量を除いて人工放射線源から受ける遺伝線量に対して限度として年間5レムを提案している。

(2) 最大許容線量
(a) 個人に対する被曝
 (i) 職業人(天然および医療によるものを含まない)。
 (イ) 決定臓器および組織
  1) 集積線量
     N才までに  5(N-18)レム以下
  2) 線量積算率  上式の許す範囲で13週内に3レム以下。
 (ロ) (イ)以外の器官に対してはそれ以上の線量が許される。
 (ii) 特殊グループに対する被曝
 (イ) 管理区域付近で働く人,および義務として管理区域に時々立入る人。
  1) 決定臓器および組織に対して年1.5レム以下。
  2) 皮膚,甲状腺に対して,年3レム以下。
 (ロ) 管理区域付近に居住する一般人に対して,年0.5レム以下。

(b) 集団の被曝
 集団の被曝が問題になるのは,遺伝の観点からである。ICRPは前述のように遺伝線量として職業人に対し年5レムを提案している。この5レムの考え方は,被曝には職業上,特殊グループとして,集団全般として等いろいろあり,これらの被曝による合計線量が5レムということである。
 したがって遺伝線量の各種の被曝に対する割当が問題で,これについてICRPは1例を示しているが,各国がそれぞれの事情によって決定すべきだとしている。

(3) 1959年ICRP声明
 ICRPは上述の新勧告の発表後,3坪のミュンヘンでの同委員会々議において,この新勧告に含まれなかった事項について,声明を発表することとなり,34年11月にそれを発表した。
 この声明は(i)姙娠した婦人の職業上の被曝(ii)放射線従業員の労働時間および休暇の長さ,(iii)緊急事態の際の周囲の住民の被曝の3項目からなっている。この声明の内容は次のようなものである.
 (i)については,姙娠した婦人の職業上の被曝は,それによって胎児に身体的障害を与えるかも知れないので,特に注意を必要とする。
 (ii)については新勧告の放射線の許容量では,職業人の労働時間および休暇の長さについて特別な考慮を払う必要はないといっている。
 (iii)については,。原子力施設の事故等の緊急事態によって汚染された食物およびミルクを摂取する場合,それらの中に含まれている131I,89Sr,90Srおよび137Csの許容量として英国の医学研究協議会に対して,それの電離放射線対策委員会が,提出した報告書によるのが有益かつ健全な解決の道であるといっている。
 以上が声明の大要であるが,これについては35年2月に放射線審議会に対して諮問があり,審議会においては緊急被曝特別部会を設けて目下審議中である。

 2−3−2 放射線審議会の動き

 放射線審議会の34年度の活動は主としてICRPの新勧告の審議に重点がおかれた。34年度中に総会は3回開催され,下記の通り答申書2,意見書2の提出がなされた。

(1) 原子炉の性能検査に規定する放射線量率および放射性物質濃度について
 核原料物質,核燃料物質および原子炉の規制に関する法律第29条第2項の規定に基づき,性能検査の総理府令を定める必要があるため,当該政令に規定する放射線量率等について34年4月に総理大臣から諮問され,5月答申した。この答申によればこの総理府令を適当と認めているが,将来ICRPの新勧告に基づき,最大許容量が変更された場合,原子炉の設置の許可を与えた時と,その性能検査を行なうときに最大許容量の食い違いが生ずる恐れがあるので,この場合,所要措置をとる事を付記している。

(2) ICRP新勧告に対する意見書(第1回)
 33年11月に新勧告を審議し始めてから34年8月までに検討した総括的な結果を意見書として取りまとめたもので,主旨においてICRP新勧告に賛成しているが,次の点の調査が必要だとしている。すなわち(i0)職業的被曝線量と施設周辺人群の被曝線量との関係について現状を調査すること (ii)自然放射線および人工放射線による被曝による国民遺伝有意線量を国家的な立場から総合的に常時調査すること。

(3) ICRP新勧告に対する意見書(第2回)
 34年8月の意見書は総括的なものであったが,これは「放射線管理」の部分についての意見書である。主旨として新勧告に賛意を表しているが,被曝線量の記録,放射線管理等を適正に行なうことを要望している。

(4) 放射線障害防止に関する技術的基準について
 放射線障害の防止について,人事院規則等改正のため,放射線障害防止に関する技術的基準について35年1月15日付で人事院総裁から諮問され,3月13日付で答申した。この答申によれば本基準を適当と認めているが,本基準は上記(2)および(3)のICRP新勧告についての審議会の意見とその基準が異なるので上記意見書に沿って関係法令が改正されるときは,人事院規則等も改正されることを要望している。
 ICRPの審議の経過は次の通りである。すなわち審議会はICRP勧告特別部会を設け,同部会は審議を具体的に行なうため,当初遺伝線量小委員会(遺伝線量に関係のある遺伝有意線量の割当担当)および管理小委員会(放射線管理に関係のある職業的被曝,特殊グループの被曝等の担当)を設け新勧告の総括的な検討を行ない,この結果を34月8月に開かれた第5回放射線審議会に報告,審議会で検討した結果,第1回意見書が提出されるに至ったが,なお放射線管理に関係のあるものは引き続きICRP特別部会でさらに審議することになった,また第5回放射線審議会において提案された2項目に関する実態調査(第1回意見書参照)のうち,職業的被曝線量と,施設周辺人群の被曝線量との関係についての調査方法等の具体的審議を行なうために,放射線取扱施設等検討小委員会を別個に設けた。意見書の提出後ICRP特別部会は放射線管理上の問題点を審議するため線量,周辺人群小委員会(職業人および周辺人群に対する被曝線量担当)および放射性同位元素濃度等小委員会(事業所または工場の廃水および廃気の許容濃度担当)を設けた。この結果を35年2月に開かれた第6回放射線審議会に報告,その結果第2回目の意見書の提出となった。
 以上2回の意見書の提出をもって審議会のICRP新勧告についての審議は終り,特別部会は解散した。審議会の審議は約1年3ケ月の期間に及びその間特別部会および小委員会の開催回数は20回,総会は2回であった。
 なお,1959年ICRP声明については,35年2月4日付で諮問があり,審議会では緊急被曝特別部会を設け目下検討中である。

 2−3−3 ICRP新勧告に伴なう法規の整備

 放射線審議会は上述の通りICRP新勧告について審議を行ない,2度の意見書の提出によりこれの採用を政府に勧告したので,政府においても直ちに法規の改正準備を進め,35年7月に下記の政令,総理府令および告示の改正に際し,これらの放射線障害防止の技術的基準について審議会に諮問した。
(1) 放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する施行令
(2) 放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律施行規則
(3) 放射線を放出する同位元素の数量等を定める件
(4) 原子炉の設置,運転等に関する規則
(5) 核燃料物質の使用等に関する規則
(6) 原子炉の設置,運転等に関する規則等の規定に基づき許容週線量,許容濃度および許容表面濃度を定める件
 以上の諮問に関して放射線審議会は35年8月に答申を行なった。その要旨は改正案は適当であるが,(1)核燃料物質により汚染されたもので表面濃度が許容濃度の1/10をこえるものは管理区域からみだりに持出さぬよう措置すること (2)一定濃度以下の固体状廃棄物は規制から除外するよう将来考えること (3)廃気,廃水の許容濃度を3日間の平均濃度と規制する場合には,その最大濃度についても規制すること,また廃水の場合海河川等の希釈効果を認めることおよび2以上の事業所からの廃気,廃水については各事業所間のこれら濃度を調整すること (4)内部被曝量の算定についてさらに合理的な方法を検討すること (5)廃棄物の放射線量等の測定は放出する放射線量に変動のない場合には6ケ月に1回とするよう措置することおよび個人被曝については被曝時の状況,量,算定法を記録するよう措置すること等の考慮希望事項があった。
 政府としてはこの答申書を検討し,法規の改正の最終的整備を進めている。


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