第5章 原子力船
§3原子力船開発研究の対象

原子力船専門部会はわが国における開発研究の対象としての船舶および炉を選定するにあたって,その開発研究 は造船技術のみならず,原子炉に関する研究あるいは運航に際して考慮すべき問題も少なくなく,またわが国にお いて行なわれている原子力船の試設計もきわめて多種多様にわたっていたので,これらの検討を進めるために「船 種船型」,「舶用炉」および「研究計画」の3小委員会を設置して審議を行ない,34年9月11日原子力委員会に 対して答申した。
 その要旨は次のとおりである。
1) 「研究の対象とする船種,船型」については,将来の原子力船はその特質から,大型高速船となることは当然予想されるところであり,さらに潜水船のごとく全く新しい型の船舶の実用化も可能であるが,当面の対象として考えるものは,基本設計から着手し,将来実用化さるべき原子力船に備えて詳細設計,建造の経験を得るとともに完成した原子力船としての各種海上実験,要員の養成訓練に及ぶ一連の目的をも達成しうるごとき船舶を取り上げるべきであるという結論に達した。この見地に立って油槽船,貨客船小型船の3船種,5船型について検討を加えた結果,原子力船の開発研究の対象となる船舶の選定について次のごとき基準を明確にした。
(1)ここで考える船舶はあくまでも研究の対象であり,原子力船の特殊性の解明を図るための仕様を備えること。
(2) 研究の対象としては将来実用化される原子力船の原型となりうるものであること。また経済的にも最も効率的であること。しかしその大きさは各種海上実験要員訓練を大洋中で安全に実施しうるため,少なくとも排水量5,000ton以上のものであること。
(3)わが国最初の原子力船であるので安全性の確保に慎重な考慮を払うべきで,炉の遮蔽,炉の支持,耐衝撃構造等に十分な余裕をみて高度の安全性を確保すること。そのため若干の積載能力の減少,速力の低下等船舶としての性能を犠牲にすることはやむをえない。
(4)原子力船としての問題点の解明を図ることが目的であるので,船舶そのものとしての技術的困難を伴うごときものを考えるべきでなく,船舶としては技術的に容易なものであること。
(5)本船の目的からみて,各種海上実験,要員訓練のための設備を特設すること。また経済的見地からみて一応の実験終了後は要員の養成訓練を兼ねて他の目的にも使用することを考慮して簡単な改造により転用しうるようあらかじめ計画しておくこと。
2)「研究の対象とする舶用炉」については,特に重量,容積,振動,動揺等の問題から陸上用炉とは異なった特性が要求されるので,これらについて研究を行なう必要があるが,現在舶用炉に関する技術は急速な発展の途上にあるので,今日の段階で技術的,経済的に将来最良と思われる型式を選定することはきわめて困難である。しかし専門部会においては一応米国等において開発されつつある加圧水型,沸騰水型,黒鉛減速ガス冷却型および有機材型の4型式について検討を行なった結果,加圧水型および沸騰水型の型式を選定した。
 さらに将来の原子力船の主機出力の単位としては,推進器,主機等の製作技術上の制約から限界があり,一方においては,2万馬力前後の商船の建造が最近の傾向でもあるので,舶用炉の当面の開発対象としては,2万馬力程度のものを考えることが適当であるという結論に達している。また小型船用として5,000馬力程度のものについても検討したが,この程度のものによる経験はそれだけに止まる部分が多いので,なるべく大型の炉による経験を必要とする旨言及している。
3)終りにこれら原子力船開発研究の対象とする船種,船型および炉の選定にあたっては技術的,経済的の検討のみではなく,開発の時期,体制あるいは船舶の保有の形態等,国の政策的配慮による面も大きいので,専門部会はこれらの検討に必要と考えられるだけの資料を作成し,原子力委員会に対し,早急に開発研究の対象となる船舶および炉を選定し,まず詳細な設計研究に着手するよう措置するとともに,研究体制の確立ならびに研究開発方針を明確化することを要望している。


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