第4章 原子力船
§3 原子力船の開発

3−1 原子力船の開発の現状

 前述のとおり,わが国における造船および海運の重要性と世界の趨勢にかんがみ,原子力委員会においても,原子力船開発の必要性がみとめられ,31年9月6日内定した原子力開発利用長期基本計画のなかで,すみやかに実用化のための研究を推進することがうたわれている。さらに32年には,水冷却型の原子炉による発電用および船舶用の基礎実験をおこなうために10〜15MW の動力試験炉を原子力研究所に導入することが決定された。
 これによる船舶用の研究は運輸省運輸技術研究所が分担することとなり,同研究所は日本原子力研究所の東海研究所敷地内に東海支所を設置し,原子力研究所と共同で研究をすすめることとなつている。これによる研究の内容については,共同研究という制約もあるので,基礎的なものが主となるであろうが,現在両者の間で共同利用の進め方について検討がおこなわれている。
 一方,民間の海運会社,造船所等においても,それぞれの持味をいかして,移民船,油槽船,鉱石運搬船等主として大型商船の原子力化に関する基礎的な調査研究がおこなわれつつあるが,これらの民間会社によつて組織された原子力船調査会も,30年末の設立以来,大型原子力油槽船の試験設計を中心に,原子力船の設計,安全性,経済性等の諸問題について基礎的な調査研究をおこなつてきた。32年度から政府は,運輸技術研究所において原子力船の研究をおこなわせるとともに民間会社でおこなわれつつある実験的研究の一部に補助金を交付してこれを援助した。
 すなわち,原子力船の船体,機関および計器に関する研究ならびに原子力機関の動揺および振動に関する研究が32年度から運輸技術研究所でおこなわれた。前者は,原子力の利用によつて船体,機関および計器に生じる問題の基礎的な研究で,主として船の負荷変動が原子炉にあたえる影響を解明することに重点がおかれた。後者は,船の振動および動揺が,原子力機関の運転にどんな影響力があるかをしるために計画されているもので,蒸気で加熱する炉心部の模型を振動台の上にのせて実験するものである。
 このほか,舶用原子炉の制御に関する実験的研究が補助金によつて実施された。-これは,船の負荷変動が沸騰水型原子炉の沸騰現象に影響をあたえ,その結果,制御方式に問題を生じる。そこで,この実験においては,沸騰水型原子炉の模型を製作し,炉心部を蒸気で加熱して,実物の炉心内と同様の熱的状態を実現し,これに負荷変動を与えて実験し,安定な制御方式を確立しようとするものである。
 32年度においては,以上の研究がおこなわれたが,第2節でものべたように原子力船の実用化をはかるために解明しなければならない問題は,単に舶用炉の開発のみではなく,炉もふくめて原子力船の安全,経済,運航等の諸問題について広範な研究が必要なことはいうまでもない。原子力船の開発を効果的にすすめるには,これらの研究を問題の重要性と緊急度に応じて整理し,能率のよい研究方法を樹立しなければならない。このために,原子力委員会は32年11月29日,海運,造船界の学識経験者を中心に原子力船専門部会を設置し,原子力船開発のために必要な研究題目とその方法について諮問した。同専門部会は以後審議をかさね,この問題について早急に結論をうるべく努力している。

3−2 海外との技術の交流

 原子力船の研究開発の現状は前記のとおりであるが,わが国の原子力開発は全般的に海外先進国にたちおくれており,原子力船の開発もその例にもれない。とくに原子力船については,米国において艦艇推進用として開発されているため,その技術は公開されなかつた。一方,原子力船の開発をはじめるにあたつて,海外先進国との技術交流をはかることが,海運,造船界からつよく要望されたので,原子力委員会は,関係各界の協力をえて,世界的な海運,造船国であるとともに,原子力の平和利用においても研究のすすんでいるノールウェイから原子力船に関する専門家を招へいすることとし,32年8月,ノールウエイ原子力研究所の原子力船主任研究員ヤンセン氏を招へいした。同氏は,原子力船調査会の主催するゼミナールを中心に原子力船に関する技術と実用化の見通しについて意見を交換し,今後の開発をすすめるにあたつて有益な成果をえた。
 また,わが国の民間業界においてすすめられた研究のなかでも,原子力移民船の経済性に関する研究と原子力潜水油槽船の技術的な問題に関する研究が,その独自性をみとめられ,ジユネーヴでひらかれる第2回原子力平和利用国際会議に推せんされることになつた。このうち移民船に関するものは,年々増大する南米移住をさばくために,原子力を利用して,大型化と高速度化を達成し,移民船の性能を飛躍的に増加させようとするものであり,潜水油槽船に関する論文は,原子力機関が動力発生の際に空気を必要としない利点をいかして,潜水油槽船を設計し,これにより船の高速度化をはかろうとするものである。


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