第5章 原子力の障害と安全
§1 概説

 原子力の利用は,第1章から第4章でのべられたように数多くの利益をもたらすが,同時に放射線によるあたらしい種類の災害の可能性をともなつている。とくに原子力に関して不幸な経験を有するわが国にとつて,原子力による障害の防止と安全の問題は,重大関心事であり,原子力の開発をすすめるにあたつて常に忘却することのできない問題である。
 したがつて,原子力委員会もその発足以来,障害の防止と安全については多大の関心を有し,適宜施策を講じてきたが,31年度まではわが国の原子力開発もようやくその緒についたばかりであつたので,主として核爆発実験による放射能調査に重点がおかれた。その結果,31年5月に第2回目の俊鶻丸の調査がおこなわれビキニ海域の放射能を調査し,32年度には,放射能調査の総合推進をはかるべく関係各省庁機関の協力をもとめて32年度放射能調査計画を立案し,これによつて,目下関係各機関で調査を実施中である。これに要する費用は原子力局において一括計上し,32年度には約3,300万円であつた。
 一方,32年1月派遣された訪英原子力調査団は,帰国後その報告書において,英国型実用原子力発電所の安全性とくに地震対策について十分検討する必要のあることを指摘した。そこで原子力委員会に設置されていた動力炉専門部会は,この問題をとりあげ,原子炉地震対策小委員会をもうけ,英国型動力炉の地震対策について綿密な調査をおこなつた結果,耐震設計仕様書草案を作成し,32年6月これを一応英国側に提示するとともに耐震実験計画を立案した。
 その後,英国型動力炉の受入機関として,あたらしく日本原子力発電株式会社が設立され,ふたたび英国へ調査団を派遣することとなり,また前述の耐震実験計画による実験も進捗し,仕様書草案に対する英国原子力公社の反応もあつたので,この問題について,早急に問題点の集約をおこなうことが必要となつた。このため,小委員会は,(1)地震,地盤,震力関係,(2)耐震実験,(3)耐震設計関係,(4)構造資料関係,(5)仕様書関係の5つの研究班をもうけて,研究を促進した。そして,33年1月に日本原子力発電株式会社から派遣された訪英調査団には小委員会のメンバーが地震班として参加し,独自の調査をおこなつた。その結巣,英国型動力炉の補強(耐震化)について肯定的な見通しがえられるにいたつた。この間,わが国に独特の問題として提起された原子炉の耐震化方策が,順調にすすめられたことは,動力炉専門部会,原子炉地震対策小委員会の各委員をはじめ関係者の協力によるものであるが,今後とも各方面の協力をえて耐震対策に関し万全を期する方針である。
 英国型動力炉でもつとも問題視された地震対策については,前述のとおりであるが,動力炉の安全性全般については,前記動力炉専門部会において,技術的経済的な問題とともにその一環として検討されたが,その後日本原子力発電会社においても,この問題をさらにふかく追及することになり,その研究は,会社側にひきつがれることとなつた。
 また,原子力発電所周辺の気象条件(逆転層等)の問題については,日本原子力研究所によつて東海村周辺が調査されつつあるが,最終的な結論は今後にまたなければならない。
 最後に全般的な原子力の安全問題として,32年度には,東海村でわが国最初の原子炉が運転を開始し,31年度から尾をひきながらついに32年度にもその解決をみることができなかつた関西研究用原子炉の敷地問題,東海大学その他における原子炉設置の動きとその安全問題等,一連の研究用原子炉設置に関連する安全性の問題が表面化するとともに,実用,研究面における放射性同位元素の普及につれて,その取扱量も増加し,また,核燃料物質の製錬,加工等の事業も早晩開始される見込みとなつた。そこで,原子炉をはじめ,これらの放射性物質を利用する施設や装置の建設,運営にあたつて,その安全性を確保するために,法制的措置をとることが必要となつた。政府は,32年4月,放射性同位元素,放射線発生装置等による障害の防止を目的とする「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律」および核燃料物質の製錬,加工設備,原子炉等による災害の防止を目的とする「核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」を施行し,原子力の利用に関する安全確保のための法体系を整備するとともに,この法体系の十分な運用をはかるために,放射線審議会,原子炉安全審査専門部会,および原子炉安全基準専門部会をもうけ,それぞれ障害防止基準の確立,設置許可申請にもとづく安全性の審査および前述の法体系中の各規定,諸基準の検討をおこなうこととした。
 すなわち放射線障害防止の基準に関する法律により,設置された放射線審議会は,各方面の関係学識経験者多数を委員とし,障害防止基準の確立につとめ,原子炉安全基準専門部会は原子炉の設置,運転に関する安全確保の法規制度を十分なものとするため,前述した法体系中の各規定,諸基準を安全確保の見地から検討し,また,原子炉安全審査専門部会は今後設置される具体的な原子炉について,その設置認可申請にもとづき,その安全性を審査し,原子炉の設置に関する原子力委員会の決定に資することを目的とするものである。
 このように政府としては,32年度中に法規制と安全問題審議機構の両面について一応整備したが,これのみでは安全対策が十分であるとはかんがえられない。今後安全対策の強化の面から要求されるとかんがえられる事項は,まず第一に法規制によつて審査を直接に担当する政府機関の機構と人員の充実強化がなされなくてはならない。今後の原子力問題とくに行政問題の中核は安全問題とかんがえられるが,このための現機構,人員はあまりにも弱体である。次に政府機関にかぎらず原子力利用の各分野における保健物理関係技術者の充実増強が安全確保のためにきわめて必要である。
 さらに原子炉設置運転にともなう安全基準を制定すること,安全審査のための調査費用を十分に用意すること,運転中原子炉の安全確保の監視方法等,早急に具体化しなくてはならぬ安全対策上の問題は多々ある。
 原子力の平和的利用の推進の速度がはやまるにつれ,その安全性を確保する諸対策の整備は,すでに多少の遅れをもつているので,今後急速に整備強化されなければならないであろう。


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