第3章 民間および国立研究機関における研究
§5 減速材,反射材,冷却材

5−1 重水

 重水製造に関する試験研究については,29年度以後ひきつづいて研究が実施されてきたが,当初水素製造用電解槽に副製する重水に着目して開始した重水製造の試験研究も,32年度におこなわれた研究の終了をもつて一応完成の域に達した。しかしながらこの方法によるときは,国内既有の電解槽の設備数に制限されて,これらを最大限に活用しても年産20数トンが限度である。一方理論的に大量重水の製造方法としてもつとも有望である水素の液化精溜法についても上記研究と並行して29年度以後基礎研究をおこなつてきた。32年度においてはこれについて,ヒートバランスおよびマテリアルバランスを中心に研究をおこない,その他超低温における諸装置の化学工的諸問題の解明に検討をくわえそれぞれ成果をあげている。また米国において現在実施されている重水製造法すなわち水一硫化水素系の二重温度交換法についても,32年度よりあらたに研究を開始し,とりあえず腐食問題を中心に研究をすすめている。以下おのおのにつきその大要をのべる。

I 水の蒸溜法をくみあわせた重水の製造
 重水と軽水の沸点の差を利用してこれらを分離する方法すなわち蒸溜法は重水の中濃度濃縮(HDl%-50%)に適しているとかんがえ,32年度においてはこの方式を,31年度までに開発された電解交換反応法すなわち低濃度濃縮の方法に接続して工業化への基礎的条件の検討をおこなつた。蒸溜法の最大の問題点は蒸溜に消費する莫大なエネルギーを能率よく御制することであり,熱ポンプを使用してこの点を追求する。一方精溜塔および塔内の充填物について化学工学的ならび,に熱力学的な検討をくわえると同時に塔内の重水の平衡問題についても研究している。
 以上の諸検討にもとづいてこの方式による重水の製造試験について,工業的規模における設備の設計諸元と運転の基礎条件の確立のための研究が実施されている。

II 最終段階における重水の濃縮方法
 29年度以後,重水の高濃度濃縮法としての回収電解法について研究をおこなつてきた。しかしながらそれらの研究結果によると,重水濃度90%以上に達すると重水の電解分離係数が急激に減少すると同時に重水の軽水吸湿性が増大する。そのために90%以下の製造設備および工程管理方法では円滑に99.7%以上の重水をえがたいことが判明した。
 これらの諸問題の解決のため,電解槽に特殊の防湿設備をくわえてこれをふせぎ,同時に電解条件の検討により分離係数低下防止の問題を解決するための研究をおこなうとともに,一方高濃度における重水の管理および分析の迅速化は重水製造の工業化に関連して重要な問題であり,これがため赤外線分析器による重水の分析法と,質量分析器による方法との比較検討をおこなつている。また重水の最終製品の規格等が現在明確をかいており,この点の明確化のために,とりあえず不純物等について調査をおこなうことにしている。

III 水素の液化精溜による重水素の濃縮
 29年度以後,極低温における水素のオルソーパラ転移,水素液化器の試作,小型水素膨脹機関の試作試験,格子分光等による重水分析法等につきひきつづき研究をおこなつてきた。
 32年度においては,それまでの試験研究からえた研究成果および実験設備を利用し,あらたに中型水素膨脹機関を試作してこれらを連続運転することにより,液化精溜法におけるヒートバランスについて検討をくわえる。一方これらの装置を連続運転することにより,この系におけるマテリアルバランスの追求をおこない,工業化への基礎条件についての研究をおこなつている。
 一方低温における装置の運転制御については,ゲルマニウムまたは金属酸化物を利用する装置による自動制御についての基礎研究をおこなつた。また原料水素中に含有される不純物についても低温操作に悪影響をおよぼすため,これらの除去法について低温凝固法の化学工学的検討をくわえている。

IV 二重温度交換法による重水の濃縮
 現在米国において重水製造に採用されている二重温度交換法については,32年度よりあらたに研究にはいつた。この方法は水と硫化水素との間の交換反応H20+HDS→/←HDO+H2Sの平衡値が温度により移動する現象を利用して,硫化水素を循環させることにより低濃度の重水を取得するに適した方法である。この方法における当面の問題は腐食性の非常にはげしい硫化水素を使用するため,装置の耐食性の問題の解決である。32年度においてはとりあえず,各種材料の腐食性および耐食性材料の発見,および腐食防止剤の研究をおこなつた。
 一方交換反応塔内の段間隔,堰の高さ等についての化学工学的な検討をくわえ,同時に交換反応に使用される莫大な熱エネルギーの有効管理,および廃水中の硫化水素の処理法について研究を実施している。
 一方,水素一水系二重温度交換反応については,高温,高圧下における触媒の挙動が重要な因子である。そのため,昭和32年度においては,200〜300気圧,2000Cにおけるニッケルおよび白金触媒を試作して,その活性および寿命等につき研究をおこなつている。

5−2 黒鉛

 29年度以来の原子炉用黒鉛の製造研究によつて不純物の除去,とくに脱ほう素によるほう素含有率0.1ppm前後の黒鉛,比重が1.65以上,異方性の少ない黒鉛の製造技術はほとんど完成の域に達した。
 32年度より,これらのえられた技術により製造した黒鉛試料を米国におくつて,原子炉に挿入し高密度中性子束による損傷の試験研究をおこなつている。
 一方輸入動力炉第1号と予定されでいるゴールダーホール改良型原子炉について日本の地殼構造によりもつとも考慮を要するとかんがえられる黒鉛パイルの耐震性に関する研究をおこなつている。以下おのおのにつき,その大要をのべる。

I 黒鉛の放射線損傷
 黒鉛を減速または反射材として利用するときは,原子炉内における各種放射線により相当の損傷をうける。このことは黒鉛を減速材または反射材として使用する原子炉の構造設計に重大な影響をあたえるため,これに関しては十分に検討する必要がある。現在国内においては,これを試験するに適したほど十分な高密度中性子束を有する原子炉が存在しないため,研究が不可能である。そのため米国原子力委員会に依頼して,米国における適当な原子炉にょる照射試験をおこなうため,国内で開発された技術により製造された黒鉛試料を数種類米国におくつた。すなわち中性子束1013〜1014n/cm2 /sec程度の原子炉を使用して,総中性子照射量1020〜1021n/cm2程度の放射線量が黒鉛の物理的特性におよぼす影響について試験をおこなつている。

II 原子炉用黒鉛の耐震性
 日本における動力炉第1号として,コールダーホール改良型原子炉の輸入気運とともに,これに使用される黒鉛の耐震性の問題は,日本は地震国であるという特殊性から最近とくに検討の必要が生じた。32年度よりこれらの問題にこたえて,黒鉛パイルの上下震動,水平震動による変動にたえる耐震構造用黒鉛材料の特殊加工法の研究,および圧縮強度,曲げ強度,剪断強度および面圧力の静的および動的試験を実施し,材料強度の基準をあきらかにするため研究している。また一方各種炉型に応ずる黒鉛の組立方式を考案しこれらを比較検討するとともに大型起震機による震動試験をおこなつている。同時に原子炉運転時の炉心温度に対応する黒鉛の熱応力分布状況についても研究を実施している。

5−3 その他

I ベリリウムおよび酸化ベリリウム
 原子炉用材料,とくに減速材および反射材としてちかい将来に利用が予想されるベリリウムおよび酸化ベリリウムの研究については,32年度よりあらたに,とりあげて研究を開始した。
 すなわち緑柱石より粗水酸化ベリリウムを抽出し,これを醋酸処理して塩基性醋酸ベリリウムを製造し,蒸溜精製をおこなつて後さらにこれを有機溶剤で醋酸ベリリウムとして抽出する。後この分解により99.99%以上の酸化ベリリウムを製造する。以上の各工程における各種条件につき検討をくわえている。
 高純度酸化ベリリウムの製造については粒度分布の調製および真空ホットプレスによる焼結法につき研究している。
 同時に成型された酸化ベリリウムおよび金属ベリリウムの試料につき,各種機械的特性の試験もあわせおこない減速材,反射材としての適格性につき検討をくわえている。

II 原子炉用金属ナトリウムの製造
 原子炉炉心で発生する熱を有効にとりだし,これを効率よく電気に変換するためには,冷却材の取出し温度をできるかぎり高温にすることがのぞましい。そのため熱伝導が良好で低圧で高温度がえられる冷却材が化学工業上とくにのぞましい。液体金属はこれらの要求にあうため,米国,英国等において,すでに一部の原子炉に使用されている。
 一方液体金属は構造材料に対しての腐食,侵食の点で他の冷却材にくらべて未知の点が多く,このため,31年度よりあらたにこの点についての研究を開始し,ナトリウムについて検討をくわえている。
 液体金属中の不純物,とくに酸素については構造材料の腐食と密接な関係があり,この除去法の研究について,濾過法とコールドトラツプ法の組合せ方式および真空蒸溜法について検討をくわえている。
 一方微量方式の工業分析法につき,定量分析の先行条件,たとえば資料採取等に検討をくわえ,正確な分析技術の基礎を確立する。とくに酸素については,非常に微量でも大きな腐食性をおこすので,酸素の分析法としてアマルガム法およびブチルプロマイド法につき検討をくわえて,工業用金属ナトリウムを原子炉用金属ナトリウムにまで精製する技術的基礎条件を把握しようとしている。


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