第7章 国際協力
§1 日米原子力研究協定の締結

1−1 日米原子力研究協定の締結

 28年12月,第8回国連総会において,米国大統領は各国が原子力の平和利用で協力すべきことを説き,一方,21年制定の米国原子力法は29年の抜本的な改正によつて,友好国との協力をはかり援助を拡大することを確定した。
 つづいて29年11月における第9回国連総会において米国代表はU235分100kgの濃縮ウランの提供を行う用意がある旨言明した。
 このような情況のときに,30年1月,米国は友好国に対し原子力に関する援助計画を有する旨を通報してきた。この口上書には8項目が含まれ,アルゴンヌ国立研究所における原子炉訓練学校の設置,オークリツジ国立研究所におけるアイソトープ講座,原子力委員会の技術・文献の提供などがおつたが,最も重要な項目として「必要量の特殊核物質の入手を合む実用原子炉築造に対する技術的援助」という一項が含まれていた。その後1月末に,原子力平和利用計画のための原子核物質割当に関する概要書が米国から非公式に示された。との内容は「U238と種々の割合で混合されるU235 100kgの分配」と「この物質が1954年の米国原子力法の規定する国際協力協定に基いて利用されること」を主としており,その意味が詳しく説明されていた。
 これらが日本の原子力問題が外国と関連を持ち始めたそもそもの始めであつたが,当時は最初の原子力予算がやつとすべり出し第1回原子力海外調査団が出発したにすぎず,わが国の自力による原子力開発の考え方が強かつた際でもあり,かつ,上記の事柄がいずれも非公式のものであつたので,との提案に対しあまり積極的な反応は示されなかつた。その後2カ月余りはこれに対して殆んど何らの措置もとられなかつた。
 その後,30年4月の原子力利用準備調査会において初めてこの問題をとり上げ,その際,今までの米国からの申入れは非公式であるが,もし受入れるとすれば,米国議会の会期終了の1カ月前までに仮調印しなければならないから,早急にこちらの態度をきめる必要があるとされた。この時においては,米国から申し入れを受けた国でまだ1カ国も協定を交渉妥結した国はなく,また米国に何らの照会もしなかつた際でもあり,当時の議論は,要約すれば,濃縮ウランの受入れは技術的に見て必要かどうか,国際機関ができた場合どうなるか,双務協定を結んでも特別な国内立法等が必要でなく,ひもつきでないならば,原子炉を早くいれることにより,原子炉なしにはできない実験に役立つ等のこたであつた。
 5月初旬になつて海外調査団の意見が発表され,原子力利用準備調査会でも何回か議論が重ねられ,また,学界においてもこの問題についての可否が討議された。かくするうちに,5月11日には,米・トルコ間に原子力平和利用に関する協力協定が発表され,この条文を中心として,さらに各方面において議論が行われた。かくして,5月20日こ至り,閣議においてこの問題が取り上げられ,濃縮ウランの受入れ交渉を開始し,適当な条件でおればこれを受入れたいということが了解された。
 かくて,日米間の研究協定の交渉が開始され,その後,約1ケ万間にわたる交渉の後,わが国の協定に対する要求は殆ど全面的に受け入れられて6月22日ワシントンにおいて仮調印が行われた。すなわち,最大20%の濃縮度を持つU235 6kgまでを受け入れる協定(正式には「原子力の非軍事的利用に関する協力のための日本国とアメリカ合衆国との間の協定」)の本調印が,この年の11月15日に行われた。
 この協定の可否をめぐづて最も議論された点は米国案の第9条に「動力用原子炉についての協定が行われることを希望しかつ期待し,その可能性について随時協議するものとする」という規定であつた。この条項は原子力について日本を米国にひもつきにするものではないかという疑問と不安とに基いて削除されたが,その他にもこの協定の締結が米国以外の国と原子力協定を結ぶさまたげにならぬかとか,秘密協定的なものが入つては困るとか,米側の管理やこちらの負う義務が不当にきつくては困るという点が議論された。
 29年度において初めて原子力予算が計上され,わが国の原子力開発がスタートした際には,わが国の原子力開発はすべて国産技術を基礎から培養しようとする心構えであり,原子力技術の育成計画もこの線に沿つてたてられていた。
 しかし,日米原子力協定が登場するにおよび事情は一変した。この協定が仮調印されるに及び,原子力予算打合会には濃縮ウラン小委員会がつくられ,9月には濃縮ウランの受入れを折込んだ原子炉計画が報告された。その概要は第一号濃縮ウラン実験炉としてウオーターボイラー型原子炉を輸入し,さらに次の段階で濃縮ウラン重水炉,すなわちCP-5型の高度の実験炉の輸入を行う。一方,大学における教育用としてはウオーターボイラー又はスイミングプール型原子炉1〜2基の設置を考える。国産一号炉は熱出力1万kW程度に規摸を拡大し,これらの建設は上記の濃縮ウラン実験炉の活用と従来からの国内原子力技術の開発を通じて,でき得る限り外国に依存せずにつくる。これらの計画の総資金としては29〜34年度の6ケ年で約100億円前後と試算された。その後,ジュネーブ原子力国際会議の影響などもあり,これらの計画は,さらに拡大され,かつその実施予定期間が短縮された。
 かくのごとく,濃縮ウランの受入れは,小規模かつ長期にわたつて低い処から自力で原子力技術を養つてゆくという考え方を,海外からの援助を取入れて急速かつ大規模に行うという風に計画を変える大きな要因となつたのである。

1−2 第1次細目協定の締結

 日米原子力協定が成立して以来,わが国で最初9原子炉となるウオーターボイラー型原子炉の建設計画も進捗し,32年4月には据付]を完了する運びとなるので,このためにはその燃料の加工期間なども考えて,31年の11月中には,ウオーターボイラー型の原子炉の燃料の賃貸借に関する細目協定を結ぶことが必要と考えられるに至つた。この協定は,さきに締結した日米原子力研究協定がU2356kgを供給する約束をしているうち,2kgをわが国の第1号の原子炉の燃料として賃貸借する取極めである。
 米国としては,すでに30カ国以上と研究協定を締結していたが,これに基いて燃料を実際に賃貸借したケースは少く,この細目協定がその後の標準となるとして慎重であり,一方,わが国においても,原子燃料を外国から受入れるためにある程度の制約をうけることはやむを得ないとしても,これを最少限にとどめるように努力がなされた。そしてこの取極は11月23日にワシントンで調印された。
 建前からいえば,この細目協定は,すでに30年に日米間に結ばれた研究協定に基いて,その内容を具体化するものであつて,行政協定となるべきものである。それにもかかわらず,この細目協定を国会に提出したのは,その中にいわゆる免責条項といわれる規定がおりこまれていたからである。原子力の協定が,普通の商業的契約と異る点は,主として燃料の軍事的利用を防ぐ保障措置の規定にあるが,これと並んで,この免責条項も原子力協定に特有のものであつた。すなわち,免責条項というのは,米国から賃貸された濃縮ウランの引渡しをうけた後は,その製造,所有,賃貸,占有,使用から生ずる一切の責任から米国政府を免除するというものである。米国においては,政府が特殊核物質を民間に賃貸する際にこの規定のように政府が免責されることが原子力法にも謳つてあり,たまたま,日本をはじめとする初期の研究協定にとの条項が挿入されなかつただけで,その後の米国が締結している研究協定にはすべて免責条項が加えられており,この条項なくしては,濃縮ウランを海外に賃貸し得ないというほどに米国側では重要な条項と考えていた。従つて,細目協定でありながら,かかる免責条項をふくむことによつてこれを国会にかけてその承認を経ることになつたのでおる。
 なお,賃貸される濃縮ウランの賃貸料については,濃縮ウランの価額の年率4%の使用料に,消費および濃縮度低下補償料(貸与されたときと返還されたときとの価値の差額)を加えたものと定められている。濃縮ウラン使用料については,当初,米国の原子力委員会の定めた1g当り25ドルという価格をもとにして考えられていたが,交渉の最後の段階で濃縮ウランの新価格表が発表され,この新しい価格表によると20%濃縮ウランはU235の1g当り16.12ドルとなつた。とのように,価格が米国の原子力委員会の決定によつて動くものであることを考慮して,協定では燃料の引渡時において実施されている価格表によつて濃縮ウランの価格を定めるとととした。
 第1次の細目協定が締結されると,との協定に従つて,燃料受入れの準備が行われた。すなわち,日本政府としては,ウォーターボイラー型原子炉の燃料として米国原子力委員会から供給された6弗化ウランを硫酸ウラニルの形にかえることを米国の加工業者に依頼することとし,マリンクロツト社と加工契約を結んだ。加工された燃料は,とくに慎重を期して,抽出したサンプルをオークリツヂにあるユニオン・カーバイド社に依頼して分析を行つて濃縮ウランの品質を確認し,一方燃料は空路日本に送られ,32年5月にわが国の最初の燃料として東海村に到着したのである。

1−3 第2次細目協定の締結

 わが国の第1号炉であるウオーターボイラー型原子炉の燃料が,31年12月に細ロ協定の締結によつて入手の見込みがついたとろ,わが国の原子力計画に従つて必要とされる燃料は,その量を徐々に増加しつつあつた。すなわち,すでに10月米国AMFアトミツクス社に対しては,わが国の第2号炉としてCP-5型原子炉の発注が行われており,その必要とする燃料の量は,設計によつてわづかづつ変化しながら4kg,という線におちついてきた。一方,原子力研究所が増殖型原子炉の設計のための指数実験用として1kgの濃縮ウランを必要とすることも明らかになつてきた。
 とのように,今後,原子力の開発計画の進展にともたつて,必要とされる濃縮ウランの量もこれまでの6kgの枠をこえる可能性が生じてきた。ここにおいて,現行の研究協定を改訂して将来の必要に備えるべきだという気運が生じ米国側と研究協定の改訂について交渉に入つた。しかしながら,この交渉が進捗をみせないうちに,すでに4月近くになり,協定の改訂が5月中旬に終る国会の期日に間に合うことが困難であると考えられるに至つたので,直あに,CP-5型用の燃料4kgについての細目協定の交渉に入り,ひきつづき,国産第1号炉の指数実験用の天然ウランおよび冶金研究用の天然ウラン合計4トンについても購入の交渉を行うこととした。
 CP-5型原子炉の燃料に関する細目協定は,さきにウオークーボイラー型原子炉の燃料を受入れる際に結んだ第1次の細目協定とほぼ同じであるが,第1次細目協定の対象となつたウオーターボイラー型原子炉と,CP―5型原子炉との原子炉の特殊性の相異が2つの協定の差異としておらわれた。ウオーターボイラー型の燃料は2kg, CP-5型のは4kgというと両者の差は大きくないかに思われるが,前者の熱出力が50kWであるのに対して後者の熱出力は1万kmであつて,ウオーターボイラー型が2kgの燃料を装てんしたならば10年間もそのままで使用できるのに対し, CP-5型は4kgの燃料を装てんしても,全出力で運転すれば,わずか2カ月で燃料を取り替える必要が生じてくる。その結果,第1に,CP-5型の燃料は,  4kgを常に原子力の中で燃焼さサていられるように取換用としての追加量が必要になり,第2に,燃料の燃焼の結果生じるブルトニウムの量がウオークーボイラー型の場合よりはるかに多くなることとなつた。この2つの点が第2次細目協定を第1次の場合と実質的に異つたものとしている。第1の点については,すでに30年に結ばれた研究協定に記されてあるとおり,  4kgを原子炉で常に燃焼しておくのに必要な追加量が認められ,第2の点については,使用済みの燃料を処理して得られたプルトニウムおよび燃え残りのウランは正当に評価して日本側が支払うべき賃借料,からさしひかれることになつた。
 このように,第2次細目協定は5月8日ワシントンにおいて調印され,幕切れの迫つた通常国会に提出され,その承認をうけ,20日に発効する運びとなつた。


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