第3章 原子力技術の開発
§3 国立試験研究機関および民間における開発研究

3−1 原子炉

3-1-1  原子炉設計の基礎研究
 原子炉の理論,設計計算は未知の新しい分野でおるので,これに必要な原理技術等を習得することが原子力開発にとつて最も急を要する問題である。
 政府は29年度および30年度に日本学術振興会に補助金および委託研究費を交附してわが国の原子力開発計画の一環として建設されると思われる研究用原子炉の一般設計を行わせた。
 29年度はまず原子炉設計について全般的な知識を得るため初歩的な設計計算をこころみ,それらの検討を行つた。その主なものは濃縮ウラン軽水均質炉,スウイミングプール型原子炉,CP-5型原子炉,天然ウラン重水非均質炉等である。続いて30年度には研究の主目標を天然ウラン重水型,熱出力10OMWの原子炉の具体的な設計計算においた。これがいわゆる「国産1号炉」である。
 この原子炉は燃料に天然ウランを,減速材および冷却材に重水を,反射材には黒鉛を使用するととになつているが,その設計にあたつては5つのグルーブにわかれて独自に研究されているのでそれぞれの特徴があらわれている。これら各グループの設計はその後日本原子力研究所が引きついで一つにとりまとめ試作試験,模型試験等を行い,設計,構造を確定するための研究を続けている。

3-1-2  動力炉の設計研究
 動力炉に対しては日本原子力研究所をはじめ民間の各メーカー,電力会社等が基礎的な設計研究を行つている。
 とくにわが国の特殊事情から地震に対して動力炉の設計上とくに考慮すべき問題点を検討するため,原子力委員会動力炉専門委員会の中に地震対策小委員会が設けられ,わが国の地震の性状,東海村の地盤構成その他あらゆる角度からの調査検討を加えている。
 また民間においてもそれぞれ自社の技術的特徴あるいは従来からの技術提携等を考慮して動力炉のうちのいずれかを選んで研究が進められている。

 したがつて液体金属回路における伝熱,流動,腐食,精製等の研究を進めておくと同時に,なるべく早い機会にその操作になれておくため,政府はとの研究に補助金を交附して助成しつつある。

3-1-3  原子炉附属機器
 原子炉の冷却材循環系に設けられる機器たとえば熱交換器,ポンプ,圧送機,弁等は他の用途に使用されるものに比べると腐食,漏洩,圧力,温度等において非常にきびしい条件が要求される。そのため工作技術,材料の選定等に非常に多くの困難な問題を解決しなければならない。たとえば,材料としてはステンレス鋼,インコーネル等の特殊材料を使用する場合が多いので,これらを加工する技術を確立しなければならない。この研究は今後早急に促進すべきものである。
 つぎに高温高圧下における無漏洩という点からポンプ,圧送機,弁等に特殊な工夫がなされねばならない。31年度には研究補助金を交附して厚子炉用高圧密閉型電動ポンプの研究を実施しているが今後は更に大型のものを試作して実用化をはからねばならない。また冷却材に応じて炭酸ガス圧送機,電磁ポンプ機械式液体金属ポンプ等の研究開発も早急に行う必要がある。

3-1-4  原子炉の計測制御
 原子炉の出力を精密に制御し,非常の場合には安全棒を作動させるなど原子炉を安全に運転するためには,精密な計測装置と,この計測装置から受けた信号を計算し応答する装置およびこの計算値により制御棒を作動させる制御棒駆動装置が必要である。これらの装置は従来他の方面において使用されていた装置に比べると非常に精密であることと,即応時間が早いことが要求される。
 これらの研究を促進するため30年度から研究委託費および研究補助金を交附して中性子検出器,シミュレータ,制御棒駆動機構等一連の制御系を試作させ作動試験,衝撃試験等を行つている。しかしながらとの試作品は国産1号炉を目標としているので,高温,高圧,大容量になつた場合の計測制御装置は,この試作品よりもはるかに困難な問題を解決する必要に迫られるであろう。

3−2 燃料および燃料要素

3-2-1 ウ ラ ン
1) 抽 出,精 製
 ウラン鉱石からのウランの抽出に関する試験研究は29年度から開始されている。,すなわち29年度においては「国内産ウラン鉱の選鉱に関する研究」および「燐鉱石よりウランの抽出」の試験研究に対し,研究補助金が交附された。
 前者においては戦前から知られていた福島県産のペグマタイト鉱石の選鉱処理を目的とし,優先磨鉱,比重選鉱,磁力選鉱,静電選鉱等を実施し,とれらの各種選鉱法の組合わせによる実収率の向上をはかつた。ペグマタイト鉱石は,非常に複雑な鉱石で,ウランの含有量も非常に低いものでおるが,処理方法によつては有利に抽出できることが判明した。すなわち比重選鉱と磁力選鉱の組合わせにより,実収率は46%であつたが,0.05%の原鉱を1.24%まで選鉱することが可能であり,製錬法にも関係するが,精鉱品位をもう少し低くすれば,相当高率の実収率を得ることができると考えられる。
31年度において,原子燃料公社が設立され,また,鳥取,岡山県下において人形峠,小鴨等のウラン鉱山が発見され,これらの諸鉱山を原子燃料公社が企業化のための探鉱をすることとなつた。
 このうち,人形峠鉱山が最も有望となつたので,その鉱石を有利に処理する方法を早急に確立することが必要となつた。
 なおペグマタイト鉱石の処理は,その処理が非常に困難であり,研究に相当の長年月を要する問題であり,企業的に近い将来に処理される問題ではないので国立試験研究機関において,長期の計画のもとに研究がなされるべきであるとの判定で,32年度から工業技術院資源技術試験所において実施されることとなつている。
 このため,31年度委託研究により「国内産ウラン鉱石の選鉱製錬」の研究が実施された。この研究では,人形峠鉱石を優先磨鉱,重力選鉱,磁力選鉱等で処理して,高い実収率でウラン鉱を選別し精鉱を硫酸抽出し,この抽出液の精製については,イオン交換法と有機溶剤法および両者の組合わせ法の優劣検討を行うものである。これによつて人形峠鉱石に適した処理方法を確立して,原子燃料公社の操業に役立たせようとするものであり,現在実施中である。
 燐鉱石からのウランの抽出については,年に約150万トン処理される燐鉱石に含まれる微量のウランを燐鉱石処理の工程にいて有利に抽出しようとするものであつて,燐鉱石は大部分硫酸処理された水溶性燐酸の形態をとるので,この工程より沈澱剤または溶剤,あるいはイオン交換樹脂によりウランを抽出する方法を検討した。この研究は32年度まで継続研究される予定になつており,現在までの成果として,ウラン抽出率89%(中間試験の規模においては51%),燐酸液損失14.5%(全工程にて)という結果を得ている。
 さらに31年度から「共沈法による燐鉱石中のウランの抽出」の研究が実施され,これも32年度に完了の予定で,燐鉱石処理の工程において微量のウランを有利に抽出する技術が確立されようとしている。この方式は,燐鉱石を硫酸処理した燐酸液中に硫酸チタンを加え燐酸チタンを沈澱させ,その際燐酸液中のウランを共沈させる現象を利用したものであつて,工業化の際の適当な燐酸液濃度,硫酸チタン溶液の濃度,硫酸チタンの添加量,ゲル生成の時間等を検討するもので現在研究を実施中である。
 また,工業技術院東京工業試験所において32年度から「乾式法によるウラン精錬法の研究」が実施されるととになつている。これはウラン鉱石を団鉱とし,これを高温の塩素気流中において,団鉱中のウランを塩素化して,抽出する研究である。
 ii) 還  元
 ウラン化合物を,金属ウランとするため,30年度から委託研究により「カルシウム還元による金属ウランの製造に関する研究」が実施され,また電気試験所において,溶融塩電解法による「ウラン精錬に関する研究」が実施された。
 カルシウム還元による金属ウランの製造は,当時,世界各国において本格的量産の方式として実施されていたもので,金属カルシウムと四弗化ウランを混合して炉中で反応させ,四弗化ウランを金属ウランに還元させる方法であるが,わが国においては,まだ行われたことがないので,四弗化ウランの製造法,四弗化ウランと金属カルシウムの反応の様相を検討することを目的とし,8kgの金属ウラン還元量の規摸で還元に成功したが,研究はまだ継統中である。
 現在のところ,フレオンガスを用いてウラン酸化物を弗化する場合にはウラン酸化物を二酸化ウランの状態にまで還元しなくてもよいので水素還元の行程が省略できるが,水溶性のウラン塩化物が四弗化ウランに介在する傾向がある。
 また溶滓とウラン金属の分離をよくするには還元の対象となる四弗化ウランをなるべく無水状態に製造することがきわめて重要である。また還元処理量が少ないと生成したウラン融塊の緻密度が不充分である。
 溶融塩電解による金属ウランの製造は,世界各国によつて,四弗化物による電解が検討されたが,実用の域には達しなかつた。
 電気試験所において実施した方法は,四塩化ウランにより溶融塩電解する方法で,バツチシステムによる時は電解温度450〜5000C,電流密度20〜25A,四塩化ウランの濃度を25〜40%にして,電流効率65%,金属収率90%で,金属ウラン結晶を1回当り1kg作ることに成功し,また現在は四塩化ウランの連続添加による連続電解法にも成功している。
 iii) 溶 解 加 工
 金属ウランを原子炉に使用できる燃料要素とするため,溶解造塊,被覆等の加工を行わねばならない。とのため31年度から,補助金により「天然ウランの溶解及び造塊に関する研究」が実施され,真空アーク溶解法による良質なウラインゴツトの製造についての研究を現在継続中である。また「原子燃料の被覆に関する研究」が実施され,ウランをアルミニウムまたはジルコニウム等の被覆材で被覆して,所定の寸法の燃料要素を製造する研究を現在継続中である。
 現在のととろ,天然ウランの加工研究を実施中のものは以上のとおりであるが研究の実際にあたつては,基礎研究を原子力研究所,応用研究を民間企業が分担し,相互の連絡を密にして研究を推進する態勢になつている。
 次に粉末冶金法による燃料要素の製造については,31年度から補助金により「UO2-Al系分散型プレート原子炉燃料要素の粉末冶金法による製造研究」を実施中である。これは,酸化ウラン粉末とアルミニウム粉末を焼結して,これを2枚のアルミニウム板でサンドイツチ状としてロールにかけ,全面がアルミニウムで被覆された燃料要素を作るもので,焼結体がアルミニウムのサンドイツチ中で所定の寸法に圧延されるための諸問題を検討する。

3-2-2   ト   リ   ウ  ム
 トリウムについては,30年度から電気試験所において溶融塩電解法による金属トリウムの製造が実施されている。
 これは,四塩化トリウムを溶融塩電解して金属トリウムを製造する方法で,高純度金属トリウムの結晶を電解温度500〜700°C電解圧4〜5V,電梳密度5〜10Aという条件で,1回250g電解探取することに成功した。また沃化法により金属トリウムの棒を得ることにも成功したが,研究は現在継続中である。
 また31年度から,補助金により,「金属トリウムの乾式製錬」を実施中である。とれは,前記の金属カルシウムによるウランの還元と同様な方法で,四弗化トリウムを金属カルシウムと混合し,炉中で反応させて金属トリウムを得る方法で,四弗化トリウムの製造,四弗化トリウムと金属カルシウムの反応の様相把握が目的で,現在のところ,500gの金属トリウムの還元に成功したが,現在なお研究は継続中である。

3-2-3 その他
 同位元素の濃縮については,将来のウラン濃縮を目標として,31年において,日本学術振興会を通じ,東京工業大学において「拡散法による同位元素濃縮の基礎研究」が委託研究で実施されている。
 これは,拡散法により同位元素を濃縮するための,各種の隔膜の試作および試験と,隔膜の仕様を決定するための理論計算等について研究を実施するものである。

3−3 燃料再処理,廃棄物処理の研究

 使用済燃料の再処理,廃棄物処物の研究は,燃料の有効利用,あるいは,原子炉,放射線実験室等からの放射性廃棄物による環境衛生上きわめて重要な研究であり,29年度以降国立試験研究所および委託研究費により学術振興会を通じ国立大学において基礎的な研究を行つてきた。
 放射性廃液の処理に関する研究は東京大学,京都大学で行われ,水酸化カルシウム,水酸化アルミニウム,水酸化鉄等の沈澱剤を用いた凝集沈澱法,下水の処理に使用される活性汚泥法の利用,あるいはこれ等の組合わせ,イオン交換樹脂による廃水の処理,および粘土による廃棄物の固定方法についてそれぞれ研究を行い放射性廃液の処理の基礎的研究を実施中である。放射性廃棄物処理の過程における特定物質の分離の研究は名古屋工業技術試験所において行われている。これは放射性物質中のとくに半減期の長いもの,また放射線源として有効な用途のあるものを処理過程中で分離する目的で,  Cs137のエチルアルコールによる溶出法,イオン交換法による分離法およびCs137,Sr90,Ba140等の分離のためイオン交換膜を用いた電解処理法の研究を現在実施中である。放射性廃ガスの処理研究は東京大学で行われたもので,放射性のガス,エアロゾールの性状,除去法の原理,ガスの捕集,分析方法についての研究を行い放射性廃ガス処理に必要な基礎的研究を実施中である。また東京大学では科学研究所のサイクロトロンによりNp239,Pu239を製造し,これを用いて弗化ランタンサイクル法と陽イオン交換樹脂法,溶媒抽出法等によりウラン核分裂生成物,プルトニウムの相互分離の研究を行い,燃料再処理に際しての基礎研究を実施中である。
 上述の研究はその重要性より,原子力研究所の研究体制が整うまで,大学,国立研究機関等で研究を進めてきたものであるが,原子力研究所においては,31年度以降研究の準備を進め,32年度以降これらの基礎研究の結果を引き継ぎ廃棄物処理の化学的研究,廃棄物処理装置の研究を実施し,原子力研究所に設置される原子炉,放射線実験室から排出されるすべての放射性廃棄@を処理する施設を建設することになつている。

3−4 減速材,反射材および冷却材

3-4-1 重  水
 原子炉に使用する重水は濃度99.75%以上の高濃度,高純度の品質を要求される。従来わが国における重水の研究は水素の同位元素としての学問的研究が主で,高純度の重水の大量生産についての研究は皆無であつた。
 29年度原子力平和利用の研究が開始されるに及び重水の製造研究がとりあげられた。研究開始に先だち,学識経験者により研究項目の決定を行い,重水濃度測定用質量分析計の試作,肥料工業における水の電解と,水蒸気一水素の交換反応との組合わせによる重水の低濃度濃縮の研究および触媒の研究,重水を最高濃度に濃縮するための減容電解による回収電解法の研究,水素と重水素の沸騰点の差を利用する水素液化精溜法およびこれに必要な断熱法の研究について研究を開始し,30年度,31年度と研究を続行してきた。重水素専用質量分析計の試作については,学界および民間の協力により試作に成功し,30年度には,都立大学において測定法の研究を行い,標準試料を作製し,他の重水の研究に役立たせた。交換反応法による重水の低濃度濃縮の研究については,重水製造に適した電解槽の配列,交換反応に用いる電解槽からのドレンの捕集および精製の方法,触媒を用い交換反応を行う交換反応塔の設計および運転法の研究を実施しており,これに使用する触媒については東京工業試験所において白金系触媒,宇都宮大学においてニツケルクロム系触媒について研究を行い満足すべき結果を収め,肥料工業の水の電解を利用する重水製造(わが国の水の電解槽を全部利用すると年間20〜30トンの生産が可能である)の技術の確立に役立ち得た。高濃度濃縮のための回収電解法については減容電解による電解分離係数の最大となる電解条件の探求および電解により発生する爆鳴気の有効的な回収のための安全燃焼に必要な装置,運転条件について研究を実施し,ほぼ目的を達し現在は最終段階における濃縮装置の研究が残されている。水素液化精溜法の研究については-253°Cの極低温において有効な断熱保温の基礎研究を行い,10-2mmHg程度の真空度でシリカゲルを充填し,経済的な断熱保温法の基礎的資料を得た。本研究に併行し,学術振興会を通じ東北大学金属材料研究所において水素の液化精溜の工業化に際して問題となる上記極低温装置の保冷法,低温度における水素のオルソ―パラの転移法,水素液化機,水素膨脹機関,重水素の精溜装置等の研究を行い,31年度にいたり,水素使用量毎時100m3の試験装置による連続精溜実験を実施する段階にまで到達することができた。以上の三種類の製造方法のうち,回収電解法は99.75%以上の最終製品を得る手段として欠くことができないと思われる。交換反応法は天然水(重水濃度0.014%)を数%の濃度まで濃縮するのに適しているが,水の電解設備との関係において生産量に限界がある。水素の液化精溜法は低濃,度から高濃度までの濃縮が可能であり,理論的には最もすぐれた方法であるが,工業化に際して,なお多くの問題があり,また交換反応法とともに水素源に限界がある。したがつて将来の大量需要および数%から数十%までの中間濃度に適当した濃縮方法に問題が残されていることになる。このため,重水の中間濃縮に適すると思われる水の蒸溜による重水の精溜について31年度より基礎研究を実施中であり,また重水の大量生産に効果が期待される二重温度交換法については32年度以降研究を行う予定である。

3-4-2 黒 鉛
 反射材,減速材に使用する原子炉用黒鉛は従来一般の工業用に使用される高級人造黒鉛製品に比較し,密度が高いこと(1.65以上),純度が非常に高くとくにほう素の含有量がきわめて少いこと(0.5ppm以下),および異方性が少ないことが決定的な相違点である。原子炉用黒鉛の製造研究は29年度から大阪工業技術試験所において開始された。すなわち黒鉛中のほう素の分析方法の研究を行い,クルクミン試薬を用いる比色分析法により微量ほう素0.05〜10ppmの定量法を確立し黒鉛の製造研究に役立てた。また黒鉛の製造研究については同所において,基礎的研究およびほう素含有量の少い原料の探査の研究を行い企業における製造研究に役立てることができた。また,資源技術試験所においては,国内の無ほう素黒鉛原料の調査を実施している。民間企業における研究については,30年度委託研究費により,ほう素含有量の少ないロツクポート産石油コークス(米国品,ほう素合有量0.2〜0.4ppm程度)および国産ピツチ(ほう素含有量0.6〜0.8ppm)を用い,製造工程中に他からほう素の混入をできるだけ防止して黒鉛素材を作る方法および高密度の黒鉛を得る方法に重点をおき研究を実施し,ほう素含有量0.4〜0.5ppm,  見かけ比重1.67〜1.72の性能を有する黒鉛の試作に成功した。その後国外における原子炉用黒鉛の製造に関する情報等の入手も可能になり,高価な高品位原料を使用せず化学処理により説灰,脱ほう素する方法が判明し,基礎研究によりその効果が認められたので,31年度にはハロゲンガス等を用い黒鉛化の際に脱灰,脱ほう素を行う研究および黒鉛の工業的製造条件の確立のため,継続して研究が実施された。一方黒鉛の異方性の減少,比重の増加のため原料コークスにカーボンブラツクを混合し,通常の抽出成形に変るプレス成形に重点をおいた研究が実施され,ともに現在迄にほう素含有量0.1ppm以下,見掛比重1.7〜1.75,かつ,異方性の少い製品の工業的製造の研究にほぼ成功することができた。

3-4-3 そ の 他
 減速材,反射材に使用されるその他の材料の研究については,31年度大阪工業技術試験所において,原子炉用黒鉛にベリリウムを被覆する研究および炭化ベリリウムの研究を実施中であり,金属ベリリウム,酸化ベリリウムの研究については,電気試験所および民間において実施する予定である。また冷却材に用いられる液体金属の製造,精製等の研究についても,32年度以降研究が進められる予定である。

3−5 原子炉構成材料

3-5-1  ステンレス鋼
 ステンレス鋼の研究については,30年度において委託研究費により「ステンレス鋼の研究」がまず実施された。
 これは,水溶液均質型原子炉では,ウラニル塩水溶液に対するステンレス鋼の耐食性が,容器,配管等の製造の際の,材料選択の目安となる重要な問題であるので,これについて,ステンレス鋼種,ウラニル塩の種類,濃度,温度,遊離酸の影響を調査したものである。研究結果として耐食性に及ぼす鋼種および前処理の影響はほとんどなく,各腐食条件の平均腐食量は0.2ミル/年一(ミル;1/1,000インチ)以下の十分な耐食性を示した。
 ついで,31年度から補助金により),「原子炉用ステンレス鋼鋼材の製造に関する研究」および「原子炉用ステンレス鋼の熔接等に関する研究」が実施されている。
 前者は,原子炉用のステンレス鋼として使用されると想定される18-8系のステンレス鋼中,低炭素鋼,チタン入り鋼,ニオブ入り鋼を対象として,これらの製造条件と非金属介在物等の成分の影響,加工性,機械的性質,高温高圧水による腐食等を検討し,原子炉用として最適の18-8系ステンレス鋼の製造条件を決定することを目的としたものである。
 後者の18-8系ステンレス鋼の熔接については溶接部の亀裂,残溜応力ならびに組織変化等とその防止に関する研究を母材と熔接棒の両面より実施し,適切な化学成分ならびに溶接条件を確立することを目的としたものである。
 ステンレス鋼に関しては加工,製管,熔接施工法等の諸問題があるが,これらは今後早急に解決されねばならない。

3-5-2  アルミニウムおよびその合金
 アルミニウムおよびその合金については,31年度において委託費により「原子炉材料としてのアルミニウムおよびその合金の耐蝕性に関する研究」が実施された。
 これは,市販の純アルミニウムおよびその合金,すなわち2S,52S,56S等については,原子炉用として,相当に使用可能であるといわれているが,まだにわが国においては,原子炉用としての観点から検討されたことはなかつた。このため市販のアルミニウムおよびその合金について高温水(300°Cまで)に対する耐食性の決定,合金成分その他金属学的問題が耐食性に及ぼす影響,水処理による防食法の試験,間隙ならびに接触腐食,重水の腐食挙動等の諸問題を検討中である。
 アルミニウムおよびその合金材料としては,市販の材料のみの検討でなく,微量成分として,いかなる金属,非金属がどの程度の含有量によつて,どのように性能の変化をきたすかについて,積極的に検討を行うことが,今後の問題となるであろう。

3-5-3  ジルコニウムおよびその合金
 ジルコニウムについては,その核的性能が非常によく,耐熱酎食性良好のため,原子炉用材料として注目されてきた。
 わが国においても,ジルコンサンドまたはチタンスラツグから,クロール法によつて,ハフニウムの少ないジルコニウムの製造が民間企業において企業化されている。
 国立試験研究機関においても,名古屋工業技術試験所がこの問題を早くからとりあげており,31年度から,原子力予算として「ジルコニウムとハフニウムの分離に関する研究」が実施されている。
 これは非常に核的性能の悪いハウニウムをジルコニウムから分離することとその分析を目的としたものである。
 ジルコニウムとハフニウムの分離は,イオン交換法,有機溶剤法により研究されており,イオン交換法によつて,ハフニウムが50ppm以下と推定されるものを得ることに成功した。

3-5-4 そ の 他
 モリブデン,ニオブ,タンタル,チタン等の金属およびその合金による耐熱耐食材料,あるいはサーメツト,セラミツクスによる耐熱耐食材料等が,原子炉用構造材料として注目されているものであるが,現在のところ,一部が潜在的に研究されているに過ぎない状態で,今後の課題となるものと考えられる。
 前述した構造材料のほかに,測定器等に使用される同位元素の分離については,現在のところ,B10の濃縮の研究が,31年度より,委託研究費により実施されている。これは,天然ではボロン中に20%程度しか含まれていないB10をBF3およびその複合物の形で交換反応または蒸溜により低濃縮し,さらにこれを同位元素分離装置を利用して高濃度濃縮を行い,100%に近いB10を得ようとするもので現在継続中である。

3−6 遮蔽用特殊セメントならびに遮蔽用特殊コンクリート等

 原子炉等の生体遮蔽体の設計および建設に際し,有効かつ経済的な遮蔽材,構造材としての特殊セメントの製造,特殊コンクリートについての物理的化学的性質とくに熱的性質,ガンマ線,中性子線の遮蔽効果等に関する基礎資料を得るための研究が30,31両年度にわたり民間において行われた。その内容はポルトランドセメントにガンマ線遮蔽用重量骨材として重晶石,磁鉄鉱,褐鉄鉱あるいは鉄片を用い熱中性子吸収混和材としてコルマナイト,ボロカルサイト等を用い,また特殊セメントとしてはマグネシアオキシクロライドの製造および性質の研究および上述の骨材を使用した際のコンクリートの製法,物理化学的性質,遮蔽効果についての研究を実施し,遮蔽体施工に際しての基礎的資料を得ることができた。
 原子炉の遮蔽体の施工に関する研究は31年度に民間において行い,重コンクリート施工用型枠,型枠支持法,混煉装置,運搬装置,打設方法等につき,現場で使用可能な装置を試作し,実物大に近い大きさの壁体を施工し,現場施工機械,現場施工方法の研究を行い,特殊コンクリートミキサーの試作を完了し,精度向上のための型枠およびこれの支持方法と施工方法につき研究中である。
 特殊塗料については放射線実験室,原子炉室等に用いる耐放射線特性を有し汚染された際除去が容易である塗料の試作を目的とした研究が31年度に民間において行われた。との研究では,各種顔料,展色材の放射線損傷を調査し,これらの結果から主としてビニル樹脂系のものにつき研究を進め,放射性物質に汚染されにくい,また汚染された際に汚染除去率の良い塗料,その塗装方法およびストリツパブル塗料の研究を実施した。

3−7 放射線測定装置

 放射線測定装置の研究開発は,原子力開発の初期から行われている。すなわち29年度には日本学術振興会に補助金を交附して,原子力開発にともないどのような測定器が必要になるか,またその測定器を開発するためにはどのような研究をしなければならないかについて調査を行つた。
 30年度,31年度には政府はこの調査を参考として民間企業を育成した結果,各種の放射線測定装置の研究開発が盛んに行われすでに一部のものが市販されるようになつた。
 一般に放射線測定装置の問題点は,放射線を電気的エネルギーに転換する検出部と,この電気エネルギーを増幅し,指示する計数部である。したがつてこの両者の研究に重点を置いて研究補助金または委託研究費を交附してその助成を図つたのである。
 32年度以降においては,これらの放射線測定器を応用した各種の汚染監視装置の試作研究が計画されている。

3-7-1 検出部の研究
 ガンマ線や中性子線は荷電粒子でないため物質と直接電離作用をしないのでこの測定にはシンチレーションカウンタを使用するのが有利である。シンチレーションカウンタは放射線がシンチレータに当つてエネルギーを失い光子を発生し,との光子が光電子増倍管の光電面に当つてエネルギーを失い光電子を発生し,との光電子が二次電子面で増倍されて電気エネルギーとして計数部に送られて増幅指示されるものである。ところがとのシンチレータや光電子増倍管は十分な研究が行われていなかつたのでガンマ線用シンチレータ(タングステン酸カルシウム,沃化ナトリウム),高速中性子用シンチレータおよび低速中性子用シンチレータの試作を助成し,また各種の光電子増倍管の試作を助成した結果一応の成果が得られ,まもなく生産工程にのるととが期待されている。
 次に中性子の検出方法としてほう素に中性子をあて原子核反応によつてアルファ粒子を出し,これを検出する方法があるが,との原理を利用した中性子測定器の試作も大いに進捗し実用できる程度の成果が得られている。

3-7-2  計数部の研究
 計数部は非常に早い計数速度を持ち,かつ微量な放射能を測定するためにきわめて小さい電流を測定できる回路でなければならない。そこでとの要求を満足するため回路の研究が助成され,かなり良好な結果が得られた。たとえば増幅器の入力側に使用する高抵抗では1012Ω程度のものの試作に成功し,また10-12〜10-13A程度の電離電流を増幅する小型電位計用真空管の試作もよい成績を収めた。
 なお検出部から送られてきたパルスを計数するためのトロコトロンの試作を行いすぐれた計数管の試作に成功した。また100チャンネルの超多重波高分析機の試作も進められている。

3-7-3  放射線標準の設定
 放射線測定装置を実際に使用する場合,これらの測定器を較正し正確な測定を行わねばならないことはいうまでもない。このため電気試験所においては29年度から放射線標準を設定するための研究に着手し,35年度において一応完了させる目標であるが,すでに一部の放射線標準の設定を終り,放射能測定器の検定を開始する準備をすすめている。


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