第3章 原子力開発利用の概観
§1 原子力開発利用の現況

1−1 原子炉の開発

 原子炉の設置については,すでに原子力利用準備調査会においてその方針が打ち出されていたが,31年3月ウオーターボイラー型原子炉が米国ノースアメリカン航空会社(North American Aviation Inc.,略称NAA)に発注される一方8月には茨城県東海村に建屋の建設が着手された。
 この原子炉は硫酸ウラニルを燃料とする均質炉であるが。20%濃縮ウラン(U23520%)を使うものとしては世界ではじめて建設されるのでかなり慎重に製作が進められ,32年5月には原子炉の組立が完了した。そして8月には米国のマリンクロット化学会社(Mallinckrodt Chemical Works)で加工した硫酸ウラニルを装入して運転を開始した。この炉は小型なものであるが,物理化学の基礎研究,アイソトープの試験生産に用いられるほか技術者の養成に資するととになつている。
 第2号炉としてのCP-5型原子炉は31年10月にAMFアトミツクス社(AMF Atomics Inc.)と購入契約を行い,33年度下期完成を目標に建設が進められている。
 この原子炉はこの型では世界最大の本格的な研究炉で,基礎研究はもちろんのこと材料試験にも,またアイソトープ生産に大いに役立つものである。
 一方,わが国の国産第1号原子炉については,29年度以来天然ウラン重水型と定められて設計がなされてきたが,日本原子力研究所ではそれまでの成果を継承して,大学,民間会社の協力をえて32年2月には基礎仕様書を完成した。
 大学における研究および教育のための原子炉は立地的な見地から,さしあたり関西方面に一基を設置し関係大学の共同使用に供する方針で,その具体的な措置が講じられている。
 なお31年度の特色は,研究用原子炉の建設と各種の研究施設の整備にあるといえるが,同時に,将来におけるわが国のエネルギー需給上の観点から原子力発電の重要性が強調され,動力用原子炉を海外から導入する機運が醸成されたことも見逃すわけにはいかない。この機運は31年5月来日したヒントン卿の「英国の原子力発電コストは採算ベースにのる」という言明によつてもり上つた。その結果,英国の原子力発電とくにコールダーホール型原子炉の調査のために,10月には訪英調査団が派遣された。その報告がコールダーホール改良型動力炉の経済性について有利なものであつたことから,産業界も動力炉開発について積極的な動きを見せ,発電用動力炉の開発計画とその態勢について積極的な検討をはじめるに至つた。

1−2 核燃料の開発

 わが国の核原料資源の探査は29年以来地質調査所によつて行われてきたが,その結果,中国地方の倉吉,人形峠,倉敷地区,東北地方の気仙沼地区などをはじめ,有望なウラン鉱が発見されてきた。
 31年度においては,これらの探査をさらに一歩すすめて,有望地区について企業化のための調査を行うこととなり,8月に設立された原子燃料公社は,ただちに中国地方の上記3地区について精査に着手した。一方,民間企業に対しては核原料物質の探査を奨励するために探鉱費補助金が交付された。
 原子燃料公社としては,35年に完成する国産原子炉に必要な天然ウランを供給することを目標として,ウラン製錬について32年度にウラン製錬の中間試験工場を建設し得るように,ウランの製錬の調査研究を推進すると同時に,海外の資料についても調査を行つた。
 また,将来のわが国の核燃料の需要の増大を考えれば,国内の資源のみに依存することはできないと思われるので,政府は海外のウラン資源の入手についても努力し,各国の核燃料資源入手の可能性,生産及び規制の方法について調査したが,31年末にはタイに調査員を派遣してタイ国の事情を調査させた。

1−3 原子炉技術の開発

 原子炉および関連設備に関する技術の育成は,29年度原子力予算が成立するとともに始められた。とくに31年度からは,予算の飛躍的増加に裏付けられてその育成は一段と拡大された。すなわち,日本原子力研究所の設立に伴い原子炉の建設をはじめ,大規模な各種研究設備の建設が茨城県東海村で始められた。
 国立研究機関においては原子炉用黒鉛,放射性廃棄物の処理,ウラン製錬,放射線標準等の研究が行われ,それぞれ基礎的な分野において進歩がみられ,とくに黒鉛の研究はその製造技術の開発に大いに役立ち,ウランの製錬の研究においてはわが国独自の熔融塩電解法を確立した。
 なお民間原子力産業における製造技術の育成は助成金の交付によつて行われてきたが,その助成金は29年度約4,500万円, 30年度約1億6,300万円,31年度約4億4,600万円(債務負担行為額を含む)である。
 これによつて行われた主な研究は各種原子炉の設計,計測制御,燃料および燃料要素,減速材,反射材および冷却材,原子炉構成材料および遮蔽材料,放射性廃棄物の処理,放射線測定機器,冷却材循環機器等多方面にわたり,まだ研究の域を脱しないものもあるが,実用化しうる研究成果を収めたものも少ない。
 例えば放射線測定器の多くはすでに研究が結実して商品化されており,また滅速材用黒鉛の製造および遮蔽用特殊セメントの製造とその施土技術は確立し,その試作品は優秀なものであることが判明した。

1−4 アイソートープの利用

 アイソトープの利用は,25年に輸入を開始してから,毎年急速に拡大している。すなわち31年度末には,アイソトープを使用する機関数も,347機関となりその使用件数も前年度よりは4割増加し,アイソトープの輸入金額に至つては前年度に比べて3倍の約1億円となつている。
 このような利用の増大は,アイソトープの利用によつて理学,工業,農業および医療の各分野にわたり,すばらしい効果が収められることを示すものであるが,最近の傾向としてその利用の分野はこれまでの研究室規模から,応用規模にまでひろげられてきている。すなわち,これまで大学や研究所で行われた研究が結実して,病院や会社で実際に応用される傾向が顕著になつてきた。
 わが国のアイソトープの利用は,医学関係が最も広く,使用件数からみても全体の6割をこえており,農学,生物学関係,工学関係,理化学関係の分野がこれにつづいている。これらの利用の分野は今後の研究,開発によつて測り知れない程拡められると思われるので,とくに,その利用の促進のために,31年度は国立試験研究機関の施設の整備と研究の推進に1億円に近い支出が行われた。
 アイソトープの利用が拡まるにつれ,これらの利用の基礎となるべき共通の研究,技術者の養成,アイソトープの生産などを行うアイソトープセンターの設立が要望され,これは,日本原子力研究所のアイソトープ部門として,32年度から発足することととなり,31年度にはその準備がすすめられた。

1−5 放射線障害防止と放射能調査

 原子炉の運転,核燃料物質の開発の進展,アイソトープの利用に伴う放射線障害を防止するととは,きわめて重要な問題である。したがつてこれらの障害防止については,「核燃料物質,核原料物質,原子炉の規制に関する法律」および「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律」によつて厳重に規制すると共に,放射線防護について万全の措置を講じつつある。
 とくに,放射線の人体に対する影響,放射線による汚染または放射線障害の診療等に関する総合的な研究は,放射線障害の防止上欠くことのできないことである。したがつて,これを担当する研究機関の設立は30年初頭より学界,官界で検討されていたのであるが,32年度から国立の放射線医学総合研究所を設立することになつた。
 一方,わが国が世界における唯一の原爆被災国であることから放射能の影響について関心を高めていたが,29年の第5福竜丸の被災,まぐろ汚染の問題は,この問題をーそう身近かに感じさせた。この結果,29年に俊鶻丸による放射能調査が行われたが,さらに31年度にも,米国のエニウエトツク,ビキニの原水爆実験について再び俊鶻丸による放射能調査が行われた。これによつて,原水爆実験に伴う大気,海洋,魚類の汚染状況が明らかにされつつある。さらに原水爆実験が実験地域のみでなく,直接わが国にも影響を及ぼすおそれがあるので原子力委員会は,従来各機関がばらばらに実施していた放射能調査を総合的に行うように,関係機関の協力を得て放射能調査計画をたて,常時観測の体制を確立することとした。

1−6 技術者の養成

 原子力の開発を進めるに当つて,科学技術者の養成を等閑に付することはできない。わが国としてはまず,早くから原子力の開発に着手した米国または英国に留学生を派遣して急速に原子力関係の科学技術者の養成を行うこととした。
 原子力関係の留学生は29年度2名,30年度9名であつたが受入国が外国人技術者に対して門戸を開いていくにしたがつてその数を,増し,31年度には33名が,米国,英国,カナダ,北欧に派遣された。
 ことにアイソトープについては,その利用がきわめて広い範囲にわたつているが,比較的短期間に再教育できるところから,すでに26年以来民間団体主催による講習会においてアイソトープ技術者の養成が行われ,31年度末までにその受講者は約3,000人に達している。なお,この問題の重要性にかんがみ,32年度からは原子力研究所内にアイソトープ研修所を設ける計画が進められている。
 これらの養成訓練はとくに養戒のために設けられた機関によるものであるが,このほかにも,日本原子力研究所等において原子力の開発に携ることによつて,現実的な養成訓練が行われているといえる。
 なお,長期的にみれば,科学技術者の養成は大学における科学技術者の教育から行うことが必要であり,このため32年度から東京大学その他4大学においては,大学院に原子力の専門課程または講座を設けることになつた。

1−7 国際協力

 30年の夏,ジュネーブで開かれた原子力平和利用国際会議を契機として,世界の国々の原子力平和利用に対する関心と期待とは高められた。
 わが国は,科学技術の水準からみても,また,工業力の豊かさからみても世界の原子力の平和利用の発展には,将来において大いに貢献すべき立場にある。しかも,現在は,一方において原子力の先進国から十分な知識を吸収してこれを消化し,他方においてこの成果を,原子力の平和利用の研究に日の浅い国々と頒ち合わなければならない。したがつて,原子力の平和利用の推進のためには,国際的な協力が必要となつてくる。この原子力の国際協力の動きは米国,英国,ソ連を中心として全世界にひろがりつつある。
 ところが,原子力利用の中核をなす原子炉及び原子燃料は,研究用として,あるいは動力用として供給される場合,単に商業的な経路ではなく,国際的な協定という政府の間の約束をレールとしてそれを通じて供給される。そしてその提供された炉または原子燃料はあくまで平和利用のみに限られ,原子力の軍事利用の転用を防止することが要請されるのである。
 このように,原子力の平和利用は,国際協力を強化して推進されているが,31年度においては,研究協定から一般協定への動き,二国間協定から国際機関の設立への動き,および国際的な交流の積極化,ということが大きな特色としてあげられる。
 わが国は,国際協力の一歩として,30年11月米国との間に原子力利用に関する協力のための協定を締結した。これは,一般に,研究協定といわれているが,その理由はこの協定によつて供給されるのが研究用原子炉とこれに伴う燃料であり,いまだ動力用原子炉に伴う大量の燃料の供給は考えられなかつたからである。この協定にもとづいて,わが国の第1号炉のウオーターボイラ型原子炉の燃料が賃貸され,また,第2号炉の燃料の賃貸のための細目協定も締結された。しかし,原子力発電が米英両国において,実用化への一歩をふみだすに及んで,単に研究用だけでなく,動力用の原子炉およびその燃料の供給をもふくむいわゆる一般協定の締結への傾向があらわれはじめ,わが国においても,研究協定から一般協定にきりかえる機運が高まつてきた。
 原子力の国際協力は,二国間の双務協定という形でひろがつてきたが,これと同時に国際的な機関によつて多角的に協力する形も生れてきた。その中でも,国際原子力機関は,31年10月に70ヵ国によつて調印された世界的規模のものであり,わが国としては,当初からこの機関の設立を積極的に支持した。また,地域的な機関としては,米国によつてアジア原子力センターの構想がうちだされた。
 原子力の国際協力という面で,最も実質的に影響を及ぼすのは,国際的に知識を交流することである。わが国にも,米国,英国,カナダ,フランスをはじめ各国の原子力の指導的地位にある人々が来訪し,それぞれの国の原子力の発展を背景として,新たな知識と剌戟とをあたえ,また,一方においては,わが国から視察団が各国に派遣されて海外の新たな動きを鋭敏に伝え,これらの国際交流の結果が,わが国の原子力政策の新たな発展の契機として役立つたのである。


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