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1-5 ゼロリスクはないとの認識の下での安全性向上への不断の努力

 あらゆる科学技術がリスクとベネフィットの両面を持つように、原子力についてもゼロリスクは有り得ず、事故は起きる可能性があるとの認識の下、「残余のリスクをいかにして小さく抑え、顕在化させないか」という認識を定着させ、東電福島第一原発事故の教訓を踏まえ、規制基準への適合に留まらず、安全性向上への不断の努力を積み重ねることが求められています。
 そこで、原子力事業者等を含む産業界全体で連携して、自律的かつ継続的な安全性向上を推進するための新組織が設立され、共通的な技術課題の解決に向けて活動を開始しています。


(1)原子力事業者等による自主的安全性向上に関する取組

 安全性向上のためには、規制基準さえ満たせば安全であるという安全神話と決別し、原子力施設の安全確保に一義的責任を有する原子力事業者等が自主的に取り組むことが重要です。原子力事業者等を含む産業界は、自主的安全性向上に取り組むに当たり、事業者を牽引する組織として2012年11月に一般社団法人原子力安全推進協会(JANSI)を設立しました。JANSIは世界最高水準の安全性(エクセレンス)の追求をミッションとしており、そのためにエクセレンスの設定、評価、支援を行います。また、JANSIは米国原子力事業者の自主規制機関である原子力発電運転協会(INPO53)をモデルとしており、「最高経営責任者(CEO54)の関与」、「原子力安全へのフォーカス」、「産業界からの支援」、「責任」、「独立性」の5つを原則としています。2019年3月には「JANSI-10年戦略」を決定し、自主的安全性向上の取組に関してJANSIと産業界が目指すべき姿とアクションプランを示しました [107]
 JANSIと原子力事業者等は協働関係にあり、JANSIはたゆまぬエクセレンスの追求を効果的、効率的に進める役割と責任を担います。JANSIの会員である電気事業者は個別及び集団的責任を負うとともに、エクセレンスを追求する主体として一体的な安全性向上への取組を継続します。JANSIによる提言・勧告の策定に当たっては、必要に応じて外部の専門家である技術評価委員や海外機関によるレビューを受けることで、客観性を確保しています。また、世界原子力発電事業者協会(WANO55)と連携することで、高い水準のピアレビュー手法を導入し、エクセレンスを追求しています。


図1-16 JANSIの活動サイクル

(出典)一般社団法人原子力安全推進協会「JANSIについて」 [108]


表1-7 JANSIの主要な活動と取組状況(2020年2月時点)
主要な活動 取組状況

ピアレビューと支援

  • ピアレビューにより発電所の課題を評価(2012年以降19回実施)
  • 改善対策セミナー、ベンチマーク訪問、研修、連絡代表者訪問、専門分野別の相談窓口等による支援

自主的安全性向上基礎プログラムの充実

  • プログラムの考え方を整理し、事業者にエクセレンスを示す活動を展開中
  • 是正措置プログラム(CAP)、構成管理(CM)、共通自主PI、リスクマネジメントのガイドラインを制定済

発電所再稼働の支援

  • 先行プラントとの意見交換、事業者エキスパートによるウォークダウン等による支援

運転経験情報の活用

  • 国内外の運転経験情報を収集、分析し、必要に応じて事業者に対策等を提示(2012年以降重要度文書等を20件、注意喚起文書を6件発信)
  • 国内運転経験情報を公開データベース NUCIA56に登録し、必要に応じて対応を求める

安全文化診断

  • 3年ごとに安全文化アンケートを実施
  • 安全文化アンケートの結果を基に、3年から4年周期で安全文化診断を実施

安全性向上策の提言

  • IAEAの評価手法に基づき、過酷事故対策に係る国内発電所の現状を評価し、必要に応じて提言

発電所総合評価システムの導入

  • 2018年度実績に基づく評価を実施し、2019年11月にCEOセッションで情報を共有するとともに、評価結果を2019年度 JANSI会費に反映
  • 発電所表彰

リーダーシップ研修

  • 緊急時のノンテクニカルスキル醸成に焦点を当てた研修を企画、実施
  • 各管理層を対象に、職制に応じた10コースの研修を提供

(出典)第1回原子力委員会資料2号 一般社団法人原子力安全推進協会「自主規制組織としてのJANSIの取組み」(2020年)[109]に基づき作成

コラム ~INPOの設立と取組~

 INPOは、スリー・マイル・アイランド原子力発電所事故に関する調査委員会(通称「ケメニー委員会」)による産業界への提言を契機に、自主的安全性向上を牽引する組織として1979年に設立されました。ケメニー委員会による主な提言は以下のとおりです。

  • 効果的な管理や安全性を保証するために自ら基準を策定し、適合状況を確認する。
  • 原子力発電所における運転経験データを組織的に収集、レビュー及び分析する。また、その結果を速やかに事業者へ伝達するための情報ネットワークを設置する。

 INPOは提言を踏まえ、最高レベルの安全と信頼性を追求することをミッションとし、施設に対するピアレビューや改善支援等に取り組んでいます。ピアレビューの結果は事業者のCEOに通知され、CEOの責任で対応することになります。また、安全性に関する原子力発電所の運営・運転・管理・保守等の情報はCEO間で共有され、意見交換が行われます。これらの情報は原子力発電事業者の知的財産であり、自主的安全性向上を目的としているため会員外には公開されず、これにより会員間の率直な共有が促されています。なお、米国外の原子力事業者も参画しており、我が国ではJANSIが会員となっています。

主な活動 具体例

施設・組織の評価

  • 施設に赴き、現場の観察や質問を通じて設備の状況や職員のパフォーマンス等を評価
  • 安全性と信頼性の観点から事業者を評価

訓練・資格認定

  • INPOの施設あるいはオンラインでの訓練プログラムを提供
  • 施設の長所・短所を評価するとともに改善点を提言
  • 優れた職員や訓練プログラムの認定

事象解析・情報共有

  • 発電所における重要事象のレビューを支援
  • 原子力産業界における教訓や良好事例を共有

支援

  • 各発電所の要請に応じて、発電所の運転等に関する技術的あるいはマネジメント上の課題への取組を支援

(出典)INPOウェブサイトに基づき作成 [110]


 このような自主的安全性向上の取組の結果として、米国では重要事象の発生頻度の減少、稼働率の向上、出力向上等を達成し、原子炉数は増加していないにも関わらず総発電電力量の増加にもつながり、安全性と経済性の両立を達成しています。

米国の原子力発電所の重要事象発生率と発電電力量の推移

(出典)米国原子力エネルギー協会(NEI)のデータに基づき作成


コラム ~INPOの自律的な規制を支える5つの考え方~

 INPOのエリス会長兼CEO(当時)は、INPO設立を「米国の原子力産業界における自律的な規制の出発点」と表現しています。同氏は、原子力のような高度な技術を駆使する産業における「自律的な規制」を支えるものとして以下の5点を挙げています [111]

① トップ自らの関与
 INPO加盟各社のトップ自らがINPOの活動を支持し、それに関与することが、INPO設立に際しての重要な構成要素であった。例えば、エリス氏は2010年、加盟各社の全トップに対して、当時の原子炉における運転事象に係る望ましくない傾向を指摘する書簡を送り、対応策を同氏に直接提示するよう求め、各社のCEOは対応した。

② 原子力安全へのフォーカス
 INPOのミッションとは、最高レベルの安全性と信頼性、すなわちエクセレンスの追求である。単なる規制の遵守よりも、エクセレンスの追求が、原子力発電所における安全パフォーマンスの向上におけるINPOの基本的な役割である。

③ 原子力産業界からの支援
 原子力産業界の継続的なエクセレンスに関する標準策定への関与と、その達成の遵守を実施している。また、包括的かつパフォーマンスに基づく原子力発電所のピアレビューによるプラント評価を実施しており、商用炉や海軍のプラントで貴重な経験を積んだ人員を評価チームの管理者として起用している。

④ プラントの評価結果の公開
 効果的なパフォーマンスと安全性の改善のため、プラント評価報告書を対象プラントのみに公開している。事業者による適切な対応が行われるまで運転再開延期を求めることもあった。

⑤ 独立性
 INPOが自律的な規制を行う組織としての責務を全うするためには、INPO自身が加盟各社から独立した存在であることが必要である。NRCとは独立である立場を明確にする一方、パフォーマンス向上のために最新の情報を提供するなど、協力関係を構築、維持している。

(2) 安全性向上のための新組織の設立

 原子力産業界全体による自律的かつ継続的な安全性向上の取組を定着させていくために、原子力発電所の安全性を更に高い水準へ引き上げることをミッションとした組織として、2018年に原子力エネルギー協議会(ATENA)が設立されました。ATENAは、東電福島第一原発事故の反省と教訓に加え、事故後の事業者の取組状況を踏まえ、図1-18に示す共通的な技術課題に取り組むとしています。また、規制当局との対話や社会とのコミュニケーションを図っています。

図1-17 原子力エネルギー協議会の役割

(出典)原子力エネルギー協議会パンフレット

図1-18 原子力産業界として取り組むべき課題の抽出

(出典)原子力エネルギー協議会「2018年度事業の概要」(2018年) [112]


 2018年度は、ATENAに参加する会員等が保有する国内外の最新の知見を確認の上、更なる安全性向上に資する共通課題として優先的に取り組む13件のテーマを特定しました(表1-8)。2019年度は、テーマに対して個別に課題検討を進めるとともに、技術レポートを発行しました。また、サイバーセキュリティ対策導入自主ガイドを発行し、原子力事業者に対してガイドに示される安全対策の導入を要求しています [113]
 2020年1月には、原子力規制庁と経年劣化管理に係る技術的な議論を行う場として「経年劣化管理に係るATENAとの実務レベルの技術的意見交換会」の設置が決定されました[114]。2020年3月に第一回意見交換会が開催され、プラント長期停止期間中における保全について意見交換が行われました。意見交換会の内容は原子力規制庁により報告書として取りまとめられ、原子力規制委員会に報告される予定です。
 また、ATENAは、原子力産業界の関係者が取り組むべき今後の課題を共有する機会として、毎年フォーラムを開催しています。「ATENAフォーラム2020」では、「原子力の有効活用に向けた安全上の課題と ATENAの役割」をテーマとしたパネルディスカッションが行われ、問題が生じた時に ATENAが産業界の声を代表することで規制当局との対話がより効果的に実施できると示すことで、ATENAと規制当局の間で信頼が構築される等の意見が出されました[115]

表1-8 ATENAが特定した技術テーマ一覧(2018年9月決定)

テーマ(2018年度以降、短中期で取り組んでいくテーマ) 関連する技術課題(注1)
1 サイバーセキュリティ対策導入ガイドラインの立案 ①、②
2 自主的安全性向上対策導入の促進に向けた対応
3 新規制基準への対応設備・運用の見直し
4 新検査制度の制度運用関連ルール作り
5 震源を特定せず策定する地震動の見直しへの対応
6 不確実さの大きい自然現象への対応
7 サプライヤー(素材・部品等)の不適合への対応要領の策定 ①、③
8 安全上の重要度に応じたバックフィットルールの検討
9 SA設備(注2)を収納した建屋免震の技術基準適合性評価手法の策定
10 SA設備(注2)の重要度分類に応じた効率的かつ効果的運用の推進
11 新知見によるSs(注3)見直しの際の対応方針の策定
12 地盤液状化現象の評価手法の高度化
13 ディジタル保護系共通要因故障対策導入ガイド

(注1)①新知見・新技術の積極活用、②外的事象への備え、③自主的安全性の取組を促進する仕組み
(注2)SA設備:シビアアクシデント(重大事故)への対処を目的に導入した設備
(注3)Ss:原子力発電所の耐震設計において基準とする地震動(基準地震動)
(出典)総合資源エネルギー調査会電力・ガス事業分科会原子力小委員会第19回会合 参考資料2原子力エネルギー協議会「ATENA技術課題(テーマ)への取組の状況」(2019年)に基づき作成[116]

(3)リスク情報の活用

 東電福島第一原発事故以前には、発生頻度の低い事象の取扱いに関しては対応が十分ではありませんでしたが、このような災害のリスクを見逃さず、安全性を更に向上させるため、確率論的リスク評価(PRA)手法を活用した安全対策の検討にも取り組んでいます(図1-19)。PRAは、原子力発電所等の施設で起こり得る事故のシナリオを網羅的に抽出し、その発生頻度と影響の大きさを定量的に評価することで、原子力発電所の脆弱箇所を見つけ出すための手法です。原子力事業者等を含む産業界は、一般財団法人電力中央研究所の下に設置された原子力リスク研究センター(NRRC)との連携を通じて、PRAの高度化に取り組んでいます。NRRCは、PRA手法及びリスクマネジメント手法に係る研究開発の中核を担い、高い専門性を必要とする共通課題を解決するための研究開発を進め、原子力の自主的安全性向上への取組を支援しています。

図1-19 原子力事業者等によるリスク低減の取組

(出典)第5回原子力委員会定例会議 資料1-1号 電気事業連合会「原子力発電の安全性向上におけるリスク情報の活用について」(2018年) [117]


 また、電気事業者は自主的・継続的な安全性向上のために、PRA等から得られるリスク情報を活用した意思決定(RIDM57)を発電所のリスクマネジメントに導入することを目指しています(図1-20)[118]。RIDMの導入により、発電所の運営に関わる全員が発電所のリスクを理解し、起こり得る問題の重要度を考慮した意思決定を速やかに行うことで、対策の優先順位を総合的に判断すること等が可能となります。なお、原子力施設の規制制度においても、2020年4月からリスク情報に着目した新たな検査制度の本格運用が開始されました。

(注1)是正処置プログラム(CAP58):事業者における問題を発見して解決する取組。問題の安全上の重要性の評価、対応の優先順位付け、解決するまで管理していくプロセスを含む。
(注2)コンフィグレーション管理:設計要件、施設の物理構成、施設構成情報の3要素の一貫性を維持するための取組。

図1-20 リスク情報を活用した意思決定によるリスクマネジメントの概念図

(出典)第5回原子力委員会資料1-1号 電気事業連合会「原子力発電の安全性向上におけるリスク情報の活用について」(2018年) [117]


 電力事業者は、RIDMの導入に向けて2020年若しくはプラント再稼働までの期間をフェーズ1と位置づけ、パフォーマンス監視・評価、リスク評価、意思決定・実施、CAP、コンフィグレーション管理に取り組んでいます [119]
 パフォーマンス監視・評価に関しては、安全実績指標(PI59)のデータ収集方法等に関するガイドラインを策定し、データ収集と自社プロセスの構築を行っています。リスク評価に関しては、四国電力株式会社伊方発電所3号機と東京電力柏崎刈羽原子力発電所7号機をパイロットプラントとしてPRAモデル高度化のレビューを行い、得られた知見を各プラントに反映しています。また、NRRCがPRAピアレビューガイド(試行版)を策定しています。CAP及びコンフィグレーション管理に関しては、2018年にJANSIがそれぞれガイドラインを取りまとめました。2019年には、2020年4月の本格運用に向けた改善が進められています。また、CAPの試運用も行われています。
 これらのリスク情報活用や自主規制活動を含む、産業界大での安全性向上に関する取組について、2019年2月時点の「立ち位置」を再確認した整理を図1-21に示します。

図1-21 現在の「立ち位置」再確認(2019年2月発表)

(出典)第19回総合資源エネルギー調査会電力・ガス事業分科会原子力小委員会資料5電気事業連合会「産業界大での安全性向上に関する取組みについて」(2019年) [120]


コラム ~米国の検査制度の変遷~

 原子力規制委員会や原子力事業者等が取り組んでいる検査制度の見直しは、米国の原子力規制委員会(NRC)によって2000年4月から運用されている原子炉監視プロセス(ROP60)と呼ばれる検査制度を参考にして進められています。ROPは、PRA等の結果から得られる定量的な評価結果に代表されるリスク情報を活用し、規制の客観性・透明性を確保した上で、安全上の重要性が高い問題に予算や人手を集中させることで、より効果的・効率的な安全性向上を図ることを目指した制度です。
 ROPが開始される以前のNRCによる検査制度であるSALP61は、スリー・マイル・アイランド原子力発電所事故の反省を踏まえて、事業者のパフォーマンスを長期視点で評価することを目的として1980年に導入されました。しかしながら、SALPは評価指標や規制措置の客観性、予見性、判断のタイミング、評価の公平性等に問題があり、1985年には、SALPによって機能を満足していると評価されたデービスベッセ原子力発電所で給水喪失事象が発生しました。これを契機に規制プログラムが追加されましたが、NRCの規制活動には公衆の健康と安全に有益とはいえないものが多いことや、NRCと産業界の協力体制が実効的ではないこと等、その後もSALPやNRCへの批判が続きました。一方、産業界は1979年に自主規制機関として原子力発電運転協会(INPO)を設立し、自主的な安全性向上に取り組みました。
 NRCは内部でSALPの見直しを進めましたが、やがて行き詰まりを見せたことから産業界と公衆を巻き込む方針に転換し、オープンなコミュニケーションが進められました。そこで、既に安全性向上の効果を上げていた産業界からNRCに対する提案がなされ、それを基に官民共同で議論を行い、新たな検査制度としてROPが開発されました。ROPは、関係者とのコミュニケーションを通じて開発された経緯から、理念と制度が関係者の間で共通理解され、規制当局と事業者が安全性を向上させるという共通の目的に向けて取り組むための共通基盤となりました。
 ROPでは、原子力発電所に期待するパフォーマンスを明確化するため、7つの監視領域(コーナーストーン)と3つの横断領域を設定しています。NRCは、これらの領域におけるパフォーマンス指標62の結果や検査を通じて得られた気付き事項の安全上の重要度を評価します。評価結果は四段階(安全上の重要度の高い順に、赤・黄・白・緑)に区分され、評価結果に応じた追加検査や規制措置が原子力事業者に対して講じられます。つまり、原子力事業者にとっては、原子力発電所のパフォーマンスが低下するほど、NRCによって追加の措置が講じられることになりますが、一方で、重要度が低い軽微な問題については、NRCは介入せず、原子力事業者の改善活動に委ねられることになります。このように、ROPは、原子力事業者が自律的に良いパフォーマンスを維持し、更なる安全性向上を目指すインセンティブが与えられる仕組みとなっています。また、これら一連のプロセスを詳細に明文化した検査マニュアルやガイドライン、各原子力発電所の評価結果や検査報告書は、NRCのウェブサイトで公開されており63、客観性や予見性、一貫性が担保されています。

米国ROPにおける監視領域

(出典)NRC「ROP Framework」[121]に基づき作成


コラム ~米国におけるコストベネフィットの考え方~

 原子力産業界と規制当局との対話において、互いに本質的な指摘を行う際には、その論理を根拠情報と合わせて提示し、文書化して公開することが必要となります。本コラムでは、米国の NRCがバックフィットルールの導入に当たって、コストベネフィット分析を採用した際の考え方を紹介します [122]
 バックフィットルールとは、遡及適用ルールとも呼ばれ、新しく策定された規制基準を、既存の施設に遡及的に適用するためのルールです。
 NRCは、なぜ政府が規制活動を行う際にコストベネフィット分析が必要になるかの説明に当たって、アダム・スミスの「神の見えざる手」の考え方を参照しています。つまり、ある財やサービスが必要か否かを決定するのは市場であり、必要である場合は市場がその財やサービスの価格や量を決定する、という考え方です。その上で、こうした市場による決定が失敗する場合の一つとして、外部性が存在する場合を挙げています。そして、この外部性を考慮に入れるために、コストベネフィット分析が必要になるとしています。
 外部性とは、ある行為が他者に対してコストや便益を生じさせるが、それに対して正当な対価が支払われない場合に発生します。外部性の例として、原子力発電所からの温排水が周辺の水温を上昇させるが、水温上昇による不利益に対するコストが電気事業者によって支払われない場合や、電気事業者が安全上のリスクを他者に負わせるが、そのリスクに見合った対価をその事業者が負担しない場合が挙げられています。
 以上を踏まえ、バックフィットルールを適用する場合、NRCは、新たに規制を課すことによって安全性が向上することにより得られる便益が、規制によって発生する直接・間接のコストを正当化することを示さなければならない、との考え方が示されています。


(4)事業者と規制機関の対話

 事業者と規制機関の共通の目標である「原子力施設の安全性向上」を目指す上では、両者が科学的な議論を行い、安全確保に関する方向性を共有することが重要です。対話を通じて課題認識を共有し、円滑な規制の導入や効果的かつ効率的な審査及び検査を行うことで、安全性向上が実現するといえます。
 また、2017年から原子力事業者等の原子力部門責任者(CNO64)と原子力規制委員会との意見交換会が開催され、原子力発電の課題や原子力事業者等の取組等について議論が行われています。
 原子力規制委員会は、2016年に実施されたIAEAの総合規制評価サービス(IRRS)ミッションにおいて、規制機関の責任と機能について、検査結果や規制上要求される事項及び課題に関して事業者とコミュニケーションを取る仕組みの有効性を評価することを検討するべきであるとの指摘を受けました[66]。このような指摘も踏まえ、新検査制度の試運用期間では、事業者と規制機関が公開の場で多数のコミュニケーションを取ることで、制度に対する共通の理解を持ち、本格運用に向けた準備を進めてきました。また、本格運用の開始後も、原子力施設の安全性向上を目指し、より良い制度となるよう改善を図るため、関係者間の情報共有の機会を設けることが主な検討事項として挙げられています [123]


  1. Institute of Nuclear Power Operations
  2. Chief Executive Officer
  3. World Association of Nuclear Operators
  4. Nuclear Information Archives
  5. Risk-Informed Decision-Making
  6. Corrective Action Program
  7. Performance Indicator
  8. Reactor Oversight Process
  9. Systematic Assessment of Licensee Performance
  10. 各領域の安全性に影響を及ぼす関連の客観的指標。例として、計画外の原子炉停止回数等があります。
  11. https://www.nrc.gov/reactors/operating/oversight.html
  12. Chief Nuclear Officer


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