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8-2 原子力科学技術の基礎研究とイノベーションの推進

 我が国における国立研究開発機関である原子力機構は、産業界等のニーズを踏まえた原子力分野の基礎基盤構築を行っていくことが重要な役割として期待されています。しかし、新規制基準への対応や高経年化により、原子力機構の全89施設のうち、現在廃止中のものを含めて43施設が廃止施設となっており、原子力分野の基礎基盤の弱体化が懸念されています。
 加えて、大学等の研究教育基盤や産業界の原子力開発基盤も同様に弱体化の懸念があるため、人材や研究開発設備、体系化された知識基盤の充実強化が必要です。
 今後、原子力分野でイノベーションを進めていくためにも、そこから生み出される知識基盤を研究開発機関と産業界が共有し、連携していくことが必要です。


(1) 原子力分野の基盤研究開発に関する取組

① 基礎基盤研究開発と研究開発基盤の強化の重要性
 研究用原子炉(以下「研究炉」という。)や放射性物質を取り扱う研究施設等の基盤的施設・設備は、研究開発や人材育成の基盤となる不可欠なものです。しかし、新規制基準への対応や高経年化により大学及び研究開発機関等における利用可能な基盤的施設・設備等は減少し、研究開発及び人材育成に影響が出ています。このように我が国における基盤的施設・設備の強化・充実が喫緊の課題となっていることから、国、原子力機構及び大学は、長期的な見通しの下に求められる機能を踏まえて選択と集中を進め、国として保持すべき研究機能を踏まえてニーズに対応した基盤的施設・設備の構築・運営を図っていく必要があります。
 また、原子力機構等の研究開発機関が有する基盤的施設・設備は、研究開発の進展に貢献するのみならず、それを通じた異分野も含めた多種多様な人材の交流や連携、協働による、効果的かつ効率的な成果の創出への貢献も期待されます。このため、産学官の幅広い供用の促進や、そのための利用サービス体制の構築(関連人材や技術支援を含む)、共同研究等を充実させることが求められます。現在、原子力に関する基礎的・基盤的な研究開発は、主に原子力機構、量研及び大学等で実施されています。
 原子力機構は、原子力に関する総合的研究開発機関として、核工学・炉工学研究、燃料・材料工学研究、環境・放射線工学研究、先端基礎研究、高度計算科学技術研究等、原子力の持続的な利用と発展に資する基礎的・基盤的研究等を総合的に推進しています。核工学・炉工学研究では、原子炉設計のみならず放射線医療や宇宙物理研究等で広く利用されている汎用評価済み核データライブラリーの整備を行っています[9][10]。また、軽水炉基盤技術開発研究では、過酷事故時に炉心が溶融した際に溶け落ちる構造物や核燃料などの物質の動きについて、より実態に近い溶融蓄積挙動を予測できる数値シミュレーションコード 「JUPITER」を完成させました[11]
 量研は、量子科学技術についての基盤技術から重粒子線がん治療や疾病診断研究等の応用までを総合的に推進する体制となっています。これまで国立研究開発法人放射線医学総合研究所が担ってきた放射線影響・被ばく医療研究についても引き続き実施するとともに、東電福島第一原発事故対応を教訓として、放射線影響に対する研究成果を平易な言葉で国民に伝えることを意識した取組が期待されています。
 我が国で研究開発基礎基盤が減少する中、8-1(3)で紹介した2018年6月の「技術開発・研究開発に対する考え方」や、2019年2月の「国立研究開発法人日本原子力研究開発機構が達成すべき業務運営に関する目標(中長期目標)の変更について(答申)」で示されたとおり、国立研究開発機関である原子力機構は、産業界等のニーズも踏まえつつ、知識基盤も含めた基礎基盤の強化に取り組んでいくことが重要です


② 研究用原子炉等の運転再開に向けた審査状況
 研究炉等は、我が国の原子力研究開発基盤を支えるとともに、原子力人材を養成する場として必須です。国、原子力機構及び大学は、長期的な見通しの下に求められる機能を踏まえ、国として保持すべき研究機能を踏まえてニーズに対応した基盤的施設・設備の構築・運営を図っていく必要があります。そのためには、施設の規模に応じた安全確保として、新規制基準に対応した上での研究炉等の運転再開や、高経年化した施設の対応を進めていくことが必要です。
 原子力機構及び大学等の研究炉や臨界実験装置は、最も多い時期には20基程度運転していましたが、現在は9基までに減少し(図 8-2)、さらに高経年化も進んでいます。また、東電福島第一原発事故以降は、新規制基準対応のため、全ての研究炉が一旦休止しました。このような現状を踏まえ、原子力委員会は2016年4月に研究用原子炉等に関する見解を取りまとめ、全研究炉の休止による人材育成や研究開発に深刻な影響が及んでいること、運転を再開した場合も高経年化対策や廃止措置等の課題があることを指摘しました。また、人材育成や研究開発等の観点から優先度の高い研究炉に対して、集中的に人的資源・経営資源を投入し、規制対応等を進めるべきであるとし、原子力機構においては大学等研究機関・民間企業に対する施設・設備供用の一層の促進を図ることが望ましいとの見解を示しました[12]。なお、原子力機構の研究炉のうち原子炉安全性研究炉(NSRR)、定常臨界実験装置(STACY3)、JRR-3は新規制基準への適合に係る設置変更が許可され[13][14]、NSRRについては2018年6月に運転が再開されました[15]。高温工学試験研究炉(HTTR4)及び高速実験炉「常陽」については、現在、新規制基準への適合性確認に係る申請を行い、審査対応を進めています。また、現在京都大学のKUCA5及びKUR6、近畿大学の近畿大学原子炉は、新規制基準への適合に係る設置変更が原子力規制委員会により許可(承認)され、使用前及び定期検査合格を経て運転を再開しています[16][17][18]


図 8-2 我が国の主な研究炉等施設

(出典)第45回原子力委員会 資料第1号 日本原子力学会上塚寛会長(当時)「原子力研究開発と人材育成 ―原子力学会の現状等から考える―」(2015年)を一部編集


③ 原子力研究開発施設の集約化・重点化
 文部科学省は、科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会原子力科学技術委員会の下に、原子力研究開発基盤作業部会を設置し、国として持つべき原子力研究開発機能の維持に必須な施設及び、その運営の在り方等についての整理・検討を行い、2018年4月に「中間まとめ」を取りまとめました[19]。この中で、国として持つべき原子力の研究開発機能について、東電福島第一原発事故の対処に係る廃炉等の研究開発、原子力の安全性向上に向けた研究、原子力の基礎基盤研究、高速炉の研究開発、放射性廃棄物の処理・処分に関する研究開発等、核不拡散・核セキュリティに資する技術開発等及び人材育成の大きく7つに整理しています。また、原子力研究開発の将来像や国内外の原子力研究開発施設の状況を踏まえ、短期・中期的な視点として、国内の試験研究炉の早期運転再開のほか、海外の原子力研究開発施設について情報収集や、その利活用に係る一元的な窓口機関の整備をするとともに施設利用に伴う支援が必要としています。さらに、長期的な視点から、関係機関の利用ニーズを踏まえ、共働して材料試験炉(JMTR7)の後継としての安全研究や材料照射研究を担う新たな照射炉の建設に向けた検討を進めることや、「もんじゅ」サイトを活用した試験研究炉の方向性について、設置すべき炉に係るニーズ調査や具体の運営方法など委託調査の状況を踏まえつつ、引き続き多様なステークホルダーを交えた検討を継続することのほか、グレーデッドアプローチ8に関して、建設時と運用時の両面で柔軟な対応を構築できるよう規制当局と議論を進めることが重要であるとしています。加えて、産学の多様な関係者が原子力研究開発施設を効果的・効率的に活用できるよう、その基盤の維持・発展を目的にした支援を実施するとともに、供用のための仕組みを強化し、供用可能な施設・設備等を我が国全体へ拡大することが重要であるとしています。なお、上記を進めるに当たっては、常に国民の声に耳を傾けながら、俯瞰的な視点でとらえ、透明性のある情報発信とともに進めるべきとしています。
 原子力機構が管理・運用している原子力施設は、研究開発のインフラとして欠かせないものです。2018年12月現在、加速器施設等も含めて10施設・設備が供用施設として、大学、研究機関、民間企業等に属する外部研究者に提供されており[20]、東電福島第一原発事故以前は、現在量研に移管されたイオン照射研究施設(TIARA9)等も含め、年間1,000件程度の利用実績がありました[21]。しかし、施設の多くは昭和時代に整備されたものであり、高経年化への対応が課題となっています。また、2011年3月の東日本大震災とこれによる東電福島第一原発事故後に規制基準が見直された結果、継続利用には多額の対応費用が掛かることが見込まれています。一方、役割を終えた施設については、施設の廃止措置及び放射性廃棄物の処理・処分といったバックエンド対策を進める必要があり、バックエンド対策にも多額の費用が発生します。これらの状況を踏まえ、原子力機構は、「施設の集約化・重点化」「施設の安全確保(高経年化対策、新規制基準対応・耐震化対応等)」、「バックエンド対策」を三位一体で進める総合的な計画として「施設中長期計画」を2017年4月に策定しました(2019年4月改定)[22]。また、バックエンド対策については、東海再処理施設の廃止措置に70年間を要すると見込まれるなど、長期にわたる対応が必要であるため、2018年12月、放射性廃棄物の処理・処分を含めた長期(約70年)にわたる見通しと方針を示した「バックエンドロードマップ」を取りまとめました[23]
 施設の集約化・重点化に当たっては、最重要分野とされる「安全研究」及び「原子力基礎基盤研究・人材育成」に必要不可欠な施設や、東電福島第一原発事故への対処、高速炉研究開発、核燃料サイクルに係る再処理、燃料製造及び廃棄物の処理処分研究開発といった原子力機構の使命達成に必要不可欠な施設については継続利用とする方針の下で、検討が進められました。全89施設のうち、現在廃止中のものを含めて43施設が廃止施設とされています(図 8 3)。廃止施設の中には、我が国で唯一の材料試験炉であるJMTRも含まれており、原子力研究開発に携わる多くの関係者から、今後の研究開発活動に支障を生じる可能性が高いとの懸念が示されており、日本学術会議からは、JTMRの代替となる照射研究炉の早期建設を求める提言「研究と産業に不可欠な中性子の供給と研究用原子炉の在り方」(2018年8月)が公表されています[24]
 継続利用する施設については、それぞれの特徴と役割を踏まえて、利用に伴う連携等を生み出して、体系的知識や人材の能力向上等によって知識基盤の強化に貢献することが求められます。
 過去に、原子力発電利用のための確証試験等に用いられた施設は、既に廃止されており、その成果の散逸を防ぐとともに、今後の原子力発電利用とイノベーションのための対策が必要です。


図 8-3 原子力機構における施設の集約化・重点化計画

(出典)原子力機構「施設中長期計画の概要」(2019年)[25]


(2) 基礎基盤研究を踏まえた原子力研究開発の状況

 産業界のニーズを踏まえた基礎基盤を構築していくことは、イノベーションの基盤構築にもつながります。イノベーションは、汎用目的技術の組合せによって生まれるものであり、一度生まれた技術は消えることはなく、また新たなイノベーションの源泉となります。また、このような技術進展は、加速的に進む場合があります[26]。原子力分野におけるイノベーションも、材料や燃料、機器など要素技術や要素技術をカバーするものと広くとらえて、原子力分野の基礎基盤の構築・充実化を進めつつ、これらの要素技術におけるイノベーションを目指していくことが重要です。
 また、内閣府が2019年6月に策定した「統合イノベーション戦略2019」においては、原子力については「安全性・信頼性・効率性の一層の向上に加えて、再生可能エネルギーとの共存、水素製造や熱利用といった多様な社会的要請の高まりも見据えた原子力関連技術のイノベーションを促進するという観点が重要である。革新的な原子炉開発を進める米国や欧州の取組も踏まえつつ、戦略的柔軟性を確保する。2050年に向けては、人材・技術・産業基盤の強化に直ちに着手し、安全性・経済性・機動性に優れた炉の追求、バックエンド問題の解決に向けた技術開発を進めていく。」としています。


① 軽水炉利用に関する研究開発
 1950年代、1960年代には様々な炉型の数十基の試験炉が建設されましたが[27]、これらのうち、軽水炉は最も多く建設され利用されてきた炉型です。2015年末時点では、世界で運転中の448基の原子炉のうち軽水炉は367基で、発電設備容量では約89%を占めており、国内外における原子力発電の主流は軽水炉によるものです。
 軽水は中性子の減速能力に優れ、熱伝達性能も良く、軽水炉の炉心や蒸気発生器をコンパクトにすることが可能であり建設費を低減することができます。また、火力発電技術と共通性が高く、機器の設計製造においてその経験を生かせます。さらに、多数の建設運転経験があり、設計・製造のみならず規制対応を含む経験も豊富です。これらの理由により、現在も世界の多くの国で継続的に利用され、新規建設も行われています。
 このような状況を踏まえれば、今後、利用の高度化や安全確保のための研究開発が求められます。特に、高経年化対策、稼働率向上、発電出力の増強、安全性向上、過酷事故対策、建設期間の短縮、建設性の向上、セキュリティ対策など様々な課題が存在します。これらの課題に対しては、産業界のみならず関係組織全体で取り組んでいくことが必要です。特に、大学や研究開発機関を含む専門家等が、それぞれの立場に立って協力・競争することで課題解決を行っていくことが重要です。
 なお、米国の国立研究所では、軽水炉持続プログラム等が進められています。また、欧州を中心とする第2、第3世代軽水炉研究開発の横断的国際連携取組であるNUGENIA10でも、様々な取り組みが進められています。NUGENIAのもとではEU域内で長期運転を行う軽水炉の安全確保に関する研究プログラムをはじめ、EUの研究開発枠組計画による資金提供を受けるプログラムを中心とした、複数のプログラムが実施されています[28]


コラム ~NUGENIA(第2、第3世代軽水炉技術の研究開発連携プラットフォーム) の研究開発テーマ~

 NUGENIAは安全で信頼性、競争力のある第2、第3世代の核分裂技術を実現するために2011年に設立、2012年に活動を開始した国際的な枠組みで、欧州を中心とする原子力関係組織や大学・産業界から100以上組織が参加しています。NUGENIAでは、これらの参加組織が協力分担して10数件の研究開発テーマを実施しています。各プロジェクトは2~4年間の計画で進められ、その多くはEUの研究開発枠組計画(FP11)による資金提供を受けています。研究開発活動のエリアに人材の資格認証など、人材育成が組み込まれていることも特徴です。
 NUGENIAの取り組みは7つの技術エリア「プラント安全とリスク評価」「シビアアクシデント」「原子力発電所運転改善」「構造物、系統および 機器(SSC)の整合性」「燃料開発、廃棄物管理、廃止措置」「先進的大型軽水炉設計・技術」「欧州検査・資格ネットワーク(ENIQ12)」で構成されています。
NUGENIAのウェブサイトには、取り組み中のものとして、以下のプロジェクトが紹介されています[29]



プロジェクト略称 概要 EUのFP資金有無

ADVISE

圧力容器等構造物のより深く正確な探傷(材料特性・計測・欠陥評価等)

ATLAS+

圧力バウンダリーの配管の構造健全性

CoreSOAR

炉心損傷研究の20年間の結果のとりまとめ

CORTEX

原子炉雑音解析による異常検知

FASTNET

過酷事故のシナリオのデータベース作成と緊急時対応訓練集の開発

GUSIP

検査手順改良のための指針集作成

IL TROVATORE

事故耐性燃料の研究開発

INCEFA+

環境アシスト疲労評価の保守性の改善

INCEFA+

環境アシスト疲労評価の保守性の改善

IPRESCA

過酷事故時のプールスクラビング効果の放出線源評価改善

IVMR

原子炉容器内溶融炉心保持

McSAFE

熱流動計算との結合等によるモンテカルロ法の実機解析性向上

MEACTOS

溶接部などの表面条件改善による環境誘起割れの低減

NARSIS

外部事象・複合事象・経年性を考慮した確率論的安全評評価法の改良

NOMAD

原子炉圧力容器の材料劣化の非破壊検査法

QUESA

過酷事故時の空気を伴う水蒸気による凝縮実験

SOTERIA

原子炉構造材料の照射効果理解の改善による軽水炉の安全長期運転

TeaM CABLES

電線の劣化管理のための手法開発


コラム ~米国DOEにおける軽水炉持続プログラム(LWRS13)~

 米国エネルギー省(DOE14)は、既存の商用炉の経済性の改善、安全性や技術的な信頼性の向上に貢献する技術やソリューションの研究開発のために、LWRSを実施しています。2019会計年度には、LWRSのために4,700万ドルの予算が歳出法により賦与されています。LWRSでは以下に示すようなプログラムが実施されています[30]



プログラム名 概要 目的

材料研究

原子炉の材料の長期劣化の挙動を理解し予測するための科学的な基盤を開発するための研究開発

規制機関と原子力産業界の双方に成果を提供しつつ、構造物、系統及び機器の供用期限や材料の経年化緩和アプローチの決定に活用

リスク情報を活用した系統の分析

運転中のプラントの経済的な競争力向上に向けて、統合的なプラントの系統分析のソリューションを提供し、経済性、信頼性及び安全性に関連する意思決定を支援する研究開発

プラントへの影響及び物理的な高経年化と劣化のプロセスを統合することにより、プラントの経済的パフォーマンス及び安全性を最適化するために活用

プラントの近代化

デジタル技術を活用したイノベーション、効率性の向上及びビジネスモデルの変革を通じて、現在及び将来のエネルギー市場におけるプラントの経済性の問題に対応する研究開発

技術に重点を置いたビジネスモデルプラットフォームを構築することで、より小さいコストでのパフォーマンスの改善を支援し、プラントの系統やプロセスの近代化を実現

柔軟なプラントの運転及び発電

軽水炉の収益の多様化と向上を目的とし、コージェネレーションのための技術的な実現可能性、潜在的な経済性、許認可における検討事項を明確化するための研究開発

再生可能エネルギー発電の増加に、運転中の原子炉がより容易に対応できるようにするとともに、製造業の低炭素化のために原子力を柔軟にエネルギー源として活用する可能性を実証


コラム ~米国電力研究所(EPRI15)の原子力研究領域~

 EPRIはプロジェクトを提案し、賛同する機関から費用をあつめて研究開発を実施しています。このため、その研究領域には、原子力事業者や原子炉メーカーなど原子力産業界が注力しようと考えている研究開発分野が反映されることになります[31]
EPRIは、NRCと覚書を締結して原子力安全研究に関する協力を行っています。EPRIは原子力産業界からのニーズを踏まえた研究を実施しており、一方でNRCは原子力安全規制機関として研究を実施するという観点で両者の目的は異なりますが、覚書ではそれぞれが実施する研究から得られるデータや成果はEPRIとNRCの両方に価値のあるものであると謳われています。その上で、リソースを有効に活用し、取組の重複を回避するために、費用分担が適切であり、互いの利益となる場合には、協力を行うとしています[32]
 このようにEPRIの研究開発の成果は、原子力産業界のみならずNRCによっても活用されています。EPRIの原子力に関する研究分野は、材料管理、燃料と水化学、プラント性能、戦略的イニシアチブ及びトレーニングの5つの分野に区分され、それぞれの区分において下に示すようなプログラムが実施されています[33]



分野 概要 プログラム

材料管理

原子炉の材料劣化メカニズムの理解を進め、劣化の検知・特徴付け・緩和・モニタリング、修理の技術を開発する。

  • 加圧水型軽水炉の蒸気発生器の管理(SGMP16
  • 沸騰水型軽水炉の原子炉圧力容器と内部構造物プログラム(BWRVIP17
  • 加圧水型軽水炉の材料信頼性プログラム(MRP18
  • 溶接と修理技術センター(WRTC19)
  • 非破壊検査プログラム

燃料と水化学

燃料破損を防止する技術的基盤を提供し、高い信頼性を維持しつつプラントの安全性と経済性を高めるために、燃料の改良オプションを調査する。水化学を改善するためガイダンスと技術を提供する。高レベルと低レベルの放射性廃棄物管理を強化し、放射線被曝を減らす。

  • 燃料信頼性プログラム
  • 使用済燃料と高レベル廃棄物管理
  • 放射線安全プログラム
  • 水化学制御プログラム
  • 核燃料産業リサーチ(NFIR20)プログラム

プラント性能

高い機器信頼性と強化されたプラント安全に寄与し、原子力発電所所有者が技術的に健全な設計、保守、及び運転上の決定をできるようにするツール、技術、及び実施要領を提供する。

  • 原子炉メンテナンス・アプリケーションセンター(NMAC21
  • プラント工学プログラム
  • 計測制御プログラム(I&C22
  • リスクと安全管理プログラム

戦略的イニシアチブ

技術やプロセスの採用や、新しいプラントに係るリスクを減らすツールとガイドに、プラント運転経験と研究結果を組み入れる。長期運転やフレキシブルな原子力発電所の運転に関する意思決定のための情報提供を行う。廃炉作業の改良アプローチを提供する。原子力発電所の運転を改善する機会を探究する。

  • 高度な原子力技術
  • 環境修復と廃炉の技術
  • 長期運転プログラム
  • 弾力的運転プログラム
  • 原子力発電所近代化

トレーニング

原子力発電所職員と下請業者が、より効果的に原子力発電所を運転し、保守できるようにする技術訓練策を提供する。

  • 標準化した業務評価



② 高温ガス炉研究開発
 高温ガス炉は、外部から手を加えることなく自然に炉心が冷却される固有の安全性を有しています。高温ガス炉は、発電のみならず、900℃を越える高温の熱を供給することが可能であり、その多様な産業利用についても期待されています。
 原子力機構は、高温ガス炉の基盤技術の確立を目指し、高温工学試験研究炉(HTTR)を建設し、その運転・試験を進めています(図 8-4)。HTTRは、1998年11月に初臨界を達成した後、2010年3月に定格出力3万kW、原子炉出口冷却材温度約950℃での連続運転を実現しました。原子力機構は、2014年11月に、原子力規制庁に新規制基準への適合性審査に係る設置変更許可申請を行い、現在、2019年中の運転再開を目指し、作業を進めています。また、HTTRが達成した950℃の熱供給能力を有効利用できる革新的水素製造技術(熱化学ISプロセス)の開発を進め、2019年1月には試験設備において約150時間の水素製造試験を実施しました。高温ガス炉の研究開発の方向性については、2014年に文部科学省の科学技術・学術審議会原子力科学技術委員会の下に設けられた高温ガス炉技術研究開発作業部会において取りまとめられた報告書「高温ガス炉技術開発に係る今後の進め方について」の指摘を踏まえ、研究開発段階から産学官が連携し緊密に意見交換できる場として高温ガス炉産学官協議会を設置し、議論を進めています。また、同報告書も踏まえ国際協力による高温ガス炉の研究開発も進められています。


図 8-4 高温工学試験研究炉 HTTR

(出典)原子力機構高温工学試験研究炉HTTR23


③ 高速炉に関する研究開発
 高速炉及びそのサイクル技術(高速炉サイクル技術)は、使用済燃料に含まれるプルトニウムを燃料として再利用する技術です。科学技術基本計画 [1]及びエネルギー基本計画[34]においては、研究開発に取り組むこととしています。
 第2章で述べたように、2018年12月、「高速炉開発の方針」[35]に基づき、今後10年程度の開発作業を特定する「戦略ロードマップ」[36]が取りまとめられました。今後、大きく3つのステップ①競争を促し、様々なアイディアを試すステップ、②絞り込み、支援を重点化するステップ、③今後の開発課題及び工程について検討するステップ─に区分し、研究開発を進めていく計画が示されており、当面5年間程度は、これまで培った技術・人材を最大限活用し、民間によるイノベーションの活用による多様な技術間競争を促進するとしています。
 原子力委員会は高速炉開発の見解を2018年12月18日に決定し、「高速炉とその核燃料サイクルは、軽水炉使用済燃料の再処理の延長上にあり、日本原燃の再処理工場の竣工と順調な運転を確認するのに今後数年間は必要である。国民の利益や原子力発電技術の維持、国際市場への対応の観点で検討を進めること、また、これまで得られてきた技術的成果や知見を踏まえて、その在り方や方向性を将来にわたって引き続き検討していくことが必要である。その際には、原子力委員会の「技術開発・研究開発に対する考え方」等にて示されている考え方を尊重することを期待する。」と述べています。

〈高速実験炉「常陽」〉
 高速実験炉「常陽」は1977年4月の初臨界以来、高速増殖炉の開発に必要なデータや運転経験を着実に蓄積しています。これまでに、累積運転時間約70,798時間、累積熱出力が約62.4億kWh(発電設備を有しないため電気出力はない)に達しており、588体の運転用燃料、220体のブランケット燃料及び101体の試験燃料等を照射し、高速炉炉心での燃料集合体や燃料ピンの安全性と照射特性を明らかにしてきました。2007年11月に確認された燃料交換機及び炉心上部機構と計測線付実験装置試料部との干渉により運転を停止しました。原子力機構は2009年7月に原因究明と対策等を取りまとめ、復旧作業を進めていましたが、2015年6月に作業を完了しました。2017年3月には、原子力機構は運転再開に向けて、新規制基準への適合性審査に係る設置変更許可申請を行いました。しかし、同年5月の第201回審査会合において、申請書に記載の熱出力と設備能力が整合していない、事故想定等に関して先行する高温工学試験研究炉24(HTTR)の審査で得られた知見が反映されていない、などの指摘があり、審査保留となりました[37]。原子力機構は、設置変更許可申請書を見直し、2018年10月に補正申請を行い、原子力規制委員会は同年11月20日の審査会合より審査を開始しました[38]

〈高速増殖原型炉「もんじゅ」〉
 高速増殖原型炉「もんじゅ」(図 8-5)については、トラブル等の影響により2010年以降運転を停止していましたが、2016年12月の原子力関係閣僚会議において、運転再開はせず廃止措置へ移行し、今後の高速炉研究開発における新たな役割を担うよう位置付けることとされました[39]。これを受け、政府は、「もんじゅ」の廃止措置の安全、着実な実施に当たり原子力機構が準拠すべき「『もんじゅ』の廃止措置に関する基本方針」(2017年6月)を定めました[40]。この基本方針では、廃止措置に当たっては原子力機構任せにすることなく、政府として責任を持って取り組むことが示されたほか、廃止措置の実施体制について、政府一体となった指導・監督を行うこと、文部科学省に「『もんじゅ』廃止措置評価専門家会合」を設置し原子力機構の計画や進捗に関する評価を行うこと、原子力機構は廃炉実証のための実施部門を創設することが定められました。また、廃止措置の進捗状況の把握と、地元との連絡・調整等の円滑な実施のため、関係府省の職員から構成される「『もんじゅ』廃止措置現地対策チーム」が福井県敦賀市に設置されました。
 原子力規制委員会は、「もんじゅ」の廃止措置の実施状況や、各廃止措置工程におけるリスクに応じた規制を行うことを目的として、「『もんじゅ』廃止措置安全監視チーム」を設置し、廃止措置の実施状況の監視や、燃料取り出し工程等廃止措置に係る課題の検討を行っています。
 原子力機構は、「『もんじゅ』の廃止措置に関する基本的な計画」を策定し、2017年6月に「『もんじゅ』廃止措置推進チーム」より了承されました[41]。この計画では、敦賀地区に新たな実証部門を創設するほか、基本的な計画の策定から約5年半での燃料体取り出し作業を終了し、廃止措置作業をおおむね30年で完了すること等が示されています。2018年3月には原子力規制委員会から廃止措置計画の認可を受け[42]、燃料体取り出し作業が進められています。


図 8-5 高速増殖原型炉「もんじゅ」

(出典)原子力機構高速増殖原型炉「もんじゅ」/もんじゅ運営計画・研究開発センター「もんじゅとは」25


〈高速炉開発に関する日仏協力〉
 ASTRID26は、フランスが開発を進めているナトリウム冷却高速炉です。日仏両政府は、 ナトリウム冷却高速炉の安全性向上のための共同設計を実施しているほか、安全性や原子炉技術、燃料等に関する共同研究を進めてきました。
 ASTRIDは当初は電気出力600MWeの実証炉開発が計画されていましたが、フランスにおいて、高速炉の研究開発方針の見直しが進んだ結果、2019年6月、日仏政府間で高速炉研究開発協力に関する一般取決めが署名され、今後、高速炉協力に関するシミュレーションと実験に基づく研究開発を実施するための枠組みを定めることとなりました。[43]


④ 核融合研究開発
 核融合エネルギーは、軽い原子核同士(重水素、三重水素)が融合してヘリウムと中性子に変わる際、質量の減少分がエネルギーとなって発生するものです。エネルギーの将来的かつ長期的な安定供給に期待されるエネルギー源として、核融合研究開発は1950年代から本格的に開始され、現在は、「原型炉研究開発ロードマップについて(一次まとめ)」(2018年7月)[44]等を踏まえ、量研、大学共同利用機関法人自然科学研究機構核融合科学研究所(以下「核融合科学研究所」という。)と大学等が相互に連携・協力して段階的に推進しています。
 国際熱核融合実験炉(ITER)計画は、核融合エネルギーの科学的、技術的実現性を確立することを目指す国際共同プロジェクトであり、日本、欧州、米国、ロシア、中国、韓国及びインドの7極により進められています(図 8-6)[45]。2007年に、ITER計画を実施する国際機関であるITER国際核融合エネルギー機構(以下「ITER機構」という。本部:フランス)を設置し、2025年運転開始(ファーストプラズマ)、2035年核融合運転開始を目標として建設作業が進められています。我が国では量研が国内機関となっており、ITER機構との調達取決めに基づき、超伝導コイル等の主要機器等の製作において欧州に次いで多くを分担する等、ITER計画の推進に大きな役割を担っています。


図 8-6 ITERの概要

(出典)国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構「ITERって何?」27 、「ITER建設地の周辺地域」 28


 また、幅広いアプローチ(BA29)活動は、ITER計画を補完・支援するとともに、核融合原型炉に必要な技術基盤を確立することを目的とした先進的研究開発プロジェクトであり、日欧協力により実施しています。我が国では量研が実施機関となっており、青森県六ケ所にある六ヶ所核融合研究所では、核融合原型炉に必要な高強度材料の開発を行う施設の設計・要素技術開発のほか、核融合原型炉の概念設計及び研究開発並びにITERでの実験を遠隔で行うための施設の整備を進めています [46]。さらに、茨城県那珂市にある那珂核融合研究所では、2020年3月の完了を目指して、先進超伝導トカマク装置JT-60SAの建設に取り組むなど、核融合原型炉建設に求められる安全性・経済性等のデータの取得や、ITERの運転開始や技術目標達成を支援できるような取組等を進めています[47]
 上記プロジェクトのほか、IAEAやIEAの枠組みでの多国間協力、米国、欧州、韓国、中国との二国間協力も推進しています。これらの協力を通じて、ITERでの物理的課題の解決のために国際トカマク物理活動(ITPA30)で実施されている装置間比較実験へ参加するとともに、韓国や中国の超伝導トカマク装置での実験に参加しています。


⑤ 国際協力
 革新的な原子炉や核燃料サイクル技術(革新的原子力システム)に関する研究開発は、実用化に至るまで長い時間と膨大な資源が必要です。そのため、人的・資金的資源を分担し、成果を共有する国際的な枠組みで進めることが合理的であるという認識の下、国際協力の枠組みを活用して研究開発を進めています。

〈第4世代原子力システムに関する国際フォーラム(GIF)〉
 第4世代原子力システムに関する国際フォーラム(GIF31)は、「持続可能性」、「経済性」、「安全性・信頼性」及び「核拡散抵抗性・核物質防護」の開発目標の要件を満たす次世代の原子炉概念を選定し、その実証段階前までの研究開発を国際共同作業で進めるためのフォーラムです。米国DOEの提唱により2001年に発足し、2018年12月時点で、13か国と1機関(アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、カナダ、中国、フランス、日本、韓国、ロシア、南アフリカ、スイス、英国、米国及びユーラトム)が参加しています32[48]。現在、第4世代原子力システムに求められている達成目標を満足させ、2030年代以降に実用化が可能と考えられる6候補概念(①ガス冷却高速炉、②溶融塩炉、③ナトリウム冷却高速炉(MOX燃料、金属燃料)、④鉛冷却高速炉、⑤超臨界圧水冷却炉、⑥超高温ガス炉)を対象に、多国間協力で研究開発を推進するとともに、経済性、核拡散抵抗性・核物質防護及びリスク・安全性についての評価手法検討ワーキンググループで横断的な評価手法の整備を進めています。



  1. Static Experiment Critical Facility、
  2. High Temperature Engineering Test Reactor
  3. Kyoto University Critical Assembly
  4. Kyoto University Research Reactor
  5. Japan Materials Testing Reactor
  6. 施設の特性に応じた対応
  7. Takasaki Ion Accelerators for Advanced Research Application
  8. Nuclear GEnetaion II & III Association
  9. Framework Programmes
  10. European Network for Inspection and Qualification
  11. Light Water Reactor Sustainability
  12. Department of Energy
  13. Electric Power Research Institute
  14. Steam Generator Management Program
  15. Boiling Water Reactor Vessel and Internals Project
  16. Materials Reliability Program
  17. Welding and Repair Technology Center
  18. Nuclear Fuel Industry Research
  19. Nuclear Maintenance Applications Center
  20. Instrumentation and Control
  21. http://httr.jaea.go.jp/
  22. 常陽と同一敷地内にある。
  23. https://www.jaea.go.jp/04/turuga/monju_site/page/facilities.html
  24. Advanced Sodium Technological Reactor for Industrial Demonstration
  25. http://www.fusion.qst.go.jp/ITER/iter/page1_1.html
  26. http://www.fusion.qst.go.jp/ITER/iter/page1_5_2.html
  27. Broader Approach
  28. International Tokamak Physics Activity
  29. Generation IV International Forum
  30. ただし、枠組み協定にアルゼンチンとブラジルは未署名、英国は署名していますが未批准です。


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