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5-3 コミュニケーション活動の強化

 我が国の原子力分野におけるコミュニケーション活動では、情報や既に決定したことを一方的に提供し、それを理解・支持してもらうことが主眼とされてきました。現代は、そのような枠組みが有効であった時代とは異なり、個々人が様々な情報に容易にアクセスすることが可能になりました。今後、我が国のコミュニケーション活動を考える上で、今までは見落としがちであった、以下のような視点が必要と考えられます。

  • どのような者が政策や事業の影響を受けるかを把握する
    (様々なステークホルダーの特定)
  • ステークホルダーが何を知りたいかを把握する
  • ステークホルダーの関心やニーズを踏まえたコミュニケーション活動を行う
 欧米では、ステークホルダーとのコミュニケーションの本質・目的は信頼の構築にあると捉え、研究成果等による根拠情報や政策情報などの情報体系の整備やステークホルダーとの双方向のコミュニケーション活動に積極的に取り組んでいます。 このような状況を踏まえ、原子力委員会は2018年3月に、原子力分野におけるステークホルダー・インボルブメントの基本的な考え方を取りまとめました(図 5-1)。原子力委員会は、コミュニケーション活動には画一的な方法はなく、ステークホルダーの関心や不安に真摯に向き合い、対応していくことが重要であり、諸外国における事例を参考にしつつ、関係機関でコミュニケーションの在り方を考え、信頼構築につなげていく必要性を指摘しています[5]

図 5-1 ステークホルダー・インボルブメントの要点

(出典)第9回原子力委員会定例会議資料1-1号 原子力政策担当室「ステークホルダー・インボルブメントに関する取組について」(2018年)[6]


     


コラム ~諸外国におけるステークホルダー・インボルブメントの取組~

 公衆やステークホルダーの情報公開、意思決定への参画等への意識の国際的な高まりを受け、2001年に「環境に関する、情報へのアクセス、意思決定における市民参画、司法へのアクセス条約」(オーフス条約)が発効しました[7]。このような国際的潮流の下、諸外国では、原子力も含めて、環境に大きな影響を及ぼしうる事案、科学技術的な専門性が高く、不確実性を伴う事案について、意思決定の過程で公衆やステークホルダーの意見を聴取する取組が積極的に進められています。ここでは英国、米国における取組を紹介します。

<米国における取組事例>
 米国では、1979年に発生したスリー・マイル・アイランド(TMI)原子力発電所事故における情報発信等に関する反省から、ステークホルダー・インボルブメントの必要性や重要性が認識されるようになり、原子力関係機関において下表のような取組が行われています。

主体 内容

原子力規制委員会(NRC)

  • 安全規制に関する説明責任を有する。そのビジョンと価値観において、パブリックやステークホルダーの信頼を醸成しながら規制活動を実施しなければならないという基本姿勢を表明し、これをNRCウェブサイト上でしっかりと公開。
  • NRCは、その一例であるパブリック・ミーティングにおいて、規制活動に関心を持っているパブリックやステークホルダーに対し、対象(カテゴリー)に応じて関与の方法を選択し、規制活動に対する関心や意見を聞き、対話を実施。
  • NRCは、これらの活動、さらにNRCのミッション達成の基盤として、行政情報の透明性(説明文書の作成・開示)を徹底。
  • NRCの役割と仕事を説明する基本文書を作成し、職員への指針とするとともに、国民にその役割を説明し、原子力安全確保における国民の信頼確保を図っている(コラム~NRCの基本文書:原子力規制に対する信頼が原子力安全に関する信頼を構築~参照)。

原子力エネルギー協会(NEI3

  • 産業界のコミュニケーションの要として、原子力利用に裨益する点や原子力産業に関する情報について、協会会員や政策立案者、メディア及びパブリックに対し、ウェブ等を活用しつつ正確かつタイムリーに発信。
  • 対地元住民の取組は発電事業者が実施。

(出典)第9回原子力委員会定例会議資料第1-1号 原子力政策担当室「ステークホルダー・インボルブメントに関する取組について」(2018年)[6]より作成


<英国における取組事例>
 英国では、原子力関連機関によるステークホルダー・インボルブメントに関する多様な取組が行われるとともに、科学コミュニケーションでも原子力が扱われ、下表のような裾野の広い活動が展開されています。

主体 内容

情報環境の整備

<政府>
  • 政府主席科学顧問が、緊急事態において、緊急時科学助言グループを招集し、政府や一般の人々に向けて科学的根拠に基づいて適切な助言を実施。
<事業者、民間、学協会、アカデミア等>
  • EDFエナジー社が各原子力発電所のウェブサイトで、政府や規制機関の政策文書へのリンクも含めて、ステークホルダーが情報にアクセスできる環境を整備
  • サイエンスメディアセンター(SMC4)が、議論を呼び、誤報の可能性がある複雑な問題について明確で根拠に基づく情報提供を行うため、科学技術分野のニュースに関して、専門家とメディアをつなぐ等の取組を実施。
  • 英国学術協会(BSA5)が開催する非専門家向けの科学技術紹介イベントで、原子力分野の博士課程の学生が展示を企画・実施。
  • Sense about Scienceが、大学の研究者の協力を得て、気候変動対策を行う上で有効な選択肢の一つである原子力利用について客観的な最新の情報を提供し、誤解を解くことを目的として「Making Sense of Nuclear」と題したガイドを取りまとめ。

双方向の対話

<政府>
  • 公衆対話センターは、科学技術に関わる政策立案における国の公衆対話を支援する「Sciencewise」プログラムを実施。高レベル放射性廃棄物の地層処分場の問題、新型炉の設計評価の問題について、公衆やステークホルダーとの対話等を実施。
<事業者>
  • 原子力施設の許認可を有する事業者が、地域社会と原子力関係者間の橋渡しを行うため、サイトステークホルダーグループ(SSG6)等のステークホルダーが参画する組織を設置・運営。
  • 原子力業界と政府の協議体である原子力産業協議会(NIC7)が、公衆とのコミュニケーションの在り方や方策を取りまとめ(In the Public Eye)、4つのベストプラクティス原則(透明性、尊敬・開示性・透明性に基づく信頼、対話、相談・対話の促進)を採用。NICに参加する原子力企業は、2015年にパブリック・エンゲージメントに関する協約に署名。

ステークホルダー・エンゲージメント

<政府>
  • 公衆に影響する大規模なプロジェクトや施策、法案等について、広く意見を求めるプロセスであるコンサルテーションを実施。

(出典)第9回原子力委員会定例会議資料第1-1号 原子力政策担当室「ステークホルダー・インボルブメントに関する取組について」(2018年)[6]より作成


コラム ~NRCの基本文書:原子力規制に対する信頼が原子力安全に関する信頼を構築~

 NRCは、その役割や活動に関して、以下のような基本的な文書を作成し、職員の仕事の指針とするとともにウェブサイトで公開しています。

  • 原子力安全の規制者(Regulator of Nuclear Safety)[8]
    原子力発電事業等に対する規制が必要な理由、規制を行うNRCの組織、規制の内容、規制に必要な研究開発等について説明しています。規制活動だけでなく、核分裂反応の仕組み等の基本的な情報も含め、原子力利用に関する広範な分野について、図絵を用いて分かりやすく説明しています。

  • 情報ダイジェスト(Information Digest)[9]
    NRCは1989年以降、規制活動や規制対象となった原子力産業に関する情報を毎年取りまとめて公表しています。この中で、NRCが原子力の安全とセキュリティに関して責任を負っていることや、良い規制のための5つの原則:独立性(independence)、公開性(openness)、効率性(efficiency)、透明性(clarity)、信頼性(reliability)が確認されています。また原子力関連の一般的な情報についても説明されています。

  • 原子力規制委員会の情報に対する市民ガイド(Citizen's Guide to U.S. Nuclear Regulatory Commission Information)[10]
    市民ガイドは、NRCの概要、発信情報およびその入手方法等を示すものです。NRCは規制機関としてのミッション達成のために、パブリックやステークホルダーとの信頼を醸成しながら活動を行っていく姿勢であり、パブリック及びメディア、議会、許認可保有者、他の省庁や政府機関、連邦、州、部族及び自治体の組織、産業界及び労働者及び国際的なコミュニティーを、ステークホルダーの7類型としています。

  • 戦略プラン(Strategic Plan)[11]
    NRCが4~5年毎に作成している戦略計画で、例えば2008~2013年の戦略計画では、NRCの組織としての優秀性(Organizational excellence)を高める方法として、公開性(openness)、実効性(Effectiveness)、組織としての優秀性(Operational excellence)の3つの戦略を掲げ、そのための方法を説明しています。

 NRCが上記のような基本文書を公開する背景には、情報環境の整備やステークホルダーとのコミュニケーションの取組がNRCの規制活動の基盤となると考えていることがあります。NRCは、上記の取組等を通じて、国民の規制活動への信頼を構築し、間接的に原子力安全に対する信頼向上を図っています。

コラム ~リスクコミュニケーションの役割分担について~

 IAEAは原子力技術の利用に係る便益やリスクについて効果的なコミュニケーションを行うために、原子力分野で働く科学者、技術者、コミュニケーションの専門家、あるいは規制者向けに、コミュニケーション手法やインターネットやSNS等のツールの活用方法をまとめたウェブサイト8を公開しています。このサイト上でIAEAは、全ての原子力分野の関係者が、それぞれの立場で互いに協力しながら、ステークホルダーやパブリックに対して透明性の担保されたコミュニケーションを行っていく必要があるとしています。例えば、原子力発電事業者は、原子力施設の日々の操業状況、政府は、原子力科学技術に関する政府としての立場、規制機関はその役割や規制活動に関する情報を提供していくものとされています。
 このうち、規制組織に関してIAEAは、パブリックや政府機関、事業者、アカデミア等も含めたステークホルダーに対して、被ばくリスクと規制の論点について情報提供する責任があるとしています[12]。また、IAEAの基本安全原則では、規制機関はパブリックや原子力施設周辺住民等に対し、環境や健康への影響も含めた安全の問題や規制プロセスについて情報提供するとともに、パブリック等の意見を聴かなければならないとされています。一方で、同基本安全原則では、原子力施設の建設や運転等の許認可を保有する事業者が、安全に対する一義的な責任を負うとされているものの、事業者の責任で実施するべき安全確保に係る活動には、パブリックに対するリスクコミュニケーションは含まれていません[13]。これらのことから、IAEAは、原子力事業に関する環境や健康への悪影響といったリスクに関するコミュニケーションは規制側の役割と位置付けていると言えます。
 このような考え方に基づき、効果的な規制管理を確実に行うために必要な措置を講じるための政府や法的枠組みを示したIAEAの一般安全要件No. GSR Part1では、規制機関が、ステークホルダーやパブリックに対し、原子力施設等に関する放射線リスクについて情報提供や意見聴取を行わなければならないとされています[14]。さらに、基本安全原則、一般安全要件に基づいて定められたIAEAの一般安全指針No.GSG-6では、規制機関による具体的なコミュニケーション方法や注意事項がまとめられています[15]



  1. Nuclear Energy Institute
  2. Science Media Centre
  3. British Science Association
  4. Site Stakeholder Group
  5. Nuclear Industry Council
  6. https://www.iaea.org/resources/nuclear-communicators-toolbox



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