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資料 国際チェルノブイル計画 健康・環境影響のアセスメントと防護対策の評価
国際諮問委員会報告
第1章 国際チェルノブイル計画 はじめに
チェルノブイル原子力発電所の事故は、1986年4月26日に発生した。国際チェルノブイル計画の創設までの関連する出来事の簡単な年表を次頁に示し、さらに広範な記述を付録に示す。
1989年10月、ソ連政府は、以下の実施を国際原子力機関(IAEA)に正式に要請した。「...チェルノブイル事故後の放射能汚染の影響を受けた地域で住民が安全に生活できるようソ連が展開させた概念、ならびに住民の健康を守るためこれらの地域で実施された措置の効果に関する国際的な専門家の評価」
影響を受けたソ連の3つの共和国―ウクライナ共和国(UkrSSR)、白ロシア共和国(BSSR)およびロシア共和国(RSFSR)―における放射線の状況の評価を行う多国籍チームの編成提案がその答であった。そのため、EC委員会(CEC)、国連食糧農業機関(FAO)、国際労働機関(ILO)、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)、世界保健機関(WHO)および世界気象機関(WMO)が参加して、国際チェルノブイル計画が準備された。このプロジェクト(国際チェルノブイル計画)は、モスクワのソ連原子力利用委員会本部で開催された1990年2月の会議で正式なものとなった。ソ連邦、BSSR、UkrSSRおよびIAEAの約25名の代表が、プロジェクトの目的と、それを達成する手段について話し合った。
ソ連政府は、この問題について即に国際的な支援の恩恵を受けていた。WHOは1989年6月に専門家チームを派遣し、1990年初めには赤十字・赤新月社連盟もチームを派遣した。WHOグループの最終報告書はなかでも、「..放射線の影響に精通していない科学者は、種々の生物学的および健康上の影響を放射線被曝が原因だとした。こうした変化は、特に通常の発生率が分らない場合、放射線被曝が原因とすることはできず、心理学的要因とストレスによる可能性が高い。これらの影響を放射線によるものとすることは、住民の間に心理的圧力を高めるばかりか、ストレスに関係した健康問題をさらに誘発し、放射線の専門家の能力に対する信頼をも損なう」と結論づけた。赤十字・赤新月社連盟の報告書は、「報告された健康問題の多くは、一般公衆や一部の医師が放射線の影響と考えているが、放射線被曝には関係ないと感じられた。住民健診の改善や生活パターンと食習慣の変化といった要因についてはほとんど認識されていない。特に、現状では理解できることだが、心理的ストレスと不安が、身体的な症状を引き起こし、健康に様々な影響を与えている」ことをとりわけ指摘している。
主な出来事の年表 チェルノブイルの事故のアセスメントについては、すでに大がかりな努力がなされていることは明らかであり、プロジェクトが、この状況について全く新規な総合的アセスメントを実施する必要はないであろう。むしろ作業は、既存の成果の質と正確さを評価することである。第2に、処理しやすくするためには、国際的アセスメントは、住民と政策立案者にとって関心のある主要な問題、つまり放射能汚染の真の範囲、住民の過去、現在および未来の被曝、現実のおよび潜在的な健康影響、一般公衆を防護するために講じられる手段の適切さなどに焦点を合わせなければならない。
これらの問題を検討する方法を提言する仕事が、10入の科学者グループに与えられた。このグループは、ソ連議会の2人のメンバーとともに1990年3月25日から30日にかけて、影響を受けた共和国で実態調査を行った。この訪問によって、プロジェクトの要件をじかに学ぶ機会が与えられた。同グループはモスクワと各共和国の首都で担当官と会い、影響を受けた地域とキエフ、ゴメルおよびモスクワ市では科学機関、病院、診療所、農業センターの代表者と会った。
しかし、キエフの空港での最初の会合から満員となったタウン・ホールでの最後の質問まで、ソ連の人々との出会によって作業の規模が明らかとなった。互いに感情を分ちあい、質問を受けるために招かれた3つの共和国の7つの居住地区の住民にプロジェクトの内容が示された。各国からの科学者は、この内容が非常に人間的な関心事に対応していることがわかった。子供の健康に対する懸念、放射線被曝を制御する対策の適切さ、ならびに政府の提案している生涯にわたる放射線被曝を制限する手段の適切さに対する心配が議論の中心であった。当局そして、科学者および医療集団にも向けられた不信の雰囲気があった。
訪問後、プロジェクトを指揮し、その調査結果に責任を持つ、10か国および7つの国際機関からの科学者によって組織される国際諮問委員会が設立された。メンバーは、学問分野を代表する有名な研究所や大学から、放射線の専門家から医師、心理学者まで、プロジェクトに参加する国際組織によって呼び集められた。広島の放射線影響研究所理事長重松逸造博士を委員長にして、1990年4月23日から27日にかけてこの21人から成る委員会はキエフとミンスクで会合を開いた。
委員会は詳細な作業計画を承認した。これは、プロジェクトを1年間で完了させるという余儀ない要請、および得られる資源が限られているという制約を受けることになった。委員会は、ボランティアとして参加できる専門の科学者を頼りにする必要があった。
目標および範囲
国際チェルノブイル計画は、精密な長期調査研究の厳格さと包括性を持つことを意図してはいなかった。また、環境汚染、住民の放射線被曝、事故による被曝に起因する可能性のある健康影響に関する既存の膨大なアセスメントを再度繰り返すつもりもなかった。目標は、国際的な学際的専門家グループが広範な情報を批判的に検討し、主要な問題に取り組み、現在の状況を理解しやすい構図に仕上げることであった。
要するにプロジェクトの目標は、チェルノブイル事故の影響を受けたソ連の地域における放射線および健康の状況についてのアセスメントを検討し、住民に対する防護手段を評価することであった。
ソ連の13の地域に、1Ci/km2(37kBq/m2)を超える137Csの地表汚染があると公式に明らかにされている(注1)。約25,000km2が5Ci/km2(185kBq/m2)以上の137Csの地表汚染のある影響地域として定められている。このうち、約14,600km2は白ロシア共和国にあり、8,100km2はロシア共和国、2,100km2はウクライナ共和国にある。プロジェクトは、これらの影響地域を扱うこととした。事故後初期段階で事故を封じ込めるために講じられた対策について述べることを除いて、損傷した原子炉自体の周辺の立入禁止区域(半径約30km)を調査することはプロジェクトの対象外であった。1990年にアセスメントが開始された時点において影響地域に住む住民に対する放射線の影響のみを取り扱っている。ソ連の公式報告書では、この人口は約82万5000人で、そのうちの45%が白ロシア共和国、および24%がロシア共和国、31%がウクライナ共和国に住んでいる。
注1:SI単位は広く世界中で使われている。しかし、USSRでは古い単位を用いており、オリジナルデータは古い単位で表記されていた。従ってこの本概要のデータは両方の単位で表した。
作業計画
採用された作業計画は、公式の方法論と調査結果の妥当性を検討し、フィールド・サンプル、研究室での分析、国際的に認められた計算技術を通してこれらを独自に確認することを必要とした。状況の複雑さとプロジェクトの目的の相互に関連した性格をより完全に理解するために必要な背景を示す目的で、主要な歴史的出来事の記述も用意されるであろう。
作業は、5つの領域あるいは「タスク」を網羅している。
タスク1:現在の放射線の状況につながる出来事の歴史的記述の編集(付録を参照)
タスク2:環境汚染アセスメントの評価
タスク3:放射線量アセスメントの評価
タスク4:放射線被曝による臨床的な健康上の影響のアセスメントおよび一般的な健康状況の評価
タスク5:防護手段の評価
プロジェクトは、地方当局と協力して、必要な調査を実施するために問題の汚染地域から多くの居住地区を選択した。いくつかの居住地区は土壌表面汚染が比較的高い地域に位置し、また、いくつかの居住地区は土壌表面汚染の比較的低い地域に位置していたが、住民が高放射線量を受ける可能性の高いところであった。これらの居住地区は“調査汚染居住地区”と呼ぶ。
居住地区は汚染地域の外にも選んだ。それは比較のための参照として用いるためである。これらの居住地区は“調査対照居住地区”と呼ぶ。
調査汚染居住地区は次の通りであった。
調査対照居住地区は次の通りであった。
全ての居住地区がプロジェクトの全タスクで使われたわけではなかった。
影響を受けた住民が、放射線状況に対処する方法についての実際的な情報を受け取りたいという願望についても同時に考慮した。プロジェクトの専門家は、影響を受けた地域では放射線とその影響の基礎となる科学的原理についてあまり理解されておらず(世界各地で一般的なことであるが)、これが影響地域でみられる医療および社会問題の多くの根源にあると結論づけた。従って、プロジェクトの主要タスクに加えて、地域の科学者集団の本問題に対する理解レベルを上げるため、いくつかの情報交換活動が行われた。
参加
プロジェクトは、25か国および7多国籍機関における研究所、大学、その他機関に所属する約200人の専門家が密接に協力し合うチームによって、完全に自発的に行われた。プロジェクトの作業に当てられた時間は、政府、研究所、企業、専門家自身が自発的に提供したものであった。1990年3月から1991年1月の間に約50回のソ連への派遣任務が実施された。セイベルスドルフのIAEA研究所と、自発的に参加した6か国の13の研究所でサンプルの採取と分析が行われた。同研究所はソ連から参加している研究所間での相互比較作業を実施した。5か国の政府機関および民問企業が、プロジェクトの仕事をバックアップするため器材、放射線モニターおよびコンピュータによる計算時間を提供した。
プロジェクトは、ソ連政府、BSSR(白ロシア共和国、RSFSR(ロシア共和国)およびUkrSSR(ウクライナ共和国)の全面的な支援を受けた。支援は様々な形で行われ、これには現地の科学者の相互比較作業およびプロジェクトの科学者との広範な討論への参加、また、フィールド・サンプルの採取および調整、影響地域の住民の診察を行う上での援助が含まれる。プロジェクトの物的支援のほとんどは、ソ連原子力発電・産業省によって行われた。当局、科学者、そして特に現地の市民とのオープンで率直な会話があり、これが国際的な専門家が状況を理解する上で大いに役立った。
《制約と限界》
国際チェルノブイル計画の結論と勧告は、1991年3月18日〜22日のウィーンでの国際諮問委員会(IAC)の会合によって承認された。こうした結論と勧告は、プロジェクトによって実施された放射線および健康アセスメントに基づいている。これらのアセスメントの技術的な詳細は、広範な技術報告書に示されているので、詳しくはこれを参照されたい。
結論と勧告は、プロジェクトの計画の制約と限界の条件のもとで出されたものである。これらの結論と勧告はプロジェクトが保証する以上にまたは以下に解釈されないよう、これらの制約と限界を認識する必要がある。理想的には、プロジェクトチームは、より広範な独自の分析を十分に行い、かつチームに提供されたすべての情報を徹底的に検討し、独自に検証するだけの十分な時間と資源を持っていればよかった。しかし、こうした包括的な努力は、達成可能ではなく、保証もされなかった。プロジェクトの完了までに使える時間が限定されていたこと、プロジェクトチームに提供されたデータが必ずしも適切でなかったこと、時間の経過とそれに伴う短寿命放射性同位体の壊変により事故直後の放射線の状況に関する評価が独自に評価できなかったこと、利用できる独自専門家の数とその時間に限界があったこと、汚染された数千平方キロメートルの地域を徹底的にモニターすることも、汚染の「ホットスポット」を体系的にサーベイすることもできなかったこと、また、これらの地域に住む数十万の人々を個々に調査できなかったことなど、多くの理由によってより限定された目的が必要となり、それが採用された。最後に、プロジェクト調査は、基本的に人間の問題と農業汚染のような環境問題に関するものであり、事故影響の他の側面は特に考慮されなかった。
従って、汚染レベル、線量(注2)、健康影響の評価に用いられたデータ、技術および方法論のアセスメントならびに放射線防護方針の評価に努力が傾けられた。プロジェクトチームが独自の判断を下せるだけの十分なデータが独自に入手された。
ソ連邦、白ロシア共和国、ロシア共和国およびウクライナ共和国の当局を支援するため、放射線防護手段(「安全に生活する概念」を含め)、関連する放射線防護の実施および方針に関する指針を提供するという差し迫った要請に主要な努力が傾注された。移住といったような政策に影響を与える放射線防護上の考慮(例えば住民を移住させることによって避けられる放射線量およびリスク)は、その結果として生ずる心理的、社会的および経済的要因との関係の中で評価しなければならなかった。
事故の時以来汚染された地域の居住地に住んでいた人々の健康についてアセスメントが行われた。放射線に直接起因する潜在的な健康影響と、事故に関連する要因の結果として発生したかもしれないが、放射線被曝によるものではない健康影響とについて住民の調査が行われた。事故以前のこれら住民に関する基破データがほとんどないため、地域内に住んでいるが、汚染地域外の人々とこれらの人々の結果を比較する必要があった。
プロジェクトが汚染された地域に現在住んでいる人々を対象としたため、チェルノブイルのサイト周辺の立入禁止区域から避難した10万人以上の人々の放射線による健康影響は、調査対象の地域に現在住んでいる人々に関するものだけが考慮された。また、プロジェクトは、事故管理および復旧作業のため一時的にこの地域に派遣された多数の緊急時要員(いわゆる「清算人」)の健康影響には取り組まなかった。この職業上被曝した人々の健康についてはソ連全土の医療センターで監視されていると報じられている。
主として必要かつ十分なデータが入手できなかったがために、いくつかの問題については比較的わずかな注意しか払われなかった。例えば、ヨウ素同位体による土地の初期の汚染と住民の被曝を確証することができなかった。また、初期の救済防護措置(例えば、ヨウ素投与による甲状腺ブロッキングおよび避難)については徹底した評価の対象とはされなかった。
時間、資金および人的資源の制約にもかかわらず国際諮問委員会は、このプロジェクトがチェルノブイル事故の影響を受けたソ連の当局者と国民のニーズに対して、要求されている国際的で人道主義的かつ科学的な対応を行ったと考えている。
国際諮問委員会は、このような広大な調査には多くの問題があることを認識している。それにもかかわらず、第一級の著名な国際的科学研究者および医療専門家がこの作業に携わり、作業の適切さと結果を保証してくれている。これは事故の影響評価における大きな一歩である。
注2:とくに指定のない限り、「線量」という言葉は、一般に「実効線量」、即ち放射線の種類による危険度と人体組織の感受性について適切に加重された総吸収線量の意味で用いられている。
国際チェルノブイル計画 国際チェルノブイル計画。 このプロジェクトは、チェルノブイル事故の放射線の影響についての国際アセスメントについてソ連政府の要請に応えて組織された。多数の国の努力が国際諮問委員会の指揮の下でなされ、CEC、FAO、IAEA、ILO、UNSCEAR、WHO、WMOなどが参加した。プロジェクトでは、現在の放射線状況につながる出来事の歴史的記述、環境汚染の評価、住民の放射線被曝の調査、放射線被曝による健康影響の評価および防護手段の評価の5つの作業(タスク)を行った。
地理的枠組。国際アセスメントは、セシウム地表汚染レベルが185kBq/m2(5Ci/km2)を超えていると公式に報告されたBSSR、RSFSRおよびUkrSSRの約25,000km2に焦点を合わせ、とくに1,480kBq/m2(40Ci/km2)を超えるレベルの地域に集中した。アセスメントでは、チェルノブイル原子炉周辺の立入禁止区域(半径約30km)を除外した。〔Doc. A/45/342 E/1990/102, United Nations Economic and Social Council, Geneva, 9 July 1990.〕。
人口的枠組。国際アセスメントは、プロジェクトによって網羅されるBSSR、RSFSRおよびUkrSSRの2,225の居住地区に住む約825,000人の放射線影響を調べた。これには、汚染地域に住んでいたが、これらの地域から移動した住民は含まれたかった。またプロジェクトは、いわゆる「清算人」、つまりチェルノブイル発電所サイトで職業的に被曝した復旧作業員に対する潜在的な影響は取り上げなかった。〔Doc. A/45/342 E/1990/102, United Nations Economic and Social Council, Geneva, 9 July 1990.〕。
第2章 環境汚染 一般的結論
プロジェクトの下で実施された測定とアセスメントは、プロジェクトに提供された公式地図で報告されているセシウムに関する地表汚染評価値のレベルを一般的に確証した。プロジェクトチームが得た限定された土壌サンプルの分析結果は、プルトニウムの地表汚染評価値と一致したが、ストロンチウムに関してはそれよりも低かった。
飲料水中および調査地域からの食品中で測定された放射性核種の濃度は、食品の自由貿易のために確立された国際的なガイドラインを大幅に下回り、また、多くの場合、検出限度以下であった。
詳細な結論
ソ連研究所の能力
ソ連研究所の分析能力は、適切であると思われた。環境および食品サンプル分析用の広範なインフラストラクチャがある。相互比較作業に参加したソ連研究所の成績の範囲は広いが、以前の国際比較作業で見られたものと類似している。ストロンチウムを過大評価する傾向を含め、明らかにされたいくつかの問題は、安全側の線量評価目的でのデータ使用に大きな影響は与えなかった。
「ホットスポット」を除外したが、評価された現地調査は、地域の表面沈着を特徴づける平均値に関しては適切な結果を示していると思われた。使用されたと報告されている方法論に従って、確認された「ホットスポット」は、報告された一定の地域の平均地表沈着の評価で体系的に除外され、プロジェクトチームに提供された詳細なデータには示されていなかった。
広範な地表水サンプリング計画は適切である。サンプリングまたは分析操作中のいくつかの問題が、水中の放射性核種の濃度の過大評価につながった可能性がある。
空気サンプリング装置および手順を評価する十分な情報を入手できなかった。線量に対する放射性物質の再浮遊からの相対的な寄与は低いと考えられているが、特に農業活動あるいは乾期の間の再浮遊の発生を除外できないことを銘記しておく必要がある。
生産から消費まで市販食品のモニタリングに地域で用いられている迅速選別および精緻な技術は、満足のゆくものであると思われた。詳細な技術情報が欠如していたため、プロジェクトで関連計器較正技術を十分に評価することはできなかった。
プロジェクトでの独自の調査
地表汚染を評価するため、調査汚染居住地区および調査対照居住地区で多様な調査方法が用いられた。プロジェクトに提供された公式地図に示された地表へのセシウムの沈着による地表汚染の平均値の範囲が確証された。プルトニウムおよびストロンチウムについて独自に分析された限定された数の土壌サンプルの結果に基づいて、プルトニウムに関する結果は報告された評価値と一致していることが明らかになったが、ストロンチウムに関して報告されたデータに過大評価の可能性があることが確認された。
調査対照居住地区から採取した飲料水源の放射能汚染は、所管当局の定めた介入レベルより十分低かったことがプロジェクトチームによって明らかにされた。
サンプル採取された食品の放射能汚染は、ほとんどの場合、調査居住地区内の所管当局が確立した介入レベルよりも低いことがわかった。いくつかの居住地区では、公式の勧告に違反している個人農場からの牛乳と天然の食品は、これらのレベル以上に汚染されているであろう。
勧告
地方研究所に関連するプロジェクトの調査結果を通例のとおり内々にこれら研究所に知らせ、地方研究所は必要に応じて適切な改善措置を講ずべきである。国際比較に参加した地方研究所が必要に応じて問題を正すことができるよう、その成績を内々に知らせるべきである。
一貫した結果の信頼性を保証するため、品質保証計画を地方研究所で実施する必要がある。これらの研究所は、定期的に相互比較計画および国際相互較正作業に参加すべきである。
「ホットスポット」の重要性を評価する計画を確立する必要がある。ホットパーティクルの特性と環境におけるその存在に関する調査計画が保証され、継続されるべきである。
水サンプリングおよび分析技術を向上させ、当局が確立した手順に従うようにすべきである。
水系食物連鎖の汚染につながる可能性のある水系の長期汚染の可能性を調査する必要がある。生態系における放射性核種の挙動、地表水中の沈殿物からのストロンチウムの脱着、ならびに潅漑による農業への影響を研究するための調査研究を計画すべきである。
食品中の放射性核種レベルを予測する検証されたモデルを将来ソ連で用いることを検討することは有益であろう。これは長期においては費用効果的で、広範なサンプル分析の必要性を減らすことになるだろう。
放射能汚染に関するBSSR(白ロシア共和国)、RSFSR(ロシア共和国)UkrSSR(ウクライナ共和国)のすべてのデータをオブニンスクにあるソ連中央データバンクと共用し、すべての共和国で利用できるようにするべきである。こうしたすべての情報を関連機関および研究所で利用できるようにすべきである。
より詳細な縮尺の大きな汚染地図を作成する計画を実施すべきである。
再浮遊および吸引経路の関係に関するより決定的な情報を得るため、地方研究所と、セイベルスドルフのIAEA研究所が確立した国際研究所ネットワークとの間で空気サンプリングおよび分析の共同計画を実施すべきである。
第3章 住民の放射線被曝 一般的結論
線量推定に関する公式の手順は、科学的には適切であった。使用された方法論は、線量を過小評価しないような結果を得ようとするものであった。外部および体内に取り込まれたセシウムによる内部被曝についてモニターされた個々の住民に関する独自の測定値は、計算モデルに基づいて期待される結果を与えた。調査汚染居住地区に関する独自のプロジェクトの推定値は、公式に報告された線量推定値よりも低かった(注3)。
詳細な結論
外部被曝
沈着した放射性核種による外部被曝は、大部分の地域において、特に食品規制が行われている地域においては線量の最も大きな原因となっている。報告された外部線量計算の方法が、熱ルミネセンス線量計を使った地域での測定によって確認されている。
独自の外部被曝測定は、プロジェクトのためにIAEAの支援によって行われた。7つの居住地区の住民に8,000個のフィルムバッジが配られた。結果の90%は、2か月の被曝期間で検出限界の0.2mSv以下であった。この結果は、計算モデルに基づいて期待されているものと一致している。
内部被曝
134Csおよび137Csを含めた体内に取り込まれたセシウムの測定に基づいて、当局者によって事故後最初の4年間におけるセシウムの取り込みによる線量の推定が行われた。これらの測定から線量を推定する手順は、プロジェクトの下で行われた独自の評価で用いられたものと一致している。
セシウムの摂取による予測線量の公式推定値は、環境中の137Csの半減期を14年と仮定するなど、多数の影響因子に基づいている。この想定は決して線量が低く見積られないように設けられており、慎重に考えられている。
事故後最初の4年間におけるストロンチウムの摂取による線量に関する公式推定値は、物質代謝モデルと食品中のストロンチウムの測定、あるいはストロンチウムに関するデータが入手できない場合には、食品中のストロンチウムとセシウムの推定比に基づいていた。
飲食物中の90Srの摂取による予測線量の公式推定値は、環境中の半減期を10年と仮定して行われた。この仮定は文献引用されたものではなかったが、1957年にソ連のクィシュティムの核物質製造プラント事故後に得られた経験から導き出されたものであると言われている。
地方研究所およびIAEA研究所が参加した、標準ファントムを用いた相互比較計画の結果に基づいて、セシウムに関する全国の全身測定で得られた精度は、放射線防護の目的には適切であると結論し得る。
プロジェクトのためにIAEAの支援の下で、9つの居住地区の9,000人以上住民を対象にセシウムの全身計測が行われた。この結果は、環境移行、飲食物摂取および物質代謝のほとんどのモデルを基礎に予測されるセシウムの体内含有量よりも一般的に小さいことを示している。セシウムの全身計測に関して類似の結果が、他の国々でも報告されている。
ヨウ素による甲状腺吸収線量は、事故の初期の段階で行われた甲状腺測定と、取り込みに関する仮定に基づいて公式に報告された。誕生から7歳までの子供たちの甲状腺の平均吸収線量が公式に報告されており、7つの調査汚染居住地区で0.2Gy以下から3.2Gyまで様々であった(注4)。しかし、プロジェクトの時期までにヨウ素が完全に壊変したため、報告された甲状腺吸収線量を個別に検証することはできなかった。
線量推定値の比較
平均沈着結果に基づいて、調査汚染居住地区で独自の線量推定が行われた。このような一般化された線量推定のための仮定や環境モデル計算が、調査汚染居住地区の土壌条件、農法、生活習慣を正確に反映するとは考えられないが、結果は、比較のための一般な基礎を提供するものと期待できる。
70年間(1986−2056)の推定被曝線量値の範囲は、次のとおりである。
調査汚染居住地区に関する独自の推定値:
外部被曝線量 60〜130mSv
内部被曝線量(セシウム) 20〜30mSv
―――――――――――――――――――――
合計(ストロンチウムを含む): 80〜160mSv
公式に報告された同一居住地区に関する推定値:
外部被曝線量 80〜160mSv
内部被曝線量(セシウム) 60〜230mSv
―――――――――――――――――――――
合計(ストロンチウムを含む): 150〜400mSv
調査汚染居住地区に関する独自のプロジェクト推定値は、公式に報告された推定値よりも小さかった。全般的に、独自の推定値と公式に報告された推定値とは2、3倍の範囲で一致している(注5)。
注3:これらの推定値は、137Csおよび90Srによる線量に基づいて導かれた。適切な場合には、セシウムおよびストロンチウムの短寿命同位体も考慮に入れた。
注4:再構築された甲状腺吸収線量の最大値(ブラーギンにおける)は、公式には30−40Gyと報告された。
注5:関連する全ての放射性核種による外部被曝、および134Cs、137Cs、90Srによる内部被曝に関して推定された線量または報告された線量に基づいて、この結論が出された。131I、その他の短寿命ヨウ素同位体およびその前駆核種からの甲状腺線量も考慮されている。
勧告
プロジェクトに報告された線量評価の公式方法は、線量を過小評価しないよう設計された決定論的モデルを使用している。より現実的な線量推定を最終的に行えるようにし、計算の不確実性を完全に評価するため、確率論的線量評価法を開発すべきである。
今後数十年間にわたって、問題の汚染地域の研究によって環境移行係数の科学的知識を出来るだけ広げるべきである。外部被曝率、セシウム体内取り込み量、ならびに食品のセシウムおよびストロンチウム含有量の測定を継続すべきである。
屋外労働者に関してさえ、線量に対する再浮遊の潜在的な相対的貢献度は小さいと考えられているが、農業労働者などの決定グループに関する線量の評価を行うべきである。
地域の科学者は、国際線量評価確証研究にもっと積極的に参加すべきである。このような活動には、環境移行モデルの相互比較や、内部および外部線量測定の相互比較などが含まれる。
地域の科学者が、公式レベル(たとえば、セミナー、シンポジウム、会議などの参加)と非公式レベルで国際計画にさらに積極的に参加し、線量測定問題の効果的な解決に適用できる技術に関する情報の交換を行うべきである。外国の研究所で働く経験を得るため専門家に支援を与えるべきである。
第4章 健康影響 一般的結論
このプロジェクトの下での調査汚染居住地区および調査対照居住地区の両方の住民に、放射線とは関係のない顕著な健康の変調があったが、放射線被曝に直接起因するとみられる健康の変調はなかった。事故は、継続的かつ高いレベルの不安に起因する心配とストレスの面で相当な負の精神的影響を及ぼし、その不安の発生は汚染地域を超えて拡った。ソ連で起きている社会経済および政治的な変化が、これにいっそう輪をかけた。
検討された公式データは、白血病またはがんの発生について著しい増加を示してはいなかった。しかし、ある種の腫瘍の発生率の増加の可能性を排除できるほど、これらのデータは詳細ではなかった。報告された小児の甲状腺吸収線量の推定値は、将来、統計的に検出可能な甲状腺腫瘍の発生率の増加をもたらすかもしれない程度である。
プロジェクトによって推定された線量と、現在受け入れられている放射線リスク推定に基づくと、大規模な良く計画された長期にわたる疫学的調査によってさえも、全がんまたは遺伝的影響の自然発生率に対する将来の増加を識別することは困難であろう。
詳細な結論
放射線に起因する現在の健康影響
報告された放射線に起因する健康上の悪影響は、適切に調査が行われた地域でも、本プロジェクトの下での調査でも実証されなかった。
各地域で行われた健康影響に関する臨床観察の多くは不十分で、混乱を引き起こし、しばしば、矛盾した結果をもたらしている。こうしたことの原因には、十分に保守された機器と消耗品の欠如、文書記録の不足および科学文献の参照不足による乏しい情報、よく訓練された専門家の不足があげられる。それにもかかわらず、こうした障害があっても、地域の多くの臨床研究は慎重に、適切に行われており、プロジェクトチームはほとんどの場合、結果を確証することができた。
プロジェクトのフィールド調査の個別の結果
年齢を適合させた調査方法を用いて、農村の調査汚染居住地区(セシウムによる表面汚染555kBq/m2(15Ci/km2)以上の地域)と調査対照居住地区に継続して住んでいる2,000〜50,000人を現地調査した。この調査は1990年後半に行われ、当時の健康状態と関連している。一般的な臨床検査および精密な実験室検査によって確認された主要な健康問題を明らかにするこの調査戦略は、住居の多くの懸念に答えるのに適切であった。個人個人に対する徹底的な検査はなく、この調査は、潜在的な健康上の影響に関するすべての疑問を解消しはしなかった。
心理的不調
チェルノブイル事故に関連した不安やストレスなど、多くの重要な心理問題があり、プロジェクトの下で調査された地域では、これらは放射能汚染による生物学的重要性とまったく不釣合であった。これらの問題は、調査対照居住地区にも行きわたっている。事故の影響は、ソ連で起こった多くの社会経済および政治的な展開とからみあっている。
多数の住民がひどく不安になっている。こうした人々は、放射線恐怖症と言えるような不合理な行動をしていない。調査汚染居住地区と調査対照居住地区の両方で調査した成人の大多数は、放射線による疾病を持っていると信じているか、放射線による病気にかかっているのではないかと思っていた。
調査汚染居住地区および調査対照居住地区の両方のほとんどの成人は、その土地の出身で、ほとんどすべての者が生まれたときからその居住地区で生活していると語っているため、移住は大きな関心事である。調査対照居住地区の成人で移住を望んだのは、わずか8%にすぎなかったが、調査汚染居住地区の成人は72%が移住を望んでいるほど心配していた。政府が住民全部を移住させるべきだと考えている住民のパーセンテージは高く、調査対照居住地区と調査汚染居住地区でそれぞれ20%と83%である。
健康全般
調査した子供たちは、全般的に健康であった。現地調査では、調査汚染居住地区および調査対照居住地区の両方で多数の成人が実質的な医療問題を抱えており、治療が必要なのは10%ないし、15%(高血圧症の成人を除く)であった。
心臓血管病
高血圧症の成人が多かった。しかし、心臓収縮および心臓拡張血圧に関係する統計は、調査汚染居住地区および調査対照居住地区で類似しており、いずれもモスクワおよびレニングラードについて公表された値と同等である。
栄養
飲食物は種類が限定されているようだが、適切であると思われた。報告された食習慣には、調査汚染居住地区と調査対照居住地区で大きな違いはなかった。事故の結果として行われた任意あるいは公式の飲食物制限による成長に対する悪影響はなかった。子供の成長率については調査汚染居住地区と調査対照居住地区の間で大きな違いはなく、両グループの成長率は公表されたソ連および国際標準値の範囲内であった。成人は一般に、調査したすべての地域で国際標準値より肥満していた。ヨウ素の摂取と排泄は、許容範囲の下限にあった。その他ほとんどの飲食物要素および構成要素は適切であった。しかし、ビタミンの摂取については調査されなかった。飲食物による毒性元素(鉛、カドミニウム、水銀)の摂取は、他の多くの国で報告されているものと比較して低く、国際機関が規定した最大許容摂取レベルをかなり下回っていた。血中鉛レベルも調査され、正常範囲内に十分入っていることが分った。
甲状腺変調
調査した子供たちには、甲状腺刺激ホルモン(TSH)にも甲状腺ホルモン(freeT4)にも異常がなかった。どの年齢層についても、調査汚染居住地区と調査対象居住地区で統計的に顕著な差は認められなかった。
甲状腺の大きさの平均値と大きさの分布は、調査汚染居住地区と調査対象居住地区の住民については同じであった。甲状腺結節は、子供には極めてまれであった。これは、調査汚染居住地区および調査対照居住地区の成人の15%に発生していた。プロジェクトの調査結果は、他国の住民について報告されたものと類似している。
血液学
一部の幼児についてヘモグロビン・レベルが低かったり赤血球数が少ないことが分かった。しかし、調査汚染居住地区および調査対照居住地区のすべての年齢層の住民の値に統計的に顕著な差はなかった。白血球と血小板を調べたとき、住民の間に差は認められなかった。免疫系(リンパ球レベルと他の疾病の発生率から判断して)は事故によって大きな影響を受けていないものと思われる。
新生物
ソ連のデータの見直し評価により、報告されたがんの発生率がこの10年間(チェルノブイル事故が発生する前に始まる。)増加しており、事故後も同じ率で増加し続けていることが分かった。プロジェクトチームは、過去の報告が不完全なため、この増加が発生率の増加、方法論の違い、検出および診断技術の向上、或いはその他の原因によるものかどうか評価することができなかった。データは、事故後に白血球あるいは甲状腺腫瘍が顕著に増加していることを示さなかった。しかし、使用された分類法とその他の要因により、これらの腫瘍の発生率のわずかな増加の可能性を排除することはできない。このような腫瘍に関する伝聞情報しか入手できなかった。
放射線誘発白内障
一般市民に放射線誘発白内障の証拠はなかった。
生物学的線量測定
屋外労働者の被曝が最大と想定されたため、屋外労働をしていた成人を対象に染色体分析および体細胞突然変異の分析はまだ続いている。現在のところ、調査汚染居住地区および調査対照居住地区に住む成人の間に顕著な差は認められていない。得られたデータは、プロジェクトの線量評価と一致していた。
胎児および遺伝学的異常
汚染された地域の居住地区と共和国全体に関するソ連のデータの見直し評価により、乳児および周産期の死亡率が比較的高いことが分った。これらのレベルは事故前からのもので、その後は減少しているように見える。放射線被曝の結果としての胎児異常の発生率の増加については、統計的に有意な証拠は見出されなかった。
潜在的晩発性健康影響
利用可能なデータの見直しでは、事故の影響として白血病や甲状腺がんの増加があったかどうか判断する適切な基礎とはなり得ない。このデータは,ある種の腫瘍の発生率の増加の可能性を排除できるほど詳細なものではなかった。プロジェクトによって推定された線量と、現在受け入れられている放射線リスク推定に基づくと、大規模な、良く計画された長期にわたる疫学的調査によってさえも、全がんまたは遺伝的影響の自然発生率に対する将来の増加を識別することは困難であろう。報告された小児の甲状腺吸収線量の推定値は、将来、統計的に検出可能な甲状腺腫瘍の発生率の増加をもたらすかもしれない程度である。
勧告
健康全般および潜在的な事故影響
今後の移住を実施する前に、移住の健康に対する悪影響を考慮すべきである。
心理的影響を緩和する計画の導入を検討すべきである。この中に一般公衆に対する情報伝達プログラムを含めた方がよい。また、教師および地域の医師を対象として、一般的な予防ヘルスケアと放射線の健康に対する影響についての教育計画を策定する必要もある。現在の年毎の医学検査の方針は、汚染された地域の一般住民の健康のニーズに関しては大むね適切である。しかし、一部の高リスクグループ(甲状腺吸収線量の高い子供たちのような)は、その潜在的なリスクに基づいた特別の医学計画が必要となろう。
医学、診断および調査機器の水準と、医療消耗品、マニュアル、スペア部品の入手可能性を高めるため、精力的な活動を行うべきである。
臨床および研究調査では、適切な対照群、標準および品質管理手順の利用に重点を置くべきである。国際的に認められた標準と方法を採用することで、地域の科学者が用いる統計、データ収集および登録システムを改善すべきである。
情報交換の機会を増やし、地域の健康の専門家が科学文献を大いに利用できるようにすべきである。
潜在的な晩発性健康影響
利用できる資源が限られていることを考慮して、チェルノブイルの健康影響に関するWHO科学諮問グループの概念、つまり選択された高リスク集団に関する前向きコホート調査に集中することを認めるべきである。影響を受けた共和国に住む全員を長期にわたって調査あるいは評価することは、極めて困難で、費用がかかるため実際的ではない。
影響を受けた共和国の一般公衆の健康問題
主要な健康問題として成人高血圧症および歯科衛生に関する対策を講ずべきである。塩にヨウ素を加えることに関する継続的な計画の必要性を再評価すべきである。この必要性を認めたら、化学処理方法の有効性を評価する必要がある。
第5章 防護手段 一般的結論
チェルノブイル事故の予想もつかない性質と規模によって、所管当局は、計画あるいは予想されていなかった状況に対処することを余議なくされた。そのため、初期の多くの措置を即席で実行しなければならなかった。プロジェクトチームは、出来事が複雑であるため、当局者が講じた多くの措置を詳細に調査することはできなかった。プロジェクトチームがこれらの措置を評価できたケースでは、当局の一般的な対応は合理的であったことは明らかで、国際的に確立された事故時のガイドラインに一致していた。あるものはより適切に、あるいはよりタイムリーな方法で実施できたであろうことは疑いはないが、これらは全体の対応との関連で見る必要がある。
防護手段が長期にわたって実施され、あるいは計画されており、良く意図されていたが、一般に放射線防護の観点から厳密に必要なものを超えていた。移住と食品規制は、その範囲をもう少し緩和すべきであった。これらの対策は、放射線防護を理由には正当化されない。しかし、現在の政策の緩和は、当該の汚染地域の住民側のストレスと不安のレベルが高いことと、人々の現在の期待の面からは逆効果であることはほぼ間違いない。しかし、考慮すべき多くの社会的および政治的要因があることと、最終決定は所管当局が行わなければならないことが認識されている。いずれにしても、修正の導入によってより厳格な基準とならないようにすべきである。
詳細な結論
避難および甲状腺ブロッキング
当局が確立した避難に関する介入線量レベルは、事故当時、国際ガイドラインに従っていた。
当局が確立した安定ヨウ素の投与に関する一般方針は、事故当時、国際ガイドラインに従っていた。しかし、介入レベルの数値は、国際的に勧告されたものと完全には一致していなかった。
これら2つの防護手段の実際の施行を評価するに要する資源は、プロジェクトで利用可能なものを凌駕していた。結果として、これらについて表面的な解析のみを行ったので、これ以上の結論はない。
地表除染
チェルノブイル事故から数か月にわたって、事故によって放出され、地表に沈着した放射性物質による外部被曝を減らす努力がなされた。講じられた広範な対策には、深さ10〜15cmまでの土の除去、アスファルト舗装および砂利、砕石あるいは汚染されていない土によるカバーリング、毎日の機械による洗浄、地表洗浄、構造物の取り壊し、廃棄物の埋設などが含まれた。これらの手段は適度に効果があったと報告されているが、プロジェクトチームは、これらの報告書を特に調査しなかった。
食物規制
基準
当局が確立した食物規制に関する介入レベルの基礎は、事故当時の国際ガイドラインにおおむね一致していた。しかし、事故当時普及していた国際ガイドラインはかなりあいまいであった。さらに、当局が確立した各種食物の放射性核種濃度のレベルは、最大被曝者、つまり影響を受けたグループの平均的な個人とは対極にある決定グループを考慮した結果である。
それぞれの基準の策定に違いがあることを認めた上で、当局が確立した介入レベルは、国際的に勧告されている範囲の下限である。事故の規模、規制が必要とされる範囲、ならびに当該地域における食物供給と流通の不足に鑑みて、より高い介入レベルは正当化できなかった。
影響
汚染された食物の摂取によって実際に受けた線量は、前記の介入線量レベルよりも2倍から4倍低く、その結果、食物の規制が不必要に行われたようである。
コストを含め、食物の消費禁止の社会的影響は、多くの場合、避けられる線量に不釣合であった。
全般的な健康、社会および経済的影響を考慮に入れた場合、移住より好ましい代替策として食物に関する基準の緩和を検討する必要がある。当該の汚染地域で生産された食物の消費を継続的に規制することは、一部の人々にとっては、生活の質の深刻な低下を意味し、これは、以前のライフスタイルを再開できる地域への移住による以外に救済することはできない。食物規制に関して採用された比較的低い介入レベルは、これらの問題を悪化させたようである。
チェルノブイル事故の農業に対する影響を封じ込めるため、当局によって計り知れない努力がなされ、大部分が成功した。住民全体と、特に農業従事者およびその家族に対する放射線のリスクを減らすため、多大な努力も払われた。ある種のセシウム固定剤を採用することで、農業対策の負の社会的影響をさらに減らすことができた。
移住
基準
当局によって導き出された移住基準の基礎は、現在国際的に勧告されている原則に完全には一致していないが、これは必ずしも、採用された定量的基準が不適切であったことを意味するわけではない。
移住基準の確立において、関係者(中央および地方当局を含む)の間で様々な概念上の誤解と用語上の問題があり、これが現在の問題の多くの原因となった。
回避される線量の検討が、当局によって提案された全ての基準の原点であったかは明らかではなかった。回避される線量の代わりとなるその他のより有用な数値(たとえば汚染レベル、年間線量、生涯線量あるいは線量率など)で基準を策定することもできる。これら多数のものがソ連で使用されており、それぞれが長所と短所を持っている。特に地表汚染は、一般には線量評価に適用できない。それは、線量評価が地域の土壌条件、食料消費習慣およびライフスタイルに大きく依存しているためである。
社会的影響
移住政策の策定において当局が移住の多くの負の側面をしかるべく考慮しなかったと思われる。他の地域の調査から、大量の住民の移住が平均的な生活の可能性の引下げ(ストレスの増加とライフスタイルの変化による)と、新しい土地での生活の質の低下につながることが示されている。
移住に関する生涯線量を適用する場合、過去の線量を考慮することは不適切である。介入は、回避される線量に比例して健康に対する悪影響を減らすことができるかもしれないが、介入以前に既に受けた線量に何らの影響ももたらすことはできない。決定論的影響に関するしきい値以下の線量範囲に関して、過去の線量を考慮に入れることは概念的に不合理であり、介入の原則に矛盾する。しかし、例えば事故の結果被曝した人々の長期医療フォローアップ、あるいは看護の必要性と範囲を判断する場合、人々が受けた、過去および予測線量の合計は関連のある量となるという状況がある。
最大の関心事であるとの理由で、汚染された地域に住む人々に対する線量の評価で採用された慎重なアプローチ(つまり過大評価)は、原則的には不適切で、介入の基本目的に矛盾していた。2つの重要なマイナスの影響があった。第1に、汚染地域に住み続けることによる放射線影響が誇張され、これが住民の間にさらに不必要な恐怖と不安をかりたてた。第2に、そしてもっと重要だが、一部の人々が必要もなく移住させられる。
350mSv(35rem)または40Ci/km2(1480kBq/m2)基準のいずれかによって行われる移住によって回避できる可能性のある個人の生涯線量の平均レベルは、平均自然バックグラウンド放射線による線量と同じか、それ以下である。
移住によって回避できる線量が安全側であることと、想定されるそのリスクが、汚染された地域の住民や、より厳格な体制を擁護する多くの人々によって完全に認識されているか明らかではない。汚染地域に残る人々に対するリスクの増加は、毎日の生活で経験するリスクと比較してごくわずかであり、それ自体では、移住のような根本的な手段を正当化するものではない。
政策の再評価
厳密に放射線防護の立場に立てば、現在連邦計画で採用されているもの(つまり40Ci/km2または1,480kBq/m2)よりもより厳しい移住基準の採用が正当化される余地はほとんどない。まさに、方針の緩和、つまり介入レベルの引上げが合理的である。
40Ci/km2(1,480kBq/m2)を超える汚染レベルの居住地で生活している人々よりさらに多くの人々が移住させられることは、これらの人々の移住によって回避される線量は、既に示されている安全側の値よりも大幅に低くなるということになる。この意味するところは、実際にはさらに厳格な基準が採用されていることである。
厳密な放射線防護上の性質以外の多くの要因が、移住政策で重要性を持ち、その政策の影響をなくす可能性があった。不安を少なくし、政策が広範に受入れられるようにするため、過去5年間、多くの理由によって相当に失われた一般公衆の信頼を回復する必要性が特に重要であることが明らかにされた。当局によって現在行われている移住政策の再評価において、厳密な放射線防護上の性質を持つ要因よりもこれらの要因にはるかに大きな重点が置かれている。しかし、各種要因に与えられる相対的重要性は、関連当局の問題である。
移住政策の将来の変更は、必然的に過去の活動の制約を受ける。政策変更のメリットと技術的な正当化にもかかわらず、特に以前に採用された基準の緩和を伴うところでは、大きな変更を受入れさせることは難しい。しかし、現在の移住政策を緩和させること(つまり、より高い介入レベルを設定すること)は、問題の汚染地域に存在している非常に難しい社会条件を考れば、ほとんど逆効果となることは明らかである。より厳しい政策の採用に関して放射線防護上の根拠を正当化することはできない。社会的な性格を持った政策をくつがえす考慮がない限り、これには強い抵抗があるはずである。
勧告
防護手段
講じられた防護手段の意味と効力に関するすべての関連情報を収める包括的で承認されたデータベースを将来作成する準備を行うべきであり、これは、一貫した枠組になるよう進める必要がある。
プロジェクト調査の結論を確証するため、講じられた(あるいは実施が計画された)防護手段の完全かつ詳細な評価を行うべきである。これは、放射線防護に関するすべての側面、つまり線量、放射線防護手段のコストおよび効力を網羅する必要がある。
伝統的な農法に悪影響の少ない農業対策について調査する必要がある。
一般公衆情報
問題の汚染地域に継続して暮らす現地住民側の受入れ可能性に影響を与える要因を、さらに識別し、分析する必要がある。
問題の汚染地域にとどまった場合の汚染とリスクレベルに関するより現実的で包括的な情報を一般公衆に提供する必要がある。これらのリスクを毎日の生活で経験するリスクと、例えばラドンや産業排出物など、その他の環境汚染からのリスクと比較する必要がある。
資源の割当
事故の影響の緩和のために割当てられた資源およびその利用効果と、他の一般公衆保健改善計画に割当てられた資源とを比較する必要がある。
平均的な居住地区について到達した結論の妥当性を確認するため、遭遇した様々な特性の範囲を包含するために選ばれた多数の個々の居住地区の移住のコストと効果を評価する必要がある。
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