前頁 | 目次 | 次頁 | ||||||||||||||||||
原子力船懇談会報告書 昭和58年11月
原子力委員会原子力船懇談会
はじめに
我が国の原子力船研究開発は、昭和38年8月に発足した日本原子力船開発事業団を中心に進められてきた。開発の当初においては、原子力船「むつ」の建造、実験運航さえ行えば、その後は民間主体で原子力船の実用化が可能であると考えられていたが、遺憾ながら「むつ」開発は、昭和49年の放射線漏れを契機として大幅に遅延しており、今日においても所期の目的を達していない。 政府は昭和55年11月、それまでの原子力開発のあり方の反省等を踏まえ、将来の原子力船実用化のため、「むつ」の開発に加えて、新たに舶用炉の改良研究を進めることとし、日本原子力船開発事業団に新たに研究機能を付与し、日本原子力船研究開発事業団(以下「事業団」という。)に改組した。以来、同事業団においては、「むつ」の開発と舶用炉の改良研究に取り組んできている。 しかしながら、最近、このような「むつ」の開発を中心とする我が国の原子力船研究開発のあり方について様々な議論がある。即ち、原子力船の実用化の時期すら明確ではない中で原子力船研究開発は果たして必要なのか、厳しい財政事情をも考慮すれば多額の経費を必要とする「むつ」の開発の継続は適当でなく、廃船にすべきではないか、また、「むつ」は建造以来10年余が経過し、老朽化等により実験の意味は大きく減殺されており、外国からの技術導入等を行えば「むつ」を用いた実験を行わなくてもよいのではないか等の疑問、意見がある。 このような「むつ」を巡る厳しい状況を踏まえて、指摘されている各般の問題点に検討を加え、国民の納得のゆく説明と対応策を明らかにすることができなければ、今後の原子力船研究開発に対する国民の理解と協力は得られないものと考えられる。また、事業団は昭和59年度末日までに他の原子力関係機関との統合が求められているが、統合を実施するためにも今後の原子力船研究開発のあり方を明らかにしておく必要がある。原子力委員会は、かかる認識に立ち、長期的観点から原子力船研究開発の今後のあり方について検討を行うため、当懇談会を設置した。当懇談会は、設置以来精力的に検討を進めてきたが、今般本報告書をとりまとめた。 本報告書の構成は、
Ⅰ 原子力船実用化の見通し及び原子力船研究開発の必要性
Ⅱ 原子力船「むつ」の必要性とその役割
Ⅲ 原子力船研究開発の進め方
Ⅳ 日本原子力船研究開発事業団の統合
からなる。Ⅰでは、原子力船の実用化の見通しとそれを踏まえた原子力船研究開発の必要性如何について、Ⅱでは、「むつ」に係る様々な議論を基に果して「むつ」の開発は必要かどうかについて当懇談会の考えを示した。
また、Ⅲでは、Ⅰ及びⅡで示した考えを踏まえて、我が国の原子力船研究開発について、過去の進め方の反省に立ち、今後の長期的なあり方を展望しつつ、現時点で可能な限り具体的な手順、計画等を示し、その際事業実施主体等が十分留意すべき事項についても併せ、当懇談会の考えを示した。Ⅳでは、事業団の統合問題に関する当懇談会の考えをとりまとめている。 Ⅰ 原子力船実用化の見通し及び原子力船研究開発の必要性
1. 原子力船実用化の見通し
原子力船の実用化時期については、昭和30年代に我が国において、原子力船の研究開発が始められた頃は、昭和50年代にも実用化が進展するとの見通しがもたれていたが、現実には2度の石油危機を経た今日においても、世界的に原子力船実用化の動きは顕在化するに至っていない。従って、開発当初以来の原子力船実用化の見通しが楽観的に過ぎたとの批判を受けてもやむを得ないことであると考えられる。 最近において、原子力船実用化の見通しにつき、経済性の観点から評価したものに、日本原子力産業会議原子力船懇談会報告書(57.9)及び原子力委員会原子力船研究開発専門部会報告書(54.12)がある(参考1)。両報告書ともに、今後のエネルギー情勢にもよるが、21世紀には原子力船の導入がかなり進むものと予想している。 一方、最近における国際的な石油需給は緩和基調で推移しており、原子力船の在来船に対する相対的経済性は高まっていないため、原子力船の実用化時期は更に遠のいているとの見方もある。 原子力船の実用化を左右する大きな要因としては、石油価格と舶用炉プラントコストがあり、それらの長期的動向を踏まえて、実用化時期の確たる見通しを得ることは容易ではないが、中長期的には石油需給が逼迫の傾向にあることから、石油価格は、1980年代後半以降特に1990年代には上昇する可能性が高いとの見方が一般的であり、このような石油価格の上昇傾向が続けば、舶用炉プラントコスト低減化のための一層の努力と相まって、21世紀の初頭には原子力船の実用化のための経済環境が整うものと考えられる。 なお、諸外国において原子力船開発を中止しているのは、実用化の可能性がないからではないかとの意見がある。これについては、ソ連を除く欧米先進国においては、現在、原子力船研究開発がいわば停滞状態にあるが(参考2)、これらの国々では原子力船の建造、運航及びそのデータ・経験に基づく舶用炉の設計等により、既に原子力商船実用化のために必要な技術基盤を確立しており、今後のエネルギー情勢、経済環境等の変化により、原子力船の経済性が有利になる見通しが得られれば、いつでも実用化に対応し得る状況にあると考えられる。従って、将来の実用化に備えた技術水準としては、かなりの段階に達していると判断される。 2. 原子力船研究開発の必要性
資源が少なく、海外との貿易に大きく依存しつつ、国の経済活動を支えていかなければならない我が国にとって、科学技術及び産業の振興、エネルギーの安定供給の確保を図ることは、国家的見地にとどまらず、世界的視野からみても、極めて重要な課題である。 原子力船は、長期的には、造船の技術水準の向上に資することが期待されており、舶用炉技術の向上によって、化石燃料による在来船では困難と見込まれる商船の高速化、長期運航等の実現の可能性もある。また、海運のエネルギー供給の多様化にも貢献することが期待される。従って、長い目で我が国の将来を考える時、21世紀の原子力船実用化時代に備え、今後、財政事情等を考慮しつつ研究開発を進め、必要が生じた時点で適切な対応ができる程度にまで技術、知見、経験等の集積に努めておくことが重要であると考えられる。特に我が国は、平和利用に徹して研究開発を進めており、欧米先進国に比べ、より多くの努力が必要であると考えられる。 Ⅱ 原子力船「むつ」の必要性とその役割
当懇談会は、前述のように、原子力船研究開発を進めることが必要であると判断したが、原子力船「むつ」を巡る厳しい議論を踏まえ、原子力船の研究開発が必要であるとしても、果たして「むつ」の開発を継続する必要があるか否かについて検討を行った。その結果は次のとおりである。 1. 「むつ」の健全性について
「むつ」は核燃料装荷以来、既に10年余が経過しており、経年劣化が進んでいるとともに、原子炉も旧式化しており、実験をしても意味がないのではないかとの指摘がある。 これについては、「むつ」は既に長崎県佐世保港で遮蔽改修を終え、更にその際、最新の知見に基づき原子炉部分の安全性総点検・補修工事も終了しており、この間の維持管理の状況をも併せ考慮すると、今後とも原子炉等の慎重な点検、整備に遺漏なきを期すこととすれば、試験を再開し、支障なく実験を遂行し得るものと判断される(参考3)。 2. 「むつ」廃船論について:「むつ」の役割と意議
最近、いろいろな角度から「むつ」の廃船論が出されている。当懇談会としては、この問題について、「むつ」の役割、今後の実験・運航計画等について事業団より、説明(参考4及び参考5)を聴取しつつ、検討を行った。その結果は、次のとおりである。 まず、「むつ」廃船論の有力な根拠として、経費がかかり過ぎるとの指摘がある。事業団が検討している計画どおりに「むつ」の実験運航を進めていくとすれば、今後、新定係港の建設経費も含めて廃船までに直接必要な事業費が相当な額にのぼる。この点が、今日のような厳しい財政事情の下では、「むつ」の開発を進めることについて疑問が生ずる所以である。また、「むつ」を廃船とし、その代替手段として外国からの技術導入や陸上の振動台等によるシミュレーションを検討すればよいのではないかとの議論もある。 これについては、以下のように考える。 ① 「むつ」は国産技術によって設計、建造されており、その開発を継続する場合は、実船の経験のない我が国として貴重なデータ、即ち、「動揺、振動、衝撃等の船体運動及び船の前後進又は後前進切換時の操船や荒天中でのプロペラの空転等による急激な負荷変動」による原子炉系への影響等「むつ」の実験運航によらなければ得られないデータが得られ、これによって設計値との比較検討が行われ、舶用炉の改良研究等に反映されること等が期待し得る。 また、「むつ」の運航を通じて、原子力船の乗組員の養成訓練が図れるとともに、一般港への入出港の経験等を蓄積できれば、地方自治体の受入れ体制の整備、入出港方法のマニュアル化等原子力船の運航システムの確立に資することが可能である。 このように、「むつ」の実験・運航を実施し、将来にわたって可能な限り多くの実験等を行うこととすれば、原子力船研究開発にとって極めて有意義な相当の技術、知見、経験等の集積が可能になるものと認められる。 ② また、「むつ」を廃船とし、技術導入によって代替するとの考えについては、技術の導入や情報の購入が可能であるとしても、内容に制限が加わる可能性があり、必要とするノウハウの導入も容易ではないと考えられる。従って、将来原子力船の運航時等に何らかのトラブル等が発生した場合には、その原因把握等適切な対応が可能であるかどうかについても疑問が残る。 更に、陸上に振動台を設置し、模擬実験を行うことにより「むつ」に代替するとの考えについては、相当の重量物を積載し、海上での振動、動揺、衝撃、負荷変動等を模擬し得る三次元の振動台(大振動の可能なもの)を開発、製作し、その振動台上で原子炉の運転、実験を行うことは、内外の技術の実態からみて、技術及び経費の面から事実上不可能であると考えられる。 従って、陸上における舶用炉の研究開発だけでは、原子力船実用化を目指した研究開発としては、技術的に極めて不十分なものであると考えられる。 ③ 一方、「むつ」の廃船の実行可能性については、「むつ」がこれまでのところ殆ど運転されていないため、内蔵放射能量も少なく、現時点で廃船にすることは、技術的には大きな困難性はないものと考えられるが、原子炉施設の取扱いについては法律上の規制が加えられており、これらの規制を満足する施設の整備等については、計画の立案から廃船作業の完了までにはかなりの経費と期間が必要とされよう。 更に廃船にする上で最も大きな問題は、社会的問題であると考えられる。廃船のためだけに「むつ」を引き受けてくれる場所を確保することが可能かどうかである。「むつ」は、佐世保港では核封印による修理、現在の大湊港では原子炉凍結状態での停泊というように、その取扱いについて遺憾ながら厳しい制約条件が付されており、現状では国内において廃船のためだけに「むつ」を受け入れてくれる場所を確保することは現実問題として不可能ではないかという意見が多い。 また、現時点で修理の完了した「むつ」を、運航もせずに廃船にするとすれば、既にこれまでに相当な額の開発経費が投資されており(参考6)、これに新たに廃船のための投資を加えることになりながら、「むつ」から将来につながる原子力船の実証的データが殆ど得られないままに終わるということは、大きな問題であろう。 ④ 原子力船技術のように実用化までに長年月を要する技術の開発を行い、これを自らのものとして定着化させるためには、やはり基礎的段階から実船による実験運航等を含め、自主的に、一貫した研究開発の努力をする必要があると考えられる。 3. 大湊港再母港化論について:関根浜新定係港の建設について
「むつ」については、「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」(以下、「原子炉等規制法」という。)に基づき、その支援施設として陸上の附帯原子力施設の整備が求められており、「むつ」の開発を進めるためには、当該施設を有する定係港が必要であるが、「むつ」の開発を継続するとしても、大湊港の現定係港を再母港化すべきではないかとの指摘がある。 この大湊港再母港化論は、「むつ」の定係港は、現在も法律上は大湊港にあり、しかも、新たに新定係港を建設するには、多額の経費が必要と見積もられていることから、新定係港を建設するよりも、大湊港を再母港化する方が適当であるとするものである。 当懇談会としては、これについても技術、経費、パブリック・アクセプタンス、過去の経緯等の多角的見地から総合的に検討した。 その結果は次のとおりである。 ① 科学技術庁及び事業団の説明によれば、新定係港の建設が必要な理由は昭和49年の放射線漏れを契機とした地元との協定により、大湊港からは「むつ」の定係港を撤去することを約束し、それに伴い主要な附帯原子力施設も既に実質的に機能を喪失した状態にあるからだとしている(参考8)。 また、関根浜に新定係港を建設するのは、昨年8月、青森県側関係者との間で締結した「原子力船『むつ』の新定係港建設及び大湊港への入港等に関する協定書」(以下「五者協定」という。)(参考7)に基づくものであり、その際、改めて関根浜新定係港の完成をまって大湊港の定係港を撤去することを確認しているとしている。 ② 大湊港の再母港化を技術的見地から検討すると、主要な附帯原子力施設が実質的に機能を喪失しているので(参考8)、これらの施設は、すべて改修・再整備が必要であり、計画立案から法手続も含め、再母港化が完了するまでには、新定係港の建設費ほどではないにしても、かなりの経費が必要とされ、またある程度の期間も要しよう。 更に、飛躍的に発展を遂げてきたむつ湾内の漁業経営の実態からみて、昭和49年の放射線漏れ当時以来の「むつ」の経緯をも併せ考慮すると、漁業関係者の理解を得て大湊港において円滑に出力上昇試験、実験航海を実施し、最終的に廃船を行い得るような定係港を再整備し、運用し得ると考えることは現実的ではないとする意見が多い。 また、科学技術庁の説明では、昭和55年8月「むつ」の新定係港として大湊港を再母港化することについて青森側関係者(県、むつ市及び青森県漁連)に協力要請したが、地元の同意を得られず、その話合いの過程で関根浜地区に新定係港を建設することが合意され、五者協定の締結に至った経緯があるという。「むつ」の開発を進めようとすれば、地元関係者の理解と協力が不可欠であるので、このような地元との一連の経緯については十分配慮すべきであると考える。 当懇談会は、以上のような検討の結果、「むつ」の開発を継続することが我が国の原子力船研究開発にとっては重要であり、そのために関根浜新定係港を建設することは、定係港を他に確保できる可能性がない現状においては、誠にやむを得ないと考える。 しかしながら、現下の財政事情の下で、関根浜新定係港の建設には多額の経費を要するとみられ、これについては、厳しい批判があることを国及び地元の関係者は十分肝に銘ずるべきであり、極力経費の節減を図るよう努力すべきである。更に、後述するように、昭和49年の放射線漏れの時に発生したような事態を繰り返さないためには、事業団の技術面及び地元対策面での一層の努力が必要であることはもとより、関根浜新定係港を基地とする将来の「むつ」の実験・運航等の全体的活動について、事前に関係者の理解と合意をとりつけておくことが是非とも必要である。 Ⅲ 原子力船研究開発の進め方
今後の長期的な原子力船研究開発の進め方については、原子力船実用化の見通しとあわせ、事業団の説明(参考4及び参考5)を聴取しつつ検討した。 1. 研究開発目標
原子力船の実用化は近い将来は期待し難いが、今後の原子力船の研究開発の基本的なあり方としては、我が国の長期的な造船技術の方向、海上輸送等を展望しつつ研究開発の方向を決めていくことが重要である。 また、原子力船研究開発に取り組む国の基本姿勢としては、当面、「むつ」の開発を中心として、できるだけ早期に欧米先進国との間の技術格差を解消すべきであるが、多額の経費を要する「むつ」の開発を一層効果的なものとするためには、長期的に「むつ」の成果を舶用炉の改良研究に積極的に生かしていくという姿勢が必要である。 従って、我が国における原子力船研究開発の目標としては、今後、財政事情等を考慮しつつ研究開発を進め、今世紀中を目途に、その後の実用化に適切に対応し得る程度にまで原子力船に関する技術、知見等の蓄積を図っておくべきであると考える。原子力船「むつ」はその最も有力な手段である。また、舶用炉の改良研究も併せて推進していく必要があるが、「むつ」の成果が得られなければ、舶用炉の改良研究は本格化し得ないものであると認識すべきである。この意味で、両者は密接な連携の下に進められることが肝要である。 なお、更に長期的な課題として、「むつ」による実験成果等が得られ、原子力船に対する国民的理解と合意が進み、諸外国への寄港が容易になるような状況に至れば、原子力第2船の構想が検討される環境が整うものと考えられる。 2. 研究開発の具体的な進め方
(1) 「むつ」の実験・運航計画 ① 長期計画
事業団は「むつ」の長期的なスケジュールとして、現在装荷されている炉心による実験航海(1)、その後新たに改良された燃料を装荷して行う実験航海(2)を検討している。これらの過程で原子力船技術の基本的な確証を行うとともに、できる限り国内外の一般港への出入港の経験を積み、原子力船の運航システムの確立を図りたいとしている(参考5)。 しかしながら、試験再開後の長期的な実験・運航計画については、何よりも安全性に配慮しながら、段階的に試験、実験・運航を進め、その都度計画の見直し、検討を行い常に実態に即したものとしていくことが重要である。従って現時点においては、実験航海(2)の実施を判断するには、不確定な要素があり過ぎると思われる。当面は実験航海(1)の実施に全力を挙げ、その進捗状況に応じて、その後の実験・運航計画を検討していくべきであろう。 「むつ」の実験・運航における一つの課題として、国内外の一般港への出入港の問題がある。国内の港への出入港については、「むつ」が、今後の出力上昇試験及び実験航海において安全運航の実績を積み上げることができれば、国民の理解と協力を得やすくなると思われるが、国としてもこれに積極的に努力しなければならない。また、外国の港への出入港については、「むつ」が実験航海の可能な状態となれば、制度的には、海上における人命の安全に関する条約(SOLAS条約)の枠組の中で、日本政府と相手国政府との話合いさえまとまれば可能である。原子力船は一般的には外航船としてその特長が活かされるわけであり、「むつ」の将来の実験・運航の過程では外国の港への出入港の経験を積むことも真剣に検討する必要がある。 なお、新定係港においては、「むつ」の試験再開後の保守、検査等の円滑な実施の観点から、ドックあるいはこれに代わる手段をどうするか十分検討しておかねばならない。 また、「むつ」が我が国の原子力実験船として、その使命を果たすことができた場合には、廃船は、安全性に万全を期す観点から、陸上の支援施設の整備された定係港において実施することが適当である。 ② 関根浜新定係港での試験再開の手順 イ 試験再開に当たっての基本的態度
「むつ」の試験再開は、今後とも慎重な点検、整備に遺漏なきを期すこととすれば、安全上基本的な問題が生ずることはないものと判断されるが、長期間稼動を停止しているプラントを再稼動させるに当たっては、一般に慎重な配慮の下に綿密な計画を立てて取り組む必要があり、「むつ」についても同様の配慮が必要である。従って、出力上昇試験の再開前には、念のため、圧力容器の上蓋を開け、炉心の点検を行う等可能な限りの点検、整備を行うべきである。一方、試験再開後においては、周辺環境等に影響を与えるような事故等は決して起こさないことを前提に、新技術の開発の過程で経験されるような初期的なささいなトラブル等は起こり得るものであると認識しなければならない。その上でこれらの問題に対しては、「むつ」乗組員と陸上の支援組織との緊密な連絡協調体制の確立、「むつ」乗組員の中での実験班と運航班との責任及び役割の明確化ならびに緊密な連携等、事前に技術的に万全の体制を整え、常に適切かつ円滑に対処できるようにしておく必要がある。 更に重要なことは、試験の再開に当たっては、試験の内容及び実施体制、トラブル等への対応策等試験の全体計画をあらかじめ地元関係者に十分説明し、その理解を得てから実施することである。 ロ 試験再開の具体的手順
事業団からの説明によれば「むつ」の試験再開については、第1段階の起動前試験まで、第2段階の零出力試験まで、第3段階の定格出力の20%までの段階的出力上昇試験、第4段階の100%までの出力上昇試験及び第5段階の海上公試による原子力船としての完成を経て、実験航海を実施するという手順(参考9)を検討しているとのことである。これらは概ね妥当なものと考えられるが、第3段階では定格出力の20%というように固定的に考えているふしがある。このような低出力段階では、基本的な安全性を確認することに主要な目的があり、出力幅についてはもっと弾力的に考えるべきである。また、陸上の支援組織との連携が必要なことから、低出力の出力上昇試験までは、「むつ」が岸壁に係留された状態で実施されるべきである。 更に出力上昇試験、実験航海の過程においては、米国のサバンナ号、西独のオット・ハーン号等が実験運航の過程で経験したようなトラブル等を経験する可能性もあり、そのような場合にも適切に対処できるようにしておくことが必要である。 ③ 関根浜新定係港の使い方
関根浜新定係港の建設を行う場合には、新定係港の長期的な使い方について国と地元との間で基本的な理解と合意がなされていなければならない。「むつ」の開発の経緯を顧ると、国は当面の問題の処理に追われるあまり、本質的な問題を先送りする傾向があったことは否めない事実である。新定係港については、既に漁業補償が完了し、建設着工を目前に控えている状態にある。この上は、「むつ」の出力上昇試験及び実験航海を経て廃船に至るまでの基本的内容、そのための支援施設である陸上の附帯原子力施設や港湾施設の諸機能等新定係港において計画されている全体的な活動を早急に地元関係者に説明し、将来原子力船の定係港としての機能に支障が生じないよう、基本的な理解と合意を得ておくことが必要である。万一、そのような理解と協力が得られないようなことになれば、関根浜新定係港は「むつ」の真の定係港たり得ないことになり、建設に値しない。 また、長期的に考えれば、我が国において原子力第2船の構想が具体化される場合には、関根浜新定係港がその定係港ともなるよう配慮すべきである。また、原子力船の定係港としての機能に支障が出ない範囲で、地元の物流の推移を踏まえ、その需要に応じて積極的に新定係港の多目的利用を検討すべきである。 ④ 「むつ」の大湊港での取扱い
「むつ」については、当面新定係港の建設に日時を要し、本格的な試験の再開は、新定係港の完成後まで待たざるを得ない。 従って、現在の大湊港停泊期間中においても、でき得る限り開発の成果を挙げることが望ましい。五者協定においても、青森側三者(県、むつ市及び青森県漁連)の同意があれば、「むつ」の原子炉凍結状態の変更が可能になる道が開かれている。 従って、国はこのために地元関係者と話合いを持つ等最善の努力をすべきである。また、地元関係者においても、国が関根浜新定係港建設という五者協定の基本を覆行することになれば、「むつ」の大湊港での取扱いに対しては、理解ある対応をすることを期待する。 なお、五者協定では、関根浜新定係港の完成後は、大湊港の定係港は撤去されることになっている。従って、「むつ」の大湊港での取扱いに関連し、関根浜新定係港建設との間で二重投資が生ずることのないよう注意する必要がある。 (2) 舶用炉の改良研究等
舶用炉の改良研究は、「むつ」の原子炉が経済性に力点を置いて設計、建造されていない点を踏まえ、将来の原子力船実用化に向けて、新たに始められたものであり、その意義は今日においても基本的に変化はなく、今後着実に研究を進めていく必要があると考えられる。 しかしながら、舶用炉の改良研究に係る事業団が検討しているスケジュール(参考5)は、前提となる「むつ」の開発が順調に進展してはじめて可能となるものである。従って、今後、「むつ」の実験運航の進捗状況に応じて、現実的かつ効果的な内容のものになるよう検討を加えていく必要がある。 また、「むつ」の開発を効率的、効果的に進めるためには、海上における実験・運航の過程で経験する各種の事象等の解明、解析等のため、必要に応じて陸上において所要の研究を実施することも必要となろう。 なお「むつ」の原子炉や将来の改良舶用炉は小型の加圧水型軽水炉であり、この技術には、極地、僻地(離島等)や開発途上国における発電、地域暖房等のための熱供給等を目的とする小型動力炉あるいは海上原子力発電プラント等の分野にも生かせる技術が多く含まれていると考えられる。原子力船の研究開発には、このような波及効果があることも考慮する必要がある。 (3) その他の研究開発上の留意事項
これまでの「むつ」の開発の過程において、国も地元も当面の問題の処理に当たり、いわゆる地元対策費を支出することによって解決を図ってきたとの厳しい批判があり、関係者は厳しく認識すべきである。従って、今後の原子力船の研究開発を進めるに当たっては、このような批判を受けることのないよう、国民の眼からみて納得の得られるような対応が重要である。 また、今後原子力船の国際的安全基準の整備や原子力船の安全性、信頼性等に関する社会的、国民的合意の促進等社会的環境の整備も必要不可欠である。 Ⅳ 日本原子力船研究開発事業団の統合
1 背景
事業団は、日本原子力船研究開発事業団法附則第2条において、昭和60年3月31日までに他の原子力関係機関と統合するものとし、このために必要な措置を講ずるものとすると規定されている。また、同法の国会提出に先立つ昭和54年12月28日の閣議決定(昭和55年度以降の行政改革計画(その1)の実施について)において、事業団は科学技術庁主管の原子力関係機関に統合するとの方針が定められている。 従って、具体的な統合先としては、日本原子力研究所又は動力炉・核燃料開発事業団が考えられ、統合に係る法案等は次期通常国会に提出することが予定されている。 当懇談会としては、Ⅰ、Ⅱ及びⅢにおいて今後の原子力船研究開発のあり方に関する考えをとりまとめたところであるが、事業団の統合については以下のように考える。 2 統合に当たっての留意事項
我が国の原子力船研究開発の実施主体として、今の事業団がその任に当たってきたわけであるが、開発の当初より事業団は限時的性格の法人として取り扱われてきており、開発主体としての当事者能力が十分に発揮できたとは言い難く、そのことが「むつ」問題を混迷せしめた原因の一つであると考えられる。 しかし、事業団の統合によって、原子力船の研究開発は、実質的に恒久的な体制の下で実施できることになるわけであり、これまでのような限時的性格からくる問題は解決されることが期待され、統合後の法人は自ら主体的に研究開発を実施し、組織として身をもって技術及びノウハウを習得していくことが期待される。また、そのために核となる人材については、組織に固定させ、長期にわたって一貫した責任をもって研究開発を担当させることが望まれる。 一方、原子力船の当面の研究開発を円滑に実施するためにも、また、将来の原子力船実用化への社会的環境を整備していくためにも、統合後は従来にも増して原子力船研究開発の必要性や安全性に関し、地元のみならず、国民一般の理解と協力を得ることが必要なことはもとより、国も一体となって推進に当ることが必要である。 なお、統合までの間、事業団は「むつ」に係る諸懸案事項の解決に最善を尽すべきであり、それによって統合後の原子力船研究開発ひいては全体の業務の円滑な推進が図れるようにすることが望ましい。 このような認識の下で、統合先、統合内容等の決定に当たっては以下のような点に十分配慮し、判断する必要があると考えられる。 ① 原子力船研究開発の長期的見通しに対する考慮
原子力船「むつ」の開発の継続及び船用炉の改良研究の推進を図るとしても、それらの成果が実を結ぶまでには相当長期間を要するものとみられる。即ち、研究開発目標において示したように原子力船研究開発は、当分の間実用化を急ぐよりも段階的、着実に進め、技術、知見等の蓄積に努めるべきであると考える。従って、このような原子力船技術の今後の発展段階を十分に考慮する必要がある。 ② 「むつ」開発及び舶用炉の改良研究への適切な対応
事業団の統合の実を挙げる意味から、統合後においては、統合先のこれまでの原子力研究開発の技術蓄積、業務運営の方法、人材、地元対応能力等諸般の経験、実績等が有機的、効果的に活用されることが望ましい。 特に「むつ」については、昭和49年の放射線漏れ以来、紆余曲折を経て今日に至っており、一連の経緯を考えれば、地元との間で明確な理解と合意を得るべく、十分な意志の疎通、情報の交流を積極的に行えるような体制、事業運営への配慮等が重要である。このため、原子力発電所等の立地における諸経験、実績等も十分参考とすべきである。 更に、試験の再開に当たっては、あらゆる事態に対応し得るような技術的に十分な能力と万全の体制が必要である。 また、舶用炉の改良研究については、「むつ」の成果を的確に反映することが最も重要であるが、統合先法人の発電炉に係る研究開発の成果、設備、人材等を総合的、有機的に活用することが効率的、効果的であることに十分留意すべきであろう。 ③ 円滑な統合への配慮
イ 統合先法人の統合に関する考え方及び意向を十分考慮する必要がある。 ロ 統合先が現に有する研究テーマ、プロジェクト等と原子力船研究開発とが、予算上、スケジュール上十分調和のとれた形で推進される必要がある。また、統合することによって生ずる職員の処遇、組織機構のあり方、経理処理等の問題についても円滑な調整がなされ、統合後の全体の業務運営に支障が出ないようにする必要がある。 まとめ
当懇談会としては、我が国の原子力船研究開発の今後あり方として、修理の完了した「むつ」を積極的に活用し、その開発は継続すべきであるとの判断に至ったが、その進め方についてはこれまで様々な批判があることを関係者は厳しく受けとめるべきである。本報告書において指摘した種々の事項については、これを十分に尊重し、今後の「むつ」開発に生かしていくことを強く要望する。 また、日本原子力船研究開発事業団の統合先、統合内容等の決定に当たっても、原子力委員会及び政府においては、当懇談会の示した留意事項に配慮されるよう要望するとともに、統合によって、我が国の原子力船研究開発がより確固たる体制の下で、自主的に推進されていくことを期待する。 参考資料
| ||||||||||||||||||
前頁 | 目次 | 次頁 |