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特別研究「粒子加速器の医学利用に関する調査研究」について


昭和58年7月8日
科学技術庁 放射線医学総合研究所

 放射線医学総合研究所(以下「放医研」という。)では、昭和45年度から昭和50年度までの6カ年計画で特別研究「中性子線等の医学的利用に関する調査研究」を、また昭和51年度から昭和53年度までの3ヵ年計画で特別研究「サイクロトロンの医学利用に関する調査研究」を行いその成果を踏まえて、昭和54年度から昭和58年度までの5ケ年計画で特別研究「粒子加速器の医学利用に関する調査研究」を実施してきた。

 この研究は、サイクロトロンによる速中性子線治療の改善、陽子線治療及び短寿命RIの診断利用等の一層の進展を図るとともに、重粒子線等新たな粒子線治療について基礎的研究を推進し、悪性腫瘍等の診断・治療研究の発展に寄与することを目的としたものであり、現在最終年度の研究を実施しているところであるが、その中心となる速中性子線による治療症例数が最近1000例を超えたので、これを機会にこれまでに得られた粒子線治療の成果及びそれを踏まえた今後の計画について紹介する。

Ⅰ これまでの成果

 放射線を用いてより効果的にがんを治療するための主目標は次の2つである。

1)がんに対してより治療効果(生物効果)のある放射線を利用し、更に治療効果を増強する方法を開発すること。

2)がん組織に対しより一層集中照射が可能な放射線を利用し、更に集中照射効果を高める技術を開発すること。

 放医研では、放射線の医学利用を推進する研究方針にのっとり、
1)の目標について生物効果及び酸素効果がX線より優れている速中性子線による治療の研究
2)の目標については、がん組織に照射線量を集中できる陽子線を用いる研究

を進めるとととした。

a)速中性子線治療:

 速中性子線治療とは、サイクロトロンで加速した重陽子をベリリウムの標的に衡突させることにより放出される速中性子(荷電のない粒子)を遮蔽板上の放射口を通じて患部に照射するものである。

 「中性子線等の医学的利用に関する調査研究」(昭和45年度~昭和50年度)及び「サイクロトロンの医学利用に関する調査研究」(昭和51年度~昭和53年度)では、速中性子線の照射技術を確立し、速中性子線が、がんに与える効果並びに正常組織に与える損傷の程度を比較推定することが、研究の重点であったが、その成果としてエネルギー賦与がX線よりはるかに大きい速中性子線を用いて治療を行っても、治療計画が適切であれば過大な正常組織損傷を招くことなく治療を実施することが可能であり、これまでの放射線で根治させることが困難であったがんに著効が期待できるという見通しが得られた。

 昭和54年度から開始した本特別研究では速中性子線の治療適応臓器癌を明らかにし、がん治療における速中性子線及びその他の粒子線治療の位置づけ並びに粒子線治療の将来像を明確にすることを重要な目標として研究を進めてきた。その結果速中性子線治療が開始された昭和50年11月から昭和58年4月までに治療された累積症例数は1000例を超え、従来の放射線に比し速中性子線がどういうがんに対し、優れた治療成績を示すかがかなり明らかになってきた。(表1)
1)速中性子線治療が有効な腫瘍(表2-1)
イ)喉頭癌

 約6割の患者のがんは局所制御され生存率の向上が得られている。

ロ)耳下腺癌

 耳下腺癌患者の半数以上は生存し、局所効果は優れている。

ハ)パンコースト型肺癌

 速中性子線治療を受けたパンコースト型肺癌(肺尖部に発生する特殊な癌)患者の生存期間はX線治療患者より著しく延長し、局所効果も優れていることが確かめられた。

ニ)食道癌

 放射線治療の適応対象症例については、速中性子線治療によって5年生存率の向上が期待される。

ホ)骨肉腫

 骨肉腫は放射線が効きにくいがんの代表であるが、速中性子線はX線よりも著効を示すことが確かめられた。この場合転移を予防するために化学療法を併用する必要がある。

2)速中性子線治療の効果を期待できる腫瘍(表2-2)
イ)子宮頸部腺癌

 X線治療より再発率が低下する可能性が大きい。

ロ)悪性神経膠腫

 X線治療よりも生存率が向上している。

ハ)前立腺癌、悪性黒色腫及び軟部組織肉腫

 X線治療よりも局所制御率が向上している。

3)今後一層の研究が必要とされている腫瘍(表2-3)
イ)膵臓癌

 膵臓の近くには放射線に敏感な小腸が存在するので、腸を避けて速中性子線を照射することは至難である。線量分布が照射部位で最大となる陽子線、重粒子線等の活用が望ましい。

ロ)原発性肝癌

 速中性子線トライアルが開始されたばかりであるが、肝臓自体放射線に敏感なため、線量分布の優れた陽子線、重粒子線等の活用が望ましい。

b)陽子線治療

 陽子線治療とは、サイクロトロンで加速された陽子を直接取出し、電磁石で進行方向を制御して患者に照射するものである。

 放医研における陽子線治療は同所物理研究部によって開発されたスポットスキャンニング方式によって実施されている。これは、直径1cmの陽子線束をコンピュータ制御のもとに目標にのみ集中する方式であり、世界で最初に開発された独創的技術である。

 現在までに19例の患者を70MeV陽子線によって治療した。粒子のエネルギーが低いために治療対象は表在癌に限られているが、耳下腺癌及び皮膚癌の治療に威力を発揮している。(表3)

Ⅱ 今後の計画

(1)速中性子線については、これまでに治療効果が明らかになった症例のみならず、速中性子線の効果が期待できる症例について治療を進めることにより適応症例の拡大を図り、がん治療における速中性子線の役割を明確にするとともに、最適治療法を確立して行くこととしている。

(2)陽子線については、現在の加速陽子線のエネルギーが最大70MeV(陽子の到達できる深さが約3cm)であり、治療対象臓器癌が表在癌に限られているため、今後陽子線のエネルギーを90MeV(陽子の到達できる深さが約6cm)まで増強して、治療

対象を頭頸部癌(喉頭癌、咽頭癌、口腔癌、耳下腺癌等)にまで拡大し、陽子線の治療効果を追求する。

 また、現在の治療装置が水平固定式のため、治療中の患者の固定が不十分であるので、これを垂直固定式に改め陽子線の優れた線量分布特性を十分発揮させる計画である。これらの改良を通じ治療適応臓器癌及び最適治療法を明らかにしていくこととしている。

(3)なお、速中性子線や陽子線でがん治療した場合の局所効果には優れたものがあり、適応対象となる臓器癌も一部明確になってきたが、これらの粒子線を用いても治療が困難な臓器癌については、速中性子線よりも優れた生物効果特性と、陽子線と同様のシャープな線量分布特性を併せ持った重粒子線等新たな粒子線による治療方法の開発が不可欠であると考えられる。速中性子線及び陽子線治療によって検証することができた高エネルギー粒子線の利点は重粒子線を使う治療へと発展させることにより、より一層効果的ながん治療をもたらすものと期待される。放医研としては、重粒子線の医学利用を究極の目標として、今後も所要の研究を推進していくこととしている。

表1 速中性子線治療症例数

表2 速中性子線治療の効果

2-2 速中性子線治療の効果を期待できる腫瘍

2-3 今後一層の研究が必要とされている腫瘍

表3 陽子線治療例

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