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科学技術庁無機材質研究所 無機材料の放射性廃棄物処理・処分への応用
1. はじめに
無機材料の研究の一つの応用として高レベル放射性廃棄物の処理・処分への研究開発に貢献することを期待するものである。この種の問題解決には他の原子力分野と同様に材料技術に大きく依存することは周知の通りである。当所の研究には二つの目標がある。第一の目標は地層処分の際に使用が不可欠であるとされている高性能化学バリヤー材の開発である。人工バリヤー材とも呼ばれており、キャニスターのパッケージ材、貯蔵孔の埋め戻し材などの部材として重要な役割をはたす無機系イオン吸着材の開発である。天然の各種粘土鉱物と共に高性能バリヤーとなる人工材料についても充分検討する必要がある。特に有効な新材料の創成とその製造技術、さらに得られた材料のバリヤー材としての特性付けとして化学的な安定性とイオン吸着特性を明らかにすることが重要である。第二の目標は開発したイオン吸着材を用いて高レベル放射性廃液を安全な固化体に処理する技術開発である。この廃液処理に関してはイオン吸着材の特性を充分に活用して「群分離」の観点から処理し、半減期が長く、発熱性や透過性の強い危険な核種はより厳重に固化処理をしようとするものである。この方法は一般に鉱物固化と呼ばれている。鉱物固化の思想は現在良く知られて最も研究が進んでいるホウ珪酸ガラス固化体よりももっと熱力学的に安定な結晶体の中に成分として閉じ込めようとするものである。 鉱物固化の研究は世界的にみれば米国を中心にして行われており大きくわけると、①珪酸塩鉱物、②チタン酸塩鉱物、③アルミン酸塩鉱物、④燐酸塩鉱物の四種類の研究にまとめられる。当所では全く独自な材料技術によりチタン酸塩鉱物として固化することを研究している。 2. 化学バリヤー材の開発
一つの物質系列をなすチタン酸カリウム(K2O・nTiO2、n=1-8)の中には特異な層状構造をもつ四チタン酸カリウム(K2Ti4O9)とニチタン酸カリウム(K2Ti2O5)がある。まず初生相としてこの両物質をマクロな繊維として合成する方法を開発した。この合成法にはフラックス法、メルト法、徐冷焼成法の三種類がある。フラックス法はモリブデン酸カリウム(K2MoO4)を溶融剤に用いて四チタン酸カリウム繊維を高温から徐冷して育成する。メルト法はニチタン酸カリウムの出発組成の融体から直接繊維状に結晶化させて育成する。徐冷焼成法はK2O・3TiO2の出発組成を高温で固相と液相に分解溶融させ、それを徐冷して再び会合反応させて四チタン酸カリウムとニチタン酸カリウムの混合相繊維を育成する方法である。次に得られた繊維を二次的に酸水溶液で処理して特異な層状構造の層間を占有しているカリウムイオンを全部抽出するとチタン酸カリウム繊維の誘導体の一種として目的の化学バリヤー材となるイオン吸着剤が合成される。このイオン吸着材は層状構造を呈する結晶質のチタン酸繊維である。製造方法により異るそれぞれの初生相の誘導体として表1に示すように三種類のものが得られている。図1はフラックス法とメルト法から最終的に得られた化学バリヤー材となる結晶質チタン酸繊維を示している。 表1 合成方法の相違による初生相と化学バリヤー材の関係 ![]() 図1 化学バリヤー材として開発した結晶質チタン酸繊維 A: 四チタン酸カリウム繊維からカリウムを抽出して得られたもの B: ニチタン酸カリウム繊維からカリウムを抽出して得られたもの ![]() 図2 結晶質チタン酸繊維(H2Ti4O9・nH2O)のアルカリ金属イオン及びアルカリ土類金属イオンに対する吸着挙動(1×10-4moIdm-3の各イオン濃度の塩酸水溶液中の室温条件) ![]() 3. 化学バリヤー材のイオン吸着特性
現在までにH2Ti4O9・nH2O及びH2Ti2O5・nH2O2種類のチタン酸繊維についてアルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン、二価遷移金属イオンなどに対する吸着特性を検討した。 アルカリ金属イオンでは半減期の長い透過性の強い要注意核種のセシウムイオンが含まれている。アルカリ金属の塩化物一塩酸系の水溶液から吸着挙動の一例を図2に示す。 pHが1~3の領域内の吸着挙動は次のようにまとめられる。①logKd(Kdは分配係数)対pHの相関性から直線関係が得られて、その勾配が1である。これは水素イオン1個とセシウムイオン1個が対応する理想的な交換反応であることを示している。②吸着量及び吸着の選択性はCs≫Rb>K≫Na>Liの順序関係を示し、問題のセシウムイオンが最も選択的に吸着される。なぜセシウムイオンに対する選択性があるのか興味のあるところであるが、吸着材の結晶構造に基づく層間の大きさと関係がありそうで本選択性の順序はイオン半径の大きさに比例している。③吸着量はpH値に比例する。 次にアルカリ土類金属イオンでは半減期の長い発熱性の要注意核種であるストロンチウムイオンが含まれている。アルカリ土類金属の塩化物一塩酸系の水溶液からの吸着挙動を同じく図2に示す。pHが2~4.5の範囲内での吸着挙動は次のようにまとめられる。①logKd対pHの相関性は直線となり、かつその直線の勾配は2である。これはアルカリ土類金属イオン1個と水素イオン2個が対応する理想的な交換反応であることを示している。②吸着量及び吸着の選択性はBa≫Sr>Ca≫Mgの順序関係を示す。この順序もイオン半径の大きさに比例している。③吸着量はpH値に大きく比例する。 アルカリ土類金属イオンの以上のような吸着特性から要注意核種のストロンチウムイオンを分離するためには分離係数sf(2種イオンの分配係数の比)が一つの尺度となるが、pH=3においてバリウムイオンとはsf=Kd(Ba)/Kd(sr)=175で非常に大きく脱着処理で充分に分離することができる。しかしカルシウムイオンに対してはsf=Kd(sr)/Kd(Ca)=5.2で10以下のためその分離は困難であることがわかる。 次に遷移金属イオンは腐食性の強いイオンとして要注意である。二価遷移命属イオンの硝酸塩一硝酸系の水溶液からの吸着挙動を図3に示す。pHが2~4の範囲内の吸着挙動は次の如くであった。①logKd対pHの相関性は直線となり、その直線の勾配はアルカリ土類金属イオンと同様に2である。これは吸着陽イオンが2価のためであり、この系でも理想的な交換反応であることを示している。②吸着量及び吸着の選択性はCu≫Zn>Mn>Co≫Niの順序関係を示す。要注意核種のストロンチウムイオンも同じ2価イオンのためこの系の中で比較するとCu>Sr>Znの関係となる。ストロンチウムイオンと銅イオンとの分離係数はsf=15.1で分離可能であるが、亜鉛イオンとはsf=5.2で分離が困難である。③吸着量はpH値に大きく比例する。 図3 結晶質チタン酸繊維(H2Ti4O9・nH2O)の二価遷移金属イオンに対する吸着挙動(1×10-4mol dm-3の各イオン濃度の硝酸水溶液中の室温条件) ![]() 図4 融体法で合成したK2Ti2O5繊維から誘導体として二次的に合成した結晶質チタン酸繊維をイオン吸着材に用いて行なった水溶液中のセシウムおよびストロンチウムの吸着分離と固定化体作成の概略 ![]() 4. 鉱物固化処理技術の開発
群分離処理の観点から第二群に属するセシウムとストロンチウムの模擬核種の鉱物固化について検討した。まず、セシウムイオンはイオン半径が特別大きい(約1.8A)ため安定な結晶体をつくる上では嫌われものである。チタン酸塩として鉱物化する場合の一つはセシウムプリデライト(CsxAlxTi8-xO16、x=1.5~2.0)とする方法である。本鉱物は(Ti、Al)O6八面体の連鎖が八面体2×2個分の大きさをもつトンネル構造(ホーランダイト型構造と呼ばれている)をつくりこのトンネルの中にセシウムイオンは閉じ込められる。実際には図4に示すような工程を得て吸着体を焼成して鉱物化した後、ルチルをマトリックスにして加圧焼結して最終的な固化体とする。ルチルマトリックスの存在によりセシウムの浸出率を低下させることができる。大気圧下室温で蒸留水中でのセシウムの浸出率(L)はL=5×10-9g/cm2・day程度でガラス固化体よりも1/100~1/1000小さくなる。しかし、1000気圧下400℃の水熱条件下ではL=8×10-6g/cm2・dayまで増大するので今後の検討が必要である。 プリデライトはセシウムと同じ席に他のアルカリ金属元素をはじめアルカリ土類金属元素の一部、二価遷移金属元素の一部を固溶することができるし、チタンの席にも二価及び三価の陽イオンを固溶することができるホスト鉱物である。 一方、ストロンチウムイオンをチタン酸塩として鉱物化する場合は簡単にはストロンチウムペロブスカイト(SrTiO3)とする方法である。本鉱物はTiO6八面体8個が頂点共有してつくる籠型構造の中にストロンチウムイオンは閉じ込められる。実際には図4に示すような工程を得て吸着体を焼成処理すれば約1000℃で熱分解してストロンチウムペロブスカイトとルチルの混合相となり、さらに加圧焼結して最終的な固化体とする。この場合もルチルがマトリックスとなっている。大気圧下室温で蒸留水中でのストロンチウムの浸出率はL=1.5×10-10g/cm2・dayで著しく小さい。さらに、1000気圧下400℃の水熱条件下でもL=4×10-10g/cm2・dayで殆んど変化せず非常に安定である。本鉱物はストロンチウムの席に他のアルカリ土類金属元素を固溶することができる。 二価遷移金属イオンの固化体については研究中であるが、最も簡単な吸着体の焼成処理からはイルメナイト型構造のチタン酸塩鉱物とルチルの混合相となるものが多い。 5. 今後の研究計画
化学バリヤー材としてのイオン吸着材の特性を明らかにするためには更に希土類イオンやウランイオン、Ⅳ族、Ⅴ族イオンについて調べる必要がある。貯蔵のいろいろな環境条件を想定すると種々な陰イオンの影響による吸着挙動も調べる必要があろう。 吸着体の鉱物固化の問題も非常に重要であり、安全性の向上を追求して行く上でチタン酸塩鉱物化は世界的にも注目されている。どのような構造のホスト鉱物の集合体にすべきか今後の引き続いた長期的な研究によって明らかにする必要がある。 |
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