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アジア5カ国における原子力研究開発の現状



-「アジア原子力協力調査団」の調査報告-

昭和55年10月
アジア原子力協力調査団

緒言

 今般政府が派遣した「アジア原子力協力調査団」は、9月7日から19日まで、フィリピン、インドネシア、マレイシア、タイ及びバングラデシュの5カ国を歴訪し、これらの国々の政府・民間の関係者、専門家との意見交換や関連施設の視察等を通じて、各国の原子力開発の現状及び電力・エネルギー事情を調査するとともに、これら諸国とわが国との間の原子力研究・技術協力の可能性や協力関係のあり方等についても意見交換を行った。

 調査結果の概要並びにこれに基づく代表団としての所感及び提言は以下のとおりであるが、限られた時間内での集中的な調査活動を行うに当って、訪問した各国の関係者及びわが国の大使館関係者から多大の協力・支援を得たことを明らかにし、これらの方々に対し深甚なる謝意を表するものである。また、当然のことながら、短時間の調査では理解が十分でない点も多々あったはずであり、今後の調査により改善を図ってゆきたいと考えている。

 なお、代表団のメンバーは次のとおりである。

団長 金子 熊夫 外務省原子力課長
顧問 安 成弘 東京大学工学部教授
 田中 靖政 学習院大学法学部教授<
団員 天野 徹 科学技術庁原子力局技術振興課技官
 神山 秀雄 日本原子力研究所企画室主査
 石塚 昶雄 日本原子力産業会議計画課長

Ⅰ 調査団派遣の背景及び目的

 アジアにおける原子力協力の萌芽はかなり早い時期からみられ、わが国も国際原子力機関(IAEA)の場等を通じて積極的な協力活動を行ってきた。1961年9月には当時の三木武夫科学技術庁長官兼原子力委員長が、IAEAの年次総会で「アジア及び極東のための『国際ラジオアイソトープ・センター』を日本に設立する用意がある」旨の提案を行った経緯もある。

 その後IAEAの枠内での地域協力の機運が一層高まり、1972年6月、アジア・太平洋地域の開発途上国を対象とする「原子力科学技術に関する研究・開発及び訓練のための地域協力協定(Regional co-operative Agreement for Research, Development and Training Related to Nuclear Science and Technology)」(略称RCA)が締結され、現在12カ国(オーストラリア、バングラデシュ、インド、インドネシア、日本、韓国、マレイシア、パキスタン、フィリピン、シンガポール、スリランカ、タイ)がこれに加盟するに至っている。

 わが国が正式にRCA協定に加盟したのは、1978年8月であったが、加盟以来わが国は、技術・財政援助を通じ一貫して主導的役割を果してきている。わが国は既に、アイソトープ・放射線利用の分野におけるいくつかのプロジェクトの発足に協力してきた。わが国が、RCAの枠内での協力の対象としてまずアイソトープ・放射線利用を重視したのは、農業、工業、医学等幅広い分野に応用が可能であり、開発途上国の側にもこれに対するニーズが大きいと判断したこと、他方この分野の原子力平和利用は、いわゆる核拡散につながる怖れが全くないこと等の理由による。

 しかし、その後、世界的な石油危機の深刻化に伴い開発途上国の中にも原子力を代替エネルギーの一つとして重視する国が多くなりつつあり、ごく最近世界銀行が発表した「開発途上国におけるエネルギー」と題する報告書の中でもこの傾向を確認している。

 しかるに、開発途上国の原子力発電開発に必要な資材、テクノロジーの国際移転については、核拡散防止の観点から各種の制約が課せられているのが実状であり、これに対する開発途上国側の不満が、本年2月終了したINFCEや先般の第2回NPT再検討会議で強く表明されたことは周知のとおりである。NPT第4条に絡むかかる開発途上国からの要求は、今後1983年に予定されている「(開発途上国の)社会経済開発のための国連原子力平和利用会議」等に向けて益々激化してゆくものと予想される。

 このような国際的な状況を踏まえ、NPT体制擁護を基本方針とするわが国として、今後開発途上国との原子力協力をいかに発展させてゆくべきか-これが今般の調査団派遣の基本的な動機であり、これについて何らかの政策的判断の手がかりをつかむことが調査団の最大の目的であった。訪問国をフィリピン、インドネシア、マレイシア、タイ、バングラデシュの5カ国に絞ったのも、これらの国がいずれもNPT加盟国であり、しかも従来RCA協力活動にきわめて熱心である等の事情を考慮したものである。また、調査に当っては、現在のRCA活動の中心であるアイソトープ・放射線利用の分野とあわせて、広く当該国の長期的なエネルギー、電力事情全般の観点からその原子力開発の可能性ないし必要性も打診し、わが国に期待される協力の性質、態様等についての判断材料を入手するよう努めた。また、時間の許す範囲で、学者、民間専門家、ジャーナリスト(原子力反対の立場の人々を含む)とも面談し、できる限り幅広い角度から意見聴取を行うよう心がけたことも付言しておきたい。

Ⅱ 調査結果の概要

A 一般的状況

 今般訪問した5カ国は、周知のように、政治体制、社会制度、経済状況、宗教、文化等多くの面でかなり大きく異なっており、一概にはいえないが、各国に共通しているのは、一国の経済発展の基盤をなすエネルギー問題の重要性についての強い関心であり、各国とも自らの客観的諸条件に応じた、特色のあるエネルギー政策を有している点がきわめて印象的であった。

 すなわち、バングラデシュやフィリピンのように、石油、天然ガス等を自らは産出しない国においては、輸入石油への依存度をいかにして軽減するかが最も緊急かつ重要な政策課題である。こうした国々では、代替エネルギーの1つとしての原子力発電に期待を寄せており、各国別の報告で詳述するように、現にフィリピンは、バターン半島に1985年完成を目標に620MWeの軽水炉1基を建設中であり、バングラデシュは、ガンジス河畔に1986年までに125MWeの軽水炉1基を完成させる計画を有している。

 他方、インドネシアとマレイシアは、産油国である上に、他のエネルギー資源にも比較的恵まれ、当面問題はないようであるが、にもかかわらず、いずれは涸渇する石油の代替エネルギーとして原子力を重視しており、1990年代後半の商業発電を目途に、今から長期計画に従って原子力の基礎的な研究開発に真剣に取組んでいる。タイは、最近シャム湾で大量の天然ガスが発見されたため、一時かなり進行していた原子力発電計画は中断されたが、将来に備え鋭意研究開発を続けている。

 しかしながら、これらの国では予想以上に米国スリーマイル島事故の影響が大きく、原子力発電の安全性に対する懸念や、環境論者の反原発運動の動きがかなり根強いものとなりつつある模様である。それら反原子力発電運動の基本的な主張は、農業を経済の基本とするこれら諸国にとって、多額の海外借款をして、しかもきわめて高度の工業技術を要する原子力発電を導入することは、経済の自立に結びつかないという点にあると見受けられる。

 このような反対運動もあり、各国とも最近になって原子力発電の早期導入を撒回し、むしろ自国産のエネルギーの先が見えてくる1990年代後半から2000年にかけて原子力が重要な役割を果すものと考えているようである。

 一方、原子力発電を前提とした原子力研究開発には各国とも極めて意欲的であり、インドネシア、マレイシア、バングラデシュの3カ国がほぼ時を同じくして大規模原子力研究センターの建設に着手したことは注目に値する。すなわちインドネシアは、現在既にバンドンとジョクジャカルタの2カ所に研究用原子炉を有しているが、1990年代末から2000年初期にかけて10基程度の発電用原子炉を建設することを検討している摸様であり、このため、ここ数年間に国家原子力庁(BATAN)のスタッフを現在の2,000名から一挙に4,000名に増強するとともに、ジャカルタ郊外に科学技術センター(PUSPIPTEK)を建設し、その中心に30MWの多目的研究炉を据える計画を着々と進めている。現在研究用原子炉を持たないマレイシアも、1981年12月までには、首都クアラルンプール郊外に原子力研究所(PUSPATI)を完成させ、自らの研究炉を持つに至る見通しである。さらにバングラデシュも、ダッカ郊外に原子力研究所と研究炉を建設する計画を進めている。これらは、原子力技術の定着を第1とし、自らの手で地道な研究開発、技術者の養成、訓練を行う方向へ歩みはじめたことの証左である。

 原子力に関する基礎的な研究開発及びラジオアイソトープ・放射線利用の面についてみれば、各国ともかなり進んだ段階にあり、フィリピン、インドネシア、タイの3カ国は、既に20年近く前から研究用原子炉を運転して、各種の実験、研究活動を続けている。特にラジオアイソトープ・放射線利用の面では、5カ国とも、それぞれ品種改良、食品照射等々相当広範囲に研究開発を行っており、このために従事している研究者の数も着実に増えてきている。

 しかし、研究用原子炉の使用状況については、各国とも必ずしも十分とはいえない状況にあり、今後の適切な技術協力によって改善されるべき点が多々あるように見受けられた。

 最後に今回の歴訪で痛感したことの1つは、世界第2の原子力発電国であるわが国の原子力研究開発・商業発電の現状が5カ国においてはごく一部の研究者を除いて全くといってよいほど理解されておらず、また、わが国の協力、産業界の進出は、米、英、仏、西独、伊、加等と比べ大きく立遅れていることである。

 これはわが国の原子力関係者の関心が従来あまりにも欧米一辺倒であった結果であるが、わが国の無関心であった間に、欧米先進国は着実に対アジア接近を進めており、この傾向はますます強まるものと予想される。これに対し、東南アジア諸国には、日本の原子力分野における優れた安全技術やエレクトロニクスその他の周辺技術に魅力を感じはじめている研究者、技術者も少なくない。この際、わが国としても情報交換、技術者の交流、科学者・技術者の養成・訓練、研究協力等できるところから地道な努力を積み重ねてゆくことの重要性が痛感された。

B 各国の状況と問題点

1 RI・放射線利用

 (1) 概況

 RI・放射線利用は、一般に農林水産分野への応用の関心が高く、照射による品種改良、貯蔵期間延長のための食品照射は各国とも重視している。放射線照射プロセスは、今までのところ医療器具等の滅菌が中心であり、天然ゴムの放射線架橋の研究がようやく着手されたところであるが、基構となる機械、エレクトロニクスなどの産業が十分育っていないため、実用化にはかなりの時間を要すると考えられる。医療分野では、放射性医薬品が診断用として使われ始めているが、いずれの国も輸入に頼っており、当面の自給計画はない。工業計測、非破壊検査、水文学的問題などへのRI利用は着実に進められており、関心がきわめて高い。RI・放射線利用に関連する各種測定装置、計測器はほとんど欧米製であり、その保守及び修理にはどこでも手を焼いているのが実情である。

 (2) 各国の状況

  (イ) バングラデシュ

 農業分野での利用に重点がおかれている。放射線による品種改良は、基幹作物である米及びジュートについては栽培試験の段階に入っており、豆・麦などについても照射試験を行っている。放射性医薬品は一部の診断に使われている。RCAプロジェクトの中で関心の高いものは、(ⅰ)水利・港湾などの水文学的問題へのRIトレーサーの利用、(ⅱ)厚み計等へのRIの利用、(ⅲ)非破壊検査技術のパイプラインなどへの利用、(ⅳ)医療器具等の放射線滅菌、(ⅴ)食品照射、(ⅵ)放射線計測機器の保守、であるが、特に重要度の高い分野は、(ⅴ)の米、果物及び魚類の貯蔵期間延長のための照射と、(ⅵ)の各種計測器の維持・修理であると考えられる。

  (ロ) タイ

 食品照射については、玉ねぎの照射が既に認可されており、現在はマンゴ、レモン、バナナなどの輸出用果物を中心に研究を進めている。品種改良は、15年前より研究が始められ、米、大豆については既に優良品種が得られ実用化されている。その他、診断用に放射性医薬品が広く利用されているほか農学研究、工業計測の分野でもRIが利用されている。また、環境試料の放射化分析が、原子炉を使用して行われている。今後強化すべき分野は、放射線法による非破壊検査、放射線計測機器の整備・補修、RIによる工業計測などである。

  (ハ) マレイシア

 RIの研究面での利用及び放射性医薬品の利用は行われているが、原子炉が建設中のためRIはすべて輸入に頼っている。その他の分野での利用については、原子力研究所(PUSPATI)が建設中であるため、大学等における基礎研究段階にとどまっている。PUSPATIでは、原子炉の建設につづいて、第2期計画として大型照射施設の整備を考えており、これらの施設を使用して、放射化分析、水文学的聞題へのRI利用、ラジオグラフィー、害虫不妊化、食品照射、放射線プロセス、ウラン資源探査などの研究開発が、大学等の協力を得て進められる計画である。主要産品である天然ゴムの架橋のプロジェクトには大きな関心をもっており、このプロジェクトの中で製品評価を分担する国立ゴム研究所は、優れた設備と陣容を有しており期待できる。

  (ニ) インドネシア

 RI及び放射線利用全般については、この分野の専門研究機関であるパサジュマ・アイソトープ放射線応用研究所(約400名)を中心に研究開発が進められている。

 放射線利用については、(ⅰ)繊維加工、天然ゴムの架橋、木材プラスチック複合体、(ⅱ)医療器具、医薬品及び漢方薬の滅菌、(ⅲ)塩蔵乾操魚及びスパイスについて包装材料を中心にした食品照射、等の研究を進めている。その他、ダム・港湾などの水文学的問題及び工業計測へのRIの利用、放射線照射による稲、大豆などの品種改良等の研究が行われている。今後の進め方については、上記の重合関係、食品照射、水利問題に加えて非破壊検査を重視している。

 パサジュマ研究所は、欧米製の研究機器が多く設備され、人員もかなりおり、長年の蓄積の上に着実に成果を挙げているが、成果の実用化はまだ十分でない。

  (ホ) フィリピン

 RIの生産は、自国ではヨー素131のみであり、最近放射性医薬品として多量に使われているテクネチウム99はジェネレーターの形でその他のRIとともにオーストラリアから輸入し、原子力委員会が医薬品に加工して頒布している。

 研究開発は、放射線による品種改良、食品照射など農業分野に重点をおいて進められている。食品照射では、魚類の他に輸出用としてマンゴに注目している。廃材を利用したパーティクルボードの製造は、モノマーの入手難のために中止され、木材の表面加工の研究が進められている。品種改良は、稲の他に蛋白資源確保のため多種類の豆が対象とされている。また、改良菌体を用いて廃セルロース資源からアルコールを製造する研究が最近着手された。国家エネルギー計画として進められているウラン資源探査の一環として、多数の採取試料中のウラン分析が、全含量は遅発中性子法を用いて、酸抽出分は蛍光法を用いて、計画的に進められている。

 今後の問題としては、照射線源として現在5千キューリーのコバルト60照射施設しかないので、放射線の工業利用の研究のために加速器の設置を、また食品照射などの実用化試験のために大型照射施設の設置を強く希望している。

3 まとめ

 原子力の平和利用は、開発途上国のかかえている食糧、医療、資源などの問題の解決に有力な手段を提供することができる。中でも、RI及び放射線の利用は、原子炉など大型施設を必要とせずに取り組めるため、開発途上国にとって最適であり、また産業の各分野で広く利用可能であるため各国も意欲的に取り組んでいる。かかる観点からRI・放射線利用は既にRCA枠内でのプロジェクトとして取り上げられている。

 特に、食品照射は食糧資源の有効利用または特産品の輸出振興の見地から、各国とも重点をおいて研究開発を進めている。現在のRCAの「食品照射プロジェクト」(3カ年)では、加盟国の研究についての情報交換及び調整に中心がおかれているが、次の段階では、食品照射専用の大型照射施設をいずれかの加盟国に設置し、日本から専門家を長期に派適して、各国の参加の下に共同で開発試験を実施することが望ましい。

 RI・放射線の工業利用は、工業化の促進に役立つが、特に既存の鉱工業等の設備に適用できるRI利用技術(非破壊検査、工程管理等)は各国においてニーズも高く、かつ比較的短期間に技術移転の成果を挙げ得る分野であり、わが国としてさらに協力を強化すべきであろう。

 食糧問題と並んで医療問題は、開発途上国にとって重要な課題となっており、この分野での先進国としてのわが国の積極的な協力は意義が大きい。

 さらに、ウラン探査、港湾・ダムの建設にともなう水文学的問題など天然資源の開発における原子力技術の利用も新しい協力分野として取り上げるべきであろう。

 最後に、今回の調査国すべてと日本を含めて、放射性医薬品に用いるRIはほとんど輸入に頼っており、外貨収入の乏しい国にとってはその負担は大きい。域内にRI生産専用炉を設置して放射性医薬品の製造を行い、安価に頒布できる体制をつくることも考えられる。

2 研究用原子炉の使用状況

 (1) 概況

 今般訪問した5カ国のうち、既に研究用原子炉をもっている国は、タイ、インドネシア、フィリピンの3カ国であるが、現在、マレイシアでは、研究用原子炉が建設中であり、バングラデシュも、建設が開始されようとしており、近い将来5カ国全部に研究用原子炉が存在することになる。また、インドネシアでは、出力30MWの多目的研究用原子炉を1984年に運転開始の予定であり、フィリピンでは、現在の原子炉の改修により性能向上を計画している。タイでは、既に、原子炉の改修により性能向上が数年前に行われた。更に、バングラデシュ、マレイシア、インドネシアにおいては、かなり大規模な、新しい原子力研究所の建設計画が進められ、その中心的存在として、研究用原子炉がある。

 上述の如き情勢をみると、原子力技術の研究開発、原子力技術者の養成に対する必要性の認識と熱意があると感じとられる。しかし、研究用原子炉を用いて、これらの面で、十分の成果をあげるためには、研究用原子炉自体のみならず、周辺附属実験設備まで含めた運転、管理、維持システム、利用システムが充実されねばならない。また、その国のベネフィットからみて、研究のニーズも明確であることが望まれる。これらの点からみて、今回訪問した諸国の研究原子炉利用計画に関し、後に述べる如く、幾つかの問題点が指摘できる。

 (2) 各国の状況

  (イ) バングラデシュ

 SAVERに面積約250エーカーの新しい原子力研究所を建設中であり、その中におかれる原子力技術研究所の中心的装置として、研究用原子炉の建設が開始されている。この炉は、出力3MW、TRIGA、MarkⅡ型であり、1980年10月より、建屋の建設が開始され、1982年に運転開始される予定である。

 この炉を用いて、RIの生産、放射化分析、原子炉物理、材料研究、将来の小型発電用原子炉のための教育訓練、保健物理等の研究が行われる予定である。また、当国は、この原子力研究所を、研究、教育、訓練の場として国際的に開放してもよいという意向をもっている。

  (ロ) タイ

 タイ原子力局(OAEP)におかれている、TRR-1(スイミングプール型、出力1MW、90%濃縮度のMTR型板状燃料)は、1962年に運転開始したが、1975年から、燃料の老朽化等の理由から、20%濃縮度の新燃料への取りかえ等、改修工事が行われ、定常出力2MW、パルス運転可能のTRIGA MarkⅡ型のTRR-1/M1として、1977年11月に臨界になった。運転開始以来大きな事故はなく、故障に対しては、輸入部品を使用するが、修理はタイの技術者が行ってきた。

 現在、放射化分析、食品等の照射実験、少量のRIの生産に主として使用されている。しかし、現在パルス運転は行われていず、炉周辺の実験装置も少ない。

  (ハ) マレイシア

 原子炉研究所(PUSPATI)の第一期計画の中心的存在として、TRIGA MarkⅡ型の研究用原子炉(出力1MW、パルス運転可能)が建設中であり、1981年11月に臨界とし、12月にコミッショッニングが行われる予定である。

 この炉の周辺には、ホットラボラトリー棟、アイソトープ製造棟、ドジメトリー棟、計算機棟、電子・機械工作工場(日本政府のJICAベースの援助による。総額約4,000万円)等が建設されるので、これらが完成すれば、充実した研究活動が行われることとなろう。この炉を用いて、原子炉物理や原子炉システム研究、放射化分析、RIの製造、ラジオグラフィ、照射実験、原子力科学者・技術者の教育、訓練等が行われる。しかし、炉の付属実験装置は、現在検討中であり、それらが完成するのは1982年末である。また、当国では将来計画として、30MWの材料試験炉の建設計画も考えられている。

  (ニ) インドネシア

 当国においては、1965年より、バンドンで、TRIGAⅡ型(出力1MW)の研究原子炉が運転されており、中性子散乱実験(固体物理)、RIの生産、放射化分析、燃料研究、原子炉物理の研究等が行われている。また、上記の炉の使用済燃料を使用して、ジョクジャカルタにおいて、スイミングプール型原子炉(出力100KW)が、1979年より運転開始され、主として教育訓練に供されている。

 さらに、出力30MWの多目的研究用原子炉が、PUSPIPTEK内に設置されるべく計画が進められている。燃料濃縮度20%以下、中性子束の強さ1014以上を条件として、現在、欧米数社と折衝中であり、1981年2月頃より建設開始、1984年に運転開始の予定である。建設に当っては、ターン・キー方式とせず、相手国と当国で共同して、設計、建設を行ってゆく方針である。

  (ホ) フィリピン

 当国原子力委員会(PAEC)所属の原子力研究センターに研究用原子炉PRR-1(スイミングプール型、出力1MW)があり、1963年8月より運転が行われてきた。現在、燃料はMTR型板状燃料であり、燃料要素のうち約20%は93%濃縮ウランを、約80%は20%濃縮ウランを使用している。この炉は、本年7月より老朽化した計測制御系の改修のため、運転停止させており、本年末に完成の予定である。また、燃料の老朽化により、3年後には低出力運転に移らざるをえない状態であるので、新燃料として20%濃縮TRIGA型が考えられており、その際、出力を3MW、パルス運転可能な炉にする予定である。約2年間で完成するが、予算はまだ認められていない。

 この炉を使って、放射化分析、RI生産、炉雑音解析、反応度係数の研究等が行われている。また、この炉は原子力委員会が設けている教育訓練コースにおいても使用されている。

 (3) 問題点

  (イ) 付属実験設備について

 既存の研究用原子炉についていえば、周辺付属実験装置が老朽化している。研究用原子炉を建設中の国については、(ロ)の項目とも関係して付属実験装置は未だ検討中である。特にバングラデシュでは資金面の問題もある。

  (ロ) 実験研究計画について

 研究用原子炉既存の国では、研究範囲も狭く、新しい研究計画(そのためには新鋭の研究装置も必要)にとぼしい。また、研究のニーズについての意識も明確でない感がある。建設中の国では、一応研究テーマはあるが、その具体的検討があまりなされていない様である。

  (ハ) 人材について

 研究用原子炉を十分使いこなす研究者が不足している。また、高度な研究用機器を維持する披術的能力の不足もうかがえる。

  (ニ) 資金について

 程度の差はあるが資金面の制約がかなり大きいと思われる。従って、新鋭の研究設備を設置することも困難となっている。

 なお、核拡散防止の観点から、研究用原子炉における93%濃縮ウランの使用に関しては、現在、フィリピンで使用されているのみである。フィリピンでは近い将来、20%濃縮度のものに変えることを計画している。

3 電力供給と原子力開発計画

 (1) 概況

 訪問した5カ国は現在いずれも電化率20ないし30パーセント程度の状態と推定されており、今後の国民生活水準の向上、経済産業活動の拡大のために、電力をいかにして確保するかが各国にとって重要な政策課題となっている。産油国であるインドネシア、マレイシアにおいても石油は外貨獲得上の貴重な資源であり、できる限り長寿命化させ、輸出に向ける政策をとっており、石油代替エネルギー源確保の重要性には変りがない。これら5カ国は、いずれも脱石油方策として自国産エネルギーの開発、すなわち天然ガス、水力、地熱等の開発に第1の優先度を与えている。地熱と石炭の開発によって現在総合エネルギーの8割を占める輸入石油を今後10年問に2割程度にまで減少させる目標を掲げているフィリピンがその典型的な例といえよう。そうした各国の努力の中で原子力発電が、種々の困難な問題点を含みながらも、長期的には有力なエネルギー源になりうると期待されていることは注目すべき事実である。

 (2) 各国の状況

  (イ) バングラデシュ

 バングラデシュは本年8月末ラーマン大統領訪仏の機会にパリでフランスとの原子力協力協定を締結し、この協定に基づき1986年までにガンジス河畔ルプール(Roopur)にフランス製小型軽水炉(125MWe)を完成させる計画である。

 同国はJamana河によって国を東西に分けられ、経済物資、電力の西側地域への供給が極めて困難であるが、インドと接する西側地域の開発はこの国の重要政策課題となっている。現在電力網は東側と西側とで完全に分かれているが、河を渡り両電力網を結ぶ(インター・コネクター)ことは、河の氾濫等により至難のことで、このため、西側地域での原子力発電の建設には大きな期待が寄せられている。

 ルプールを同国最初の原子力発電のサイトに選んだ理由としては(ⅰ)西側地域の中心であり、電力供給センターとして適地であること、(ⅱ)空港、鉄道、道路等交通の便に恵まれていること、(ⅲ)冷却水をガンジス河から得られることがあげられている。原子炉部分はフランスのアルストム社が担当するが二次系等周辺機器については、わが国メーカーの参加が内定している由である。同国はエネルギー資源に恵まれていないため、原子力発電に対する期待は大きく1995年には600MWe、2000年には900MWe1基ずつを完成させる予定とのこと。ウラン資源の探査についてはIAEAの協力を得て東北部および西部ベンガル湾沿岸で試錐が開始された。

 なお、1979年の総発電設備容量は750MWe(天然ガス400、火力250、水力100MWe)であり、1985年には1100MWeまで増強する計画とのことである。

  (ロ) タイ

 タイは現在全エネルギーの約80%を石油に依存しており、ほぼその全量を輸入している。このため石油代替エネルギーの確保が重要課題となっているが、幸いシャム港に天然ガス(埋蔵量5~10兆立方フィートといわれている)が発見されており、石炭の埋蔵量も約10億トンといわれていることから、当面は天然ガスと石炭へ転換することが急務とされている。

 原子力発電については、極く最近まで、90年代前半に、100万KW級の原子炉2基を導入する計画があったが、TMI事故を契機とする安全、環境問題さらに原子力発電建設費の高騰により、原子力発電に対する消極論が高まったこと、他方天然ガスが発見されて国産エネルギー利用の見通しがでてきたことなどの理由により、少くとも当面の5年間は原子力発電の建設を本格的に計画する考えはない模様である。ウラン資源探査については東北部ゴーラート地方において5年前からIAEAの協力で行われている。

 なお、国営電力会社(EGAT)によれば、1979年末の総発電設備容量は2900MWe(水力900、石油1800、石炭200MWe)で、88年末は8660MWe(水力3140、石油370、天然ガス3370、石炭1780MWe)となる予定である。

  (ハ) マレイシア

 マレイシアは日産30万バレル程度の石油生産能力を有しているが、低硫黄の良質油のため、これは輸出に回し、自国消費用の石油は主に中東から輸入している。石油生産能力をできるだけ長寿命化させるため、現在は日産26万バレル程度に生産を抑えており、今後の電力開発は水力(農村地域の250MWe程度の小規模水力発電を含む)及び天然ガスを優先させる計画である。

 原子力発電については昨年「当分は行わない」旨の政府決定が行われたが、2000年までは11000MWeの総発電能力が必要とされていることから90年代後半から2000年にかけて原子力発電の貢献が期待されている。同国エネルギー省によれば78年末の総発電設備容量は1440MWe(石油1090、水力350MWe)、85年末は4250MWe(石油2070、水力1280、天然ガス900MWe)となる計画である。

  (ニ) インドネシア

 インドネシアは日産160万バレル程度の石油を産出する石油輸出国であるが、これも低硫黄の良質油であることからできる限り輸出等にむけ、発電用には当面石炭の利用拡大をはかっていく計画である。

 現在具体的な原子力発電計画は無いが、1997年頃に600MWe程度の商用原子炉を完成させ、今から25年後には総電力供給能力(35,000MWe)の約2割(7,000MWe)を原子力発電によってまかなうことが予想されている。同国は原子力発電をできるだけ国産で建設することを考えており、PUSPIPTEKの30MWの多目的研究用原子炉建設にも、国内企業等の関与をはかる計画である。最初の商用原子力発電所のサイトにはジャワ島中部のRambangが地震が少ない等の理由により予定されている。

 なお、同国政府はインド、パキスタン、西独、フランス、イタリアの5カ国と原子力協力協定を結んでおり、日本とも原子力開発全般にわたる協力協定を締結したい意向を示唆していた。

 電力公社(PLN)の計画によれば、ジャワ島の現有総発電設備容量は1,760MWe(水力460、石油1,300MWe)、ジャワ島以外の地域は1,000MWe弱である。1990年のジャワ島総発電設備容量は8,500MWe(水力1,900、石油2,300、石炭4,000、地熱300MWe)と計画されている。

  (ホ) フィリピン

(1) フィリピンは増大するエネルギー需要に対処するため1960年代初めから原子力発電計画を立て10年余の研究調査の結果76年末に米国ウエスティングハウス(WH)社から軽水炉(出力620MWe)1基を購入する契約を結び、バターン半島において建設を進めてきたが、昨年3月の米国スリーマイル島原発事故を契機としてその建設を一時中止した。しかし、その後国内の特別委員会(委員長Puno現司法大臣)が中心となって行った調査結果をふまえて、各種の改善措置を追加し、近く工事再開する予定である。順調に行けば84年末おそくとも85年初めには運転開始にこぎつける見通しである。同炉の初期燃料はWH社が供給するが、第2次炉心以降のウランはオーストラリアから購入する。国営電力公社(NPC)は現在350人の原子力技術者を有し、うち170人が運転員(海外研修中も含む)。使用済燃料についてはサイト内に10~12年貯蔵することが可能であり、再処理、高レベル廃棄物処理及び使用済燃料中間貯蔵の計画はない。

(2) 同国全体の総発電容量は現在4,482MWe(水力933、石油火力3078、石炭火力28、地熱443MWe)、1985年の目標は9,472MWe(水力2821、石油火力3,391、石炭火力760、地熱1,726、原子力620、その他新エネルギー154MWe)である。同国は既に世界第3位の地熱発電国であり、全島にわたり豊富な地熱エネルギーを有しており、当面の発電開発の重点は地熱発電、次いで石炭とのことであった。原子力発電については、まず第1号炉の建設運転に全力を投入し、その経験をふまえて将来の開発を検討するようである。

Ⅲ 提言

 今般の調査活動を通じ代表団として感じたところを提言の形でとりまとめれば、概ね次のとおりである。

1 R1放射線利用プロジェクトの推進

 この分野においては、既にRCA協定の下で、わが国が中心となり、食品照射プロジェクト(3年間で23万6000ドル)が開始されており、また工業利用に関する新しいプロジェクト(5年間で約800万ドルの予定)も着々準備されつつあるが、今後ともこの分野における協力の推進を図るべきである。とくにわが国として重視すべきと考えられる分野は次のとおりである。

(1) 食品照射については、進行中のプロジェクトの終了後は、加盟国に大型照射施設を設置して、共同で実規模試験を行う。

(2) 工業利用については、放射線照射プロセスのみでなく、非破壊検査、工業計測等、比較的短期間に技術移転成果を挙げ得る分野への協力を強化する。

(3) 資源開発へのRI利用技術について技術協力を行う。

(4) 加速器による治療を中心とした放射線の医療利用に関する技術協力を行う。

(5) 経済的価格での放射性医薬品の域内供給体制の確立のためのRI生産専用炉設置に関するフィジビリティー・スタディーを行う。

2 研究炉利用推進プロジェクト(仮称)の設立

 東南アジア諸国における研究炉の利用の高度化を図ることを目的として、今後「研究炉利用推進プロジェクト(仮称)」を設立すべきである。

 本プロジェクトは、
(1) 研究炉の付帯設備を供与し、それを用いてプロジェクト参加国間の共同研究を行う。(付帯設備は、1カ国に集中的に設置するのではなく、参加国の希望に応じ特色のある設備を参加国間に分散して設置する。)

(2) 研究炉の運転及び上記共同研究に対する助言者として、わが国の研究者・技術者を派遣する。

(3) 研究炉の運転・利用及び補修に必要な技術者の養成訓練を行う。(研究炉利用を円滑にする上での技術基盤の形成を主目的とする。わが国のメーカーの協力が望まれる。)

ことを内容とするものとする。

 以上の目的のため、まず関心国の専門家による会合を開催し、共同研究課題の選定を含めてプロジェクトの具体的な内容を検討することが望まれる。

3 「アジア原子力地域協力センター」構想について

 RCA加盟国間でかねてから検討されている本件「アジア原子力研究・訓練地域協力センター」(仮称)については、その必要性は十分認められるが、今般の調査結果で明らかとなったとおり、各国は現在自国の原子力研究所ないしセンターの建設拡充を重点的に進めているので、わが国としては当面、既存の共同プロジェクト又は上記のような新規プロジェクトの推進を通じてこれらのナショナル・センターの充実のためにできる限り協力するとともに、ナショナル・センター間の緊密な協力関係の樹立を図り、それによって地域協力センター設立への地盤整備に協力するのが、当面最も現実的なアプローチと思われる。

4 わが国の原子力開発の紹介

 わが国の原子力開発利用の現状を積極的に紹介し、わが国に対する東南アジア諸国の理解を深めるため、上記各プロジェクトヘの積極的な協力に加えて、次のことを行なうべきである。

(1) 開発途上国において将来原子力分野で指導的な役割を果すべき人々の招へい
(2) 学生および若手研究者の日本の大学、研究所、メーカーへの受け入れの拡充
(3) わが国の研究開発状況その他開発途上国が関心を有すると思われる事項に関する広報・参考資料の継続的配布

5 国内連絡協議体制の強化

 今後わが国がRCAの枠の内外で原子力協力を一層円滑に推進してゆくためには、核拡散防止、関係アジア諸国の社会経済開発、わが国自身のエネルギー安全保障等多角的な視点からわが国の対開発途上国原子力協力のあり方について検討を重ねてゆく必要があり、またかかる検討の場として官民合同のハイレベルの連絡協議会をしかるべき形で設置する必要があるのではないかと思われる。

付属(略)
1 各国の研究・開発体制
2 各国で面談した人々
3 調査団入手資料一覧


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