(総 論) |
昭和46年度は、わが国の原子力開発利用にとって、特徴的な一年であった。
すなわち、第一に環境問題に対する国民的関心が高まってきた中において、原子力開発利用の分野においても環境の保全、安全性確保の問題が大きくクローズアップされたことである。
原子力発電は開発の当初から安全性の確保を十分にとり入れたシステムとして開発されてきたが、一般的な環境問題への関心の高まりが原子力発電所の設置問題へも波及し、その設置に反対する住民運動が一部にみられた。
このような動きの中においても、増大するエネルギー需要に応え、安定かつきれいなエネルギーを供給するため、一層環境安全問題と積極的にとり組みつつ開発を進める必要があった。
第二に、今後原子力発電用として急速に常要の増大が見込まれるウラン資源および濃縮ウランの確保対策などの面でも顕著な動きがみられたことである。
とくに1980年頃には自由世界の濃縮ウランの需要が米国を主とする供給能力を上回ることが予想されており、わが国としても米仏等の提案による国際共同濃縮計画への参加や自主技術開発などの対応策に真剣に取り組むことが要請された。 |
(環境の保全、安全性の確保) |
わが国では、昭和47年7月10日現在、 4基1,323千kwの発電用原子炉が運転中であり、
14基10,547千kw が建設中、 3基2,766千kwが設置許可申請中である。これらの原子力発電所の建設、運転にあたっては、その当初より原子炉の安全性、環境保全の徹底を図り、きれいなエネルギーの供給を目指してきたところであるが、昭和46年5月の米国における軽水炉の非常用炉心冷却設備(E C C S)の作動に関する実験結果の発表は、同種の原子炉を採用しているわが国にも大きな反響を呼び起した。
原子力委員会は国民の不安を取り除くため、米国に専門家を派遣し、その実情を調査するとともに、原子炉安全専門審査会等で慎重に検討した結果、わが国の原子炉は安全であることが確認され、原子炉の停止や出力制限は必要ないことが判明し、その旨原子力委員会から声明が発表された。
原子炉の安全性については、ECCSの機能確認を含めた炉のシステム全体の安全性を評価するためROSAの計画(冷却材喪失実験計画)をはじめ、安全解析のための大型コードの開発などを強力に推進して行くことが必要であり、このため日本原子力研究所等の関係機関を積極的に活用する方針である。
さらに原子力開発利用の進展に伴う原子力施設の大規模化、多様化に対処して、これまでの安全確保の実績を維持し、一層原子力施設の安全性を高めて行くためには、今後安全性に関する研究開発を積極的に実施し、かつその成果を安全審査に活用する等安全審査機能を強化充実して行く方針である。
原子力施設の安全性を確保するためには、施設の運転、保守における安全管理、従事者の安全意識の向上等もまた極めて重要な要素である。
昭和46年7月に発生した放射性廃棄物処理場における火災事故、原子力発電所における放射線被曝事故等原子力施設の事故発生に対処して、科学技術庁は通商産業省と合同で原子力施設の安全総点検を実施し、安全管理体制を調査するとともに、原子力施設安全管理連絡会議を設置して安全対策の徹底を図っている。
また、同年9月には造船所においてイリジウム-192(192Ir)約6キュリーの紛失事故が発生したが、このような事故を未然に防止するためには、施設設置者や放射線取扱主任者等の自覚が極めて肝要であり、このため科学技術庁では、今後このような事故が発生しないよう施設設置者に対し、厳重な指導を行なっている。
放射線の人体に対する影響については、国際放射線防護委員会(ICRP)等の場において、以前から綿密に検討され、わが国の放射線防護基準もこれに基づいて定められている。
しかし、放射線防護に関しては一層万全を期する必要があるので、原子力委員会は放射性物質をやむを得ず環境に放出する場合には、上記のレベル以下に制限することはもちろん、実行可能な限り、これを低減させるという方針を明らかにしており、また低線量被曝の影響に関する調査研究を積極的に進めることとしている。
一方、原子力施設設置者もこの方針に沿って放射性物質の放出を減少させるため、気体処理系に活性炭ガスホールドアップ装置の追加設置、廃液処理系の改良を行なう等極力放出を抑える努力を払っている。
環境に放出された放射性物質の監視については、関係法令により施設設置者に周辺環境のモニタリングの実施を義務づけ、その実施状況について政府が厳しくチェックし、国民を放射線から防護するために万全の体制を取っているが、さらに放射能監視に関し、地元の理解と納得を得るため必要に応じて住民代表、学識経験者等から構成される放射能監視体制が整備されている。
わが国の原子力発電所は海岸に設置されており、温排水問題は米国や西ドイツのような内陸立地と事情を異にするが、原子力発電所は同一容量の火力発電所に比べて、より多量の復水器冷却水を排出するため、発電規模の大型化、施設の集中化に伴って生態系、沿岸漁業への影響が懸念され、大きな問題となりつつある。
しかし、温排水の問題はその関係するところが多く、かつその影響については現在までのところ十分な知見が得られていないので、関係各省庁とも協力して十分な科学的調査研究を行なって実態を解明する必要がある。
温排水の漁業への利用については、科学技術庁の委託を受けて日本水産資源保護協会が昭和46年度から5ヶ年計画で原子力発電所の温排水による養魚の実用化実験に着手している。
原子力発電所から発生する放射性廃棄物の処理処分については、現在はその発生量もわずかで、施設内に保管されているが、将来は発電規模の増大に伴いその発生量は急増すると予想されており、所要の原子力発電規模を実現して行くためには、放射性廃棄物の適切な処理処分を計画的に進めて行かなければならない。
そこで昭和44年9月原子力局に「放射性固体廃棄物処理処分検討会」を設置し、爾来関係者の参加のもとに約2年間にわたる検討を進めてきたが、昭和46年6月同検討会は今後の処理処分のあり方について報告書を提出した。
原子力委員会は、同報告書の趣旨を勘案し、新原子力開発利用長期計画において、低いレベルから高いレベルまでの放射性廃棄物の処理処分について方針を明らかにし、とくに低いレベルの放射性廃棄物については所要の研究開発等適切な措置を講ずることによって海洋処分または陸地処分しても十分安全を確保し得るとの見通しを明らかにした。
政府はこの決定に基づき処理処分に関する技術開発を進めるとともに、昭和47年度から低レベル固体廃棄物についての試験投棄のための海洋環境調査および陸地処分のための地点調査を開始した。
以上のように、現在まで各般にわたる環境、安全対策を実施してきたが、原子力施設は今後ますます多様化、大規模化することが予想され、環境の保全、安全性の確保が一層重要性を増すものと考えられる。
これに対処して原子力委員会は、昭和47年2月環境・安全専門部会を設置し、その後同専門部会のもとに総合、安全研究、環境放射能、低線量、放射性固体廃棄物、温排水の6分科会を設けて、環境、安全に関する研究開発の進め方、規制および監視のあり方等所要の施策について総合的な検討を行なっている。
原子力発電所をはじめ、原子力施設の建設を円滑に推進するためには、環境保全、安全性確保を前提にして、地域住民の理解と協力を得ることが不可欠であり、地元との連繋を密にして意志の疎通を図り、原子力施設周辺の放射能の監視を行なう等のため、昭和47年度より、敦賀市に原子力連絡調整官を常駐させるようにしたほか福井原子力センターの設置、東海大洗地区における第二次地帯整備計画、放射能監視体制の整備等が進められている。
また、原子力発電所の審査にあたって原子炉の大型化、集中化等により必要と認められる場合には、地元関係者の意見を聴取するため、公聴会の開催について検討することとしている。
さらに地方税法の一部改正によって昭和47年度から事業税の配分が発電所所在都道府県に有利なように改正された。 |
(核燃料の確保) |
環境安全問題とならんで、核燃料サイクルの確立、とくに核燃料の供給確保が実用期を迎えたわが国の原子力開発にとって重要な課題である。わが国の原子力発電規模は昭和60年度末60,000千kwに達するものと見込まれており、これに必要な天然ウランは同年度まで累積に約100,000ショート・トン(U3O8換算)に達すると推定されている。
ウラン資源に乏しいわが国は、その供給量のほとんどすべてを海外に依存せざるを得ないが、自由世界の天然ウラン需要量は、今後大幅に伸びるとみられ、将来におけるウラン価格の上昇および供給の不安定が懸念されている。
このような情勢にかんがみ、原子力委員会は「ウラン資源確保対策懇談会」を設置して、審議を行なった結果、同懇談会は昭和46年6月、海外ウランの長期購入契約を引き続き促進するとともに長期的には所要量の1/3程度を開発輸入によって確保することを目途に海外資源の開発を強化する必要がある旨の報告を行なった。
この方針に沿って具体化の第一歩として、昭和47年度からウランの探鉱について成功払い融資制度が導入された。また、ウラン資源供給源の多角化を図るという目的もあって、従来の日米、日英、日加の原子力協協定に加えて、日仏、日豪の原子力協定が47年6月国会で承認され、近く発効する予定である。
現在、自由世界の濃縮ウランは、米国からの供給に依存しているが、 1980年(昭和55年)頃には、濃縮ウランの需要量は米国現有濃縮工場の今後の能力増強を加味しても、その供給能力を上廻るものと予想されている。
このような状況のもとで米国は昭和46年7月自由世界の主要国に対し、米国のガス拡散法による多国間共同濃縮事業を行なうことの可能性について予備的な話し合いに入る用意がある旨提案してきた。またフランスも同年9月フランスのガス拡散法による共同濃縮工場建設の構想を打ち出し、わが国にもその可能性の検討への参加を呼びかけてきた。
一方、イギリス、西ドイツおよびオランダは自主技術による濃縮ウランの確保を目指して、遠心分離法による三国共同濃縮計画を進めている。
わが国における濃縮ウランの需要は年々増大の一途をたどり、昭和60年度には分離作業量として約8,000トンと見込まれている。
このため、はげしく流動する国際情勢を加味しつつ、わが国としての将来における濃縮ウランの自主的確保を図るため、活発な努力が続けられており、原子力委員会に設置された「濃縮ウラン対策懇談会」は1年余りにわたる審議の結果、昭和46年12月に報告書を提出した。
これを受けて原子力委員会は、濃縮ウランの長期安定確保を図るため、同報告の趣旨に沿って引き続き米国からの濃縮ウラン供給確保に努めるとともに、国際濃縮計画への参加を考慮しつつ、 1980年代に濃縮ウランの一部を国産化することを目標に濃縮技術の自主開発を促進するという確保策を積極的に推進する旨の決定を行なった。
さらにその具体的方針を審議するため、 「国際濃縮計画懇談会」および「ウラン濃縮技術開発懇談会」を設置した。
一方、民間においても昭和47年3月国際濃縮計画への参加について調査検討を行なうことを目的として「ウラン濃縮事業調査会」が設置され、ここに官民協力して将来わが国が必要とする濃縮ウランの入手源の安定化、多様化に資するために所要の検討が鋭意進められている。 |
(その他) |
このほか、昭和46年度においては、現在国のプロジェクトとして開発を進めている新型転換炉の原型炉の建設契約が締結され、新型動力炉の開発が本格化したのをはじめ、再処理施設の建設着手、原子力第1船「むつ」の艤装工事の完了、核融合研究装置「JET-2」 の完成等原子力開発の広範な分野にわたって順調な進展がみられた。
わが国が原子力開発を始めて16年、この間幾多の紆余曲折はあったが、ようやく本格的実用期を迎え、原子力発電、放射線利用等によって原子力は国民生活とますます身近かな存在となってきている。
このような時期にあたって、原子力発電規模の増大に伴う諸問題の解決をはじめ、原子力に対する諸般の要請に応えるため、原子力委員会は昭和47年6月原子力開発利用長期計画の改訂を行ない、今後の原子力開発利用の長期的指針を明らかにした。
今後原子力委員会としては、新長期計画にもとづいて原子力開発利用における各分野の整合性を図ることはもとより、わが国の科学技術および経済社会における他の分野との調和を重視し、かつ国民の理解と協力を得て原子力開発利用を強力に推進していく方針である。 |