第9章 人材育成とサプライチェーンの維持・強化
9-1 人材育成とサプライチェーンの動向及び課題
原子力利用には、高度な技術と高い安全意識を持った人材の確保が必要です。人材育成はイノベーションを生み出すための基盤となるものです。我が国の原子力分野においては、若い世代の減少による高齢化や女性比率の低さなどに問題があり、原子力分野の魅力を発信して若い世代の確保に取り組むことや、あらゆる世代、性別、分野の能力が発揮しやすい環境を整備していく必要があります。
また、我が国の原子力サプライチェーンの維持・強化に不可欠な人材の減少や、知識・技術の継承への懸念が生じています。連続する世代交代の枠組みの中で知識・技術を確実に継承していく必要があります。
第7次「エネルギー基本計画」(2025年2月閣議決定)においては、将来的な建設期間長期化・コスト増加や、機器・部素材・燃料加工・廃炉を含めた産業基盤・技術の途絶、規制対応の面を含めた原子力人材の不足等を回避する必要がある、とされています。そのため、原子力サプライチェーンの維持や人材育成に向けた取組を産学官で連携しつつ進めることになっています。9-1-1 人材育成及びサプライチェーンの動向
安全を確保し原子力を利用していくためには、発電所等の設計・建設、運転、廃止措置に携わる人材、大学や研究機関の教員や研究者、利用政策及び規制政策に携わる行政官、医療、農業、工業等の放射線利用を行う技術者等、幅広い分野において様々な人材が必要とされます。
しかしながら、大学では、原子力分野へ進学する学生の減少(図 9-1)や原子力専門科目の減少、原子力分野の教員の減少が進んでいます。また、教育試験炉の減少に伴い、実験・実習機会の減少や実験・実習のために長距離の移動を要するといった課題も顕在化しており、研究施設等も含めた研究・教育基盤の維持・強化が求められています1。
企業においても、原子力産業への志望学生の減少により人材の確保が課題になっています。また、国内での原子力発電所の新規建設が途絶えていることから、建設プロジェクト従事経験者の高齢化が進み、技術継承が課題となっています。1970年代以降、原子力発電施設の多くで国産化率が90%を超えていましたが、2011年の東京電力株式会社(東京電力)福島第一原子力発電所事故以降、将来的な事業の見通しが得られないことから原子力事業から撤退する企業も出てきています。建設に高度な技術を要する施設において、技術継承を踏まえた施設の長期的な建設計画は重要です。人材の確保や知識・技術継承の途絶対策に向けた取組が急務となっています。
図 9-1 原子力関連学科・専攻の入学者数(出典)文部科学省
9-1-2 人材育成及びサプライチェーンの維持・強化に向けた方向性
原子力基本法では、国は、「原子力発電に係る高度な技術の維持及び開発を促進し、これらを行う人材の育成及び確保を図り、並びに当該技術の維持及び開発のために必要な産業基盤を維持し、及び強化するための施策」を講ずることが規定2されています。また、2023年に原子力関係閣僚会議で決定された「今後の原子力政策の方向性と行動指針」では、原子力関連企業の個別の実情に応じて実際に国が関与して積極的にサポートを行うために、人材育成・確保支援、部品・素材の供給途絶対策、事業承継支援など、サプライチェーン全般に対する支援態勢を構築することが示されています。
原子力委員会は、2018年に「原子力分野における人材育成について(見解)」を取りまとめ、優秀な人材の勧誘、高等教育段階と就職後の仕事を通じた人材育成について、それぞれ留意すべき事項を示しました。令和元年度版(2019年度版)原子力白書では人材育成を特集として取り上げ、我が国の大学における原子力教育の質向上に向けて取り組むべき方向性例を示しました(図 9-2)。また、2023年改定の「原子力利用に関する基本的考え方」では、人材育成の強化に係る今後の重点的取組を示しました(図 9-3)。図 9-2 大学における原子力教育の質向上に向けて取り組むべき方向性例(出典)原子力委員会,令和元年度版原子力白書 特集 原子力分野を担う人材の育成(2020年)
図 9-3 人材育成の強化に係る今後の重点的取組(出典)原子力委員会,原子力利用に関する基本的考え方(2023年)
経済産業省総合資源エネルギー調査会電力・ガス事業分科会原子力小委員会(原子力小委員会)においても、今後の原子力人材育成の方向性が議論されています。原子力人材の領域を、社会人・学生、技術・技能の四象限で分けてみると、技術者領域は、国や民間各社等による取組が相対的には進んでいる一方、建設・工作(ものづくり)を始めとする技能者領域は、震災以降の需要剝落により、職人技の継承・人材育成機会の喪失を懸念する声が上がる等の課題が見られます(図 9-4)。雇用数・必要人材数の需給ギャップ見通しを作成するとともに、人材育成講座開発、人材の流動性向上など各領域の強化を推進し、そのために、関係省庁・業界団体等との議論も行いながら、今後更なる強化・改善策を検討していく方向性となっています。
図 9-4 原子力の人材育成に対する課題のマッピング(出典)資源エネルギー庁,原子力政策に関する直近の動向と今後の取組,第38回原子力小委員会[資料1](2024年)
9-2 人材育成とサプライチェーンの維持・強化に向けた取組
人材の育成・確保及びサプライチェーンの維持・強化における課題は原子力関係機関の共通認識となっており、各機関の特色を生かしつつ人材の育成等が進められています。人材育成に関する取組の重要性は、安全規制や放射線防護に携わる人材や、国民の信頼を回復する上で重要な専門家と国民との間の橋渡しとなるサイエンスコミュニケータ、原子力サプライチェーンに携わる人材等においても同様です。また、人材育成・確保に向けた取組では、社会インフラとしての原子力分野の重要性の発信や、組織や専門分野の枠を超えた異分野・異文化の多種多様な人材交流・連携も重要です。
9-2-1 国や地域による取組
経済産業省は、原子力サプライチェーン支援態勢の強化の一環として、地方経済産業局や一般社団法人日本原子力産業協会(原産協会)等の関係機関と連携し、「原子力サプライチェーンプラットフォーム」を設立しました(図 9-5)。同プラットフォームでは、ウェブサイト3も開設しており、原産協会と共同で人材や技術の維持・強化に向けた各社の取組事例や、補助金・税制に関する紹介、海外の建設プロジェクトへの参画に向けた情報提供等のコンテンツを掲載しています。また、同プラットフォームの取組の一環として編成された「炉型別チーム」は、海外プロジェクトへの参画を目指して取り組んでいます。
図 9-5 サプライチェーンの維持・強化に向けた取組(出典)資源エネルギー庁, 原子力に関する動向と課題・論点,第41回原子力小委員会[資料1](2024年)
2022年度以降、同プラットフォームの取組を紹介しつつ、サプライチェーンの維持・強化に係る官民の取組を加速することを目的として、毎年「原子力サプライチェーンシンポジウム」を開催しています。2025年3月に開催された第3回シンポジウムでは武藤経済産業大臣が参加し、将来の次世代革新炉の開発に向けて、「サプライチェーンと人材確保は必須の課題」と述べ、同シンポジウムの開催意義を強調しました。また、米国への日系サプライヤ団派遣、国際連携によるサプライチェーン構築の取組、一般産業用工業品の活用(CGD4)に関する取組等について議論が行われました。
加えて、資源エネルギー庁は、原子力の安全性・信頼性を支えている原子力産業基盤の維持・強化を図ることを目的とした「原子力産業基盤強化事業」において、世界トップクラスの優れた技術を有するサプライヤの支援や、技術開発、再稼働、廃止措置等の現場を担う人材の育成等を推進しています。
文部科学省は、「国際原子力人材育成イニシアティブ事業」や「英知を結集した原子力科学技術・人材育成推進事業」等により、産学官が連携した国内外の人材育成の取組を支援しています。国際原子力人材育成イニシアティブ事業では、2021年に「未来社会に向けた先進的原子力教育コンソーシアム」(ANEC5)を創設し、我が国の原子力分野の人材育成機能を維持・充実していくために、大学や研究機関等が組織的に連携して共通基盤的な教育機能を補い合う取組を進めています(図 9-6)。ANECでは、大学及び独立行政法人国立高等専門学校機構(国立高専機構)が、企業や研究機関の参画を得ながら、構成機関の相互補完による体系的なカリキュラム構築や原子力施設等における実験・実習の実施などを進めています。また、ANECの取組の一つとして原子力人材のアウトリーチ活動が行われています。文部科学省は2024年7月に東京工業大学(現東京科学大学)において、高校生と高等専門学校(高専)生を対象とした「集まれ高校生!原子力オープンキャンパス」を開催しました。全国から約170人の高校生と高専生が参加し、講演会及びポスターセッション、並びに物理実験実習が実施されました。また、原子力分野に興味のある高校生と高専生に対し、大学と企業担当者との懇談を通じて知識やキャリア選択を探る学びの機会を提供しました(図 9-7)。
図 9-6 ANECの構成及び主な活動内容(2025年1月時点)(出典)文部科学省,原子力人材、原子力イノベーションに係る最近の取組状況,原子力科学技術委員会原子力研究開発・基盤・人材作業部会(第24回)[資料3](2025年)
図 9-7 原子力オープンキャンパスの様子(出典)令和6年度「集まれ高校生!原子力オープンキャンパス」,国際原子力人材育成イニシアティブ事業ウェブサイト(2024年)
また、文部科学省の原子力研究開発・基盤・人材作業部会6では、研究開発、研究基盤、人材育成に関する課題や在り方等について、国内外の最新動向を踏まえつつ一体的・総合的に検討を行い、2023年には「我が国の試験研究炉を取り巻く現状・課題と今後の取組の方向性について(中間まとめ)」が取りまとめられました。
さらに、多様な人材の確保に資する次世代教育として、小学生向け及び中学生・高校生向けに放射線副読本7を作成しています(図 9-8)。同副読本では、放射線に関する科学的な理解の醸成を目指しています。
図 9-8 放射線副読本(出典)文部科学省,放射線副読本(令和6年改訂)(2024年)
また、資源エネルギー庁は、エネルギー・環境問題を解決するために適切に判断し行動できる資質を養うために、学習指導要領の内容に沿った形で、小学生用及び中学生用の2種類のエネルギー教育副教材の作成等を実施しています8。
原子力規制委員会は、「原子力規制人材育成事業」により国内の大学等と連携し、原子力規制に関わる人材を効果的・効率的・戦略的に育成するための取組を推進しています。また、同委員会の原子力安全人材育成センターでは、職員への研修や人材育成制度等の充実に取り組んでいます。
内閣府は、原子力災害時における防護措置を適切に実施するための対応能力を習得するため、原子力災害対応を行う行政職員等を対象として、原子力防災基礎研修、原子力災害対策要員研修、オフサイトセンター図上演習(図 9-9)等を実施しています。
外務省は、若手人材を国際機関に派遣するJPO9派遣制度や国際原子力機関(IAEA10)とのワークショップ共催等を通じ、国際的に活躍する国内人材の育成を行っているほか、IAEAの技術協力事業を通じた海外人材の育成支援を実施しています。
各地域において、原子力関連施設の立地環境を生かした取組が進められています。福井県では1994年に公益財団法人若狭湾エネルギー研究センターが設立され、2011年に同研究センターの下に福井県国際原子力人材育成センターが設立されました。さらに、福井県は2020年に、様々なエネルギーを活用した地域経済の活性化やまちづくりを目指すことにより、人・企業・技術・資金が集まるエリアの形成を図る「嶺南Eコースト計画」を策定しました(図 9-10)。同計画は、原子力関連研究の推進及び人材の育成を基本戦略の一つに掲げ、国内外の研究者等が集まる研究・人材育成拠点の形成や、新たな試験研究炉を活用したイノベーションの創出及び利活用の促進が進められています。
また、茨城県では2016年に原子力人材育成・確保協議会が、青森県では2017年に青森県量子科学センターが設立され、当該地域の関係機関等が協力して原子力人材の育成に取り組んでいます。
図 9-9 オフサイトセンター図上演習の様子(出典)内閣府
図 9-10 嶺南Eコースト計画における福井県の目指す将来像(出典)嶺南Eコースト計画(本体),福井県ウェブサイト(2020年)
9-2-2 研究開発機関による取組
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(原子力機構)や国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)では、それぞれが保有する多様な研究施設を活用しつつ、研究者、技術者、医療関係者等幅広い職種を対象とした様々な研修を実施しています。
原子力機構の原子力人材育成センター11では、放射性同位元素・放射線技術者や原子力エネルギー技術者を養成するための国内研修、専門家派遣や学生受入れ等による大学との連携協力、近隣アジア諸国を対象とした国際研修等を行っています(図 9-11左)。
QSTの放射線医学研究所では、放射線の安全利用に係る技術者の育成、原子力災害、放射線事故、核テロリズム対応の専門家育成及び将来の放射線技術者育成に向けた若手教育と学校教育支援を通じ、放射線に関わる知識の普及と専門人材の育成を実施しています(図 9-11右)。
図 9-11 原子力機構における研修(左)、QSTによる被ばく医療研修(右)の様子(出典)左: (旧)原子力人材育成センターとは,原子力機構ウェブサイト(2025年)、右: QST
9-2-3 産業界や原子力関連団体による取組
産業界では、各企業が再稼働対応や保全、海外プロジェクトへの参画等を通じて人材・技術の維持・継承に取り組んでいます。一方、原子力発電を支える技術は幅広く、新設以外では設計・製作・建設の機会がない機器・施設もあります。そのような機器・施設に関する技術は講義や演習等によって継承が図られていますが、新設の現場で経験者と若手が共同して作業に取り組むことで継承していくことが望まれています。
電気事業者は、原子力発電所を安全に運転するために人材育成に取り組んでいます。しかし、自社の原子力発電所が再稼働していない事業者もあり、このような場合、一般社団法人原子力安全推進協会(JANSI12)が中心となり、運転中の発電所での現場経験がない職員への技術継承を目的として、既に再稼働した発電所での研修が実施されています。JANSIは、緊急時対応力の向上のためのリーダーシップ研修、原子力発電所の運転責任者に必要な教育・訓練、運転責任者に係る基準に適合する者の判定、原子力発電所の保全工事作業者を対象とした保全技量の認定制度等を構築し運用しています。
また、公益社団法人日本アイソトープ協会や公益財団法人原子力安全技術センター等では、地方公共団体、大学、民間企業等の幅広い参加者を対象に、放射線取扱主任者等の資格取得に関する講習等を実施しています。原子力安全技術センターは、原子力緊急時に主に外部ステークホルダーとのリスクコミュニケーションを実施できる人材の育成等を行っています。また、一般財団法人原子力文化財団は、原子力・エネルギー図面集13などのサイトを運営し、エネルギーに関する発信を行っており、エネルギーや放射線に関する出前授業なども実施しています。
9-2-4 産学官連携による取組
「原子力人材育成ネットワーク」14は、国(内閣府、外務省、文部科学省、経済産業省)の呼び掛けにより2010年に設立されました。2025年3月時点で84機関15が参加し、産学官連携による相互協力の強化と一体的な原子力人材育成体制の構築を目指して、機関横断的な事業を実施しています(図 9-12)。
図 9-12 原子力人材育成ネットワークの体制(出典)経済産業省
具体的には、国内外の関係機関との連携協力関係の構築、ネットワーク参加機関への連携支援、国内外広報、国際ネットワーク構築、機関横断的な人材育成活動の企画・運営、海外支援協力(主に新規原子力導入国)等を推進しています16。また、「原子力・放射線の理解増進ポータルサイト」17を開設し、放射線に関するセミナー・イベントや、放射線に関する教材やテキストなどのウェブサイト情報、放射線測定機器の貸出しの情報、原子力エネルギーや放射線等を学べる施設の紹介等を行っています。
原子力人材育成ネットワークの戦略ワーキンググループでは、2024年3月に「原子力人材育成戦略ロードマップ2023年度改訂版」を公表しました。原子力人材の獲得、原子力の社会的・国民的認知度向上の為の施策、研究開発人材育成に対する施策が新規に追加され、人材の獲得及び育成に関わる施策の拡充がなされました。さらに、戦略ワーキンググループの下で3年ごとに向こう10年間のロードマップを見直していくことが制度化されました。
9-2-5 教育機関による取組
大学や高専においても、特色のある人材育成の取組が進められています。
例えば、東京大学の原子力専攻(専門職大学院)は、所定の単位を修得することで、国家資格である核燃料取扱主任者及び原子炉主任技術者の試験を一部免除できる課程として、原子力規制委員会により認定されており、この課程を修了した者については、毎年約10人から15人がそれぞれの国家試験に合格しています。京都大学では、京都大学臨界集合体実験装置(KUCA18)を用いて、他大学の大学院生も参加する大学院生実験を実施しており、原子炉の基礎実験だけでなく、燃料の取扱いや、原子炉運転操作等、原子炉に接する貴重な体験の場を提供しています(図 9-13)。近畿大学でも、近畿大学原子炉(UTR-KINKI)を用いて、全国の大学の学生・研究者に原子炉実機を扱う実習を提供しています。KUCA及びUTR-KINKIはANECのカリキュラムにも活用されており、高専生・大学生・大学院生を対象にした原子炉実習に加えて、海外の大学院生を対象にした原子炉実習国際コースが開催されています。大阪大学は、放射線科学基盤機構を設置し、人材育成を部局横断で機動的に行っています。茨城大学は、高度な知識と技術を持った人材の育成を目指して、2024年4月に原子科学研究教育センターを開設しました。
国立高専機構は、モデルコアカリキュラムを策定し、全国の高専で育成する技術者が備えるべき能力についての到達目標等を提示しています。分野別の専門的能力のうち電気分野では、到達目標の一つとして、原子力発電の原理について理解し、原子力発電の主要設備を説明できることが挙げられています。各高専では、同カリキュラムに基づき、社会ニーズに対応できる技術者の育成に向けた実践的教育が実施されています。
図 9-13 京都大学臨界集合体実験装置(KUCA)における大学院生実験(出典)大学院生実験 実験模様,京都大学臨界集合体実験装置ウェブサイト(2025年)
小学校、中学校、高等学校におけるエネルギーや原子力に関する教育の改善等に向けた取組も行われています。日本原子力学会の教科書調査ワーキンググループは、教科書における放射線利用、エネルギー資源、原子力利用等に関する記述の調査を行い、正確な理解を促すためのコメントや提言を行っています(図 9-14)。
図 9-14 日本原子力学会教科書調査ワーキンググループ(出典)日本原子力学会,原子力学会教育委員会の教科書調査報告,第1回原子力委員会資料[第1号](2023年)
コラム ~初等教育における理科特別授業~
エネルギーや環境問題などについて国民一人一人が理解を深めていく際に必要な基礎知識を得る点で、初等中等教育から学び始めることも重要な取組の一つと考えられます。原子力施設の立地地域周辺では、原子力関係者等が学校で出前授業などを行う事例が多くありますが、立地地域外の電力消費地でも同様に自分のこととして学ぶ態度が重要です。一方、原子力や放射線を授業で取り上げるには、専門的な知識や正確な教材の準備も必要となり、学校で簡単に扱うことが難しい現状があります。こうした中で、専門家と協働した取組も見られます。
例えば、電力消費地のある小学校では、「未来のエネルギー」というテーマで、原子力を含む様々な発電について体験的・対話的に学び、第7次エネルギー基本計画等を参照しつつ思考する、授業が行われています。この取組は、エネルギー問題を子供たちが自分のこととして考えるために必要な科学的知識、特に原子力発電の長所と短所について小学生が学ぶための教材が少ないという問題意識から始まりました。
授業は、理科教員の主導で行われています。原子力発電の仕組みの説明や放射線の測定実験、地層処分に関する意見交換などを、原子力関係者の協力も得て実施されています。原子力に対して批判的な意見も発言しやすいよう支援するなど、授業内容の中立性を保ち進められました。授業後に子供たちへのアンケートも実施され、原子力発電所の仕組みや安全対策、放射線の医療への活用などについて学習できたという感想が見られました。また、担当教員からは、複雑化するこれからのエネルギー問題において、原子力の危険性とメリットを深く理解する必要性を子供たちが感じ取っているようであるとの意見が寄せられました。
9-2-6 ダイバーシティへの取組
我が国の社会課題となっている少子高齢化の中で、人材を確保し多様化する社会やリスクへの対応力を高める上ではダイバーシティ(多様性)が重要であると認識されています。ダイバーシティが確保されている組織では、多様な人材が異なる分野の知識、経験、価値観を持ち寄ることで新たな発想が生まれることや、働き方などの多様な人材が能力を発揮できる環境が整い、創造性が高まることなどが期待されます。ダイバーシティの確保は社会全体で取り組むべき課題であり、産業界だけでなく国や国際機関、学会、非営利組織などによって様々な取組が行われています。
日本原子力学会のダイバーシティ推進委員会では、原子力や放射線の分野で活躍している方を紹介し、具体的な仕事のイメージを持ってもらうことを目的としたロールモデル集を作成しています(図 9-15)。また、同学会は、一般社団法人男女共同参画学協会連絡会19にその設立初期の2003年から加盟しています。同連絡会は、学協会間での連携協力を行いながら科学技術の分野において男性と女性が共に個性と能力を発揮できる環境づくりとネットワークづくりを行い、社会に貢献することを目的として活動しています。具体的には、男女共同参画に関するシンポジウムの開催や提言活動、大規模アンケートの実施等の様々な取組を行っています。
ダイバーシティの一つであるジェンダーバランスの重要性は、原子力分野でも広く認識されています。経済協力開発機構/原子力機関(OECD/NEA20)は、科学・技術・工学・数学(STEM21)分野におけるジェンダーギャップが原子力の将来に大きな影響を与えると指摘し、2019年にワーキンググループを構成して対策の検討を始めました。2023年3月に報告書「原子力部門のジェンダーバランス」を公表し、同年6月には女性を原子力分野に勧誘し、原子力分野で働く女性を支援して保持し、更には原子力分野での女性指導者を育成するための行動を取り、データによりその効果を検証する旨のOECD理事会勧告「原子力部門におけるジェンダーバランスの改善」が採択されました。ワーキンググループは、2024年1月にはハイレベルグループに格上げされ、我が国も参画して、特に女性を原子力分野に勧誘する取組等に積極的に取り組んでいます。同年9月には第2回会合がフランスで開催され、非英語圏からの唯一のビューローメンバー(理事相当)である岡田原子力委員会委員(当時)が我が国を代表して全体会合等に参加し、アジア地域における原子力分野への女性の参入促進において先進国が発揮するリーダーシップの重要性や、人材基盤強化の重要性等について発言しました(図 9-16)。
IAEAは、ジェンダーバランスを達成するために「Gender at the IAEA」という女性向けウェブサイト22の作成や「核セキュリティにおける女性イニシアティブ」を実施しています。また、原子力分野での女性の活躍を支援するため、学生向けのマリー・キュリー奨学金、若手職業人向けのリーゼ・マイトナー研修の2プログラムを設けています。2024年3月8日には国際女性デーを記念して400人を超える両プログラムの修了生がウィーンのIAEA本部に集い、ネットワークイベント「For More Women in Nuclear」が開催されました。我が国からもマリー・キュリー奨学金修了生が出席し、上坂原子力委員会委員長が開会パネルに参加しました。
これらの国際機関の活動のほか、1992年に設立された国際NPO23のWomen in Nuclear Global(WiN Global)には、145以上の国、地域、国際機関等が参加し、原子力分野に携わる女性を支援しています。毎年開催される年次大会では、研究成果、新技術、理解活動に関する情報交換を行うほか、国際会議における専門家集団としての提言、SNSを活用した情報発信等を行っています。2024年10月の第31回WiN Global年次大会はメキシコで開催され、30以上の国からの参加者がエネルギー転換を主題に議論が行われました。我が国においても、WiN Globalの日本支部であるWiN-Japanが、女性や次世代層を重点対象とした原子力・放射線利用への理解促進活動や、気候変動、ジェンダーバランス等に関する活動を実施しています。
このような取組が世界及び我が国で進められている一方で、我が国の原子力産業界では、高齢化や人材の減少が生じており、更なる女性の活躍が求められています。また、東京電力福島第一原子力発電所の廃炉や放射性廃棄物の処理・処分といった課題を抱えている原子力分野では、それらの課題を解決する上でもイノベーションが重要です。そのためには、組織や専門分野、性別の枠を超えた多種多様な人材を確保するための取組を産学官が一体となって促進していく必要があるといえます。
図 9-15 ロールモデル集第3版の表紙(出典)日本原子力学会ダイバーシティ推進委員会,ロールモデル集,日本原子力学会ウェブサイト(2017年)
図 9-16 OECD/NEAハイレベルグループ第2回会合(出典)岡田委員の原子力部門におけるジェンダーバランスの改善に関するOECD/NEA ハイレベルグループ(HLG-GB)会合参加(2024年9月18-20日),原子力委員会ウェブサイト(2024年)
コラム ~ダイバーシティの推進-日本及び諸外国の状況~
原子力技術の維持・発展には、新しい人材の確保及び育成は不可欠です。原子力分野において多様な人材が働きやすい環境の下にその能力を発揮できるように、我が国及び諸外国ではダイバーシティ推進に関する様々な取組が実施されています。
日本原子力学会のダイバーシティ推進委員会は、「ダイバーシティ推進に関する提言」の中で、人材育成は最重要課題であり、性別・国籍・年齢などの違いにとらわれず、多様性を認め合い、尊重し合う研究者、専門家の育成に取り組んでいく必要がある、と提言しています。福井大学はダイバーシティ推進に係る公開講座やシンポジウムを開催しており、2024年12月には岡田原子力委員会委員(当時)が「原子力分野に女性を増やす世界的な試み -なぜ原子力分野に女性が必要なのか-」と題して講演しました。
米国原子力学会(ANS注1)は、ダイバーシティに関するネットワークイベントの主催を始め、原子力分野における女性研究者の表彰や、多様な参加者が学会参加するための補助金の設置を実施しています。
英国では、WiN Globalの英国支部であるWiN UKと政府が連携して、原子力産業における上級管理職に占める女性の割合を増やす取組を実施しています。また、WiN UKは2019年に政府と産業界のパートナーシップ組織である原子力スキル戦略グループ(当時)と協力して、2030年に向けたジェンダーロードマップ「Nuclear Sector Gender Roadmap」を策定しています。
カナダでは、WiN Globalのカナダ支部であるWiN Canadaが原子力産業への女性の参画を支援しており、ジェンダーバランスの目標として「Gender Balance Roadmap」を2023年に提示しています。
IAEAは、2004年より約4年ごとに技術継承及び人材育成に関する国際会議注2を開催しています。2024年7月開催の同会議においては「Women in Nuclear IAEA」といったセッションが設けられ、原子力分野への女性の定着とキャリア開発のための戦略をテーマにパネルディスカッションが行われました。注1: American Nuclear Society
注2: International Conference on Nuclear Knowledge Management and Human Resources Development
脚注
- 基盤的施設・設備に関する取組については第8章8-3「基盤的施設・設備の強化」を参照
- 2023年5月に原子力基本法第2条の3第1号として追加(公布)、同年6月に施行
- https://jaif-bg.jp/
- Commercial Grade Dedication
- Advanced Nuclear Education Consortium for the Future Society
- 2019年に科学技術・学術審議会 研究計画・評価分科会 原子力科学技術委員会の下に設置
- PDF版 https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/housyasen/1410005_00004.html
- https://energy-kyoiku.meti.go.jp/teaching-materials/
- Junior Professional Officer
- International Atomic Energy Agency
- 2025年4月より「原子力人材育成・核不拡散・核セキュリティ総合支援センター」に改組
- Japan Nuclear Safety Institute
- https://www.ene100.jp/zumen
- https://jn-hrd-n.jaea.go.jp/
- 教育機関(27)、電気事業者等(14)、原子力関連企業(10)、研究機関・学会(10)、原子力関係団体(16)、行政機関(7)
- 原子力人材育成ネットワーク等がIAEAと共催している「Japan-IAEA原子力エネルギーマネジメントスクール」等の開催については、第3章3-2-1-3「原子力発電の導入に必要な人材育成の支援」を参照
- https://jn-hrd-n.jaea.go.jp/nhrdnPU/
- Kyoto University Critical Assembly、2025年3月時点で運転停止中、運転状況については第8章8-3-2「研究炉等の運転状況」を参照
- 2025年3月時点で111学協会が正式加盟、6学協会がオブザーバー加盟
- Organisation for Economic Co-operation and Development/Nuclear Energy Agency
- Science, Technology, Engineering and Mathematics
- https://www.iaea.org/about/overview/gender-at-the-iaea
- Non-profit Organization













