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7-2 様々な分野における放射線利用

 RIから放出される放射線や加速器、原子炉から取り出される放射線は、その特性を生かして先端的な科学技術、工業、農業、医療、環境保全、核セキュリティ等の様々な分野で利用されており、技術インフラとして国民の福祉や生活水準向上等に大きく貢献しています。加えて、物質の構造解析や機能理解、新元素の探索、重粒子線やα線放出RI等による腫瘍治療を始めとして、今後ますます発展していくことが見込まれます。国や大学、研究機関、民間企業が連携して、先端的な利用技術の研究開発や、そのための装置の開発が進められています。


(1)放射線の利用分野の概要

 放射線は、私たちの身近なところから広く社会の様々な分野で有効に利用されています(図 7-10)。我が国における2015年度の放射線利用(工業分野、医療・医学分野、農業分野)の経済規模は約4兆3,700億円と評価されています(図 7-9)。この経済規模は、放射線を利用したサービスの価格や放射線照射の割合を考慮した製品の市場価格等から推計したもので、放射線が国民の生活にどの程度貢献しているかを示す指標の一つと捉えることができます。
 IAEAが2021年9月に公表した原子力関連技術の動向に関する報告書「Nuclear Technology Review 2021」においても、放射線利用の技術動向が紹介されています。医療分野では、新型コロナウイルス感染症を始めとする感染症の検出や診断における放射性医薬品の役割や、治療時の線量評価等が挙げられています。また、農業分野では食品中の残留農薬測定が、環境保全分野では気候変動の影響に対処するためのRIを用いた有機炭素測定等が取り上げられています。


我が国における放射線利用の経済規模の推移

図7-9 我が国における放射線利用の経済規模の推移

(出典)内閣府作成



様々な分野における放射線利用の具体例

図7-10 様々な分野における放射線利用の具体例

(出典)原子力委員会「原子力利用に関する基本的考え方 参考資料」(2023年)に基づき作成


(2)工業分野での利用

① 材料加工

 放射線の照射により、強度、耐熱性、耐摩耗性等の機能性向上のための材料改質が行われています。例えば、自動車用タイヤの製造では、ゴムに電子線を照射することにより、強度を増しつつ、精度よく成形した高品質なラジアルタイヤが製造されています。特に利用規模が大きい半導体加工においても、電子線や中性子線等を照射することにより、特性の向上が行われています。また、宝石にγ線等を照射し色合いを変える改質処理も実施されています。

② 測定・検査

 部材や製品の厚さ、密度、水分含有量等の精密な測定や非破壊検査等において、放射線が利用されています。例えば、老朽化した社会インフラの保全において、コンクリート構造物の内部損傷や劣化状態を調べるため、放射線を用いた非破壊検査が行われています。製造工程管理、プラントの設備診断、エンジンの摩耗検査、航空機等の溶接部検査等にも広く利用されています。このような測定や検査に用いられるRI装備機器は、2019年3月時点で、厚さ計が2,357台、レベル計が1,235台、非破壊検査装置が971台設置されています。

③ 滅菌

 製品や材料にγ線や電子線を照射することにより、残留物や副生成物を残すことなく、確実に滅菌を行うことができます。そのため、注射針等の医療機器、化粧品の原料や容器、マスク等の衛生用品等の滅菌に広く利用されています。


(3)農業分野での利用

① 品種改良

 植物にγ線等を照射することにより多様な突然変異体を作り出し、その中から有用な性質を持つものを選抜することにより、効率的に品種改良を行うことができます(図 7-11)。これまでに、大粒でデンプン質が多く日本酒醸造に適した米、黒斑病に強いナシ、斑点落葉病に強いリンゴ、花の色や形が多彩なキクやバラ、冬でも枯れにくい芝等、多数の新品種が作り出されてきました。新品種は、農薬使用量の低減により環境負荷の低減や農業関係者の負担軽減につながるとともに、消費者の多様なニーズに合った商品開発にも貢献しています。
 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構では、多様な突然変異体を利用して有用遺伝子の探索や機能解析を進めるとともに、放射線育種場において、外部からの依頼による花きや農作物等への照射も行っています6。また、理化学研究所では、重イオンビームの照射による突然変異誘発技術を用いて、品種改良ユーザーと連携した新品種育成や遺伝子の機能解析等を行っています。


放射線照射による品種改良のイメージ

図7-11 放射線照射による品種改良のイメージ

(出典)バイオステーション「さまざまな品種改良の方法」及び国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構「放射線育種場」に基づき作成


② 食品照射

 食品や農畜産物にγ線や電子線等を照射することにより、発芽防止、殺菌、殺虫等の効果が得られ、食品の保存期間を延長することが可能です。我が国では、ばれいしょ(じゃがいも)の発芽防止のための照射が実用化されています。

③ 害虫防除

 害虫駆除の例として、不妊虫放飼法があります。これは、γ線照射によって不妊化した害虫を大量に野外に放つことにより、交尾しても子孫が生まれない確率を上げ、数世代かけて害虫の数を減少させ最終的に根絶させるという方法です。放飼法を実施している地域と実施していない地域との間で対象となる害虫の行き来がないこと等、成功させるための条件もありますが、殺虫剤で駆除しきれない場合にも駆除が可能となるという優れた特徴を持ちます。我が国では、沖縄県と奄美群島において、キュウリやゴーヤ等のウリ類に寄生するウリミバエの根絶が行われました。


(4)医療分野での利用

 医療分野では、診断と治療の両方に放射線が活用されています。診断では、レントゲン検査、X線CT7検査、PET8検査や骨シンチグラフィ等の核医学検査(RI検査)等が広く実施されています。治療では、高エネルギーX線・電子線治療、陽子線治療、重粒子線治療、ホウ素中性子捕捉療法、小線源治療、核医学治療(RI内用療法)等、腫瘍の効果的な治療に利用されており、今後の更なる進展が期待される領域の一つです。また、特に放射線治療分野では、医学、薬学、生物学、物理学、放射化学、工学等の多数の専門領域が関与しており、医師、診療放射線技師、看護師、医学物理士9等がそれぞれの専門性を生かして密接に連携することが求められます。

① 放射性同位元素(RI)による核医学検査・核医学治療

 核医学検査(RI検査)とは、対象となる臓器や組織に集まりやすい性質を持つ化合物にRIを組み合わせた医薬品を、経口や静脈注射により投与し、放出されるγ線をガンマカメラやPETカメラを用いて体外から検出し、画像化する検査方法です。γ線の分布や集積量等の情報から、病巣部の位置、大きさ、臓器の変化状態等を精度よく知り、様々な病態や機能を診断することができます。核医学検査では、内部被ばく線量を極力抑えるために、表 7-1に示すような半減期の短いRIが選択されます。


α線放出RIによる治療例

図7-12 α線放出RIによる治療例

(出典)第1回医療用等ラジオアイソトープ製造・利用専門部会資料3「医療用等ラジオアイソトープ(RI)製造・利用促進の検討について(案)」(2021年)


 核医学治療(RI内用療法、標的アイソトープ治療)とは、対象となる腫瘍組織に集まりやすい性質を持つ化合物にα線やβ線を放出するRIを組み合わせた医薬品を、経口や静脈注射により投与し、体内で放射線を直接照射して腫瘍を治療する方法(図 7-12)です。核医学治療では、周囲の正常な細胞に影響を与えないようにするために、放出される粒子の飛ぶ距離が短いRIが選択されます。表 7-1に示す国内承認済みの治療用のRIを用いた医薬品は保険診療に用いることが可能10となっており、その実績は増加傾向にあります(図 7-13)。また、アクチニウム225(Ac-225)やアスタチン211(At-211)のようなα線放出RIを用いたがん治療の研究等も進められています。
 一方で、精度の高い放射線治療の更なる推進に向けて、放射線療法を担う専門的な医療従事者の育成に課題があることから、「第4期がん対策推進基本計画」(2023年3月閣議決定)では、粒子線治療を含む高度な放射線治療に係る安全性・有効性等の検証を進めるとともに、粒子線治療施設の効率的かつ持続可能な運用について検討するとしています。


表7-1 代表的な核医学用RIと種類

代表的な核医学用RIと種類

(出典)「医用工学ハンドブック」(エヌ・ティー・エス)(2022年)


非密封RIを用いた核医学治療件数(年間)の推移

図 7-13 非密封RIを用いた核医学治療件数(年間)の推移

(出典)第12回原子力委員会 公益社団法人日本アイソトープ協会「核医学診療の現状と課題」(2021年)、公益社団法人日本アイソトープ協会「第8回全国核医学診療実態調査報告書」(2018年)に基づき作成


コラム ~アスタチン211(At-211)に係る国際協力に向けたIAEA総会サイドイベント~

上坂原子力委員長による開会挨拶

上坂原子力委員長による開会挨拶

(出典)第44回原子力委員会資料第2号 内閣府「国際原子力機関(IAEA)第66回総会内閣府主催サイドイベントの結果報告」(2022年)


 2022年9月に、原子力委員会の主催により、第66回IAEA総会サイドイベント「α線薬剤の開発とアイソトープの供給-アスタチン211と国際機関における役割の可能性-」がハイブリッド形式で開催されました。各国・地域及び国際機関から約240名が参加し、IAEA、日本(大阪大学及び住友重機械工業、福島県立医科大学)、米国・欧州の製造・供給網の代表者、At-211の製造・研究開発について先進的な取組を推進している各国研究者から、At-211の製造・供給に関する取組状況等の共有が行われました。サイドイベントの総評として、IAEA物理化学部門のメリッサ・デネケ部長は、各国の地域的な取組が連結し一層の研究の発展につながることへの期待を表明するとともに、IAEAが国際的なネットワークを提供することができれば議論の場や共同研究の発出点として使えることを述べました。これを契機に、At-211を始めとするα線放出RIを用いた医薬品の研究や医療応用について、国際連携が進展することが期待されます。

② 中性子線ビームを利用したホウ素中性子捕捉療法(BNCT)

 BNCTは、中性子線を利用して腫瘍を治療する方法です(図 7-14)。BNCTではまず、中性子と核反応(捕獲)しやすいホウ素を含み悪性腫瘍に集まる性質を持つ医薬品を、点滴により投与します。その後、患部にエネルギーの低い中性子線を照射すると、中性子は医薬品の集積していない正常な細胞を透過しますが、医薬品の集積した悪性腫瘍の細胞では医薬品中のホウ素により中性子が捕獲されます。中性子を捕獲したホウ素は分裂してリチウム7(Li-7)とα線を放出し、これらが悪性腫瘍の細胞を攻撃します。Li-7とα線が放出される際に飛ぶ距離はごく短く、一般的な細胞の直径を超えないため、悪性腫瘍の細胞のみを選択的に破壊することができます。
 以前は中性子源を原子炉に依存していたため普及に制限がありましたが、病院内に設置できる加速器を用いた小型BNCTシステムの開発が進められ、医療機器として実用化されています(図 7-15)。臨床試験も数多く実施されており、2020年6月には、一部の腫瘍11を対象として保険適用が開始されました。


BNCTのイメージ

図7-14 BNCTのイメージ

(出典)内閣府作成



BNCT治療システム (南東北BNCT研究センターの例)

図7-15 BNCT治療システム (南東北BNCT研究センターの例)

(出典)総合南東北病院 広報誌SOUTHERN CROSS Vol.87「究極のがん治療 ホウ素中性子補足療法(BNCT)」


③ 粒子線治療(陽子線治療、重粒子線治療)

 粒子線の照射による腫瘍の治療として、水素原子核を加速した陽子線を利用する陽子線治療と、ヘリウムよりも重い原子核(一般に治療に利用されているのは炭素原子核)を加速した重粒子線を利用する重粒子線治療が行われています。照射された粒子線は、体内組織にあまりエネルギーを与えず高速で駆け抜け、ある深さで急に速度を落とし、停止する直前に周囲へ与えるエネルギーがピークになる性質があります。そのため、ピークになる深さをコントロールすることにより、がん細胞を集中的に攻撃することができます。また、重粒子線には生物効果(殺細胞効果)や直進性が高いという優れた特性がありますが、治療装置が大型であるため、量研では「量子メス12」と呼ばれる小型治療装置の研究開発が進められています。2022年5月、量研は、量子メスを構成する主要装置の1つである、マルチイオン源13の開発に世界で初めて成功したと発表しました(図 7-16)。

 陽子線治療、重粒子線治療ともに、一部14は保険適用対象となっており、また、先進医療として実施されているものもあります。2022年4月には粒子線治療の保険適用範囲が拡大されました。粒子線治療を実施している医療機関は、図 7-17のとおりです。


量子メスの構想図

図7-16 量子メスの構想図

(出典)量子科学技術研究開発機構ウェブサイト「量子メス研究プロジェクト」


我が国において粒子線治療を実施している医療機関(2023 年3 月末時点)

図7-17 我が国において粒子線治療を実施している医療機関(2023 年3 月末時点)

(出典)厚生労働省「先進医療を実施している医療機関の一覧」に基づき作成


コラム ~重粒子線治療の全身被ばくを高精度に評価するシステムの開発~

 放射線治療では腫瘍領域以外の正常組織への照射を完全に無くすことはできず、2次がん15などの副作用が発生するリスクがあります。2次がんなどの確率的に非常に低い割合で起きる晩発の副作用の原因を究明するには、患者体内の詳細な被ばく線量分布を基に、臓器ごとの被ばくの程度と副作用の発生確率を膨大な数の患者に対して調べる必要があります。重粒子線治療はX線やγ線の治療に比べて2次がんの発生率が有意に低いとの報告があるものの、統計的に十分な症例データに対して正常組織への被ばく線量を調べるシステムがなく、定量的な評価がされていませんでした。
 原子力機構と量研では重粒子線治療後の副作用の発生原因の調査に必要となる詳細な被ばく線量データを取得するため、治療部位から遠く離れた正常組織を含む全身の正確な線量分布を評価できるシステム(RT-PHITS for CIRT16)の開発を行いました。本システムは、重粒子線治療の治療計画データから治療時の照射体系の再構築に必要な情報を抽出し、コンピュータ上の仮想空間に再現し、原子力機構が中心となって開発したモンテカルロ放射線挙動解析コードPHITS17を用いて、照射体系内の重粒子線及び2次粒子の挙動を正確にシミュレーションします。これにより、患者全身の詳細な線量分布の評価を実現しました。また、治療計画データを直接読み込み、線量分布を自動的に計算するシステムも構築でき、膨大な数の患者データの処理が可能です。
 本システムは、世界最多の重粒子線治療実績がある量研で、過去の重粒子線治療の再評価に活用される予定です。評価結果を治療後の疫学データと組み合わせることで、2次がんなどの放射線治療後の副作用と被ばく線量の相関関係を明らかにすることができます。この再評価を通して重粒子線治療の2次がん発生率の低い理由や放射線治療における副作用の発生の仕組みを究明し、現状の腫瘍周辺のみの線量を評価する治療計画を超えて、将来的な副作用の発生リスクの低減を考慮した新たな放射線治療計画の作成に寄与することが期待されます。


線量評価システムの役割イメージ図

線量評価システムの役割イメージ図

(出典)原子力機構「重粒子線治療の全身被ばく線量評価システムが完成-過去の重粒子線治療の症例から学び、未来の放射線治療に活かす-」(2022年)

(5)科学技術分野での利用

 科学技術分野では、構造解析、材料開発、追跡解析、年代測定等に放射線が利用されており、物質科学、宇宙科学、地球科学、考古学、環境科学、生命科学等とも接点があり、境界領域や融合領域の発展が期待されます。また、高エネルギー物理、原子核物理、中性子科学等における新たな発見のためにも、放射線(特に量子ビーム)が利用されています。量子ビームは、電子、中性子、陽子、重粒子、光子、ミューオン、陽電子等を細くて強いビームに整えたものの総称です。それぞれの線源と物質との相互作用の特徴を生かして、物質の構造や反応のメカニズムの解析等が行われています。これにより物質科学や生命科学が発展し、様々な分野へ応用され、イノベーションを生み出しています。量子ビームを取り出すことができる加速器施設や原子炉施設(量子ビーム施設)は、図 7-18のとおりです。


我が国の主な量子ビーム施設

図7-18 我が国の主な量子ビーム施設

(出典)文部科学省提供資料


 また、文部科学省の量子ビーム利用推進小委員会では、2021年2月に公表した「我が国全体を俯瞰した量子ビーム施設の在り方(とりまとめ)」を踏まえ、量子ビーム連携プラットフォームの構築・推進、各施設におけるDXの推進、人材育成等の政策の具体化等について検討を進めることとしています。2022年には計4回の会議が開催され、官民地域パートナーシップによる次世代放射光施設の推進の中間評価や大強度陽子加速器施設(J-PARC18)中間評価フォローアップ等についての議論がなされました。

① 中性子線ビームの利用

 大強度パルス中性子源19を使ったビーム利用実験が可能な代表的な施設に、大強度陽子加速器施設J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF20)があります。
 MLFには、中性子線を利用する装置だけでなく、ミューオンを取り出して利用する装置もあります。ミューオンは電子と同じ仲間の素粒子で、電磁的な相互作用をします。ミューオンの特性を利用した研究手法21は、物質の磁気的な性質や物質中に存在する微量の水素原子の存在状態の探索等の物質研究において非常に有効なツールとなっています(図 7-19)。
 MLFを利用した研究の一例として、中性子やミューオンの特長を生かしたリチウムイオン電池の研究開発があります。電池の大容量化、劣化、安全性に関する研究開発は、電気自動車や再生可能エネルギーの普及のために重要な役割を果たします。


J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)の実験装置配置概要

図7-19 J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)の実験装置配置概要

(出典)J-PARCセンター提供資料


 また、中性子ビーム利用を主目的とした施設として、「もんじゅ」サイトを活用した新たな試験研究炉の検討が進められています。2022年12月には、新たな試験研究炉計画の詳細設計段階以降における実施主体として原子力機構が選定されました。

② 放射光の利用

 大型放射光源を使ったビーム利用実験が可能な代表的な施設に、大型放射光施設SPring-822があります。SPring-8は、微細な物質の構造や状態の解析が可能な世界最高性能の放射光施設であり、生命科学、環境・エネルギーから新材料開発まで広範な分野において、先端的・革新的な研究開発に貢献しています。SPring-8の研究成果として、比較的波長の長いX線(軟X線)ナノビームを用いた磁石の結晶構造解析があります。資源が中国等に偏在する貴重な希土類元素を用いない高性能永久磁石の開発に向けて、成果を上げています。また、極めて短い時間間隔での分析が可能なX線吸収微細構造(XAFS23)測定により、粘土鉱物へのセシウム取り込み過程を追跡する福島環境回復研究も行われています。燃料デブリの形成過程を詳細に解明するためにも放射光が用いられており、東電福島第一原発の安全な廃炉作業を支援しています。なお、理化学研究所では、現行のSPring-8の100倍以上の輝度を実現する次期計画「SPring-8-II」の概念設計書がウェブサイトに公開されています。
 また、X線自由電子レーザー24(XFEL25)施設SACLA26は、非常に高速のパルス光を利用できるため、X線による試料損傷の影響の低減が期待できるとともに、物質を原子レベルの大きさで、かつ非常に速く変化する様子をコマ送りのように観察することが可能です。SACLAの研究成果として、光合成による水分解反応を触媒する光化学系Ⅱ複合体(PSII27)の構造解明研究があります。この研究成果は人工光合成開発への糸口となるもので、エネルギー、環境、食糧問題解決への貢献が期待されています。

次世代放射光施設の完成イメージ

図7-20 次世代放射光施設の完成イメージ

(出典)一般財団法人光科学イノベーションセンター提供資料


 さらに、次世代放射光施設(軟X線向け高輝度3GeV級放射光源)の整備に向け、官民地域パートナーシップにより、2023年度の稼働開始を目指して建屋工事や機器の製作、線量評価が行われています(図 7-20)。同施設は、物質の構造解析に加え、機能に影響を与える電子状態等の詳細な解析が可能であるという特徴を持ちます。創薬、新たな高活性触媒、磁石やスピントロニクス素子等の研究開発への利用が期待されています。また、これまで放射光と縁がなかった企業や学術研究機関がイノベーションを起こすために次世代放射光施設を活用するための仕組みとして、コアリション(有志連合)が結成され、活用の準備が進められています(図 7-21)。2022年6月にはこの次世代放射光施設の愛称「NanoTerasu」が発表されました。


NanoTerasu 官民パートナーシップ

図7-21 NanoTerasu 官民パートナーシップ

(出典)文部科学省 NanoTerasu(次世代放射光施設)の利活用の在り方に関する有識者会議(第1回) 資料2


③ RIビームの利用

 RIビームを使ったビーム利用実験が可能な代表的な施設に、理化学研究所のRIビームファクトリーがあります。RIビームファクトリーは、水素からウランまでの全元素のRIを、世界最大の強度でビームとして発生させる加速器施設です(図7-22)。宇宙における元素の起源や生成、素粒子の振る舞いの解明等の学術的、基礎的な研究から、植物の遺伝子解析による品種改良技術への適用、RI製造技術の高度化研究等の応用・開発研究まで、幅広い領域での活用が進められています。


RIビームファクトリー

図7-22 RIビームファクトリー

(出典)第24回原子力委員会資料第2号 理化学研究所仁科加速器科学研究センター 櫻井博儀「理化学研究所でのRI製造の取り組み」(2021年)


 RIビームファクトリーを利用した大きな研究成果として、新元素「ニホニウム」の発見があります。これは、RIビームファクトリーで合成に成功した原子番号113の元素であり、理化学研究所を中心とする研究グループが新元素の命名権を獲得したものです。


コラム ~放射光施設を活用した高レベル放射性液中の元素の分別に向けた取組~

 放射性廃棄物の地層処分の負担を減らすためは、長期的な有害性が高い放射性元素(特にアクチノイド28元素の一つであるアメリシウム)を放射性廃棄物から分別することが重要です。高レベル放射性廃液に含まれるアクチノイドやランタノイド29と呼ばれる元素群は化学的な性質がほぼ同じため、通常の化学的な手法で分別することは困難です。一方、各元素は吸収する光の波長が異なるため、光吸収により元素を選んでエネルギーを付与できます。この特徴が分別に役立つのではないかと考えられましたが、単純な光吸収ではエネルギーが足りないため化学反応を誘起できず分別の原理としては不完全でした。


光反応の起点となる錯体構造の理論予想

光反応の起点となる錯体構造の理論予想

(出典)原子力機構「高レベル放射性廃液中の元素を光で選別、分別回収の革新的原理を実証-デザインされた光により、光反応の元素選択性と反応性を両立させることに成功-」(2022年)


 原子力機構は、アメリシウムに特徴的な吸収波長のレーザーを硝酸水溶液中のアメリシウムに照射することにより酸化反応が誘起されることを見いだしました。また、反応には硝酸イオンが必要なことを見いだすとともに、生成物分析の結果から酸化反応が起きていることを明らかにしました。さらに、ランタノイド共存下でアメリシウムだけを選択的に酸化し、その溶液を溶媒抽出することにより、酸化されたアメリシウムとランタノイドをきれいに分離できることを実証しました。この反応の仕組みを解明するために、大型放射光施設SPring-8における放射光X線吸収分光及び原子力機構の大型計算機による量子化学計算を行い、光吸収後の電子の振る舞いを明らかにしました。放射光分析と量子化学計算の結果、今回の光反応の出発物質である錯体の安定構造の予想がなされています。
 これらの結果は、今回の手法が放射性廃棄物の分別原理として新たな選択肢となりうることを示唆しています。また、アメリシウム以外のランタノイド・アクチノイドに対しても有効な選別原理になると考えられるため、希少金属の再利用を促進する超高純度精製法への発展が期待できます。持続可能な資源循環型社会の実現に貢献する日本発の新技術が誕生する可能性があります。



  1. 放射線育種場は2022年度で照射業務を終了し、2022年12月に外部からの依頼受付を終了。
  2. Computed Tomography(コンピュータ断層撮影)
  3. Positron Emission Tomography(陽電子放出断層撮影)
  4. 放射線医学における物理的及び技術的課題の解決に先導的役割を担う者。一般財団法人医学物理士認定機構による認定資格。
  5. I-131、Y-90、Ra-223、Lu-177を用いた医薬品は、医療機関等で保険診療に用いられる医療用医薬品として、薬価基準に収載されている品目リスト(2023年4月1日時点)に掲載。なお、ストロンチウム89(Sr-89)を用いた医薬品「メタストロン注」については、2007年に薬価基準に収載されたものの、製造販売終了に伴い2020年4月1日以降は除外。
  6. 切除不能な局所進行又は局所再発の頭頸部癌。
  7. https://www.qst.go.jp/site/qst-kakushin/39695.html
  8. 現在の炭素イオンビームを用いた重粒子線治療を高度化して、ネオン、酸素、ヘリウムといった複数のイオンによるマルチイオン治療を可能とするマルチイオン源。量子メスでは、腫瘍の悪性度に応じて最適な種類のイオンビームを組み合わせて用いるマルチイオン治療により、細胞殺傷効果を更に高めつつも副作用を低減することが期待されている。
  9. 2022年4月1日時点における保険適用の範囲は以下のとおり。 重粒子線治療:手術による根治的な治療法が困難である限局性の骨軟部腫瘍、頭頸部悪性腫瘍(口腔・咽喉頭の扁平上皮癌を除く。)、手術による根治的な治療法が困難である肝細胞癌(長径4センチメートル以上のものに限る。)、手術による根治的な治療法が困難である肝内胆管癌、手術による根治的な治療法が困難である局所進行性膵癌、手術による根治的な治療法が困難である局所大腸癌(手術後に再発したものに限る。)、手術による根治的な治療法が困難である局所進行性子宮頸部腺癌又は限局性及び局所進行性前立腺癌(転移を有するものを除く。)に対して根治的な治療法として行った場合。 陽子線治療:小児腫瘍(限局性の固形悪性腫瘍に限る。)、手術による根治的な治療法が困難である限局性の骨軟部腫瘍、頭頸部悪性腫瘍(口腔・咽喉頭の扁平上皮癌を除く。)、手術による根治的な治療法が困難である肝細胞癌(長径4センチメートル以上のものに限る。)、手術による根治的な治療法が困難である肝内胆管癌、手術による根治的な治療法が困難である局所進行性膵癌、手術による根治的な治療法が困難である局所大腸癌(手術後に再発したものに限る。)又は限局性及び局所進行性前立腺癌(転移を有するものを除く。)に対して根治的な治療法として行った場合。
  10. 最初のがんが治癒して5~10年後以降に、1次がんとは異なる種類(起源)の細胞ががんになる場合、2次がんという。
  11. Radio Therapy package based on PHITS for Carbon Ion Radio Therapy
  12. 任意の3次元体系中の様々な放射線の挙動を最新の核データや核反応モデルを用いてシミュレーションする汎用のモンテカルロ放射線挙動解析コード。
  13. Japan Proton Accelerator Research Complex
  14. 100万分の1秒等の短い時間(パルス)に極めて大きなエネルギーを持った(大強度)中性子を繰り返し発生させる装置。
  15. Materials and Life Science Experimental Facility
  16. ミューオンスピン回転・緩和・共鳴法(μSR)。
  17. Super Photon ring-8 GeV
  18. X-ray Absorption Fine Structure
  19. X線でのレーザーを作る方式の一つ。従来の物質中での発光現象を使う方式ではなく、電子を高エネルギー加速器の中で制御して運動させ、それから出る光を利用する方式で、原子からはぎ取られた自由な電子を用いてX線レーザーを作ることがX線自由電子レーザーと呼ばれる由来。
  20. X-ray Free Electron Laser
  21. SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser
  22. Photosystem II
  23. 原子番号89から103の元素。不安定な放射性物質として存在し、原子炉や加速器で人工的に作られるものが大部分を占める。
  24. 原子番号57から71の元素。プロメチウム以外は安定元素として天然に存在し、希少資源として磁石などに産業利用されている。ウランの核分裂で生成する元素もある。

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