1-3 過酷事故の発生防止とその影響低減に関する取組
国民の安全を確保する上で、多量の放射性物質が環境中に放出される事態を招くおそれのある過酷事故の発生を防止すること及び万が一発生してしまった場合の影響を低減することは非常に重要です。現在、原子力事業者等は、新規制基準を踏まえた過酷事故対策を講じるとともに、国や研究開発機関を含む原子力関係機関は、過酷事故に対する理解を深め、更なる安全対策に生かすための研究開発を進めています。
(1)過酷事故対策
事故の教訓を踏まえ、原子力事業者等は、過酷事故の発生を防止するための対策や、万が一事故が発生した場合でも事故の影響を低減するための対策を新たに講じています(図1-11、図1-12)。津波への対策としては、発電所敷地内への津波の浸入を防ぐための防潮堤を設置するとともに、防潮堤を超える高さの津波によって敷地内が浸水した場合でも建物内の重要な機器やエリアの浸水を防止するための防潮壁、水密扉を設置しています。
![]()
図1-11 東京電力柏崎刈羽原子力発電所の防潮堤、防潮壁・防潮板
(出典)東京電力「津波による浸水防止」[80]
また、大規模な地震による送電鉄塔の倒壊や津波による発電所内非常用電源の浸水を想定し、敷地内の高台に配備された発電機車や電源車から発電所に電源を供給するなど、電源設備の多重化・多様化も行っています。さらに、全ての電源が失われた場合でも原子炉や使用済燃料プールを冷却し続けるための多様な注水設備や手段を確保しており、非常時には発電所の外から予備タンクや貯水池、海水を水源としたポンプ車による発電所内への注水を行うことができます。
炉心を冷却し続けることができず、燃料が損傷に至った場合を想定した対策も講じられています。格納容器や原子炉建屋内での水素爆発を防止するための対策として、水素と酸素を結合させて水蒸気にする静的触媒式水素再結合装置や、短時間のうちに多量に発生した水素を計画的に燃焼し除去する電気式水素燃焼装置を設置しています。また、格納容器内の気体を排出し圧力を下げることで格納容器の過圧による破損を防止するフィルタベント設備を設置しています。気体に含まれる放射性物質はフィルタで除去されるため、周辺環境の土壌汚染は大幅に抑制されます。さらに、原子炉建屋や格納容器が破損した場合でも、屋外に配備した放水設備から破損箇所に向けて大量の水を放出することで放射性物質の大気への拡散を抑制します。発電所敷地内には、このような対策の実行に必要となる人や車両の通路を確保するため、地震や津波によって散乱した瓦礫等を撤去するための重機も配備しています。
意図的な航空機の衝突等のテロリズムへの対策として、特定重大事故等対処施設も設置が進められています。同施設は、テロ行為によって炉心が損傷した場合でも、放射性物質の異常な放出を抑制するため、原子炉建屋とは離れた場所に設置され、炉心や格納容器内への注水設備、電源設備、通信連絡設備を格納するものです。また、これらの設備を制御するための緊急時制御室も備えています。
![]()
図1-12 過酷事故の影響を低減するための対策例
(出典)東京電力「柏崎刈羽原子力発電所における福島第一原子力発電所事故の教訓をふまえた対策について」(2016年)[81]
コラム ~東北電力株式会社女川原子力発電所の安全性向上対策~
東北電力株式会社女川原子力発電所では、東日本大震災発生時に運転中であった1~3号機の原子炉が安全に冷温停止しましたが、東電福島第一原発事故の教訓を踏まえ、更なる安全性向上に取り組んでいます。安全性向上対策は主に「地震・津波への対策」、「電源の確保対策」、「冷却機能の確保対策」、「閉込機能の確保対策」、「事故対応の基盤整備」、「地震・津波以外のさまざまなリスク事象への対策」に分けられます。
東電福島第一原発事故の原因であると考えられている津波の対策として、最新の知見を踏まえて津波の高さを最大23.1mと想定し、国内最高レベルとなる海抜29mの防潮堤を設置しています。なお、東日本大震災で東北電力株式会社女川原子力発電所に到達した津波の高さは約13mでした。また、原子炉を冷やすために必要な電源の確保対策として、外部電力や原子炉建屋内の非常用ディーゼル発電機が使用できなくなった場合に備えてガスタービン発電機や電源車を整備しています。電源を喪失した場合でも原子炉を冷やし続けることができるように、電気がなくても蒸気で駆動するポンプや、送水ポンプ車が設置されました。万が一事故が起きた場合にも備えて、事故の影響を抑える対策や、事故に対応する基盤の整備、事故を想定した訓練が行われています。例えば、放射性物質の環境中への拡散を抑制するために、放水砲やシルトフェンスが配備されています。
これらの安全性向上対策を踏まえて、東北電力株式会社女川原子力発電所は2020年2月26日に原子力規制委員会から設置変更の許可を受けました。
![]()
東北電力株式会社女川原子力発電所における安全性向上対策の例
(出典)東北電力株式会社「女川2号機の主な安全対策」 [82]
(2)過酷事故に関する原子力安全研究
① 原子力規制委員会における安全研究
原子力規制委員会は、過酷事故研究を通じて、新規制基準に基づき原子力事業者等が策定した過酷事故対策の妥当性を審査する際に必要となる技術的知見や評価手法を整備し、関連する規格基準類に反映しています。
過酷事故時に発生する物理化学現象の中には、予測や評価に大きな不確実性を伴う現象が存在します。原子力規制委員会は、これらの重要な現象を解明し、最新の知見を拡充するための研究に取り組んでいます。特に、過酷事故時の格納容器内における水素等の気体の水スプレイによる攪拌挙動(図1-13)、格納容器内に落下した溶融炉心がコンクリートを侵食する反応(MCCI35)、溶融炉心の冷却性等について、関係機関と協力し、国内外の施設を用いた実験を行っています。実験で得られた知見は、過酷事故時の安全性を評価するための解析コードの開発や精度向上、確率論的リスク評価(PRA36)手法の高度化に活用しています。また、OECD/NEAが行うARC-F等の国際共同プロジェクトに参加し、国内外の専門家から最新の情報を収集しています。なお、原子力機構は、原子力規制委員会によるこれらの実験や研究の一部を実施しており、科学的・合理的な規制の構築に貢献しています。![]()
図1-13 大型格納容器実験装置による熱流動実験の概要
(出典)原子力規制委員会「平成29年度安全研究計画」(2017年)[83]に基づき作成
② 経済産業省における安全研究
経済産業省は、「軽水炉安全技術・人材ロードマップ」の中で優先度が高いとされた課題の解決に向けた技術開発を支援しています。過酷事故が発生した場合でも事故対応のための猶予期間を確保するため、過酷事故条件下でも損傷しにくい新型燃料部材の開発に取り組んでいます。また、原子力発電所の包括的なリスク評価手法の高度化のため、地震や津波を対象とした確率論的リスク評価(PRA36)手法の高度化にも取り組んでいます。③ 文部科学省における安全研究
文部科学省は、原子力機構が所有する研究施設を活用し、過酷事故を回避するために必要となる安全評価用データの取得や安全評価手法の整備に取り組んでいます。原子炉安全性研究炉(NSRR37)では、試験燃料棒が破損する様子を観察することで、燃料破損メカニズムを解明し、過酷事故への進展防止等の検討に必要な知見を取得しています。④ 原子力機構における安全研究
原子力機構では、独立性の高い規制支援機関としての安全研究センター、廃炉国際共同研究センター(CLADS38)が過酷事故研究に取り組んでいます。安全研究センターは、多様な施設を活用した実験(図1-14)を通じて、原子力規制委員会への技術的支援や長期的視点から先導的・先進的な安全研究を実施しており、過酷事故の防止や影響緩和に関する評価、放射性物質の環境への放出とその影響に関する研究について重点的に取り組んでいます。また、廃炉国際共同研究センターは、東電福島第一原発の廃炉に向けた研究の一環として、事故進展解析による炉内状況の把握、燃料の破損・溶融挙動の解明、溶融炉心・コンクリート反応による生成物の特性把握、セシウム等の放射性物質の化学挙動に関する知見の取得に取り組んでいます。これらの成果の一部は、現行の過酷事故用解析コードの高度化や事故対策の高度化等、将来の安全研究に役立てることとなっています。![]()
図1-14 原子力機構の研究を支える主な施設
(出典)第5回原子力委員会資料1号 原子力機構「安全研究センターの研究活動について」(2019年) [84]
⑤ 電力中央研究所における安全研究
一般財団法人電力中央研究所の原子力リスク研究センター(NRRC39)は、原子力事業者等の安全性向上に向けた取組を支援するため、PRA 手法やリスクマネジメント手法に関する研究を実施しています。過酷事故状況下における運転員による機器操作等の信頼性評価や過酷事故時に放出される放射性物質による公衆や環境への影響の評価に関する技術開発に取り組むとともに、地震、津波、竜巻、火山噴火等の外部事象に対する原子力施設のフラジリティ(地震動の強さに対する機器、建物・構築物等の損傷確率)評価手法の開発も進めています。コラム ~OECD/NEAによる過酷事故研究の取組~
OECD/NEAでは、我が国を含めた各国の関係機関が参加し、過酷事故に関する現象の解明や事故の防止・緩和に関する国際共同研究プロジェクトが実施されています。 進行中の主な過酷事故関連プロジェクト 過去の報告書等 東電福島第一原発事故のベンチマーク研究(BSAF)プロジェクトフェーズ2※
シビアアクシデントの不確実性低減プロジェクト(ROSAU40)
―
燃料デブリの分析に関する予備的研究(PreADES41)※
原子炉建屋内及び格納容器内の調査結果の分析(ARC-F42)
―
福島第一原子力発電所の事故進展シナリオ評価に基づく燃料デブリと核分裂生成物の熱力学特性の解明に係る協力プロジェクト(TCOFF43)※
ヨウ素挙動プロジェクト(BIP44)フェーズ3
ソースターム評価・緩和プロジェクト(STEM45)フェーズ2
原子力安全のための水素影響緩和試験プロジェクト(HYMERS46)フェーズ2
熱水力、水素、エアロゾル及びヨウ素挙動に関するプロジェクト(THAI47)フェーズ3
事故シミュレーションのための先進的な熱水力試験ループプロジェクト(ATLAS48)フェーズ2
一次冷却系ループ試験設備プロジェクト(PKL49)フェーズ4
スタズビック被覆管健全性プロジェクト(SCIP50)フェーズ3
(出典)Nuclear Energy Agency「2018NEA Annual Report」(2019年) [97]、Nuclear Energy Institute「NEA joint projects」 [98]、原子力機構「OECD/NEA 国際共同研究プロジェクト「福島第一原子力発電所の原子炉建屋および格納容器内情報の分析(ARC-F)」を開始」 [99]に基づき作成
東電福島第一原発の事故や廃炉戦略に関連する代表的なプロジェクトとしては以下があります。
- 東電福島第一原発事故のベンチマーク研究(BSAF)プロジェクト
東電福島第一原発事故時の挙動データと各種の過酷事故進展解析コードの比較・検証を行っています。フェーズ1では、13種類の過酷事故進展解析コードを用いて事故後6日間の原子炉容器内の状況の解析を行い、予測精度向上のための課題が抽出されました。フェーズ2が2015年から始まり、フェーズ1の結果を踏まえ事故後3週間までの解析を行い、燃料デブリの位置等の評価を行っています。- 燃料デブリの分析に関する予備的研究(PreADES)
東電福島第一原発事故に関連する安全研究の知識ギャップを埋めるための研究課題の抽出を目的に、2013年から2016年にかけて「東電福島第一原発事故後の安全研究の可能性に関する上級タスクグループ(SAREF51)」が実施されました。PreADESは、SAREFを通じて提案された短期プロジェクトの一つで、燃料デブリの分析に関する知見や方法論を向上させるために必要な情報の収集等を目的としています。- 福島第一原子力発電所の事故進展シナリオ評価に基づく燃料デブリと核分裂生成物の熱力学特性の解明に係る協力プロジェクト(TCOFFプロジェクト)
2017年6月にプロジェクトを立ち上げ、燃料デブリや核分裂生成物等の化学反応に関する基礎データを収集し、燃料デブリや事故進展挙動の解析に適した熱力学データベースの整備に取り組んでいます。燃料デブリの取り出しだけでなく、既存解析コードの精度向上等の成果も期待されています。(3)過酷事故・防災プラットフォーム
これまでの我が国における過酷事故に関する安全研究では、原子力関連機関の連携や協働の取組が十分とはいえず、研究を通じて得られた知見や知識が組織ごとに存在している状況でした。そのため、「原子力利用に関する基本的考え方」(2017年7月原子力委員会決定、政府として尊重する旨閣議決定)を踏まえ、原子力機構を幹事機関として、「過酷事故・防災プラットフォーム」が発足しました。プラットフォームでは、関係各機関の協力の下、国内外の最新の知見を収集・共有し、報告書・解説・研修資料等として公開すること等を目的とした活動が行われています。
SA52アーカイブズ(軽水炉過酷事故技術資料)は、過酷事故の推移や個別現象、その影響と対策を俯瞰的に理解すること、また、これらを体系的に学習する研修資料とすることを目的とし、原子力機構を中心に複数の原子力関連機関による整備が進められています。プラットフォームには、このような関係者による共同作業や情報交換を通じて、人材育成の促進、ニーズ対応型の研究開発の創出・促進、情報公開を通じた国民理解の促進、知識基盤の構築・強化、根拠情報の明示・俯瞰等の成果が期待されています。
- Molten Core Concrete Interaction
- Probabilistic Risk Assessment
- Nuclear Safety Research Reactor
- Collaborative Laboratories for Advanced Decommissioning Science
- Nuclear Risk Research Center
- Reduction Of Severe Accident Uncertainties
- Preparatory Study on Analysis of Fuel Debris
- Analysis of Information from Reactor Building and Containment Vessel and Water Sampling in Fukushima Daiichi Nuclear Power Station
- Thermodynamic Characterisation of Fuel Debris and Fission Products Based on Scenario Analysis of Severe Accident Progression at Fukushima Daiichi Nuclear Power Station
- Behaviour of Iodine Project
- Source Term Evaluation and Mitigation
- Hydrogen Mitigation Experiments for Reactor Safety
- Thermal-hydraulics, Hydrogen, Aerosols and Iodine
- Advanced Thermal-hydraulic Test Loop for Accident Simulation
- Primary Coolant Loop Test Facility
- Studsvik Cladding Integrity Project
- Senior Expert Group on Safety Research Opportunities Post-Fukushima
- Severe Accident
< 前の項目に戻る | 目次に戻る | 次の項目に進む > |