1.基礎研究の動向
原子力関係の基礎研究は,物理・化学分野,生物・医学分野及び燃料・材料その他の工学的分野に大きく分類できる。
物理・化学分野は,炉物理,核物理,放射線化学等の研究分野があり,研究炉,加速器等の大型研究施設を中心に,日本原子力研究所,理化学研究所等において研究が行われている。
日本原子力研究所においては,JRR-1からJRR-4までの研究炉及び20MVタンデムバンデグラフが建設され,さらに,放射線高度利用研究を推進するためのイオン照射装置の建設が現在進められている。
また,理化学研究所においては,160cmサイクロトロン,重イオン線型加速器が建設された。さらに,超重元素の探索を中心とする原子核物理の研究を始めとして,重イオン科学を更に推進するため,理化学研究所において,重イオン科学用加速器リングサイクロトロンが建設され,1989年から,これを用いた研究が開始されている。
生物・医学分野は,基礎生物学,基礎医学,臨床医学等の広い研究分野があり,放射線医学総合研究所を中心にトレーサーを利用した生体内の生理学的・生化学的研究,放射線障害のメカニズムを解明するための研究,陽子線,速中性子線,重粒子線等によるがん治療に関する研究等が行われている。
このうち,放射線障害のメカニズムの解明は,低レベル放射線の人体への影響等の基礎的知見を得るものとして不可欠であり,近年の原子力開発の進展に伴って重要性を増している。こうした状況を踏まえ,放射線医学総合研究所においては,晩発障害実験棟及び内部被ばく実験棟が建設され,放射線による晩発障害の研究,プルトニウム等超ウラン元素による内部被ばくの影響に関する研究が進められている。
一方,放射線を利用した悪性腫瘍治療については,X線,ガンマ線,電子線等の従来の放射線より治療効果の高い陽子線,速中性子線,重粒子線等を導入すべく,基礎的な生物研究から臨床研究までさまざまな段階で研究が行われている。放射線医学総合研究所においては,現在,サイクロトロンを利用して,速中性子線,陽子線を用いた治療研究が行われている。さらに,1989年度からは,特別研究として重粒子線等によるがん治療法に関する調査研究が開始されているほか,「重粒子線がん治療装置」の製作が進められている。また,短寿命RI標識薬剤を用いた陽電子核医学診断技術に関する調査研究も行われている。
燃料・材料その他の工学的分野については,日本原子力研究所の材料試験炉(JMTR)を用いた照射試験等を中心に研究が進められている。
(1)日本原子力研究所における基礎研究日本原子力研究所における基礎研究は,理学的研究部門と工学的研究部門に分かれており,さらに,理学的研究部門は物理分野及び化学分野に,工学的研究部門は原子炉工学分野と燃料・材料工学分野に分かれている。この他,核融合研究部門等にも基礎研究が含まれている。
1988年度に実施された各分野ごとの基礎研究の概要は表のとおりである。
日本原子力研究所と大学との協力は,委託研究,協力研究,共同研究及び施設の共同利用の形で行われており,1988年度は,協力研究は131件,共同研究は16件のテーマについて行われた。
また,日本原子力研究所の基礎研究分野における国際協力としては,これまで,中性子散乱,核物理等の分野における協力を行っている。
(2)放射線医学総合研究所における基礎研究放射線医学総合研究所における基礎研究は,環境科学部門,生物医学部門及び臨床科学部門に分けられる。
環境科学部門については,環境中に放出された放射性物質の被ばく線量評価の体系化を行うとともに,原子力施設等の周辺住民に関して,集団線量を求め,さらに環境放射線による国民線量を算定しリスク評価を行う安全解析等の調査研究を行っている。
また,生物医学部門においては,最終的には人の放射線障害の防止に資するため,急性障害及び晩発障害についての医学・生物学的研究を推進している。施設としては,晩発障害実験棟及び内部被ばく実験棟を始めとする動物実験施設を有している。
さらに,臨床医学部門においては,放射線の医学利用及び放射線障害の診断治療に寄与することを目的として,サイクロトロンを利用したがん治療研究や骨髄移植による急性障害治療の基礎研究等を進めている。
また,従来の放射線より治療効果の高い重粒子線によるがん治療の実現を図るために重粒子線等の医学利用に関する調査研究を実施している。
(3)理化学研究所における基礎研究理化学研究所においては,原子力関係の基礎研究として重イオン科学分野の研究を総合的に実施している。
これまで,陽子からヘリウムイオンまでを加速できる160cmサイクロトロン及び陽子からウランまでのイオンを加速できる重イオン線型加速器による重イオンビームを用いて照射研究を推進しており,多くの成果をあげてきている。また,1980年度にリングサイクロトロン(後段加速器)の建設を開始し,1986年度末には,リングサイクトロン本体の調整試験を終え,ファーストビームの取り出しに成功した。その後,前段加速器として,1988年度末にAV型入射器を完成させた。また,照射実験設備等付帯設備の建設を進めている。これが完成すれば,従来の加速器では困難であった重イオン核反応機構の解明,新しい超重元素の生成等の研究をはじめ,物理,化学,工学,生物,医学等の幅広い分野の研究に有効に利用されることになる。また,1985年度からは,赤外レーザによるウラン同位体の分離・濃縮に関する原理実証研究を実施し,これまでに理研が独自に開発した方式により従来の分子法の壁を超える分離係数を得,分子法に新しい展望を開いた。
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