昭和44年11月13日
原子力委員会決定
本委員会は、昭和44年11月11日付けで、動力炉安全基準専門部会から、標記についての別添の報告書の提出を受けた。同報告書の内容は、妥当なものと認められるので、プルトニウムを燃料とする原子炉の立地評価に際してのプルトニウムに関するめやす線量としては、同報告書に示されためやす線量を用いるものとする。
プルトニウムに関するめやす線量について
昭和44年11月11日
動力炉安全基準専門部会
原子力委員会委員長
木内 四郎 殿
動力炉安全基準専門部会
部会長 伏見 康治
プルトニウムに関するめやす線量について当専門部会における審議事項のうち「プルトニウムを燃料とする原子炉の立地評価上必要なプルトニウムに関するめやす線量」について、このたび下記のとおり結論を得たので報告する。
プルトニウムを燃料とする原子炉の立地評価上必要な
プルトニウムに関するめやす線量について
Ⅰ 緒論
1 プルトニウムに関するめやす線量作成の必要性原子炉安全専門審査会が原子炉の設置許可に際しての安全審査を行なうに当たり、その原子炉の立地の適否は原子力委員会が策定した原子炉立地審査指針(昭和39年5月27日)により評価を行なうこととなるが、この指針に示されているめやす線量はウランを燃料として用い、プルトニウムに基づく障害を考える必要のない原子炉に適用されるべきものであった。しかし、高速増殖炉等のようにプルトニウムを燃料として用いる原子炉を考える場合においては、このうえに、プルトニウムに関するめやす線量を定めなければならない。本専門部会は、このような観点から、同めやす線量策定の検討を行なうよう付託されたものである。
2 めやす線量の意味
原子炉立地審査指針によれば、熱出力10,000キロワット以上の陸上原子炉の立地審査に当たっては、万一の仮想される事故によって周辺の公衆に放射線障害を与えないようにするため、原子炉を公衆からある適当な距離、離隔しなければならないこととなっている。ここでいうめやす線量とは、プルトニウムを燃料として用いる原子炉について、その「ある適当な距離」を判断するためのめやすとなるためのものである。
したがって、このめやす線量は、公衆がその線量を被ばくしても身体障害を生じないものであることが必要である。
このような線量を定めるためには、放射線の身体的影響に関する十分な知識が必要である。現在一般的にはそのような知識は逐次増加してはいるが、プルトニウムの影響に関する知識は、未だ十分なものであるとはいいがたい。本専門部会では、放射線の生物学的効果に関する文献を調査し、特に、α-放射体の人間に関するデータに重点をおいて調査検討を加えた。その結果、現在の文献的調査に基づいて、身体的障害を発現する危険性がほとんどないようなプルトニウムによる線量を推定することとした。ここに身体的障害が生じないとは、プルトニウムの放射線による被ばくによって、(a)急性放射線症の症状を呈しないこと、(b)腫瘍などの晩発生効果が現われないこと、(c)問題となるような慢性放射線線維症をおこさないこと等を意味する。
しかし、このような線量を推定することには種々の困難がある。特に、プルトニウムの人間に関するデータは皆無に近いこと、人間以外の動物に関するデータをそのまま人間に適用することは慎重を要すること、また、得られるデータは統計的にみて必ずしも精度の高いものでないこと等のために、この推定には、多くの不正確さが含まれているといわなければならない。これらの点を考慮して、上に述べたところの線量の推定値をさらに下まわる線量をもって、めやす線量とした。
Ⅱ めやす線量を定める場合に問題とすべき臓器
1 事故時に放散されるプルトニウムの形態
プルトニウム燃料は、原子炉燃料として合金の形で用いられることもあるが、通常は酸化プルトニウムをセミラックの形態として用いている。そしていずれの形態の場合にも、燃料物質が原子炉建屋の外に放散されるような事故を考えるならば、そのときの放散されるプルトニウムの形態は、酸化物のかなり細かい粒子であると考えてよいと思われる。
このような形態のプルトニウムが原子炉周辺の公衆と接触するのは、事故時に生じたエアロゾルが格納施設から漏れでて外界に放散されるときと考えられるが、この場合のエアロゾルの粒子は、ある一定の粒度の範囲のものに限られると考えられる。
仮想される原子炉事故の場合に、最も多くの人が遭遇し、かつ、これらの人々が放射線障害を受ける危険性が最も大きいと考えられるのは、これらのエアロゾルを吸入することによってプルトニウムを体内に摂取する場合である。したがって、めやす線量としては、プルトニウムの吸入摂取についてのみ考える。
2 吸入されたプルトニウムの代謝
プルトニウムがエアロゾルとして大気中に放散された場合、吸入されたプルトニウムの一部は呼気とともに排出されるが、残りは呼吸器系の各部に沈着する。この場合におけるプルトニウム粒子の沈着の状況およびその後の運命は、物理的,化学的性状、複雑な代謝機能などに支配される。ICRP専門委員会2のTask group on Lung Dynamics の報告書を参照すれば、次のように考えられる。
(イ) プルトニウム粒子の呼吸器系への沈着
プルトニウム粒子の呼吸器系の各部への沈着の割合は、その粒子の径によって大きく左右され、さらに粒子の気道中での速度を支配する呼吸量によっても影響をうける。一般に、粒子径が大きいものは鼻咽腔に、中位のものは気管、気管支に、更に微細なものは終末気管支および肺胞の部分にまで侵入して、そこに沈着する。一般に、大気中に放出されるプルトニウムエアロゾルは、単一の粒子径のものではなく、種々の大きさのものが混在する。実際には、粒子径の分布を対数正規分布と近似できる場合が多いので、そのときの計数中央径(CMD)およびその分散等を知ることにより、質量中央径(MMD)、質量空気力学的中央径(MMAD)あるいは放射能空気力学中央径(AMAD)を求めることができる。各部への沈着率は、これらの関数として示すことができる。
(別図参照)
(ロ) プルトニウム粒子の沈着後の行動
呼吸気道の各部へ沈着したプルトニウム粒子は、それがPuO2のような不溶性のときは、一部は鼻汁とともに外部へ、残りは嚥下されて消化管へ移る。気管や気管支に沈着した粒子は、これらの部分の呼吸気道に存在する繊毛により粘液とともに上方へ送られ、咽頭部を経て消化管へ移行するが、このときの速度は非常に速く、数分及至数十分と推定されている。
消化管に送られたプルトニウムは、その化合物の形態のいかんにかかわらず、消化管からはほとんど吸収されず、その大部分は消化管を素通りして、糞とともに体外に排泄される。
終末気管支および肺胞に沈着した粒子は、その部位では繊毛による粒子の移動がないため、長い期間そこに留まる。肺胞の壁を構成する細胞の中には、粒子を貪食する作用をもつものがあるので、一部の粒子は貪食され、さらに、その一部は細胞とともに肺淋巴節*へ移行しそこに長く留まるものと考えられている。
プルトニウムは、肺臓の各部でわずかではあるが血液中に吸収され、また、貪食されたプルトニウム粒子の一部は、淋巴を介して血液中へ入る。
血液中に入ったプルトニウムは、一部は肝臓へ、他は骨、骨髄に移行する。肺臓に沈着したものは緩慢に減少し、一方、肝臓、骨、骨髄、肺淋巴節では、極めてゆっくり増加する。
*(脚注) ここで肺淋巴節とは、肺門淋巴節、縦隔洞淋巴節等肺と機能的に関連のある淋巴節をいう。以下同じ。
(別図) 肺の各領域における沈着率の粒径分布の違いによる差
3 問題とすべき臓器
内部被ばくの場合、どのような臓器への影響を問題視すべきかについては、その臓器への放射性核種の蓄積に基づく積算線量、その臓器の放射線感受性、さらにその臓器、組織の機能が生体で占める重要さの程度などの点から検討されなければならない。プルトニウムの吸入の場合には積算線量の点では肺淋巴節が最も大きく、次いで肺臓であるが、長期間で考えた場合、線量当量(レム)は肝臓、骨等が肺臓とほぼ同じレベルになるものと考えられる。
肺淋巴節は、積算線量については最も大きいが、腫瘍の発生を指標とした場合の放射線感受性という点で肺臓、肝臓、骨に比べて低く、肺淋巴節に原発する腫瘍は実験的にも認められておらず、また、その機能の重要度を比べるならば、上記の臓器、組織より低いと考えられる。
肺臓は、その機能の重要度からしても、また放射線感受性という点からも重要視すべきであり、とくに吸入後初期には、線量率も肝臓、骨等に比べて著しく高く、また、PuO2の場合、肺胞のプルトニウムによる積算線量は肺淋巴節に次いで大きく、動物実験においても多数の肺癌が認められているので、肺臓は、めやす線量を考える場合に問題とすべき臓器の一つである。
肝臓および骨は、吸入後初期にはプルトニウムの量は少ないが、肺臓から徐々に淋巴液、血中に移行したプルトニウムの大部分は、これらの臓器に移り、そこに長くとどまる。したがって50年ないしそれ以上の長期間にわたる障害の発現を問題とする場合には、肝臓および骨の線量当量(レム)は肺臓のそれにほぼ匹敵するものとなるので、その機能の重要度からみて、問題とすべき臓器および組織であると考えられる。
なお、ICRPの専門委員会2の推算によれば、PuO2のエアロゾル吸入の場合、1μciの1回摂取による吸入後50年間の線量当量(レム)および積算線量(ラド)は、次のとおりとされている。
肺臓(肺胞部分) |
360レム(36ラド) |
肝臓 |
440レム(44ラド) |
骨 |
390レム(7.8ラド) |
(ただし、エアロゾルの放射能空気力学的中央径(AMAD)=1μとし、α粒子のQFを10,骨に関するn係数を5とする。)以上のような考察から、本専門部会は、プルトニウムのめやす線量を考える場合に問題とすべき臓器および組織としては、(1)肺臓,(2)肝臓および(3)骨と考える。
Ⅲ 放射線の影響
1 放射線の影響と線量との関係
Ⅱに述べたように、めやす線量を考える場合に問題とすべき臓器および組織としては、(1)肺臓(2)肝臓および(3)骨が考えられるので、これに対する放射線の影響と線量との関係について文献的調査を行ない検討した。
239Pu化合物の吸入被ばくによる人体の障害例については、未だ公表されたものはない。したがって、プルトニウムの人体に対する影響は、動物実験の結果や、プルトニウム以外の放射体による内部被ばくあるいは外部放射線による人体の障害例のデータなどから類推せざるを得ない。このため、上記の臓器、組織に対する放射線の影響と線量との関係についても、プルトニウムの場合とは必ずしも同一には論じられないので、最終的にめやす線量をきめる場合には、これらの点を十分考慮しなければならない。障害の発現の因子として、積算線量年(Cumulative rad year)をとるべきか積算線量(Cumulative rad)をとるべきかについて検討を行なったが、本報告では、得られる資料や実際上の問題の観点から、障害の発現または発見までの積算線量(以下「総線量」という)をとるのが適当であると考える。
2 肺臓
(1) Bairらにより行なわれたビーグル犬を用いた239PuO2吸入に関する実験的研究によれば、次のような結果が得られている。
プルトニウムの沈着量の大きい場合の急性および亜急性障害に基づく死因は、呼吸器系の障害に起因するものである。亜急性の場合には、肺臓の線椎増殖は次第に発展するが、吸入後のある時期においては、外部放射線により誘発されるいわゆる放射線肺炎症と同様の反応を示す。プルトニウムの沈着量が小さく、被ばく後数年以上生存したものの死因は肺癌によるものであったが、その症例の多くに肺線維症がみられた。
発癌による死亡例としてあげられているもののうちで肺臓(pulmonary region)の総線量が最小であったものは、プルトニウム吸入後5年目に死亡した例で、総線量は、3,000rad(死亡時の肺負荷量は0.3μci)と推定されている。
犬の平均寿命を15年とし、プルトニウム吸入後から肺癌の発生により死亡するまでの期間と死亡時の肺内プルトニウム沈着量との関係曲線から外挿すると、終局における肺沈着量が0.1nci/g(肺組織)以下であれば、肺癌による寿命の短縮の確率は小さいと考えられる。
本実験では、生後1ケ年目にPuを吸入させているので、吸入後14年で肺沈着量が0.1nci/g(肺組織)となるものとすれば、肺臓における総線量は約1,000radと算定される。
(2) Altshulerらは人間の肺臓に対する最小発癌線量の暫定的な値として、β線による動物実験の結果を参考としている。彼らによれば、β線の2,000radは、ラットの気管支および皮膚に癌を誘発するに十分であり、気管支上皮を含め多くの組織における放射線による腫瘍の誘発はこの桁の線量に関連しているのであろうと述べている。例えば、Laskinらがラットの気管支内に挿入した106Ru-106Rhペレットによるβ線被ばくの実験により求めた「線量-反応曲線」から推定すると、癌の生起率は2,000radの場合で約5%である。また、平均740radの被ばくにおける生起率は0%であった。
このほか、肺臓に沈着した放射性物質による腫瘍の発生と線量との関係に関する多くの動物実験のデータ(国連科学委員会報告1962年)から腫瘍を発生した線量は、小なくとも2,000radと推定される。
なおJacobiらによれば、β線に対するα線のRBEは3より大きいことはないとしている。
(3) α放射体の吸入に起因する人間の肺腫瘍の発生としてはウラン鉱山従事者に関する疫学的調査の結果も重要な参考となる。ウラン鉱夫は、一般の人よりも高濃度のラドンおよびその娘核種を吸入するので、肺痛の発生が多いといわれ、これら鉱夫の作業環境の空気中における放射性濃度の許容レベルに関して多数の報告がある。
米国 Public Health Service が報告した Colorado Plateau のウラン鉱山で働く鉱夫の肺癌による死亡率と総線量(WLM単位で示されている)との関係に関するデータについて、StewartおよびSimpsonらの解析した結果がある。
これによれば、600wLM以下では肺癌による死亡率については線量に対する依存性が明らかにはみとめられなかった。したがって、同氏らは、「線量依存性があるというはっきりした証拠を伴わない最大の線量という意味において、受け入れてもよいと思われる総線量の上限の合理的な推定値は、約600WLMと考える。」と述べている。
ウラン鉱夫の場合には、主として気管支癌が発生するので気管支上皮の基底細胞に対する線量割算に基づくWLMからradへの換算値が問題となる。その値は著者によりかなりの差異があり、0.5~10rad/WLMの範囲に及んでいる。
したがって、平均総線量として600WLMは300rad(600×0.5)より小さくはならない。
(脚注) WLMとはWL(Working level)と従業期間(Month)との積であり、IWLMはラドンの娘核種の空気中濃度300pci/l(ラドン100pci/lと平衡にある娘核種の放射能)に相当する。
(4) Abrahamsonらは、肺癌を発生したトロトラスト患者の1例を報告しているが、その患者は死亡時の16年前に、トロトラスト※の75ccの注射を受けている。この場合の肺臓に対する総線量を推定すると、5,500rad前後である。
※〔注〕 トロトラスト(Thorotrast)とは、肝、脾臓造影法、血管造影法などのⅩ線診断に用いられるコロイド状に懸濁した二酸化トリウム造影剤の製品名である。
(5) 肺臓に比較的多量の外部放射線を照射すると、放射線肺炎をおこし、これが後に肺線維症に移行することについては、動物による実験的研究だけではなく、多くの臨床的報告がある。このことについては、放射性物質による肺臓の内部被ばくの場合においても、ウラン鉱夫やトロトラスト患者等において知られているし、Bairらの犬の239PuO2の吸入実験においても吸入後1ケ月目に、そのときの肺臓における総線量700~1,900radに匹敵する線量のⅩ線で誘発される放射線肺炎と同様の変化を認めている。
肺線維症自体が肺腫瘍の発生の直接の原因ではないとしても、放射性粒子の沈着という発癌性の要因が存在するときには、寄与因子となりうる可能性を否定できないので、この点にも本専門部会は考慮を払った。外部放射線被ばくの場合には、線量との関係が比較的よく研究されている。人間の場合には、放射線治療に伴う障害の例であるが、例えば市川、荒井らによれば、胸部Ⅹ線照射による肺障害の場合、胸部線像からみて肺障害をおこす肺障害許容限界(lung tolerance dose)を3,800R(照射期間30~40日)としている。
また、わが国におけるその他の報告による最低線量も、大体3,000R程度である。障害の経過および程度は多くの因子により影響され、実際にはより複雑である。しかし一般には例えばRubinおよびCasarettらによれば、急性反応の頻度と線量率との間には相関があり、線量率の大きいときは急性放射線肺炎が問題となり、また、慢性肺線維症の生起とその重厚性は総線量にほぼ比例するといわれる。JenningsおよびArdenは、Ⅹ線量500R~6,000Rの照射をうけた患者173例について観察した結果、急性期における硝子様膜の形成、肺胞壁の線維化等の変化は、500R程度の照射例にもみられると述べている。
動物実験では、例えばHansenらがビーグル犬の頭部および胸部を1,000kVPX線で800~2,000R 1回照射した結果で、いずれの線量の場合にも線維化がしばしばみられている。
(6) 以上の研究報告は、放射線の種類、線量評価障害の分類とその判定の基準、統計的精度等について幾多のあいまいな点があり、また、医学的、生物学的に不確実な点も多く含まれている。したがって、これらの結果を比較検討して、プルトニウムの吸入により人間の肺臓に対する障害を誘発しうると考える最小の総線量を推定することは困難であるといわざるを得ないが、本専門部会は、このような不確定要因があることを十分認識の上で、現時点では、プルトニウムの吸入によって肺障害の発現の危険性がほとんどないと推定される総線量レベルとして、300radを下回ることはないと考える。
3 肝臓
(1) プルトニウムの沈着による肝障害に関する動物実験の報告はあるが、線量との関連で報告されたデータが乏しいので、ここでは、トリウムの沈着による人体障害の例として知られているトロトラスト患者の慢性障害の場合を重要な参考とした。
(2) トロトラスト患者に関する報告は比較的多く公表されており例えば、森の報告によれば、肝臓の検索例のすべてにおいて、トリウムの沈着による肝組織の破壊および線維化がみられたが、線維化の高度のものはトロトラスト注入より死亡までの期間(19~24年)における総線量は、平均1,550~2,500rad(局部では19,500~33,000rad)、軽度のものではほぼ同一期間(19年間)に平均655rad(局部では8,450rad)であった。トリウム注入の場合、肝臓などではトリウムの沈着した部位は次第に巨大化し集塊に隣接する箇所の線量はある場合にはきわめて大きくなる。
(3) Looneyの報告によれば細網肉腫を発生した10人のトロトラスト患者のうち8人の平均潜伏期は15±7年であるが、15年間における推定平均総線量は、Rundoの算出法に基づけば1,000rad Harshらの算定法によれば1,500radとなる。
なおトロトラストの投与された患者で、その総線量が上記例に比較して一桁少ないにもかかわらず、肝腫瘍が発現したという1例が報告されている。この患者のうけた総線量は、Hortaによれば、100radであるが、潜伏期間の短いこと、トロトラストの注入量がわずかであることなどから、著者自身、この肝腫瘍の誘発が放射線によるものかどうかについて強い疑問があるとしている。
(4) 肝臓は、形態学的見地からは、一般に放射線感受性の低い臓器とみなされ、比較的大量の照射によってはじめて著しい変化をきたすことが多くの動物実験ならびに人体についての剖検の結果報告されており、例えば、外部放射線(主としてⅩ線)の場合、重要な肝障害をおこすには10,000R以上を要するといわれている。しかしマウスでこれより低い線量で肝腫瘍を発生したという報告があるが、この場合線量依存性が明白ではなく、かつ、用いた動物の系統による特異性その他の点から、なお、検討の余地があるので、人間の場合の推定資料とするには問題がある。
(5) プルトニウムの放射線によって、人間の肝臓に腫瘍を誘発する最低線量を以上の研究報告から推定することは、Ⅲ-2-(6)で述べたと同じような困難がある。しかし、本専門部会は、このような困難があることのほかに、例外的に低い線量で肝腫瘍を誘発したトロトラスト患者およびマウスについての報告があることを認識した上で、現時点では、プルトニウムの放射線によって人間の肝臓に腫瘍を誘発する最小の線量は1,000rad以下でおそらく500rad程度のものと考える。
4 骨
(1) プルトニウムが人間の骨に対しておよぼす障害の知識は、肺臓または肝臓に関する知識よりも豊富である。その理由は、一方では226Raの人間の骨に関する障害の調査が古くから行なわれているし、他方ではプルトニウムとラジウムとの比較研究がなされているからである。
(2) 226Raは239Puと同じくα-放出体であって骨に沈着し、その障害例が比較的多く知られているので、障害発現までに骨に与えられる総線量をもとに、両核種の影響を比較することができる。
これは、ICRPが親骨放射性核種の最大許容身体負荷量(Maximum Permissible Body Burden:MPBB)を決定する際に採用している方法で、226RaのMPBBを人間についてのデータに基づいて0.1μciと定めその他の核種については、226Raが0.1μci体内に存在するとき骨に与えられる年線量当量(骨全体についての平均が30rem)と等しい年線量当量を骨に与えるときの、全身中に存在するμci数をもってM.P.B.Bと定めている。
(3) 226RaのMPBBを0.1μciとした根拠については多くの文献がある。はじめてこの値が採用された時点(米国NCRP1941年)においては、身体負荷量が測定されたときの体内残存量が約1μci以下の者には何の障害も見出されなかったことから、少なくとも1桁の安全率がかかっているものと考えて、長期間引き続き体内に存在する量の限度として定義されたMPBBを0.1μciと定めた。
しかし、その後の調査、研究の結果、残存負荷量が1μciよりも低い場合において腫瘍その他の障害の発生例が見出された。例えばMarinelliは障害の起らない上限値を0.4μci(被曝期間約25年)Evansは0.5μci被曝期間35~40年)と報告している。また、Finkelら(1964年)は0.167μciを持つものに顎骨の腫瘍を発見し、「さらに調査を要する疑わしい1例を除いて0.1μci226Raを持つ者にはⅩ線写真で、中等度の骨変化は見られなかったが、残存量が0.32μciを越すと中等度およびさらに進んだ骨変化の症例が急に増加する」と述べている。しかし、同じ著者らはほとんどこれと同一の資料の解析を行なった他の報告で、測定時の226Raが0.6μci以下の者には悪性腫瘍は見出されていないと述べている。
(4) Norrisらの226Raの滞留に関する「べき関係モデル」に従い骨のうける総線量を算出すると、例えば0.167μciに対してはそれぞれ310~420radおよび1,000~1,500radとなり(ただし、被曝期間を30~40年とする)上記の他の例についてはいずれもこの線量の範囲に入る。
(5) 骨腫瘍の発生を指標として239Puと226Raとの毒性を比較した動物実験によれば、骨に対して等しい平均吸収線量を与えるだけの量がそれぞれ骨に存在する場合には、239Puの方が効果は大きく、ICRPでは5倍と考えている。
この値がそのまま人間にも適用できると仮定すれば、前項で示したrad数の約1/5が239Puによって骨腫瘍を誘発した総線量の下限値と考えてよいであろう。すなわち最低約60rad最高約300radとなる。
(6) 以上の文献的考察の結果、本専門部会は現時点ではプルトニウムの放射線による骨腫瘍の発現の危険性がほとんどないと推定される総線量レベルとして60radを下回ることはないと考える。
Ⅳ めやす線量
(1) いままでのべてきたところから明らかなように、プルトニウムを燃料として用いる原子炉の立地評価上必要なプルトニウムのめやす線量を決める際に問題とすべき臓器、組織は肺臓、肝臓および骨であると考えられ、これらの臓器、組織に対してプルトニウムの放射線によって障害を発現する危険性がほとんどないと推定される総線量のレベルは、それぞれ300rad、500radおよび60radであると考える。
(2) これらの数値は、その推定の過程で明らかにしたように、多くの不明確な点を含んでいるし、また、これら三つの数値の間では、相対的にその信頼度は同じでない。すなわち、肺臓と肝臓に対する値は骨に対する値より信頼度は低いと考えざるを得ない。さらに、プルトニウムの吸入によって、三つまたはそれ以上の臓器、組織が同時に線量を受けることがあるので、プルトニウムに関するめやす線量を決める場合にはこれらの事情を十分考慮して、安全側になるようにしなければならない。
(3) 本専門部会は(1)、(2)に述べたことから、プルトニウムに関するめやす線量として、肺臓に対して15rad、肝臓に対して25rad、骨に対して6radをとるのが適当であると考える。
(4) プルトニウムに関するめやす線量の数値は、プルトニウムを燃料として用いる原子炉の立地評価に用いらるべき値であって、安全評価上、甲状腺および全身の被ばくをも同時に考慮すべき場合には従来の立地審査指針(昭和39年5月)で定めためやす線量を併用し、おのおの独立に評価すべきものと考える。
(5) プルトニウムに関するこのめやす線量は、原子炉の立地評価においてプルトニウムの興害評価をするためのものであって、原子炉事故が実際に発生した場合の退避、飲食物制限等の災害対策を発動するための基準は全く異った考え方から策定すべきものである。したがって、これらを混同して使用してはならない。
(6) 原子炉技術の開発は発展途上にあり、また、他方ではプルトニウムに関する生物学的、医学的知見が急速に増加しつつあるのにかんがみ、適当な時期に本めやす線量を再検討する必要があると考える。
Ⅴ 審議経過
本専門部会は、昭和43年12月9日、第1回部会において、次の委員および調査員からなる第3小委員会を設置した。同小委員会においては、慎重な調査審議を経て、同小委員会報告書を策定し、昭和44年11月11日、本専門部会に報告した。本専門部会においては同報告に基づき審議し、同日、本報告書を決定した。
(委員) |
田島 英三(委員長) |
立教大学 |
伊沢 正実 |
放射線医学総合研究所 |
江藤 秀雄 |
同上 |
大山 彰 |
動力炉・核燃料開発事業団 |
熊取 敏之 |
放射線医学総合研究所 |
坂岸 昇吉 |
日本原子力研究所 |
三島 良績 |
東京大学 |
吉沢 康雄 |
同上 |
渡辺 博信 |
放射線医学総合研究所 |
(調査員) |
西川 喜之 |
動力炉・核燃料開発事業団 |
能沢 正雄 |
日本原子力研究所 |
松岡 理 |
放射線医学総合研究所 |
|