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委員会の決定等

昭和61年原子力年報

原子力委員会



(解説)
 「昭和61年原子力年報」は、昭和61年10月28日の原子力委員会において決定され、昭和61年10月31日の閣議に報告された。

 本年報は昭和61年9月までの概ね1年間における原子力開発利用の動向について取りまとめたものである。

 原子力年報は第1部「総論」、第2部「各論」、第3部「資料」の3部構成となっている。以下に要約を掲載する。

はじめに


1.今日、我が国の原子力発電については、既に32基、約2,452万キロワットの規模に達し、昭和60年度には石油火力を上まわり総発電電力量の約26%をまかなうまでに発展するとともに、設備利用率も過去最高の76%となった。また、核燃料サイクルについては、青森県六ケ所村における核燃料サイクル三施設計画及びこれを支える研究開発が進展している。さらに、高速増殖炉を中心とするプルトニウム利用体系の確立に向けて、高速増殖炉の原型炉「もんじゅ」本格工事着手など研究開発の進展がみられた。

 また、放射線利用も国民生活に広範に浸透し、さらに核融合等の研究開発も強力に推進されている。

 一方、これら各分野の開発利用の進展に加えて、放射性廃棄物処理処分の適切な安全確保に関する責任の明確化を図ることを目的とした原子炉等規制法の改正法案が第104回通常国会において成立し、国際的には、日中原子力協定の発効、原子力協力の新しい枠組みに向けて日米間の協議の進展等が見られた。

2.エネルギー情勢については、本年初頭から原油価格が急激に下落するなど変動しており、石油代替エネルギーの開発・導入の意義が低下するのではないかとの懸念が出されている。しかしながら、エネルギー大量消費国であり、エネルギー海外依存が高いなどの我が国の状況は基本的に変化しておらず、石油代替エネルギーの開発がこれまでエネルギー需給の安定化に果してきた役割を考えれば、今後とも石油代替エネルギーの開発を進めていく意義は高い。

 とりわけ原子力は、経済性、供給安定性等の優れた特性を有しており、これらを正しく把握したうえで、今後の開発利用の推進方策を考える必要がある。

 昭和61年4月に発生したソ連チェルノブイル原子力発電所事故により、大量の放射性物質が大気中に放出され、地球規模で拡散した。この事故により、原子力施設において一度大事故が発生すれば、その影響は国内にとどまらず広く国際的なものとなる可能性のあることが示され、原子力施設の安全確保の重要性が強く再認識された。これを契機として原子力安全に係る国際的な連携・協力の動きも一層強まっている。我が国では、これまで、原子力安全の基本的な考え方に従い、原子力安全委員会をはじめとして国、地方自治体、事業者、メーカーが一体となって、不断の努力が払われてきており、これが我が国の優れた安全実績を支える基盤となっている。この基盤をいかに着実に維持・発展させていくかが今後の極めて重要な課題である。

3.原子力委員会は、2000年頃までを目途とする今後の原子力開発利用の基本的推進方策を明らかにするため、原子力開発利用長期計画の改定作業に入っている。今回の長期計画の改定は、我が国の原子力開発利用が30年を経て一つの節目を迎えていること、現行長期計画が策定されてから約4年が経過しその間の研究開発の進展、昨今のエネルギー情勢の変化等を踏まえ行われるものであり、現在広範な検討が進められている。

4.本年の年報においては、広く国民の理解の一助となることを目的として、国際的視点にも留意しつつこの1年における我が国の原子力開発利用の状況を記述するとともに、新長期計画の策定への取り組みを含め、原子力を巡る最近の情勢の変化に対する原子力委員会の考え方を明らかにするものである。

第1章 内外の諸情勢と原子力発電の着実な推進

1.内外の諸情勢と原子力発電

(1)内外のエネルギー情勢と原子力発電
イ)内外のエネルギー情勢
 昨年12月に開催されたOPEC通常総会においてある程度価格が下がっても一定のシェアを回復しようとする意志が示されたことなどから、原油価格は本年1月下旬以降大幅に下落している。原油価格の中長期的見通しについては、今後当分の間需給緩和基調が継続するものの、1990年代には再び需給は逼迫し価格も再上昇するとの見方がこれまで一般的であったが、今回の原油価格の急激な下落によって新規油田開発、省エネルギー、石油代替エネルギー開発・導入の停滞が顕在化すれば、石油需給逼迫の時期は一層早まるとの見方さえ出されている。

 また、我が国の石油依存度は、低下したとはいえ、まだまだ主要先進国に比べ高い水準にあり、さらにその多くを政治情勢の流動的な中東地域に依存しているなど、依然として我が国のエネルギー供給構造は脆弱性から脱却していない。

 さらに、我が国は世界のエネルギー総輸入量の14%(1983年実績)を占めているなど、我が国のエネルギー需給動向が世界のエネルギー需給に与える影響も大きい。

 従って、我が国の国際的立場もふまえ、原子力をはじめとする石油代替エネルギーの開発・導入を着実に推進していくことは、今後とも我が国の重要な課題である。

最近の原油スポット価格の推移

ロ)原子力の特長
 原子力発電は短期供給途絶に強く、供給途絶の不安も少ないなど、供給安定性が高い。経済性については、昭和60年度運開ベースのモデルプラントについての原子力発電の初年度原価試算結果によると原子力の発電原価は他の発電方式に対して安価となっている。なお、先に述べたとおり、最近の原油価格の急激な下落、円高の進行が相まって、特に石油火力の発電原価が低下してきている。しかし、新規発電所は立地を考慮すると運転開始までにかなりのリードタイムを必要とし、その間に原油価格は、再上昇することは十分予想されることであり、原子力の経済性の優位が失われることはないと考えられる。

 また、原子力発電は火力発電に比べ内需形成効果が大きく、原子力産業の発展による我が国の産業構造の高度化への寄与等の意義も有するほか、環境影響が小さく、クリーンなエネルギーという特長も有している。

 さらに、以上述べたような優れた特性は原子力技術の進展によって一層強化発展させることが可能である。また、その技術開発は我が国の科学技術水準向上の観点からも重要な役割を果たすものと考えられる。

 原子力発電は、以上述べたとおり優れた特性を有しているが、一方、これを利用するにあたっては、安全の確保が大前提であるほか、利用に伴って発生する放射性廃棄物の処理処分対策が必要である。これらは、原子力発電の推進に当たって不可避の課題であり、今後とも着実な努力が必要である。

 以上のような点を踏まえ、原子力委員会としては、今後とも国民の理解と協力を得て、引き続き原子力の着実な推進をはかっていくこととしている。

主要先進国におけるェネルギー供給構造比較(1984年)

(2)世界の原子力発電の現状
 原子力発電は、世界各地でその導入が意欲的に行われてきており、昭和61年6月末現在、世界で運転中の原子力発電の設備容量は総計365基(約2億6,728万キロワット)に達し、建設中のものは163基(約1億5,556万キロワット)、計画中のものを含めると総計658基(約5億5,325万キロワット)となっている。

 昭和60年の世界の原子力発電電力量は1兆4,016億キロワット時に達した。これは世界の全発電電力量の約15%を占め、原子力発電は電源の重要な柱の一つとして位置付けられつつある。

 また、昭和60年において世界の一次エネルギーに占める原子力発電の割合は4.5%で昭和55年に比べ2%上昇した。国別にみるとフランスの約24%を筆頭にヨーロッパ諸国において高い値となっている(我が国は昭和60年度9.5%)。このように原子力発電は世界経済において確固たる地位を占めつつあり、その規模は今後さらに増すものと計画されている。

 世界の原子力発電の運転経験は着実に増加しており、IAEAの見通しによると昭和61年には4,000炉年を越える見通しである。

 このように原子力発電の位置付けが大きくなるに従い、その安定的な稼働が一層求められるようになってきている。

(3)ソ連原子力発電所事故と主要国の対応
 昭和61年4月26日ソ連ウクライナ共和国キエフ市北方のチェルノブイル原子力発電所4号機(100万キロワット、黒鉛減速軽水冷却沸騰水型炉)にて事故が発生し、大量の放射性物質が大気中に放出され、ソ連及び隣接するヨーロッパ諸国を中心とした地球規模で拡散した。

 今回の事故は多数の死傷者を出し、世界的規模で放射能汚染が拡大したことから、ヨーロッパを中心に各国国民に大きな衝撃を与え、西独等一部の国において、原子力発電の推進の是非が政治的な争点となっている。米国、フランス、英国、西独等の経済規模の大きな先進諸国は今後とも原子力発電を推進するという方針は変更することはないとしているが、事故の重大性を真剣に受けとめ、事故の教訓を踏まえて安全性の一層の確保を図ることとしているが、一部の国においては原子力発電に関する政策変更が検討されている。

 国際的には、国際原子力機関(IAEA)において、原子力事故の早期通報に関する条約並びに原子力事故及び放射線緊急事態における援助に関する条約について草案の検討が行われ、9月下旬のIAEA特別総会(特別会期)で正式に採択された。

 一方、8月下旬にソ連は、本事故の原因、被害の状況等についてIAEAの事故後評価専門家会合等で発表し、これをふまえ事故原因等について各国専門家によって議論が行われ、9月下旬の上記総会に報告された。なお、同総会で採択された最終文書では、原子力が今後とも社会・経済の発展のために重要なエネルギーであり、これを利用するため最高レベルの安全性が必須であること、二国間及び多数国間双方のレベルにおける国際協力を強化すべきことなどが述べられている。

 我が国においては、原子力発電は、脱石油という国家的要請に対応して中核的役割を果たし、今日では、経済社会における欠かすことのできないエネルギーとして定着している。また、次節に述べるとおり、我が国の原子力発電はこれまで優れた安全実績を示してきている。しかしながら、これに安心することなく、今回の事故を教訓としてより一層の安全性の向上を目指すことが必要である。現在、原子力安全委員会の下に、「ソ連原子力発電所事故調査特別委員会」が設置され、事故に関する調査、我が国の安全確保対策に反映させるべき事項等の審議が行われている。また、IAEA等の場において、原子力発電の安全性の向上のための国際的な協力、連携の動きも一層強まっている。

 原子力委員会としては、これらを踏まえ、今後とも安全の確保を大前提として、引き続き着実に原子力発電を推進することとしている。
(注)* ソ連原子力発電所事故調査特別委員会は、本年9月9日、第1次報告書をとりまとめた。同報告書では、これまで得られた情報、資料をもとに事故の事実関係について整理し、さらに事故原因つき若干の評価を加えており、「今回のソ連の発表により、本事故が我が国では考えられ難い事故であったことがほぼ明らかになった。」とも述べている。

世界の運転中原子力発電設備容量の推移

2.原子力発電の推進と安全の確保

 原子力発電が、今後主力電源として重要な役割を適切に果していくためには、
① 安定的に電力を供給する信頼性の高い電源であること。
② 低廉な電力を供給する経済的な電源であること。
の2点が重要であるが、この2つの要件の大前提として、「安全確保」が最も重要な要件となっている。

 我が国では、安全確保の基本的考え方に基づいた国の安全確保対策、これを踏まえた事業者、メーカーの努力によって、これまで優れた安全実績が示されている。このうち、国の安全確保対策については原子力安全年報において詳細に取り扱われてきているので、本節ではその詳細に立ち入ることはさけ、原子力委員会の立場から、記述することとする。

(1)安全確保の実績
イ)安全確保の実績
 我が国の原子力発電は、これまで約20年間次に述べるような安全確保の実績を積み重ねてきた。
(i)周辺公衆及び環境に影響を及ぼすような事故は今日まで皆無である。

(ii)原子炉一基当たりの年平均事故・故障報告件数は低下してきており、近年は低い水準になってきている。

(iii)トラブルが事故へ拡大するのを防止する為の緊急停止回数は平均で1炉当たり年1回以下と先進国の中でも1ケタ低い水準となっており、国際的にも高い評価を得ている。

(iv)平常運転時の放射性物質の放出について、法令の被ばく線量の1/100の5ミリレムを線量目標値として設定しているが実際の線量は、この値をも十分下回っている。

事故・故障報告件数と年平均報告件数

(2)我が国の安全実績の特長と背景
 我が国の場合には、安全実績にも示したように、異常の発生が少ないという特長がある。これは原子力安全の基本的考え方(多重防護の考え方)のなかでいえば「異常の発生を防止すること」(第1レベル)での安全確保対策に成果があげられていることを意味している。この背景としては、次にのべるような努力が払われているためと考えられる。

 ・機器システムの信頼性・健全性の向上
 ・人材の資格制度、教育訓練等
 ・過去の事故・故障から得られた教訓の反映

 さらに、国民や地域住民が原子力発電所の事故・故障に対して高い関心を持ち、たとえ軽微なものであっても、より一層の改善を求める姿勢を示していることも貢献していると考えられる。

1980-81年に稼動した軽水炉燃料(1973年以降に製造されたもの)の使用実績

(3)原子力発電の推進と安全性の向上
 今後も、これまでのような優れた安全実績を続けることが原子力開発利用に課せられた使命であり、このためには引き続き関係者が高い士気と意欲を持って安全性の一層の向上を目指すとともに、原子力に対する国民の一層の理解を深める努力が必要である。原子力委員会として今後の展開において安全確保上、特に重要と考える諸点を以下に述べる。

イ)安全確保への一層の努力
 今後、安全確保への努力にあたって留意すべき点は、第1に、機器・システムが確実に作動し、その機能を果たすためには、設計面での努力に加えて、点検、整備、試験、検査といった人間による正しい管理が不可欠であるということである。このような観点から、従業員の教育訓練、運転・保守の為のマニュアルの整備、マン・マシン・インターフェイスの改良等の努力が今後とも必要であると考えられる。

 第2に、原子力開発利用の新たな局面に対応する安全確保の努力が必要であるということである。すなわち今後我が国は、

 ・原子力発電の全設備容量の拡大、
 ・設備の経年変化、設備の廃止措置、放射性廃棄物の処分への対応、
 ・ウラン濃縮や再処理等の大型の核燃料サイクル施設、新型動力炉等施設の多様化

 など新たな局面を迎えることとなる。これに対応すべく、安全性向上に係る研究開発、運転員・保守要員の確保とその教育・訓練、製造・品質管理技術、検査技術の改良など所要の努力を行っていく必要がある。

ロ)安全性向上のための国際協力の強化
 これまでもIAEAやOECD/NEAにおいて、原子力の安全に関する協力活動が積極的に行われている。今後もこれらの場を通じて、国際協力の一層の進展を図るとともに、原子力発電を推進しようとする開発途上国にも積極的に協力を行っていくことが重要である。我が国に対しては、原子力発電の安全性、信頼性についての優れた実績を背景として諸外国から協力の要請が強まっており、こうした要請に応え、国際的な原子力安全の一層の向上に貢献していくことは極めて重要である。

ハ)原子力発電のパフォーマンスの向上
 近年、原子力発電を推進するうえで、経済性の向上が重要となってきている。しかしながら、経済性の向上の努力はあくまでも安全の確保を前提として進められるものであり、安全性、信頼性を損うことなく、その向上を図っていく必要がある。原子力発電の安全性は、機器、システム及び人的な信頼性によって成立しうるものであり、また、信頼性の向上は経済性の向上にもつながっている。すなわち、安全性、信頼性及び経済性は、技術の改良発展のなかで共通の目標として追求することができるものである。

 さらに、現在の軽水炉を中心とする原子力発電システムの安全性、信頼性及び経済性における優れた実績に安心することなく、研究開発を推進することが必要である。

原子力発電所の設備利用率の推移



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