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「トータルエネルギーの観点から見た原子力の長期的役割に関する調査」について



未来工学研究所

 本調査は、昭和54年度科学技術庁委託調査であり、その要旨を紹介する

 1 はじめに

 化石燃料利用に大半を負っている現在のエネルギー・システムは、長期的には核エネルギーあるいは再生エネルギーによって、主導ないし補完されて行くものと考えられている。その転換は、今後数十年に亘って徐々に図られるものと考えられ、そのためのビジョン形成が強く要請されている。昨今の石油資源の独占的管理がもたらした世界経済の混乱や、スリーマイル島原子力発電所の事故が与えた社会的インパクトに見られるように、いまやエネルギー問題は社会、経済環境の不確実性増大の大きな要因となっている。本調査研究の最終目標は、このような過渡期における不確実性に対して幾つかの異なる視点からエネルギー需給のシナリオを想定し、その社会、経済への影響を出来るだけ客観データに基づいて分析することにより、長期エネルギー需給見通しの議論、とりわけ原子力の長期的役割に関する議論に資することにある。

 このテーマに対するアプローチの第一歩として、今回はまず各種エネルギー供給技術の技術的特性、経済性、環境放出物等に関するデータを収集した。また、これらのデータ及びエネルギー需要量の想定に基づき線形計画モデルによるエネルギー需給シナリオの分析

を行なった。そしてこれらのデータの活用をもとに、特に原子力を削減した場合に引起される経済、環境インパクトを分析することを目的として、幾つかのインパクト要因について試算を行ない、このようなシステム解析方法の可能性を確かめた。

 2 エネルギーシステムのモデル化

 エネルギーの生産あるいは輸入から、変換、貯蔵、輸送、利用に至るエネルギー・フローに沿って、各種エネルギー技術を分類、体系化し、トータルエネルギー・システムのモデル化を行なった。図1に分析対象システムのエネルギー・フローの概略を示す。エネルギー供給技術としては、石油、LNGに関する技術、石炭の直接利用、液化、ガス化に関する技術、原子力発電、核燃料サイクル、核熱利用に関する技術、水力、地熱、太陽光、風力、波力、海洋温度差等の発電技術及び太陽熱直接利用技術等を対象とした。

 3 エネルギー技術データ

 図1に示すような各種エネルギー技術に関して、次のデータを収集した。技術的特性を示すデータとして、ユニット規模、エネルギー変換技術の効率あるいはプロセス技術の燃料入出力(得率)、耐用年数、最大稼動率のデータを収集している。経済性を示すデータとしては資本費。運転維持費等を環境データとしてSOX、HOX、ばいじん、CO2、放射性物質、排熱等の排出原単位を、さらに各技術の導入開始年と導入上限制約等のデータも収集している。

 プロセス技術システムの製品コスト、発電技術システムの発電コストは資本費、運転維持費及び燃料費からプロセス、発電の効率、稼動率を考慮して算出される。資本費は統一的に建設費を金利8%として耐用年数で均等償還するものとして求めている。化石燃料コ

ストで最も低いものは石炭であり、原油価格は2020年に実質で1980年の3.9倍になり、輸入液化石炭は2000年以降原油より安くなると想定している。発電コストでは一審低いのが原子力で、軽水炉が2010年迄最も安く、それ以降は高速炉が最も安くなっており、石炭火力は原子力発電より数十%高い。重油火力はコストの上昇率が最大であり、太陽光発電(分散形)ははじめコストが高いが次第にコストが下り、2000年で重油火力と、2010年で石炭火力とコストが等しくなっている。

 4 エネルギー需給シナリオ

4.1 エネルギー需要量の想定

 エネルギー需要量の想定は、経済成長や産業構造の見通し、省エネルギーの見通し等に大きく依存し、その分析は容易ではない。今回は昭和54年8月の総合エネルギー調査会需要部会「長期エネルギー需給暫定見通し」の1995年までのエネルギー総需要量の値を大枠として、その傾向に従って2020年までの部門毎エネルギー需要量を、エネルギー需要モデルによって積上げ計算した。

図1 エネルギー・フローの概略


4.2 エネルギー需給シナリオ分析

 前節で与えられたエネルギー需要量に対し、一次エネルギー供給量ならびにエネルギー変換技術等の設備導入量を、線形計画法による最適化計算コードMARKALを用いて計算した。〔MARKALはIEA研究開発委員会の「エネルギー研究開発のためのシステム分析プロジェクト」により開発され、そのブルックへブン国立研究所版が日本原子力研究所により導入整備されている。〕計算は、一次エネルギー供給量、エネルギー技術設備導入量に制約条件を与えて、この条件のもとにシステム・コストが最小になる解を求めるものである。

 エネルギー供給シナリオのケースとしては、暫定見通しを延長した基準ケース(P)、原子力削減ケースⅠ(石炭促進ケース、NP)、原子力削減ケースⅡ(石炭、再生エネルギー促進・補完ケース、R)の三つのケースについて試算、分析した。図2、3に基準ケース(P)及び原子力削減ケース(NP)の一次エネルギー導入量を示す。原子力削減ケースの場合、石炭は現実的制約を超えて導入可能としており、原子力の削減によって一般炭の輸入が大幅に増えることが特徴的である。また基準ケースの原子力発電はNPケースでは石炭火力により代替されている。水力、地熱以外の再生可能エネルギーはRケースにおいても余り大きなシェアを占めていない。

 なお、原子力削減ケースの大量の一般炭が輸入可能か否かは問題であるが、この結果はむしろ暫定見通しを延長したエネルギー需要を原子力削減の下で満たすにはこれだけの一般炭の輪入が必要であるという意味に解釈すべきであろう。同様に大量の輸入液化石炭に

ついても、原油供給制約下で与えられたエネルギー需要を満たすために必要な量と考えている。

 5 インパクト分析の可能性の検討

 まず3節に基づいて、大気汚染物質や放射性物質、石炭灰等による環境インパクトを分析する際の排出原単位を整理し、他方事故安全性を含むリスクアセスメントの方法論の検討を行なった。また、トータル・システム・コスト(設備投資、燃料輸入コスト等)やいくつかの環境放出量、インフラストラクチャーの所要量について、需給シナリオのケースによる差を試算し、本システム分析方法によるインパクト分析の可能性を検討した。

図2 一次エネルギー導入量(基準ケース(暫定見通し延長)、ケースP)


図3 一次エネルギー導入量(原子力削減ケースⅠ(石炭促進)、ケースNP)


 原子力削減ケースⅠで基準ケースの原子力発電に代替するのは百万KWの石炭火力200基であり、これに要する石炭は2020年迄の40年間に65億トン、この石炭火力から出る石炭灰の量及び石炭灰全量を厚さ10mで埋立て処理する時の所要面積は40年間に各々9.2億トン及び170Km2となっている。また百万KWの石炭火力200基分の建設費は30兆円であるのに対し、その燃料供給に必要な石炭インフラストラクチャー(海外の採掘、鉄道、港湾、我が国迄輸送するための船舶、国内臨海のコールセンター)の投資額は15兆円で、石炭火力自身の建設費の半分になっている。

 6 結語

 以上のように、原子力を削減した場合の経済、環境に与えるインパクトを明確化し、定量化を行なった。このように様々なケースについて前提を明示した上でデータに基づいて定量的に議論を展開するシステム解析方法は、データの設定や前提条件にいくつかの課題を残すものの、原子力の長期的役割を考える際に有効であることが確認された。

 今後の課題としては、まず①エネルギー需給と国民経済との関連の分析が挙げられ、原子力を削減した場合の経済的影響の解析のため、マクロ経済モデル的検討が必要と考えられる。次に②環境影響や事故安全性を総合的に分析するリスク・アセスメントの必要性が挙げられる。以上のような分析の基礎として、③エネルギー技術データの体系的整備とそれに基づくエネルギー需給の長期的ビジョンの作成が必要であり、その全体の整合性をエネルギー需給モデルにより繰返し見直して行くことが有効と考えられる。以上①-③の項目は55年度の課題として現在研究調査中である。


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