前頁 |目次 |次頁
資料

環境・安全専門部会報告書(環境放射能分科会)


昭和49年7月
環境・安全専門部会


はじめに

1 昭和47年6月に発表された原子力開発利用長期計画によれば、原子力発電開発規模は昭和55年度において約3,200万キロワットと見込まれており、さらに昭和60年度には約6,000万キロワット、昭和65年度には約1億キロワットの規模の原子力発電が必要であるとされている。
 このように、今後わが国においては原子力発電所の建設が各地で進められるとともに、相当規模の再処理工場の設置も必要となろう。これらの施設から放出される気体及び液体廃棄物中の放射性物質は、個々の施設としては微量であるとしても、施設数の増加とともに漸時増大していくことは避けられない。
 原子力の開発利用にともなう環境放射能に対する国民の一般の関心もまた高まってきているところである。

2 当分科会は、原子力委員会の諮問により、昭和47年6月以降、原子力施設から放出される放射性物質に関し、

(1)「as low as practicable」の原則のとり入れ方

(2)環境放射線モニタリングのあり方

(3)環境放射能に係る研究開発のあり方
についての検討を進めてきた。
 本報告書第1章は、上記(1)に関して、原子力施設から環境に放出される気体及び液体廃棄物中の放射性物質に対する「as low as practicable」の原則のとり入れ方についての検討、換言すれば、原子力の開発利用にともなう放射能による国民の被ばくについて、その線量が線量限度以下でもさらに実用可能な範囲で最小限におさえられるためには、原子力施設から、環境に放出される放射性物質に係る諸施策が現時点においていかにあるべきかについての検討の結果をとりまりめたものである。
 また本報告書第2章は、上記(2)に関して、原子力施設から放出される放射性物質に関し、環境放射線モニタリングのあり方の検討を進めてきた結果をとりまとめたものである。
 なお、「環境放射能に係る研究開発のあり方」については、当分科会において検討を重ねてきたところであるが、検討事項も広汎にわたるため報告書のとりまとめにはいたらず、原子力委員会において適切な場を設け、引き続き検討されることを要望する。
 当分科会及びワーキング・グループの構成並びに開催日は以下のとおりである。

環境放射能分科会委員名簿(50音順)

主査
旧主査
委員















旧委員
渡辺 博信
田島 英三
伊沢 正実
井上  力
大山  彰
小幡 八郎
桂山 幸典
金岩 芳郎
佐伯 誠道
柴田二三男
都甲 泰正
長岡  昌
中島健太郎
浜田 達二
牧野  昇
宮永 一郎
山県  登
吉岡 俊男
河内 武雄
鷲巣 英策
和田 文夫
放射線医学総合研究所環境衛生研究部長(47年9月から)
立教大学教授(47年9月まで)
放射線医学総合研究所環境汚染研究部長
通商産業省資源エネルギー庁長官官房審議官
動力炉・核燃料開発事業団理事
環境庁長官官房審議官
京都大学教授
東京芝浦電気(株)原子力副本部長
放射線医学総合研究所東海支所臨海実験場長
中部電力(株)常務取締役
東京大学教授
NHK解説委員
動力炉・核燃料開発事業団東海事業所再処理建設所長
理化学研究所主任研究員
三菱総合研究所常務取締役
日本原子力研究所東海研究所保健物理安全管理部長
国立公衆衛生院放射線衛生学部長
日本原子力発電(株)常務取締役
前中部電力技術最高顧問(47年12月まで)
前環境庁長官官房審議官(48年7月まで)
前通商産業省公益事業局技術長(48年7月まで)

ALAPワーキング・グループ構成員名簿(50音順)

主査
渡辺 博信
桂山 幸典
金田 久*
佐伯 誠道
沢口 祐介*
中島健太郎
橋本 達也*
宮永 一郎
森 雅英*
中部電力(株)浜岡原子力建設所放射線管理課長
東京電力(株)原子力保安部主査
日本原子力発電(株)敦賀発電所安全管理課副長
関西電力(株)福井原子力事務所放射線管理課長
(*:分科会委員以外のワーキング・グループ構成員)

環境モニタリングワーキング・グループ構成員名簿(50音順)

主査
渡辺 博信
伊沢 正実
佐伯 誠道
浜田 達二
宮永 一郎
山県 登
 

環境放射能分科会開催日

第1回
第2回
第3回
第4回
第5回
第6回
第7回
第8回
第9回
第10回
第11回
第12回
第13回
第14回
第15回
第16回
第17回
第18回
第19回
第20回
第21回
第22回
昭和47年





昭和48年










昭和49年



6月30日
7月21日
8月30日
9月28日
11月8日
12月22日
1月26日
2月3日
2月10日
2月14日
2月16日
3月9日
3月19日
4月19日
5月17日
6月20日
10月26日
1月31日
2月25日
5月31日
7月1日
7月19日

ALAPワーキング・グループ会合開催日

第1回
第2回
第3回
第4回
第5回
第6回
第7回
第8回
第9回
第10回
第11回
第12回
第13回
第14回
第15回
第16回
第17回
昭和48年












昭和49年


5月16日
5月23日
5月31日
6月18日
6月27日
7月11日
8月1日
8月13日
8月27日
9月20日
11月10日
11月28日
12月18日
5月31日
6月14日
6月20日
7月10日

環境モニタリングワーキング・グループ会合開催日

第1回
第2回
第3回
第4回
第5回
第6回
第7回
第8回
第9回
第10回
第11回
第12回
昭和48年






昭和49年



7月16日
9月27日
10月16日
10月31日
11月15日
12月3日
12月26日
1月21日
6月11日
6月17日
6月27日
7月10日

第1章 原子力利用と環境放射能

第1節「実用可能な限り低く」(as low as practic-able)の考え方

1 原子力の開発利用の進展にともなう放射線防護に対する当分科会の基本的考え方は、原子力の積極的な開発利用を計る際の放射線被ばくに関し、国民の健康の保護と環境の保全を第一義とすることである。

2 放射線の個人及び集団に対する影響については1895年レントゲンがX線を発見して以来研究が重ねられており、国際放射線防護委員会(ICRP)は、それらをもとに広く世界の専門家の参加を求めて検討した結果、原子力施設からの放射線のみならずあらゆる線源からの放射線に対する防護の基本的な考え方と個人及び集団に対する具体的な線量限度とを勧告している。1)そしてその基本的な原則の一つに「被ばく線量は実用可能な限り低くすべきある」(doses be kept as low as practicable)という考え方が示されている。2)

3 原子力施設からの放射性物質の放出に伴う環境問題は比較的新しく起ってきた問題であり、その解決には、従来からの知見をもとに環境放射能の影響を推定し、それに基づいて放出制限などの対策をたてることが必要である。
 低レベルの放射線被ばくの影響の研究は困難であり、低線量の場合に障害が生ずるかどうかを実証することは極めて難しいのであるが、原子力の積極的な開発利用をはかるうえから現在その解明は世界各国における重要な課題として強力に研究が進められているところである。
3)
 当分科会の検討は、現行法令3)に示されている公衆に対する線量限度(全身被ばくを例にとれば500ミリレム/年)の変更を意図するものではなく、ICRPの勧告の基本原則の1つである「実用可能な限り低く」(as low as practicable)の考え方を具体化するための方策について検討を行ったものである。

4 当分科会は、本検討を進めるにあたって、ICRPの考え方に沿って諸施策が進められるべきものと考えた。そこでICRPの勧告から一部を引用しその考え方を再確認することとしたい。4)
 ICRPの勧告は、「放射線に対するいかなる被ばくにも白血病その他の悪性腫瘍を含む身体的効果および遺伝的効果を発現させる危険がいくらかあるという慎重な仮定に基づいている。……この仮定は、まったく安全な放射線の線量というものは存在しないということを意味している。委員会は、これは控え目な仮定であり、いくつかの効果の発現には必要な最小線量、つまりしきい線量があるかもしれないことを認めている。しかし、積極的に肯定する知識がないので、低線量でも障害の危険があると仮定するという方針が、放射線防護の基礎として最も合理的である。」としている(29項)5)
 このような考え方とともに、「X線、およびラジウムその他の放射性物質の使用の長い経験は、人間その他の生物における放射線障害に関する知見と相侯って、電離放射線の使用と利益を不当に制限することなく、放射線障害の発生の確率を低く保つような数値に最大許容線量を設定することができることを示している」としている(38項)。6)
 これらがICRPの勧告の現在の基礎をなしていると言える。
 ICRPは職業上の被ばくに対しては、「最大許容線量」として、医療上の被ばく及び自然バックグラウンド放射線からの被ばくを除いて、生殖腺及び赤色骨髄(及び均等照射においては全身)被ばくについて1年につき5レム並びに甲状腺について1年につき30レムを勧告している。公衆の構成員に対しての制限は、「これを放射線源の設計や操作についての基準として、公衆の中の個人が規定された線量をこえて被ばくしないようにすることを意図したものである。」とし(70項)、「線量限度」という言葉を使っている。その値としては、各組織及び臓器に対し、職業人に対する最大許容線量の10分の1を勧告している(72項)。ただし、年少者(16才未満)の甲状腺については、さらにその2分の1としている(73項)。
 また、集団の被ばくについては、全集団に対する7)遺伝線量の限度として、「自然バックグラウンド放射線および医療行為からの線量以外に、その他のすべての線源から5レムを決してこえるべきではないこと」を勧告している(86項)。さらに、ICRP8) はこの限度について、「被ばくを正当化する危険8)と利益との評価が不確実なために、この限度がおこりうる障害と生じうる利益との間の適正なバランスを実際には示していないかもしれない」ということを強調し(83項)、そして「ただ一つの型の集団の被ばくが全体のうちの不釣合いな分け前を占めることはないよう確実にすることが重要であること」を指摘し、「割当のやり方は国ごとに異なるいろいろな事情によって左右され」「そして、国情、および経済的、社会的考慮により決まるであろう」と述べている(87項)。
 以上のような線量限度の勧告に加えて、ICRPは「どんな被ばくでもある程度の危険を伴うことが 9) ある9)ので、委員会は、いかなる不必要な被ばくも避けるべきであること、および、経済的および社会的な考慮を計算に入れたうえ、すべての線量を容易に達成できる限り低く保つべきであること(all doses be kept as low as is readily achievable)」を勧告している(52項)。
 以上述べたようなICRPの考え方に沿って、原子力施設の稼動による被ばくから一般公衆を防護するにあたっては、線量限度を十分守るだけではなく、さらにその「実用可能な限り低く」の原則について十分な配慮がなされなければならないのである。

5 わが国においては、ICRPの勧告の趣旨を尊重し放射線審議会の答申を経て所要の法令が制定されている。すなわち、一般公衆に対する放射線防護の10) 観点から原子力施設10)に対して周辺監視区域の設定を義務付けるとともに,周辺監視区域外の許容被ばく線量並びに空気中及び水中の放射性物質の許容濃度をICRPの勧告に基づいて定めている。
 また、原子力施設は、その設置許可の段階において国の安全審査を受け、これに従って環境への放射性物質放出をその時点での技術水準に照らして実用可能な範囲で低減する設備設計がなされている。さらに、運転に当っては、保安規定中に放射性物質の放出管理等に関する項目を定め、「実用可能な限り低く」の勧告に対しても十分考慮が払われてきている。

第2節「実用可能な限り低く」の原則の原子力施設への適用に際しての考え方

1 原子力施設の周辺公衆に対する許容被ばく線量(ICRPの勧告にいう線量限度に相当する。)についてはすでに現行法令に明確な値が定められているが、さらに被ばくをこの線量限度より「実用可能な限り低く」保つということについての規定ないしは指針等を定めることは、次に述べるようなことから望まれるところである。

2 すなわち、一般公衆の立場としては、原子力利用による放射線被ばくについて、それが単に線量限度を大幅に下まわるものであると定性的に説明されるよりも、どの程度まで低いのかが数値的に明らかにされることによって,より安心感を持つことができるであろう。
 一方、原子力施設の設置者にとっては、具体的に数量化された指針が定められることにより、「実用可能な限り低く」の原則を達成するための施設の設計及び運転に当っての管理上の目標が明確になる。
 さらに、原子力施設の設置、運転等について指導監督するという行政上の立場からも、上記原則の数量化が望まれるところである。
 したがって、明確に数量化された形で、「実用可能な限り低く」の原則を取り入れるのが、一般公衆の立場からも、設置の立場からも、また行政上の立場からも、望ましいと考える。

3 「実用可能な限り低く」の定量的目標を原子力施設から環境に放出される放射性物質の量について定めるか、周辺の住民が受ける線量について定めるかについては議論の分かれ得るところである。
 例えば、原子力発電所の場合、原子炉ごとの放出量について定量的目標値を定めるべきであるとの論もありうるが、当分科会としては人間に直接かかわりあうのは被ばく線量であり、したがって原子炉1基ごとよりも原子力発電所ごとに放射性物質放出の低減化に一層の努力がなさるべきであること等を勘案し、「実用可能な限り低く」の目標値を周辺住民の被ばく線量について設定すべきであるとの結論に達した。
 この目標値(以下「線量目標値」という。)は、あくまでも「実用可能な限り低く」の目標値であり、現在及び将来の原子力施設の設計、運転等に際してのよりどころとされるべき数値であって、現行法令の周辺公衆に対する線量限度を変えるものではない。

4 ICRPの勧告に示されている線量限度はこれをわずかにあるいは相当こえたとしても、それに由来する影響は非常に低いレベルにあると考えられるものである(ICRP Publication9、第74項参照)。
さらに前記の線量目標値は、ICRPの勧告に述べられているごとく「経済的及び社会的考慮を計算に入れたうえで」この線量限度を十分に下回るよう定めようとしているものである。
 したがって、線量目標値の設定は、現在までの原子力施設の実績を考慮するとともに、近い将来実用可能との見通しが得られている放出放射性物質低減技術を取り入れたものとして、試算される周辺公衆の個人のうける被ばく線量をもとになされるのが適切であると考える。

5 わが国をはじめ諸外国の原子力施設のうちで軽水型発電炉はその運転基数が多く、また、放出放射性物質低減技術の実用化についてはかなり具体的になっており、開発段階ではあるが一部その効果が実証されている。一方、その他の原子力施設については、同一種類の施設数も少なく、それに対する有効な低減技術の研究がかなりすすめられているものの、未だ実証されたものは少ない。
 このため、当分科会としては、現在わが国で広く採用され今後もかなりの割合で建設が進められると考えられる軽水型原子力発電所について、現在の知見をもとに共通に適用されるべき線量目標値の具体的数値を定めることができるものと考える。
 以下、次節において軽水型原子力発電所からの放射性物質の放出実績、これによる周辺公衆の被ばく評価について述べる。

6 また、線量目標値が設定された場合には、それに加えて、この線量目標値を達成するために、原子力施設における環境への放射性物質の放出に係る管理のための基準(「管理の基準」)を設定することが必要である。

第3節 軽水型原子力発電所からの放出実績及び被ばく評価

1 軽水型原子力発電所で生じる放射性廃棄物の種類、発生量及び環境への放出量は、原子炉の型式をはじめ、廃棄物処理系等の原子炉関連設備の設計、運転管理方法等により異なる11)。また、放出量が同一であっても発電所周辺におよぼす影響は発電所の立地条件(気象条件、周辺監視区域境界までの距離等)によりかなりの相違が生じる。
 軽水型原子力発電所から環境に放出される放射性物質は気体及び液体廃棄物に含まれる。これらの放射性物質による人の被ばくの形態には、これらの環境中の放射性物質から受ける外部被ばくと、空気、水または農畜水産食品を介して人が摂取する放射性物質から受ける内部被ばくとがある。

2 放射性気体廃棄物の大半は放射性希ガス(クリプトン、キセノン)である。これによる被ばくは大気中に放出された希ガスを含む放射性雲(plume)からの外部被ばくである。
 気体廃棄物中には、希ガスの他、気体状あるいは粒子状の放射性物質が若干含まれているが、これらの放射性物質の中では放射性ヨウ素(ヨウ素-131)に注目する必要がある。放射性ヨウ素による被ばくには、これを含む空気の吸入による甲状腺被ばくに加え、葉菜類の摂取及び牧草→乳牛→ミルク等の食物連鎖を通じての甲状腺被ばくがある。わが国においては軽水型原子力発電所の敷地周辺に牧草地がない場合が多く、その様な場合には葉菜類の摂取による被ばく評価(葉菜類→成人、及び葉菜類→母親→母乳→乳児の食物連鎖を通じた被ばく評価)を考える方が適当である。
 液体廃棄物については、わが国の原子力発電所が現在のところ全て海岸立地であり液体廃棄物の放出が海洋に行われているので、被ばくの可能性は飲料水経路によるものではなく、魚貝類、海藻類等の海産食品の摂取経路による内部被ばくである。
 なお、上記以外にも多数の被ばく経路が考えられるが軽水型原子力発電所については、通常時の放出放射性物質の量とその放出形態から考えて、これらの経路による被ばくは上記の経路によるものと比べて十分小さいと考えられる。

3 被ばく経路による被ばく線量の算定には、放出量と放出の形態、気象条件、海象条件、海産生物の種類、生物による濃縮係数、食品の摂取量等の諸パラメータが必要となる。上記の主なパラメータについては附録1の「被ばく評価モデル」12)に示してある。当分科会ではこの「被ばく評価モデル」を用いて被ばく線量の算定を行った。

4 まず気体廃棄物の放出実績に基づく被ばく評価であるが、わが国の沸とう水型(BWR)発電所周辺における希ガスによる被ばく線量は、1972年の米国の実績約10~130ミリレム/年に対して0.6~1.9ミリレム/年(昭和47年度実績)であり、また加圧水型(PWR)発電所については、1972年の米国の実績0.05~17ミリレム/年に対して、わが国では0.1ミリレム/年以下(昭和46、47年度実績)となっている(附録2第2表参照13))。なお、これらの実績はほとんど1敷地当り1基の場合のものである。一般にわが国の実績が米国のそれより低くなっている理由は、運転日数が浅く原子炉内部の状態が比較的清浄な時のものであること及び放出放射性物質低減化技術を積極的にとり入れたことである。とくに沸とう水型(BWR)の発電所についてその差が大きいのが活性炭式希ガスホールドアップ装置を採用することにより希ガスの放出量を積極的に低減させたためで一般に米国の実績より低くなっているのである。
 次に、現在稼動中の軽水型原子力発電所の気体廃棄物中の放射性ヨウ素(ヨウ素-131)の年間の放出量から周辺監視区域境界外で地表濃度が最大となる地点の値を推定すれば、10-15~5×10-14μCi/cm3程度である(附録2第4表参照)。
 当分科会が線量目標値を設定するために作成した「被ばく評価モデル」を用いると、甲状腺被ばく線量は、空気中の放射性ヨウ素濃度が10-14Ci/cm3の時、吸入及び葉菜摂取で約6ミリレム/年、牛乳摂取も考慮すると約10ミリレム/年程度となる。したがって、前述の放出実績による牛乳摂取まで考慮した甲状腺被ばく線量は、乳児の場合が最大となり、約1~50ミリレム/年となる。

5 液体廃棄物については、わが国の軽水型原子力発電所では、放射性廃液の回収処理による水の再使用の徹底化と積極的な固化により、液体廃棄物として環境中に放出される放射性物質は非常に少なくなってきており、放出実績(附録2第5表参照)を考慮すると今後も平均的レベルで見れば100万KW級の軽水炉においても1基当り年間1Ci程度(トリチウムを除く)におさえることは可能であると考えられる。
 核種組成については代表的実績例を用い、この場合について附録1の評価モデルに従って被ばく線量の算定を行なうと、全身被ばく線量は約0.2~0.5ミリレム/年、甲状腺被ばく線量は約0.1~0.6ミリレム/年となる。なお、これらの結果は、液体廃棄物の核種組成及び原子炉出力によって若干は変化するものと考えられる。
 また、この評価にあたっては、海洋での希釈効果を無視し、海水濃度として復水器冷却水放出口における値を用いるとともに海産生物の濃縮効果を考慮に入れ、海産物の摂取量についてはわが国の実情に応じた値を採用した。
 なお、被ばく評価モデルにおいては、放射性ヨウ素の海洋放出による甲状腺被ばく線量については、海水中にヨウ素の安定同位体が多量に存在することを考慮し、海水、海産生物及び甲状腺における放射性ヨウ素の比放射能が一定であると仮定して計算した。
 トリチウムの環境放出量は、附録2第6表からみて、わが国でもBWR発電所で1基あたり、100Ci/年、PWR発電所で1基あたり1,000Ci/年程度となることも考えられるが、1,000Ci/年程度の放出を仮定してもトリチウムには海産生物による濃縮効果がないと考えられているので、全身被ばく線量はトリチウム以外の液体廃棄物にくらべ十分低い。

第4節 軽水型原子力発電所の線量目標値と管理の基準

1 軽水型原子力発電所については、前節で述べたとおり、線量目標値の具体的な数値を設定することが可能と考える。なお、「実用可能な限り低く」の原則をその他の原子力施設にどのように適用して行くべきかについては、次節にその考えを述べる。

2 前節で軽水型原子力発電所からの放出実績をみてきたが、「実用可能性」を基礎にして線量目標値を設定する場合、発電所の耐用年数中のほとんどの年度でこれを超えるべきでなく次のような配慮をする必要がある。

(1)わが国の軽水型原子力発電所からの放出実績に基づく被ばく線量の算定値は米国にくらべ低くおさえられているが、わが国での運転経験年数が少ないため燃料サイクルが平衡サイクルに到達しておらず、米国の実績によると同一の原子炉で同一の処理施設を有する場合でも経年的な増減が大きいこと。

(2)1敷地当り1基のみ設置している現状から複数基設置に進む場合、及び1基当りの出力も大型化すること。さらに、近接する軽水型原子力発電所間の被ばくの重畳についても考慮すること。

(3)線量の算定については、被ばく経路、被ばく評価に用いる種々のパラメータをどのように想定するかによって値が異なり、一義的に決るものでないこと。

(4)設計に当って原子炉の耐用年数中に起り得ると想定した運転状態の変動幅を含めて達成できるようなものとすること。
 当分科会は、これら種々の要素を総合的に判断した結果、軽水型原子力発電所から環境に放出される放射性物質(気体及び液体廃棄物に含まれる)に関して、発電所周辺のクリティカル・グループ14)の代表的個人について、全身被ばくの線量目標値として全身線量(生殖腺または造血臓器の線量当量をいう。以下同じ15))年間5ミリレム、ヨウ素による甲状腺被ばくの線量目標値として甲状腺線量(線量当量、以下同じ)年間15ミリレムを提案する。
 なお、上記の線量目標値はICRPが公衆の個人に対して勧告している線量限度の100分の1以下16)に相当している。この全身被ばくの線量目標値は、わが国における自然放射線による被ばく線量の約5%であり、国内における自然放射線による被ばく線量の地域差に比べても十分小さい(附録4参照)。
 また、全身及び甲状腺以外の臓器線量として、希ガスによる皮膚線量、粒子状気体廃棄物による肺、骨、胃腸管の各線量、並びに液体廃棄物による骨、胃腸管の各線量及び遊泳時の皮膚線量についても検討したが、これらの臓器については十分低い値となるので、全身及び甲状腺について上記線量目標値を設定しておけばよいものと考える。

3 個々の軽水型原子力発電所の運転にあたっては、間接的な線量目標値よりも環境に放出する放射性物質に関する基準を定めた方が管理上好ましいと考えられる。このような管理の基準は発電所によって当然異なることになるので、当分科会は個々の施設の保安規定において管理の基準を決めることを提案する。
 すなわち、管理の基準としては、個々の施設の放出の形態を考慮して、気体及び液体放射性廃棄物に対し、これらによる公衆の全身及び甲状腺の被ばく線量の算定値が、それぞれ上記の「線量目標値」となるような、例えば年間の総放出量、放出率、平均放出濃度等、適切なものを定めるべきである。

4 線量目標値から管理の基準を定めるにあたっては、軽水型原子力発電所から環境に放出される放射性物質に関して、発電所周辺のクリティカル・グループの代表的な個人について、放射性希ガス及び海産物摂取による全身被ばく並びに葉菜、海産物、母乳摂取(敷地周辺に牧場がある場合は牛乳摂取も含める)による甲状腺被ばくを考慮すれば良いと考える。また、この場合、現実的な計算方法及びパラメータを用いて評価するものとする。

5 線量目標値の達成の難易度は、個々の軽水型原子力発電所によって異なることになる。
 すなわち、個々の発電所における原子炉の設置数、原子炉の出力、立地条件等によって異なる。
 しかし、このような難易度の差は、設計においてあるいは運転管理において吸収すべきものであると考える。
 各施設に対する管理の基準の具体的適用にあたっては、その基礎となっている「線量目標値」がICRPの勧告している線量限度の100分の1以下となっていることに鑑み、厳密な意味での上限値と考える必要はない。軽水型原子力発電所に対する管理の基準の適用にあたっては、ある期間を限って、ある程度の自由度は国の監督下において考慮されてしかるべきであると考えられる。
 例えば、上記管理の基準を超えて放射性物質の放出があった場合においても、国への報告、原因の究明、環境放射線モニタリングの強化等、その超過の程度に応じた措置が行われることを条件に、ある期間を限って運転を認めることが考えられる。
 実際の施設に対する管理の基準の適用についての詳細は、運転の自由度等についての技術上の検討を含め国の責任のもとに保安規定等に定められるべきであると考える。

第5節 その他の原子力施設についての線量目標値と管理の基準

1 軽水型原子力発電所以外の原子炉施設のうち、わが国においてかなりの運転実績が得られているのはガス冷却型原子力発電所及び研究用原子炉施設である。
 ガス冷却型原子力発電所としては、日本原子力発電㈱東海発電所(天然ウラン黒鉛減速炭酸ガス冷却型)がわが国唯一のものであり、このガス冷却型原子力発電所からの気体廃棄物の主体は、アルゴン-41でこれによる周辺監視区域境界における被ば17) く線量は1ミリレム/年を下まわっている。また、液体廃棄物は軽水型原子力発電所に比べて少なく、環境へ放出される放射性物質の量は年間0.5Ciを下まわっている。

2 現在運転中の研究用原子炉としては、附録3第1表に示すものがあるが、これらはほとんどが炉型式及び炉出力がそれぞれ大きく異なるものであり、一括して論ずることはできない。そこで、ここでは炉出力、設置基数、年間の利用率等を考慮し、その代表例として、日本原子力研究所東海研究所及び京都大学原子炉実験所の研究用原子炉を検討の対象にした。
 研究用原子炉施設から環境に放出される放射性気体廃棄物の主なものはアルゴン-41などの希ガスであり、気体廃棄物による周辺監視区域境界の被ばく線量の最大値は日本原子力研究所東海研究所においては10ミリレム/年、京都大学原子炉実験所においては3ミリレム/年と報告されている。18)
 日本原子力研究所では、従来からアルゴン-41の放出量を低減するための努力がなされてきたが、さらに放射性アルゴンの生成量と排気系への漏洩量とを低減することを計画している。
 以上のことから、研究用原子炉施設から放出される気体廃棄物による周辺監視区域境界における公衆の全身被ばく線量を、近い将来において5ミリレム/年以下に保つことは可能と考えられる。
 研究用原子炉施設からの液体廃棄物の放出は小さくこれによる全身の被ばく線量も5ミリレム/年よりも小さいと推定される。

3 以上の検討結果からガス冷却型原子力発電所(日本原子力発電㈱東海発電所)については、軽水型原子力発電所について定めた線量目標値に準じた値を適用することが可能であると考える。また、研究用原子炉施設においても近い将来において可能であると考える。
 なお、研究用原子炉施設においては研究目的から同一敷地内に他の施設を設置する必要があることや、研究内容に対応できる余裕を必要とすることから、今後とも放射性廃棄物の放出低減のための一層の努力が必要である。

4 一方、軽水型原子力発電所、ガス冷却型原子力発電所及び研究用原子炉施設以外の原子力施設(例えば新型炉、再処理施設)に対する有効な低減技術についてはかなりの研究がすすめられているものの未だ実証されたものは少ないので、これによる効果をとり入れて周辺公衆の被ばくを試算することのできる段階にはない。これらの原子力施設については、将来の施設数の増加及び容量の増大の見通し並びに放出放射性物質低減技術の実用可能性の見通しを考慮し、適切な時期にそれぞれの線量目標値を定めること、及びこれらの原子力施設についても放出放射性物質低減化についての努力をすることを強く望むものである。

第6節 まとめ

1 当分科会は、ICRPの放射線防護に関する基本的考え方を考慮し、また原子力利用に伴なう放射線被ばくに対する国民一般、とくに原子力施設周辺公衆の認識と、急増するわが国のエネルギー需要に対処するための原子力の役割とを念頭におき、「実用可能な限り低く」の原則の取り入れ方を検討した結果、この原則を以下に述べるような形でわが国の原子力の開発利用の推進の際に取り入れることは極めて有用と考える。

2 原子力の開発利用による国民の被ばくについては、現在においても線量限度19)を十分下まわっているのであるが、当分科会は、さらに、ICRPの精神である「実用可能な限り低く」(as low as practic-able)の考えを具体化するための検討を行なった。
しかしながら当分科会は、現行の線量限度自体の変更を検討したものではない。

3 当分科会は、原子力施設の設計、運転の上からも、また、国民の納得を得る上からも、さらに原子力施設の設置運転等について指導監督するという行政上の立場からも、放出放射性物質による一般公衆の被ばくを「実用可能な限り低く」するという原則を数量化した「線量目標値」を定めることが望ましいと考えるので、それが可能な場合にはこれを定めることを提案する。また、この線量目標値を設定した場合には、それを達成するために、原子力施設の運転に対応した「管理の基準」を定めることを提案する。

4 原子力施設のうち軽水型原子力発電所は、わが国において当面原子力発電の主流を占めるものであるが、その運転基数は多く、放出放射性物質低減技術の具体的見通しが得られている。したがって軽水型原子力発電所についての「線量目標値」の具体的数値を定めることは可能であると考える。
 当分科会は、内外の軽水型原子力発電所からの放出実績をもとに附録1に示した被ばく評価モデルを用いて算定した被ばく線量の値、予想される経年変化、放出放射性物質低減技術の具体的見通し、容量の相違、複数基設置等を考慮して軽水型原子力発電所については次の線量目標値を提案する。
 すなわち、軽水型原子力発電所から環境に放出される放射性物質(気体及び液体廃棄物に含まれる)に関して、発電所周辺のクリティカル・グループの代表的個人について、全身被ばくの線量目標値として全身線量(生殖腺または造血臓器の線量当量)年間5ミリレム、ヨウ素による甲状腺被ばくの線量目標値として甲状腺線量(線量当量)年間15ミリレムとする。
 なお、これらの値はICRPの勧告している公衆の個人に対する線量限度の100分の1以下に相当する。

5 軽水型原子力発電所の「線量目標値」を達成するための放出放射性物質に関する「管理の基準」としては、放出方法を考慮して、例えば年間の総放出量、平均放出率、平均放出濃度等適切なものを定めることを提案する。
 「線量目標値」からこの管理の基準を定めるにあたっては、現実的な計算方法及びパラメータを用いて評価するものとする。

6 軽水型原子力発電所の「管理の基準」の各施設に対する具体的適用にあたっては、その基礎となっている「線量目標値」がICRPの勧告している線量限度の100分の1以下となっていることに鑑み、厳密な意味での上限値と考える必要はない。したがって、軽水型原子力発電所に対してこの値から導かれる「管理の基準」を適用するにあたっては、ある期間を限ってある程度の自由度は国の監督下において考慮されてしかるべきであると考える。

7 軽水型原子力発電所以外の原子力施設についても放出放射性物質低減技術の開発について努力し、軽水型原子力発電所と同様に適切な考え方で「線量目標値」が定められるよう望まれる。
 なお、現在運転中のガス冷却型発電所については、軽水型原子力発電所で定めた「線量目標値」に準じた値を適用することは可能であると考える。また、研究用原子炉施設においても近い将来において可能と考える。

8 なお、提案された「線量目標値」は、長期にわたって固定されるべき性質のものではなく、今後の技術の進歩、社会環境の変化等に応じて検討が加えられるべき値である。

9 当分科会としては、「線量目標値」及び「管理の基準」がすみやかにわが国の原子炉施設等に関する規制体系内に取り入れられるよう望むものである。

10 当分科会は、本報告書が国民の健康の保護と環境の保全とに役立つとともにわが国の円滑な原子力開発利用に寄与し、ひいては国民の生活水準と福祉の向上に資することを望むものである。

1)ICRPの放射線防護に関する基本的考え方及び線量限度に関する勧告は、初め1959年にICRP Pub li-cation(1958年採択)として刊行されたが、その後、1964年に、1962年までになされた改訂及び修正を加えたICRP Publication6が、1966年にはさらに広範囲にわたる再検討の結果を踏まえたICRP Publicati-on9(1965年採択)が、それぞれ刊行されている。

2)「実用可能な限り低く」(as low as practicable)という表現は、1962年のICRP勧告におけるものであり、1965年の同勧告では「容易に達成できる限り低く」(as low as is readily achievable)と述べられているが、両者には基本的な考え方の相違はない。

3)わが国の法令は基本的にはICRPの勧告を受け入れて制定されており、ICRPの勧告における線量限度に対応する数値が示されているが、「実用可能な限り低く」(as low as practicable)の原則のような一般的方針については明示されていない。

4)以下の勧告文は1965年に採択された勧告(ICRP Publication9)による。なお訳文は日本アイソトープ協会発行の「国際放射線防護委員会勧告」(1965年9月17日採択)による。

5)()の数字はICRP Publication9の各項を示す。以下同じ。

6)「不当に制限する」とは、原文では"undue restriction”となっている。

7)集団に対する遺伝線量とは、その集団の各人が、受胎から子供をもつ平均年令までにこれを受けたと仮定した場合に、それらの個人が受けた実際の線量によって生じるのと同じ遺伝的負担を全集団に生じるような線量である(84項)。集団に対する遺伝線量は遺伝有意年線量に子供をもつ平均年令をかけたものとして算定することができ、この平均年令はこの勧告の目的には30年とされる。集団に対する遺伝有意年線量とは個人の生殖腺線量に被ばく後受胎される子供の期待数を措けて平均した値である(85項)

8)「危険」とは原文では”risk”となっている。

9)「伴うことがある」は原文では“may involve”となっている。

10)ここで言う原子力施設とは、「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」(昭和32年法律第166号、以下「原子炉等規制法」という。)によって規制を受ける原子炉施設並びに核燃料物質等の製錬、加工、再処理及び使用施設である。以下同じ。

11)軽水型原子力発電所における放射性廃棄物の発生、処理技術及び放射性物質の環境への放出実績については附録2に示す。

12)本モデルは、軽水型原子力発電所からの放出放射性物質の量から被ばく線量を算定するために設定されたものであって、その設定にあたり当分科会は現在までに報告されているもののうち、現実的と考えられる計算方法、評価パラメータを採用することを基本方針とした。これらの計算方法、評価パラメータは、新しい知見に基づき変更されるべきものであり、また評価にパラメータは実態調査等に基づく数値を導入してさらに現実的にしうる性質のものである。なお、以下の被ばく線量の算定にあたっては可能な限り本モデルによることとしたが、個々の発電所について具体的なデータの欠けているものについては過大な被ばく評価となるような仮定を設けて算定した。

13)これらの数値は各発電所の放出量から算定された周辺監視区域境界における値である。計算方法等については個々の施設で若干の相違はある。

14)ICRP Publication7を参照。

15)たとえば希ガスについては、評価地点の照射線量を算出し、滞在時間、住居によるしゃへい効果等を考慮して計算する。

16)全身線量及び年少者(16才未満)の甲状腺線量については100分の1また年少者以外の甲状腺線量については200分の1となっている(10頁参照)。

17)この値は、原子炉施設の周辺監視区域境界に常時人が居続けるとした場合、その人が受ける仮定的線量であって、個人が位置する場所、滞在時間、住居による遮蔽効果、人体の吸収線量への換算係数などを考慮すれば実際に周辺公衆の個人が受ける全身線量はこの算定値よりも下まわる。
18)17)参照

19)ICRP勧告によれば公衆の構成員に対する線量限度は1年につき全身被ばく0.5レム、甲状腺被ばく3レム(ただし、16才未満の年少者については1.5レム)である。


附録-1

被ばく評価モデル

 当分科会は軽水型原子力発電所から放出される放射性物質による周辺公衆の被ばく評価にあたり以下のモデルを設定した。本評価モデル設定にあたり、当分科会は、現在までに報告されているもののうち、現実的と考えられる計算方法、評価パラメータを採用することを基本方針とした。これらの計算方法、評価パラメータは、新しい知見に基づき変更されるべきものであり、また評価パラメータは実態調査等に基づく数値を導入してさらに現実的にしうる性質のものである。

1 評価対象

(1)評価対象

 評価の対象としては、原子力発電所周辺のクリティカル・グループ(1部落程度の大きさ)の代表的大人を対象とした。
 ただし、甲状腺の被ばくについては、幼児及び乳児も対象とした。

(2)被ばくの経路
 被ばくの経路は、希ガス及び海産物摂取による全身被ばく、葉菜、母乳、牛乳、海産物摂取による甲状腺被ばくについて評価した。
 その他の経路による被ばくは十分小さいので、特異な場合を除きその他の経路については評価しなかった。

(3)評価地点
イ 希ガスによる被ばくについては、クリティカル・グループの居住地点について行った。
ロ 葉菜、牛乳については、実在するか、または将来開発される可能性の大きな葉菜の畑、牧場について行った。
ハ 海産物については、漁場等について十分なデータがないときは放水口沖に魚、軟体動物、甲殻類及び海藻類が存在すると仮定した。
 漁場等について十分なデ一夕があるときは、その地点までの拡散、希釈を考慮してよいと考えた。

2 拡散モデル(気体)

(1)放出有効高さ
 放出高さは、独立のスタックについては敷地レベルからの実高に吹上げ高さを加えるものとし、格納容器ベント、ルーフベントについては敷地レベルからの実高とした。
 吹上げ高さは、ホランドの式によって計算した。
 評価地点の標高が敷地レベルより高いときは、これを考慮して評価した。

(2)風向、風速、安定度
 風向、風速、安定度は年間の実測データを用いた。

(3)拡散計算

イ γ線照射線量は、排気筒からの放射性雲(プリューム)から算出した(例えば、アングロ・クラウドコードを用いた)。

ロ 相対濃度(X/Q)の算定には、パスキルの拡散式を用い、セクダー内の平均をとった。

ハ 間けつ放出源の場合には、放出回数中、評価地点方向のセクターに放出される可能最大回数(信頼度97%)を計算するものとした。

3 被ばく線量の算定

(1)γ線による全身線量への換算係数について
 希ガスについては、評価地点の照射線量を算出し、滞在時間、住居のしゃへい効果、全身線量への換算率等を考慮して全身被ばく線量とする。換算係数としては、希ガスに関するデータが現在のところないので、国連科学委員会が自然放射線に対して採用している数値(0.64)をさしあたり使用した。

(2)食物摂取による全身線量
 食物摂取による全身線量は、ICRP Publica-tion2の可溶性核種の全身に対する最大許容水中濃度、最大許容空気中濃度から比例的に算出した。

(3)食物摂取及び呼吸による甲状腺線量
 海産物以外の食物摂取及び呼吸による甲状腺線量は次の数値を使用するほかICRP Publica-tion2のパラメータを用いて算出した。

甲状腺へ達する割合:経口摂取については0.3、経気道摂取については0.23とした。

甲状腺の質量:大人、幼児、乳児に対してそれぞれ20(gr)、4(gr)、2(gr)とした。

放射性物質の摂取率:次節以降のパラメータを用いて算出した。

 また、海産物摂取による甲状腺線量は、海水中にヨウ素の安定同位体が多量に存在することを考慮し、海水、海産生物及び甲状腺における放射性ヨウ素の比放射能が一定であると仮定して算出した。

(4)食物摂取量、呼吸率
 食物の摂取量については、評価グループに対する実態調査に基づく平均値または次表の数値を使用した。

*1ここでは、幼児としては4才、乳児としては1~2才を考えた。
*2乳児については、母乳へのヨウ素の移行率を5%として算出した。
*341年度放射能対策委託研究成果報告
 乳幼児対策に関する調査研究、乳幼児の肺機能に関する研究
(担当:日大医学部小児科学教室馬場一雄他2名)財団法人放射線影響協会

(5)濃縮係数等

イ 葉菜、及び牛乳のヨウ素-131の濃度は、空気中のヨウ素-131の濃度1pCi/m3につき、それぞれ7,000pCi/kg、650pCi/1とした。1)

ロ 海産物の濃縮係数は、表1のとおりとした。
 但し、問題となる生物種がわかっており、その生物種の濃縮係数が判明する場合には、それを使用してもよいものと考えた。

(6)希釈係数、減衰期間、除染係数
 希釈係数等は、実態調査データ、解析データによるものとするが、これらがないときは、海域における希釈、マーヶットダイリューション、洗浄による除染係数に対してクレディットをとらず、また漁期等については下記の値を使用した。

表1濃縮係数*

 なお、放水口の平均濃度の算定にあたっては、各種冷却水ポンプの年平均利用率を80%とした。

1)本評価においては、乳牛飼育に当っての生草とその他の飼料との使用割合を半々と仮定し、この値の2分の1を用いた。

*本表の濃縮係数は、NAS新(1971)、Freke(1967)、UCRL-5064(1968)、NEA-IAEA(1973)に集録されたデータをもとにしたが、これら四データはかなりばらつきがあるので、ここでは濃縮係数が高いものの桁数を採った(四捨五入による)。
 本表の生物種のグループ分けは、問題となる生物種がわかっている時は、更に細分化し、この表の値と異なった濃縮係数を採り得るものである。細分化の例として、海藻を褐榛、紅榛等に分類したり、魚を成魚、幼魚、とに分類すること等が考えられる。

附録-2

軽水型原子力発電所からの放出放射性物質

1 気体廃棄物

(1)沸とう水型(BWR)原子力発電所

イ 放射性希ガス

 通常運転時に発生する気体廃棄物の主なるものは、燃料から漏洩する放射性希ガス(クリプトン、キセノン)であり、これらの大部分は、タービン主復水器での脱気により空気抽出器を通じて連続的に放出される。この主たる排気であるタービン主復水器空気抽出器排ガスに対して、米国では減衰管により約30分間の放射能減衰を待って大気に放出する方式が標準的設計であったにもかかわらず、敦賀発電所をはじめ、わが国で建設されたBWR発電所では、約1日間貯留可能なガス減衰タンク方式を採用し、大気中への放出放射性物質の低減をはかってきた。すなわち、わが国のBWR発電所は、減衰タンク方式により減衰管方式を採用している米国BWR発電所にくらべ、希ガス放出量を約10分の1程度におさえることができた(第1表参照)。さらに現在では、活性炭式希ガスホールドアップ装置を開発し、これを米国に先がけて採用している。この装置は一般に排ガス中のクリプトンを約40時間、キセノンを約30日間保持し、24時間の減衰タンク方式にくらべて放射能をさらに50分の1程度にまで減衰させるよう設計されており、敦賀発電所では昭和46年12月より、福島発電所1号炉では昭和47年7月より使用を開始し、現在まで順調に稼動している。
 従来のタービン・グランドシール蒸気系には原子炉蒸気を使用しているため、この排ガス中には前述の空気抽出器排ガスの処理前の放射能の約1,000分の1程度に相当する希ガスが含まれており、これを減衰管により数分間の減衰をはかって、大気放出が行われていた。しかしながら、現在では、活性炭式希ガスホールドアップ装置の採用により空気抽出器排ガス系からの放出放射性物質が大幅に低減されたことに対する見合として、順次タービン・グランドシール蒸気に原子炉蒸気の使用を止め、別源蒸気を使用する設計が採用されてきており、この設計変更を行うことにより、この系統からの環境放出放射性物質は無視できる程度にまで低減されるものと思われる。
 したがって、放射性希ガスの主たる放出経路に対するこのような環境放出低減技術は実用可能なものといえる。今後さらに環境放出量を低減するためには、プラントの再起動時に使用する復水器真空ポンプによる排ガスや発電所建家換気系からの排ガスに含まれる希ガスの低減化をはかる必要があると思われる。しかしながら、これらの排気については、処理すべき流量が非常に大きいことなどから、現在の設計では処理は困難であるが、機器からの放射性希ガスの漏洩防止対策を強化するなど相当の努力をすれば、環境放出量をさらに低減化することは可能であろう。

ロ 放射性ヨウ素
 食物連鎖を通じての発電所周辺公衆の被ばくという観点から気体状の放射性ヨウ素が重要であるが、環境に放出される放射性ヨウ素の経路は前述の放射性希ガスと同様であり、減衰管方式をとっている米国BWR発電所では、空気抽出器排ガス系からの寄与が大きく、総放出量も多くなっている(第3表参照)。しかしながら、放射性ヨウ素に対しても除去効果の大きい活性炭式希ガスホールドアップ装置を採用することにより、この系統からの放出は、大幅に低減される。したがって、放射性ヨウ素が環境に放出される経路として、今後は、発電所建家換気系が主要なものとなるであろう。この系統からの放出を低減するための方策として、活性炭フィルタの設置などが考えられるが、換気系のような大流量の排ガスを処理することは設備に対する経済的負担も大きく実用的とはいいがたい面もある。しかしながら希ガスの場合と同様、発生源での漏洩防止対策を強化することなど、相当の努力をすれば、将来さらに、放射性ヨウ素の環境放出量を低減することは可能であろう。

(2)加圧水型(PWR)原子力発電所

イ 放射性希ガス
 PWR発電所の気体廃棄物の主なものはBWR発電所と同じく燃料から漏洩する放射性希ガス(クリプトン、キセノン)であるが、放出の過程がやや異なっている。すなわち、原子炉冷却系が閉回路であるため、BWR発電所のように連続的な放出ではなく、プラントの出力変動など原子炉冷却水の抽出操作に際して希ガスは冷却水に含まれて系統外に移行する。この抽出された冷却水に含まれる希ガスを脱ガス装置等で分離後、ガス減衰タンクに加圧貯留し、1~1.5ヶ月間放射能の減衰をまって大気中に放出する。なお、新しい設計のPWR発電所では、プラントの負荷変動に伴って発生する気体廃棄物の量を積極的に低減するため、現在行っているホウ酸溶液の添加、あるいは純水注入希釈方式にかえ、イオン交換樹脂を使用し温度制御によりホウ素の吸脱着を行なうホウ素再生系と呼ばれる閉回路システムが採用されている。
 この他に、格納容器及び補助建家の換気並びにタービン主復水器空気抽出器からの排気(蒸気発生器細管漏洩時のみ)に伴い放射性希ガスが放出されるが、環境放出量をさらに低減することはBWR発電所の場合と同様の努力をすれば技術的には可能であろう。

ロ 放射性ヨウ素
 PWR発電所の放射性ヨウ素の放出源も希ガスの放出経路とほぼ同様と思われる。放射性ヨウ素についても、BWR発電所の場合と同様の努力をすれば、さらに環境放出量を低減することは可能であろう。

2 液体廃棄物

軽水型原子力発電所の液体廃棄物には、原子炉冷却系統の腐蝕物の放射化により生じた腐蝕生成物と燃料から原子炉冷却水中に漏洩する核分裂生成物が含まれる。液体廃棄物は次のように大別できる。

イ 原子炉冷却系のポンプ弁等からの漏洩水(PWRではホウ素濃度調節の際の抽出水が含まれる)からなる機器ドレン

ロ 原子炉関連建家からの床ドレン

ハ イオン交換樹脂の再生で生ずる廃液(化学実験室の廃液、除染廃液を含む)。

二 汚染作業服等の洗濯で生ずる洗濯廃液
 わが国の軽水型原子力発電所では、環境への放出放射性物質の低減化に積極的に努力しており、蒸発濃縮器を増強し、放射能レベルの低い床ドレンをも蒸発濃縮する等、液体廃棄物は処理後再使用することを原則とするようになってきている。したがって現在では、環境放出の対象は、液体廃棄物処理系において処理された放射能レベルの極く低い廃液の一部と洗濯廃液のみとなっており、1972年の放出実績を比較してみると、米国の軽水型発電所の半数近くが10~30Ci/年であるのに対し、日本の場合は、0.01~0.25Ci/年と大幅に低減されている(第5表参照)。なお、今後さらに放出放射性物質の低減をはかるため、洗濯廃液の処理技術についての研究開発がなされており、近い将来実用化されるものと思われる。

 


第1表 軽水型原子力発電所の気体廃棄物放出実績(希ガス)


第2表 気体廃棄物による被ばく線量(希ガス)


第3表 気体廃棄物放出実績(ヨウ素-131)


第4表 発電所敷地境界付近における空気中ヨウ素-131濃度


第5表 液体廃棄物放出実績(トリチウムを除く)


第6表 液体廃棄物放出実績(トリチウム)

附録-3

研究用原子炉施設からの放出放射性物質

研究用原子炉の放射性廃棄物は、炉型によって異なるが、主として原子炉冷却材それ自体、冷却材中の構造材腐蝕物並びに照射孔及び実験孔内の空気又は不純物の放射化により生成されるものである。

第1表 わが国の研究用原子炉一覧

 現在運転中の研究用原子炉としては第1表に示すものがあるが、炉出力、設置基数、年間の利用率等を考慮し、代表例として、日本原子力研究所東海研究所及び京都大学原子炉実験所の研究用原子炉を挙げ、これらの施設における放射性廃棄物の放出実績及びこれによる周辺公衆の被ばく線量の評価結果について以下述べることとする。

1 気体廃棄物とそれによる被曝評価

 研究用原子炉においては、実験孔や照射孔の空間部に存在する空気中の元素が熱中性子照射を受けることによりアルゴ-41、窒素-13、窒素-16などが生成される。これらの放射化生成物は排気系を通じ排気筒から周辺環境に放出されるが、アルゴン-41以外は半減期が短くまた生成量も少ないので気体廃棄物として被ばくが問題になるのは一般にアルゴンー41のみである。

(1)日本原子力研究所東海研究所の場合
 第2表に東海研究所の研究炉からの気体廃棄物の放出実績を示す。

第2表 日本原子力研究所東海研究所における研究用原子炉の放射性気体廃棄物出量(Ci)

 JPDRの場合気体廃棄物は、主として燃料被覆のピンホールから漏洩した核分裂性の希ガス(クリプトン及びキセノン)であり、この他に窒素-13がある。
 またJRR-2とJRR-3では一次冷却材兼減速材として用いられている重水素のD(n・γ)3H反応により生成されるトリチウムが燃料交換時あるいは一次系外に漏洩した重水の蒸発により排気系を通じ気体廃棄物として排気筒から放出される。重水中のトリチウム濃度、したがってその放出量は原子炉運転時間とともに増大するが、1972年度におけるJRR-2とJRR-3の排気系からのトリチウムの放出量はそれぞれ80Ciと33Ciである。ほかにJRR-2からは微量の塩素-38、臭素-80(照射孔中の構成材料の放射化により生成されるもので年間0.3Ci以下)が放出されている。これらトリチウム及び塩素-38などによる周辺公衆の被ばく線量はアルゴン-41に比して無視できる程度に小さい。

第3表 日本原子力研究所東海研究所の研究用原子炉の放射性気体廃棄物に関する基準放出量に対する周辺監視区域境界における年間線量(最大値)

 第3表は、東海研究所の研究用原子炉及びJPDRから放出される気体廃棄物による被ばくが最大になる周辺監視区域境界の照射線量を年間の各炉の基準放出量をもとにして算定したものである。ここでJRR-2とJRR-3の基準放出量は、両炉の機能、運転条件に基づく蓋然的な年間の最大放出量である。JPDRについては、最大被ばく地点における年間照射線量が5mRになるような放出量である。
 放射性雲からの年間の照射線量の算出にあたっては、線量計算コード(STDOSE)を用いた。
本コードは英国気象局方式により濃度分布を与え大気安定度別風向別の風速及び原子炉の運転条件を考慮して線量計算を行なうものである。そして各施設についての計算結果からこれらの施設からの重畳効果を求めた。
 各施設の基準放出量に対する照射線量を重畳すると年間10mR程度である。したがって国連科学委員会の換算係数を用いれば人体組織の吸収線量は



(第1章参照)となり滞在時間等を考慮すれば周辺住民の全身被ばく線量(生殖腺等の線量当量)は5mrem程度になると考えられる。
 なお、放出実績に基づく周辺監視区域境界の照射線量の値は年間5mR以下である。したがってこれによる公衆の全身被ばく線量は、年間5mremを下回るものと考えられる。

(2)京都大学原子炉実験所の場合
 京都大学研究用原子炉(以下KURという。)からのアルゴン-41の放出実績とこれによる周辺監視区域境界の最大被ばく地点での照射線量の算定値を第4表に示す。これらの値(mR)は、排気筒高さ35m、平均風速2m/sec風向は一定とし、年間の放出実績をもとにして大気安定度を英国気象方式のカテゴリーDと仮定して線量計算コード

第4表KURからの気体廃棄物の放出実績と周辺監視区域境界における照射線量

(STDOSE)を用いて計算したものであり、風向分布を考慮していないので約3倍程度過大な評価になっていると考えられる。国連科学委員会の換算係数を用いれば人体組織の吸収線量は、過去の年間の照射線量の最大値9.1mRに対し



となる。
したがって実際の風向分布及び滞在時間等を考慮すると周辺住民の全身被ばく線量は2mrem(≒5.8×%)を十分下まわるものと推定される。
気体廃棄物中のアルゴン-41以外の核種の放出量並びにそれによる線量は無視できる程度に小さい。

2 液体廃棄物による被ばく評価

研究用原子炉施設の液体廃棄物には、原子炉冷却系中の腐蝕物の放射化により生じた放射性物質のほか、被照射試料等の照射実験により生ずる放射性物質を含む廃液がある。一般にこれらの放射性廃液はいったん放射性廃液貯槽に貯えられた後放射能測定を行ない、その濃度が管理基準値以下であると確認されたものは一般排水と混合希釈して海へ放出される。管理基準値以上のものは廃棄物処理場で濃縮固化等の処理を受ける。

(1)日本原子力研究所東海研究所の場合
東海研究所の各施設で発生する放射性廃液のうち、その放射性物質濃度が一般排水との混合希釈により排水溝出口において法定許容濃度以下となるような低濃度の放射性廃液のみが放出される。

第5表 日本原子力研究所東海研究所から放出された廃液中の放射性物質の量

 東海研究所の研究用原子炉施設以外のR・I施設等を含む全施設からの放射性廃液の放出実績を第5表に示す。放射性廃液中のトリチウム、炭素-14以外の主な核種は、コパルト-60、セシウム-137などである。
 研究用原子炉施設の場合は、2次冷却水など排水溝における希釈用の一般排水量が少ないなど、軽水型原子力発電所の場合と放出条件が異なる。
したがって研究用原子炉施設からの放射性廃液による被ばく線量を軽水型原子力発電所の場合と同一条件で行なうことは困難であるので、以下のように評価した。すなわち、第5表に示す放出実績に基づいて1年間にトリチウムと炭素-14を除く放射性物質を200mCi(内コパルト-60、80mCi、セシウム-137、60mCi、マンガン-54その他60mCi)トリチウムを1,000Ci、炭素-14を10Ci海水中に放出するとし、これらの放射性廃液は放出口を中心に半径のあらゆる方向に均等に拡散し、その年間平均濃度分布は拡散実験により得られた実験式2)で与えられると仮定して海産物摂取による被ばく線量を推定した。
 海藻は放出口から1km地点のものを、魚、軟体動物、甲殻類については、放出口から1kmの円内を移動するものを摂取するとし、附録1被ばく評価モデルに示される濃縮係数及び摂取率を用いた。
 以上の試算により、海産物摂取を考慮した液体廃棄物による被ばく線量は、全身に対して5ミリレム/年より小さく、他の臓器に対しても公衆の個人に対するICRP勧告の線量限度の100分の1以下であることがわかった。

(2)京都大学原子炉実験所の場合
 KURはじめ各施設で発生する放射性廃液のうち、その放射性物質濃度が法定許容濃度以下のもののみが一般排水溝を通じて海へ放出される。その主な核種はコパルト-60、鉄-59、マンガン-54等である。
 海へ放出される放射性廃液の年間放出量は0.3mCi(放射性濃度は1×10-9mCi/cm3程度)である。
 これは日本原子力研究所東海研究所のトリチウム、炭素-14を除く核種の放出量の100分の1以下であることから、海産物摂取を考慮したKURからの液体廃棄物による被ばく線量は無視できることがわかる。

2)原安協海洋放出調査特別委員会
5ヵ年成果報告書(原安協報告32-p4)


附録-4

環境放射能による被ばく

(原子力施設から放出されるものを除く)
 われわれは、自然環境において社会生活を営むうえで各種の自然放射線及び人工放射線による被ばくを受ける。
 自然放射線には、宇宙線、地中の放射性物質からの放射線、大気中に浮遊している自然放射性物質からの放射線、及び自然環境中の放射性物質が食物連鎖、呼吸を通して体内に摂取され組織臓器に蓄積された自然放射性物質からの放射線がある。
 人工放射線には、核実験によるフォールアウトからの放射線(食物連鎖、呼吸を通して体内に摂取され組織臓器に蓄積された核種からの放射線を含む以下同じ)、原子力施設や放射性同位元素取扱い施設から一般環境に放出される放射性物質からの放射線及び施設内の線源から直接環境に漏洩する放射線がある。この他、医療診断、夜光時計の利用、放射性物質の運搬等にともなう放射線等がある。
 自然放射線には人類すべてが被ばくしており、その線量はわが国では平均83mrad/年とされている。
しかしながら、自然放射線による被ばく線量を算出する方法は決して容易ではない。
 外部被ばくについては、宇宙線、地殻からの放射線及び大気浮遊の放射性物質からの放射線があるが、おのおの線質(荷電粒子線、中性子線、γ線、X線)が異なっているとともに、線束密度及び方向性も異なり、またエネルギー範囲も広い。したがって、単一検出器ですべての放射線を同時に測定することは難しく、これらの放射線による空気線量(air-dose)を求めるに際してはいろいろな検出器に対して補正を必要とする。さらに、空気線量から人体の対象とする組織臓器の線量を求める場合にも遮蔽係数、線質係数等いくつかの換算係数が必要となる。また、地域性、居住性、生活様式、職業等によっても被ばくの機構と線量は異なる。
 内部被ばくについては、多核種が被ばくに寄与しており核種により線質が異なっている。また、核種及びその化合物による物理的、化学的性状の違いから摂取される経路もさまざまである。摂取後の体内に分布、蓄積する臓器または排出機構も異なっている。したがって、対象とする組織臓器の線量算定にはその質量、線質係数、修正係数等に対する考慮が必要となる。内部被ばく線量も地域性、食習慣等により異なる。
 外部及び内部被ばく線量を算定するためには上記の放射線を体外、体内につき測定した後、いろいろなパラメータを用いて算定するが、この方面の研究及び技術の進歩にしたがいパラメータの種類もその値も変ってくる。とくに、内部被ばくについては、ごく限られた核種以外は生体外から核種の存在、分布、蓄積量を測定することは困難である。したがって、生体の排泄物、環境試料の測定から線量算定が行なわれる場合が多い。
 線量推定のために用いられるパラメータの適格さとその値の正しさが線量の算定(推定)に大きく寄与する。現在この種の研究はいくつかの研究機関で続けられており、年々新しい考え方が発表されている。各節で述べる線量については、何れも国連科学委員会で用いられた考え方に従っている。

1 地殻からの放射線による被ばく

 現在、日本で大多数の国民が居住している地域には、放射性物質の濃度が著しく高い所はない。居住地域を大別すると地表面が火山灰層で被覆されている地域は放射線被ばくが比較的小さく、花崗岩系の地質が地表面に存在する地域では比較的大きい。火山灰層の地域での被ばくは主として放射性カリウム(カリウム-40)の寄与であり、花嵐岩地域では放射性カリウムに加えて、ウラン系列、トリウム系列からの寄与がある。(第1図参照)
 現在まで日本各地で測定した結果では10mR/年~110mR/年の範囲が得られており、平均は57mR/年である。(第1表参照)


第1図 火山灰層の分布


第1表 自然放射線による年線量

 これらの測定結果から体内組織臓器の吸収線量を求めるために下記の手法を用いた(国連科学委員会報告(1972)による)。



 従って、空中の照射線量から、組織臓器の吸収線量への換算係数は、0.64(0.87×0.73)とする。
 ただし、該当する組織臓器に到達する放射線の遮蔽係数を戸外においては0.8、家屋内においては0.7とする。
 また、戸外、家屋内にいる時間をそれぞれ7時間、17時間とすると、遮蔽係数は、

 したがって10mR/年~110mR/年から組織臓器の吸収線量を求めれば
空気の吸収線量=(10~110mR/年)×0.87=8.7~96mrad/年


3)国連科学委員会報告(1972)では、空気の吸収線量から人体組織の吸収線量への変換定数(1966年の国連科学委員会報告では1.1を用いている。すなわち、人体組織の吸収線量=空気の吸収線量×1.1)は0.73に含まれているとして計算結果を示してある。

組織臓器の吸収線量=8.7~96mrad/年×0.73=6~70mrad/年

となり、前述の平均値57mR/年は36mrad/年となる。
 この値には大気中の自然放射性物質によるものが含まれている。とくに、地中から発散されるラドンがその主たるものであり、平均では25mrad/年位である。
 夜間に通常温度の逆転層が地表近くに生ずるので、大地から発散したラドンガスは垂直方向の混合が減少し、放射能のビルドアップが生じ、早朝に最大濃度に達する。日中になって温度が上昇すると、逆転層がやぶれ擾乱混合が盛んになり、地表濃度は下って最小濃度は通常午後に観察される。日変化をみるとラドンの濃度は通常平均2~3倍の範囲で変化し、ときには10倍の変化があると報告されている。
 また、ある地点の空気中の平均のラドン濃度は、夏よりも冬または早春における方が低い。この季節変化は土壌中の水蒸気が、冬または早春において比較的大きいためにラドンの放散がおさえられることに起因する。凍土雪氷に覆われた地方のラドンの放出は完全におさえられることがある。

2 宇宙線からの被ばく

 地球上の人類の大多数が生活している地域では、ほぼ同じ位の線量の被ばくを宇宙線から受けている。成分は第2表に示した通りで、その源は銀河系からのものが大部分であり、太陽を源とするものがわずかに加わる。海抜零メートル附近の宇宙線は、地球の大気により一次線(宇宙空間をとおってきたもの)が吸収、散乱され大気中で生成された二次線が主成分となっている。これらは、地磁気により赤道附近では線束密度が低く、極に近づくにしたがって高くなる。海抜ゼロメートル附近の赤道では24mrad/年で緯度55度以上は28mrad/年となっている。(第2図参照)


第2表 宇宙線
(国連科学委員会報告1966による。)

Ⅰ 素粒子(87%)

Ⅱ その他(13%)


第2図 海抜ゼロメートル附近における宇宙線の緯度別変化国連科学委員会報告(1966)

 また、高度による宇宙線強度の変化は高度数千メートルまでは1.5km増すごとにほぼ2倍となる。
一次宇宙線は高度の上昇にしたがって強度は増し、大気圏上部でほぼ一定となる。
  二次宇宙線中の中性子線も他の電離成分の宇宙線と同様海抜ゼロメートル附近における測定がなされている。
日本の地理的位置は北緯30度から北緯45度の間に位置しており、人口の分布から関東、関西地方の緯度を代表値として、宇宙線の電離成分からの線量値を求めると26mrad/年となる。中性子線については日本の緯度に対する線量値の補正を行なわないで、国連科学委員会報告の0.35mrad/年をそのまま用いる。
 宇宙線の日本における平均値(電離成分)26mrad/年は、地殻の放射性物質からの放射線に比べてエネルギーが高いため、遮蔽の効果はないと考えられている。
 また、組織臓器への換算係数を用いた計算もしていない。したがって、宇宙線をその他の放射線と同時に測定する電離箱等の検出器を用いた場合、宇宙線の寄与はレントゲン表示で30mR/年、3.4μR/時となる。



3.体内に蓄積された放射性物質からの被ばく

 体内に経気道摂取され、また食物連鎖を通して経口摂取される自然放射性核種のうち主なものはトリチウム、炭素-14、カリウム-40、ルビジウム-87、ポロニウム-210、ラドン-220、ラドン-222、ラジウム-226、ラジウム-228、及びウラン-238である。これ等の核種について日本で人体内の量を測定した結果によれば、カリウム-40、ポロニウム-210、ラドン-220、ウラン-238、が主な核種である。(第3表~第12表参照)

第3表 地表付近の大気中の自然放射性物質濃度
国連科学委員会報告(1966)



第4表 陸水(Continental water)のラジウム-226と娘核種濃度
国連科学委員会報告(1966)



第5表 飲料水のラジウム-226等濃度


第6表 ラジウム-226の摂取量


第7表 人骨中のラジウム-226濃度


第8表 人骨中の鉛-210、ポロニウム-210濃度


第9表 鉛-210の摂取量


第10表 日本人のカリウム摂取量


第11表 日本人の体内カリウム量


東大(ヒューマンカウンター)の測定


第12表 SPIERS法により計算した自然放射性核種(2核種)からの線量

 内部被ばく線量に最も大きく寄与する核種はカリウム-40であり、他はこれより1桁から4桁低い値となっている。カリウム-40については国際放射線防護委員会の報告及び国連科学委員会報告(1958、1962、1966年)の値と日本での測定値は同じであり、したがって線量寄与も等しい。
 ラジウム-226については、主として地中に存在しているものが農作物→人体、または農作物(牧草)→家畜または家禽→乳及び乳製品(または卵)→人体の経路を経て体内に摂取蓄積されることから生産地の地中の核種濃度が消費地の人体内蓄積に影響を与える。
 火山灰地帯と花嵐岩地帯とでは住民の骨中におけるラジウム-226の濃度には明らかに差が生じている。最近、農畜産物の消費傾向については全国的に差がなくなり、地域的な特異性は限られた種類に認められるだけで量的にも少ない傾向となってきたため、以前ほど核種の体内濃度の地域的変動は大きくない。また、ポロニウム-210(鉛-210)について海産生物中の濃度が高く、日本人の食習慣はこれら食品を欧米人に比して多量に摂取しているため、ポロニウムー210(鉛-210)の体内摂取、蓄積量も多い。
しかしこれ等の核種に基づく線量は何れもカリウム-40に基づくものより少ない。ウラン-238については日本が欧米に比べて地中濃度が低いことから、食物連鎖を通して体内に摂取され蓄積される量が少なく、したがって線量寄与も僅かである。その他の未測定の核種については、国連科学委員会報告(1972)の内容を検討の結果、日本がこれを大きく越えるような体内蓄積を考えることは無いと考えられる。

4 核実験の放射性降下物による被ばく

 大気圏内での核実験の大部分は1963年以前に行なわれており、それが地球上の人工放射能の主源になっている。人への影響評価の見地から注目されているストロンチウム-90、セシウム-137についてみると、1970年までにストロンチウム-90については15MCiが地球表面に達しており、この約1.5倍のセシウム-137も降下したことが推定される。また量的に多いものとしてトリチウムがあげられる。
トリチウムは自然放射性核種として年間1.6MCi生成され、大気中に28MCi存在していたが、1962年末までの核実験から、合計1,900MCiのトリチウムが環境に放出された。
 トリチウムは半減期が12.6年であるから、現在はその1/2くらいに減っているが、自然トリチウム量よりはるかに多量である。
 核実験による放射性物質の年間降下量は、1963年を頂点として次第に減少しつつある。日本人の食品

第3図 放射性降下物、日常食及び人骨中のストロンチウム-90の年変化 第4図 放射性降下物、日常食、人体負荷量

第13表 1971年までの核実験によるDose Commitment(線量預託)

中のセシウム-137の量は、放射性降下物の降下量に比例して1963年頃を頂点として1964年以降は減少しているが、食品中のストロンチウム-90の量は降下物の頂点より2年遅れて1965年に頂点に達し、1966年以降に減少が認められている。セシウム-137の人体負荷量と人骨中のストロンチウム-90含量は食品中のセシウム-137、ストロンチウム-90の含量の年変化とほぼ同様の傾向を示している。
第13表に国連科学委員会(UNSCEAR)1972年報告による北半球及び南半球の中緯度地域を代表するDose Commitment(線量預託)を表示した。
 日本人のストロンチウム-90摂取量は欧米人より概して少ないが、乳肉類を主体とする欧米に比べて日本人は低カルシウム性の食品を摂取するため、食品のストロンチウム-90とカルシウムの比は欧米と大差ない。結果的には、日本人の骨のストロンチウム-90負荷量は欧米人の水準より概して低いことが実測値により示されている。
 食品からのセシウム-137の摂取量は、日本人は低乳肉食のため、アメリカの約1/2、欧州の約1/3であり、セシウム-137の全身負荷量のヒューマンカウンターによる実測値も欧米のデータに比べて概して低い。
 核実験により生じた放射性降下物は実験地からいくつかの経路を通って地球上の各地に運ばれる。その結果、大気中に浮遊する放射性降下物及び地表に蓄積するものは外部被ばくに寄与し、また大気中に浮遊するもの、地表・地中に蓄積するもの及び陸水、海水中に含まれるものは呼吸及び食物連鎖を経て内部被ばくに寄与する。これらの被ばく経路による線量は通常年間線量では表示せず、核実験により環境中に放出された放射能が環境中及び体内で減少してなくなるまでの全期間を通じて人体に与える線量を積算して表示することとしている。これを線量預託(Dose Commitment)といい核実験を実施した時期に地球上にいる人類が半永久的な寿命を持っているとした場合に将来にわたって受けることになる線量のことである。
 核実験が毎年繰り返されれば線量預託はふえる。
一回の実験でも実施後2~3年間に線量預託の比較的大きな割合が与えられる。実験後数年以上を経過すれば、線量増加の割合は減少し、それまでに体内に蓄積した放射性核種に由来するものの割合が大きい。
 なお、1970年における日本人の放射性降下物による年間被ばく線量は地表に蓄積した放射性物質からの外部被ばくによるものが1~2mrem/年、ストロンチウム-90による骨髄の被ばくが約10mren/年と計算されている。

5 まとめ

 以上のように我々は環境中に存在する放射性物質の放射線による被ばくを常時受けている。第14表

第14表 "Normal" area における自然放射線源からの内部・外部被ばくにもとづく線量率

に国連科学委員会報告(1972年)の”Normal”areaにおける自然放射線源からの内部及び外部被ばくにもとづく線量率を示す。
 なお、()内は日本の平均を示しており、同報告の値よりも10mrad/年ほど低いという結果が得られる。
 第14表にもとづき自然放射線源から平均的日本人がうける生殖腺線量当量を求めると、宇宙線から約30mrem/年(=電離成分+中性子成分×10)、地殻から約36mrem/年、内部被ばくにより約28mrem/年(=α核種×10+その他)となり、合計約94mrem/年となる。(但し線質係数は、宇宙線の中性子成分及びα線に対して10、その他に対して1を用いた。)
 一方、核実験の結果生じた放射性降下物による被ばくは、1963年以後減少しており、わが国での1970年における被ばくを計算すると、地表に蓄積した放射性降下物による外部被ばくは1~2mrem/年、ストロンチウム-90による骨髄の内部被ばくは約10mrem/年とされている。

第2章 環境放射線モニタリングのあり方

第1節 まえがき

「原子力施設周辺環境の放射線モニタリング」(以下「環境放射線モニタリング」という。)の意義とその計画は、それぞれの原子力施設(原子炉施設及び使用済燃料再処理施設)がおかれた自然条件、社会環境並びに施設からの放射性物質の放出条件、施設の安全対策といった各種の前提条件を十分考慮するとともに環境放射線モニタリングの目的をふまえて決められるべきものである。しかしながら、環境放射線モニタリングについては、往々にしてこれらの前提条件や目的の相違を考慮することなしに論じられるきらいがある。
 特に近年、環境問題が世界的に重視されるようになり、また、原子力施設が増加するにつれて原子力施設から放出される放射性物質の周辺環境における影響についても種々論議されている。
 一方、原子力施設周辺の環境放射線モニタリングは、施設者が保安規定に基づいて実施しているもののほか、国、地方公共団体及び施設者がその地域の情勢に応じた体制で実施しているのが実情である。
 当分科会は、このような実情に鑑み今後の原子力利用の健全な発展と環境問題に対する社会的要請を勘案して環境放射線モニタリングに対する基本的な考え方を明確にし、その具体的指針を確立する必要があると考えて以下の検討を行った。

第2節 環境放射線モニタリングに対する基本的考え方

2.1 環境放射線モニタリングの前提条件

 我が国では、国民を放射線障害から守るためICRP(国際放射線防護委員会)勧告を尊重することを基本としており、国内法令にもこれがとり入れられている。原子力施設の設置や放射性物質の使用は、法的に許可届出制がとられており、かつ、許可に際しては厳重な審査が行われる。また、施設設置後の放射性物質の環境放出に関しては、ICRPが勧告している公衆の構成員に対する線量限度を越えないよう十分な規制が行われている。
 さらに、当分科会報告書第一章(原子力利用と環境放射能)で提案したように「as low as practica-ble」の数量的目標(線量目標値)を明確化し、今後これに基づく放出に関する管理の基準により操業することを原則とする管理方法が採用されるならば、原子力施設からの通常の放射性物質放出は周辺公衆に対する線量限度に比して十分低くなり、直接測定は困難なレベルになる。
 一方、近年の環境問題に対する世界的な世論の高まりの中にあって原子力施設周辺の環境放射線モニタリングに対する一般の関心も我が国においては特に高いが、その意義については必ずしも明確でない。
 これら原子力施設から放出される放射性物質の積極的低減化と環境放射線モニタリングに対する社会的関心の高まりは、環境放射線モニタリングの目的や具体的計画を考える上で重要な前提条件となるものであると考える。

2.2 環境放射線モニタリングに対するICRPの基本的考え方
 環境放射線モニタリングについての国際的指針としては、ICRPが採択した専門委員会4の報告「放射性物質の取扱いに関する環境モニタリングの諸原則」(Publicatⅰon7)があり、放射線作業に関連して行われる環境放射線モニタリングについての基本的目標、監視計画の立案と実施についての一般的原則を示している。
 同報告では

(1)環境放射線モニタリングの目標を「(a)人の環境中に存在する放射性物質または放射線への、人の現実の被ばくあるいは潜在的被ばくの算定、またはこのような被ばくとして考えうる上限値の推定(b)時には被ばくの算定に関連し、また時には他の目標に関連する科学的調査(c)対公衆関係の改善」(2項)1)と述べている。

(2)そして、環境放射線モニタリングプログラムの型をサーベイの種類「(a)放射性物質を取り扱う施設外のサーベイ、必要ある場合には操業に先立つサーベイを含む。(b)緊急時サーベイ(c)核爆発からの破片のフォールアウトに関するサーベイ」(5項)に分けて、(a)、(b)を主体とし、全体に共通する環境放射線モニタリングに関する考え方とサーベイの種類による具体的事項に関する考え方とを述べている。

(3)全体に共通する環境放射線モニタリングに関する考え方としては、環境への放射性物質の放出から人の被ばくへの道筋として、いくつかの考えられる経路のうち、決定的(crⅰtical)と考えられる核種、経路に着目すべきであると述べている。
 「放射性物質が人の環境に導入される殆んどの場合に、放出された核種のおのおのが最終的に人の放射線被ばくをひきおこすにいたる経路は多数でかつ複雑であろう。そのような経路のすべてを包括的に詳細に調査する必要性は、そこに含まれる潜在的な放射能の危険性の程度が最も大きい例えば原子炉、原子炉燃料再処理工場及び燃料再処理廃棄物の貯蔵所のような施設についてさえも、ないであろう。状況を調べることによって、あるいくつかの核種とあるいくつかの被ばく経路が、他のものよりずっと重要であることがわかるであろうということが経験によって示されている。これらの核種と経路とを”決定”的(critical)と名づける。」(14項)

(4)一方人の側からは、施設外の集団の中で集団中のほかの人々よりも大きい線量を受けることを考慮する必要のあるグループ(決定グループ)について着目することを述べている。
 「1つの決定核種がある決定経路に存在したとき、それが施設外の集団の各人に同じ量の被ばくをひきおこすことにはならない。そして、操業に先立つ調査によって決定的と名づけるべき1つまたは2つのグループの人々が存在することを確定することが、通常はできるであろう。決定的なグループとは、例えば習性や居場所または年令などのような、人々の特性が異なるため施設外の集団中のほかの人々よりも大きい線量を受けるので別あつかいをする必要のあるグループをいう。実際には、そのようなグループの決定には大きい判断力が必要であって、次のような面を考慮しなければならないであろう。『(a)被ばくする可能性のあるグループの居る場所と年令分布(b)食習慣(c)特殊な職業上の慣習(d)住居の型(e)家庭の習慣(f)趣味』
 集団の中のこのようなグループはその施設の付近に居るかもしれないし、ある離れた場所に居るかもしれない。そのグループには、成人男子、成人女子、妊婦及び子供が含まれることもあろう。
その人々は、特殊な方法で作られたり、特定の場所で生産された食品を食べる人々であるかもしれない。または、ある特定の産業で働く人々かもしれない。状況は施設とその環境ごとに決まるものであろうから、この決定グループ及びそれに付随する決定核種及び決定経路を決めるのに必要な考察についてはごく一般的な指針を与えることができるにすぎないが、このような決定をすることの重要性は大きい。決定グループという考え方は公衆の構成員に関する委員会の勧告を満たすための堅実な、かつ実際的なやり方を与えてくれる。またこの考え方により、環境モニタリングを経済的に行うことができる。」(15項)

(5)そして、操業に先立つ調査により、施設に由来する人への放射線量がごくわずかであると決定的にいいうるのに十分な資料が得られる場合は環境放射線モニタリングプログラムは不要であると述べている。
 「放射性物質を取り扱う施設や放射性廃棄物を処理する施設のすべてが環境モニタリングプログラムを必要とするわけでは必ずしもない。施設からの予想しうる放射性物質放出に関係のある環境状況を操業に先立って検討することはつねに行われるべきであって、この検討によって、この施設に由来する人への放射線量はごくわずかであると決定的にいいうるのに十分な資料が得られることがある。この場合には環境測定はなんら行わずに、施設からの放射性物質の放出を測定し管理することで十分であろう。放射性物質の大量取り扱いや廃棄物の有意の量の放出は通常少数の施設に限られているから、上の状況は大多数の施設にあてはまるといえよう。
 ある施設では廃棄物のモニタリングも行わずにすますことも可能であろう。例えば、トレーサー実験室や病院からの排気をモニターすることは、通常は必要でない。」(21項)

(6)しかし、使用者個々には少量の放射性物質しか取り扱わないが使用者が集中して総計としては有意の環境汚染をひきおこす危険が生ずる場合は、環境放射線モニタリングプログラムの必要性が生ずると述べている。
 「しかし他方、放射性物質の利用が増大するにつれて、使用者個々には少量の放射性物質しか取り扱わないが、使用者が集中して総計としては有意の環境汚染をひきおこす危険を生ずることがありうる。そのような場合、細心に計画された、しかしふつう非常に限られた環境モニタリングプログラムの必要性が生ずることがあり、これは公共機関の責任になってくるのであろう。」(21項)

(7)そして、環境放射線モニタリングの実施に関する管理者側と公共機関側の責任の区分について次のように述べている。
 「モニタリングプログラムと調査とを実行することの責任は、一部はその施設の管理者側に、一部は公共機関の側にあろう。両者の責任の区分は地方又は国のとりきめにまつことであるが、個々の場合についてはっきりと決めておくべきである。」(4項)

(8)具体的事項については、「施設外の日常サーベイ」(C項)「堅急時サーベイ」(D項)に分けて、それぞれのサーベイの考え方を具体的に述べている。

(9)フォールアウトに関するサーベイに関しては、「施設外の日常サーベイ」「緊急時サーベイ」に関連して一部触れることもあるが、国際連合原子放射線の影響に関する科学委員会の調査対象としているので、特に対象とはしないとしている。

2.3 当分科会の基本的考え方
 当分科会は、このICRP報告に関して検討を加えたが、そこに示された環境放射線モニタリングの諸原則は現時点においても再認されるべきものであると考える。
 そして、当分科会においては、(1)核爆発実験に伴うフォールアウトに関する放射能調査に関しては、内閣に放射能対策本部(昭和36年10月31日設置)が設置され、必要な対策がとられていること。(2)原子力施設の災害時における放射能調査に関しては、災害対策基本法に基づく対策と相俟って決められるのが適当であることから、審議の対象とせず平常時の環境放射線モニタリングのみを取り扱うこととし、前項で述べたような我が国における環境放射線モニタリングの前提条件を十分認識しつつ、ICRP報告の諸原則を尊重し、2.4に述べる目的にもとづいて環境放射線モニタリングを実施してゆくべきであるという基本的立場をとるものである。
 なお、当分科会で審議しなかった原子力施設の災害時における放射能調査に関しては別途検討されることが望まれる。

2.4 環境放射線モニタリングの目的
 環境放射線モニタリングの基本目標は、原子力施設周辺公衆の健康と安全を守るため環境における放射線量が公衆の個人に容認される線量限度を十分下まわっていることを確認することにある。当分科会は、この基本目標のもとに次の2項目を具体的目的として原子力施設周辺の環境放射線モニタリングを実施していくことが妥当と考える。そして環境放射線モニタリングでは、上記の目的達成のため環境放射能の測定、放出された放射性物質の量と環境パラメータに関する情報の収集、測定が実施され、人の被ばく線量の推定、評価が行われる。

(1)「原子力施設の操業に起因する周辺公衆の被ばく線量が法令に定める許容被ばく線量を越えていないことを確認すること。原子力施設からの放射性物質の予期しない放出による周辺環境への影響の判断に資すること。また『実用可能な限り低く』(as low as practicable)の考え方から許容被ばく線量以下に設定される線量目標値が維持されていることを推定、評価すること。」
 「許容被ばく線量を越えていないことの確認」については公衆の生活環境における放射能の状況を実測によって確認しておくことが必要である。
 また、「放射性物質の予期しない放出の検知」は、放出源において行なわれるが、平常時の環境放射線モニタリングは、放射性物質の予期しない放出による周辺環境への影響の程度を判断するのに役立つことになりうる。
 「実用可能な限り低くの考え方から設定される線量目標値」については、原子力施設からの放射性物質放出の低減化がはかられるならば実測は困難であり、周辺監視区域外における放射線や放射性物質の状況は放射性物質の放出実績と線量評価に必要な諸情報から算定することが必要である。

(2)「環境における放射性物質の蓄積傾向を把握すること」
 原子力施設から放出される放射性物質は、極めてわずかであるが、長寿命の放射性核種の場合は徐々にではあるが蓄積傾向を示すことになる。
従って、それらの核種による人の被ばくに対する寄与が無視できる場合であっても、その蓄積傾向を長期的に監視していく必要があると考える。
 環境放射線モニタリングの実施においては、責任ある体制のもとに、信頼できるデータを得て、前述(1)、(2)の目的を達成しなければならない。その上に立って原子力施設の操業に対する国民の理解を得ることが重要である。
 ICRPは環境放射線モニタリングの目標の1つに「対公衆関係の改善」をあげている。
 我が国では、放射能に対する関心が高いことに鑑み環境放射線モニタリングは、目的を明らかにした合理的な計画のもとに実施し結果の公表に当っては、明確な評価と解説を付し、正しい国民的理解が得られるよう十分に配慮することが必要である。

1)()内の数字は、ICRPPublⅰcation7の各項を示す。以下同じ。


第3節 環境放射線モニタリングの計画及び実施上の具体的事項について

 環境放射線モニタリングでは、環境放射能の測定、放射性物質の放出量と環境パラメータに関する情報の収集が行われる。
 そこで、本節では、すでに述べた考え方に従い、原子力施設周辺の環境放射線モニタリングを実施する際の具体的事項に関する考え方を述べる。

3.1 計画策定に際しての基本的考え方

 放射性物質が環境に放出される場合、これが人の被ばくに結びつく過程には、環境に放出された放射性物質からの直接外部被ばくと空気、水及び農水産食品を介して人が摂取する放射性物質から受ける内部被ばくの2つがある。これらの過程による人の被ばくの大きさは

① 施設から環境へ放出される放射性物質の量、核種及び物理的・化学的形態

② 環境のもつ拡散、希釈能力

③ 生物等による濃縮

④ 環境と人とのかかわり合いの程度

といった諸要因によってかなり異なる。したがって環境放射線モニタリング計画においては、これらの諸要因を含めた事前の被ばく評価を参考とし決定核種、決定経路及び決定グループに注目して具体的方法の検討を行うことが望ましい。具体的な環境放射線モニタリング実施に際しては、簡便で合理的な方法を用いることも適当である。例えば、サンプリング試料の全放射能測定のような簡単な測定方法によって迅速に放射能レベルを把握し、その結果必要ならば、核種の同定、試料数の追加測定等を行うといった方法が考えられる。

3.2 環境放射線モニタリングの具体的項目、頻度、範囲
 環境放射線モニタリングの実施に際しては、前項に述べた諸要因を十分考慮しつつ、目的に合致するように項目、頻度、範囲等を選定することが肝要である。

(1)項目

 環境放射線モニタリングの対象となる項目は、一般的には人間の被ばくに直接関係を有するもの、例えば空間線量、空気、水、農水産食品等を選ぶことが妥当である。この場合、ある特定のグループが食用とするもので、1~2の核種が他をひきはなして重要となる場合があり、その食品を”決定食品(あるいは生物)”、その核種を”決定核種”といい、環境放射線モニタリングの目的から有効に利用されることがある。
 このような場合には、環境放射線モニタリングの規模を合理的に局限することができることになる。
 また、人の被ばくに直接関係ないもののうち、決定経路中にあって重要な位置にあるものや、全体の傾向の把握に役立つもの、例えば土壌や海底上等も有効な項目となる。さらに放射性核種の濃縮度の大きい生物で、決定食品や決定生物との放射能水準の相関が十分に明らかなものは指標生物とよばれ、この放射能測定のみをもって環境放射線モニタリングの目的を達成し得る場合がある。
 環境放射線モニタリングを実施する際には、定点を設定して行うことが望ましい。定点の設定は放射性物質の放出方法、環境条件を配慮し、人とのかかわりの大きい点、例えば人口集中地域や主要農漁場等において適切な分布で考えるべきである。

(2)頻度

 ICRP勧告や我が国の法令では、3か月とか1年といった期間の積算の被ばく線量で評価することになっている。従って、長寿命核種の影響調査を主体とした環境放射線モニタリングは、空間線量、空気、水等は3ケ月という期間の合計又は平均を考えることが妥当であり、農水産食品では収穫期、漁期とすることが妥当である。また、全体的な傾向把握のための項目、例えば土壌や海底土、指標生物等は半年ないしは1年といった期間ごとに1回の試料採取で足りる。

(3)範囲及び試料数
 環境放射線モニタリングを実施する地域の範囲及び試料数は、原子力施設からの放射性物質の放出方法、放出核種とその量や施設のおかれている地域の自然条件、例えば、気象条件、地形及び社会環境を考慮して決定する必要がある。

3.3 分析、測定方法

 現在行われている方法としては、主として核実験を対象に放射線審議会の審議を経て科学技術庁が制定した方法等があるが、原子力利用に伴う環境放射線モニタリングにおいて必要とされる対象核種、測定目標値、精度等を考慮して再検討すべきである。
また、最近の微量放射線計測技術の進歩に伴い簡易迅速な測定法の採用及び目的に合致した実際的な測定方法の基準化が特に重要である。
 すでに科学技術庁でも、この方向に沿った検討を開始しており、その一部は放射線審議会で検討される運びとなっているが、その他の方法についても早急に基準化されることが望まれる。

3.4 操業前環境放射線モニタリング

 施設の操業に先立って行われる環境放射線モニタリングは、次の諸点に注目して2年位前から実施することが望まれる。

① 天然及び人工の放射性物質は、どこにでもいくらかは存在するので、これと施設の操業により放出されるかも知れない核種との区分に役立たせるため

② 操業時の環境放射線モニタリング計画の立案に必要な情報の収集及び訓練のため

③ 決定核種、決定経路及び決定グループに関する情報を得るため
 特に核実験による環境放射能が操業時の環境放射線モニタリングに有意な影響を及ぼす可能性が大きくなりつつあるので、操業前環境放射線モニタリングは操業後の放射線モニタリング結果と比較できるよう行うことが大切である。現在全国的に実施されている核実験対象の放射能調査の結果も有効に活用できる体制を配慮する必要がある。

3.5 環境放射線モニタリング計画の見直し
 環境放射線モニタリングの運営に当って重要なことは環境放射線モニタリング計画及び結果を適時見直しすることである。これは原子力施設操業後における周辺の自然条件や社会環境の変化を考慮する必要があるからである。
 施設の平常操業が確立され、一連の環境放射線モニタリングによって周辺公衆の被ばく線量が十分線量目標値内にあり、かつ.将来にわたっても、その目標値内にあることを推定、評価し得た場合には、それ以降環境放射線モニタリング計画は、項目、頻度ともずっと減らして差し支えのないものと考えられる。
 なお、当分科会は原子力発電所について、すでにいくつかある事例、経験をふまえて項目、頻度、範囲、測定(採取)点数等について、モニタリング計画作成のための指針を付録のとおりまとめたので、実施に当っての参考となることを期待する。

第4節 環境放射線モニタリングの体制

4.1 施設者、地方公共団体及び国の役割

 原子力施設からの放射性物質の放出については、施設者は核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(以下「原子炉等規制法」という。)に基づく保安規定によって放出管理等を定め周辺環境の保全に努めるとともに環境放射線モニタリングを実施している。また、国は環境放射線モニタリングに関する指導、助言等を行うとともに原子力事務所や原子力連絡調整官事務所をおきその一部では環境放射線モニタリングを実施している。
 一方近年における環境問題への関心の高まり等から地方公共団体も施設者との間に協定を結ぶ等により環境放射線モニタリングを実施している。
 このような形で環境放射線モニタリングが実施されているが、施設者、地方公共団体及び国の果すべき役割に関する考え方が明らかでない。
 当分科会は、環境放射線モニタリングの目的及び現在の体制をふまえて今後環境放射線モニタリングを効果的かつ確実に実施していくためには、施設者、地方公共団体及び国がそれぞれ果す役割を明確にしておく必要があると考える。

(1)施設者の役割
 施設者は、原子力施設の操業に伴う放射性物質の放出管理の一環として環境放射線モニタリングを実施するとともに地方公共団体が実施する環境放射線モニタリングヘの協力が望まれる。

(2)地方公共団体の役割*
 地方公共団体は、地方住民の健康と安全を守る立場にある。また原子力施設周辺住民の理解を得るために必要な措置をとり易く、かつ環境放射線モニタリングの実施に際して必要となる社会的自然的条件を把握しやすい立場にある。
 従って、地方公共団体は施設者の実施する環境放射線モニタリングとの調整をはかり、自主的に環境放射線モニタリングを行いその結果の検討と周辺住民への周知を行うことが望ましい。

(3)国の役割
 国は国民の健康と安全を守り良好な生活環境を保全する立場から、以下の諸点につき環境放射線モニタリングに関する基本的かつ総合的な施策を策定するとともにこれを実施する責務を有すると考えられる。

① 国民の被ばく管理に関連する諸法令の整備
② 測定方法、分析方法、評価方法等の基準化及びこれらに関する調査研究の推進
③ 環境放射線モニタリングに係る技術者の教育訓練
④ 環境放射線モニタリング計画の総合的調整
⑤ 広範囲かつ長期的観点からの環境放射線モニタリング計画の立案と実施
⑥ 環境放射線モニタリング結果の収集及び総合評価と国民への周知
⑦ 施設者及び地方公共団体への指導、助成

4.2 評価機関

 わが国の放射能調査は、核爆発実験に伴うフォールアウトに係るもの、原子力施設に係る環境放射線モニタリング及び放射性同位元素使用の一般事業所に係るものについて種々の機関で実施されているが、これらを包括的に評価する体制になっていない。
 従って、フォールアウト、原子力施設及び放射性同位元素使用の一般事業所に係る環境放射能に関し包括的に評価する機関を設置して評価体制を確立することが望ましい。しかし、当面次に掲げる必要性に鑑み評価対象を原子力施設に限って発足させ、順次拡充してゆくことが適当と考える。
 なお、当分科会は、評価機関のあり方について検討を行った結果を別添のとおり付言としてとりまとめたので、評価機関の設置が具体化される際の参考となることを期待する。

(1)評価機関の必要性
 環境放射線モニタリングの計画実施及び結果の評価に当っては、原子力施設から放出される核種とその量、環境中におけるこれらの核種の挙動、農畜産、漁業等の環境利用状況及び社会活動等が重要な因子となり、また分析測定に関連する技術についても専門的知識を要することが多い。
 また、再処理施設の設置に係る安全性についての審査において再処理施設安全審査専門部会は、「周辺環境に関するモニタリングの結果を公正に評価するための権威ある中央評価機関があらかじめ整備されなければならない」と勧告している。
 以上のような点から、次の役割をもつ評価機関が国に設置され、環境放射線モニタリングに関して総合的かつ公正な評価が行われ、また専門的技術の指導がなされることが望ましい。

(2)評価機関の役割
 上述のごとく評価機関は公正かつ迅速な評価を行い国民の正しい理解が得られるような活動を行うために、常設的機関であることが望ましい。
 評価機関の役割は以下の諸事項とすることが適当であると考える。

① 環境放射線モニタリング結果の総合的評価
② 環境放射線モニタリングの計画、実施及びその結果の評価に必要な科学的技術的諸問題の指導
③ 環境放射線モニタリングに必要な調査研究に関する検討

*原子力施設の設置により環境放射線モニタリングを実施する区施は、いくつかの市、町、村に亘る場合が殆んどと考えられるので、環境放射線モニタリングの円滑な実施のため、地方公共団体の単位は、都、道、府、県とすることが適当と考えられる。

付言

中央評価機構のあり方

 原子力発電所、再処理施設等の原子力施設設置県においては、それぞれの地元の実情に応じて、地方公共団体、地元住民、施設者等をまじえて、施設の安全操業を監視する機構が組織されており、環境放射線モニタリングの結果の評価検討が行われている。これらは、実際上、その地方における評価機関の役割を持つものであり、今後育成、強化をはかることが必要である。当分科会は、こうした実情に鑑み、モニタリングの方式、評価方法等環境放射線モニタリング全般に関する判断基準を確立し、各地域におけるモニタリングの斉一を図るとともに、その結果を総合的に評価するため中央に評価機関を設置すべきであるとの観点に立って検討を行い以下のとおり考え方をまとめた。
 なお、中央に設置すべき評価機関(以下、中央評価機構と仮称)は、再処理施設の稼動に伴うモニタリングの評価を行うため、早急に発足させる必要があることに鑑み、当面例えば原子力委員会の専門部会のような形態で発足させ順次機能の強化、充実を図りつつ、機構の位置付け、権限等について検討をすすめることが望まれる。

1 設置の目的
 中央評価機構は、環境放射線モニタリングの計画及び実施方法の斉一と技術水準の向上をはかり、かつその結果を総合的に評価することを目的として設置されるものとする。

2 機能

 中央評価機関は、次の機能を有することが適当であると考える。

(1)環境放射線モニタリング計画の立案及び結果の評価について、基準となる考え方を確立し、方法を斉一化すること

(2)国又は地元の要請に応じて、各地域における実施計画について科学的、技術的な指導、助言をすること

(3)放射性物質の環境への放出記録及び環境放射線モニタリング結果に基づき、放射性物質の環境中での蓄積傾向を広域的、長期的に把握すること
(4)国又は地元の要請に応じて、各地域における環境放射線モニタリング結果の評価を行うこと

(5)その他環境放射線モニタリングに関し、地元の評価機関の解決し得ない問題を処理すること

 以上の機能を全うするためには、中央評価機構は常設的機関であることが望ましい。

3 設置、運営にあたって考慮すべき事項
 中央評価機構は、公正な立場に立って上記の活動を行うことにより環境放射線モニタリングの目的の達成に寄与することを基本的役割とするものであり、その活動に対して、国民の信頼が得られるよう、構成及び運営には十分留意することが肝要である。
 また、特定の地域について審議する場合には、そこにおける自然条件、社会環境をふまえる必要があることに鑑み、当地域の地方公共団体係関者あるいは施設者または双方の参加を考慮するとともに、地方公共団体に評価機関が設けられている場合においてはその機関を十分生かすよう配慮することが望まれる。

付録

原子力発電所における環境放射線モニタリング計画作成の指針

 本指針は、原子力発電所周辺における環境放射線モニタリング計画作成のための手引となるものである。
 この指針は、環境放射線モニタリングの目的2.4(1)及び(2)を達成し得るに必要な情報を得るための計画を与えるものであるが、具体的立案にあたってはさらに地域の特殊性を考慮して、範囲、対象を決定する必要がある。

I 空間γ線量の測定

 現在、原子力発電所から放出される気体廃棄物による被ばくは、自然放射線による被ばくの約5%程度であり自然放射線の変動範囲内のものである。
 空間γ線量の測定にあたっては、かなり長期間の積算線量をうることで十分であり時々刻々にその変化の状況をみる必要はない。
 また、空間γ線量は原子炉からの距離が遠くなるに従って減少するので、その上限をうるという観点から発電所敷地境界の近傍で、気象、地形等を考慮して適当な間隔で測定することが妥当である。
 さらに、空間γ線量の動向を把握するという目的から気象条件等を考慮して1~2点追加して測定することも有用である。

Ⅱ 環境試料の測定

 発電所から排出される放射性物質はきわめて少ないものであり、それがただちに食品を汚染するものではないがごく微量であっても、長半減期核種が環境中に蓄積されることを考慮しこれらの動向を把握するため陸土や海底土を長い時間間隔で測定しておくことは必要である。
 また、これらの放射性物質は、陸上生物や海産生物に濃縮されることも予想される。これが食品に供されても発電所から放出される量が十分低く抑えられておれば、安全上特に問題となる値ではないが、これらの動向について把握しておくことは住民の安心を得るという意味で望ましい。
 項目の選定にあたっては、次の点に配慮すべきである。
 すなわち、陸上生物については、発電所周辺の土地利用状況、葉菜、牛乳等の生産状況等を考慮する。海産生物については、定着性、生棲状況を考慮する。
 なお、食品に供されないものであっても食品のレベルとの間の相関がわかっており、濃縮等の度合の大きい指標生物を選定することは、測定の簡易化のうえで有効である。
 測定の対象とすべき核種は、蓄積の観点から重要な長半減期核種であるコバルト-60、セシウム-137を、また、生物により濃縮され、これの摂取による被ばくという観点から重要であるI-131を選ぶことが望ましい。

陸上試料

海洋試料

Ⅲ その他

 前述の他、陸水、海水、空気中の放射性粒子濃度等については、従来、測定の対象となっている例が多いが発電所から放出される放射性物質の量はきわめて少なく、かつ、水や空気中で濃縮されることもないので、これら試料中の放射性物質濃度は低く測定が困難であり、むしろ放出源での測定が有効であろう。


前頁 |目次 |次頁