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放射線医学総合研究所昭和49年度業務計画

昭和49年3月


第Ⅰ章基本方針

第1節計画の概要と重点

 本研究所は、さきに策定した「研究5ヵ年計画」が昭和48年度をもって終了することとなったので、これに引続き、今後5ヵ年間に行なうべき研究所の業務に関し、昭和48年9月、新たに「長期業務計画」を策定した。昭和49年度は、これにもとづき、その初年度として、これまで得られた研究成果等の蓄積を基盤として、新たな展望のもとに諸業務の推進をはかる。
 とくに、前年度に開始した環境放射線に関する諸課題に関しては、当初計画にもとづいて実施し得るよう引続き実験施設等の整備と研究体制の確立に努めるとともに、放射線の医学的利用に関しては、医用サイクロトロンの完成にともな、、その本格的稼動に対処し、関連設備等の整備をすすめ、調査研究の円滑な推進に資するよう効率的運用をはかる。
 しかしながら、最近における社会、経済的諸情勢の変化は、きわめて急激なものがある事情にかんがみ、本研究所の業務の遂行に遺憾なきを期して、極力、業務の合理化とその計画的、重点的推進に留意しつつ、経常研究の充実と特別研究等の推進に努める。
 調査研究業務の実施にあたっては、研究所の総合性の発揚に重点をおき、研究体制等の整備を行ない、新たな長期業務計画の具体化をはかるよう努力するものとする。
 以上に関し、昭和49年度における業務の重点に各部門ごとに示すと、次のとおりである。
 研究部門においては、まず、昭和45年度に5ヵ年計画で開始した「中性子線等の医学的利用に関する調査研究」は本年度をもって最終年度を迎えることとなるので、医用サイクロトロンの有効利用とその後における調査研究の進展を期して、現段階における研究成果の取りまとめを目途として、前年度に引続き推進する。
 さらに、最近における原子力開発利用の大規模な進展に対処して、環境放射線の影響に関し、前年度から新たに「環境放射線による被曝線量の推定に関する調査研究」を5ヵ年計画で、また「低レベル放射線の人体に対する危険度の推定に関する調査研究」をほぼ10ヵ年の計画で、それぞれ特別研究として開始したが、これら調査研究の実施に関し、前年度にすでに「那珂湊実験研究棟」および「晩発障害実験棟」の建設に着手した。本年度は、これらの建設業務の円滑な推進に努めるとともに、那珂湊支所(仮称)等、組織体制の整備をはかり、また、所外の関係諸機関との連絡を密にし、所期の目的達成に努める。
 指定研究としては、経常研究のうち、すでに実績を有しており、将来の発展が予想される4課題を選定し、本研究所における調査研究の充実に資するよう効果的な推進を期する。
 経常研究は、本研究所の研究活動の源泉であり、基盤をなすものであって、その学問的水準の高度化をはかって行くことは、ますます重要である。このため、その充実と幅広い分野にわたる不断の推進に留意し、放射線影響および放射線の医学利用の研究分野において本研究所が果すべき使命の達成を期する。
 技術部門においては、研究業務の円滑な推進をはかり得るよう良好な研究環境の整備につとめ、とくに、医用サイクロトロンに関し、その本格的稼動に対処し、運転体制の確立と関連設備の整備をはかる。また、実験動物の検疫体制の確立に努める。
 養成訓練部門および診療部門においては、関連各部門との緊密な協力のもとに、とくに本年度は合理的運営によって、その業務の推進を期する。また、診療部門においては、医用サイクロトロンの効果的運用に関し、診療体制の整備をはかる。

第2節 機構、予算

 本年度は、特別研究「環境放射線の被曝線量推定に関する調査研究」の実施と那珂湊実験研究棟を中心とする研究施設の拡充に対処するため、環境汚染研究部および東海支所を改組し、新たに那珂湊支所(仮称)を設置し環境汚染研究部(仮称)、海洋放射能研究部(仮称)を設け、人員を強化し、研究体制の確立をはかる。また、「低レベル放射線の人体に対する身体的、遺伝的影響」に関する調査研究の一層の発展を期するため、遺伝研究部および生理病理研究部の人員の拡充をはかるとともに、実験動物の検疫体制を確立するため、技術部動植物管理課に実験動物検疫室(仮称)を新設する。
 また、重粒子線等の医学的利用に関する基礎的な調査研究を推進するため、物理研究部医用原子炉研究室を改め、新たに物理第4研究室を設置する。
 以上の組織の拡充等にともない、関係部門の強化をはかるため、定員8人の増がみられた。
 昭和49年度の予算は総額2,135,045千円で、前年度の2,153,169千円に比し、18,124千円の減となった。本年度予算の主要な事項は、特別研究97,947千円、サイクロトロン関係備品費等172,206千円、晩発障害実験棟建設費235,617千円(第2期分)、サイクロトロン排気貯留施設費52,121千円、土留擁壁増設工事費34,200千円などである。このほか、放射能調査研究費として、22,998千円が計上されている。

第Ⅱ 章研究

第1節 特別研究

 本年度は、特別研究の実施に必要な経費として、試験研究用備品費、消耗器材費など118,792千円を計上する。
 各課題の概要は次のとおりである。

1-1 中性子線等の医学的利用に関する調査研究

 本調査研究は、わが国における放射線の医学的利用における研究開発の促進の一環として、サイクロトロンを利用し、総合的な研究体制のもとに、中性子線による悪性腫瘍の治療に関連する諸問題を解明するとともに、サイクロトロンにより生産される短寿命ラジオアイソトープの医学的利用についても研究を推進することを目的として、昭和45年度から5ヵ年計画で特別研究として実施してきたものである。
 本年度は、本計画の最終年度にあたるので、従来バンデグラフ等を用いて行なってきた研究の完了を目指すとともに、当研究所に新設された医用サイクロトロンの稼動に伴ない、これを利用しての研究に着手することになるので、特に安全管理の研究には重点をおくこととする。
 なお、短寿命アイソトープの本格的生産に備えて従来「短寿命アイソトープの医学的利用に関する研究グループ」のなかで行なってきた生産面に関する研究については、別個の研究グループをもうけることとし、したがって、次の各研究グループの編成のもとに研究を実施する。

(1)中性子線等の測定に関するグループ
 速中性子線の実験的な測定法を確立するための線量計の開発および中性子線のエネルギー分布の測定等、吸収線量の評価に関連する研究を行なう。また、線質に依存する放射線作用の解明に役立てるため、微視的エネルギー吸収についても研究する。

(2)中性子線の生物学的効果に関する研究グループ 速中性子線による悪性腫瘍の治療にあたって必要となる生物学的効果に関する基礎的知見を得るため、速中性子線の腫瘍および正常組織に関する効果を分子、細胞、組織および個体の各レベルより検討し、障害および回復の機構を解析する。前年度に引続き分子レベルでの細胞障害機構の解析、腫瘍細胞および組織、正常細胞ならびに組織への速中性子線の効果の解析などのほか、増感剤、防護剤の効果および作用機序についての研究をすすめる。

(3)中性子線による悪性腫瘍の治療に関する研究グループ
 速中性子線の腫瘍に対する効果と周囲の健常組織に対する反応とを追求し、放射線治療効果比の面から最適の速中性子線治療法を確立する。このため、前年度に引続き、表在性腫瘍放射線抵抗癌につき、バンデグラフ2MeV速中性子線治療を試み、例数を追加し、治療効果比の検討を行なうほか、新設医用サイクロトロンによる治療の実施にそなえて、速中性子線治療技術の開発を促進するとともに、エピサーマル中性子線の利用に関連して有機ホウ素化合物の改良とその利用方法についての調査研究を進めるとともに、中性子ラジオグラフイーの臨床利用などに関する研究に着手する。

(4)短寿命アイソトープの医学的利用に関する研究グループ
 サイクロトロンによる短寿命RIの医学的利用についての必要な事項につき調査研究を行なう。前年度に引続き、臨床的利用の可能性の高い核種および標識化合物の利用開発のほか、放射化分析の医学利用に着手する。

(5)短寿命アイソトープの生産に関する研究グループ
 新設医用サイクロトロンを用いて短寿命アイソトープを試験的に製造、分離、精製、標識する研究および技術開発を目的とし、その研究に着手する。

(6)医用サイクロトロンの安全管理に関する研究グループ
 患者、作業従事者等に対する障害の防止および管理区域内外における安全管理に関する基礎的資料を得るため、前年度に引続き、生体内線量分布と決定臓器吸収線量の測定を行ない、とくに、中性子線とガンマ線の分離測定法を検討する。また、高エネルギー中性子線の最高遮へい、放射性エアロゾルの粒子特性、内部被曝について検討を行なう。また、TLDによる作業者の被曝線量と作業内容についての相関性を調べ、モニターの最適使用法を検討する。

1-2 環境放射線による被曝線量の推定に関する調査研究

 本調査研究は、昭和48年度に引続いて実施するもので、原子力発電を中心とするわが国原子力開発利用の急速な進展に対処し、原子力施設から環境に排出される放射性物質等に関し、その人体にいたるまでの環境中における一連の挙動を総合的に把握し、個人および集団の被曝線量を的確に推定し、一般公衆に対する放射線の防護と被曝の軽減に資することを目的とするものである。その重要性と今日までに本研究所において築かれた研究基盤等にかんがみ、関連する研究部門の総力を結集し、昭和48年度から5ヵ年計画により開始した。
 昭和49年度においては、本調査研究を実施するために必要な那珂湊実験研究棟の建設整備を促進するとともに、以下の調査研究グループを編成し、それぞれ調査研究の強力な推進をはかる。

(1)低レベル放射性廃液の沿岸放出による人体被曝の予測に関する調査研究グループ
 本調査研究においては、放射性核種の沿岸海域における拡散海産生物による蓄積を通じて人体にいたる移動経路と、これに影響する環境ならびに生物学的要因を体系的に把握することを目的とする。前年度に引続き実際の海洋を対象とする放射生態学的調査研究を推進するとともに、その現象を生ずる因子の解明のために、海産生物による放
射性核種の濃縮排泄機構および海水、堆積物、海産生物間の分配機構についてのモデル実験をさらに発展させる。また、海洋環境試料中の微量安定元素濃度についての知見を深めるとともに、海洋生物の放射能モニタリング法の開発につとめる等の調査研究を推進する。

(2)大気、土壊、水圏における放射性物質の移動に関する調査研究グループ
 本調査研究においては、原子力施設から、大気中に排出される放射性物質、あるいは、陸上保管等の際に漏出する放射性廃棄物が、土壊および淡水圏で移動し、人体に達する経路、移動速度等を求め、最終的にこれらにより人体が被曝する放射線の線量を推定するために必要なパラメータを得ることを目的として、表土より河川への放射性物質の流亡および陸水系生物、農畜産物への放射性物質の移行の二つの局面について、モデル実験、実態調査等をそれぞれ実施する。昭和49年度は、とくに、モデル実験系の開発、放射性ヨウ素の物理、化学的挙動等に関し、重点的に調査研究をすすめる。

(3)標準日本人の各元素摂取量と体組織濃度の決定に関する調査研究グループ
 本調査研究においては、放射性核種の摂取による人体の体内被曝線量の推定にあたって必要な人体の組織の各元素濃度および食物からの人体の各元素摂取量について、欧米人とは異なる食性をもつ日本人に関し必要なデータを得るため、日本人の主要食品および総合食品ならびに人体各組織等の試料を収集し、各種元素の摂取量および体内化学組成等を年齢差を含め検討する。
 昭和49年度は、安定同位体分析の精度および迅速性の向上を目標とした試料処理、分離、濃縮の方法について検討をすすめるほか、一部元素の原子吸光分析、放射化分析、螢光X線分析による分析法の開発を行なう。

(4)体外被曝線量の推定および放射性気体のモニタリング法の開発に関する調査研究グループ
 環境中の放射性物質からの放射線による人体の体外被曝線量推定を行なっていく過程における種々のパラメータを、クリプトン-85の測定、定量法の開発も含めて検討する。
 本年度は、クリプトン-85を効率よく捕集することを目的とし、捕集、分離、精製の装置の試作と、その性能、効率的な組合わせについて基礎実験を行なう。比較的広範囲な地域のクリプトン濃度とその変動を調べるため、試料の収集等を行なう。
 また、環境放射線の特性を明らかにしていくためのコンピュータによる数値実験に備え、種々の準備研究を行なうとともに、他機関との協同による同時測定とその結果の解析を行なう。

(5)トリチウムの食物連鎖における動向と生物への影響に関する調査研究グループ
 本調査研究は、トリチウムが人体にとりこまれる主要な経路である食物連鎖におけるその動向と、生体内におけるトリチウムの生物影響を解明することを目的として、昭和48年度からほぼ2ヵ年計画で予備的に調査研究に着手した。
 昭和49年度は、前年度に引続き、動植物におけるトリチウム水中のトリチウム摂取機構や取りこまれたトリチウムのメダカ胚核酸における代謝機構、さらに、魚卵の発生やヒト末梢血における染色体異常などトリチウムの生体に及ぼす影響等に関し、調査研究を実施する。
 なお、本調査研究は、以上の予備的調査研究が終了した段階で、その成果にもとづき、別途、次年度以降の計画を検討する予定である。

1-3 低レベル放射線の人体に及ぼす危険度の推定に関する調査研究

 本調査研究は、大規模原子力開発利用の進展にともなって、原子力施設から環境中に排出される放射性物質等による個人および集団の放射線被曝に関連して、低線量および低線量率被曝による人体に対する身体的、遺伝的危険度を推定し、一般公衆の放射線防護のための総合的影響評価に資することを目的とするもので、所内はもとより、所外関係機関の協力のもとに、昭和48年度から開始し、今後ほぼ10ヵ年の計画のもとに強力に進める予定である。
 本調査研究は、当面、低線量および低線量率被曝の人に対する放射線障害の危険度を推定するうえに重要な晩発性の身体的影響、遺伝的影響、ならびに、被曝の形式からみて重要な内部被曝の障害評価の三つの研究分野に着目して実施する。このため、前年度に引続き晩発障害実験棟の建設を促進するとともに、上述の3研究分野の予備的な調査研究を実施する。

1)「放射線による晩発障害の危険度の推定に関する調査研究」

 本調査研究を遂行するにあたっては、(A)当研究
所において過去に実施された特別研究「放射線障害の回復に関する調査研究」および「放射線医学領域における造血器移植に関する調査研究」によってもたらされた造血器障害の研究の成果に立脚するとともに、(B)ヒトおよび実験動物系で得られた放射線晩発障害、とくに放射線発癌のこれまでのデータを背景として次の二つの原理、(1)生体の調節機構と発癌、(2)実験動物系と人との相互関係を抽出した。以下にあげられる6つのグループ研究はこれを中心として推進する。
 前年度に引続き晩発障害実験棟の建設整備をすすめるとともに、次の調査研究グループにより、実験方法の開発と予備的諸実験を継続し、併せて、研究体制の整備、国内外の情報収集等を行なう。

(1)放射線発癌機構の解析に関する調査研究グループ
 マウス白血病誘発における線量率効果を調べる。また、SPFマウスを用いて線量効果関係の予備的調査を行なう。

(2)血液幹細胞動態よりみた放射線誘発白血病発症機序に関する調査研究グループ
 フレンド・ビールスによるマウス白血病発症の機構を幹細胞動態との関連において把握する。X線照射後の幹細胞の動態、ビールス感受性、幹細胞周期あるいは個体の免疫機能の解析を行なう。

(3)細胞内皮系、体液性統御因子等の放射線による白血病発生に及ぼす影響に関する調査研究グループ
 白血病発症における体液性および網内系統御因子の関与をみるという観点から実験を行なう。
 副腎機能の低下、造血系機能の過負荷の状況を作り出し、幹細胞の動態および白血病発症との関係を調べる。

(4)免疫機能に対する放射線の晩発効果に関する調査研究グループ
 抗体産生能、細胞免疫能の点から免疫機能の老化を調べ、同時に被曝個体における同機能の老化状態を研究する。また、同系マウスに誘発された腫瘍細胞拒否能の測定法の開発を行なう。

(5)放射線による染色体異常クローンの生成と進展に関する調査研究グループ
 近交系ラット(スプラグ・ドウリーなど)を用い、放射線による染色体異常の生成頻度、クローンの成立過程、組織内におけるその後の進展の過程を追求する。他方、螢光分染法による染色体の微細な変化を検出するシステムを確立する。

(6)放射線による白血病プローン疾病の細胞のDNA損傷に関する調査研究グループ
 細胞のDNAの放射線損傷と修復力を測定する方法を確立し、ダウン症、フアンコー二症などの白血病プローン疾病の細胞の修復能を調べる。また、ハムスター細胞の放射線によるトランスフオーメーションの検出法を開発する。

2)「放射線による遺伝障害の危険度推定に関する調査研究」

 本調査研究においては、遺伝障害のうち、特に、染色体異常に着目し、人に近縁な霊長類を用、、体細胞と生殖細胞について、低線量域における線量効果関係を明らかにし、これと人類体細胞の結果とを比較することによって、人についての遺伝障害の危険度の推定を行なう。
 このため、本年度は昨年度の霊長類における染色体異常の研究を実施するための実験条件の設定に必要な基礎的研究をふまえ、人およびカニクイザルの末梢リンパ球による染色体異常の線量効果に比較して、危険度推定のパラメータを得る。また、外部被曝と内部被曝による染色体異常の効果の比較、ならびにカニクイザルの飼育、健康管理、交雑技術の確立とその能率化に関する調査研究を引続き推進し、次年度以降の本格的研究の開始に備える。

3)「内部被曝の障害評価に関する研究」

(1)放射性核種の代謝に関する比較動物学的研究

 内部被曝の障害においては、その放射性核種の体内の量的代謝がその基礎をなし、これには大きな動物差がある。この動物差を定量的に明らかにし、ヒトと対比できるようにすることを目的とする。また、このために必要な将来の施設のあり方をも検討する。
 このため、昨年度までの予備的検討によって、ビーグル犬にいつては遺伝的統御の方式が確立したので、一応、小規模自家生産態勢が可能となり、サルに関しても数匹の出産を経験した。本年度は、これらのイヌおよびサルと実際に従来より使用してきたマウス等の小実験動物とを
併用して、放射性体謝の動物差の検討を開始する。しかし、このためのイヌ、サルのRI実験施設はまだ建設されていないので、昨年度試作したケ一ジにより小規模実験の短寿命RIおよびアクチバル・トレーサーの使用を予定しており、これらの実験を通じて新しい施設の検討、中型動物でのアイソトープ実験の安全性確保のための実験的資料をも得ることにつとめる。

第2節 指定研究

 指定研究としては、本年度は次の課題を設定し、これを積極的に推進する。

(1)「肝臓の薬物代謝酵素系の発達と機能分化に関する研究」

(研究目的)
 生体にとりかこまれた薬品などの有機化合物は、主に肝臓で酸化を受け代謝されるが、この薬物代謝酵素系は、ラットでは離乳期以後に発達をはじめ、雌では雄の尾程度の活性しか持たない。
 発達の進行とともに高くなった酵素系の活性は、放射線照射によって抑制され、また、雄では放射線感受性があるが、雌は放射線によって阻害されない。この現象に共通する機構を酵素系の分子的な解析によって明らかにすることを目的とする。

(研究内容)
 ラットの成体の雌雄で薬物代謝酵素系の活性が異なり、放射線感受性は活性の高い雄にみられることに着目し、酵素系における放射線障害の分子的機序を調べる。
 特に酵素系において中心的な酵素分子であるチトクロムP-450分子を、小胞体膜より分離精製し、その変化機序を明らかにする。
 また、薬物の性質、たとえば医薬や発癌剤などによってP-450との結合の様式が異なるといわれているので、それらの性質を調べて、まだ不明な点が多い薬物代謝酵素系の機構の調査研究を実施する。

(2)「遺伝物質の放射線損傷と修復機構に関する分子生物学的研究」

(研究目的)
 放射線、紫外線、化学物質に対する生物体の遺伝的防禦機構には、除去および組み換え修復、DNAのde novo修復合成が見いだされている。一方、突然変異の生成は、これらの修復過程における誤りに由来することが明らかになってきた。
 したがって、本研究では、これらの修復機構を分子レベルで明らかにするため、大腸菌とそれに感染するウイールスを用いて、除去修復を支配する遺伝子産物の分離同定および遺伝的組み換えと除去修復の制御調節に関与する要因の分析に焦点を合わせ、遺伝物質の修復機構に関する基礎的知識の集積を目的とする。

(研究内容)
 除去修復に関与する遺伝子の産物を分離同定し、その生物活性を検索する系として、大腸菌のurT変異をも含むuvrA遺伝子を組み込んだ形質導入型ラムダファージを分離し、菌体内で多量のuvr遺伝子産物が産生できるシステムの開発。また、同時にuvr遺伝子に関し、サプレッサー感受性変異株の分離を試み、uvr遺伝子の産物が酵素または構造蛋白であるかどうかの検討を行なう。
 一方、BF23の温度抵抗性変異体が、大腸菌の除去修復機構を利用し得るかの確認、除去修復機構を調節制御する要因の検討、および、これらの変異体がBF23ウイールスの組み換え機構に及ぼす影響をDNA合成に関与する遺伝子の作用との関連性についての調査研究を実施する。

(3)「悪性腫瘍に対する線量率効果に関する研究」

(研究目的)
 低線量率から超高線量率域の放射線が、腫瘍細胞に対し、どのような致死作用をもたらすか、特に腫瘍内のハイポキシックな細胞の反応にいつて研究を進める。同時に超高線量率による放射線治療の適否にいつても検討を行ない、放射線治療への応用に貢献することを目的とする。

(研究内容)
C3Hf/He雌、雄マウス(SPF)と、同系雌マウスに自然発生した扁平上皮癌の第3~第5世代を使用する。照射機器は病院のリニアック(超高線量率)、SPF棟のセシウム-137、第2γ線棟のセシウム-137(低線量率)の3種を用いる。
 木研究において用いられる扁平上皮癌は、単細胞が分離しよいので、TD50法を用いる。すなわち、単細胞浮遊液を作り、異なる細胞数を移植し、そのtake-rateにもとづき、50%の被移植マウスに移植するに必要な細胞数を算出する。その結果から、各線量率毎の線量-生存曲線を得る。なお、照射をハイポキシックな条件下、また、3気圧の酸素にて行なし、これよりハイポキシックな腫瘍細胞の反応をつかむ。以上の結果から、各線量率の放射線治療への応用にいつて検討する。

(4)「腫瘍転移に及ぼす放射線の影響に関する研究」

(研究目的)
 悪性腫瘍が生物学的に悪性である所以の一つは、遠隔転移を惹き起すことである。腫瘍治療に用いる放射線が、腫瘍基質、とくに脈管系に及ぼす種々の変化を追求しつつ、それと関係すると考えられる遠隔転移への放射線の影響を研究し、転移抑制防止に役立てることを目的とする。

(研究内容)
 実験モデルとして、すでに発表した方法(ラット陰茎皮下に腹水肝癌細胞を移植し、転移(リンパ節)を観察する)を用いて、放射線照射を移植局所に行ない、局所脈管の動態と転移形成能の変動を組織形態学的、電顕的、組織化学的に究明する。

第3節 経常研究

 本年度は、経常研究に必要な経費として、研究員当積算庁費189,630千円および試験研究用備品費44,818千円をそれぞれ計上する。
 経常研究に関する各研究部の本年度における方針および計画の大要は、以下のとおりである。

3-1 物理研究部

 本研究部は、放射線障害の予防および放射線の医学利用に必要な放射線の適切な計量と防護方法について研究をすすめ、さらに放射線障害の解明に必要な人体組織に対する巨視的、微視的な吸収線量を評価するための物理的基礎資料を得ることをも目的としている。
 人体内の放射能およびその分布の測定に関しては、多結晶型検出器を用いた横断シンチクラフイー、ポジトロン焦点検出器によるポジトロン・イメージングの研究のほか、コーデッド・アハーチャ・イメージングによる高感度イメージングの研究を行なう。また、放射能測定における精度向上に関する基礎的研究として、2次元比例計数管の研究を継続するとともに、計測の高速化の要求に関連して、NaI検出器の高計数率特性の研究に着手する。
 放射線の吸収線量評価に関しては、高線量率パルス電子線に対する電離箱の再結合損失、熱量計とフリッケ線量計の相互比較、医療用準標準線量計の精度向上などに関する研究を続行する。また、陽子線の吸収線量評価に関する研究を開始する。他方、阻止能に関する研究では、単一エネルギー電子線の物質通過によるエネルギー損失および散乱の角度分布を研究する。
 放射線の遮蔽に関しては、TSEE測定装置および熱螢光線量計の低レベルの線量測定への応用を研究する。また、体内RIによる線量分布、とくに決定臓器の吸収線量の評価方法を検討するほか、歯科放射線による患者の被曝線量の実態を調査する。
 重粒子線の医学的利用に関しては、サイクロトロン陽子線照射用ビームハンドリングおよび数値制御法、とくにスポット・スキャニング法の開発、低Zイオン・ビームヘのKatzの理論の適用のためのターグット・サイズ、デルター線に関する理論的、実験的検討を行なう。また、重イオン粒子反応によりえられる未利用RI核種に関する研究も行なう。

3-2 化学研究部

 化学研究部では、生体に対する放射線障害の発現に関し、その基盤に存在する諸問題を生命科学の基本問題とも考え、その解明につとめる一方、無機化学の知識と技法とをふまえたうえで、有用な分析方法の開発あるいは無機元素を含む複雑な化合物の特性の研究から環境化学などに必要とされる基礎的問題の解明につとめており、この基本方針は従来と変りなく継続する予定である。

1)影響の研究
 生命科学の本質は生命現象を化学の言葉で理解することであり、放射線を含む環境諸要因による生命のゆらぎ、すなわち、影響は、このような研究のうえに立ってのみ初めて十分に理解される。この線に沿って以下の諸研究を行なう。1)核酸と蛋白質との相互作用に関する物理化学的研究、2)遺伝子DNAに起こった放射線損傷の修復および転写に関する遺伝生化学的研究、3)免疫抗体生成機構、とくに食細胞の挙動と抗原認識機構の研究、4)DNAの複製と細胞分裂の制御機構の研究、および、5)蛋白質分子内におけるエネルギー移動と酵素活性の消長に関する研究などである。

2)無機化学および分析の研究
 無機の金属イオンの分析は、現在、種々の面でとみに重要性を増しているが、とくに放射能活性を持つ物質の分析にはいくつかの制約もあり、なお、基本的な研究が必要とされている。従来、本研究部では、無機イオン交換体および金属塩-イオン交換樹脂を開発したが、その応用方法に関する研究を従来通り継続するとともに、キレート分析あるいは金属の生体における存在状態、挙動などにも関連している重要な金属錯イオンの構造や反応性などを物性物理化学の問題としてとりあげ、研究を進める予定である。これらの研究は実用面で有用であるのみならず、学問的にも重要な結果が得られるものと期待される。

3-3 生物研究部

 本研究部は、生体における放射線障害発現の機構を生物学的初期効果から最終効果にいたる過程について、それらが互いにどのように関連し合い、また、それらの過程のどの部分が障害の拡大、あるいは、逆に回復に最も大きく関与しているかを究明する。このため、細胞内微細構造から個体にいたる種々のレベルでの一連の研究を引続き推進する。
 放射線感受性の異なるいくつかの種類の動物細胞を用い、化学物質や照射等による細胞核、DNAの傷害およびその修復の機構、照射によって細胞内に生ずるSH反応性活性物質の細胞傷害作用の本態等を引続き検討し、さらに被照射細胞のエネルギー代謝障害と細胞死との関係を把握する。
 一方、細胞の障害発現における細胞質の役割を明らかにするため、小胞体、糸粒体、原形質膜等の構造的、機能的変化を解析するとともに、細胞質の代謝調節に与る酵素の変化などについても検討し、細胞の放射線障害を分子集合体の変化として把握する。
 これらの結果を基盤として、さらに組織、個体レベルで障害の発現と回復の機構を解析する。すなわち、晩発性障害にとって重要な細胞置換速度の遅い組織に着目し、放射線照射と発癌剤との併用をふくめ、哺乳類唾液腺および皮膚組織(結合織と毛細管上皮とをふくむ)の増殖調節機構の変化をしらべ、発癌機作ならびに癌の放射線治療の基礎的知見の入手につとめる。
 一方、魚類について内部被曝をふくめ、低線量および低線量率照射後の生殖腺などの細胞動態の変化をしらべ、従来の結果と比較する。また、電子線などの照射をうけたアルテミアの生殖細胞形成の異常を細胞動態の変化として追求する。
 低線量放射線による晩発性効果については、魚類の妊性低下、アルテミアの寿命短縮、哺乳動物組織の増殖刺激に対する反応の変化等を指標として、放射線による加令促進現象を解析するための手技を開発する。

3-4 遺伝研究部

 本研究部は、放射線の遺伝的障害についてその機構を解明するとともに、必要な科学的資料を得て危険度の推定を行なうことを目的として調査研究をすすめている。このため、分子、細胞、個体、集団の各レベルにおける研究が必要であり、これを統一的、有機的に推しすすめる。また、人体の遺伝的障害を推定するために、人に近縁な実験動物を用いて研究を行なうことが特に必要とされる。このような観点のもとに、本年度は引続き分子、集団レベルの研究を推進するとともに、霊長類を用いる細胞遺伝学的研究の推進をはかる。
 分子レベルについては、本研究室で開発した細菌フアージBF23の精細な遺伝子系を用い、放射線感受性と回復および組換に関する機構の分子遺伝学的解明をはかる。また、酵母の組換欠損株を用い、分割照射によって検出される放射線の障害の回復機構が2倍性生物特有の現象か否かを遺伝学的に明らかにする。
 細胞レベルにおいては、まず、実験動物で得られた遺伝障害に関するデータを人に外挿するパラメータを得ることを目的として、霊長類における染色体異常の線量効果を明らかにすることと、トリチウム水の遺伝効果を明らかにするため、特別研究「低レベル放射線の人体に及ぼす危険度の推定に関する調査研究」の一環として推進する。
 集団レベルにおいては、ショウジョウバエを用い、前年度に引続きガンマ線照射停止後の致死遺伝子頻度の世代変化を大集団を用いて追求し、ヘテローシスの効果の有無を明らかにする。また、日本人集団の近親婚、夫婦分布など、危険度の推定に必要な集団構造のパラメータを三島、その他中小都市について、電子計算機を用いて統計分析を行なうとともに、各地病院と協力し、遺伝病の家系調査による遺伝学的研究を開始する。

3-5 生理病理研究部

 本研究部は、人体の放射線症の機構を研究し、その病理像を樹立することを目指し、生体を構成する細胞、組織、器官のレベルでの放射線効果の研究を行なう。また、二次的には腫瘍に対する放射線治療の細胞生物学的、病理学的基礎にも貢献する。
 生理研究部門では、放射線症における免疫機能の寄与の重要性からみて、昨年に引続き被曝個体における免疫機能の回復動態を追求する。この研究は、免疫細胞の増殖分化過程の解明に寄与するものと同時に、特別研究における発癌および加令現象の解明への基礎となるものである。
 また、培養細胞を用いて放射線による細胞致死の研究を継続する。第1はDNA分子損傷の定量的把握、第2はDNA複製障害、第3は細胞同期依存性変動の因子としてのDNA損傷の修復能力を調べる。
 病理部門は、従来きわめて概念的にしか理解されていなかった急性放射線症における死因の病理学的把握を推しすすめる。とくに延髄出血、肝脳症候群の発生機序と意義について研究する。
 他方、造血器障害の面では、昨年度来開発した新しい造血細胞の定量法(セルローズ・アセテート膜法)を用い、網内系の造血統御機構の研究を継続する。

3-6 障害基礎研究部

 本研究部は、放射線の人体に対する障害、許容量、障害予防等に関連する調査研究を行ない、とくに身体的障害予防対策上必要な問題に関しての基礎的資料を得ることを目的として、以下の諸研究を行なう。
 放射線による代謝障害とその修飾に関しては、本年度は、巨核球期相にある細胞の栓球造血能に及ぼす全身照射の影響、赤血球の受動輸送を指標とした動物種差の検討および放射線の種類による影響の比較、数種の動物についての細胞遺伝学的見地からの放射線の線質効果の比較などにつき研究する。
 放射線の晩発効果に関しては、本年度も引続き研究を行なうが、とくに胎生期後期に照射を受けた個体の成熟期以後における造血免疫系の変化に着目して検討を行なう。また、中枢神経系に及ぼす放射線の影響については、引続き放射線照射による長期効果を脳内での血管系の変化との相互関係について研究を行なう。内部被曝に関する研究については、被曝の影響評価の基礎となる生物学的根拠を得ることを目的としているが、本年度は、赤血球の寿命の短縮および放射線核種の代謝に果す肝腸循環の役割、プルトニウムの細網内皮系機能、肝機能への影響などの検討のほか、中型動物を含む各種実験動物について放射性核種の代謝に関する比較動物学的検討を行なう。
 各種照射様式による放射線障害の評価については、本年度も引続き、主として全身および部分照射による障害との関係に対し、できる限り定量的観点からデータの解析を試み、放射線の影響評価に対するアプローチの一端に資する目的で、部分照射による寿命の短縮と死因分析、胎生期マウスの照射による腫瘍の誘発、腎糸球体の形態変化を指標とした放射線加令などについて研究を行なう。また、引続き本年度も、放射線影響推定のための実験動物より人類へのデータの外捜法に関する調査研究をも行なう。

3-7 薬学研究部

 本研究部は、放射線障害防護物質の合成、物理化学的および薬理学的諸性質の検討、ならびに、生殖腺の放射線障害に関する生理化学的な解明などに重点をおき研究を実施してきた。
 防護物質の合成化学的研究は、ヘテロ原子(酸素、窒素、イオウ)を含む5、6環状化合物の反応性を検討し、別にそれらの誘導体の合成を行なった。それら化合物の防護作用を検討した結果、数種の新化合物にかなり強い防護効果のあることを確認した。本年度は、さらに本研究を続行するとともに、新たに、窒素またはイオウを含む、構造の複雑なビシクロ化合物の合成研究を行なう。
 アミノチオール類の放射線防護作用に関しては、2価の銅イオンを触媒とする分子状酸素による酸化について、前年度に引続いて研究を実施する。さらにその成果にもとづいて、本年度は、銅イオンその他の常磁性イオンとアミノチオールとの錯体生成反応について、ラジカル捕捉反応のモデルとしての研究を開始する。
 生殖腺の放射線障害については、生殖腺系を支配する脳下垂体、性腺、付属性腺の内分泌系に対する放射線障害の発現に関する機序と修復の促進に関する生理化学的研究を行なう。とくに、未成熟および成熟時にうけた放射線の生殖機能の障害、ステロイド生合成機能の変化を比較検討し、とくに脳下垂体ホルモンの影響を併せて研究する。
 防護物質の薬理学的研究に関しては、新規合成化合物の防護効果を検討する。また、放射線障害を回復させる作用をもつ物質を得る目的で、造血組織における細胞増殖促進因子の研究を実施する。

3-8 環境衛生研究部

 本研究部は、一般環境における自然放射線、人工放射線からの外部ならびに内部被曝、放射線をともなう職業環境における被曝につき、被曝の機構、個人および集団の被曝線量の算定、算定に必要なパラメータ等に関する研究、職業環境の放射線安全管理、被曝管理等を目的とした調査研究を行なってきた。
 本年度は、これらの調査研究のうち、外部被曝、放射性気体のモニタリング法、トリチウムの食物連
鎖における動向とその生物への影響等に関する調査研究については、特別研究「環境放射線による被曝線量の推定に関する調査研究」にそれぞれ参加させ、その強力な推進をはかるとともに、以下の研究を経常研究として実施する。
 自然環境における放射性物質の挙動を解明するため、核種の環境中における性状の調査研究を継続する。
 腐食生成物の食物連鎖における動向について、前年度からの研究を継続するとともに、新たに、銀-110につき魚貝類の取りこみ、体内代謝の研究を行なう。また、哺乳動物を用いて中程度の吸収性を有する亜鉛、コバルト、鉄、マンガンなどの核種の代謝につき、年令依存性、母体から胎仔への移行等、内部被曝の機構解明に関する研究を継続する。
 職業環境における放射性物質の吸入被曝は、被曝管理面から重要な問題である。アルフア放射体の性状に関する測定研究、人体試料の測定研究を継続する。また、摂取経路の違いによる代謝、排泄の相違につき動物実験により研究する。さらに、放射線の医学利用として、最近、環境公害の医学的基礎である微量金属の代謝および障害機序の研究に対し、これら元素の環境中における循環生物化学的研究、放射化分析法の研究を継続する。

3-9 環境汚染研究部(仮称)

 本研究部においては、環境中の放射性物質に由来する人体の被曝線量の推定に資することを目的として、原子力施設から放出されるあるいはその他の源からの放射性物質が、人体に到達するまでにどのような経路をたどるかを明らかにするため、大気、土壌、陸水系、食品などにおける種々の放射性物質の挙動を研究するとともに、個人および集団に関するパラメータと社会的諸因子についても研究を行なう。このためには、環境と人体に存在する放射性物質の動向に注目するだけでなく、ひろく環境および人体の諸性質を知らなければならないと考える。本研究部における研究は、特別研究、経常研究および放射能調査業務を通じて、このような基本姿勢のもとに行なわれる。
 本年度の具体的な研究課題の大部分は、特別研究「環境放射線による被曝線量の推定に関する調査研究」として行なわれるものであり、したがって、本年度の経常研究は、別添資料に詳述されているとおり、環境試料中に含まれる放射性核種測定の実用的な方法の開発をめざす機器分析法に関するものと、人体内諸組織の放射性物質と安定元素の存在量、およびそれらの代謝に関する研究との2課題である。さらに、これら特別研究および経常研究の遂行にとって必要な放射能調査も行なう。

3-10 海洋放射能研究部(仮称)

 本研究部は、海洋と海産生物における放射性物質の挙動を、核種の物理、化学的性状と生物の生理、生態学的特性とを追究しつつ検討し、海洋放射生態学の進歩への寄与と環境放射線安全管理とに資することに重点目標を置いて業務を進める。
 沿岸水域における放射性物質の挙動に関しては、特別研究「環境放射線による被曝線量の推定に関する調査研究」に積極的に参加して推進するので、深海に関しては放射線固体廃棄物の投棄に関連して、放射性物質の鉛直移動解明を経常研究として実施し、海水中懸濁物の影響をも加味しながら発展させる。
 一方、水圏における無機物の移動を把握する手法として、安定元素および短半減期RIをトレーサーとする技術を開発することをめざして検討に着手する。この課題に関して、本年度は、海水や陸水に添加された各種遷移元素の形態と性状の変化を物理化学的手段で追究するとともに、水中の微量安定元素の簡易な検出法としての放射化分析法と機器分析法とを検討する。

3-11 臨床研究部

 本研究部は病院および関連研究部との協力のもとに、放射線の医学利用に関する研究を行なっている。
 本年度においては、医用サイクロトロンの完成およびその周辺機器の整備により、治療および核医学への利用が可能となる見込みであるので、本研究部としては、特別研究を中心として重点的に分担する予定である。
 放射線の医学利用は診断および治療の両面にわたっており、本研究部においてもそれぞれについて研究を行なっている。
 X線診断の分野では、X線テレビを中心とするME技術の開発と応用、X線診断情報のコンピュータ処理等の研究を行ない、診断の精度向上、定量化、パターン認識、情報検索の自動化等、臨床への応用をはかっている。また、今後、医用放射線被曝軽減の必要性が増大することを考慮し、線量を低減した場合の画質と診断能の関係および画像処理によるその補償等を研究する。
 核医学の分野では、本研究所で開発された大型シンチヵメラ、横断シンチカメラ、ポジトロンカメラ等の機器と、今後、サイクロトロンにより生産されるアイソトープおよび情報処理ソフトウエアを駆使して臨床研究を進める。研究の重点は①短寿命アイソトープおよび陽電子放射核種の特性を生かした診断法、②3次元像処理、③機能的解析においている。
 放射線治療の分野では、放射線による悪性腫瘍の治ゆ機転の解明と正常組織、器官に対する放射線の影響の定量的評価について引続き研究を行なう。治療技術の高精度化を目的とする治療のシステム化についても研究を進める。
 病院の診断記録はきわめて貴重な研究資料であり、これを診療および研究に役立てるために病歴情報処理システムを病院およびデータ処理室と協力して開発したが、今後さらにこれを拡充強化する予定である。3-12 障害臨床研究部
 本研究部は、放射線による人体の障害の診断および治療に関する調査研究を業務とし、前年度に引続き、臨床的ならびに必要な実験的研究を行なう。
 まず、ビキニ被災者を中心とする各種被曝者について追跡研究を続行し、生物学的な被曝線量推定に関する資料を求め、また、放射線による晩発効果の発生機構、進展様式の解明に資するデータの集積解析を行なう。とくに末梢リンパ球および骨髄細胞の細胞遺伝学的研究を重視して、詳細な染色体分析を行なう。なお、放射線による晩発効果の一つとしての白血病誘発機構の解明のため、できるだけ多数の白血病症例について、外部機関とも協力して研究を進める。
 一方、ヒトの血球幹細胞の放射線障害発生機構の解明、放射線障害の程度の推定や回復状況の判定のために、ヒト骨髄細胞の培養法を確立するように努める。また、放射線被曝後の体液性造血因子の推定も行なう。
 また、リンパ球の分離法を確立して、分離リンパ球について細胞のエネルギー代謝の面から確立を進める。

第4節 放射能調査研究

 放射能調査研究には、従来から、本研究所は積極的に参加し、関係機関と協力してその一部を分担してきたが、本年度は、放射能調査研究費として、22,998千円を計上し、放射能レベル調査、被曝線量およびデータセンター業務の項目について、環境衛生研究部、環境汚染研究部(仮称)海洋放射能研究部(仮称)および管理部(企画課)においてそれぞれ次のとおり実施する。

1)前年度に引続き本年度も、外洋海水懸濁物、海底堆積物を放射化学分析し、海洋における放射性物質の鉛直分布をもとめ、また、千葉市における大気浮遊塵の放射能測定、環境中のトリチウムと炭素-14の測定、人骨中のストロンチウム-90、人体臓器のセシウム-137などの濃度の調査を継続実施し、放射能水準を究明する。
 一方、福井、茨城の両地区の調査に関しては、本年度は総合的な試料採集を計画的に行ない、雨水、落下塵、河川水、河底堆積物、土壌ならびに海水、海底堆積物、魚類、海藻類および9食品区分からなる標準食を採集し、これら試料の放射能濃度を放射化学分析によって分析測定し、環境汚染機構の解明に資する。

2)自然および核実験による人工放射線源から国民が被曝している線量を明らかにすることは、きわめて重要である。
 このため、線量測定方法に関する研究的調査として、大気中の放射性浮遊塵による内部被曝に関する調査、自然放射性物質および核爆発実験による放射性降下物の地表への蓄積による外部被曝に関する調査を継続実施する。

3)放射能データセンター業務としては、下記の業務を引続き行なう。
(Ⅰ)内外の放射能調査資料の収集、整理保存
(Ⅱ)海外との放射能関係情報交換
 また、これらの資料の一部をとりまとめて放射能調査資料として刊行する。

第5節 実態調査

 本研究所においては、研究に関連する問題のうち、必要な事項について実態調査を行ない、その結果を活用して研究の促進をはかってきた。本年度における実態調査の概要は以下のとおりであり、これに必要な経費としては、498千円を計上する。

(1)ビキニ被災者調査(障害臨床研究部)
 昭和29年3月、南太平洋ビキニ海域において核爆発実験による放射性降下物に被曝した元第5福龍丸乗組員について、従来から、体内残留放射能の測定および臨床的諸検査を実施してきたが、本年度に
おいても引続き被災者を入院させて、血液学的検査、皮膚科的検査、肝機能検査、眼科的検査のほか、必要に応じて体内放射能の測定などを行なう。

(2)歯科診断用X線による国民線量の推定に関する実態調査(物理研究部)
 医療被曝による国民線量の推定の一環として、本年度は歯科診断に使用された放射線による日本人の国民線量への寄与を推定する。
 X線診断装置をもっている歯科病院および診療所40,000施設のなかから無作為に1,000施設を押出し、そこでの撮影条件ならびに患者の性別、年令別、部位別の一年間の撮影、透視件数を調査表を送りしらべる。一方、歯科での各種のX線撮影方法による生殖腺ならびに骨髄線量をアァレトームまたは患者について求める。
 線量の撮影件数等から遺伝有意線量および白血病有意線量を求める。

第6節 外来研究員

 外来研究員制度は、本研究所における調査研究に関し、広く所外における関連分野の専門研究者を招き、その協力を得て相互知見の交流と研究成果の一層の向上をはかることを目的としている。本年度はこれに必要な経費として2,554千円を計上し、以下の研究課題について、それぞれ該当する研究部に外来研究員を配属し、研究を実施する。
○体内沈着トロトラストによる被曝線量の推定に関する調査研究
○組織細胞の増殖調節機構、特にホルモン受容器と放射線発癌との関係に関する研究
○腫瘍細胞に対する速中性子線の致死効果に関する研究
○医学的利用を目標とするサイクロトロン製造R1の開発に関する研究○医用サイクロトロンによるRI製造とその安定性の確保に関する研究
○土壌における無機物移動研究用のライシメーターの構造に関する研究
○白血病発症機序の生化学的検索に関する研究
○抗体産生の細胞性調節機構に関する研究
○放射線による哺乳類細胞のトランスフオーメーションの研究
○放射線障害のための中型動物の実験遺伝学的基礎研究

第Ⅲ章 技術支援

 技術部では、本年度運営経費として41,687千円、廃棄物処理費12,756千円、特定装置費58,693千円をそれぞれ計上し、ほかにサイクロトロン設備整備費287,788千円を計上する。サイクロトロンの運転および設備整備、共同実験施設の運営管理、実験用動植物の増殖、管理および供給、サイクロトロン棟ならびに所内各施設の安全管理および放射性廃棄物の処理など、各研究部の調査研究遂行に関連した必須の技術支援を行なう。
 とくに、本年度は、サイクロトロン装置の完成、引渡しにともな、、定常運転および利用体制の確立をはかるとともに、昨年度より繰越しの那珂湊実験研究棟および晩発障害実験棟の建屋建設工事を促進する。また、昨年度改造工事の完成をみた哺乳動物舎、実験観察棟の運用については、良質の実験動物の供給、良好なる飼育環境の維持につとめ、さらに、サイクロトロン装置の定常運転等にともなう放射線安全管理の万全を期する。なお、データ処理室では研究業務の進展にともなう大型システムの導入、ミニコン利用等の調査、技術指導も行なう。
 さらに、前年度に引続き、共同実験施設、機器等の効果的運用、実験動物の飼育環境のより一層の改善、ラジオアイソトープ、放射線関連施設における安全管理ならびにその効率的利用をはかり、かつ、担当者の内外現場訓練の強化により、高度の技術支援体制の強化につとめる。

(1)技術業務関係では、昨年度より繰越しをみた那珂湊実験研究棟および晩発障害実験棟の建屋建設工事の施工を促進する。データ処理業務では、利用体制を一層円滑化するとともに、研究業務の進展にともなう大型システムの導入、ミニコンの有効利用等についての調査を引続き行ない、また、技術指導の業務を強化する。
 変電、ボイラー、空調等の基本施設については、建屋、施設の増大に対処するため、老朽施設の改善、増設など重点的に整備をはかるとともに、各種共同機器、放射線発生装置については、引続き計画的な更新、修理をはかる。

(2)放射線安全管理業務では、サイクロトロン装置の定常運転、利用の開始にともなう放射線安全管理の確保について、中性子線束密度、γ線量および汚染の状況を測定するとともに、各種作業状況を把握し、上記測定結果と併せて、作業の安全指導を行ない、棟内外の安全管理の万全を期する。また、本年度は棟内各照射室、利用関係者用の放射線安全管理用具の整備をはかる。さらに、排気貯留槽を設ける等、特に一般環境については、十分な配慮を施す。

(3)動植物管理業務関係では、昭和48年度予算により、哺乳動物舎および実験観察棟の空調設備の改良工事が完成したので、本年度はSPF動物をはじめ、良質の実験動物の計画的な生産、供給につとめるとともに、SPF動物照射実験棟および実験観察棟等、動物実験観察施設の有効、円滑な運用、飼育環境のより一層の向上、整備につとめる。また、前年度に引続き、関連機関との一層の密接な連けいのもとに専門技術者としての資質の向上につとめ、業務の充実をはかる。
 一方、本年度は、実験動物検疫関係の組織および定員を確保したので、検疫業務体制の整備につとめる。

(4)サイクロトロン管理業務関係では、本年度は、定常運転の初年度であり、サイクロトロンの効率的運転を期するため、利用体制の確立をはかり、特に異常診断技術、修理技術等の習熟につとめるとともに、運転法および性能向上に関する研究を行なう。さらに放射線安全課との密接な連けいのもとに、各種作業の放射線安全に関する諸問題の段階的解決にあたる。
 また、短寿命放射性同位元素の生産にいつては、関係特別研究班の指導、協力のともに、前年度に引続き生産設備の整備をすすめるほか、1~2の核種の定常生産を行なえるようにつとめる。

第Ⅳ章 養成訓練

 養成訓練部は、昭和34年度から前年度までに、下表のとおり、放射線防護短期課程、放射線利用医学短期課程、放射性薬剤短期課程およびRI生物学基礎医学短期課程を実施し、各課程修了者の累計は、1,601名に達した。

 本年度は、運営経費として、9,222千円を計上して研究所の長期業務計画の方針にしたがい教科内容の充実をはかり、関係各部との協力のもとに効率的かつ合理的な運営につとめる。今後、現行諸課程よりも短期間の専門課程の新設を考慮して、「短期」という1呼称を省くこととする。また、教科内容を検討するため「教科委員会」を設置する。
 本年度は、次のとおり5回の課程を開設し、110名余の技術者を養成する予定である。

1.放射線防護課程 2回
 本課程は応募者数がつねに募集人員を上まわる現状であるが、本年度は諸般の事情を考慮して開設時期を変更して年間2回実施する。
 (第30回)昭和49年8月下旬~10月上旬
 (第31回)昭和49年10月下旬~12月中句

2.核医学課程 1回
 本課程は、RIの医学利用に重点を置いて、従来の「放射線利用医学短期課程」を「核医学課程」と改め内容の高度化をはかって、年間1回実施する。
 (第26回)昭和50年1月中旬~2月下旬

3.放射性薬剤課程 1回
 本課程は、新しい放射性医薬品の開発、医薬品基準の改訂および放射性医薬品の保険診療への大幅な導入等を勘案して、従来の規模で、年間1回実施する。
 (第11回)昭和49年6月中旬~7月下旬

4.RI生物学基礎医学課程 1回
 本課程は、内容の充実をはかって、現在の規模で年間1回実施する。
 (第10回)昭和50年1月中旬~2月下旬
 なお、内外の養成訓練制度にいつての調査をすすめるとともに、研修成果の向上をはかるために必要な研究を行なう。

第V章 診療

 病院部は、運営費101,157千円を計上、新たに策定された長期業務計画および本年度放医研業務計画の基本方針に則り、患者から信頼され、研究所病院にふさわしい医療が行なわれるようその内容の高度化と診療業務遂行の円滑化につとめる。
 このため、医療と臨床的応用研究の一体化を目標としたチーム医療実施体制への体系化を進める。従来享受してきた研究所内外各方面からの協力支援は、病院部医療の進歩発展に寄与したところがきわめて大きい。今後も一層密な相互連けいがえられるよう施設、
設備、医療機器その他について受け入れ体制の改善をはかり、有効安全な医療の供与はもちろん医療環境、ことに居住に係る安全性の確保にいつても遺憾のないよう万全を期する。
 また、病院部運営委員会(仮称)の設置をまって、高度医療水準の確保とともに医療費等の高騰をはじめ、激動する社会経済情勢に対しても合理的運営をはかって業務の遂行に支障を来たさないようつとめる。 診療研究の対象となる患者は次のとおりであるが、患者はすべて他病院、医療施設からの紹介を必要とする。

(1)ビキニ被曝者、イリジウム事故被曝者等、放射線障害患者および障害の疑われる患者ならびに放射線障害に類似の病状を示す疾患患者等、放射線障害に係る患者

(2)核医学に係る全身各種臓器の形態的あるいは機能的異常ないし代謝異常の診断に適応ある患者および核医学的特殊治療に適応ある患者

(3)放射線治療学に係る放射線治療一般に適応ある各種悪性腫瘍患者、ことに放射線抵抗性がんないし他に治療法の見出せない難治性がん患者で中性子線治療に適応のみとめられている患者
 なお、退院患者の定期検診による追跡調査は明日の医療研究に資するところが大きいので、本年度も引続きこれを実施する。

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