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昭和43年度原子力年報総論


昭和44年7月
原子力委員会

はしがき

 原子力年報は、今回で第13回を迎えました。この間における研究開発の結果、わが国における原子力開発は、原子力発電、放射線利用などの分野において実用化が進展し、今や産業として確立される気運に向かいつつあります。
 昭和43年度には、動力炉開発が本格化したのをはじめ、原子力第一船「むつ」の建造着手、ウラン濃縮、食品照射、核融合等の研究開発分野で進展がみられ、また、日米、日英原子力協定協力にもとづく国際協力も活発に行なわれるにいたりました。このようにわが国の原子力開発利用が産業の発展と国民生活の向上に重大な意義を持つにいたったことを認識し、今後とも、わが国原子力開発の推進に一層の努力を傾注する考えであります。
 この時にあたり、昭和43年度を中心とする、わが国原子力開発利用の動向を顧みることは、きわめて有意義であると考え、ここに第13回原子力年報を公刊する次第であります。

昭和44年7月


国務大臣        
原子力委員会委員長
木内 四郎

総論

§1 概況

 わが国の原子力平和利用は、研究開発の進展にともない、漸次、実用化に移行する段階にすすみつつあり、とくに原子力発電を中心として、産業化への具体的な見とおしが次第に明らかとなってきた。これとともに、「原子力特別研究開発計画(国のプロジェクト)」として開始された新しい動力炉の開発が本格化したのをはじめ、原子力第一船も進水にいたり、また、食品照射および核融合に関する研究開発が新たに原子力特定総合研究として着手されるに及び、各分野における放射線利用の普及を含め、原子力平和利用の将来における発展が一層具体的に期待されるにいたった。
 さらに、これらの情勢に対応して、改訂された日米、日英両原子力協力協定の発効をはじめ、その他の諸国との交流など、国際協力の新たな局面への進展がみられるようになった。
 原子力委員会は、42年4月に改訂した「原子力開発利用長期計画」(長期計画)の第2年度として、これに示した方向と施策の大綱にもとづき、上述のような情勢の進展に必要な施策を講じるとともに、これにともなう安全確保のための施策の充実をはかった。
 なお、43年度の原子力関係政府予算は、これらの動きに対応して、第1-1表に示すように、総額約224億円(文部省関係分を含む)が計上され、前年比29%(50億円)の増となった。これにより、動力炉開発計画、原子力第一船建造計画がほぼ計画どおりの進行をみたほか、引きつづき、日本原子力研究所(原研)をはじめとする関係各機関における研究開発の推進がはかられた。


第1-1表 昭和42年度、43年度原子力関係予算


§2 動力炉開発の本格化

 新しい動力炉の開発に関しては、これを「国のプロジェクト」として、関係各界の総力を結集して強力に推進するため、42年10月、政府は動力炉・核燃料開発事業団を設立し、同事業団を中核とする体制の整備をすすめてきた。内閣総理大臣は、43年3月,動力炉・核燃料開発事業団法(動燃事業団法)にもとづき、原子力委員会の議決を経て、高速増殖炉および新型転換炉をそれぞれ昭和60年代の初期および50年代の前半に実用化するため、原型炉の建設、運転までの開発を目標とする動燃事業団の動力炉開発業務に関する基本方針を定めた。この方針に従い、さらに、43年4月、内閣総理大臣は、同じく、動燃事業団の動力炉開発業務に関する第1次基本計画を定め、42年度から45年度までの期間を対象とする高速増殖炉および新型転換炉に関する研究開発計画を各項目について具体的に指示した。
 また、とくに、基本方針においては、それぞれ、原型炉建設の具体的計画に関して、事前の研究開発の成果および海外における技術の動向等にもとづき、計画の妥当性を厳格に評価検討のうえ、これを決定することとし、研究開発を有効にすすめることを期した。44年度は、新型転換炉の評価検討を行なう時期にあたっており、このため、原子力委員会は、44年5月、新型転換炉評価検討専門部会を設置することとした。同専門部会における審議は44年5月から開始された。
 これらの基本方針および第1次基本計画に従って、動燃事業団において、前年度に引きつづき、体制の整備がすすめられるとともに、43年度から、動力炉開発に関する本格的な業務がいよいよ実施されるにいたった。すでに、高速増殖炉については、実験炉の第3次概念設計が終了し、原型炉の予備設計にも着手し、また、新型転換炉については、第2次設計にすすんでおり、これらの設計研究と併行して、関連する研究開発も着々進行し、これに必要な施設の整備が行なわれている。


§3 増大する原子力発電所建設計画

 他方、在来型炉による原子力発電については、茨城県東海村において、コールダーホール改良型炉(ガス冷却炉16万6,000キロワット)の営業運転がつづけられており、また、各電気事業者により、41年度から開始された軽水炉3基(合計112万2,000キロワット)の建設工事もそれぞれ順調に進捗し、44年度末から45年度末にかけて、ほぼ予定どおり、運転開始にいたるものと期待されている。そして43年度には、さらに大容量の軽水炉2基(合計128万4,000キロワット)の建設が開始されたが、これらにつづいて第1−2表に示すとおり、各地において、50万キロワット級もしくは、それ以上の軽水炉により、原子力発電所の建設が計画され、準備がすすめられている。
 これらの各電気事業者による原子力発電所の建設計画によると、わが国の原子力発電規模は、50年度までに、総計800万キロワット以上に達する見こみであり、さきに原子力委員会が長期計画において示した同年度600万キロワットもしくはそれ以上と見こむことは妥当であるとした見とおしに比し、これを上まわるすう勢にある。また、このことから同じく長期計画において、60年度に見こまれた3,000万ないし4,000万キロワットという原子力発電の規模も、十分達成され得るものとみられており、いまや、原子力発電はわが国において、将来のエネルギー供給の主力として、登場するための基盤を形成しつつあるといえよう。
 このような見とおしに対応して、原子力のエネルギー源としての有利性を最高限に発揮させるうえに、前述のように、新しい動力炉の開発をみずからすすめることは、エネルギー政策における重要課題であり、また、わが国科学技術水準の向上と産業基盤の強化にも大きく寄与するものである。
 しかしながら、これらの新しい動力炉の開発が成功し、実用化されるまでの間は、なお、わが国の原子力発電は海外で開発された在来型炉を主流としてすすめられるものと考えられるので、このため、政府は、在来型導入炉の国産化への助成、核燃料加工事業の育成、安全対策の確立等、国内体制の充実につとめてきた。


第1−2表 わが国の原子力発電所一覧


§4 核燃料政策確立への努力

 また、原子力発電の進展にともない、核燃料所要量の急速な増加が予想されるが、このため、ウラン資源を確保するとともに、使用済燃料の再処理を中心とする核燃料サイクルを確立し、核燃料の有効利用と安定供給をはかることは、きわめて重要である。政府は、原子力委員会の方針にもとづき、原研、動燃事業団等において、再処理技術をはじめ、プルトニウム利用、ウラン濃縮などの必要な研究開発を推進する一方、動燃事業団における使用済燃料再処理施設建設計画の具体化をすすめてきた。
 また、わが国の原子力発電が、当面、濃縮ウランを燃料とする軽水炉によって、その主流が占められる事情にかんがみ、政府は、さきに、原子力委員会の方針にもとづき、濃縮ウラン、プルトニウム等の特殊核物質の民有化を認めることとし、それに必要な措置に関し、検討をすすめるとともに、42年度には、日米原子力協力協定を改訂し、その確保をはかった。
 さらに、原子力委員会は、わが国に適した核燃料サイクルの確立に関する重要な核燃料問題について長期計画に示した方針の具体化をはかるため、42年度に、関係各界の協力のもとに、核燃料懇談会を開催し、所要の検討を行なった。43年6月、原子力委員会は、同懇談会の検討結果にもとづき、海外ウラン資源の確保、ウラン濃縮、使用済燃料の再処理、プルトニウム燃料の有効利用、総合的な核燃料サイクルに関する調査、核燃料民有化にともなう国が賃貸している核燃料の措置、核燃料に対する査察の効率化、合理化に関する研究開発等、今後の核燃料政策について、その考え方を明らかにした。
 原子力委員会は、このうち、とくに、海外ウラン資源の確保については、引きつづき、動燃事業団による海外調査の実施を促進する一方、原則として民間企業を中心として、これを推進することとし、国は探鉱開発等に関する必要な助成および誘導措置を講ずることとした。海外ウラン資源の入手については、産業界において、探鉱開発の海外協力や、海外ウラン鉱の長期購入契約の締結などの動きがみられるようになり、今後、積極的に推進する必要がある。
 ウラン濃縮については、ガス拡散法および遠心分離法の研究開発を行なうが、これらの試験研究に一応の区切りがつくと思われる昭和47年度頃において、各方式の研究成果の評価を行ない、可能な限り一方式に研究開発を集中することとしたが、43年度には、理化学研究所(理研)における拡散法、動燃事業団における遠心分離法について、それぞれ基礎実験において、良好な成績が収められ、試験研究の一段の前進がみられた。
 原子力委員会は、上述の方針にそって、これらの試験研究を効果的に推進するため、関係有識者の参加により「ウラン濃縮研究懇談会」を設け、その具体的方策の検討を行なうこととし、44年5月、その第1回を開催した。
 また、プルトニウム燃料の有効利用については、高速増殖炉用および新型転換炉用燃料の研究開発のほか、軽水炉への利用に関する研究開発が、動燃事業団および原研においてすすめられており、43年度には、海外の試験炉において照射試験が実施された。


§5 原子力第1船の建造

 原子力船に関しては、日本原子力船開発事業団(原船事業団)において、わが国の原子力第1船の開発がすすめられているが、43年7月、いよいよその船体工事が着手された。その後、工事は順調に進捗し、44年6月、進水式が挙行され、「むつ」と命名された。今後、原子力船むつは、船体ぎ装を行ない、45年5月頃、現在、青森県むつ市において、建設工事がすすめられている定係港に回航され、同地で原子炉ぎ装を行ない、47年1月には、完成の予定となっている。
 この原子力船むつの建造は船体、原子炉とも、でき得る限り国内技術によることとされており、これにより、原子力船建造に関するわが国の技術体系が早期に確立されるものと期待される。


§6 新たな研究開発分野の進展

 放射線利用については、医学、農業、工業等の各分野において、逐年、着実な進展がみられているが、43年度には、原研高崎研究所におけるトリオキサンの放射線固相重合による製品工業化の見とおしが明らかになるなど、放射線化学の分野は一段と前進するにいたった。
 42年度から、「原子力特定総合研究」として実施されている食品照射研究開発は、国立試験研究機関、大学、原研、理研等において、広汎かつ総合的に行なわれているが、43年11月、原子力委員会は、食品照射連営会議の報告にもとづき、追加対象品目を決定するとともに、44年度から、共同利用施設を原研高崎研究所に整備することとし、食品照射研究開発の一層の充実をはかった。
 医学の分野においては、最近における粒子加速器の長足の進歩を背景として、新たに速中性子線照射によるがんの治療が注目されており、このため、原子力委員会は、関係有識者の参加を得て、44年5月、「サイクロトロンによる中性子線医用懇談会」を設け、研究開発の方針を検討した。また、43年度には、わが国初の原子炉利用による脳腫瘍の熱中性子捕獲療法が試みられ、その治療手技の確立がはかられた。このほか、農業、工業等の各分野においても、新品種の育成や非破壊検査への新しい放射線の利用など、多くの成果が得られている。
 核融合については、43年7月、原子力委員会は、核融合専門部会の報告にもとづいて検討した結果、これまでの基礎研究の段階から一歩すすめて、制御された核融合の実現を明確な目的とする研究開発を原子力特定総合研究として、44年度から大学および民間企業の協力のもとに、原研、通商産業省工業技術院電気試験所(電試)、および理研において、強力に推進することとした。すでに、43年度に原研、電試、理研において、従来から引きつづき、それぞれ必要な試験研究が実施されたが、とくに原研では、上記の基本計画にもとづき、予備実験装置の整備がすすめられ、研究開発の新たな前進に備えている。
 このほか、原子力発電と海水脱塩との二重目的プラントや原子炉の製鉄利用など、原子炉多目的利用について、国際的な関心が高まっており、43年度には、わが国でも、産業界において、調査研究がすすめられた。この原子炉外目的利用の推進は、原子力の新たな利用分野を開拓し、その産業経済と国民生活への寄与を一層強化するものとして、原子力委員会は、今後の発展に注目し、多大の関心を寄せているところである。


§7 安全対策の充実

 以上のような原子力開発利用、なかんずく原子力発電の進展に対応して、安全対策の一層の充実をはかるため、原子力委員会は、さきに、原子炉施設安全問題懇談会を設置し、軽水炉に関する安全基準、高速炉等に関する安全審査などについて、検討を行なったが、43年8月、同懇談会の報告が提出された。原子力委員会は、この報告にもとづき、原子炉施設の安全審査における諸指針の整備をはかる等のため、43年10月、動力炉安全基準専門部会を設置し、同専門部会は、43年12月からその審議を開始した。また、44年2月には使用済燃料再処理施設等から生ずる放射性廃液の海洋放出に際しての障害防止に関する考え方について、内閣総理大臣の諮問にもとづく放射線審議会の答申が行なわれた。原子力委員会は、これにもとづき、さらに検討をすすめる一方、研究開発の推進とこれに必要な施設の整備をはかった。
 なお、動燃事業団における再処理施設の安全性について、原子力委員会は、44年3月、再処理施設安全専門部会から十分確保し得る旨、報告を受けた。しかし同施設の建設について地元の反対があり、同意を得られていない事情にかんがみ、その設置の許可を内閣総理大臣に答申するにいたっていないが、早急に解決する必要がある。


§8 活発化した国際協力

 わが国において、原子力開発利用の効率的な推進をはかるうえに、有効な国際協力を行なうことは、きわめて有意義であり、このため、わが国は、国際原子力機関(IAEA)を中心とする多国間協力をはじめ、二国間協力についても積極的な努力を払ってきた。
 とくに、日米、日英の両原子力協力協定については、42年度に、有効期限が迫った事情もあり、新たな情勢に即応するよう改訂が行なわれたが、43年7月および10月に、それぞれ有効期限30年として発効するにいたった。これらの協定にもとづき、まず、第1回の日米原子力会議が、43年7月、ワシントンにおいて開催され、また、同じく第1回の日英原子力会議も、44年6月、東京において開催され、日米、日英両国間の原子力分野における相互理解が深められた。また、43年9月、ドイツ連邦共和国のシュトルテンベルク科学研究大臣が来日し、日独両国間の協力に新たな前進がみられ、さらに、10月には、欧州原子力共同体(EURATOM)のヘルビック副委員長が来日し、意見の交換が行なわれた。このほか、カナダ、フランス等の各国との間にも、情報の交換、技術の交流が積極的にすすめられ、国際協力は一層活発化した。
 なお、43年7月には、「核兵器の不拡散に関する条約」が署名のために開放され、同条約に示された保障措置の技術的実際的諸問題に各国の関心が表明され、新たな国際的課題として、注目されるようになった。原子力の研究、開発、利用を平和の目的にのみ限って推進しているわが国としては、43年2月、原子力委員会が明らかにした見解のごとく、同条約がいささかも平和利用の発展を阻害することのないよう保障措置の具体的諸問題の解決がはかられることが、この際、強く要望されるところである。


§9 新局面に備えて

 原子力委員会は、わが国における原子力開発利用をなお一層強力に推進するため、その全般的な体制に関し、再検討を加える必要を認め、43年3月以来、関係各界の有識者の参加を得て、原子力関係機関体制問題懇談会を開催し、原子力委員会みずからのあり方を含め、研究開発機関の体制について、検討をすすめてきた。
 いまや、わが国の原子力平和利用は、以上概観したごとく、産業として自己を形成する段階に入りつつあり、原子力産業確立への各種の問題がようやく具体性をもち、新局面への胎動を開始したとみることができよう。
 このような時期にあたり、原子力委員会は、これらの新局面に対処するため、今後提起される諸問題にとりくみ、その適切な解決につとめる所存である。この際、関係各界が密接に協力し、総合的、長期的視野に立ち、国民一般の強力な支援のもとに、一層の努力を傾注することがとくに要請されるところである。


§10 原子力関係予算

 昭和43年度原子力関係予算は、税金額211億円、国庫負担行為額105億円である。これを昭和42年度と対比すると、現金額で54億円(36%)の増額を示した。
 43年度予算の主なものには、原研における材料試験炉の建設および運転、動力試験炉の改造、放射線化学の研究開発、動燃事業団における動力炉の開発、使用済燃料再処理施設の設計等、核原料物質の探鉱、核燃料の技術開発等、原船事業団における原子力第一船の建造、付帯陸上施設の建設等があげられる。
 43年度末の定員は、科学技術庁原子力局および水戸原子力事務所が145名で、42年度末に比較し9名減、科学技術庁放射線医学総合研究所(放医研)は408名で7名増、また、原研が2,135名で、増減なし、動燃事業団が901名で125名増、原船事業団が85名で12名増となり、定員の合計は3,674名で、42年度末より135名の増加となっている。



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