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放射線医学総合研究所昭和43年度業務計画



 Ⅰ 基本方針

1 重点計画
 本研究所は、放射線による人体の障害とその予防、診断、治療および放射線の医学的利用に関する調査研究ならびにこれらに関する技術者の養成訓練を行なうことを目的として設置され、設立以来この目的にそって諸般の整備を行ない、総合的研究体制のもとに積極的な努力を払ってきた。

 本年度においては、原子力委員会の「原子力開発利用長期計画」昭和42年4月改訂に基づいて新たな展望のもとに与えられた目的の達所に一層の努力を払い、本研究所の意義を高からしめることとする。

 そのため将来への進展の足がかりとするべく体制の強化と研究所果の向上に努める。

 とくに研究体制に関しては各部門の相互の緊密な連けいを保つことにより本研究所の特色をさらに発揮させることとする。

 本年度における計画の重点は、以下のとおりである。

1 研究会議の効果的な運営により、本研究所の特色たる総合性をさらに発揮させることとする。

 すなわち特別研究については「プルトニウムによる内部被曝に関する調査研究」および「放射線障害の回復に関する調査研究」の2課題を強力に推進し、また本年度から新たな構想のもとに指定研究を設定し、その推進を図る。

2 経常研究については、本研究所の設置目的にそい各部の自主性のもとに研究者の独創性を尊重してそれぞれの特色を明確にし、今後のより高い所果を期する。

3 施設の整備に関しては、海洋調査研究の推進を図るため茨城県那珂湊市に前年度から計画中の臨海実験場を完成する。

 また、調査研究のうちデータ解析に関連する分野の進展の基礎を固めるため、放射能データ解析施設を建設する。

2 機構、予算
 本年度は東海支所に臨海実験場を設置して海洋調査研究の強力な推進を図り、また東海支所管理室を管理課とし、支所における研究の効果的推進に対処するため管理業務の充実を図る。

 昭和43年度予算は総額738,333千円で、前年度695,745千円に比し42,588千円の増額となっており、このうち特別経費は382,271千円で、前年度370,426千円に比し11,845千円の増額となっている。

 特別経費のうち前年度と比して増額となったおもなものは、海洋調査関係経費51,390千円、研究員当積算庁費7,859千円であり、減額となった事項は、営繕等施設整備費の53,929千円である。

 以上のほか、放射能調査研究費として、22,014千円を計上した。

 Ⅱ 研究

1 研究方針
 最近における科学技術をみるに、その問題点の多くはそれぞれの学問文野の境界領域および多部門間的分野にみられ、また新しい学問分野が基礎研究と応用研究の接触の結果生れている。

 しかるに他方、科学技術は高度に専門化が進み、その結果研究単位があまりにも多数かつ小単位になり、研究成果も個々の面においては非常に意義のある成果をおさめながら総合的見地からみれば、必ずしもその有効性、可能性がすぐには期待できないような状況にある。

 本研究所は、物理学、化学、生物学などといった基礎分野から臨床医学におよぶ広汎な領域を網羅し、それぞれの分野においても高度の学問的水準を保持している。

 したがって、本研究所は総合的研究体制の確立に努め、これら研究者相互の調和のとれた協力により、総合性を生かした創造的成果をさらにおさめることをその主要な目標の1つとして努力する。

 この方向にそって本年度は下記の方針により研究の推進をはかるものとする。

1 特別研究については、昭和40年度から5ヵ年計画で実施している「プルトニウムによる内部被曝に関する調査研究」は第4年度目にあたり、最も充実した成果が期待され、また昭和41年度から3ヵ年計画で実施している「放射線障害の回復に関する調査研究」が最終年度にあたり、その成果の集大成を行なう年にあたるため、上記2課題を強力に推進することとする。

2 指定研究については、ある部が他の部又は他の機関と相互に緊密な協力のもとに行なうことにより、実効が期待され、かつ本研究所の目的に対し適切、有意義であると認められる研究を指定研究として実施し、総合研究所としての特色を十分に発揮させることとする。

3 経常研究は、本研究所におけるすべての研究活動の基盤となるものであり、これを不断に継続し、かつ強力に推進することにより将来への発展に必要な学問的水準を保持することができるものである。

 したがって本研究所の目的にそってそれぞれの問題点を追求し、各研究部の今後の研究方針を明らかにするとともに、研究者の才能を伸ばし、かつ知識の向上をはかるためこれら経常研究の一層の強化をはかる。

2 特別研究
 本年度は特別研究に必要な経費として、試験研究用備品費、消耗器材費等総額18,076千円を計上する。

 各課題の概要は以下のとおりである。

2-1 プルトニウムによる内部被曝に関する調査研究
 本調査研究はわが国における核燃料再処理計画等の進展に伴うプルトニウムによる障害の防護の重要性に着目し、特別研究として昭和40年度から着手した。

 昭和40年度の準備期を経て昭和41年度からプルトニウムの使用を開始し、実験施設の整備および緊急時対策について検討を行なった。

 昭和42年度は、プルトニウムの各種投与法による体内沈着量の時間的変化と肝機能等への影響および胆汁移行等の特異代謝の研究を実施して、従来の地核種での実験結果との比較を行なった。

 肺負荷量の測定に関しては比例計数管、薄型NaI検由器の整備、プルトニウム装荷の肺ファントムの完成により、人体肺負荷量測定への体制が整った。

 一方、吸入実験に関しては24Na、142Pr等による動物吸入実験を実施し、ダストの性状と沈着量に関する資料及び生体試料のプルトニウム含量分析法の検討並びに吸入障害の評価についての基礎的検討を進めた。

 上記と並行し、プルトニウム取扱者の安全および緊急時対策等の研究としてプルトニウムモニターの整備、運転を行ない予期以上の成果をあげ、また新方式の傷モニターに関しても基礎的検討が進捗した。

 本年度は所期の計画にもとづき、前年度までの成果を基礎として研究をさらに広範囲にかつ精密化して進めるとともに、これまでに得られた成果を実際の放射線防護に反映させることを基本的な目標として、プルトニウム内部被曝の影響を体内沈着プルトニウム量の評価と、生物学的影響の評価の両面から、プルトニウムを用いてさらに実験的に追求する。

 また、従来の成果にもとづいてポータブルプルトニウムモニター、ポータブル傷モニター等の実用機器の開発をも実施する。

 なお、本調査研究は前年度にひきつづき、物理、化学、障害基礎、薬学、環境衛生、臨床、障害臨床の各研究部および技術部より研究者の参加を得て実施する。

2-2 放射線障害の回復に関する調査研究
 原子力開発の進展にともなって放射線障害に対する予防および治療対策を確立する必要があるがこれらに対してはなお多くの基本的問題が未解決のまま残されている。

 これらのうち放射線障害からの回復の問題については、微生物における放射線の感受性、培養細胞や動物個体での分割照射、個体の感染防護、免疫反応、骨髄移植、血球増殖要因、ホルモン要因および治療剤等の各分野における調査研究の進展にともない、これらの関連性についても検討することが必要になってきている。

 このような現状にかんがみ、分子、細胞および染色体、組織ならびに個体の各レベルでの回復現象の有無および回復の認められる場合におけるその過程等に関する調査研究を共同研究体制のもとに能率的に推進し、人体の放射線障害の予防および治療の実際面に役だちうるような体系化された知見を得ることを目的に本年度も引きつづき特別研究として実施する。

 本調査研究は、生体の分子、細胞、組織、臓器、個体およびこれの修飾要因の各レベルごとに研究グループを組織し、初年度(昭和41年度)はそれぞれの分野における現象の確認を終了し、第2年度は実験の定量化に努力したので、最終年度である本年度においては、総合的知見を確立し、所期の目的を達成することとする。

 なお、本調査研究は前年度にひきつづき、化学、生物、遺伝、生理療理、障害基礎、薬学および障害臨床の各研究部より研究者の参加を得て実施する。

3 指定研究
 本年度から新たに設定した指定研究の各課題の概要は以下のとおりである。
放射化分析法の医学、生物学への応用に関する研究
胸腺細胞のエネルギー代謝機構に及ぼす放射線の影響に関する研究
放射性炭素とりこみ桑葉飼育によるカイコの突然変異誘発に関する研究
ラジオアイソトープ標識による腎髄質血液流量の計数的解析に関する研究
ラジオアイソトープ投与時の人体被曝線量評価に関する研究
4 経常研究
 本年度は経常研究に必要な経費として研究員等積算庁費106,955千円および試験研究用備品費44,818千円をそれぞれ計上する。

 経常研究に関する各研究部の本年度における方針および計画の大要は以下のとおりである。

4-1 物理研究部
 本研究部は、放射線障害の予防および医学的利用に関し、放射線の適切な計量と防護方法について基礎的、応用的研究を進めるとともに、人体組織に対する吸収線量など放射線影響の解明に必要な物理的基礎資料を得ることを目的としている。

 前年度まで全身計測法により各種ラジオアイソトープの経口、注入による体内代謝を研究してきたが、本年度から新らたに吸入による場合に着目し、さらにコンピュータを使用して、これらのデータの解析方法を追求する。

 また、前年度理論的、実験的に検討した新しいシンチカメラを試作する。

 放射線が吸収される場合のエネルギー転換過程を解明するためすでに50~300keVエックス線が物質にあたったとき出る2次電子スペクトルを測定したが、今後は高エネルギー放射線および50keV以下の放射線について研究を行なう。

 広島、長崎における原爆被曝線量の算出に関しては、すでに空中線量および誘導放射能の推定が終ったので、本年度から全身被曝時の骨髄など決定臓器に対する吸収線量の推定に関する研究を進める。

 高エネルギー放射線の遮へい方法に関しては、前年度までに予備実験をほぼ終了したので、本年度中に医療用加速器照射室設計基準作成のための基礎的資料を得ることとし、これに伴い、治療用高エネルギー放射線の測定方法の規準化ならびに相互比較について研究を行なう。

 また、従来医学生物学用原子炉に関する調査研究および中性子関係の基礎的研究を進めてきたが、本年度から中性子治療、RBE値の算定を目標とした応用測定をも行なうこととする。

4-2 化学研究部
 本研究部は、生体に対する放射線の作用機構を分子レベルで物理化学的および生化学的に追求すること、ならびに放射性核種および安定核種について生体に対する放射線影響の評価の基礎となる無機分析化学的研究を行なうことを目的としている。

 本年度においても従来の方針に沿って研究を実施することとし、物理化学的、生化学的研究については、前年度にひきつづき、生体物質に吸収された放射線エネルギーの分子内および分子間の移動、核酸・蛋白質に対する放射線の作用、特にこれら生体構成分子の構造的変化とそれらがもっている種々の生物学的活性の変化との関連を種々の方法および観点から追求する。

 無機分析化学的研究については、従来から継続している「金属塩・イオン交換樹脂に関する研究」をさらに発展させて、その構造と放射性核種吸着効果との解明をめざすとともに、新しい組合せによる応用範囲の拡大をはかる。

 また、クロマトグラフ法をはじめとする各種分析法に関し、特にキレート剤を有効に利用することに着目して基礎的な検討を継続して行なう。

4-3 生物研究部
 本研究部は、生体における放射線障害発現の機構を生物学的初期効果から最終効果に至る各過程について、細胞内微細構造から個体に至る種々のレベルで明らかにするということを目的としている。

 本年度は、前年度にひきつづき、細胞以下のレベルでの研究材料として、人体の放射線障害との関係が深く、かつ放射線感受性の異なる細胞でしかも実験に用いやすいラットの胸線細胞、肝細胞、せつ細胞およびマウスの腹水癌細胞を用い、電離放射線照射後におこる核のDNAと核蛋白、ミトコンドリアにある細胞質内の呼吸、解糖酵系および蛋白質合成系の変化を定量的に追求して、細胞における障害の本質を解明するための実験を行なう。

 また、これら細胞の変化が個体の障害として発現する経路を知る目的で、細胞の総数が少なくかつ個体としての複雑さの少ない魚類を材料として、細胞集団動力学的研究を行なう。

 特に、造血器官および腸上皮に着目し、比較的低い線量によっておこる変化の観察を本年度から開始する。

 さらに放射線による晩発性障害についての予備実験を多数のメダカを用いて実施する。

4-4 遺伝研究部
 本研究部は、放射線による遺伝的障害に関し、突然変異誘発機構を種々の動物、細菌などを用いて追求し、生じた変異の集団中における動態を理論的、実験的に明らかにすることを目的として研究を進めてきた。

 本年度においても、放射線による遺伝的障害の正しい評価のために、動物実験による精密データを得るとともにその結果を人類に対して適用する範囲と限界を常に考慮しながら研究を継続する。

 すなわち、昆虫、微生為、人類培養細胞を用いて種々の遺伝的障害、たとえば点突然変異、核外遺伝子突然変異、可視突然変異、全体または部分突然変異、染色体全欠失、染色体切断、再結合、染色体部分欠失、優性致死などが各種放射線、照射時期、精子貯蔵の影響などによって受ける変化ならびにこれらの変化と放射線類似物質の作用パターンとの差異を明らかにする。

 一方、突然変異遺伝子および染色体異常の集団中での行動を追求するため、前者では遺伝子間に相互作用がある場合について、後者では遺伝的荷重について、理論的に検討するとともに、実験的には集団中における突然変異遺伝子頻度が放射線、集団の大きさなどによってどのように変化するかを研究する。

 また、遺伝的障害の発生が細胞のDNA複製過程と密接に関連することから、マウスの培養細胞を用い細胞周期各期における照射によるDNA複製過程の阻害を定量的に追求する。

4-5 生理病理研究部
 本研究部は、内部および外部放射線の人体ならびに動物に対する障害、その回復および病態を生理学的、病理学的に研究することを目的として従来より研究を進めており、その研究方法はきわめて多彩で代謝生理学、循環動態の計測、組織細胞の培養法、ラジオアイソトープ標識による組織内追跡、組織酵素学および電子顕微鎖的検索を含む広い病理形態学など基礎的医学研究分野のほとんどすべてを包含している。

 査年度は前年度にひきつづき生理部門では生体の代謝制御および調節機構に及ぼす放射線の影響を解析しその作用機構を明らかにする研究を行なう。

 また培養細胞に対する放射線の障害及び回復機序の基礎的研究を行なう。

 病理部門では、腫瘍の放射線抵抗性の解析、放射線照射による内分泌臓器の変動とそれによる形態学的変化、ラジオアイソトープ標識による臓器血行動態の計測法の開発とその病理学的応用、および放射線の造血臓器に及ぼす影響とその回復機構を幹細胞動態および内分泌系変動による修飾の問題を中心とする研究をそれぞれ分担して行なう。

4-6 障害基礎研究部
 本研究部は、放射線の人体に対する障害、許容量、障害予防等に関する調査研究を行ない、特に身体的障害の軽減および評価など障害予防対策上重要な問題に関し学問的基礎資料を得ることを目的として以下の諸研究を行なう。

 生化学的観点から、栓球数、血中5-HT量、飲水量、潜血その他について放射線障害の医学的指標としての性格を検討してきたが、本年度は、これらの指標の生理学的意義およびそれらの変化が部分遮蔽、予防処置によりいかに修飾されるかにつき研究する。

 生理学的機能的観点から、個体の放射線感受性と生理学的性質との関連を明らかにするためひきつづき特に造血系に注目し、免疫化学的方法およびラジオアイソトープを用いて、放射線の影響を照射後の時間的経過を追って研究する。

 また中枢神経系に及ぼす放射線の影響について、従来にひきつづき電気生理学的方法により直接の影響を知るとともに、全身および局部照射による中枢神経への放射線の影響が全身障発発現にいかす関連するかを検討する。

 内部被曝の全身的影響の観点から特定の臓器の影響の全身的機能に及ぼす影響を種々の生物学的指標を用いて研究してきたが、本年度は対象部位の被曝線量を正確に評価するため放射性核種の生体内における時間的、空間的分布測定について基礎実験を行なう。

 障害の模型化の観点から従来行なってきた数学的表現をさらに発展させた全身障害に対する部分照射および分割照射による障害の加法性に関して検討する。

 放射線比較実験動物学的観点から、動物実験の結果の人類への外挿適用性を試みる。

4-7 薬学研究部
 本研究部は、これまで放射線防護物質の合成、抽出、分離およびこれら防護物質についての生物学的試験法の開発、ならびに内分泌腺の放射線障害の生化学的な解明などに主眼をおいて研究を実施してきた。

 本年度は前年度に得られた成果にもとづき、放射線防護物質中主としてインドール核とSまたはNを含む化合物などの合成を行ない、これら新規化合物の有機化学的性質などを検討する。

 また放射線防護物質の水溶液中の反応を追求するため、前年度に得られたアミノチオールの反応性に関する知見にもとづき化学構造と反応性について物理化学的手段により研究を行なう。

 防護物質の効果については、その薬理学的面での検討を強力に行ない、また放射線障害の回復に関する薬剤の研究としては、特別研究に参加し、延命効果を指標とする回復促進薬剤の研究および薬剤による造血機能障害の回復に関する研究を実施する。

 一方、生殖腺の放射線障害とその防護に関する生化学的研究に関して、前年度に得られた新しい知見をもとに、エックス線照射により障害をうけた睾丸の細胞中の酵素活性を正常群と比較して、その差異の分析を行ない、酵素活性および酵素の生合成能に及ぼす放射線の影響を詳細に研究する。

4-8 環境衛生研究部
 本研究部は、環境中における自然放射線および人工放射線の動向を的確にとらえ、その線量を測定、評価して外部被曝および内部被曝による人体への影響の解明にあたって必要なこれら放射線の国民線量への寄与を明らかにするとともに、障害予防対策に資すべき基礎的資料を得ることを目的として研究を進めてきた。

 本年度は、前年度にひきつづき自然放射線による外部および内部被曝の直接および間接測定を継続し、国民線量のバックグラウンドの値を把握する一方、人工放射線については研究対象の重点を核実験によるフォールアウトの影響から原子力平和利用の発展に伴う放射能の環境への影響に移し、内部被曝の機構の解明に主眼をおいて研究を行なう。

 また環境中における炭素-14および水素-3の動向に関しては、特にそれらの測定法と生物体内物質について研究を継続する。

 事故時における特定の核種についての環境への放出機構および測定法に関する研究を本年度から新たにとりあげる。

 核燃料代謝および核原料物質に関する問題としては、職業人に対するこれら核種の吸入による影響について研究を行なうほか、これらの物質の取扱施設における放射線管理技術の開発に直結した研究を進める。

4-9 環境汚染研究部
 本研究部は、環境放射能水準を正当に把握して人体被曝とその影響の長期評価に資するための放射能降下物による環境汚染の調査や原子力施設事故時の一般環境汚染調査の方法開発と、今後ますます重要となる放射性廃棄物の環境処分規制の実用的合理化をめざして、その実験的解明をはかるため、従来から、原子炉事故時の大気中飛散物による環境、食品、人体の汚染の相関性、放射性降下物、放射性廃棄物による陸と淡水系の汚染の相関性、放射性物質の海洋での移動、および環境汚染モニタリングの簡易法の開発の諸点についてのラジオエコロジー(放射能生態学)的研究を重点としてきた。

 本年度もひきつづき、これら研究の進展をはかるが、近い将来における規模原子力施設の増加にそなえて、特に簡易モニタリング法の確立と放射性ヨウ素による食品汚染対策の推進につとめる。

 また、海洋放射能汚染に関しては、固体廃棄物の深海投棄に関しその表層海水汚染の把握のため、大学等の調査船を利用して行なうが、液体廃棄物の沿岸海域への放出にともなう水産食品汚染度と人体被曝に関しては、臨海実験場の主体性のもとに、全般的技術協力を行ない研究の強力な促進をはかる。

4-10 臨床研究部
 本研究はラジオアイソトープによる各種疾患の診断、代謝系の研究、RIによる内部被曝の問題、放射化分析の医学生物学的利用についての研究、ならびに高いエネルギー放射線による悪性腫瘍等の研究を行なうことを目的としている。

 本年度は、診断関係ではラジオアイソトープ投与後の臓器分布を電子計算機によって正確に求め、従来より精度の高い診断法の確立を目的として研究を行ない、また代謝系に関しては骨の系統疾患を対象としてカルシウム-47を用いてヒューマンカウンタによりその代謝異常を明らかにする。

 内部被曝に関しては、従来無機ヨウ素を対象とし、甲状腺の晩発障害の研究を行なってきたが、本年度はさらにその機序の解明についての研究を進める。

 また欧米人と食生活を異にする本邦人ではRI投与時の被曝線量も異なる可能性があるが、従来これの評価はほとんど行なわれていないので、食生活上大きな差異のあるヨウ素、ナトリウム、カルシウム等について人体被曝線量の評価を行なう。

 そのほか放射化分析の医学生物学への応用を各研究部と協力して推進する。

 また一方治療関係では、中性子線による腸の障害を指標としたRBEの問題、さらに速中性子のガン治療への適用等について研究を行なう。

 また、放射線による骨障害をラジオアイソトープによって早期に発見する方法、電子計算機による線量分布の正確かつ迅速な評価法についても研究を行なう。

4-11 障害臨床研究部 本研究部はひきつづき人体の放射線障害に対する診断および治療に関する調査研究を行なう。

 まずビキニ被災者、トロトラスト被投与者等の放射線被曝者について、臨床的観察を継続するとともに、特に被曝者の末梢血および骨髄の血球について細胞遺伝学的研究を強力に推進し、被曝後長年月にわたって存在する染色体異常と放射線による晩発障害の発生との関連性を追求する。

 この点を解明する一助として、血球の長期培養に関する研究を新たに行なう。

 また大量の放射線被曝によって生じる造血障害は直接、人体の生死に関係しており、その治療に関しては、骨髄移殖があるが、これを安全に行なうため実験により被照射動物への造血組織の移植効果におよばす種々の因子を検討し、さらに移植後に発生する抗原体反応を有効に抑制する方法を得るために、抗体産生に寄与する細胞の研究ならびに放射線感受性について検討する。

4-12 東海支所
 東海支所は、設置目的である原研の原子炉等の関係施設を利用して行なう研究を推進するために原研との連携を密にし、外部関係の利用をも含めて支所利用の万全を期する。

 また支所研究室においては前年度からの一部継続として生物およびその構成物質への原子炉中性子の照射法の検討、および新たに細菌ウイルスの感染干渉におよぼす放射線の影響についてそれぞれ研究を進める。

 各研究部で行なう原子炉等および支所施設利用の研究は下記のとおりである。
(1)人体内放射能の全身計測法およびその応用に関する研究
(2)原子力職業環境における放射性エアロゾルの挙動とダスト・モニタリングに関する調査研究
(3)放射性物質の動向とバイオアッセイによる人体負荷量推定に関する研究
(4)重要放射性核種の海水中懸濁物による吸着、吸収、イオン交換等の機構に関する物理、化学的研究
(5)ラジオアイソトープ・トレーサー法による魚貝藻類への放射性核種の濃縮に関する研究
 なお、昭和43年度に新設する支所臨海実験場においては海洋調査研究を強力に推進することとする。

5 海洋調査研究
 「原子力開発利用長期計画」に示されている「海洋の放射能汚染防止に関する研究」に関し、本研究所においてはこのうち主として生物学的分野を担当し、本年度から昭和46年度までを第1段階として、原子力施設から放出される放射性廃液の海産生物への濃縮およびこれら生物を通じて沿岸住民および国民全般に与える被曝線量について調査研究を行なうとともに、モニタリング方法の開発についても調査研究を実施する。

 本年度は本調査研究を実施するために必要な臨海実験場を所外における要望をも考慮して完成させ、この完成をまって年度末から研究に本格的に着手することとし、施設費を含めて総額77,096千円を計上する。

 本年度における研究計画の概要は以下のとおりである。
(1)ルテニウム-106、ストロンチウム-90、セリウム-144等の放射性核種について、チダイ、チアユ等の海産生物を対象に海水の塩分濃度の水質変化に伴う濃縮率の相違、海産生物へのとり込みに関する経時的変化等について解明する。
(2)海水および海産生物中に存在する微量安定同位元素の定量値からの濃縮係数の究明について、本年度は特に原子吸光分析法を用いてストロンチウムの濃縮係数を求めるとともに安定ルテニウムの諸分析法を開発する。
(3)モニタリング方法の開発については、海産物のストロンチウム-90、セリウム-144、ルテニウム-106等についての簡易分析法の確立につとめる。

 一方、迅速モニタリング方法の開発のため底棲生物の放射性核種の生物的濃縮について研究を行ない、食用海産生物の汚染度の指標となる生物を検索する。
6 放射能調査研究
 放射能調査研究には、従来より本研究所は積極的に参加し、関係諸機関と協力してその一部を分担してきたが、本年度は放射能対策本部の強化方針に従い、新らたに高空における放射能気塊の測定等を実施する。

 このため、本年度は放射能調査研究費として22,014千円を計上し、放射能レベル調査、被曝線量調査およびデータセンター業務の3項目について、それぞれ以下のとおり実施する。

6-1 放射能レベル調査
 日本における放射能水準把握の一環として、とくに札幌、新潟、福島、東京、福井、大阪、広島、福岡に重点をおき、大気中浮遊塵、表土、飲料水とその水源の河川水、および淡水魚とそれが生息する湖沼水、日常食、標準食、人体臓器、人骨等の各試料中のストロンチウム-90、セシウム-137、その他の放射性核種の定量を行なう。

 上記の各試料の採集にあたっては、調査結果を総合して放射能汚染における人体と環境との相関関係の把握に鍵だたせる。

 とくに、放射性核種の表土→河川→海の移動については、放射能流亡率を求めることを重視してサンプリングを実施する。

 食物の汚染については、各地の家庭から実際に集めた日常食の分析測定を継続するとともに、総理府資源調査会の答申している国民標準食組成にもとづいて、標準食の調査をひきつづき行なう。

 原子力施設からの排水放出および放射性廃棄物の海洋投棄ならびに原子力船の実用化等に関連して、海洋食品に対する食生活上の依存度の高いわが国では、海洋、とくに沿岸の海水汚染の実態を把握することはきわめて重要と考えられる。

 したがって、海水および各種海洋生物の放射能バックグラウンド調査につとめる。

 このため、海水は日本海沿岸、太平洋沿岸、瀬戸内海の調査に加えて、東京大学海洋調査船(淡青丸)によって深度別に海水試料を採集して分析測定を行なう。

 また、沿岸の数地点において、海水、魚類、海藻類、底棲生物を採集し、その分析測定を前年度にひきつづいて実施する。

 なお、炭素-14とトリチウムの生物環境中における調査を継続実施する。

6-2 被曝線量調査
 自然および人工の放射線源より国民が被曝している線量を明らかにすることは、それらの放射線が国民生活の現在と将来に及ぼす影響を評価するうえにきわめて重要である。

 このため、本研究所では、線量測定方法に関する研究的調査として、大気中の放射性浮遊塵による内部被曝線量の調査および自然放射線または核爆発実験による放射性降下物の蓄積による外部被曝線量の測定調査等を継続実施するとともに、核爆発実験等による放射能汚染に関し、放射能対策強化の一環として航空機によってわが国の高空における放射能気塊の測定調査を新らたに開始する。

6-3 放射能データセンター業務
 下記の業務を前年度に引き続き行なう。
(1)内外の放射能調査資料の収集、整理、保存
(2)海外との放射能関係情報の交換
(3)放射能調査資料の解析
 また、これらの資料の一部をとりまとめて放射能調査資料として刊行する。

7 外来研究員
 外来研究員制度は、本研究所における調査研究に関し、広く所外における関連分野の専門研究者を招き、その協力を得て相互知見の交流と研究成果の一層の向上をはかることを目的としている。

 本年度はこれに必要な経費として2,217千円を計上し下記の研究課題について、それぞれ該当する研究部に外来研究員を配属し、研究を実施する。
(1)放射性コロイドの臓器とりこみおよびクリアランスの機序に関する研究、特に網内系との関連について
(2)照射後の免疫能の回復に関する研究、特に抗体産生細胞に関する細胞学的解析
(3)動物細胞における蛋白質合成系に対する放射線の影響の研究
(4)5-HTPならびにその関連物質による担癌ハツカネズミの放射線感受性修飾に関する研究
(5)ほ乳類培養細胞のDNA複製に対する放射線障害の研究
(6)弱塩基性イオン交換体の放射化学分離への利用
 Ⅲ 技術部

 技術部は、本年度の運営費として、43,171千円、ほかに廃棄物処理費8,568千円および特定装置運営費14,961千円を計上し、共同実験施設の運用管理、実験用動植物の増殖、管理および供給、所内の放射線安全管理および放射性廃棄物の処理等、各研究部の調査研究の遂行に関し、必須の重要業務を担当する。

 特に本年度はラジオアイソトープ実験棟の改造完了に伴い、ラジオアイソトープ使用動物実験等の活発化に対処し、その体制をととのえるとともに、共同実験施設、機器のより一層の効率的な運用、実験用動物の質、生産量の向上、ラジオアイソトープ使用実験施設における管理の効率化をはかる。

 本年度の業務の重点的事項は下記のとおりである。

(1)変電、ボイラー、空調機械等の研究所基本施設および各種共同実験施設についてその運用のより一層の円滑化に努める。

 特に、ラジオアイソトープ棟については前年度の改造に伴い、各種機器の重点的配備等、管理面よりの整備を行ない、効果的な運用の体制を確立する。

 また、放射線照射施設については、円滑な経常的運用を期するとともに、前年度にひきつづき正確な線量測定のための測定機器の較正整備を行なう。

(2)放射線安全管理および放射性廃棄物処理に関しては、ラジオアイソトープ実験棟改造の完了に伴うラジオアイソトープ投与動物実験の活発化に即応して体制の整備と円滑な運営をはかるとともに、アルファ線実験棟におけるプルトニウム取扱作業に伴う安全管理の一層の充実を期する。

(3)研究用動植物の管理については、生産および飼育における実験動物のSPF化にそなえ一部の系統維持マウスのSPF飼育を実施し、また、前年度完成した飼育池により水生動物生産を開始する。

 Ⅳ 養成訓練部

 養成訓練部は、昭和34年度から前年度までに下表のとおり放射線防護短期課程、放射線利用短期課程、放射性薬剤短期課程およびRI生物学基礎医学短期課程を実施し、各課程修了者の累計は851名に達した。
 本年度の運営経費として10,532千円を計上して教育内容の整備を行ない、各課程のより一層の効果的な実施をはかる。

 なお、本年度は放射線防護短期課程を2回、放射線利用医学短期課程を2回(うち1回はおおむね2年以上の経験を有する者に対するRI診断)、放射性薬剤短期課程を1回およびRI生物基礎医学短期課程を1回、総計6回の短期課程を開設し、約130名の技術者を養成する予定である。

 各課程の開設は次のとおりである。

放射線防護短期課程
 (第18回)昭和43年6月上旬~7月中旬
 (第19回)昭和43年10月下旬~12月中旬
放射線利用医学短期課程
 (第14回 RI診断および放射線治療)昭和43年9月上旬~10月中旬
 (第15回 RI診断のみ)昭和44年1月下旬2月下旬
放射性薬剤短期課程
 (第5回)昭和43年4月中旬~5月下旬
RI生物学基礎医学短期課程
 (第4回)昭和44年1月下旬~2月下旬

 なお、国際機関および諸外国の養成訓練制度等について調査を進めるとともに、各研修成果の向上をはかるための必要な研究を行なう。

 Ⅴ 病院部

 病院部は本年度の運営費として37,189千円を計上し、これにより本研究所の研究目的にそって従来どおり、

(1)放射線障害者の診断および治療
(2)ラジオアイソトープの利用による各種疾病の診断、治療ならびに臓器の機能検査
(3)高エネルギー放射線による悪性新生物の治療、を本年度も実施する。

 本年度は定床定員とも前年どおりであるが、特に病床の効率的使用について留意し、また、所内の各研究部のみならず、所外の大学病院、国公立病院その他の医療機関との連けいをさらに密にすることとあわせて、診療および看護の充実をはかる。

 本年度中に取扱う患者は、(1)ビキニ被災者、トロトラスト被投与者、慢性骨髄性白血病患者、(2)ラジオアイソトープを利用して診療する血液疾患、循環器疾患患者および、甲状腺疾患等内分泌系疾患患者等、(3)ヒューマン・カウンタを使用して診断する各種代謝異常疾患患者等、(4)高エネルギーエックス線(6MeVリニアック、31MeVベータトロン)等の照射を適当とする悪性新生物患者等とし臨床研究部および障害臨床研究部と協力して、これら診療に直結した調査研究を行なう。

  Ⅵ 建設

 本年度の建設費は75,922千円を計上し前年度から計画中の臨海実験場を完成するとともに、放射能データ解析施設を新設し、関連する研究の進展をはかる。

 また、道路の整備を実施するほかバンデグラフ棟、第1ガンマ線棟に実験ケーブル用貫通孔を設ける。

 本年度の営繕実施計画は次表のとおりである。

表 Ⅰ

昭和43年度機構図


表Ⅱ

昭和43年度 放射線医学総合研究所営繕実施計画


表Ⅲ
昭和43年度予算科目別総表

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