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放射線審議会の動き

Ⅳ 放射性物質の大量放出事故に対する
応急対策の放射線レベルについて(答申)


42放審議第7号
昭和42年3月20日

 内閣総理大臣
  佐藤 栄作殿

放射線審議会会長
木村健二郎

放射性物質の大量放出事故に対する応急対策の放射線レベルについて(答申)

 昭和38年7月11日付け38原第2365号をもって諮問のあった標記については、当審議会に災害対策特別部会を設け、昭和39年3月30日から昭和42年2月17日まで17日にわたって、慎重に審議を重ねてきたが、昭和42年3月20日開催の第21回放射線審議会総会においてその結論を得たので、下記のとおり答申する。

 なお、災害対策特別部会の報告は別添のとおりである。

Ⅰ 応急対策に関する基本的考え方
 諸種の原子力施設および放射性物質の取扱施設に関しては、関係諸法規に基づいて、設計、運転、保守、保安等の各面において、安全上の措置がとられている。

 特に、原子炉はその設置に先立って、原子力委員会の原子炉安全専門審査会の議を経て、十分その安全が確認されている。

 しかしながら、一般に、事故というものは、予測することのできない原因によって発生するものであるから、放射性物質の大量放出事故が生じたときの事態に対する対策を、事前に検討し、確立しておくことは必要であると考える。

 大量の放射性物質が放出されて、放射線による被害が一般公衆にまで及ぶおそれのある事故が発生した場合には、放出源に対して措置をとると同時に、公衆に対する適切な被ばく軽減の措置を迅速に実行しなければならない。

 その措置のなかには退避、その他の応急対策が含まれるであろう。

 これらの応急対策の発動は、対策をとったことに起因して放射線以外の損害が発生する場合も考えられるので、このような損害も加えて、公衆がうける被害の全体を最小にするような放射線のレベルでなされなければならない。

 このような放射線レベルは、放射線の身体的および遺伝的影響、ならびに国民遺伝線量をも考慮し、さらに、災害の大きさは当該施設の種類および型、事故の性質および大きさ、事故に対処する体制、とられる対策の種類、その地域の環境条件、地域の経済的特性等の諸要因に左右されるので、これらをも総合的に考慮して決定されるべきである。

 しかしながら、少なくとも放射線による急性障害がおこらないようなものでなければならない。

Ⅱ 指標線量
 Ⅰに述べた諸要因は、個々の場合に応じて差異があるので、応急対策を発動するための放射線レベルを一律に定めることは、実情にそくさないことがある。

 しかしながら、地域ごとに設定されるべき放射線レベルのこえてはならない値を国が提示することは必要であると考え、これを指標線量と呼ぶこととする。

 この指標線量を考慮して地域ごとに設定すべき放射線レベルは、想定された一事故に際して、公衆中の個人が、このレベルをこえて被ばくするおそれのある場合、適当な応急対策をとり、実際の被ばく線量をこのレベルより低くおさえなければならない性質のものである。

 本部会は、指標線量の設定にあたって、放射線の身体的影響および遺伝的影響について、それぞれの小委員会および打合会において検討し、また、現在および近い将来の原子力施設の種類および型、さらにⅠに述べたその他の諸要因についても考慮をはらった。

 その結果、原子炉の事故にともなう公衆の退避に関する指標線量を、全身の外部被ばくに対しては25ラド、よう素による甲状腺の内部被ばくに対しては150ラドとするのが適当であるとの結論を得た。

Ⅲ 退避のための指標線量の使い方
 本部会は、放射線の被ばくは可能なかぎり少なくすべきであるという立場から、地域防災計画において定めるべき退避のための放射線レベルは、本部会が設定した指標線量を上限値として、実情に即して可能なかぎり低く定められるべきものと考える。

 本部会は、現在設置されており、または近い将来設置されるであろう原子炉に関するかぎり、この指標線量によって退避が行なわれるならば、国民遺伝線量への影響は無視できるものと考えている。ただし、国民の大きな部分が被ばくするなど国民遺伝線量に影響を及ぼすような事態を想定する場合には、応急対策のための放射線レベルは、あらためてⅠの基本的考え方にもとづいて、諸要因を検討した上で、別途設定されなければならない。

 この指標線量は、原子炉事故を想定して決定されたものではあるが、放射性物質輸送中の大量放出事故等、その他の放射性物質の放出事故に際しても、応急対策を講ずるための参考となるであろう。

 なお、ここで設定した退避のための指標線量は、わが国の今後の原子力開発の進歩、科学技術の開発、環境要因の変化等によって、将来改定の必要が生ずることがあると考える。
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