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プルトニウム救急医療調査団報告書



1 はじめに
 わが国における原子力開発は、過去10年間いちぢるしい進展をとげ、動力炉開発の方針も確定し、核燃料政策におけるPuの問題は重要な研究課題となっている。

 原子力事業における放射線障害の防止については、他の一般公害とは異なり、当初から国際的基準にしたがって万全を期してきたが、あらたに登場したPuの問題は、障害の予防面とともに障害発生に対する医学的処置の重要性を提起している。

 一般に、放射線障害の防止は、保健物理的処置と医学的処置との連携によって全きを期することができるもので、この点においてはPu障害も例外ではない。

 しかしながら、Pu事故はその症例も少く、またPuの生物学的動静も未詳な点が多く、Pu事故の救急処置について欧米各国の現状と経験を調査する必要が生じた。

 科学技術庁原子力局においては、上記の必要性を痛感し、医療と保健物理に関係する専門家で構成する「Pu救急医療調査団」を編成し、昭和41年5月28日から同年6月24日まで、欧米各国の原子力施設を視察し、Pu取扱者に対する医学的管理、特に事故発生時における医学的処置とこれらに関連する諸問題について調査した。

 ここに作成した調査報告書が、わが国におけるPu取扱者の安全を確保する一助となれば幸いである。

2 構成
団長  熊取 敏之 (放射線医学総会研究所障害臨床研究部長)
 海原 正三 (原子燃料公社東海事業所安全管理課保健係長)
 黒川 良康 (三菱原子力研究所放射線管理課長)
 立田 初己 (日本原子力研究所東海研究所保健物理安全管理部)
 原 悌二郎 (原子燃料公社東海事業所安全管理課長)
 堀 剛治郎 (日本原子力研究所東海研究所診療所長)
 皆川 洋二 (東京芝浦電気中央研究所放射線管理室長)
 山中  和 (科学技術庁原子力局放射線安全課長)

3 訪問施設
(1)Hanford Occupational Health Foundation(Hanford)およびBattelle MemorialInstitute(BNW)のBiology Department等
(2)Department of Anatomy, University of Utah Medical College(Utah)
(3)Los Alamos Scientific Laboratory(LASL)
(4)Health Physies Division and Health Division, Oak Ridge National Laboratory(ORNL)
(5)Medieal Division, Oak Ridge Institute Of Nuclear Studies(ORINS)
(6)Headquarter of The United States Atomic Energy Commission(USAEC)
(7)Health and Safety Laboratory, USAEC in New York(HASL)
(8)Brookhaven National Laboratory(BNL)
(9)The United Kingdom Atomic Energy Establishment, Harwell(Harwell)
(10)Kernenergieforschungszentrum, Karlsruhe(Karlsruhe)
(11)Centre d'Etudes Nucleaires de Fontenay-aux-Roses(Fontenay-aux-Roses)

4 欧米におけるPu取扱者の医学的管理
4-1 Occupational health
 各施設において、放射性物質取扱者に対する医学的管理は、合理的に行なわれているが、各施設とも、その基盤にOccupational healthの組織が確立している。

 Hanfordに例をとると、このFoundationの前身は、1944年にさかのぼるが、現在のものは1965年に発足し、USAECとの契約のもとにHanford Projectで作業している多くの事業所のために、Occupational health servicesを行なっている。

 このFoundationは、local hospitalと同じ敷地内にあり、Occupational hygienistのほか、医師6名、看護婦25名、統計関係者16名をおいて、次のような業務を行なっている。
(1)医学的処置:全従業員3,000名の職業に関係した障害の処置を行ない、もちろん、このなかには、放射線関係の障害も含まれている。必要に応じて、local hospitalへ入院させている。
(2)職場復帰の評価:従業員が事故にあいまたは疾病にかかった後、職場に復帰させる場合、それが安全かどうかをきめている。
(3)医学的検査:採用時の身体検査、従業員の定期的健康診断および退職時の身体検査を行なっている。
(4)職業衛生業務(Occupational hygiene services):有毒金属煙、ガス、粉じんならびに蒸気に対する職場環境の評価、および騒音、照度、マスク、空気浄化装置ならびにフィルタの試験、衛生工学、商品の毒性に関する研究ならびに相談に応じている。
(5)心理学的業務:管理者および従業員について、個人的あるいはグループに関する相談に応じている。たとえば、標準以下の仕事しかできない人の問題、また情緒的な訴えのある人、異常に飲酒する人、事故をくりかえしおこす人、極端に欠勤の多い人等に対する相談に応じている。
(6)医学的な通知:従業員の安全操業に必要な情報に限って管理者に公開される。
(7)保健教育:従業員に対し、個人の健康増進をはかり、また職業に関係した危害について通報している。
(8)研究等:Occupational healthについて、臨床的および職業的衛生の研究を行ない、また、心理学的、理学的および環境面から、作業条件の理解を高める目的で開発的な仕事を行なっている。
 以上のことをさらにくわしく述べると、hygieneの業務を行なっているところでは、たとえば、マスクの検査では350°Fまで加熱できる室で、フレオンガスを用いてリークテストを行なっている。また、フィルタの検査をDOPを用いて大規模に行なっているが、これは、Mississipi河以西のすべてのAEC Contractorのフィルタを検査している。

 以上述べたとおり、このように広範囲なoccupational health servicesの背景をもって、Puを含めて放射線取扱者の医学的管理を行なっているのはHanfordだけではない。各施設とも単に放射線に限らず、広く従業員の健康管理に心掛けて必要な設備を備え、あるいは研究を行なっている。

 すなわちLASLでも、約250名がHealth Divisionの業務に従事しているが、このなかで、health physicsに関係する70名のほか、約30名がindustrial hygieneの業務を行なっており、このindustrial hygieneでも、Cd、Hg、Pb、microwave、騒音、粉じん、Pu、U等について調査している。ここには種々の集じん器があった。

 そのほか、Hanfordと同様、マスクのフィルタおよび大きなフィルタの検査を行なっている。また、大きなチェンバで、全従業員のマスクの密着をテストしている。これは、粉じんのある室でマスクを着用させ、マスクの内側の空気を採取して検査し、また、人型に呼吸させ、色素を用いてリークの検査を行なっている。そのほか、フードの実験も行なっている。

 このように、各施設とも、すべてoccupational healthの基盤があり、その上で放射性物質取扱者に対する医学的管理が行なわれているのであり、Pu取扱者の管理も、その一部として行なわれている。

4-2 routine medical supervision
4-2-1 routin medical examination
 routine medical examinationは、従業員に対し定期的に行なわれている。当然のことながら、その検査内容や検査回数は、各職場の危険の度合によって異なっている。

 たとえばHanfordでは、complete examinationは2年に1回、血液検査は危険度に応じ、3月、6月または1年に1回というように段階をもうけている。また、血液の塗抹標本検査も、白血球が5,000〜10,000の範囲にある場合は行なわない等である。

 Industrial medicineのclinicは、入院の設備はなく外来のみを行ない、診断を主としており、診断に必要な検査の設備を十分に備えている。すなわち、臨床的に必要な検査室のほかに、眼科、聴力テスト、小外科手術等の室を備えている。

 また、事故の際等におこる汚染の除去は、外部から救急車が直接横付けできるような室において行なえるようにしてあり、その後、手術等の処置を行なう。Pu創傷を取扱う可能性のあるclinicでは、傷モニタを常備している。whole body counterは、同じ建物もしくは近接した場所に設置してある。また、Pu取扱者等の尿のbioassayを行なう場合、これも施設によってはclinicと同じ建物のなかで行なっている。

 このように従業員に生じた事故および疾病はindustrial medicineのclinicで取扱われるが、入院を必要とするような場合は、local hospitalへ送られる。

 ORNLおよびBNLでは、専門のresearch hospitalがあるので、放射線障害で入院を必要とする場合は、それぞれのresearch hospitalへ入院させている。local hospitalでは、従業員家族の診療、従業員の診療、附近の住民の診療等を行なうが、従業員のroutineの検査には関与しない。

 しかし、上述したとおり、施設内でおこった事故等の際は、必要に応じて治療にあたっている。また、施設のindustrial medicineは、local hospitalの建物に除染室等をもっている場合があり(たとえば、Hanford, LASL)、人間関係でも、場所の関係でも緊密な連絡を保っている。

 以上のように、各施設とも、従業員に対するroutine medical examinationと従業員以外の者に対する一般診療とは、組織の上でも、施設の上でもまた医師においても区別されている。しかしながら相互の関連は密接で、事故等の発生に際しては緊密な協力がとれるようになっている。

4-2-2 whole body counting
 現在whole body counterは、放射線の安全管理にはなくてはならないものとなっていて、各施設は必ずこの装置を備え、体内被ばくのおそれのある従業員の検査を定期的に行なうばかりでなく、事故時の測定、または対照となる非従業員の測定も行なっている。

 各施設では、大型なものばかりでなく、小型なものも設置している。各国とも、自然計数を低下させるための鉄室の鉄材として古鉄を探すことに意を用いており、一部では、低レベルの岩石の発見につとめている。

各施設のwhole body counter


 BNWでは、簡易型のwhole bodp counterを製作し、アラスカ中のエスキモ人の体内自然放射能の測定を行なっている。この簡易型は、9''φ×4''のシンチレータを使用し、しゃへい材には4''鉛ブロックを積上げて使用する。

 各施設の大型whole body counterは、ほとんど同様な構造と性能を有しているが、比較のため表で示すこととする。わが国のそれと比較して特に目立つ点は、鉄室または鉛室が非常に広く、この点低自然計数室として各種の実験に役立つことであろう。

4-2-3 bioassay
 体内にPuが摂取されまたはそのおそれがある場合は、bioassayが行なわれる。その場合、可溶性Puの摂取に対しては尿分析が、不溶性Puの吸入に際しては、鼻腔の清拭検査ならびに糞の分析が行なわれている。

 尿の分析は、事故等の緊急時に行なわれることは言うまでもないが、各施設とも定期検査として行なっている。

 定期検査においては、各施設とも原則として24時間尿を摂取しているが、Harwellのように、尿量をクレアチンの排泄量により補正しているところもある。

 採取の回数は、職場環境に左右されるが、ORNLおよびLASLでは、採用時に行なうとともに、一般には3年に1回、環境によって6月に1回または3月に1回とわけている。またHarwellでもほぼ同様に、1年1回、6月に1回、3月に1回および1月に1回というように段階をもうけている。

 また、事故時における尿採取は、その状況に応じた方法をとっている。たとえば、LASLでは、摂取濃度が高いと考えられる場合は、事故発生の翌日、事故発生の10日後、1月後、その後は毎月1回尿採取を行なう。比較的中等度の場合は、事故発生の1月後、その後は毎月1回、また、軽度の場合は、事故発生1月後に採取し、異常がなければその後は定期検査の方法で採取している。

 尿のbioassayの結果は、その後の医療の方針をきめる重要な情報となるので、事故時には迅速に結果をうる必要がある。BNWでは、定期検査については、結果をうるまで20日程度を要しているが、事故等の緊急時には、検出限界を0.5dpmにおいて4時間で結果をえている。

 HarWellの経験ではPuの尿への排泄の経過は非常にまちまちで、日の経つにつれ漸次減少するものもあれば、漸増して40日頃に最大値を示すものもあり、短期間で尿の排泄量から体内Puの量を推定することは困難で、1年以上の長期的な観察が必要であるということである。

 これらの結果に基づいて、それぞれの処置をきめるわけであるが、ORNLでは0.84dpmを基準として、その25%が検出されれば事後を追求することとしている。もし、0.84dpmの30%以下であれば、もとの職場に復帰させ、30〜70%であれば外部被ばくを1/3に制限させ、70%以下であれば1/10に制限させる。

 もし0.84dpm以上検出されれば、すべての被ばくを禁止させる。これらの処置はInternal Dose Review Committeeをもうけ、ここで決定している。また、Harwellでは検出限界は0.02pCi/dayで、0.4pCi/day以上あれば、事後を追求してさらに調査する。もし、4pCi/day以上であれば、何らかの処置をとることにしている。

 糞の分析は、Puの吸入が考えられる場合にのみ採取して行なっている。Harwellの経験によると、糞への排泄の経過は、吸入したPu粉じんの粒子の大きさによって異なり、粒径の小さいものほど、排泄の経過がゆるやかである。

4-2-4 health physics部門とmedical部門
 いわゆるhealth physicsの部門とmedicineの部門の協力は、各施設とも円滑に行なわれている。

 また、いずれの施設においても、従業員の医学的管理を行なう者は、第3者的立場をとるという原則がたてられている。

 従業員の健康管理、特に放射線の事故時には、health physicsとmedicineの協力が不可欠であることは当然で、各施設とも、両者の協力は十分に行なわれている。しかし、施設によって、health physicistとmedical doctorの経歴やhealth physicsの部門の内容が異なっているため、両者の協力については、各施設の現状に即して、円滑に行なえるよう努力している。

 たとえば、HanfordとORNLを比較すると、前者では、Health physicsの部門から医師に、個人の被ばく線量を定期的に通知しているが、後者では、過剰被ばくがあったときだけ通知している。

 これで両者とも満足している。またLASLにおいて、Dr.Langhamが次のように語っていたのは印象的である。「LASLの組織も決して最良のものとは思わないが、各group(health physics, industrial medicine, industrial safety,biological and medical group etc,)間の仕事がinformalによく協力できるので、よい結果をえている。」

 Harwellでは、Windscaleの事故以来、health physicsとmedicineの部門を統一して1つのdivisionとしている。

 さらに英国では、各施設のhealth physics and medical divisionのほかに、原子力公社直属のAuthority Healthana Safety Branch(AHSB)が各施設にあり、放射線防護や安全について、公社に勧告を行なっているが、この制度は、勧告がおのずから実際的になるという利点があるように思われる。Harwellでは、「勧告が時には実情とかけはなれた場合があるが、AHSBは辛棒強く時間をかけて説得する。

 しかし、緊急を要すると考えられる時は、圧力をかけて実行させる。」と言っていたのは、味わうべき言葉であろう。

 Puを含めて放射線の健康管理ではroutine medical examination、wbole body counterによる測定、外部被ばく線量の測定、排泄物のbioassay等を行なうが、このうち、外部被ばく線量測定は、共通してhealth physicsの部門で行なっているが、そのほかは、施設によってはmedical Serviceの部門で行なっている。

 これらは、前に述べたように、それぞれの国の背景、法律、習慣その他放射線管理に関係するStaffの能力、carrier等によって異なってくるものと考えられる。

 いずれの施設においても、このような管理は、第3者的立場で行なわれるということが確立されている。

 KarlsruheにおいてRadiochemieの一化学者に「routineのbioassayもあなた方が行なうのか」と質問したところ、「自分達が自分達のチェックをして、管理上なんの意味もない。routineにはmedical serviceでチェックするのである。」と答えたのは、この間の事情をよく説明している。

5 Pu事故時の処置
5-1 Pu汚染傷
5-1-1 救急処置
 皮膚の汚染除去は、救急処置として程度に応じて、負傷者自身、現場のhealth physics関係者または看護婦等が行なっている。

 Hanfordにおいては、創傷のあるときは、綿棒を用いて、飽和酸性KMnO4溶液で創傷周辺を除染し、ついで、同じ綿棒で、5%NaHSO4液で除染するようにしている。

 (これらのKMnO4ならびにNaHSO4は、いずれもカプセルに入れてあり、使用するときに、30ml入りの紙コップに蒸溜水を入れて溶解すると、上述の溶液ができるようになっている)また、10%のEDTA(Ethylene Diamine Tetraacetic Acid)を綿棒に浸し、汚染を拡げないように除去している。

 また創傷のある場合は、洗い流すことは汚染を拡げるので避けており、また、創傷の部分には、EDTAは使用しない。

 皮膚の汚染は、創傷があれば医師に連絡するが、夜間でも最大許容身体負荷量の5%以下であれば、翌朝まで待つことにしている。創傷のない場合は、医師には連絡することなく汚染除去を行なうが、摩擦によって発赤した場合は、看護婦に見せる。dermographyのおこりやすい人は、あまりこすらない方がよいということである。

 汚染が完全に除去できたかどうかをたしかめるために、しばらく期間をおいて、再測定する必要がある。また、限の洗滌には水道水を使用している。

 可溶性Puの場合は、5〜6時間以内に尿を採取し、bioassayを行なう。bioassayの結果は、緊急時には4時間でえられるが、一般には20日程度を要することは前述したとおりである。

 各施設とも、皮膚の除染には、Hanfordと同様KMnO4ならびにNaHSO3を使用しているが、創傷のある場合には、キレート剤で創傷を洗滌しない方がよいというのが、大方の意見である。しかし、Fontenay-aux-RosesのDr.Lafumaだけは、Pu汚染傷を0.1g DTPA(Diethylene Triamine Penta-acetic Acid)で洗滌することを主張している。

 また、BNLではcorn mealで皮膚を洗滌すると、皮膚を損傷しないで除染できるということでこれを使用している。

5-1-2 創傷のモニタ
 創傷をともなったPu汚染については、可能な限りその汚染部位等を明らかにし、外科的処置が適切に行なえるようにする必要がある。

 この際用いられる傷モニタについては、各施設とも、薄型NaI(TI)シンチレーション計数管を使用し、創傷部位にあるPuの検出を行なっているが、各施設とも、定量的というよりは定性的な測定器と考えている。したがって、Puの汚染分布状態等については、あまり考慮していない。

 たとえば、BNWの1つの施設においては、31mmφのNaI(TI)を使用し、それが3台整備されている。また、Hanfordでは、10mmφの小さなNaI(TI)せ設置されている。

 また、ORNLにおいては、検出器としては、25mmφ×0.8mmのNaI(TI)を使用し、創傷内のPuの位置をきめるには、コリメータを用いている。

 コリメータはステンレス製のキャップで、そのキャップに幅2mmのスリットがあけてある。Puの実効的な深さは、各ピーク高の比が深度の函数であることを利用して決定する。検出可能量としては、4mmの吸収板の下に点状線源がある場合に0.7mCi、9mmでは8mCiである。

5-1-3 外科的処置
 Pu事故では、皮膚汚染傷が比較的おこりやすい。 この場合の処置は、切除可能な場合はできるだけ早期に手術を行ない、Puを除去することを原則としている。もちろん。外科的処置の前に、傷モニタを用いての位置の決定、創傷周辺部の除染等を行なう。

 傷モニタによってPuの量やその深さを決定することにはあまり神経質に考えていない。手術後には、切除組織と創傷を十分に測定して、Puが除去されたかどうかをたしかめる必要がある。

 Hanfordにおいては、創傷部位の汚染が、最大許容身体負量の1/10以下になることを、外科的除去の一応の指標としている。

 手術については、場合により、眼球摘出が必要だとか、あるいは手指の切断が必要なことがあるかもしれない。このような場合は、手術のもたらす結果と、Puの除去が不完全なために将来悪性腫瘍等の発生する危険度をよく比較吟味して、決定する必要があることは当然である。

5-2 Pu吸入事故
5-2-1 汚染検査
 不溶性のPuの吸入事故の際は、各施設とも鼻腔の清拭を行なって、吸入量を推定している。鼻腔の清拭は、棒の先に細い濾紙を巻きつけたものを使用しているところが多かったが、クリネックス等でこすり、それを分析しているところもある。

 たとえば、Hanfordでは、濾紙を細長く切ったものを巻き、その一端を棒の先につけて鼻腔に入れ、それを分析している。その結果500dpm以上あれば、10%食塩水で鼻洗滌を行なうが、Puを吸入した際は、DTPAをネブライザのようなもので吸入させて、洗滌している。

 いずれにしても、肺モニタで検出できない程度の吸入を知るには、鼻腔の清拭による汚染測定が唯一の方法である。

 また、鼻腔の汚染測定でPuが検知された場合には、鼻洗滌を行なうとともに、ただちに糞を採取し分析している。Harwellでは、鼻腔の汚染が250pci以上の場合には、4日間の糞を集めて測定している。

 また、その間は作業を休ませて、測定結果の正確を期している。

 また、鼻腔汚染と糞排泄との関係を調査した試料によると、その比率はおよそ1.5:1(feces nose)である。

5-2-2 肺のモニタ
 肺のモニタは、体外から肺内部にあるPuの定量を目的とするもので、当然、α線でなく、微弱なX線の計測を行なわなければならない。したがって、使用される肺モニタの検出器の型式も限定され、各施設とも、同じような型式のモニタを開発している。

 すなわち、検出感度を高めるため(検出器の計数効率を高め、エネルギ分解能をよくし、自然計数率を低めること)、重いガス(クリプトン、キセノン等)を封じたガス比例計数管を開発し整備している。

 自然計数率は、鉄室と逆同時計数管の併用によって大幅に減少し、30〜60分の計数で肺内にある10mci〜20mciのPuのPu検出が可能となっている。

 肺モニタの更生については、多くの場合、点線源または板状線源と吸収板の併用という簡単な方法で行なわれるが、一部では精密ファントムもしくは人体(屍体)の使用を行なっている。Puの定量を精密に行なうには、正確な更生法が確立される必要がある。

 各施設の肺モニタの諸元、性能を表に示すが、校正法の統一が行なわれていないので、明らかでないが、60分計数で10mciというところが現在の技術レベルと考えられる。

 検出器の型式は、多心線式ガス比例計数管で、15〜20cmの教室を使用しているのが大部分である。

各施設の肺モニタ


5-3 キレート剤
 容易に吸収される状態にあるPuを体内から除去するには、キレート剤が用いられる。キレート剤の中でも、その効果と毒性を考え合わせるとDTPAが、最もすぐれていることが一般に認められている。

 その使用法については、施設によって多少の相違があるが、一般的には、DTPA1日1gを5%のぶどう糖液または生理的食塩水とともに点滴静注し、数日間続けて、2〜3日休み、また投与するという方法をとっている。

 これに対し、1日1gを2日ないし3日に1回静注する方がよいというところもあり、また、早期には、創傷を0.1gのDTPAで洗滌した後、1gのDTPAを5分かけて静注する方法、あるいは、0.1gのDTPAを5ccの生理的食塩水とともに静注する方法をとっているところもある。

 このように投与方法にはいろいろあるが、それぞれに根拠があり、いずれにしても、わが国においても、DTPAの使用法についてなお研究する余地があると思われる。

 DTPAの製品としては、Geigy Chemical Co.のものを、試供品もしくは研究用として使用している。DTPAは腎機能障害のある場合には使用できない。また、使用中、蛋白尿もしくは糖尿が現われれば、ただちに中止する。

5-4 health physics部門の分担分野
 放射線事故が発生して、障害者が生じた場合には、herlth physies部門と医師との協力が特に必要である。医師は医学的処置(入院を要するか、手術を要するか等)を決定する必要に迫られるが、他の放射線事故と同様に、Puの場合もhealth physicsの部門では、障害者に何がおこったかということを、医師に知らせることが重要である。

 各施設のhealth physics関連部門では、洗滌等の救急処置を行なうほか、各種の測定、bioassay等を行なって、これを医師に通報している。さらに、経過を迫って、障害者のPuの身体負荷量の推定も行なっている。

 なお、LASLおよびORNLでは、平生から放射線防護に関する委員会を組織しており、過剰被ばく者の処置等について、この委員会を活用している。これはわが国においても、施設の放射線防護の問題を解決するのに参考となるであろう。

6 生物学的研究
 Puの医学的管理には、その基礎として、Puの生物に対する影響についての知識が必要である。この意味で、短時間ではあるが、BNWのBiology DepartmentおよびUtahを訪問した。前者では、Puの吸入実験をbeagle犬多数を用いて行なっており、後者ではbeagle犬を用いて、1950年以来、USAECとの協力のもとに、Puの人における耐用量を決定する実験が、大規模に行なわれてきた。

 その詳細は省略するが、わが国におけるPuに関する生物学的研究は、その方法、目的等を、十分にかつ慎重に検討して、はじめなければならないことを痛感させられる。

 なお、Utabでは、低レベルのPuを投与した場合の犬の死因に、肝障害をあげている。このことは、Pu取扱者の長期吸入の際の肝障害発生を示唆するものであるとしていたのは興味深い。

 その他の施設においても、Puに限らず、医学および生物学的研究についての討議を行なったが、これらは省略する。

7 おわりに
 以上要述したように、欧米においては、従業員の医学的管理、保健安全等について、occupational healthの基盤があり、原子力もその上に導入されてきた。したがって、原子力が核兵器の開発という目的をもってはじまり、いわば特攻精神を要請されるような状態で開発されてきたにもかかわらず、多くの犠牲者を出さずに現在に至っているのであろう。

 わが国のoccupational healthの基盤は、学問的にはともかく、実際の現場では強固とはいえない。かえって、原子力の輸入によって、わが国社会の原子力に対する特殊な情緒的反応とも相まって、ようやく放射線従業員の健康管理の重要性が、認識はじめられたように見える。

 もちろん、遅きに失しても無よりはましであるが、米国のような専門医制度が、当分の間は、実現するとも思えないので、本調査結果を十分咀しゃくして、わが国に適応させることが必要であると考えられる。

 ただ、放射線の医学的管理を考える場合には、それがすでに述べたように、occupational healthの上にたったものでなければならないということを、常に念頭に置くべきであろう。

 わが国のPu取扱者に対する医学的管理については、「さしあたっての処置」と「長期的見通しにたっての処置」とがある。

 前者としては、(1)救急処置用の施設、器材、人員等を、特に東海村地区においてどうするかということを早急にきめる必要がある。(2)医療関係部門と保健物理関係部門との協力を、緊密にする必要がある。(3)事故時の治療体制として、入院を必要とするような患者が出た場合の処置、たとえば地区病院との関係、あるいは、放射線医学総合研究所との関係の整備が必要である。(4)キレート剤についてはこれを医療部門に常備するとともに、使用法が必ずしも同一でないので、この使用法を定型化するための研究が必要である。

 後者については、長期的にみて、あたらしい施設として、「原子力産業医学センタ」と称するようなものの設立を検討することであろう。

 いずれにしても、終局には、人間が大切であるという意識を十分にもって、関係者が適切な措置をとられるように切望する次第である。
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