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昭和41年度 放射線医学総合研究所業務計画


第Ⅰ章 基本方針

第1節 重点計画

 本研究所は、
1 放射線による人体の障害ならびにその予防、診断および治療に関する調査研究。
2 放射線の医学的利用に関する調査研究。
3 放射線による人体の障害の予防、診断および治療ならびに放射線の医学的利用に関する技術者の養成訓練。
の3項目を行なうことを目的として設置された。このため本研究所は設立以来これら関連する諸分野の科学者および技術者の緊密な協力のもとに総合的研究体制を整え、積極的な努力を払ってきた。

 本年度は特に、本研究所における懸案の一つであった組織培養施設を含む第2研究棟建設の見通しもついたので、研究の一層の充実が期待されることになった。

 本年度においては下記の諸点に重点を置いて業務を推進する。
1 特別研究については、本年度は「プルトニウムによる内部被曝に関する調査研究」および「放射線障害の回復に関する調査研究」の2課題とし、さきに研究会議において決定された運営推進に関する大綱にそってその効果的かつ強力な推進を図る。

2 経常研究については昨年度にひきつづき各部の主体性を重視しておのおのの分野についての特色を明確にすることに努める。

3 施設等の整備に関しては、2ヵ年計画で組織培養施設を含む第2研究棟の建設に着手し、これを機会に研究推進の相互関連性に着目して施設の再整備を行ない、機器の効率的運用により研究の効果的推進を図る。

第2節 機構、予算

 昭和41年度においては生理病理研究部のうち生理学研究室を2研究室に分割し、生理第1研究室においては個体、生理第2研究室においては組織、細胞に及ばす放射線の影響に関する調査研究を行なうことにより生理学的分野における研究の充実を図る。

 昭和41年度予算は648,058千円で、前年度525,823千円に比し359,184千円の増額となっており、このうち事業経費である特別経費は359,184千円と前年度280,340千円に比し117,235千円の増となっている。

 これは主として第2研究棟新設工事費の初年度分であり、そのほか研究員当積算庁費の増額はあったが研究実施面については平年度化の傾向を示している。以上のほか、放射能調査研究費として20,480千円を計上した。

 なお、本年度の機構は別表Ⅰ、科目別予算の概要は別表Ⅱのとおりである。

第Ⅱ章 研究

第1節 研究体制

 本研究所における調査研究は前年度から「特別研究」と「経常研究」とに分けて実施しているが、「特別研究」については研究会議のより効果的運営によりその強力な推進を図る。

 本年度においては昭和40年度から5ヵ年計画で行なっている「プルトニウムによる内部被曝に関する調査研究」を継続し、新たに「放射線障害の回復に関する調査研究」を3ヵ年計画で実施する。

 「経常研究」については本研究所の目的にそって研究者の独創性を尊重し、各研究部の主体性のもとに実施し、各分野における研究の相互関連性を考慮し、かつ高度の学問的水準の維持に努めてこれら経常研究のより一層の強化を図る。

第2節 特別研究

 特別研究に必要な経費として、試験研究用備品費16,000千円その他消耗器材費等総額19,216千円を計上する。

 各課題の概要は、以下のとおりである。

 2-1 プルトニウムによる内部被曝に関する調査研究
 本調査研究は、わが国における原子力産業の発展、とくに核燃料再処理計画の進捗にかんがみ、アルファ線放射体、とくにプルトニウムによる内部被曝の影響の評価および障害の防護等に関する調査研究を行なうことを目的としている。

 このためプルトニウムによる放射線障害の危険の防止上、緊急を要する技術的問題、すなわち肺の負荷量の測定、尿の分析等の検討を短期の目標とし、人体障害に関する問題、すなわちプルトニウムの主たる人体への侵入経路である吸入による被曝の実験的解明、体内沈着後における種々の障害発現の検討等を長期の目標とし、昭和40年度から研究に着手した。

 本年度は計画の第2年度として上記の諸研究をさらに強力に推進し、具体的成果を得るよう努力する。

 2-2 放射線障害の回復に関する調査研究
 原子力開発の進展に伴って、放射線障害に対する予防および関連疾病の治療対策を確立する必要があるが、これらに対してはなお多くの基本的問題が未解決のまま残されている。

 これらのうち、放射線障害からの回復の有無の問題については、微生物における放射線の感受性、培養細胞や動物個体での分割照射、個体の感染防護、免疫反応、骨髄移植、血球増殖要因、ホルモン要因および治療剤等の各分野における調査研究の知見が得られるにつれ、これらの関連性についての解明が必要になってきている。

 このような現状にかんがみ、分子、細胞および染色体、組織ならびに個体の各レベルでの回復現象の有無、および回復の認められる場合その過程等に関する調査研究を緊密な共同研究体制のもとに能率的に推進し、人体の放射線障害の予防および治療に関する体系化された基礎的知見が得られることを目的としている。

第3節 経常研究

 本年度は、経常研究に必要な経費として、研究員当積算庁費93,150千円試験研究用備品費40,000千円をそれぞれ計上する。

 経常研究に関する各研究部の本年度における方針および計画の大要は以下のとおりである。

 3-1 物理研究部
 本研究部は、放射線の障害防止および医学的応用に関して、その適切な計量と防護方法についての基礎的技術の開発を行なうとともに、放射線の人体に対する作用機構の解明に資するため、人体組織に関する吸収線量の算定に必要な基礎資料を得ることを目的としている。

 これまでに生体内放射能の測定法、放射線が人体組織に吸収される場合の、そのエネルギー転換過程についての物理学的解明、高エネルギー放射線の遮蔽方法および医用原子炉の調査等に関しての調査研究を行なってきたが、本年度はこれらを継続するとともに、とくに新規に高エネルギー放射線の国内統一に関する研究を行なう。

 3-2 化学研究部
 本研究部は、生体に対する電離放射線の作用機構を、物理化学的および生化学的に原子と分子のレベルで追求し、また放射性物質の人体に対する影響の評価の基本となる、安定元素および放射性核種についての無機化学と分析化学の分野における研究を行なうことを目的としている。

 これらはともに本研究所における最も基礎的な研究分野であるとの考えのもとに、他の関連研究部と協力して研究を推進する。

 本年度は、従来蓄積してきた研究成果を土台にして、生体の重要構成物質である核酸、蛋白質などに放射線が作用した場合における変化を分子レベルで調べ、これらが生物学的特性および活性の発現にまで至る過程に対してどう影響するかを研究する。

 また無機化学、分析化学の分野では、とくに錯化合物を有効に利用することに重点をおいて、ひろく応用し得る方法の開発を目的として、基礎的に検討する。またこれらとともに身体臓器内の微量元素の定量を行なう。

 3-3 生物研究部
 本研究部は、生体における放射線障害発現の機構を、初期効果から生物学的最終効果に至る各過程について、細胞内微細構造から個体に至るまでの種々のレベルで解明することを目的としている。

 本年度は、放射線の生物学的初期効果の本質を解明するため、哺乳動物の自律神経一平滑筋などを材料として、照射中または照射直後に細胞が示す変化を電気生理学的に検出する(放射線の直接受容の研究)。

 またラットとマウスの胸線細胞について、照射後の物理化学的変化と微細構造の変化との関連性を追求する。

 つぎにこれらの初期効果が物質代謝を経て細胞障害に拡大される機構を研究するため、マウスとラットの正常肝細胞・再生肝細胞および腹水癌細胞について、エックス線、ガンマ線、中性子線の照射後、それら細胞の核・ミトコンドリアなどの細胞内構造について、解糖系・蛋白核酸合成系・呼吸系などの生化学的変化を調べ、細胞内物質代謝調節系に対する放射線の作用を明らかにする。

 これらの研究によって細胞レベルでの放射線障害の実体を解明するとともに、さらに生体内の細胞集団における障害発現の様相を知るため、キンギョ・メダカなどの変温脊椎動物を材料として、腸上皮・造血組織・生殖腺など細胞分裂の活発な組織について、細胞集団動力学(セル・ポピュレーション・カイネティックス)的解析を行ない、放射線によって生ずる細胞の障害が、個体の身体的障害とどのように関連するかについて解明する。

 3-4 遺伝研究部
 本研究部は、放射線による突然変異の遺伝学約分析および細胞学的研究ならびに生物集団、とくに人類集団に対するその遺伝的影響の評価を行なうことを目的としている。

 本年度は前年度に引き続き、ショウジョウバエ、カイコ、酵母、大腸菌等の微生物および培養細胞を用いて、線質による誘発率の差、突然変異、組換え、染色体異常生成パターンの差および発育時期による感受性の差異等を明らかにする。

 また一方、人類集団に対する放射線の遺伝的影響評価のため、突然変異遺伝子が種々の環境条件下でどのような時間的消長を示すかを実験動物を用いて実験的に追求するとともに、理論的には突然変異遺伝子の集団中での広がり方について、突然変異率、優劣性、遺伝子相互作用、連鎖構造および環境変化の影響等に関して統計的に調査研究を行なう。

 3-5 生理病理研究部
 本研究部は、生理および病理の2部門からなり、放射線医学の基礎的分野の研究を担当しているほか、更に臨床面への積極的協力をも行なっている。

 生理部門は細胞レベル研究および基礎的内分泌学の研究を行なっているが、前者としては細胞レベルの急性放射線障害およびその回復機構を組織培養同調法によって究明し、また後者としては組織のステロイドホルモン感受性に及ばす放射線の影響を追求する。

 病理部門においては急性放射線障害をとりあげ、すでに開発した腎血液循環計測装置により、放射性急性腎不全の病理学的研究を行なう。

 また、慢性放射線障害の研究については、白血病発生機構の病理学的研究をはじめとして、造血臓器障害に対するステロイドホルモンの影響を電子顕微鏡により検索する。

 また、色素保有細胞(メラニン)のエックス線感受性の解明と、放射線の免疫反応に及ぼす影響の研究を行ない、移植問題解明の一助とする。
 3-6 障害基礎研究部
 本研究部は、放射線の人体に対する障害、許容量、障害予防等に関する調査研究を行ない障害予防対策の学問的資料を得ることを目的とし、このため生物学的見地から見た放射線による身体的障害の軽減および評価に関する基礎的研究を実施している。

 本年度は、放射線障害の軽減に関する研究として、

 (1)生化学的観点からは、たとえば血中セロトニン量、血小板数、臓器内セロトニン量、血液水分量、飲水量、体重および臓器重量、死のモード等を総合的に考察して放射線障害の医化学的指標の研究に重点をおくが、

 (2)機能的観点からは、個体による放射線感受性の差異と生理学的差異との関連性につき、LD5030の異なる近交系マウスについて、とくに免疫学的化学的方法により、放射線照射の造血系に対する影響を検討し、また低線量連続照射の影響および中枢神経系に及ぼす放射線の影響について従来からの研究を継続する。

 また(3)内部被曝による全身的影響の観点からは、グルコーゼ・オキシデェーション・テストにより、内部被曝の各クリティカル・オーガンへの影響の特異性とそれらの相互関連性について検討するとともに、放射性核種の全身的な空間および時間的分布の測定に対し、これまでに開発した凍結全身マクロオートグラフ法をさらに各臓器レベルでの測定にまで発展させる。

 一方、放射線障害の評価に関する研究としては、

 (1)“障害の模型化”の観点から、すでに得られた数学的表現に対する実験的裏付けを得る意味で、従来行なってきた実験を続行し、その結果の整理、解析を試み、

 また(2)放射線比較実験動物学的観点から、動物の実験結果の人類への外挿についてその適用性を検討するため、これに関する資料の調査研究を行なう。

 3-7 薬学研究部
 本研究部は、これまでに放射線防護物質の合成、抽出、分離およびこれら防護物質についての生物学的試験法の開発、ならびに内分泌腺の放射線障害について、その生化学的な解明などに主眼をおいて研究を行なってきた。

 本年度は、放射線障害予防薬について前年度までに得られた成果をさらに発展させ、ジスルフイド系化合物、インドール系化合物等の合成を実施し、これら含窒素化合物の有機化学的諸性質を検討する。また、水溶液中における防護剤の挙動について前年度までに得られた結果をさらに発展させるとともに、アミノチオール類のNH2-、SH-基の酸解離とSH-基の還元力につき、物理学約手法を用いて検討を行なう。

 放射線防護薬剤の効果については、引き続きその効力検定に必要なインデックスを設定するとともに、ED50,LD50の測定結果に基づき、それらの相対効力を算出して効果判定の基準を検討する。また、有効薬剤については、薬理試験を行なってその毒性面に検討を加え、毒性軽減の基礎とする。

 このほか、放射線障害の治療、回復に関連して、造血臓器中の白血球増加性成分の抽出、分離を行ない、生体内における白血球の生産および調節機構を追求し、あわせて障害の回復効果を検討する。

 また前年度に引き続き、放射線による脳下垂体一生殖腺系の障害とその修復に関する生化学的研究は、これまでに得られたホルモン生合成に関する基礎的研究の成果に対応して、ホルモン影響下にある生殖腺とそれを支配している脳下垂体機能の放射線障害を解明するとともに、その修復に対する考察を正常動物を対照としながら、照射動物を使用して行ない、脳下垂体の内分泌機能、ステロイド生体内転換能力につき追求し、もって生合成過程の障害およびその障害が修復する場合におけるホルモンの役割について生化学的考察を行なう。

 3-8 環境衛生研究部
 本研究部は、前年度に引き続き、
(1)国民線量算出のための研究を行なうが、とくに自然放射線による内部被曝を、アルファ放射体を主として臓器および組織について測定する。また、外部被曝については土壌中のガンマ線放射体の調査研究を行なう。

(2)環境における放射性核種の動向については、大気中の線量測定を継続するとともに本年度からアルファ放射体の農作物中における線量の測定を新たに加える。

(3)原子力の平和利用の発展に伴う環境放射線の問題解明の一端として、核燃料鉱山における職業人の実態調査を行ない、放射線健康管理法の技術につき研究する。

(4)核爆発実験による影響の研究については、放射性炭素の生物圏における動向、放射性セシウムの生物体内における沈着および排泄等について研究を継続する。
 放射能調査研究は前年度に引き続き、大気および植物成分中の放射性炭素の濃度測定をレベル調査の一環として行なう。また、外部および内部被曝による線量算出のための調査研究を継続する。

 3-9 環境汚染研究部
 本研究部は、放射性核種の環境→食品→人体の経路におけるラジオエコロジイの研究と、放射能公害予防のための環境安全管理対策の研究とを行なう。

 自然現象による多くの要因により複雑な様相を呈する放射性核種の移動の究明にあたっては、自然条件下における野外のラジオアイソトープ・トレーサー実験と、現存する放射性降下物の観察測定とをあわせて実施するとともに、必要に応じて室内実験を組み合せる研究方式を用いる。

 とくに本年度からは、原子力発電所や核燃料再処理工場の施設外に及ぼす公害の予防を図るために重要と考えられる放射性核種についての環境汚染の基礎的研究を進めることによって、将来の放射能公害予防対策に資することに重点をおく。

 また、環境汚染安全管理の際に必要な食品や天然物中の放射性核種の簡易分析定量法の研究を進めるとともに、環境汚染に伴う人体汚染を推定するのに必要な環境中の重要放射性核種の比放射能を知るために、人体、食品、天然物中の微量安定元素を、原子吸光分析法および放射化分析法によって定量する簡易定量法の研究を開始する。

 原子炉事故時に飛散するおそれのあるヨウ素-131は、食品特に牛乳を通して人体に摂取されることになるので、事故対策の一助として、放射性ヨウ素を効率よく除去する方法の研究を開始する。また、上水浄化場、下水処理場における放射性核種の除去効率を向上させるための研究を継続実施する。

 海水中に降下または流入した放射性物質の移動に海水拡散が寄与することは当然であるが、海水中懸濁物に放射性核種が濃結されて懸濁物とともに沈降等の移動を行なうことも無視し得ない。この機構を解明するために、すでにプランクトンによる放射性物質の濃縮を調べてきたが、本年度からはとくに海水中の各種微粒子による放射性核種の濃縮とその移動についての検討を進める。

 3-10 臨床研究部
 本研究部は、ラジオアイソトープによる疾病の診断および治療ならびに放射線とくに高エネルギー放射線による悪性腫瘍の治療に関する調査研究を行なうことを目的としている。

 本年度は、診断関係としては、前年度に引き続きラジオアイソトープによる血液循環器系疾患等の診断ならびにヒューマンカウンタによるカリウム、ルビジウム代謝等の研究を行なう一方、内分泌系とくに甲状腺疾患の診断治療に関する研究を推進する。

 また、甲状腺癌または機能亢進症をヨウ素-131で治療した後に起こる晩発障害の解明を目的として、動物実験によりヨウ素-131投与後の甲状腺機能および骨髄等に対する長期的な観察を障害基礎研究部と共同して行なう予定であるが、さらにまた、原子炉事故に際して大気中に放出される放射性ヨウ素の代謝について、障害臨床研究部との共同研究を実施する。

 治療関係では、各種フィルターによる腫瘍内の適正線量分析に関する研究を継続し、悪性腫瘍の治療効果の改善を目指す一方、線量率の変化が生物または実験的腫瘍に与える影響について検討する。

 3-11 障害臨床研究部
 本研究部は、前年度に引き続き人体の放射線障害に対する診断および治療に関する調査研究を行なう。

 本年度は、ビキニ被災者、トロトラスト被投与者等の被曝者について、引き続き臨床的観察を行なうが、とくに細胞遺伝学的研究をさらに強力に行ない、晩発障害発生の機序の解明に資するよう努める。

 また一方、原子力産業の発展に伴うこれら従業員の健康管理および事故対策に関する基礎資料を得るために、ウランおよびその化合物の体内取摂による障害に関する研究および臨床研究部と共同して、放射性有機ヨウ素の代謝に関する研究を新たに行なう。

 また、主として造血臓器の放射線障害の本態ならびにその治療を研究するために、造血臓器の部分的遮蔽効果の研究および骨髄移植の効果に関する基礎的実験を行なう。その他、血球酵素に及ぼす放射線の影響についての研究を続行する。

第4節 放射能調査

 放射能調査研究には、従来から本研究所は積極的に参加し、関係諸機関と協力してその一部を分担してきたが、本年度もこれまでの調査研究を継続して実施する。

 このため、本年度は放射能調査研究費として20,480千円を計上し、放射能レベル調査、被曝線量調査および放射能データセンター業務の3項について、それぞれ以下のとおり実施する。

 4-1 放射能レベル調査
 日本における放射能水準把握の一環として、特に札幌、新潟、東京、大阪、広島、福岡の6地区に重点をおき、大気中浮遊塵、表土、飲料水瀬の河川水、湖池水と淡水魚、日常食、標準食、人体臓器、人骨の各試料中のストロンチウム-90、セシウム-137とその他の放射性核種の定量を行なう。

 上記の各試料の採集にあたっては、調査結果を総合して放射能汚染における人体と環境の相関関係の把握に役だつことに留意する。とくに、放射性核種の表土→河川→海および表土→都市下水の両系統の移動については、放射能流亡率を求めることを重視してサンプリングを実施する。

 食物の汚染については、各地の家庭から実際に集めた日常食の分析測定を継続するとともに、新たに標準食についての調査を開始する。すなわち、食品を穀類、豆類、堅果類、葉菜、根菜、海藻、魚貝類、肉類、牛乳と乳製品、卵類の10区分に分けて、各食品区分別の放射性核種の定量を行なう。また昨年度の調査で、コイ、フナ等の淡水魚のストロンチウム-90、セシウム-137がかなり高いことがわかったので、全国11地方について精密に調査する。

 原子力施設からの廃水の放出および放射性廃棄物の海洋投棄ならびに原子力船の実用化等に関連して、海洋食品に対する食生活上の依存度の高いわが国では、海洋、特に沿岸の海水汚染の実態を把握することはきわめて重要と考えられる。

 したがって、海水および各種海洋生物の放射能バックグラウンド調査の強化につとめる。このため、海水は日本海沿岸、太平洋沿岸、瀬戸内海の調査に加えて、東京大学海洋調査船(淡青丸)によって深度別に海水試料を採集し測定分析を行なう。

 また、水産生物調査も採集地点、試料の種類、分析測定する核種数の増加をはかる。

 なお、炭素-14の生物環境中の調査も前年どおりに継続実施する。

 4-2 被曝線量調査
 自然および人工の放射線源から国民が被曝している線量を明らかにすることは、それらの放射線が国民生活の現在と将来に及ぼす影響を評価するうえできわめて重要である。

 このため、本研究所では、これらの被曝線量の実態調査を放射能調査研究の一環としてとりあげ、従来自然放射線および放射性降下物による外部被曝線量の算定、放射性浮遊塵による内部被曝線量の評価ならびに人工放射線による国民線量の推定等を行なってきたが、本年度もこれらの調査を継続して実施する。

 4-3 放射能データセンター業務
 前年度に引き続き、(1)内外の放射能調査資料の収集、整理、保存、(2)海外との放射能関係情報の交換、(3)放射能調査資料の解析等を行なう。これらをとりまとめて放射能調査資料として刊行する。

第5節 外来研究員

 外来研究員制度は、本研究所における調査研究に関し、広く所外における関連分野の専門研究者を招き、その協力を得て研究成果の一層の向上をはかることを目的として、昭和38年度に設置し、以来現在まで、技術と知識の交流が行なわれ、所期の成果を収めることができた。

 このため、これに必要な経費として本年度は、2,121千円を計上する。本年度の外来研究員による研究課題は下記のとおりであるが、それぞれ該当する研究部等に配属し、調査研究の成果の向上をはかる。
1.プルトニウム-239の肺負荷量の測定法に関する研究。
2.プルトニウム化合物の動物吸入法に関する研究。
3.放射線感受性と生理学的性質の差異に関する研究。
4.治療用放射線量の国内統一に関する研究。
5.微生物における放射線障害の回復機構の分子生物学的研究。
6.生体高分子に対する放射線作用の研究。

第Ⅲ章 養成訓練部

 養成訓練部は、34年度から前年度までに次表のとおり、放射線防護短期課程、放射線利用医学短期課程、放射性薬剤短期課程およびRI生物学基礎医学短期課程を実施し、各課程修了者の累計は606名に達した。

なおこの間、施設の基本的整備を推進し、当初計画した段階にほぼ到達した。

 本年度の運営経費としては11,206千円を計上して教育内容の整備を行ない、各課程のより一層の効果的な実施を計る。

 なお本年度は放射線防護短期課程を2回、放射線利用医学短期課程を2回、放射性薬剤短期課程を1回およびRI生物学基礎医学短期課程を1回、総計6回の短期課程を開設し、約130名の技術者を養成する予定である。

 各課程の開設予定時期は次のとおりである。
 第14回放射線防護短期課程

昭和11年6月上旬-7月下旬

 第15回放射線防護短期課程

昭和41年10月下旬-12月中旬

 第10回放射線利用医学短期課程

昭和41年9月上旬-10月中旬

 第11回放射線利用医学短期課程

昭和42年1月下旬-3月中旬

 第3回放射性薬剤短期課程

昭和41年月中旬-5月下旬

 第2回RI生物学基礎医学短期課程

昭和41年9月上旬-10月中旬

 なお、国際機関および諸外国の養成訓練制度等についての調査を進めるとともに、各研修成果の向上をはかるための必要な研究を行なう。

第Ⅳ章 技術部

 技術部は、共同実験施設の運用および管理、研究用物品の工作および修理、実験用動植物の増殖、管理および供給、ならびに所内の放射線安全管理、職員の放射線に関する健康管理、放射性廃棄物の処理等、各研究部の調査研究の遂行に関し必須の重要業務を担当している。

 このため、技術部経常運営費として16,517千円、ほかに廃棄物処理費9,507千円および特定装置運営費10,572千円を計上し、これらの技術業務、動植物管理業務、放射線安全業務等の円滑な運営と、一層の強化をはかることになった。とくに本年度は第2研究棟の建設に伴い、各部門の担当する業務は重要であり、その充実を期するものである。

 本年度の重点的業務事項は下記のとおりである。
1 第2研究棟の建設計画に伴い、その具体的な設計業務を担当するとともに、これに関連して、現在の共同実験施設および機器のさらに能率的な運用を期する。また放射線照射施設に関しては、コバルト-60照射装置、加速器等の整備に伴い、測定機器の整備、正確な線量の測定等を行なう。

2 アルファ線棟におけるプルトニウムの本格的使用に対処して、新たにアルファ線管理係を設け、安全管理、廃棄物処理等の体制ならびに設備の充実をはかる。

3 研究用動植物の管理供給については、従来とくに哺乳動物に重点をおいて行なってきたが、本年度からはさらに哺乳動物以外のものについても、積極的に体制の確立をはかる。

第Ⅴ章 病院部

 本病院部は、本年度の運営費として、31,544千円を計上したが、これにより本研究所の研究目的にそって、放射線障害者の診断および治療、ラジオアイソトープの利用による各種疾患の診断、高エネルギー放射線による悪性新生物の治療等を行なう。

 このため、本研究所内の各研究部とはもちろん、大学病院、国立病院、その他の医療機関との連けいを密にし、機器設備等を充実するとともに近代病院として欠くことのできない看護サービスの水準の保持につとめる。

 これにより本年度中に取り扱う患者は、(1)ビキニ被災者、トロトラスト被投与者、慢性骨髄性白血病患者、(2)ラジオアイソトープを利用して診療する甲状腺疾患等内分泌系疾患患者、(3)ヒューマンカウンターを使用して診断する血液疾患、循環器疾患、(4)高エネルギーエックス線(6MeVリニアック、31MeVベータトロン)の照射を適当とする悪性新生物患者とする。

 本病院部の調査研究については、悪性新生物患者の治療に直結したものとして、(1)患者の予後調査のほか、前年度に引続き、(2)深在性悪性新生物(食道がん、肺がん、子宮がん)と頭頸部悪性新生物に対する放射線治療法の改善、(3)外科手術と放射線照射との併用、(4)放射線の効果を増強する薬剤を併用しての照射研究、(5)コバルト-60ガンマ線、6MeVリニアックおよび31MeVベータトロンのエックス線による治療効果を比較検討する。また(6)人がんの照射による退行と再発に関しての型式の研究、(7)各症例に照射する際の線量分布を自動化するため研究等を行なう。

第Ⅵ章 東海支所

 東海支所においては、前年度にラジオアイソトープ取扱い施設の充足を行なったので、隣接する日本原子力研究所東海研究所の原子炉等の施設を利用し、原研において生産される短寿命のラジオアイソトープを利用する研究を促進するとともに、また放射線(能)の測定に関する研究・中性子線に対する生体の感受性およびがん細胞に対する中性子線の影響等の研究を行ない、あわせて所外の研究者に対する支所施設の利用の便を計る。

第Ⅶ章 建設

 本年度の研究施設費としては96,160千円を計上し、第2研究棟建設工事を行ない研究所施設の円滑な運営を期する。

 営繕計画の実施は次表(略)のとおりである。
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