プルトニウム専門部会は、昭和38年6月以降プルトニウムの熱中性子炉、高速増殖炉燃料としての利用に関する考え方およびプルトニウムに関する研究開発とその実施方法について、17回にわたり審議を重ねてきましたが、今回その結果をとりまとめましたので、ここに報告します。
まえがき
プルトニウム専門部会は「原子力発電の開発に伴い生成するプルトニウムの核燃料としての利用に関する計画策定に必要な事項」を諮問事項とし、プルトニウムの熱中性子炉および高速中性子増殖炉燃料としての利用に関する考え方、プルトニウムに関する研究開発の方向とその実施方法について審議するため昭和38年4月24日に設置されたものであり、部会の構成は次のとおりである。
部会長 山田太三郎 工業技術院電気試験所
石川 潔 日本原子力事業(株)
*今井 美材 原子燃料公社
大井上 博 三菱原子力工業(株)
**奥田 克巳 日本原子力研究所
神原 豊三 (株)日立製作所
嵯峨根遼吉 日本原子力発電(株)
佐伯 貞雄 東京電力(株)
高橋 実 電力中央研究所
田中 浩 古河電気工業(株)
**中村 康治 原子燃料公社
*西堀栄三郎 元日本原子力研究所
法貴 四郎 住友電気工業(株)
向坊 隆 東京大学
(注)*昭和38年6月から40年1月まで専門委員として審議に参加
**昭和40年1月以降専門委員として審議に参加
本専門部会は、当初まずプルトニウムの熱中性子炉への利用、高速増殖炉への利用、プルトニウム価値等に関して、各種資料の調査を行ない、わが国のプルトニウム利用に関する問題点について審議をすすめた。この間プルトニウムの価値について、軽水炉を対象として試算を行なった。
その後、審議は次第に、わが国におけるプルトニウム利用に関する方針と研究開発計画の検討に移り、高速増殖炉をも含めた燃料サイクルを考慮したプルトニウム利用に関する長期見通しを決めた上での比較的長期の研究開発計画を作成すべく審議を行なった。しかしながら、高速増殖炉開発については、その後高速増殖炉懇談会が設置され、高速増殖炉へのプルトニウム利用計画については、その結論をまつこととし、高速炉への利用に関する審議を保留した。また原子力委員会から、当面のプルトニウム利用に関する方針ならびに研究開発計画の策定に必要な事項について早期に審議を要する旨の要請もあった。このため本専門部会では、主としてプルトニウムの熱中性子炉での利用についての方針および短期的な研究開発方針について審議をすすめ、その結果をとりまとめた。
今後、高速増殖炉の開発計画等が明確になったならば、改めてプルトニウムの長期計画について検討する必要があろう。
I プルトニウム燃料開発の意義
原子力発電の推進にともない生成するプルトニウムは、将来ウランの完全利用の方法として高速増殖炉の燃料として使用できることが期待されるとともに、ウラン−235の代替物として熱中性子炉にも使用することができる。このようなプルトニウムを核燃料として有効に利用し、核燃料サイクルを確立することは、原子力発電の円滑な進展に必要であるのみならず、核燃料供給源確保の有力な対策となる。特にわが国のような核燃料資源の少ない国ではプルトニウムを適切に利用し、核燃料サイクルを確立することは、核燃料供給源を確保する有力な手段となるのみならず、わが国の核燃料自立体制を策定する上に有力な対策となり、更には外貨の節約に役立つことが期待される。かかる観点から、わが国の原子力発電進展のための有力な手段として、速かにプルトニウム燃料の研究開発をすすめ、その実用化をはかることが緊要である。
II 海外におけるプルトニウム利用の考え方
海外におけるプルトニウム利用の考え方は原子力発電計画の考え方、核燃料資源に対する考え方等と密接な関係をもっており、国によって非常に大きな相違がある。
(1)米国ではプルトニウムの買上げ政策をすすめる一方、プルトニウムの利用について高速炉開発と熱中性子炉利用の研究開発が続けられて来た。
最近核燃料の民有化問題にともない、早急にプルトニウムに核燃料として市場価値を与えるため、EBWR,S axton試験炉による試験を積極的に進めており、ここ数年でプルトニウムの軽水炉利用技術が確立する見込みである。
(2)英国ではプルトニウムを高速炉燃料として早期に利用できるとの見通しをもってその開発に努めているが、AGRでの熱中性子炉利用も目下検討中である。
(3)フランスでは当面生成したプルトニウムを高速炉開発に使用する計画であり、再処理で回収したプルトニウムの熱中性子炉への利用は特に計画していない。
(4)カナダはウラン資源が豊かであり、CANDU型天然ウラン系原子炉の使用済燃料は長期の貯蔵が可能である。そのため再処理コストが安価になり、使用済燃料が価値をもつまで、再処理は行なわない方針であり、したがって当面はプルトニウム利用の計画はない。
(5)イタリアでは、プルトニウムの熱中性子炉での利用が濃縮ウランの輸入量の削減に寄与し、また高速炉開発が困難に遭遇したときの手段として、SENNまたはSELNIの軽水炉でプルトニウム燃料を照射する計画を すすめている。
(6)IAEAでは、39年12月パネルを開催し、プルトニウムの動力への利用について検討を行なった。このパネルの結論(参考資料第5号参照略)の中で
(イ)過剰なプルトニウムの得られぬ時期
(ロ)高速炉の実用化の時期
(ハ)プルトニウムの高速炉と熱中性子炉における価格の差
(ニ)貯蔵プルトニウムに対する金利
(ホ)プルトニウムの熱中性子炉用リサイクルのために必要な主要設備の高速炉用サイクルのために利用可能な程度
等の諸事項を検討した上で、プルトニウムを熱中性子炉にリサイクルするか、高速炉に使用するために貯蔵しておくかが決定されるべきであると述べている。
III わが国のプルトニウム利用のあり方
プルトニウムは高速炉で使用されるとすれば高い価値を有すると認められているが、世界的に商業高速炉が運転される時期が昭和55〜60年頃またはさらに遅れることも予想される現時点では、その経済性の解明は困難である。一方わが国では原子力発電の推進にともない昭和55年までに約十数トンのプルトニウムが生成され蓄積されることが予想される。(参考資料第3号参照略)プルトニウムを熱中性子炉に使用する場合の価値については、米国で種々の試算がなされているが、当部会でも試算を行なった結果、軽水炉に使用する場合のプルトニウムの価値は、ウラン−235とほぼ等価だという結論を得ている。(参考資料第4号参照略)
原子力委員会では、プルトニウム1g3,600円(最低保証)で買上げることを内定している。プルトニウムをこの価格で買上げ長期間貯蔵するとすれば、かなりの経済的負担が必要となる。これに対してプルトニウムを軽水炉に利用する技術が早期に確立し、実用化されるならば、貯蔵の経済的負担がなくなるとともに核燃料の自立体制の確立を容易にし外貨節約に資することができる。
わが国のプルトニウム利用の考え方としては、長期的には高速炉での利用を指向するとしても、世界的に不確定な要素の多い現在の技術水準でこの利用の計画を定めることは困難であるので当面主としてプルトニウムの熱中性子炉利用を確立するための研究開発をすすめるべきである。さらに熱中性子炉用酸化プルトニウム燃料の開発は高速炉用燃料の開発に多くの共通点を持っているので、その共通性をいかしつつ、研究開発を進めることによりその後の高速炉開発での研究の効率化に役立てることができる。
IV わが国におけるプルトニウムの利用開発の技術的問題点
(1)プルトニウムの取扱いに関する問題プルトニウムはアルファ放射体で、生物学的半減期も長く、甚だ有害であり、特に高次同位元素を多く含むものについてはガンマ線や軟X線の影響も考慮しなければならない。また、自発核分裂断面積がかなり大きく、軽元素との(α・n)反応により発生する中性子の問題がある。更にPu−239,241は核分裂性であるので、その量およびその幾何学的配置などについての臨界管理が重要である。
日本原子力研究所および原子燃料公社にプルトニウム研究のための施設が設置され、ようやく燃料研究のため、ある程度の量のプルトニウムの取扱いが近づきつつあるが、その運営に当っては施設面での安全管理のほかに人的訓練および放射線管理、計量管理などに十分の体制を持たなければならない。
両施設ともに比較的少量のプルトニウムの一次的取扱いのためのもので、将来高次同位元素含有量の多いものの多量の取扱いのためには重遮蔽を用いる遠隔または半遠隔の施設を必要とするであろう。また燃料開発研究の段階では照射後試験のためのアルファ・ガンマ施設を必要とする。
これらの施設は高価であり、万全の管理体制を要するから日本原子力研究所および原子燃料公社の有機的な運営と、これに放射線医学総合研究所、学界および必要に応じ業界の協力も得られるような運営が望ましい。
(2)熱中性子炉燃料としての技術的問題点
熱中性子炉燃料のうち軽水炉にプルトニウムをリサイクルする技術は米国において現在進行中で、およその技術的問題点は解決されて実証段階に入っている。すなわちウラン炉心に大きな変更を与えることなく、反応度制御に関して殆んどウランと同様に運転が計画されているが、プルトニウム燃料の加工費とウランのそれに対する増分の問題、長期債用に対する問題、反応度寿命に対する燃料の冶金的信頼性の問題があり、これらの問題の解明のため、現在半実用規模で研究がすすめられている。これらの研究の情報はわが国においても比較的よく利用することができる。
しかしながら、わが国の実情はウランについてもまだ技術的経験が十分でなく、プルトニウムの研究もようやく緒につこうとしている段階である。将来のプルトニウム燃料の実用化を計るためには、海外の情報の入手につとめるとともに、国内においてもプルトニウム燃料の製造技術経験の蓄積およびその改良ならびにプルトニウム燃料体の設計について研究を行なう必要がある。このため、今後プルトニウム燃料の冶金的研究を行なうとともに、照射試験を計画的にすすめ、実験炉、実用炉での燃料集合体の試験または装荷試験にいたらなければならない。
また、国内での核燃料の有効利用の自立体制の立場から軽水炉のみならず、高速炉時代にいたる間に他の熱中性子炉が建設されるならば、これらの炉へのプルトニウム利用についても検討する必要がある。
(3)高速中性子炉燃料としての技術的問題点
原子力開発の究極目標の一つとしての高速炉の開発は必須であるが、なおそれ自体の設計、ナトリウム工学の問題と並んで燃料の研究が世界的にみてまだ十分ではない。
わが国における高速炉計画の具体化とともにプルトニウム燃料の研究方針も具体的に焦点をしぼってゆくこととなろうが、前項の熱中性子炉用燃料の施設、技術が有効に利用される。
当面、高速中性子炉燃料として有望視される高濃度の混合酸化物や炭化物などの製造研究、物性研究が課題と考えられる。
V わが国におけるプルトニウム利用の研究開発
(1)研究開発の現状
A 研究施設の整備状況
日本原子力研究所では、プルトニウム燃料研究施設としてプルトニウム研究棟(延約300坪、総額約5800万円)が昭和38年7月に完成し、内装機器(総額約6700万円)も大部分整備が完了した。照射試験施設としては、JRR−2,JPDRが常時運転されているほか、昭和43年完成を目標としてJMTRの建設がすすめられている。このほか炉物理試験施設としてTCAがある。
他方、原子燃料公社においては、昭和39年7月から燃料アセンブリーまでの研究開発の可能なプルトニウム燃料研究開発施設(延約1500坪、総建設費(付帯施設、内装機器を含む)約10億2800万円)の建設をすすめており、40年10月に完成する予定である。
B 研究の状況
日本原子力研究所におけるプルトニウム燃料の研究は早い時期にキャプセルによる照射研究が可能となるよう計画が進められており、当面は準備研究期間として、グラム量のプルトニウムによるプルトニウム取扱技術の習得とともに、混合酸化物の粉末の製作、高温挙動に関する研究に着手すべく準備がすすめられている。このほかプルトニウムの溶液化学的研究等の基礎研究が35年頃から行なわれている。
原子燃料公社では、プルトニウム−ウラン混合酸化物燃料を研究開発の対象として、工程が簡素で経済的にも有利と思われるゾルーゲル法で混合酸化物で調整した上で、バイパック法で被覆管に充填する方法を取り上げ、目下とりあえず二酸化ウランを原料としてのスタンドイン・テストおよびこれに関連した各種試験が実施されている。
(2)研究開発計画
プルトニウム燃料の熱中性子炉への利用技術の早期確立を図るとともに、高速炉燃料開発の促進を図るためには、日本原子力研究所および原子燃料公社の研究施設の完成をまって、速かにプルトニウム燃料開発の本格的研究に着手すべきである。
プルトニウム燃料としては当面、酸化物および炭化物を対象とし、概略第1表に示すごときスケジュールに従い、研究をすすめることが望ましい。
酸化物燃料については熱中性子炉燃料に重点をおき、燃料要素の製造に関する開発研究を行なうとともに、高温高燃焼率に耐える燃料の開発を目指し、粉末の調製、ペレットの作成、物性研究等の基礎研究を促進する。
炭化物については、高速炉燃料の開発を目標として酸化物の炭素還元法等によるプルトニウム−ウラン混合炭化物の基礎的研究に着手し、逐次研究を進展させて行くことが望まれる。
プルトニウム燃料の照射試験については、製造研究を始めてから1〜2年後から、その必要性が生じるものと思われるので、まずプルトニウム−ウラン混合酸化物燃料のキャプセルによる照射試験が開始できるよう照射に関する準備等を進める。キャプセルによる照射試験に引続き、JPDR等に試作燃料を装荷してその確性試験が開始できるよう計画を進めることとする。
(3)研究開発体制
プルトニウム燃料の研究開発には、物理、化学、冶金等にまたがる広い基礎および応用の研究はもとより多額の資金が必要である。とくに、ここ数年間は、研究用プルトニウムも稀少であるので、その研究開発を有効に促進するためには、原子力開発利用長期計画に示されているごとく、一貫した計画のもとにプルトニウムの物理的化学的基礎研究から燃料の製造に至る一連の研究を日本原子力研究所および原子燃料公社の共同研究プロジェクトとして、日本原子力研究所および原子燃料公社において、計画的、集中的に推進し、その効率化を図ることが望ましい。しかしながら、非常に基礎的な問題や特殊な問題については、大学および国立研究機関の協力を求めることも考慮することが必要であろう。
また、プルトニウム燃料の実用化の問題については、日本原子力研究所、原子燃料公社、メーカーおよびユーザーからなる共同研究委員会のような機関を設置し、プルトニウム燃料の実用化の促進を図ることが必要である。
(4)今後の研究開発に必要な施設、資金および人員
プルトニウム燃料の研究開発のためには、上述の日本原子力研究所および原子燃料公社で整備または建設中であるプルトニウムを取扱う総合的冶金化学用研究施設のほかに、プルトニウム燃料の照射後試験を実施するためのα−γホットラボラトリーが必要である。本ラボラトリーは、上述の研究計画を有効に促進するためには43年度後半頃から不可欠であるので、できるだけ早い機会に安全性を十分確保しながらわが国の国情に適した経済的な施設の設計建設に着手すべきである。
この研究開発には、概略第1表に示すごとく、40〜44年の5年間で大略20億円の資金、約22kgのプルトニウムおよび約130名の研究技術者の増員(高速炉関係については、燃料開発の基礎研究のみを考慮した。)が見込まれるので、その確保が必要である。
(5)海外との関係
プルトニウムの研究開発にあたっては、既に述べたごとく、国内の研究体制を確立しなければならないことは勿論であるが、さらに海外諸国との関係を密にし、国際協力を促進することも同時に考慮しなければならない。とくにわが国のプルトニウムの研究開発は、プルトニウムの入手難のため、ようやくその研究開発が緒についたばかりであり、先進諸国に比しかなりのへだたりがあるので、研究開発を効果的に促進するためには先進諸国との協力を積極的に推進すべきである。
先進諸国との協力にあたっては、当面は情報の交換および研究技術者の交流の促進を図ることが必要であるが、今後はさらにすすんで海外との共同研究を考慮する必要があろう。
さらにプルトニウムの研究開発に必要なプルトニウムは、わが国で再処理工場が運転されるまでは当面ほとんど海外からの輸入に期待しなければならないので、その確保のため、海外諸国または国際機関との間にプルトニウム入手に必要な協定を締結する等の措置を適時講ずる必要がある。