原子力委員会

「ブランケット協定」の調印


1.まえがき
 「ブランケット協定」(正式には「日本国政府とアメリカ合衆国政府を代表して行動する合衆国原子力委員会との間の特殊核物質賃貸借協定」という。)とは、日米間で結ばれた日米原子力協力協定(昭和33年6月発効10年間有効)に基づき、アメリカから日本へ特殊核物質(注)1を賃貸する場合の基本的な契約上の条件を定めているものである。
 これまでわが国の原子炉その他の原子力施設において燃料その他として使用される特殊核物質の米国からの入手は、日米原子力協力協定第5条または第7条に基づき賃貸借または売買の形式で行なわれているわけであるが、この賃貸借または売買のために、現在まで賃貸借協定が6協定、売買協定が2協定結ばれていた。
 このうち、昭和36年5月に署名された第6次賃貸借協定は、それまでの個別協定と異なり、特定の原子炉等の原子力施設において使用される特殊核物質の個々の賃貸ごとに結ぶ協定ではなく、複数の原子力施設のための特殊核物質の賃貸借に共通した基本的条件を定める包括的協定であった。しかし同協定は、昭和38年6月30日でその有効期限が満了したので、同協定と基本的には同一内容の新協定の締結が急がれていたが、この程両国間で最終的合意に達し、ワシントンにおいて昭和39年10月30日に、在米大使館の鶴見参事官とAECのホイル国際部長代理とによって署名が行なわれた。


(注)
1.「特殊核物質」とは、(1)プルトニウム、同位元素233もしくは同位元素235の濃縮ウランのほかAECが特殊核物質と決定したもの、または(2)これらの物質のいずれかで人工的に濃縮した物質をいう。

2.概要
 新「ブランケット協定」の内容は、以下に述べるとおり、日米間の特殊核物質の賃貸借契約の原則を定めているという点で旧協定と基本的には変わりがないし、その賃貸借に要する主要な手続に関しても、①免責条項、②査察条項、③無保証条項、④標準形状による返還等について若干の変更がみられるほか、大きな変更はない。

i) 適用範囲と有効期限
 この協定が適用されるのは、昭和38年7月1日以後に結ばれた特殊核物質の賃貸借契約および同年6月30日現在に結ばれていた契約である(第2条)。ただし、第1次賃貸借協定(昭和31年11月発効)および第2次賃貸借協定(昭和32年5月発効)に基づく賃貸借には適用されない。(第24条)
 また、この協定は、原則的には昭和42年6月30日まで有効とされている。(第4条)

ii) 法律関係
 この協定に基づく賃貸借契約により日本側が得るのは、占有権および使用権であり、その権原(title)は、常にアメリカが保持することとしている。
 どの時点から日本側に占有権および使用権が移転する(すなわち、特殊核物質の引渡し時点)かは、どの時点から日本側が責任を負い、かつ、アメリカ側を免責する(注)2かとの問題とからんで交渉の中心的問題ともなった。
 旧協定では、この責任の発生(または免責の開始時点)が明確化しておらず、アメリカの輸出港において始まるものとして運用していた(両国間で明確な一致があったわけではない。)が、新協定では、日米原子力協力協定第7条第H項に定める原則(免責の開始時点は、特殊核物質引き渡し時点である。)を確認する(第13条第b項)とともに引き渡し時点を次のとおり明確化した。(第15条)

 すなわち、新協定では引き渡しは、①間接引き渡し(中間に加工業者等が入る場合)にあっては輸出港において行なわれ(第15条第b項(2))、②直接引き渡し(AEC施設から直接日本が入手する場合)にあってはAEC施設の出口において行なわれる(第15条第a項)こととしている。

この結果、当初のアメリカ側の意向は、免責の開始はAEC施設の出口から、引き渡しは輸出港で行なわれるというものであったが、交渉の結果わが国は、直接引き渡しの場合にはAEC施設の出口において引き渡しを受けるとともに、その時点以後は、事故のあった場合には日本側が責任を持つこととなったわけであるが、これはアメリカ国内業者、他国とほぼ同じ取り扱いとなったものであり、アメリカ国内の原子力災害については米国原子力法によりAECがすべて責任をとることが規定されており、直接取り引きの際のわが国の責任は、非原子力災害にのみ限られるので、実態的には問題はないと考えられる。


(注)
2.「免責する」(indemnify and save harmless)は日米協定上重要な概念であり、英米法上の責任明確化の精神に基づきかなり多用されているものである。その意味は、i)日本側は損害賠償の請求を行なわない、ii)求償を行なわない、iii)かし担保を問わない、iv)第3者がアメリカに請求しないよう努力する、v)アメリカが請求に応訴して敗れた場合は、その費用を補填する。

iii) 賃貸借の手続
 日本側が、AECの定める様式の特殊核物質発注書を作成し、これをAECに提出することにより発注を行なう(第2条第b項1)。この発注書をAECが受諾したことにより、賃貸借契約は成立する(第2条第c項)。日本側は、物質の引き渡し前であって、取消料を支払えば発注の取消しを行なうことができる(第4条第c項)。AECは、受注した場合は、特殊核物質をAECの確定仕様に従う標準形式で提供する(第5条第a項)。この際AECは、取り出し、荷造りなど発注書に従ったサービスを行なう。日本側が受理した物質が仕様と合致しないときは、AECはその物質を代替する義務がある(第5条第c項)。日本側は、受領した物質(その使用後のものも含めて)をAECの同意なしに他の者に移転し、他の物質と混合してはならず、また、それを他の原料物質、特殊核物質と分離しておく義務がある(第5条第d、e、f項)。
 使用後日本は、60日前に通告して賃借した物質を返還する。その返還されるものは、AEC施設で再処理後、賃貸借協定の署名の日に有効な標準形状および確立仕様に復元されたものでなければならない(第6条第a項)。これに関し、旧協定では濃縮ウラン(ウラン235)、六弗化ウラン、プルトニウム等の特定の形状によって返還されることが定められていたが、新協定では、復元することのみが義務づけられた。
 復元するためには、再処理をすることが必要であるが、これに関しては別途協定を結ぶ要があり、これについては、第21条(他の契約および協定)においてその余地を残すとともに、特定の場合には、再処理をせずに返還を認めることもあることとしている(第6条第c項、第d項)。
 また、この返還に関し、その運送の場合の容器、積量を定め災害の防止等に注意をしている(第6条第f項)。

iv) 会計手続
 特殊核物質の取り引き関係を整理かつ明確化するために、特殊核物質賃貸借勘定を開設し、賃貸物質の価額を借記し、返還または支払物質の価額を貸記することとする(第10条)。これらをさらに確保するため、日本側は特殊核物質の移転、使用等に関して記録を保持し、会計監査のための記録提出義務を負っている(第10条第f項)。これは、今回新たに挿入されたものである。従来、アメリカ側が軍事利用への転用の防止のために査察を行なえる旨の規定があったが査察等の保障措置はすべてIAEAに移管したので今回は削除することとしたが、アメリカの国有の特殊核物質を賃借しているので、会計検査のための査察のみが残された。
 日本側が支払うと予定されるものは、使用料、特別役務料、物質の損耗料、運送賃などが考えられるがこれらのうちほとんどのものはAECの定める価格政策に従って決められる。したがって基本料、使用料率の変更が行なわれた場合には、30日前にわが方に通告することとなっている(第11条第b項)。

v) その他
 以上のほか、日米原子力協力協定第4条の規定を具体化し今回新たに設けられた無保証条項(注)1(第13条第a項)、発送または返還の際に使用される円筒、設備がAECの承認をしたものに限ること(第16条第a項)、物質の量および物性の決定ならびにそれに関する紛争の解決の手続(第18条)、特許侵害の免責(第19条)等について定めた規定がある。


(注)
1.「無保証」とは、アメリカは提供された物質が、i)提供された目的に合致すること、ii)その後変更した目的に合致すること、iii)意図した結果を実現させること、のいずれについても保証しないことを意味する。


3.意義その他

 ブランケット協定の意義を考えると、同協定の成立以前はアメリカからの特殊核物質の賃借に際しては、1件ごとに協定を結んでいたが、ブランケット協定により賃貸借契約の基本的原則が包括的に定められたので、賃貸借の手続等が著しく簡便化されたことが第1にあげられる。わが国は、現在アメリカから9,052kgの濃縮ウランを賃借をしていることおよび今後も各方面から濃縮ウランの需要(昭和41年末まで5,000kg前後)が見込まれることを考えるとその意義は大きい。
 さらに短期的には、旧ブランケット協定の期限(昨年6年)後新協定の成立(本年10月)までの間は旧協定を1ヵ月ずつ暫定的に延長するという不自然な措置を講じてきたが、本協定の成立により正常事態に復帰するとともに、特殊核物質の入手のための長期計画を可能にした点でもその意義は大きい。
 このブランケット協定は、賃貸借に係わる包括協定であるが、購入に関する包括的なものがなく、現在1件ごとに協定を結んでいるが、さらに購入需要の増大に伴い、購入に関しても同様に包括的なものが必要とされる。したがって現在購入包括協定(master agreement)についても交渉中である。