昭和39年度放射線医学総合研究所業務計画


 はしがき

 本研究所は昭和39年度において創立第7年度を迎え、さらに研究体制の整備をはかりつつその業務を推進することとなった。
 昭和39年度における本研究所の予算総額は524,982千円、ほかに放射能調査研究費として25,855千円を加え、定員は12人増で総計403人となった。また、組織の面では、技術部放射能検査課を環境衛生部門に組替え、放射能調査の業務を継続するとともに、環境放射線に関する研究の強化拡充をはかることとした。また臨床研究部にアイソトープによる疾病の治療に関する調査研究を行なうために研究室を一室増設する。
 研究業務に関しては、各研究部による研究目標別の一般研究のほか、プロジェクト研究を実施する。一般研究については、昨年度に設定した研究目標のもとに基礎部門、応用部門の相互関連性を重視しつつ研究の促進をはかることとした。プロジェクト研究は関連研究部が共同して実施するものであるが、内外の要請を勘案し、特に本研究所において緊急に行なう必要があり、比較的短期間に一応の成果を収め得るものを研究対象として行なうこととした。すなわち、昨年度にひきつづき、緊急時対策に関する調査研究、医用原子炉に関する調査研究の2課題を実施するが、本年度はさらに、内部被曝の許容量に関連する放射性核種の沈着に関する調査研究および核分裂即発中性子線およびガンマ線の線量推定に関する調査研究の2課題を追加、研究することとした。
 所内共用実験施設の整備については、内部被曝の許容量に関するプロジェクト研究に関連して、アルファ線実験棟設備を整備し、その円滑な運用をはかり、また、哺乳動物実験観察棟を新設し、水生昆虫舎を増設する。なお、所外からの本研究所施設利用の要望についても考慮し、外来研究員制度の活用とともに所外関係研究機関との研究の協力を促進することとした。
 養成訓練業務に関しては、養成訓練棟が建設されたので、本年度から従来の放射線防護短期課程および放射線利用医学短期課程のほか、新たに放射性薬剤課程を増設する。
 以上の方針により、本年度の業務計画を作成した。

 I 研究

 研究部門の運営経費としては、試験研究費79,770千円(東海支所計上分923千円を除く)、ほかにベータトロン棟に高エネルギーベータ線スペクトロメーターを設置するため国庫債務負担行為として24,300千円を計上し、また研究庁費としては80,718千円を計上した。

(1)一般研究

 各研究部において実施する一般研究の概要を研究目標ごとにあげれば、下記のとおりである。

 I 放射線の測定法および吸収線量の算定法に関する開発

 人体内放射能および微量放射能の測定法、生体の吸収線量の算定法、人体被曝線量の推定とその低減等に関する調査研究を昨年度から継続するほか、新たに、種々の線源からの外部被曝線量に関する研究および自然放射能による内部被曝線量に関する調査研究を加え、主として測定法の開発に重点をおいて行なう。
 また、昨年度、中性子線に関する予備的実験が行なわれたが、本年度は中性子線の吸収線量測定の研究を行なう。

 II 細胞に対する放射線の影響の基礎的解明

 放射線の人体に対する身体的および遺伝的影響を解明するための基礎となる知見を得るために、細胞および細胞構成物質、その他生体高分子等に対する放射線の作用について、生物物理学的ないし生化学的研究を行なうほか、培養細胞を用いて細胞の代謝撹乱、染色体異常等に関する研究を昨年度に継続して行なう。

 III 放射線による遺伝的影響の解明

 放射線による遺伝的影響を解明するためには、放射線による突然変異の発生機構と線量との相関、また集団における放射線誘発突然変異遺伝子の推移を明らかにする必要がある。このため、放射線誘発突然変異に関し、その発生率を左右する要因の研究、および突然変異遺伝子の集団における時間的消長に関する研究をそれぞれ前年度に継続して行なう。

 IV 放射線による身体的影響の解明

 中枢神経系、内分泌系等の生体の調節作用およびその他の身体的機能に対する放射線の影響、全身および臓器の放射線感受性、晩発効果、また放射線障害の予防、治療に関する基礎等の重要問題を昨年度に継続して行なう。

 V 放射線による身体的障害の臨床的疫学的解明ビキニ被災者、原爆被曝者、トロトラスト被授与者、放射線治療患者および職業的被曝者等を対象とする臨床的研究は本年度も続行するが、特にビキニ被災者、トロトラスト被投与者、職業的被曝者(ラジウムダイアルペインター)等に重点をおいてヒューマンカウンターによる測定も含めた臨床的検査研究を実施する。ビキニ被災者は、被曝後10年を経過するが、昨年度末から本年度にかけて、被曝者全員を本研究所病院に収容し、検査研究する。
 また、放射線障害者の臨床血液学および臨床生化学的研究を継続し、一方、骨沈着ストロンチウム−90の除去に関する実験病理学的基礎研究を併せて行なう。

VI 人体および環境における放射性核種の動向の解明本年度は、環境衛生研究部門の改組に伴い、研究分野は一層の拡張をはかることとした。すなわち、従来から引き続き、放射性核種の分析法、その食物連鎖、職業環境、その他の生活環境における動向および人体における蓄積の状況を追究し、また、炭素−14、三重水素の生活環境に及ぼす影響を調査研究する。さらに、昨年度に下水処理場等の放射能除去機構および河川、海洋における放能射蓄積に関する研究に着手したが、本年度はこれらを継続するとともに、放射性廃棄物の処理および海洋、水産生物の放射能汚染状況に関する調査研究として推進する。

VII RIおよび放射線による診断法、治療法の開発RI薬品に関する薬学的研究、RI標識化合物およびヒューマンカウンターの利用を含む各種のRI診断法の開発研究、放射線による治療法の技術的研究および治療効果に関する生物学的研究を行ない、また、臨床研究部の研究室増設に伴い中性子捕獲療法の研究に着手する。
 なお、各研究部における研究計画の概要は別添Iに、各研究目標別に区分した研究課題の一覧表は別添IIに、それぞれ記載した。

(2)プロジェクト研究

 プロジェクト研究は関連研究部が共同して行なうものであるが、その概要は下記のとおりである。

 I 緊急時対策に関する調査研究

 本プロジェクトは原子炉施設等における放射線事故の発生に対するマニュアルを作成するための基礎資料とするものである。まず、誘導放射能から中性子線量の推定を行なう研究として、昨年度の研究により血液、毛髪の誘導放射能による線量推定が可能であることがわかったので、本年度はこれらの誘導放射能を測定して中性子線の被曝分布を検討する。また、急性放射線障害の際、甲状腺および全身に吸収される放射性ヨードの量をできるだけ小量にするため、NaI投与の影響を検討したが、本年度は吸収されたI−131の排泄に関する研究を行なう。さらに治療薬および予防薬の実用化に関しては、種々の化学薬剤について薬効の判定基準を検討したので、本年度はこれらの基準を用いて薬剤の研究を行なう。

II 医用原子炉に関する調査研究

 医用原子炉設置計画に関し、炉内大量中性子線の測定に関する実験的研究を行ない、また、文献調査等を継続して、原子炉中性子および短寿命アイソトープの生物学および医学への利用に関する調査研究、医用原子炉の運転および安全管理に関する調査を行なう。

III 内部被曝の許容量に関連する放射性核種の沈着に関する調査研究原子力施設の発達に伴い、放射性核種による体内被曝の影響の評価はますます重要かつ緊急の課題となりつつあるが、必要な多くの科学的基礎資料が欠如している。本研究所では短期間にある程度の具体的成果または方向づけを要求されている重要課題のうち、本年度は、原子力施設におけるアルファ放射体による危害の評価に必要な基礎的実験方法の検討を行なう。

IV 核分裂即発中性子線およびガンマ線の線量推定に関する調査研究広島、長崎の原爆による被曝線量の推定に関する調査研究は昭和37年度から、ABCC(原爆傷害調査委員会)およびORNL(オークリッジ国立研究所)等と協力して行なってきたが、予備的調査および実験を終了し、従来よりも高い精度の推定値を得ることが期待されるようになったので、本年度からこれをプロジェクトとして実施する。
 なお、これらの課題については、本年度もそれぞれプロジェクトリーダーをおき、研究の総括を行なう。
 各課題の具体的内容と担当部門は、別添IIIのとおりである。

 II 養成訓練

 養成訓練業務は、昭和34年度に開始以来、現在までに放射線防護短期課程292人(国際課程22人を含む)、放射線利用医学短期課程80人の養成を行なった。本年度は養成訓練棟の完成に伴い、上記2課程をそれぞれ2回実施するほか、新たに放射性薬剤取扱者養成を目的として放射性薬剤課程(4週間、20人、年1回)を開設する。

 本年度の運営経費は16,990千円を計上したが、教育用実習機器(特に測定器関係)の整備を行なう。

 なお、上記の5課程の実施予定は、下記のとおりである。

   放射線防護短期課程

昭和39年9月上旬〜10月下旬(第10回)

昭和40年2月上旬〜3月下旬(第11回)

   放射線利用医学短期課程

昭和39年5月下旬〜7月上旬(第6回)

昭和39年11月上旬〜12月中旬(第7回)

   放射性薬剤課程

昭和39年4月8日〜5月2日(第1回)

 なお、設備の拡充に応じて、昭和40年度以降に予定される各種長期課程および専門課程、また特に、東南アジア地区に対する放射線の医学利用に関する国際課程等の準備を行なう。

 III 放射能調査

 昭和39年度における本研究所の放射能調査研究計画は、技術部放射能検査課を環境衛生研究部門へ組替えデータセンター業務を除き、全面的にこれを研究部門において実施する。
 本年度の放射能調査研究費は25,855千円を計上し、放射能レベル調査および放射能線量調査ならびに放射能データセンター業務の3項について、それぞれ以下のとおり実施する。

1. 放射能レベル調査

(1)人骨、人体臓器の分析

 前年度に引き続き、人体内の放射能レベルの推移を調査する。人骨については90Srの分析を行ない、人体臓器(肝臓、肺臓、筋肉、生殖腺、甲状腺)については137Csの分析を行なう。

(2)人尿の分析

 体内137Csの蓄積量を知るため地方衛生研究所から送られる人尿について、137Csの分析を行なう。また本年度は試料提供者をヒューマンカウンターにより計測し、人尿より得られた体内蓄積量との相関を調査する。

(3)ちりの分析

 地方衛生研究所において定期的に採取した空中塵について分析し、一方、感光材料製造工場で清浄空気の供給に用いる浄化装置用フィルターのちりを定期的に採取分析し、併せて同地点における月間降下量を測定し、各地方における相互の関係を調査する。

(4)河川、海洋試料の分析

 放射性降下物の地表より河川を通じての海洋への流失および海洋(港湾)中での濃縮、拡散の状況を把握するため、河川流域で土壌、植物、河川水、河底土を採取し、港湾において海水、プランクトン、魚類を採取して90Sr、137Cs、その他ガンマ核種の核種分析を行なう。
 なお、以上のほか、食物連鎖における放射性核種の動向を追求するため、上記試料の採取地域における日常食品の分析測定を行なう。また、前年度に引き続き防衛庁の協力により上層大気を採取し放射性炭素の分析測定を行ない、核爆発実験で大気中に発生した14Cを調査する。さらに、原子力施設の廃水および施設周辺環境試料について、放射性核種の分析を行なう。

2.被曝線量調査

(1)外部被曝線量の調査

 地表上の空間線量の実測、ならびに建造物による遮蔽効果の影響を調査研究し、わが国の生活様式等を考慮のうえ、フォールアウトおよび自然放射線による国民の被曝線量を算出する。

(2)内部被曝線量の調査

 汚染食品の摂取による人体の内部被曝線量の評価に資するため、本年度は腸管内における種々の放射性核種の滞留状況を調査する。また、大気中浮遊塵の粒度別放射能調査を行ない、空中塵の肺への沈着と肺線量の解明に資する。

(3)診断用放射線による骨髄線量調査

 人体ファントームを使用して各種照射条件における骨髄線量を求めるとともに医療施設の照射条件調査カードを用いて統計処理を行ない、これらの結果から国民の骨髄有意線量を求める。

(4)RI使用施設の職業人および特殊グループの被曝線量調査全国のRI使用施設から抽出した40施設こおいて線量分布を実測するとともに職業人および特殊グループの被曝線量を推定し、この値を前年度調査した全国のRI使用量からRIによる国民線量への寄与を推定する。
 その他全国の施設の統計結果を用い国民線量への寄与を求める。

3.放射能調査データセンター業務

 昨年度から開始した1)内外の放射能調査資料の収集、整理、保存、2)海外との放射能関係情報資料の交換、3)放射能調査資料の解析等を行なうための放射能調査データセンター業務を継続実施するとともに放射能調査資料の刊行を強化する。

 IV 技術部

 本年度は技術部の運営経費として20,628千円、ほかに廃棄物処理のため6,770千円を計上した。

 以下に、技術および放射線安全管理業務について、本年度の計画を示す。

1. 技術業務

(1)共用実験施設全般について、その日常の運用をより一層円滑に推進するよう努め、本年度は特に加速器および計測機器について付属部品を充実し、研究の利用に供する。

(2)実験用哺乳動物の必要数は年々増加しているが、本年度は日給体制計画にもとづき、飼育施設の整備をはかる。なお、本年度は実験用水生動物および昆虫等の飼育施設、および哺乳動物の放射線照射後の観察飼育を行なうための施設をそれぞれ建設する。

2. 放射線安全管理業務

(1)アルファ線実験棟の廃液処理施設を建設し、同株の全面的使用に対処するため安全管理用設備等を整備する。

(2)放射線被曝の多様化に即応して、局部被曝線量の測定を強化するため、ガラス線量計による線量測定の実用化をはかる。

(3)本研究所における各種の放射線安全管理に関する規程について、必要な検討を加える。

 V 病院部

 本年度は病院部の運営経費として33,905千円を計上した。
 病院は、本研究所の研究目的にそって、1)放射線障害者の診断治療、2)RIの利用による疾病の診断治療、3)高エネルギー放射線による悪性新生物の治療等に適合する患者を対象とするものであり、本年度において、特に収容の対象とする患者は、以下のとおりであり、各大学病院、国立病院、その他一般病院、診療所等と密接な連けいを保って、医療技術の向上に努める。

1. ビキニ被災者、長期間従事しているラジウムダイアルペインター、トロトラスト被投与者、慢性骨髄性白血病患者。

2. RIを利用して診断治療する甲状腺疾患等の内分泌系の疾患。

3. ヒューマンカウンターを使用して診断する血液疾患、循環器疾患。

4. 高エネルギーエックス線(6MeVリニアック)、電子線(31MeVベータトロン)の照射が適当な悪性新生物疾患の患者。
 また、病院部においては、各癌症例ごとに最適の照射計画を得るために照射部位や方向による照射線量を測定する方法を検討し、さらに、腔内(子宮、口腔、鼻腔)等照射用用具の改良実用化、および放射性縫合糸(癌病巣手術後再発予防のため)の実用化等を検討するほか、照射患者の予後調査を行なって治療の改善進歩に資する。

 VI 東海支所

 本年度の東海支所運営については1,912千円の経費を計上した。
 東海支所は、原子炉施設等を利用する医学、生物学研究を実施することを目的として設置したものであるが、併せて所外の試験研究機関等の研究者にも開放利用に供する方針であるので、本年度は、所外利用希望者の実情を調査し、でき得る限り要請に対応し得るよう設備を行なう。また、所内において、東海支所を利用する研究は下記のとおりである。

1. 細胞および微細構造に対する各種放射線作用の比較の研究

2. 短寿命RIの生物学的利用に関する研究

3. 放射線誘発突然変異率を左右する要因の研究

4. 環境および人体中の放射性核種およびそれらの安定同位体の化学的研究

5. 中性子捕獲療法の基礎的研究

 VII 外来研究員

 本研究所における研究分野は、物理学、化学、生物学、医学等の広範な領域にわたっており、所外の研究者の協力を得て一層の研究成果をあげる必要があるので、前年度から外来研究員制度を設け、広く所外から関連部門の専門研究者を招いて共同研究を実施してきた。
 本年度においては、外来研究員に関し1,132千円の予算を計上したので、以下の課題のうちから応募状況等を勘案して所外の研究者と共同研究を行なう。

1. 放射線障害に関する生物学的指標としての「血中セロトニン量」の検討

2. 放射性ヨードの甲状腺ならびに全身負荷軽減に関する研究

3. 14C、3Hに関する研究−植物の炭酸摂取機構の研究

4. 放射線障害に対する予防薬の薬学的研究

5. 放射線障害発現における細胞核の機能

 VIII 建設

 内部被曝に関するプロジェクトの実施等、アルファ線放出核種に関する実験研究の必要性はますます緊急の度を加えつつあるが、竣工以来内部設備の充実をはかってきたアルファ線実験棟は、本年度、廃液処理設備を建設設置し、その運用体制を確立する。
 実験用哺乳動物については、放射線照射後および対照群の飼育観察が必要であるので、本年度は哺乳動物実験観察棟を新設する。また、非哺乳動物に関しては既設の水生昆虫飼育舎を増設し、その実験上の需要をより充足し得るよう措置する。
 以上のほか、道路簡易舗装、土留工事等研究施設の整備のための雑工作および職員宿舎の新設工事をそれぞれ行なう。
 営繕計画の実施は次表の通りである。

昭和39年度放射線医学総合研究所営繕実施計画

注)別添 I、II、IIIは省略