放射性降下物の人体への影響に関する
基本的な考え方について


−放射線審議会答申−

 放射性降下物環境放射能の増加が人体に及ぼす影響についての基本的な考え方について、またこれに関し、米国の連邦放射線協議会(FRC)の勧告ならびに英国医学研究会議(MRC)の報告が重要な関連を有するので、これらに対する意見をあわせて求められていた放射線審議会は、5月7日以下のような答申を行なった。

36放審議第2号
昭和37年5月7日

内閣総理大臣 池田 勇人殿
厚生大臣 灘尾 弘吉殿
農林大臣 河野 一郎殿

放射線審議会会長 木村 健二郎

放射性降下物の人体への影響に関する基本的な考え方について(答申)

 標記の件について、昭和36年11月10日、36原第3632号、厚生省発給第44号ならびに昭和36年農会第1509号をもって、当審議会の意見を求める旨の諮問があったので、同年11月当審議会に環境放射能特別部会を設け、審議を重ねてきたが、昭和37年5月2日に開催された第11回総会において、下記のとおり結論をえたので答申する。


1 核爆発実験にともなう放射性降下物(以下放射性降下物という)の人体への影響に関連して、国民にとって警戒を要すべき基準線量について。

(1)放射性降下物からの放射線は、わが国民にとって好ましいものでないことはいうまでもない。したがった、放射性降下物の場合は、医療用または平和利用におけるような、国民生活にとって有用な場合について認められている放射線に対する許容量という概念をとることはできない。

(2)放射射の人体への影響については、身体的影響についてもまた遺伝的影響についても、微量の線量の場合には、現在のところ学問的にも経験的にも明確でない点が多いが、たとえわずかな線量であっても、それに相当する影響を受けるものと考える方が安全であるといえる。したがって放射性降下物による人体に対する障害発生の確率は、線量と比例した連続的なものと考えるべきであり、それ以下では障害が発生しないと考えられる線量、すなわち、諮問にいう国民にとって警戒を要すべき基準線量を設定する立場をとりえない。

(3)現在のところ、放射性降下物による国民の被ばく線量は、自然放射線に基づく被ばく線量に比較して低い値を示しているが、その影響を明らかにするには、なお日時を要するものと考えられる。しかし放射性降下物によって、国民が直接間接にこうむる総合的な被害は、できるかぎりこれを少なくすべきである。

(4)この総合的な被害を最小限にするための対策は、行政的には段階的にとらざるをえない。したがって、対策を実施するにあたって、指標を設定することは対策を迅速に実施する目安として有効なものであり、かつ必要であると考える。この点については、放射能対策本部の環境放射能作業班が作成した放射能対策暫定指標を行政上採用することは、現段階に対処するためにはやむをえないものと考える。なお、この指標に関連して、今後積極的に調査研究をすることが必要である。

2 FRC勧告およびMRC報告について

(1)FRC勧告およびMRC報告は、いずれも平和利用における許容基準を設定し、これを放射性降下物の場合にも転用しているものと思われる。

 わが国においては、前述したとおり放射性降下物について許容量という概念をとらないので、FRC勧告およびMRC報告にある数値を放射性降下物対策の場合にそのまま適用することはできない。

(2)FRCのRPG(Radiation Protecticn Guideは、I−131、Sr−89、Sr−90およびRa−226の4核種の1人1日の摂取量を尺度として、それを3段階に分けており、MRCは、警戒も水準(WarningLevel)および許容水準(Permissible Level)として、人骨中のSr−90の濃度を対象として基準を定めている。

 これらの基準は、多くの調査研究の結果に基づくものと考えられるので、放射能対策を考える上に参考となるが、放射性降下物に対する対策を迅速にとるための目安としては不十分である。特に米英と生活様式の異なるわが国において、放射能対策の万全を期するためには、放射性降下物に関するより一層の調査研究の充実が必要である。