放射能対策について

 ソ連が9月に核実験を再開して以来、わが国のフォールアウト(放射性降下物)に対する関心はにわかにたかまった。とくに50Mtといわれる大型核爆発の心理的な影響は、さらに一般の人々の関心をかきたてる結果となった。

 この動きに応じて、これまで原子力委員会を中心として行なわれていた放射能調査が急に一般の注目をあびることになった。ソ連がひきつづき核実験を行なっている間にこの放射能調査を強化する方策がねられ、さらに今後のフォールアウトの影響について必要な措置がとれるように関係各省の連絡会が設けられた。この連絡会は発展して10月31日、放射能対策本部の設置(閣議決定・・・参照)となったのである。

 放射能対策本部の構成は、次に示すとおりで、本部長を科学技術庁長官、副本部長を内閣官房副長官、科学技術庁事務次官とするもので、本部員として関係各省の局長級があてられることになった。

  本部長   科学技術庁長官    三木 武夫
  副本部長   内閣官房副長官    細谷 喜一
  同   科学技術事務次官    鈴江 康平
  本部員   内閣審議室長    江守堅太郎
  同   防衛庁装備局長    久保 忠雄
  同   科学技術庁原子力局長    杠  文吉
  同   外務省国際連合局長    鶴岡 千仭
  同   大蔵省主計局長    石野 信一
  同   文部省大学学術局長    小林 行雄
  同   厚生省公衆衛生局長    尾村 偉久
  同   農林省農林水産技術会議事務局長    増田  盛
  同   運輸省官房長    広瀬 真一
  同   気象庁観測部長    川畑 幸夫
  同   自治大臣官房長    柴田  護

 対策本部は11月1日に第1回会合を開いて活動を開始したが、一方、衆議院の科学技術振興対策特別委員会は翌11月2日「核実験に伴う放射能等の科学的調査および対策樹立に関する件」という決議を行ない、放射能対策の実施にあたって4項目の実現にとくに注意すべきことをのべた。この決議の中において、恒久的な調査および防禦に関する総合的責任体制は原子力委員会を中心として確立すべきことがのべられている。

核実験に伴う放射能等の科学的調査および対策樹立に関する件

 ソ連が国連の決議を無視して超大型核爆発実験を強行し、また米国も大気圏内実験にふみきらんとしている。まことに遺憾である。われわれはかかる暴挙の即時且つ永久的禁絶を要求する。

 政府はさきに、国連において放射能の影響調査の強化を提鳴しまた、内閣に放射能対策本部の設置を決定したが、その実施にあたっては、世界の各国に率先してその目的を全うしうるよう、とくに左記事項の実現を期すべきである。

 すなわち、

 1.放射性の降下物の降下は、今後数年に亘ることにかんがみ、恒久的に調査および防禦に関する総合的な責任体制は原子力委員会を中心として確立し、全国的な施設および要員の配備に万全を期し、国民に不安なからしめること。

 2.とくに放射性降下物の人体に与える影響の調査および分析に重点をおき、常時その成果を公表し,必要あるときは速やかに報道機関,地方庁等の協力により,国民に適切な指導を行なうこと。なお、いわゆる警告線量については、可及的速やかに、国情にそうよう決定すること。

 3.政府は、国連が国際的放射能調査機関を設けんとすることにあっては、その本部をわが国に設置するよう、格段の努力をすること。

 4.右各項の実施に要する予算の確保につき万全を期すこと。

 右決議する。

 放射能対策本部が今後、放射能対策に関して何をなすべきかについては11月14日に閣議で定められた放射能対策措置要綱の6項目に明らかに示されている。

放射能放策措置要綱

 核爆発実験に伴う近時の放射性降下物の増加に対処して放射能対策の強化拡充を期するため、当面次の措置を講ずるものとする。

 1.調査の機関、対象および地点の拡充等放射能調査の充実強化をはかるとともに、とくに核種分析の充実を期するため所要の措置を講ずるものとすること。

 2.国立試験研究機関、大学等における放射能の人畜に与える影響およびその防護に関する研究をひきつづき推進すること。

 3.放射性降下物に関する測定分析結果について、そのすみやかな伝達方法を確立するとともに、公表方法の斉一化をはかること。

 4.放射性降下物が人体に与える影響の度合に関する基準(いわゆる警戒量)を設定すること。

 5.産業に及ぼす影響等をも十分考慮して実情に即した指導または措置を適切かつ迅速に行ない得るよう関係行政機関における体制を確立すること。

 6.放射性降下物に関し、実情に即した正しい知識の普及につとめること。

 もっとも、この6項目の実施はこの対策措置要綱がきめられるまでにもすでに実施の手はずをととのえていたものがあり、たとえば、第3項のフォールアウトに関する測定分析の結果の公表方法は11月13日の本部会議で定められている。これによって、放射能測定の結果はMMCまたはMCの単位で発表する原則が確立され、また、各省庁の付属研究機関の行なった分析結果にそのつど本部に連絡し、本部がこれを評価して公表を行なうことになった。

 放射能対策措置要綱についてはその後、各省の協力によって逐次具体化の方向をたどっているが、以下それぞれの項目についてかんたんにながめてみることとする。

 第1の対射能調査の充実強化については、これまで原子力委員会が行なってきた放射能調査を緊急に拡充することとなり、さしあたって本会計年度の終る来年3月までは昭和36年度予算の予備費によることになり、各省の既定経費の流用分をあわせて総額約65百万円をこのために使用することが11月17日の閣議で決定された。これによる放射能調査の拡充状況は次の表に示すとおりである。

36年度予備費による放射能調査の拡充状況

1.全β測定


2.核種分析


3.主要機器


 第2の研究の推進については、この分野がまだ未開拓な領域の多いことをも考慮し、とくに力をいれることと、36年度中の研究としては前記予算中には科学技術特別研究促進調整費からの委託研究費等がふくまれている。

 第3の公表方法の斉一化に関してはさきにのべた通りの措置がとられている。本部の発表はすでに11月5日に第1回を行なったが、これはソ連の大型核爆発の影響がわが国にあらわれはじめ、とくに福岡で測定された全放射能がかなり高い値を示したところから、これに対する本部の評価を加えて発表したものである。なお第2回は11月10日、第3回は11月27日にそれぞれ各省庁の付属研究機関の分析結果を発表している。

 第4のいわゆる警戒量については、放射線審議会に対して諮問が行なわれ、その結果によって警戒量の設置をすることとした。(別項参照)

 なお要綱に示されたその他の放射能対策についても逐次その具体化がはかられている。

 原子力委員会においては、さきに衆議院の科学技術振興対策特別委員会において恒久的な調査および防禦に関する総合的な責任体制の確立を原子力委員会を中心として行なうことが決議された趣旨にもかんがみ、放射能対策についての恒久的組織についての検討を行なってきた。11月29日の定例委員会において、これまでよりフォールアウトによる影響に対する組織を早急に作る必要があることを認め、その細部については事務局で検討することになった。

 〔付〕放射能放策本部発表(第1号−第3号)

雨の放射能について

36.11.5

1.気象庁観測部の報告によれば、11月3日から5日の雨の放射能は次の通りである。

2.今回の雨(福岡)の放射能は従来にくらべてかなり高いが、雨量も少なく、また局地的である。

 過去の観測結果ではこのような高い値が長く続いた例はないが、このような高い値が数日つづくような場合には少なくとも次の事項を実行されることが望ましい。

 (1)今までの観測では、降りはじめに放射能が強くあらわれる。したがって天水飲用者はとくに降りはじめの天水を用いないことが必要である。

 (2)雨水を飲用する場合には、砂(30cm以上の層で細かい粒度のものがよい)や活性炭の層を通すと、放射能の大部分は砂層や炭層で捕獲されてしまうので、できるだけ天水は濾過して使用することが望ましい。

 (3)蓋のない井戸や河川の水を飲料水として使用する場合は、天水ほどないにしても、放射能が直接混入するから、井戸は蓋をして放射能の流入を防止し、河川の水は濾過して飲用に供することが望ましい。

各地の観測結果





放射性降下物中の核種等について

36.11.10

1.核種分析

(イ)10月27日午前9時採取した東京の雨について気象研究所において行なった核種分析の結果は次の通りである。(化学分析による)

 (1)比較的多い核種は希土類、ネプチニウム−239、ヨード−131、モリブデン−99などである。

 (2)半減期1年以内のものが96%以上である。

 (3)とくに注目されている核種のうち、ストロンチウム−89およびストロンチウム−90は約2%(大部分はストロンチウム−89)、ヨード−131(その他ヨード−132)ヨード133は約20%であり、セシウム−137は検出されない程度である。

 以上の結果は、雨水採取時における割合であって、時間と共に変化し、短寿命の核種の割合は急速に減少する。

(ロ)11月7日午前9時採取した千葉の雨について放射線医学総合研究所において行なった核種分析の結果は次の通りである。(γ線スペクトロメーターによる)

 比較的多いと思われる核種は希土類、ネプチニウム−239、ジルコニウム−ニオビウム−95、ヨード−131、ヨード−132、モリブデン−99であって、(イ)の分析結果とほぼ同様と推定される。

2.放射能の減衰

 前記(イ)の核種による全放射能は110月23日に行なわれた大型核実験によるものと推定され、凡そ4〜5日で半減した。

 前記(ロ)の核種による全放射能は10月30日に行なわれた超大型核実験によるものと推定され、凡そ4〜5日で半減した。なお、その後測定継続中である。

3.浮遊塵の放射能

 最近の気象庁の測定結果によれば、浮遊塵の放射能は増加しているが、防衛庁の航空機による測定結果は、次の通りである。

ちりの放射能(μμc/m3)防衛庁のジェット機による


4.野菜の洗じょう

  10月30日国立公衆衛生院において野菜の一部に付着した放射性降下物中から次の核種を検出した。

 (γ線スペクトロメーターによる)

  セリウム−141、ヨード−131、ルテニウム−103、バリウム−ランタン−140、ジルコニウム−ニオビウム−95等

  なお、これらの核種はすべて短半減期のものである。

  以上の野菜を中性洗剤で洗じょうした結果、放射能は数分の1以下に減少した。

放射性降下物中の核種等について

36.11.27

1.雨およびちり(浮遊塵)の放射能の経過について雨およびちりの放射能の経過を見るために、それぞれ全国の平均をとってみると次のようになる。(気象庁観測部の計算による。)

11月中の雨・ちりの放射能(全国平均)

 これらの結果によれば雨およびちりの全放射能は11月5日〜9日の間に大きく、10日以後は多少の変動はあるが概して小さくなっていることがわかる。

2.気象研究所が東京において採取した雨について行なった核種分析の結果は次の通りであり、10月に90Srおよび137Csの降下量は急増している。


3.海上保安庁水路部が大島灯台の天水について行なったストロンチウム等の分析の結果は次の通りである。


4.浮遊塵の放射能

 防衛庁の航空機によるその後の測定結果は次の通りである。

ちりの放射能(μμc/m)(ガムド紙)

5.野菜の放射能について

 前回発表以後、国立公衆衛生院において葉菜に付着した放射性降下物についてほぼ連日調査しているが、その結果によれば11月9日以降汚染の程度は漸減し、当時の1/a〜1/10−に減少している。

 なお、洗じょう効果については、葉菜の購入直後に水で十分洗えばよいが、できれば酢を約10倍にうすめた液から中性洗剤で洗ったほうがよい。