弁護士の見た原子力問題

成 富 信 夫

 私が原子力委員会参与に任命されたのは、全くの場違いである。しかし私は、最新科学の粋ともいうべき原子力という名に魅力を感じて、私の小さい肝をヒヤヒヤさせながら、その会合に末席をけがしている。

 私がその間に発言したのは、CP-5の契約についてのAMFの保証の問題と、長期計画の際であったかと思う。

 AMFの保証の問題について、弁護士が興味をひくのは当然なことである。これは現在、ギャランティー期間を経過した後に、当方だけの責任において熱力を上げているようである。未経験の分野を歩む当局としてあの当然としては、その契約方式をもって適当だと判断したのであろう。しかし大屋さんが発言されたように、ここは大いに今後の他山の石とすべき問題であろう。

 そこで私もここに他山の一石を投じてみたい。現在世界銀行その他の金融機関から借款をするには、必ずその契約が効力を発生する条件として、日米両国の弁護士が、そのそれぞれの国の法律に照して、当事者を完全に拘束しているという保障の意味の法律意見書を提出させている。重要な契約についてはこれと同様の方法をとってはいかなるものであろうか。

 次は長期計画のことである。私が法律制定の長期計画という言葉で提唱したのは、話を面白くするために−それは弁護士の野人としての慣習と、門外漢であるという気安さが長期計画という波長に合せたので−私の趣旨が徹底しなかったようである。

 私は科学の驚くべき躍進の跡には、法律という秩序が人の社会生活を、歩調を合わせて整備してゆく必要がある。その法律制定のテンポを、内容的にも、順序的にも調整した計画として考えてみたいといったつもりである。例えば原子炉設備を買う時には、製造者や運搬者の責任範囲を明らかにした法律ができ上がっていることが必要であろうし、原子炉稼動の時には、その災害による第三者への補償の制度や、従業員に対する補償も完備しておくべきであろう。外国から原子力船が回航してくるまでには港湾の受入法制も作られていなければなるまい。廃棄物処理についても同様であろう。更に労働法上の保安要員や特許権の帰属の問題などについてまで考えられよう。要は、ある目標を立てて計画してほしいと思うのである。

 次に原子力問題は、国際的なつながりを持つという点である。私は1958年ドイツのケルンで開かれた第七回国際法律家協会(International Bar Association)大会に、日本弁護士連合会を代表して出席した。その時の話題は「原子力操作による不法行為の賠償責任と賠償資力の保障に関する国際的問題」(International Problem of Tort Liability and Financial Protection arising out of The Use of Atomic Energy)というのであった。

 私は我妻教授の助けをかりて、英独スイスなどの雑誌をも資料として小さな論文を書きあげて(Seventh Conference Report of IBA,Cologne,July 1958 pp.90-98)7月21日開会式の午後演壇に上って報告した。当日の議長は米国ミシガン大学法学部長Blythe Stasonであり、講演者はCecil T.Highton,General Counsel,United Kingdom Atomic Energy Authorityの他オーストリー、デンマーク、ドイツ、メキシコ、スエーデン、トルコ等の代表であった。

 私は帰国後知ったのであるが、7月23日のJapan Timesは、次の記事を載せている。Japan Lawyer Calls bor Int'l A-Victim Fund. Cologne (AP)-An international fund for relief of victims of atomic operations was proposed Monday by Tokyo Iawyer Nobuo Naritomi He made the suggestion in a report presented to the Convention here of the International Bar Association.The convention was beginning a study of legal liability for injuries caused by employment of nuclear energy.名もない私のスピーチにAPはこれだけの電報料を支払ったのも、原子力問題なればこそであろう。

 私は右の論文中で、ビキニ被爆の賠償について、裁判管轄の問題、原告の適格性(この場合は日本政府が被害者に代って請求した)などにも触れている。ただこの論文の資料を集めた時に感じたことは、広島、長崎の原爆による白血病死亡係数についての日本の統計が、全く統一されていない。学術会議発表の資料は、広島、長崎大学の資料とも一致しない。結局どこから提供されたのか不明であるがスイスの雑誌に載っている日本の統計なるものを、私は援用しておいたことである。