1960年海上人命安全条約における
原子力船の取扱いについて

1.ま え が き
 1948年海上人命安全条約を改正するための「1960年海上人命安全会議」が昭和35年5月17日から6月17日の1ヵ月間にわたってロンドンにおいて開催された。本条約はその名の示すとおり海上における人命の安全確保のために必要な国際的の取極めであって、船舶の海上における交通法規ともいうべきものである。

 現行条約(1948年)についての会議はわが国が占領下におかれていた時に開かれたため、わが国は今回が終戦後初めての参加でもあり、世界有数の海運国、造船国であるわが国にとっても重要な国際条約会議であるので実に26名に上る代表団をこれに送った。

 今度の会議における議題の中で、各国が特に関心を持ったのは、漁船と原子力船の扱いについてであった。特に原子力船は現行条約制定後開発されたものであり、今度初めて取り上げられたため連日活発な議論が展開された。

2.会議の進行
(イ)会 期 1960年5月17日(火)から6月17日(木)まで

(ロ)会 場 連合王国ロンドン
 1)Chureh House,(総会、その他)
 2)Carlton House Terrace(原子力船委員会、その他)

(ハ)出席国
(1)総会(加盟国)アルゼソチン(9)、オーストラリア(5)、ベルギー(6)、ブラジル(3)、ブルガリア(7)、ガナダ(17)、中国(5)、キューパ(2)、チェッコスロパキア(4)、デンマーク(21)ドミニカ(2)、フィンランド(7)、フランス(32)、ドイツ(49)、ギリシャ(24)、ギニア(1)、ハンガリー(5)、アイスランド(2)、インド(10)、イラン(1)、アイルランド(1)、イスラエル(6)、イタリア(20)、日本(26)、クエイト(3)、リベリア(7)、メキシコ(5)、オランダ(27)、ニュージーランド(5)、ノールウェー(26)、パキスタン(3)、パナマ(6)、ペルー(2)、フィリッピン(4)、ポーランド(8)、ポルトガル(5)、スペイン(6)、スウェーデン(13)、スイス(4)、トルコ(3)、アラブ連合(5)、ソ連(12)、イギリス(74)、アメリカ(66)、ベネズエラ(3)、ユーゴスラビア(8)
以上 46カ国560名

(オブザーバー)
セイロン(1)、チリー(1)、朝鮮(1)ルーマニア(1)、南アフリカ連合(1)、タイ(1)、ベトナム(1)
以上 7ヵ国 7名

(機 関)
FAO(1)、IAEA(3)、ICAO(1)、IHB(1)、ILO(5)、ITU(3)、 UN(2)、WHO(1)、WMd(1)
以上 9機関18名
合計 53ヵ国 9機関 585名

(2)原子力船委員会
アルゼソチン(2)、カナダ(2)、チェッコスロバキア(2)、デンマーク(4)、フランス(5)、ドイツ(5)、ギリシャ(1)、イタリア(2)、日本(4)、オランダ(2)、ノルウェー(3)、ポルトガル(1)、スウェーデン(4)、ソ連(4)、イギリス(10)、アメリカ(14)およびIAEA(2)
 合計16カ国1機関 67名

3.会議日程(原子力船関係のみ)
 5月16日(月) 登録および信任状の提出
   17日(火) 第1回総会
   18日(水) 第1回原子力船委員会
   19日(木) 第2回原子力船委員会
   20日(金) 第1作業グループ
     〃   第2作業グループ
   21日(土) 第1作業グループ
     〃   第2作業グループ
   22日(日) 原案作成グループ
   23日(月) 第3回原子力船委員会
     〃   第1作業グループ
     〃   第2作業グループ
   24日(火) 第4回原子力船委員会
     〃   第1作業グループ
     〃   第2作業グループ
   25日(水) 第5回原子力船委員会
     〃   第1作業グループ
   26日(木) 第6回原子力船委員会
     〃   第1作業グループ
   27日(金) 第7回原子力船委員会
     〃   原案作成グループ
   28日(土) 第8回原子力船委員会  .
   30日(月) 第9回原子力船委員会
 6月3日(金) 第23回一般規定委員会
   7日(火) 第24回一般規定委員会
   8日(水) 第2回総会
     〃   第10回原子力船委員会
   10日(金) 第2回総会
   11日(土) 第29回一般規定委員会
   13日(月) 第4回総会
   14日(火) 第5回総会
   15日(水) 第6回総会
   17日(金) 第7回総会
     〃   調 印

4.わが国の代表
 わが国からの出席者は全権委員として、在連合王国公使中川融氏、運輸省船舶局長 水品政雄氏をはじめ全員26名が出席し、10の委員会および3の小委員会に手分けして審議に参加した。

 原子力船委員会には次の4名が出席した。
  山県昌夫、北川次郎、田宮茂文、倉本昌昭

5.会議の進行
 原子力船に関する事項は、この1960年条約において初めて取り上げられた問題であるので、会議の最初において、まず提案を行なった諸国から、それぞれの提案要旨ならびに原子力船の取扱いについての基本的態度についての意見開陳が行なわれた。

 引き続き、各国提案を項目ごとに審議を始めたが、項目が余りに多く、また内容的にも整理を必要としたため、議事の進行に支障をきたしたので、まず基本方針についての検討を行なった。

 その結果、原子力船を本条約の適用船舶とすることとなり、その受入れおよび運航についての基本的事項についてのみ、本条約の付属規則とし、具体的事項については勧告とすることになった。そこで委員会は二つの作業グループを設け、それぞれのグループにおいて付属規則および勧告の原案を作成した。わが国の代表も二手に分かれ、第1作業グループには田宮、倉本、第2作業グループには山県、北川がそれぞれ出席した。

 原子力船委員会はこの各作業グループの作成した原案につき審議検討を行なった結果を総会に提出、若干修正の後、29票対5票により採択された。かくして各委員会原案の採決を行なった後6月17日午後条約としての調印式を行なった。この日ソ連、チェッコスロパキア、ポーランド、ハンガリー、ブルガリアの5カ国は調印を行なわなかった。なお本条約の調印猶予期間として1ヵ月の期間がある。

 また本条約は、保有船舶百万総屯以上の国7ヵ国を含む15ヵ国以上が批准を行ない寄託を行なってから12ヵ月後に発効することとなる。

6.おもなる議題
  (イ)原子力船の受入れ手続
 原子力船委員会および総会においての最大の議論の中心となった点は、原子力船の受入れ手続に関してであった。「原子力船は全く安全に建造、運航しうるものであり、在来船となんら差別なく取り扱うべきであり、原子力船を必要以上に規制することは、ただ原子力船の発展を阻害する以外の何ものでもない」というソ連の主張と「原子力船はまだ開発の段階にあり、その安全性については、これを判断する基準を国際的に取りきめられるに至っていないので、その入港に先だって、安全審査書(Safety Assessment)により評価されるべきである」という大勢の主張とが対立したが、結局、安全審査書を事前に原子力船が訪問しようとする国に、その安全性の評価が行なえるよう提供することとなった。

 しかし、その評価の結果、その原子力船の受入れを許諾するか否かは、本条約以前の問題であり、その国が、国民および国土に危険を及ぼす可能性ありと判断した場合には、その国の主権を発動して、当該原子力船の受入れを拒否することは当然であるという理由により、この点については本条約には包含されないこととなった。

 (ロ)第3者災害補償
 原子力船の海難事故による第3者災害補償に関する問題については、会議もその必要性を十分認めたが、本条約の性格からみて、その対象外の問題であるという理由で審議の対象から除外された。なお本件についてはIAEAが音頭をとり近々ベルギー政府の招請によりブラッセルで外交官会議が開かれる予定である旨IAEAから説明があった。