放射線審議会のうごき

ICRP新勧告につき意見書を提出


 昭和34年8月28日に総理大臣官邸で第5回放射線審議会総会が開催された。

(1) ICRP勧告部会における経過説明があった。その概要は次のとおりである。

ICRP勧告特別部会(部会長:塚本憲甫委員)は第2回ICRP勧告特別部会でICRP勧告の内容を具体的に審議するため、次の二つの小委員会を編成した。

 a 遺伝線量小委員会(委員長:村地孝一委員)

 (遺伝線量に関係の深い点、たとえば最大許容遺伝線量)

 b 管理小委員会(委員長:青木敏男改廃委員)

 また管理小委員会は第4回管理小委員会において放射線取扱施設等検討小委員会を編成し、同小委員会は主として放射線施設周辺群に関する調査方法を検討した。

 昨年12月以来、ICRP勧告特別部会を3回、遺伝線量小委員会を1回、管理小委員会を5回、放射線取扱施設等調査方法検討小委員会を2回開催した。

(2) ICRP勧告特別部会で審議してきた国際放射線防護委員会新勧告に関する同部会の審議結果を山崎部会長代理が報告し、さらに遺伝線量については村地委員、放射線管理については青木委員の説明があった。

(3)日本学術会議放射線影響調査特別委員会国際放射線防護委員会新勧告検討小委員会の報告を参考とし、ICRP勧告特別部会の報告に基づいて国際放射線防護委員会の勧告を具体的に審議した結果、趣旨には賛成であり、具体的な点についてもおおむね賛成であるが、遺伝有意線量の群別の線量、その他2、3の点においてなお、わが国情を調査しながら検討すべき点があり、これらの点についてはICRP勧告特別部会でさらに審議を継続することとされた。また、内部被ばくについての国際放射線防護委員会の勧告はまだその成案を得ない状況にあり、ICRP勧告特別部会で、引き続き具体的な審議をすることとされた。

 国際放射線防護委員会の新勧告は国民の遺伝線量の低減についての考慮を払うべきであるということを大きく取り上げているが、わが国民の遺伝線量についての資料はほとんどない状態である。このことがらの重要性にかんがみて、これを国家的な立場から総合的に常時調査し、群別に検討を行ない、放射線障害防止の今後のあらゆる施策に国民の遺伝線量の低減を考慮していくために役だてなければならないという結論を得た。

 なお、診療用エックス線の使用にあたっても国民の遺伝有意線量を低減するための考慮を払うべきことが検討された。

 国際放射線防護委員会の新勧告には、わが国の放射線障害防止の基準に取り入れるべき重要な点が多いので、放射線審議会は、審議の結果に基づき、その意見の大綱を内閣総理大臣に建議することに決定した。



 昭和34年8月28日  

  内閣総理大臣
   岸  信 介 殿

放射線審議会会長   
  都 築 正 男 

放射線障書防止の基準について

 国際放射線防護委員会(ICRP)は最近世界各国において、原子力発電計画をはじめ電離放射線使用の拡大する傾向と、放射線遺伝学の進歩にかんがみ、1953年勧告を下記の3点で大幅に改正する1958年勧告を発表した。

(1)従来は主として線量率で許容量を規定していたのを、生殖年令(受胎から30才までの期間)全期間の集積線量等で規定したこと。

(2)国民遺伝線量を新しく規定したこと。

(3)従来は職業人の許容量を規定し、一般人へはその10分の1以下とすることとしていたが、一般人の許容量を国民全人口対してどの位にとるのか明確な規定がなかった。今回は全人口、大人口、放射線施設周辺群に区分して、許容量を規定したこと。

 一方わが国の放射線障害防止を目的とする諸法令は、1953年ICRP勧告を参考として制定されているので、ことの重要性にかんがみ、本審議会は、昭和33年11月以来、ICRP 1958年勧告を審議してきたが、下記の結論を得たので申し述べます。


1 基 本 原 則

 放射線障害防止の目的は身体的障害を防止するか、さもなければ最少限に止めること及び人口集団の遺伝的因子の構成の悪化を最少限に止めることにある。

 個人及び国民全体に対して、被ばく線量を実施可能な限り最少量とすること及びすべての不必要な線量はさくべきであるという原則に基いて必要最少限度の被ばくについてのみ最大許容量を定めるという国際放射線防護委員会の考え方に賛成である。

2 遺伝有意線量

 1958年勧告では、国民の各人が受胎されてから、子供を持つまでに集積された線量を、子供を持ったときに、その子供に与えた遺伝線量として算出し、その生れて来る子供の総数についておのおのの遺伝線量を平均したものをその人口集団の遺伝有意線量として考えている。

 又診療を受ける際の被ばく線量を除く人工放射線源よりの放射線による人口集団の遺伝有意線量を職業的に放射線作業に従事する際の寄与によるものと、一般集団の寄与によるものとに分け、更にその間に中間的な群を想定してこれらの者の寄与によるものの3者に分類して、遺伝有意線量を計算し、人口集団の遺伝有意線量を低減するための考慮を払うべきことを勧告している。

 なお、診療を受ける際の被ばく線量を除いた人工放射線源よりの放射線による人口集団の遺伝有意線量については5レムを暫定的なものとして示唆しているが、この5レムの線量は、今後における電離放射線の利用による正の面とそれが人口集団に与える負の面との均合を考えて、やむをえないと考えられるが、大多数の遺伝学者はこの5レムを絶対的な最大値と考えているし、またすべての遺伝学老はこれよりも下廻った数値を望んでいる。

 又この線量は「予想し得る将来にわたっての原子力計画の拡大に合理的なわくを与えるものと考えられる。」と述べている新勧告の趣旨には賛成であり、その遺伝有意線量を群別に分けて具体的に考えて行くことは適当であると思われる。

 今後、わが国における自然放射線源よりの放射線による国民遺伝有意線量及び核爆発に伴う放射性生成物よりの放射線を含めた人工放射線源よりの放射線による国民遺伝有意線量について末尾の調査の項に述べている調査を常時行い、常に国民遺伝有意線量を把握して、放射線障害防止の今後の施策に資する必要がある。

3 放射線管理

 放射線を取扱う方法の指導と放射線取扱施設等の整備により、職業的に放射線作業に従事する者及びその附近の安全性を確保して行く趣旨の新勧告については賛成である。

4 調査の提案

 国際放射線防護委員会の勧告を検討しながら、わが国情に適応したものにするためには、差し当って少くとも次の2項目については調査を行う必要がある。

(1)職業的被ばく線量と施設周辺群の被ばく線量との関係が分っていないので、この現状を試験的に調査する必要がある。

(2)自然放射線及び人工放射線源よりの放射線による被ばく(核爆発に伴う放射性生成物よりの放射線によるもの及び診療を受ける際の放射線によるものを含む。)による国民遺伝有意線量を国家的な立場から総合的に常時調査する必要がある。