重水専門部会中間報告書


 重水専門部会はさる2月25日、3月31日の両日、井上参与、森専門委員を除く部会構成予定者の出席を求めて予備的な会合を開き、さらに6月11日、8月19日の両日第1回および第2回の専門部会を開催した。その間重水関係研究成果の検討、成果の具体化にあたっての問題点の検討、今後の研究計画の検討を行った。その結果中間的結論に到達したので、以下に紹介するような中間報告が10月8日付で千谷部会長から三木委員長に提出された。

昭和33年10月8日

原子力委員会

委員長   三木武夫殿

原子力委員会重水専門部会

部会長 千谷利三

 当部会は、昭和29年度以降政府が助成を続けてきた各種の重水製造方式およびその組合せについて、研究成果を検討し、重水製造方式の確立のための問題点を抽出することを目的として、昭和33年4月4日に設置され、同年6月11日、8月19日の両日にわたって、慎重に審議を行い、また部会の発足に先だって同年2月25日、3月31日の両日にわたって井上参与および森専門委員を除く部会構成予定者全員で、これらの問題点の予備調査を行った結果、次の中間的結論を得たので報告する。

まえがき

 重水は減速材、反射材、冷却材等として原子炉に使われるが、なかんずく減速材として他の追随を許さない特長を有する。すなわち重水を減速材とすれば、他の物質による場合にくらべ、原子燃料の臨界量は大幅に低下し、燃料比は大幅に向上し、著しい原子燃料の節約が見られる。また熱中性子増殖炉には重水を欠くことはできない。
 したがってわが国のように原子燃料に乏しい国では重水の効用は特に大きく、ウランよりもトリウムが手に入りやすい事情をあわせ考えると、将来その大量使用が予想される。 さらに核融合反応の原子燃料が重水素であることはいうまでもなく、目下その平和利用の基礎研究がようやく緒についたにすぎないとはいえ、いずれその実用化の実現が予想され、その暁には重水は核分裂原子力の減速材というわき役から、核融合原子力の原子燃料というして役に回り、大量に必要となる。
 一方海外をながめると、重水を最も多量に生産しているのは米国であるが、重水の輸出にはいろいろの条件を付けた政府間の協定を必要とし、自由に販売しようとしない。しかも国際政局の変転を考えると、その供給は誠に不安定といえよう。米国以外の供給国としては、ノルウェーがあるが、その供給量はきわめて少量にすぎない。
 したがって早晩大量に必要となることが予想され重水の供給を海外のみに求めることは賢明でない。できるだけ国内で自給することが望ましい。特に重水の製造は他の原子力関係諸原料等と異なり、製造設備、原料等すべて国産に依存でき、またその製造方式のあるものはわが国に比較的よく発達する水素工業を利用できる利点がある。

重水製造技術開発の現状

 昭和29年度以降政府が研究の助成を行ってきた重水製造技術には交換反応、回収電解、水蒸留、水素液化精留、二重温度交換等の諸方式がある。このうち交換反応および回収電解の両方式の研究は、国産原子炉第1号として予定された天然ウラン重水型研究用原子炉に必要な重水を国内で充足し得るよう製造技術を早急に開発する目的で始められたもので、当時最もすみやかにこの目的を達すると考えられた低濃縮用の交換反応、高濃縮用の回収電解の両方式を選んだものである。その後研究の推移に応じ、水蒸留法を両方式との組合せに加え、また将来における大量生産に備え二重温度交換法および水素液化精留法の研究を始めた。
 当初に研究を始めて以来4年余を経過した今日、そのあるものは研究が完成し、あるものは基礎研究が終了に近づきあるいは基礎研究の途中にあるが、その状況を方式の組合せ別に述べると次のとおりである。

(1)交換反応、水蒸留、回収電解の3法の組合せによる製造法はすでに技術が完成し、ただちに製造設備の建設に着手できる。しかも既存の水電解設備を大幅に利用でき、もしその製造設備をわが国最大の水電解工場に併設すれば最大年9トンの生産が可能で、設備建設開始後約20ヵ月で最初の出荷を見るであろう。その際の総原価はグラムあたり25円(金利0、設備17年償却)ないし59円(金利1割、設備5年償却)となる見込みである。(資料1参照)

(2)二重温度交換法による製造は硫化水素による腐食を中心に研究が行われ、さらに熱平衡、質量平衡等についても研究が進められているが、これらが終了すれば一応この方法に対する見通しが明らかになるものと期待される。しかしながらその工業化までにはなお相当の研究を必要とする。

(3)水素液化精留法は目下原料水素10m3/hrの規模の

資料1 交換反応、水蒸留、回収電解による重水製造見積原価

 液化精留装置により基礎研究を行っており、その結果この方式を高濃度における回収電解法に組合せ工業的生産を行うためには、天然水から重水素を補給された水素を循環して使用するのが最も有効であるとの見通しを得た。この方式の組合せによる製造技術を完成させるためにはなお相当の研究を必要とするが、その完成を見れば見込総原価グラムあたり20円(生産100トン、金利0、設備17年償却)ないし66円(年産25トン、金利1割、設備5年償却)で生産が行えるであろう。(資料2参照)

重水需要の見通し

 いっぽうわが国の重水の需要をながめると、需要のほぼ確定したものとしては、日本原子力研究所が近く海外から輸入または国内から購入する原子炉すなわちCP−5および天然ウラン重水炉に必要な初期設備および補給用のものならびに同研究所が研究用に使うものがある。しかしながらその所要量は昭和33年度13トン、35年度24トン、同年度以降年2トンという比較的少量で、かつ数量が安定しない。むしろ本格的需要は将来設置される発電用、船舶用等の実用原子炉によって喚起されるものであるが、その量がきわめて多量になることもありうるというほか数量の見通しを立てがたい。極端にいうと実用炉の大半に重水が使われれば10年後の需要が年数百トンにも及びうるが、重水型が全く採用されることがなければ、年数トンにも及ばないかも知れない。

資料2 交換反応、水素液化精留、回収電解による重水製造見積原価

重水の製造に対し今後採るべき措置

 以上のような技術開発ならびに需要の現状から、今後採るべき措置としては、次のことが考えられよう。
 まず日本原子力研究所が初期設備および補給ならびに研究用として必要とする重水は海外からの輸入が不自由で不安定なことを考え、国内生産がひとり重水製造技術だけでなく関連産業技術の向上に役だち、国内の付加価格を増すことをあわせ考えると、国内で生産するのが望ましい。国内で生産するとすれば、すでに技術が完成した交換反応、水蒸留、回収電解の3法の組合せによって製造を始めるのほかない。製造の規模は日本原子力研究所以外における需要をもあらかじめ想定すれば年産9トン、日本原子力研究所以外の需要の見通し難と電力の効率的使用をあわせ考えれば年産3ないし4トンが適当といえよう。
 しかしながらこの製造方式では国内の最大工場1工場あたり年産最大9トン、全国を合わせても年産二十数トンをこえることは困難で、将来予想される多量の需要には応じきれない。大量生産は二重温度交換反応法または水素液化精留法のいずれかを主体とする方式 によらなければならない。
 このうち二重温度交換反応法を主体とするものは現在米国が採用している方法で、この方式で製造された重水の販売価格から推定すると米国におけるその総原価はグラムあたり22円をこえないものと見込まれている。しかしながらその技術は全く公開されていない。 液化精留法を主体とした方式はまだ本格的生産が行われていないが、欧米ではさかんにその研究を行っている。技術が完成すればこの方式でもすでに述べたように二重温度交換反応法とほぼ同程度の総原価で生産を行いうる見込みがある。
 これらのことを考えると、この両式ともそれぞれ長短があり、将来の大量生産に備えていずれがより適切であるか速断しがたく、次に述べるように今後進めるべき研究過程には相当多額の研究費を必要とするが、可能であれば両方式ともさらに研究を進め、製造技術を確立することが望ましい。

 今後における重水製造および研究の問題点

 交換反応、水蒸留、回収電解の3法の組合せによる製造はすでに述べたとおりいつでも設備の建設に着手できるが、もしその容量を年産9トンとすれば、その建設費は約13億円、3トンとすれは約6億円となる見込みである。(資料1参照)これは民間企業がみずから資金を出して引き受けることはおそらく困難であるので、重水の国産化を必要とするならば国が製造設備を設けて、その運転を民間企業に委託する等の強力な助成措置を講ずる必要があろう。
 二重温度交換反応法の研究は近く基礎研究が終了するが、その製造技術の完成にはなお相当の研究を必要とすることはすでに述べたとおりで、年産1トンの規模で研究を行えば、将来の工業化に必要な条件はおおむね判明するようになろう。ただその方式の選定にあたっては、硫化水素によるもののほか、他の物質による交換反応をもあわせ研究するのがよいと考えられる。この研究に必要な研究費は不確定ながら2億円以上と見積られる。
 水素液化精留法もその製造技術の完成にはなお相当の研究を必要とすることはすでに述べたが、250m3/hrの規模で研究を行えば工業化に必要な条件はおおむね判明するようになろう。ただし、そのためには約3億5,000万円の研究費が必要であろう。

〔注〕資料1および2の計算根拠

1)電力の単価はkWhあたり2.50円、用水はトンあたり5円、スチームはトンあたり1,000円とした。

2)労務費は給与、賞与、法定福利費等を含み、1人60,000円/月にて計算した。

3)設備にかかる租税(固定資産税、不動産取得税)は免除されるものとして考慮しなかった。

4)保険料は設備費に対し0.25%/年、修繕費は1.5%/年(料率)にて算出した。

5)開発費は昭和29年度から同33年9月(32年度)までの重水試験研究費のうち自己負担分の合計額をもって開発費として5年定額償却とした。

6)減価償却費は償却年数(建物、機械装置ともに)17年と5年の場合とを算出した。
 なお残存価格は設備費の10%、定額償却とした。

7)管理費は製造原価(原材料費、労務費、経費)の合計額の5%とした。

8)金利は利率(年)10%、6.5%、0%のそれぞれの場合を算定した。なお設備金利は設備費に対するもの。運転金利は減価償却費を除いた製造原価に対するものとし、回転期間は3ヵ月とした。