海外の大学に留学して

原子力関係留学生報告


 本稿は昭和31年度原子力関係留学生として、カナダのオタワ大学理学部大学院に留学した元田謙(原子力局)および米国ペンシルヴァニア州立大学物理学教室に留学した住田健ニ(日本原子力研究所)の両氏の出張報告書の一部である。
 本誌においては主として技術情報、留学中の一般事情あるいは感想等を中心として紹介し、今後留学する人たちの参考に供したいと思う。なお一部手を加えて表現を改めたところもあり、この点、両氏の御了承を得たい。またこれはあくまで個人的な観察、意見にもとづくものであることを付記する。

〔オタワ大学〕

1.研究題目を中心とした技術情報
 与えられた研究題目は「原子炉物理および付帯装置」であるが、大学院課程のため講義が主体であり、付帯装置関係の実物を使用しての実験研究のほうは必ずしも十分なものではなかった。
 ただし、原子核物理、原子炉物理、原子炉設計等については相当程度の高いものであり、学部長もこれらの講義に最も重点を置くと最初に言明していただけあってうるところも多かった。
 講師のほとんどは Chalk River または Bureau of Mines 等からであるため、カナダ型原子炉を主体としての講義がほとんどで、したがって濃縮ウラン炉に関することや、黒鉛減速型原子炉、ウラン濃縮方法等に関してはほとんど触れられなかったといっても過言ではない。
 現在のところカナダの原子炉は全部 Chalk River に集中されているので Chalk River を訪問することによって ZEEP,NRX,NRU,PTR(Swimming Pool Test Reactor)等多種の原子炉を効果的に見学することができた。現在のところカナダでは修士課程としてのNuclear Engineering Course を有するのはオタワ大学だけであるため、カナダのそれぞれの専門分野での第一人者を教授に得たことは、たとえばアメリカのようにたくさんNuclear Engineering Course ができていて、優秀な講師が分散している場合にくらべれば、あるいは仕合せであったかも知れない。
 当大学は理学部ができてまだ日浅く、したがって本職の教授陣はスタッフも不十分であり、また建物もまだバラックで本建築は化学工学科、電気工学科ぐらいのもので、Nuclear Engineering Course にも新築のりっぱなビルが使える順番がまわってくるのはもう2、3年先のことであろう。
 ただ不幸なことは、わたしの属した Nuclear Engineering Course が本年度開講したばかりであったため、教授が非常に過度の研究を課したり、試験をたびたび行ったりして、新しいオタワ大学の名声を高めるのに大学当事者は懸命になって、われわれ学生のことを親身になって考えてくれぬことであった。
 2年間のコースにしたいが、そうすると学生が来そうにないので、1年にしていると学部長が話していたが、そのせいか少々学生に強行軍を強いすぎている嫌いがあった。来年度あたりからは、われわれの意向も入れて多少テンポをゆるめるかもしれない由であった。

(1)カナダの原子力発電コストの試算
 Chalk River の技術者は 200MWの火力と原子力を比較して次のごとき試算を行っていた。つまり 200MWの天然ウラン重水炉による発電で5.92ミルは火力の5.1ミルより10%あまり高いにすぎぬとのことである。
 その内訳は次表のとおりである。


 このコスト試算においてかれらは次のような条件を仮定している。

a)Burn up 38 MWH/lb
b)原子炉耐用年数 15年
c)重水耐用年数  40年
d)重水のロス1lb/hr.(運転中)
e)その他の固定施設は耐用年数 33年
f)金 利 4.2%
g)保険料1ドル/kW/yr
h)燃料コスト 36.5ドル/lb

(2)NRX用およびNRU用Sheath failure monitor
 NRX用fuel rod は Al により被覆されているが、その被覆が破損した場合の fission product による遅発中性子がdetectされるようになっている。
 BF3 counter は 2 1/2"φ×18 3/4"の大きさで、96%濃縮のB10を用い、封入ガス圧は60cmHgとされている。

 NRU用には delayed neutron monitor と gaseous fission products monitor とを組み合わせた monitor が24組設備されていると聞いている。この24組の monitorと各燃料棒からの coolant のD2O との組合せにより、いずれの燃料棒の被覆が破損したかを探知できる。

(3)原子炉制御方式
 NRX も NRU も NPD も出力の制御は moderatorである D2Oの level control による方法を主としている点は注目に値する。この方法がneutron economy の面から考えてすぐれていることはもちろんである。

2.研究内容、成果
 研究は講義が主体であったので、そのおもな内容を簡単にしるす。

(1)原子核物理学
 前半期は1週3時間の講義で原子炉物理学、原子炉設計学等他の講義に備えて十分な基礎的知識を授ける目的をもって行われたが、その内容はα,β,γ線の物質への吸収の理論、放射線計測器の理論、中性子物理、核分裂の理論、中性子の波動的特性等広範にわたっている。
 後半期は1週2時間で他の学科とはそれほど関係のない純粋な wave mechanics に入り、さらにそれを基本としたα、β、γ崩壊理論、原子核核子間に働く力(nuclear force)、核反応の理論、Complex nuclei の概念等に及んだ。特にまだ十分に究明されるに至っていない nuclear force に関しての Professor Robson 独特の講義は難解ながらも興味あるものであった。
 本講義を十分理解し、演習問題にもついていくには、放射線計測器に関する電子工学的なある程度の知識とwave mechanics に出てくる程度の数学に関する知識とをあらかじめ有するほうが便利である。

(2)原子炉物理学
 11月下旬から始まり、最後まで毎週3時間の講義であったが、その許された時間内に相当無理をして広範な内容が盛り込まれた。講義はまず核分裂の物理に始まり、中性子の減速理論、熱中性子の拡散、multi−group equations,One−group approximation による lattice calculation,有効中性子増倍率の計算、反射材を有する原子炉の理論、reactor kinetics に及んで reactivityのperiodic modulation, perturbation theory に終るものである。本講義は当大学のコース中最も重要視されているものであるが、名実ともに最も充実している科目であった。あらゆる数学を駆使するので、ある程度の予備知識を有していることが望ましい。本科目の教授の特徴として、理論をながながとしゃべらず題目を黒板に書くなり、いきなり数式の展開に入り、講義ノートも見ずえんえんと数学の世界を操りひろげるので、その数式の背後にひそむ物理的意義を理解するのには相当の時間を費すことが必要とされる。

(3)原子炉設計
 原子力発電の経済性および立地条件、熱伝達論および熱交換器設計、原子炉付帯装置の設計、原子炉遮蔽論、原子炉自動制御および計測装置に細分され、5人の講師がそれぞれの専門分野を担当した。この講義は全部 Chalk River からの講師で、実際にNRX、NRUの設計に携わった人達ばかりのため、カナダ型原子炉に関し種々得ることが多かった。
 ただし熱伝達論、熱交換器およびイオン交換樹脂塔の設計計算、原子炉遮蔽計算、Xe poisoning の計算等に関しては時間的に相当無理な課題を学生に与え、そのためそれについていけなくなった人も2、3人でた。

(4)数学
 M.Sc.に必要なやや高度の数学の講義であり、毎週3時間で8ヵ月間にわたって行われた。教授は常に試験をやって学生に高度の数学の能力を持たせようと努めていた。その内容のおもなものはフーリェ級数に始まり、ラプラス変換、ガンマ函数、微分方程式、級数応用、数的方法等による微分方程式の解法、偏微分方程式、ベクトル論、Boundary value の問題、偏微分方程式の物理学応用例、函数の orthogonality,フーリェ積分、ベッセル函数、ルジョンドル函数等に及ぶものである。

(5)放射化学
 内容のうち約半数は原子核物理ですでに済んでいることのくりかえしに過ぎなかったが、材料の放射線損傷、重水、水、有機材料等の放射線による影響等は有益であった。

(6)冶金学

(イ)冶金学の一般的知識特に金属組織学
(ロ)ウラン、トリウム、プルトニウムおよび原子炉用金属材料の冶金学
(ハ)原子炉燃料等の塑性加工論

の三つに細分され、3人の教授が分担したが、(イ)はわたくしの場合機械出身ではあるけれども、東大冶金学科にあって聴講したりしたこともあるのでやや蛇足の感があった。(ロ)はCanadian Westinghouse 社 からの人であり、その教授を通してカナダで原子炉用被覆材料その他としてアルミニウム合金を開発すべく厳命の努力が払われていることをうかがい知ることができた。

(7)原子核物理実験
 各種測定器部品、GM管、比例計数管、シンチレーションカウンタ、波高分析器、サーベイメータ等放射線測定器を用い、またRa−Be中性子源、アルミハク、インジウムハク、カドミウム板、鉛シールド、原子炉用グラファイト.パラフィン等を用いて半減期の測定、2進法計数回路組立、ベータ線の吸収量の測定、計測器の分解能の測定、放射線の角度分布の測定、ガンマ線エネルギーの測定、減速材の albedo の測定等を行った。本科目は一つの測定が終るごとにレポートを提出するほか筆記試験も課せられた。

(8)卒業論文
 最終試験に全科目66%以上の成績をとって合格したものにはM.Sc.の degree をとるためにさらに3ヵ月あまりにわたる卒業実験が課せられ、それにもとづいた論文の提出を求められた。この実験は Chalk Riverで行われることになっていたが、われわれ外国人にはsecurity clearance の関係で、Chalk River 研究所での研究は許されなかったので、やむをえず大学構内に引き続きとどまって研究をすることになった。題目はmagnetic lens によるベータ線エネルギー分析装置の製作およびそれを用いてのCs137、Tm170のベータ崩壊のエネルギースペクトルの研究に関するものであり、物理の出身でないので、基礎的事項の勉強に相当の時間をさくことを余儀なくされた。論文のテーマとして希望の原子炉付帯装置に関する研究ができなかったのは残念であった。

3.感想
 学生数わずか7人という少人数であり、その出身国別内訳は、カナダ3人、イギリス1人、オーストラリア1人、オランダ1人、日本1人と非常に国際色豊かであった。
 本大学のような大学院コースへの留学は、われわれ行政官よりもむしろ民間会社、原研等で核計算や原子炉の設計に従事している人々によりいっそう有益なコースであるように思われる。
 大量の宿題と試験とで1年中追い回されるところは日本の大学とかなりの相違があるけれども、体力と忍耐力が十分にあればなんとか落伍しないでコースを終了することは可能である。
 留学から帰国した人が口をそろえていっているのは語学のことであるけれども、日本である程度準備して出かければたいていの講義は最初からなんとか80%以上は理解できる。しかし自分のいいたいことがうまくすらすら出てくるのは、9、10ヵ月ぐらいたってからのことであり、留学期間1年というのは語学にも生活にもやっと融け込んできた時期でもあり、中途はんぱでもったいないような気もする。いっぽう1年以上の長期間外国にいると帰国後行政官として以前の自分のペースに戻すのにかなりの時間もかかり、マイナスの面もあるように思われる。
 結論はわれわれ行政官にとっては1年というのはやはり最も適当な期間であるということであろうか。
 カナダはアメリカよりも相当物価が高く、わたしの割り当られた費用では大学、研究所等を見学して見聞を広めることはかなり困難である。今後の留学生のために参考までにいうと滞在費と授業料のほか、どこか2、3ヵ所に1回旅行できるだけの費用として約300ドルぐらいの費用を別に考えてやるべきではないかと思う。
 オタワは静かで清潔であり、しかもドライであり、遊ぶ場所も少ないので学問に専念するには適したところである。

〔ペンシルヴァニア州立大学〕

1.ペンシルヴァニア州立大学における原子核工学研究、教育の概要
 本大学はノースカロライナ州立大学に続いて原子炉を持ったという点において一般的な意味ではこの方面におけるパイオニア的存在であるが、実情としては、むしろ他大学と比して、教育的な面での努力にいささか欠点があるように感じられた。
 本大学がノースカロライナ州立大学に続いてAECのコントロール外にある原子炉建設を目ざした時、当時の総長はミルトン・アイゼンハウアー(アイゼンハウアー大統領の第)で、同総長の在職期間における業績の一つとして着手されたものといわれている。そして、スイミングプール型原子炉の生みの親である B.M.ブラジール(オークリッジ国立研究所においてBSFを設計した中心人物)と、同じ炉において活躍していたR.G.コクラン両氏を大学側のスタッフとして原子炉建設にスタートした。
 当然の結果として、炉にはスイミングプール型が選ばれ、またオークリッジ国立研究所のBSFと核的にはほとんど同一特性を持ち、設備その他において若干の差異のあるものが選ばれ、これらの設計、製作監督はいっさい両氏の手によって行われることとなった。
 この点は、ノースカロライナ州立大学のウォーターボイラー型炉がマーレー連の設計、指導の下に建設された点に類似しており、またミシガン大学その他のようにメーカーに大きく頼った大学と好対照をなしている。
 したがって、炉の建設は比較的スムースに進み、ほとんどトラブルらしいものはないままに完成し、その後にはなんら問題は生じておらず、この種の建設としては最も成功したものの一つといえよう。
 しかし、筆者の滞在中において、この炉が大学自体の研究に使用されることはほとんどなく、また教育用にはあまり使用されていなかったように考えられる。この主たる原因は炉の維持に相当の金額が必要であり、そのためこの資金が大学自体では十分にまかないきれない点から、外部の委託研究的なものによって炉が維持される結果になったためと考えられる。ISNSEの学生のトレーニングのために炉が運転される場合はAECの補助が出ており、またメーカーの依頼による新設計用のデーター測定にはメーカーの支持があるということで全出力運転も行われるが、大学自体の目的に使用する場合は低出力で、単なる低照射用中性子源としての利用に限られている感があった。物理実験用に設けられたビーム、ホールも人手不足と予算難で、全然利用されておらず、スペクトロメータその他も貧弱なものしかおかれていないという実情で、炉そのものはりっぱなもの(外見的にはとにかく、設計は非常によくできている。)でありながら、いろいろな問題のために十分生かされきっていないというのが率直な感想である。
 このほかに問題となるのは、原子核工学教室という講座が確立しておらず、工学関係の「建築および一般工学部」に所属しており、しかも研究員が外来(オークリッジその他)のため、大学内の他研究室との間に密接な協力が行われているとは限らないようであった。
 以上のように、ペンシルヴァニア州立大のスイミングプールは、炉自身としては大学所有のものとして代表的な好例として推しうるが、炉の運営、利用の点では、まだ不十分な点が多いといえよう。
 次に、本大学における講座としての形がととのいつつあった状況で、1958年9月から核工学のマスターコースも開かれることとなっている。すでに開講中のものは、Nuclear Engineering, Nucler Radiochemistry, Health Physics, Reactor Analysis で、今秋から Reactor Engineering, Reactor Laboratory, etc の開講が予定されている。これらはいずれも、大学後期または大学院を対象としたもので、工学、物理、化学、農学の各部に所属しており、マスターコースとしては、このほかに核物理、自動制御、エレクトロニクス、熱伝達などの受講を要求されている。
 本大学における原子力関係の研究は必ずしも大学の炉に関連あるとはかぎらず、物性(中性子回折)や金属材料、冶金などの研究は研究室とブルックヘブンやオークリッジの国立研究所などが直結しており、むしろこれらの研究成果のほうがより重要視されている場合が多いようである。これらの点は大学の炉が主としてトレーニングと外来研究に重点をおいているため、高出力運転を行うことが少ない点に起因しているようである。その他基礎的な面の研究で大学内の各教室がAEC の助成金を受けているものは相当数にのぼっていた。

2.感想
 1ヵ年のアメリカ留学を省りみて、大きな収穫といえるのは、やはり自分が日本でおぼろげに考えていた方法論や傾向というものを、自分の目と耳でたしかめたことであり、また今後の情報交換の糸口を多数つくりえた点であろう。1ヵ年という年月は、基礎的研究をやるには、あまりにも短く、ようやくアメリカに、また大学になれたところで帰国しなくてはならないので、留学に適当とはいいがたい。また、自分の専門的分野での情勢を的確につかみ、必要な資料、討論を行うにしても、やや短かすぎるうらみがある。ただ3ヵ月程度駆け足で回る場合と異なり、文通・面接・文通・面接の反復というような、かなりつっこんだ討論も行いうることや時間的にさほどくくられないで多くの所・人を尋ねうる点では、調査を主とするならば、まず十分な期間といいうるであろう。したがって、1ヵ年の間に有形の収穫を期待されることは、留学生としては、非常に酷であり、むしろ将来の長期間の研究へのステップとして、無形のものを大きく評価していただきたいという気持が強い。
 研究を行いがたい理由は、期間が短い(1ヵ年は準備期間として手ごろ)ことのほか、たとい先方側がなんらかの形で機会を与えてくれるとしても、研究に必要な費用は、自己支出によるのが原則である(アメリカ国内の会社、その他からの出張研究員と同じく)ため、既設の設備で、しかも遊休のものを利用する以外には研究が行いえないことが問題である。特に人手の必要な実験の場合、一留学生が自己支出で学生アルバイトを使うことは不可能といえよう。・・・・・・こうした点のほかにも、文献をリプリントする場合の費用、図書、AEC レポートの購入など、米国に長期滞在するならばとにかく、日本へ持ち帰ることが前提であり、かなりの額が必要となってくる。また調査のために、かなり遠距離の旅行をする場合は、旅費その他がかなり必要であり、実験費や図書費とは両立しがたい。
 これらの点を考慮すると、授業料のほかに、研究・調査費として、若干のワクを留学生に与えていただくことが、より留学を効果的にするであろうし、滞在費は若干減額しても、旅費として、アメリカ国内の主要機関を訪問しうる金額を与えられるほうがより有効であると考えられる。現実の問題として、多くの留学生は滞在費から研究・調査費、旅費を支出しているわけであり、これをより公式的に認められて、総額における若干の増額を行っていただければ今後の留学生の行動により大きなものが期待しうると考えられる。また留学期間を延長し、第1年目は全額支給、第2年目半額といったような形式による2〜3年間の留学生をつくることも望ましいと考えられる。
 語学力の点では、特別に日本において高度の練習を行わないかぎり、1ヵ年の留学に対しては、さほどの差異を生じるとは考えがたいが、反面フルブライト留学生が単に語学力のみならず、アメリカ社会における社交性というようなものを多かれ少なかれ教育されて後、留学している点は注目してよいと考えられる。英語の上達と同時に、個々の研究者や機関との接触上に、こうした点の配慮はやはり必要であろう。そして短い1ヵ年の留学の場合には、語学力プラス社交性が一つのメリットとして考えられてよいように考えられる。もちろん研究者、技術者としての実力が最大のバックグラウンドであることは言うまでもないが。 最後に留学の機会を与えられ、また種々の助力をいただいた原子力局関係各位に心から感謝の意を表する次第である。