ミシガン大学における原子核工学研修

 本稿は昭和31年度原子力留学生として、アメリカ合衆国に出張を命ぜられ、ミシガン大学において原子核工学とくに放射線傷について調査研究を行ってきた日本原子力研究所の久保和子氏の出張報告の一部で、アメリカの大学における原子力留学生の例として以下に紹介する。

1.研究題目を中心とした技術情報

University of Michiganに留学した目的は次の二つである。

1)大学院課程としての原子核工学の実際的内容の調査
2)放射線損傷の研究をHot Lab.の施設を利用して実験的に行うこと

 原子力平和利用の発展にともない原子炉が次々に建設されるにつれて、アメリカでのNuclear Engineerの需要は年々増加している。養成機関としてはAECの下にあるOak Ridge,Argonneの原子炉学校があるがとうてい需要を満たすに至らず、民間の大学における教育に期待しているところが大きい。いくつかの大学がこの講座をすでに持っていることはよく知られている。その中で訓練用原子炉を持っているのはMIT,Univ.Of Michigan,State College of North Carolina同じくPennsylvaniaである。このうちMITのはCP-5で建設中であり、North Carolinaのは10kWのWater Boiler型のが500W運転しか許可されていない状態にある。Argonneの原子炉学校の学生は前半North CarolinaとPennsylvaniaに分れて訓練されるのであるが、実際に見学したところではN.Carolinaの炉は研究用はおろか訓練用としても疑惑を感じるくらい貧弱なものである。関係者すら次の新しい炉に期待して現在の炉で研究することを念頭においていないほどである。Pennsylvaniaの炉は小規模であるが、すべて自分自身の手で組み立てられ、関係者は非常な自信を持っている。この炉はSwimming Pool型である点Univ.Of Mich.のと同じであるが、実験室で組み立てた器械と商品になっている器械との差ほどの違いがある。前者は外面的な体栽は良くないが、使ってある部品の端々まで作った人が知りつくしているのが常である。これと同じことがPennsylvaniaの原子炉についていえるわけで、すでにcriticalに達し、中性子束の分布の測定を行っている段階であった(1956年11月)。しかしこの反面実験孔はわずかに三つでその使用準備は活発でなく、中性子回折その他物理実験が行われるのはだいぶさきのことのように思われる。
 ちょうどこれと反対の特徴を示しているのがUniv.of Mich.の原子炉である。IMWのSwimming Pool型原子炉とそれに隣接するPhoenix Laboratoryの設備の良さはいくつかの雑誌に発表され、日本でも相当知られている。時にはじめての経験として原子炉を持ち、これに付随するHot Laboratoryを設計、建設しなければならないわれわれにとってこのモデルは非常に興味あるものであった。しかもこの炉は昨年8月すでにほとんど建設を終り、9月からTestの段階に入ることになっていたのはPhoenix ProjectのAssistant Director,Gomberg教授の通信によって確かめられたわけである。原子核工学の課程はこの原子炉による実習ならびに研究を含んでいる。またこの原子炉が全運転される場合に得られる中性子束は1013n/cm2・secであり、金属では不足であるが非金属の放射線損傷の実験はできるはずである。これがUniv.of Mich.留学の理由である。
 1956年9月末Phoenix Lab.を最初に見た時、確かに建設ほほとんど終っていた。しかし3月ごろ建築関係者が視察した時の状態とあまり変っていないことを感じた。Gomberg教授の提案によって秋学期は建設状態を観察しながら大学院の原子核工学課程を聴講することにしたが、1956年中2、3回Swimming Poolに水を満たしたもののいっこうに発展しない。不審に思って理由をたずねたところ“物理的なことでなく工学的な問題に因っている”とだけしか語らない。私に想像されることはBeam holeとコンクリートの密着性が悪いらしく水が洩るらしいことであった。1月末ごろ、3理由が明らかになった。建物のAir Tightの不完全、水槽の洩れ、制御棒の製作の間違いである。第一の理由は日本でならばよく起りそうなことで、現にJRR−1の建物で問題になったわけであるが、Air Conditioningの発達しているアメリカではすこし意外に感じられた。次の水洩れについてはいくつかのSwimming Pool型原子炉を見学したが、これはこの型の原子炉建設にほとんど免れない困難のようである。第三の理由は全く関係者の誤りである。この原子炉の制御系はBabcock&Wilcoxによってなされ、制御棒がAMFによって作られたところに原因がある。結局制御棒をけずって調整しなおしたが、この事実は実際に勉強しているStaffが少なくcommercialなものに頼るこの研究所の弱点をあらわしたものといえる。われわれの原子炉建設において特に学ぷべき点ではないだろうか。後にBattele Memorial Instituteを見学した際、ここの原子炉もSwimming Pool型でAMFが制御棒を作ったが、その中に悪いものが1本あり、これは絶縁物質に疑いがあるとのことであった。Univ.of Michiganのも同じ原因ではないかとのことであったが、いずれにしても材料の研究がここにも必要なことが強調されたければならない。現在原子炉材料というと金属が考えられるが、非金属材料の研究面をもっと考慮する必要があると思われる。以上のような困難は少数のStaffによって解決されるまで相当の時間がかかり5月初めにようやく終了してAECのInspectionを待った。アメリカの原子炉はAECが見て調査し、許可を与えないと運転することができない。Inspectionは6月で、7月に許可がおりたはずである。日本の常識からわれわれはただちに運転開始されることを予想して待ったが研究所は休暇に入ってしまった。最近の通信によれば9月から運転を始め、現在Critical Experimentの段階である。アメリカでこのような遅延があるとは想像外であったが、これもアメリカの一つの面かも知れない。
 以上のような原子炉の状態で、大学院課程中のReactor Laboratoryというのは全然なかったわけである。
 おもな課目の内容は次のとおりである。

Elements of Nuclear Engineering

基礎的原子核物理、中性子Mechanics,原子炉、遮蔽、器械制御、化学処理、原子力発電等に関する基本的知識、毎週3時間。

Introduction to Nuclear Engineering

 Elementary Particles,Electromagnetic Radiation,Waves QuantizationとEnergy Levels,放射能、Nuclear Phenomena測定、原子核の崩壊、分裂、原子炉等、毎週3時間、TextはSemat:Introduction to Atomic and Nuclear PhysicsおよびKaplan:NuclearPhysicsで講義はほとんどTextどおり。

Measurement in Nuclear Engineering

 Radiation-Matter Interactionを器械測定の問題に応用する実習、内容としてIonization Chambers,ProportionalおよびG.M.Counters,ScintilationおよびCrystal Conduction Countersと関係回路。毎週講義1時間、実習3時間、TextはBleuler and Goldsmith:Experimental Nucleonics,実習内容はPrintをくれる。

Procedures and Design in the Handling of Radioactive Materials

 放射性物質の安全な取扱い処理、傷害のEvaluation,実験室および放射性物質廃棄施設の設計等、特に食品保存のための放射線照射施設に関すること。毎週講義1時間、実験およびDemonstration 3時間。

Interaction of Radiation and Matter

 原子核構造とNature of RadioactivityのReview、Radiationが物質に作用することによる主要過程、光電過程の解析であって、Thompson散乱、Compton散乱、Pair Production,Bremmstrahlung,Cerenkov Radiation,Wigner Effect等のMechanismとCross Sectionを考究する。これらの測定器械への応用、遮蔽の設計等をも含む。毎週3時間、TextはPrintでくれる。宿題、試験の形で具体的な問題につき訓練する。

Theory of Nuclear Reactor

 原子炉理諭および演習、毎週3時間で、TextはGlasstone and Edland;“The Elements of Nuclear Reactor Theory”とGlasstone:“Principle of Nuclear Reactor Engineering”で、だいたいTextどおりである。

Nuclear Metallurgy

 原子炉材料のNuclear Properties(中性子に対する性質、原子炉の目的と関連する性質、経済安全信頼性等)、物理冶金的Factor(製造法に関する性質)、Process Metallurgicalな考察(抽出、回復等)。毎週3時間、TextとしてはGurinsky and Dienes:Nuclear FuelsとGeneva Papersで、講義はGeneva Papersの域を出ていない。

 以上は原子核工学の講座の一部であるが、だいたい大学の研究は国立研究所のと異なり、秘密解除された文献によるもので、この点日本で勉強するのとほとんど差がない。日本の大学数育と比較するとアメリカのは訓練に重きを置くように思われる。大学院でさえ膨大な宿題と数多い試験で勉強させられ、日本のような自由な研究は少ない。いずれも一長一短あるが、原子炉運転のための技術者ということから見ればアメリカの教育方法も考慮に入れる必要があると考えられる。
 第二の目的は実は主目的であったが、原子炉の遅延に禍されて何も得ることがなかった。この原因はわれわれがPhoenix Laboratoryを過大に評価したことにある。この研究所は雑誌に発表されているように完備された研究所になることを目標にして建設しているが実現するまでにはかなりの年月を要するであろう。その理由はやはり資金と人である。化学的な実験はその性質上、比較的やりやすいが、物理的測定となると、実験設備はほとんどすべて新たに入手しなければならない。そしてそのこと自体金と時を要する。限られた留学期間に、習慣の異なるところでこれらを調達し、実験をするということはほとんど不可能に近い。研究費は特にわれわれのために用意されていないのは当然である。留学以前にこの点を具体的に連絡されなかった受入れ側にも問題があろうが、アメリカでも研究費が必ずしも楽でないことを考えなければならない。いずれにしてもPhoenix Lab.は1956〜57年に実験用具はほとんどなかったといっても過言ではない。Hot Lab.は一応整備されManipulatorsが2基備え付けてあるが、現在Demonstration用に過ぎない。以上のような状態ではγ線照射による損傷の実験すらできないので後半期は国立研究所その他における放射線損傷の研究状態調査に重点を置くことにした。
 アメリカで放射線損傷の研究を充実して行っているのはもちろん3国立研究所であるが、このほかIllinois大学の研究はSeitz,Koelerの指導の下に非常にすぐれている。会社の研究としてはNAAの研究所の仕事がかなり多い。固体物理という観点から見るとG.E.,Westinghouse,Bell Telephoneの研究所がいずれも良い研究者を多く有し、この方面の研究ではほとんどの大学は及びもつかない水準にある。研究組織等については後に述べる。

2.研究内容、成果

 原子炉が予定どおり動かなかったため、中性子による放射線損傷の実験は全然あきらめざるを得なかった。しかし公称3キロキュリーというCo60源があるので、これによるIonic Crystalの着色、電気的性質における照射の影響を調べる計画をたて、低温でなければ意味がないのでまずCryostatの設計をした。Iiq.N2の温度に保ったまま、照射し、光学的性質、電気的性質を測定できるものである。しかしこれを工作してくれるのは5月末、原子炉が一段落ち付いてからだということが判明したのであきらめることにした。この程度の実験なら日本でもっとよい条件でできるからである。この設計図は返してもらって持ち帰り、さっそく試作にとりかかっている。
 上のような事情から文献調査と見学に主力をおくことにしたが、その内容は非金属特にGraphiteの放線線損傷である。
 Graphiteの放射線による影響は試料のFabricationの方法に関係が深い。したがってFabricationに関する研究も多い。照射以前のGraphiteの性質に関する研究がANL、BNLを初めNAA、National Carbon Co.等の会社およびHanford等で行われている。製作が広範開な条件下で行われるため、性質が量的には一致せず、極端にいえば試料ごとに異なるのがこの研究における難点である。照射の影響に関しては非常に多くの報告がある。これらは総合して前の報告(注、原研調査報告No.1)の不足を補うつもりである。実用的な面では照射による伸長と、その方向性が問題であろう。ことにコールダ−ホール型を購入しようとする日本にとっては関心の強い問題である。しかし残念なことにこの問題に関する解答はアメリカの報告からは得られない。この性質は特にFabricationに関係するので、実際に使用するGraphiteについて照射試験するほかないと考えられる。固体物理的な見方からしてもなおGraphiteは興味ある対象であって、今後研究する必要があるが、そのおもな点は半導体の性質、蓄積エネルギー解放、X−rayによる測定等で、放射線による損傷機構を究明する一つの好材料である。このほかウランを内蔵するImprignated Graphiteでは新しい型の燃料の可能性という点と、核分裂物資による損傷機構の研究という点で非常に興味深い。いずれの場合も照射による電気的、熱的性質および格子間隔の変化および、Annealingによるそれらの回復過程等原子炉材料として実用的であるとともに、物質構造の研究に対する原子炉の効用ともいうべき、原子力利用の一つの重要な面であろう。
 Non−Metalの研究展望はONR Symposium Reportに見ることができる。Polymersに関する研究はNotre Dame,Naval Researchが活発で、数多くのPolymersにつきPolymerization,Synthesis等に対するRadiationの影響を調べている。この研究は実用的と同時に構造探究の色彩が強い。
 絶縁材料の調査としてDielectric,Insulating Materialsの研究はBNL,ORNL,NAA等でさかんである。G.E.,KAPLでもかなりしている。BNLではα−Al2O3,Fused Silica,Spinel,Sodium Azide,ORNLではKCl,Quartz,Teflon,Polyethylene等に重きをおいている。
 Ionic Crystalの研究は各研究所、大学でさかんである。結晶構造が簡単であり、Radiationによる性質変化をDetectできる可能性が多く、放射線損傷機構の研究に最も適当な材料といえよう。
 Glassの着色等の研究も実用的な意味から行われ、Optical Partとして使えるFused Quartz等も発見され、GlassはDosimeterとして使われるものができている。これらの研究はCorning,BNL,Baush and Lomb,Mellon Inst.等でなされている。半導体の研究は物性論的意味から非常に興味深く、これについては優秀な研究所、G.E.,Westinghouse,Bell Tele.,で活発である。
 これらの研究を通じて感じることは実用的な目的のものももちろんあるが、だいたいにおいてその段階は通り越して、現在はこれらの材料によっていかにして放射線損傷の機構を説朋しようかと、あらゆる手を尽しているところのようである。しかしまだしばらくはSpeculationにすぎないであろう。

3.感想、留学環境その他
 秘密解除された文献がすでに相当読まれているためアメリカに対する予備知識は研究内容に関してはほとんど十分で、研究所等の見学にあたり予想外で驚くようなことはあまりない。特に感じられたことは原子力関係の国立研究所はもとより、海軍、空軍等の研究所ですら直接応用に関係ない全くの基礎研究を重んじていることである。例を放射線損傷の研究にとれば、原子炉ならびに付属設備の材料の受ける損傷の実際的なDataはほとんどすべて知り尽され、損傷を受けない物質を作る努力をしている段階であり、一方いかにして損傷の機構を理論的に解明し、これを防ぐかに理論、実験とも集中している感じである。したがって材料として使用されない物質についての固体物理的研究がさかんに行われている。日本の研究が今これに合流しなければ、永久にわれわれは後進国でいなければならない。ここに日本の研究体制、方針の大きな問題点があると思う。当面の必要性からだけ見れば不急不要と思われるこの種の研究に、将来の日本が第一線に立つことのできる希望があるのであって、原子炉の建設その他具体的な問題ではおそらく非常な手段が講じられないかぎり、後進国たらざるを得ないであろう。
 次に感じられたことは各研究者が自己の分野に自信と責任を持ち、他の分野に干渉せず信頼している体制である。原子力研究という大きな事業を多人数でするときこの態度こそ最も必要なのではなかろうか。この逆の傾向の強い日本の研究者の性質を考えるとき、研究費の不足ということよりも大きな不安を感ぜざるを得なかった。これは大方針をきめる機関にも大きな責任のある問題であろう。このことは特に国立研究所の見学にあたり研究者達と話し合ったとき常に感じられたことである。
 原子力研究のための留学生という制度について少し述べたい。その選出方法に関する詳しいことは知らないが、わが国の原子力研究の遅れを取りもどすために送り出すのならば、真に必要な研究題目で、適当な人材を、確かに指導性のある有為なところに送り出すべきであって、語学の成績で判断されるべきものではない。最も大切なことは必要とする分野で優秀な頭脳と、外国の習慣に負けない精神とであって、会話などの日本における多少の優劣は留学して数ヵ月すれば差がなくなってしまう。要は留学生の成果が原子力研究に確かに役だてられるという点に重きを置いて選出していただきたいと思う。
 留学期間1ヵ年というのは半端な長さである。研究者の場合だいたい一つの研究準備に1年かかり、これが風俗習慣の異なるところではさらに不利である。何か装置らしきものができたら帰るというのではかなり意義が割り引きされる。このほかにも学会に出席して質問したり、議論したりできるためには少なくとも2年滞在する必要がある。特別に条件の良いところでないかぎり自分の望む研究を行って1年で成果をあげることはほとんど不可能と思われる。研究結果らしきものをまとめたのを見るとその人の真の目的でなく、それをするほか仕方がなかったので妥協したと考えられるものが少なくないのはこれを示している。具体的にいえば大学院の学生の研究に協力することが費用その他の点で最もやりやすいことなのである。しかし必ずしも留学目的と一致した研究が行われているとはかぎらない。妥協して目的を変えるか、独立に研究して苦労ばかりするかの二通りしかない場合が多いということは日本であまり考えられていない外国留学の裏面である。
 独立研究の場合に直面する困難は研究費である。いったいExchange Visitorには授業料は免除され、図書、器械等の使用は許されるが、消耗品とか器械の破損等の責任とかはVisitorもちである。しかし日本から出る留学費には学生の授業料はあるが少額の消耗品費すら許されない。これは非常な不合理である。授業料程度の金額のものは研究者の場合にも考慮されるべきだと思う。この困難は、一方において留学生選定の時期を早くくりあげることと、外国の事情を綿密に調査することによって解決される。各大学、研究所の次年度の研究題目、費用を決定する前に留学生派遣の交渉をし、予算を組み込んでもらうか、決定した研究題目に協力できる留学生しか送らないという方法もあろう。こんな問題等も関連して原子力局などは外国にもっと情報網を持つ必要がありはしないだろうか。わが国の現状は外国の正確、詳細な情報を得ることを必要とする。そしてこれができる人は短期間の派遣でなく、語学の困難もない科学技術を理解する人でなければならないであろう。
 ふたたび期間についていえば、学生の場合MDをとるのに2ヵ年のほうがよい。無理に1年でとれないことはないのは多くの実例が示しているが、教育効果という面では2年が適当だと思われる。留学生の中で大学卒業直後の人がMDをとるために勉強するのが一番効果が大きい。毎日のような宿題、試験による訓練は日本と異なるが、これもこの年令の人ではまだ必要な方法かもしれないし、ことに技術面が重要な今後の原子力開発には、むしろこの態度が必要でないだろうか。いったい日本からの留学生は他国に比較して年をとりすぎている感じがする。それも広く観察する眼までは持たない中途の人達が多すぎるようである。これも今後是正されるべき問題であろう。以上留学生選定についてお願いしたいことは、学生ならば若いがんばりのきく人を、研究者ならば年令に制限なく優秀な人を送っていただきたいことである。真に優秀な人は語学がへたでも尊敬され仕事に支障はない。2ヵ年の費用が無理ならば後半は奨学金その他便宜もあろうし、この点局でも事前に調査していただきたい。
 留学の時期に関していえば、普通9月、2月の学期初めに出かけるが、慾をいえばその時までに言葉や習慣になれることが望ましい。そのために約3ヵ月必要であろう。多くの大学では6月からSummer Sessionがあり、この中に会話のコースもある。気楽に会話だけ勉強して習慣等に慣れることもむだのようでかえって有利ではないかと思う。Summer Sessionに出ることはこのほかに専門分野のいくつかでその大学の様子も知ることができるし、多くの大学街は下宿難であるからこの時期はずれに良い環境を選べる便宜もある。
 留学費は現在の程度で適当であろう。多ければ良いには相違ないが、今の程度でも倹約さえすれば自主的な見学旅行ができるという点では他の種類の留学生よりすぐれている。アメリカ一国でさえ場所により思想も言棄もちがうし、各大学、各研究所でその性格に特色がある。こんなことを自分の眼で見て、現役の研究者達とその研究について討議することは今後の研究発展のためになんらかの意味で役にたつであろう。多くの留学生にみられることであるが、ひっこみ思案が一番いけないと思う。今後行かれる方達に御注意したいことである。もう一つ御注意したいことは神経を太くしてあせらぬことである。もちろん行く前に留学先ではたして自分の望むことができるかどうか十分に確かめなければならないことはもちろんである。
 個人的な感想としてミシガン大学を買いかぶっていたことを恥ずかしく思っている。行く前にGomberg教授と2、3回文通して様子をきき、放射線損傷の実験ができることを期待していたが、原子炉の1ヵ年の遅延に引きずられて思うようにできなかった。これはGomberg教授が学者政治家であること、Phoenix Lab.のStaffが貧弱であること、突貫作業等は行わないこと等に原因するが、このほかに工学部と理学部の協力が見られないこと、Phoenixは工学部に属し、そこにいる人達には物理の実験に対する認識がないこと等もあげられる。数えればさらにいくつかの理由もあるが、行く前にはアメリカにかかる状態のことがあると予想もできず、行ってから3ヵ月ぐらいあまり疑いもしなかった不明を恥じるほかない。32年に入ってから上述のことを観察し、実験よりももっぱら文献調査と見学旅行に力を注いだが、これは将来役にたったという点から考えるとかえってよかったかもしれない。

4.その他参考資料

1)Phoenix Project of University of Michigan
 このProjectは原子力平和利用の目的で樹立され、その範囲は社会、産業、教育、技術および科学的知識全般にわたることを目標としてる。Phoenixという名前はギリシャ神話で灰の中から飛び立つ不死鳥からとったもので、第二次世界大戦のために生命をささげた468人の学生と卒業生を記念するため原子力平和利用を不死鳥にたとえたものである。Phoenix Laboratoryはかれらにささげられ、Lab.の入口にかれらの名前を彫刻した銅板が飾られてある。
 Projectの財源の大部分は30,000人の同窓会員と、250の会社からの寄付で、これは研究室等の建設、装備に使われ、残りが研究に用いられる。
 1948〜57年の間にFord原子炉を含む原子力研究のための七つの研究施設を作ったという。このほかに134のResearch Investigationsに全面的または部分的に補助金を出し、このうち77は完了していると報告されている。Projectが補助した研究中おもなものは化学では“化学反応に対するγ線の影響”、物理では“Bubble Chamberの発明”(Dr.D.Glaser)である。冶金では“放射性Tracerによる金属の微細構造の研究”と“液体金属ウラン中にある分裂生成物の放射能の測定”とがもらっている。
 このProjectの特徴は政治的な秘密のないこと、目前の応用をせまられぬこと、絶対に自由に研究できる大学の研究所であることであり、基本的な原理ともいうべきものは、ここの研究成果はだれが使用してもよいということである。
 Projectの最もおもな施設がFord Nuclear ReactorであってUniv.of Michiganの名物である。1956年秋に一通りの建設は終り、11月16日Dedication Ceremonyが行われた。このReactorはFordの100万ドル寄付金によって作られたSwimming Pool型で平均0.1MW,Peakで1MWで操作される。中性子束はCore表面でPeakで1×1013n/cm2・secである。Beam Holesは6"のが12、8"のが2、合計14ある。Short lifeの放射性Isotopeを作ることがおもな目的の一つになっている。Reactorの隣のPhoenix Laboratoryは1階に、Reactorに接してHot Lab.があり、Cell二つにおのおのManipulatorがとりつけてある。この隣りにCo60のγ線源の照射室がある。この向い側にSemi−hotの化学実験室と、2、3の測定室,放射線管理等の室がある。2階はOffices,図書室、工作室で、図書室にはAEC関係の文献が割合多くある。図書は非常に少ないし、雑誌のBack Numberもなくて不自由である。3階は6月ごろでき研究室に作っている。前には生物関係の研究が行われる予定であった。
 Phoenix ProjectのAdministrative StaffはDirectorがR.A.Sawyer(Spectroscopyの専門家、工学部のDean),Assistant DirectorがH.J.Gomberg(もとはElectrical Engineer),DirectorのAssistantがR.L.Leatherman,Health PhysicistがA.H.Emmons(もとはChemist)で研究StaffはReactorの講義をしているKlamer,Messlerと電気のKerr,今年度は増加したはずである。
 1952年にNuclear EngineeringがGraduate Carriculumとしておかれた(MD of Science in Engineering)。1956年中にこのProgramはPhDに広げられた。この内容は原子炉設計のInstructionと実際の経験、原子炉の研究への利用、Radiationの生成と性質、原子炉のTechnologyとRadiationにおける実際経験等で、前には国立研究所だけでなされていたものである。

2)国立研究所における非金属の放射線損傷研究内容

BNL

1.High−Temperature Melting Inorganic Oxide
たとえばα−Al2O3,Crystalline and Fused Quartz
2.Diamond
3.Compounds of Mixed Ionic and Covalent Bonding
たとえばSpinel(MgO・3.5Al2O3),Sodium Azide
4.Organic High Polymers
たとえばAcrylamide
5.Graphite
以上のものにつきγ線源および中性子照射の影響を光学的、電気的性質と生長について調べている。熱処理による回復の機構研究も含んでいる。

ANL

1.Graphite
C11によるTracer Studyが特徴がある。
2.Alkali Halides,Alkali Nitrates.Diamond
3.Valence and Ionic Crystals

以上のものにつき、X−ray,γ−ray,Fast Electrons,Deuterons,Neutrons,Ultraviolet Lightを照射し、X−Ray回折像、Heat Content,Density,Specific Heat,Optical Properties,Magnetic Properties,Electrical Propertiesにつき調べている。Optical Propertiesの研究に複屈折性とか偏光性等を考慮しているのは注目に値する。

ORNL

Dielectrics−以下のもののMechanicalおよびElectricalProperties
1)Polyethylene
2)Teflon
3)Polystyrene
4)Silica
5)Others

Crystal System−Opticalおよびelectrical properties' density等
1)Silica(Crystalおよびfused)
2)MgO
3)Alkali Halide
4)TiO2
5)Al2O3
6)LiF

以上のものの中性子およびγ線照射の影響と熱処理等によるそれらの回復につき研究している。照射、測定ともliq.Heの温度でできるのがこの研究所の強味といえる。