原子力工学の教育体制


原子力委員会参与   山県 昌夫

 予想される原子力産業の急激な発展に対処するため、関係科学技術者の養成の緊要性が各方面において強調され、その教育体制が論議されている。

 従来わが国における原子力工学の教育体制の一般方針として、学生は工学部においてそれぞれが属する既存の関係学科、たとえば応用物理、機械、電気、応用化学、冶金などの学科において専門学術を修得し、その基盤に立つ応用として、大学院において原子力工学を専攻することになっている。これは原子力工学がきわめて広い学問分野にわたっていること、単一工学としてまだ完全な体系を整えるにいたっていないことなどによるものである。先進国アメリカにおいてもほぼ同様な状況にあり、たとえば今春東京において開催された日米原子力産業合同会議においてMITのホイットマン教授は「米国の大学における原子力に関する教育プログラム」と題し、「最も重要な考え方は原子力工学が学部学生の基礎分野ではなく、大学院における専門課程の分野の問題である」とし、「原子力エンジニアなどという概念は棄てるべきである」と断じ、さらに「アメリカにおいてはノース・カロライナ州立大学などのきわめて少数の例を除けば、原子力工学専修の学士号を与えているものはない」と付け加えている。

 しかし最近わが国において工学面内に原子力工学科を新設すべしという主張が大学の内外において聞かれる。これには種々の理由があげられているが、工学部学生の大多数が卒業とともに就職し、大学院に進学するものが非常に少ないわが国の特殊事情にかんがみ、原子力工学科を独立させ、原子力産業が要望する科学技術者を計画的に養成すべしというのがそのおもなもののようである。

 東京大学において明春工学部を卒業する420名の卒業論文の題目を調べてみると、原子炉、核分裂生成物の化学的処理、原子力発電、原子力船、さては核融合反応の動力利用などと原子力工業に直接関連をもつものが20を越えている。しかしこれをもって簡単に学生定員数十名の原子力工学科を新設すべしという結論に飛躍するととは許されない。要はそこでなにを教育すべきかが先決問題である。これには両案があると思う。第1案は主として原子力工学の一般的基礎分野を対象にするというものであり、第2案は原子力工学科内に多数の専修コースを置いて、専門別にも教育するというものである。前者による卒業生がはたして原子力産業界の要望にただちにこたえ得るかどうか疑わしく、結局は工場なり学部もしくは大学院において機械、電気、化学などの専門学術を修得せねばならず、現状と逆のコースを進むことになるのではないか。後者はわずか2年余の短期間で、無理を十分知りながら、実用的な原子力関係技術者を養成しようとするもので、これならばむしろ既存の関係学科内にそれぞれ原子力工学の専修コースを置く方が実際的であり、効果的であるとの主張が当然起る。

 私は私なりの考え方があるが、現在の立場上ここではこれに言及することを避け、問題点だけを指摘して、各位、特に産業界の方々の御教示を得たい。

(東京大学教授)

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