放射線医学総合研究所の敷地について

 放射線医学総合研究所の敷地については、さきに茨城県那珂郡東海村に設置することに決定され、国会においても承認がなされたのであるが、その後、事情の変化があったので、放射線医学総合研究所においては、ここの点を含めて敷地に関して検討を進めた結果、当該敷地は、日本原子力研究所、原子燃料公社等の設置による人為的放射能の影響で研究遂行上重大な支障をおよぼすことが考えられるにいたったので、その他の長短をもあわせ考慮した上、代替地として千葉市黒砂町所在の国有地を適当と考えて、正力科学技術庁長官に対して下記のような再審議を要請してきた。

32 放 研 第 56 号
昭和32年9月25日

科学技術庁長官 正力松太郎殿

放射線医学総合研究所

所長 樋口 助弘

放射線医学総合研究所の敷地について

 標記については、さきに、茨城県那珂郡東海村に設置することに決定され、国会においても承認がなされたのでありますが、その後、事情の変化がありましたので、その点を含め敷地に関し検討いたしました。
 その結果、別紙のとおり、当該敷地は、人為的放射能の影響で、研究遂行上重大な支障をおよぼすものと思考されます。なお、その代替地としては千葉市黒砂町所在の国有地が適当であると考えられますので、再度、御審議を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

人為的放射能の影響について
 放射線医学総合研究所(以下放医研という)建設予定地における空気中の放射性物質の濃度は、日本原子力研究所(以下原研という)は、もとより、原子燃料公社等の設置後においても、もちろん、人体に対する最大許容濃度以下であるから直接的障害はないと思われる。しかしながら、このような微弱な濃度であっても、放医研に課せられた研究目的を完遂するためには、以下のとおり、空気中における放射性物質の濃度の変動により、重大な支障があると認められる。

1. 放医研建設予定地における濃度の推定

(イ)「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律」により、許容される空気中における放射性同位元素の最大許容濃度としては、国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告中に示されている表の値(MPC)の1/10が採用されるものと思われる。したがって、以下の考察は、排気口における濃度が、MPC/10を超えないものとして進めることとす る。
(ロ)ICRPの表により、MPCのオーダー別に核種を分類してみると、次のごとくである。(下表)
 すなわち、上掲の核種のうち 2/3 が、10−6〜10−8μc/ccの範囲内にあることがわかる。

 したがって、以下MPCの値としては、

    平均10−6〜10−8μc/cc
    最高10−5     μc/cc

を採用するものとする。
 また、排気口における最高濃度は、(イ)によりMPC/10であるから、

    平均10−7〜10−9μc/cc
    最高10−6     μc/cc

となる。

(ハ)上記平均値(10−6〜10−8 μc/cc)より大きいMPCをもつ核種の中には、C14、H3、S35、Na24等の頻用核種が含まれていることは、特に、注意すべきであろう。

(ニ)排気が地表に達して、どの程度稀釈されるかを推定するため、排気筒の高さ、排出空気量、平均風速等を適当に仮定して、Sutton の式により計算すると、風下最高濃度地点で、稀釈度は105〜107となり、気温の逆転層のある場合、または、排気中に含まれる粒子の沈降が考えられる場合等には、最低103となることがある。

(ホ)(ロ)および(ニ)により、放医研建設予定地付近の濃度は、

    平均10−12〜10−16μc/cc
    最高10−9      μc/cc

と推定される。

(ヘ)以上の考察において、汚染源は一ヵ所としたが、将来、原研や原子燃料公社の諸施設が、増設されるにともない、汚染源が多数になる可能性が十分考えられ、その場合の濃度は、どのくらいになるかの推定は困難であるが、さらに増大することが予想される。

2. 放医研が要望する濃度の限度とその対策

(イ)いかなるわずかな濃度の放射性物質でも、避けるべきであることは論をまたないが、現実の問題としては、濃度の限度は、空気中に存在する放射性物質の濃度と等しいと考えてよかろう。また、一般に濃度が時間的に変動することはできる限り避けるべきであり、特に、長期にわたる継続研究の場合に、この条件が重要となる。この意味で、研究所自体でコントロールし得ないような状況変動の存在は、好ましくない。

(ロ)空気中に存在する天然の放射性物質濃度は、10−13μc/cc程度であり、放医研の研究業務のうち、少なくとも下記のものは、この程度以下の濃度であることが必要である。

(1)微量放射能ならびに微弱放射線の測定
(2)人体組織中の放射性物質の微量化学分析
(3)呼気、体液、血液、排泄物中の放射能の微量測定
(4)微量投与の場合の各種放射性物質の生物学的半減期の決定
(5)人体から放射する微弱放射線の測定
(6)微量放射性物質の混入を特に防ぐ必要のある試料試薬の調製ならびに保管
(7)非汚染動物(対照実験用等)の飼育

(ハ)その他の研究業務については、これまでの厳密さは必ずしも要求されないが、その場合でも、10−10μc/cc(人為的放射能による汚染レベルの10倍)を超えないことが望ましい。

 実際に、fall−out の影響によって、測定試料が汚染されたため、研究が挫折の余儀なきにいたったことは、われわれが、経験しているところである。

(ニ)1.の(ホ)に述べた推定汚染レベル

    平均10−12〜10−16μc/cc
    最高10−9      μc/cc

 と、(ロ)(ハ)による限度

    一般研究業務10−10μc/cc
    特殊研究業務10−13μc/cc

とを比較して、研究施設内に空気をとり込む際に必要とされる汚染除去率を考えると、次のようになる。

(ホ)ここに考えている最高値とは、定常状態における最高値であって、短時間あるいは例外的な場合におけるいわゆるピーク値ではないので、定常的に10〜104の除去率をもつ空気浄化装置を必要とする。

(ヘ)現在最高性能の外国フィルターで、直径0.3μの粒子に対する除去率は103程度であり、国産では、102は困難といわれる。さらに、問題となる放射性物質粒子の大きさは、排気口を出る前に、すでに除去装置を通過して排出されたもので、きわめて微小と考えられるので、除去率は、上記より低くとらなければならず、したがって、フィルター以外の各種空気浄化装置の併用を考える必要があるが、現在のところ、上記の要求を満足させる装置はない。

3. 総  括

(イ)以上を総括すると、東海村において、放医研が、その研究を遂行するためには、重大な支障があって、その解決策は、現状において見当らず、さらに、東海村一帯の今後の発展、したがって、汚染源の増加を考え合せると、この地域を回避することが適当であると考えられる。

(ロ)なお、原研の原子炉に依存する研究としては、大量の中性子の照射や半減期の短いアイソトープの利用が考えられるが、これらの研究は、放医研の任務の一部に過ぎず、メヂカル・リアクターが放医研に設置されるまでの間は、出張その他により原研の施設を利用することができれば、十分用を足すことができるので、空気中における放射性物質の濃度およびその時間的変動の問題をより重要視すべきものと考えられる。

附  記

1 東海村に設置される場合、懸念されるその他の諸点

(イ)放医研建設用地として予定されていた東海村約6万坪の用地については、原子燃料公社への割愛により、半減されることとなったのであるが、さらに、原子燃料公社は、将来の拡張計画を考慮し、放医研用地の全面的使用を希望している状況である。

(ロ)建設等のための費用が嵩むこと

(1)東海村に設置される場合は、職員の2/3以上のものが、公舎使用を余儀なくされこれがため、土地購入を含め2億6千万円の経費を必要とする。
 また、敷地が狭隘になったため、建築物は、必然的に、高層化しなければならないが、同地は、砂丘他のため、基礎工事に多額の経費が見込まれる。
 なお、実験研究のため、不可欠の電気、ガス、水道設備の工事費についても、原研等の例より、相当額の経費を必要とする。

(2)科学技術庁、他の研究機関、学界等との連絡のため、経常的に、旅費、通信費等の支出増加が見込まれる。また、研究用資材についても、購入価格が割高となる。

 2 千葉市稲毛に設置される場合の利点

(イ) 附属病院の運営上の問題
 放医研は第3年度の建設計画において、研究業務完遂のため、附属病院を附設することとなるが、放医研の研究の対象となる患者を収容して、研究治療を行うための立地条件としては、他の医療機関、大学等との連けいおよび患者の確保の点から便宜である。

(ロ) 国有地が確保されていること。
  放医研用地として、適当な地が、千葉市稲毛に確保されている。また、同地は、用地拡張の余地が十分残されている。