放射線障害防止法の完全実施を望む


原子力委員会参与 中泉 正徳

 昭和32年6月10日法律第167号をもって「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律」が公布され、その一部は公布の日から、大部分は明年4月1日から施行されることになった。

 わが国におけるこの種の規則で一番古いものは、昭和12年8月2日に公布実施された内務省令第32号「診療用エックス線装置取締規則」と同日公布実施された逓信省令第51号「電気工作物規程の改正」および同第52号「エックス線量計検定規則」とである。このうち内務省令は数次にわたって改正され、昭和23年11月5日に医療法施行規則第4章に集約され、厚生省令第50号として公布実施された。

 以上の3規則はすべてエックス線にだけ適用され、放射性同位元素の規制はなかった。ところが昭和25年以来人工放射性同位元素が輸入され、その用途は遂年増加したため、医療法施行規則第4章は根本的に改正され、放射性同位元素の規制も含めて昭和31年2月23日公布実施された。

 かくのごとく診療用エックス線による職場の障害防止については、昭和12年以来規定はあったのである。しかして無きにまさる効果は確かにあったにはあったに違いない。

 しかし職場の白血球減少は昭和12年を境として特に防止できたとは考えられなかった。文化国家でエックス線診療関係の職員に日本のごとく白血球の減少するのは他にその類例を見出しにくい。

 この白血球の減少にはいろいろと原因はあったであろう。しかし日本政府が内務省に対しこの内務省令を完全に実施するための実力をつけなかったことが最大の原因である。内務省は完全実施の実力がないので完全実施の熱意にも欠けていたように思う。無理もないともいえよう。これは私の昔話ではなくて現在の厚生省にも当てはまるのは誠に残念である。

 時は移り時代は変って日本も原子力時代を迎え、放射線障害防止法が公布実施された。乞い願わくばエックス線時代の苦い経験を二度と繰り返したくない。

 この法律はその内容の示すとおりたいへん技術的の面があって、ただ事務的に書類の通牒等で完全実施を期待することはとうていできない。この法律の全面実施の期日は目の前に迫っている。しかるになすべき準備は技術面ばかりでなくむしろ制度の面に多くの問題をはらんでいる。来年4月の期日までに果して制度を立ててこれに技術を順応させていくことがほんとうにできるのであろうか、実に心配に堪えない。

 とかくわが国は人の生命と健康とを軽んずるという点では定評があるように思われる。自分に与えられた仕事をより早く、より完全に遂行するためにはみずからの健康を犠牲にして顧みないという美徳(?)がある。昔の言葉でいうと特攻精神に富んでいるのである。この特攻精神も確かにエックス線時代の白血球減少に一役買っていたに違いないのである。これは法律に定められてある放射線検査官が現場を回って、表向きに設備や勤務状態を見て歩いてもなかなか防げない難問題である。

 放射線障害防止法の完全実施には、今後原子力局の直面する問題がたくさんあると思う。原子力行政を担当される諸公は、人の生命と健康との重要性にかんがみ原子力局に対してこの法律の完全実施に必要な実力をつけるよう御尽力にあずかりたい。

 原子力時代の放射線職場にほんとうに白血球減少が見られなかったら原子力局の腕前はたいしたもので、外国に対しても恥ずかしくないばかりでなくどんなに喜んでもよいと思う。

(東京大学名誉教授)