原子力平和利用研究の紹介

 昭和31年度原子力平和利用研究補助金により行われた研究のうち、株式会社日立製作所の実施した「放射性煙霧質の処理装置の試作研究」(補助金額3,220千円)の概要を以下に紹介する。

放射性煙霧質の処理装置の試作研究

1. 研究の目的

 一般に煙霧処理は、Air Pollution,Aerosol Collection, DustControl等の問題と関連して集塵技術として発達を遂げ、各種の場合に効果をあげている。しかし、放射性煙霧に対しては、特にその集塵率の高いことおよび微粒子除去能力の確実さと安定性が要求される。本研究においては、この要求を満たすと思われる4種類の電気的および機械的集塵装置を試作し、実際の放射性煙霧につきその効果を検討し、各種状況に適応した最良の集塵処理方式の確立を目的とする。

2. 実験装置および実験方法

 実験装置は第1図のようで、放射性煙霧は発塵室①内のフード付グローブボックス(第2図)内で人工的に発生し、試作集塵装置②へ送風される。更にその排気は、後段に設置されたサイクロンスクラッバー③および湿式電気集塵装置④を通過する際に99.99%以上の集塵率で、その残存放射性煙霧を除塵し、排風機⑤により高さ15mの煙突⑥から大気中へ放出し、拡散される。このように諸機器が配置されているので、排風機以前の装置内のガス静圧は大気に対して負圧となり、なんらかの事故で漏洩箇所が生じても、実験者等が放射能障害を被る恐れのないようにした。また、安全を考慮して第3図のように実験は防塵マスク、眼鏡、ゴム手袋、ゴム長靴、ビニール製作業衣を着装し、実験終了ごとにシャワーで水洗するようにした。実験用の放射性煙霧は各種の原子力利用産業において発生されるものに類似させるべきであるが、実験の第1段階として、現在国内で容易に入手でき、地球上に天然に存在する放射性物質、酸化トリウムダストおよびモナズ原鉱ダスト(トリウム含有量約7%)を使用した。

 これらは第4図および第5図の電子顕微鏡写真に示されたように数μ以下の微粒子である。
 このほかに赤りんアイソトープ(P32)を気中燃焼して得られる五酸化燐(P2O5)フュームについても実験した。集塵率の測定法は、試作集塵装置の入口および出口煙道から同時に放射能汚染空気を真空ポンプで一定量抽気し、それに含まれる放射性煙霧を Whatman No.41濾紙に捕集し(第6図)、この試料を酸化トリウムダストの場合には、NaIシンチレーションカウンターにより、五酸化燐フュームの場合にはG.M.カウンターにより放射能計数し、その汚染度を測定して求めた。


第1図 放射性煙霧質処理装置


第2図 放射性煙霧発生用グローブボックス


第3図 防塵具を装着して煙霧濃度を測定中

第4図 酸化トリウムダストの電子
顕微鏡写真(倍率:6,000)



第5図 モナズ原鉱ダストの電子
顕微鏡写真(倍率:6,000)

第6図 Whatman No.41濾紙に
捕集された放射性ダスト


3. 試作集塵装置

 すべて湿式集塵方式を採用し、湿式電気集塵装置、湿式グラスウールマットフィルター、逆噴バグフィルターおよびジェットスクラッバーの4種類を試作し、その定格処理風量は1,000m3/hとして設計した。

(1)湿式電気集塵装置(W.E.P.)

 電気集塵器はコロナ放電極と集塵極とで構成され、この電界内に煙霧を導入すれば、煙霧粒子はガスイオンあるいは電子のBombardmentおよびイオン拡散運動によって帯電され、クーロン力で電界にそって集塵極の方へ偏向駆動され集塵されるものであるが、湿式では第7図のように集塵極の表面に流下する均一な水膜を常時作成し、その上に集塵されるので、再飛散や空間電荷効果、逆電離等を惹起することなく高集塵率で容易に運転される。また、集塵極面が常に清浄に保持され、集塵煙霧は連続自動的に懸濁液として器外に排出されるので、後処理を安全かつ容易に行える。第8図はこの試作湿式電気集塵装置を示したものである。

(2)湿式グラスウールマットフィルター(W.G.W.F.)

 ガラス繊維を金属製ケースに充填し、マット状にした濾材に汚染ガスを通し、微粒子の慣性運動や拡散運動を利用してガラス繊維表面に付着集塵するものであるが、乾式では目詰りや汚染のために取替を要し放射性煙霧の集塵には適さない。そこで第9図のようにグラスウールマットを約45°に傾斜設置し、その有効濾過面積を大にし、スプレーで常時洗浄する湿式を採用した。
 グラスウールから洗浄除去された集塵粒子は懸濁液となって下部の水溜めから水封槽を介して器外へ排出される。第10図にこの試作湿式グラスウールマットフィルターを示す。

(3)逆噴バグフィルター(R.A.J.B.F)

 円筒状濾布で汚染ガスを濾過し清浄化するものであるが、この装置の特長は、濾布繊維内に滲透付着し集塵された煙霧粒子を第11図のようにその外側を一定周期で上下運動するリング状のブローリングの内側スリットから清浄圧縮空気を噴射して脱塵し、ホッパー中へ落下させ、これをさらにスプレーノズルで洗浄し、懸濁液として器外へ排出し、濾布の汚染がある一定限度を超えないようにして常に高集塵率を保持できるようにしたことである。濾布には機械的強度の強い耐酸アルカリ抵抵力の大きい化学合成繊維を使用した。第12図はこの試作逆噴バグフィルターを示したものである。

(4)ジェットスクラッバー(J.S.)

 汚染ガスは第13図のように垂直ベンチュリー管のスロート(咽喉部)を50~100m/sの高速度で通過し、ディフューザーにいたる間にスロート前部の中心に設けたノズルから水あるいは蒸気を噴出して、その際の加速粒子の慣性力による水滴との衝突、微粒子と水滴との衝突、微粒子と水滴との拡散運動による相互凝集、凝縮核効果、調湿効果、ガス流の分割効果、水滴の荷電効果等を利用して清浄化するものである。そしてこの煙霧粒子を捕獲した水滴は、ガス流の急激な逆転の際の慣性力で水バスに溜められる。この試作ジェットスクラッバーを第14図に示した。

第7図 湿式電気集塵装置の集塵原理


第8図 湿式グラスウールマットフィルター(W.G.W.F.)

第9図 湿式グラスウールマット
フィルターの集塵原理


第10図 試作湿式グラスウール
マットフィルター

第11図 逆噴バグフィルターの脱集塵機構


第12図 試作逆噴バグフィルター


第13図 ジェットスクラッバーの集塵原理


第14図 試作ジェットスクラッバー

4. 試作集塵装置の集塵特性と経済性の比較

 集塵装置の優劣を判定するには、その集塵性能(圧力損失、集塵率等)、経済性および適応範囲の三者を考え合わせねばならない。そこで処理風量を1,000m3/h一定とした場合のこれらの実験結果をとりまとめて第1表に示した。すなわち装置費はW.E.P.が最も高く、次にR.A.J.B.F.,W.G.W.F.,J.S.の順で安くなり、また運転費はW.G.W.F.が最も高く、次にW.E.P.,J.S.,R.A.J.B.F.の順で安くなる。そしてこの両者のTotalCostはW.E.P.が最も高く、次にW.G.W.F.,R.A.J.B.F.,J.S.の順で安くなる。これだけでは集塵装置の優劣は判然としないので、第15図のように集塵率とTotal Costとの関係をSemilog図に描いてみた。すなわち、4者は原点をとおる同一直線の近くに点在する。この直線の下側にあれば、そのCostはW.G.W.F.より安く、逆に上側にあれば高いことを示す。この結果からW.E.P.のCostが最も安く、次にW.G.W.F.,R.A.J.B.F.,J.S.の順で高くなることがわかる。ただしここに求めた単位処理風量当りのTotalCostは定格処理風量1,000m3/hの集塵装置についての計算結果であり大分高いが、これより装置容量の大きい場合(工業的規模は約104~106m3/h)はこのTotalCostは処理風量に対して逆比例的に安くなる。一方集塵装置のTotalCostの順列は実用的に変化しないので、前述の結果は実際の工業的規模においてもそのまま適用できると考えてよい。また今回の実験に使用した酸化トリウムおよびモナズ原鉱ダストより更に微細な粒度の煙霧質に対しては、湿式電気集塵装置のCostは他の機械的集塵器のそれに比べて第15図の差より格段と安くなる。以上の結果から次のようなことが云える。W.E.P.はあらゆる放射性煙霧(ミスト、フューム、ダスト、スモーク)に対して99.99%以上のきわめて高い集塵率を発揮でき、その圧力損失も7mmHg以下できわめて小さいが、他の機械的集塵器にくらべ装置費は高価である。またその運転費はより安価であるかあるいは同等である。しかしこの欠点も高能率ということで十分補償でき、最もすぐれた集塵装置といえる。W.G.W.F.は圧力損失300mmHg以上で高いが、集塵率99.9%で構造が簡単で保守も容易であり、しかも集塵率およびCostはW.E.P.に次ぎ、すぐれた機械的集塵器の一つといえる。R.A.J.B.F.はガス温度約120°C以下のダストに対しては低圧力損失で約99%余の高能率を示し、その装置費も運転費も中庸であるが、液相煙霧(ミスト、フューム)や120°C以上の熱ガスを処理することは不可能であり、また濾過速度が数cm/Sであるために必然的に装置容積が著しく大きくなる欠点を有する。J.S.は熱ガスの冷却と粗集塵を兼ねた処理、あるいは水溶性、親水性煙霧の処理には好適であり、また装置費は最も安いという利点はあるが、低集塵率の割合には運転費は高く、また約100°C以下の煙霧質の処理では99%以上の高集塵率は期待できない欠点を有する。


第1表 試作集塵装置の諸条件とCostとの関係

第15図 試作集塵装置の集塵率とTotal Cost


5. 結  言

 以上の試作研究結果から、どのような放射性煙霧質に対しても所期の集塵率99.9%以上でかつ安定に処理し得る最良の集塵方式としては、機械的集塵器(たとえば、湿式グラスウールマットフィルター、ジェットスクラッバー、ベンチュリースクラッバー、サイクロンスクラッバー、スプレイクーラー等)を前置して粗集塵とガス調整(冷却、調湿)を行ってから、後置した湿式電気集塵装置で残存の微粒煙霧を完全に除去する方法である。またこれによれば、集塵率99.99%以上を得ることは経済的にも技術的にもすこぶる容易である。