昭和30年度原子力平和利用研究の紹介

 昭和30年度原子力平和利用研究委託費により委託した研究のうち、今回はその第8回として株式会社島津製作所の実施した「シンチレーション・カウンタの試作研究」(委託金額4,365千円が昭和31年6月30日をもって研究を終了したので、以下にその結果の概要を紹介することとした。

シンチレーションカウンタの試作研究

1. 研究の目的

 LiIをシンチレータとした熱中性子測定用のシンチレーション計数装置〔シンチレータ(LiI)、光電子増倍管、比例増幅器、振幅選択器、計数器からなる〕を試作研究する。

2. 研究の概要

 この研究は大別して次の三つにわけて考えられる。すなわち、

a. 5チャンネル・シンチレーション・パルスハイト・アナライザーの試作
b. 熱中性子用シンチレータLiIの試作
c. 総合試験

である。以下この大別に従って報告する。

3. 5チャンネル・シンチレーション・パルスハイト・アナライザーの試作

3−1 構 成
 5チャンネル・シンチレーション・パルスハイト・アナライザーは、高感度で分解時間を短く、安定度を高くすることを目標とし、次のような構成とした。

a. 検出器(前置増幅器を含む)
b. 比例増幅器
c. パルス伸長増幅器
d. 5チャンネル・パルス高選択器
e. b.c.用電源
f. 光電子増倍管用安定電源
g. 全数計数器
h. 各チャンネル計数器

この全装置の概観を第1図に示す。


第1図 装置の概観

3−2 検 出 器
 検出器に用いる光電子増倍管は、RCA5819、DuMont6292、EMI6260B、6260C、6262B、6262C、などを使用し、結晶としては検出器の試験用にHarshow製NaI:Tl"φ×1"を使用し、Co60,I131,Cs137などを用いて、光電子増倍管の感度、エネルギースペクトルのひろがり、疲労などを検討した。これら光電子増倍管は試験本数がすくなく、また同一型式においても管によって非常に性能がことなり、冬型式に対する一般的な良否の判定は困難であった。
 検出部には前置増幅器としての比例増幅器を付属した。この増幅器は6RR8×2、6RP10を使用し、利得20、利得安定度15、立上り時間0.05/μsec以下の性能を有することがわかった。
 第2図は上記NaI:TlにてCo60γ線を検出したときの検出部の出力パルス、第3図は、後述の試作LiI:Snを用いてRa−Be中性子源をパラフィン中に挿入した場合のγ線および熱中性子線を検出したときの検出部の出力パルスを示す。


第2図 NaI:Tlによるγ線のシンチレーションパルス(掃引速度0.5μsec/cm)

第3図 試作LiI:Snによるγ根および中性子線(Ra−Be源)のシンチレーションパルス(掃引速度1μsec/cm)

 3−3 比例増幅器
 比例増幅器の回路方式は、立上り時間、増幅度、過負荷特性、安定度、価格の点を考慮し、またスペクトロメータとして要求される性能を考え合わせて、 3Tube−Feed back 方式とLong−Tailed pair方式を組み合わせで、それぞれの性能を実験的に試験した。立上り時間の要求から、使用真空管としてくは高周波に対するFigure of Merit(gm/Cin)が大きく、また出力段においては陽極電流の大きい管を用いた)回路要素としては過渡特性を良好にするためにピーキングコイルをも採用した。
 3Tube−Feedbackの回路設計については、Watkins, Fishbineによる無過負荷条件を考慮した設計法を基礎とした。この設計法は出力電圧の大きさが小さいときには便利であるが、大出力電圧を得る場合には出力管の許容陽極電流が非常に大きくする必要を生ずる難点があることがわかった。しかし3Tube−Feed back回路は比例増幅器としては最も上記諸特性が良いと考えられる。Long Tailed pair方式は簡単であり、過負荷特性はよいが、早い立上り時間で、大きい利得を得る点では 3Tube−Feedback方式に及ばないように思われる。
 試作した比例増幅器の特性は、利得5,000、立上り時間0.1μsec、最大出力電圧100Vである。
  早い立上り時間で、大出電意圧を得るためには、前述のようにgm/Cinが大きく、許容陽極電流の大きい管を用いれば、さらにこの面での特性の改善ができようが、実用面での要求と経済性から考え上記性能に止めた。なおこの他に過負荷特性が重要な因子であるが、約20倍の過負荷信号に対して過負荷の影響は表われない。
 なお、次に述べるパルス伸長増幅器を軌作させる、ためと、この増幅器で電圧選択ができるように、差動増幅器型のパルス高弁別器を付属した。

 3−4 パルス伸長増幅器
 この部分は、パルス選択の下限を定め、これにつづく5チャンネルパルス高選択器の選択レベルの安定性を高めるためにパルスの一部を比例増幅し、さらにパルス幅を延長して選択器の動作を確実にするために付属した。
 この回路を示せば第4図のとおりである。図においてV1が下限選択用二極管ディスクリミネータ、V2,V3はCapacitive feed throughの補償を行ったカソードフォロワ、V4,V5,V6は利得10の3Tube−Feed back式の比例増幅器、V8,V9は比例増幅器のパルス弁別回路からの出力によって約0.6μsecの矩形パルスを生ずるカソード結合型のユニバイブレータ、V11,V12,V13はパルス幅延長用コンデンサCの充放電作用を行う回路である。すなわちV8,V9からの矩形パルスが生じている間はCの両端は開放状態となり、V7(出力カソードフォロワ)の格子は3Tube−Feed backの出力に等しい電位に保たれる。この矩形パルスが終るとCは短絡され次のパルスに対して待機する。したがってV7の出力電圧は3Tube−Feed back回路の出力に等しく幅が0.6μsecのパルスに延長される。
 ディスクリミネータに二極管を採用したのは、安定性と直線性に関する考慮からであって、直線性に問題となる二極管の電圧電流の折線特性は、多極管より優れており、安定性もヒータ電圧を制御すれば良好であるからである。ヒータ電圧は図のように補償回路を設け、また電極管の静電結合は、次のカソードフォロワにて補償した。直線性は3Tube−Feed backの動作点をV4の導通状態点に選び、さらに V4,V間のダイオードで非直線部分を除いた。

第4図 パルス伸張増幅器

第5図  パルス高選択器

 この方式によりレベル設定値1〜100V、出力最大電圧70V、立上り時間0.1μsec以下、利得10、出力パルス幅0.6μsec(この値は可変できる。)のパルス伸張増幅器を得た。

3−5 5チャンネル・パルス高選択器
 チャンネル数が5であるので、選択電圧のことなる五つのシングル・チャンネル選択器を5個使用する方式を採用した。その方式は、分解時間と安定性を主眼としてヒステリシスをすくなくしたシュミット回路とビートォ回路を使用した。
 ビートォ回路は、逆同時回路方式としてもっとも信頼度が高いように考えられる。この回路を第5図に、その原理を示す各部波形を第6図に、ビートォ管の出力波形を第7図にそれぞれ示す。
 第5図において、V1,V2Aは下限ディスクリミネータ、V3,V2Bが上限ディスクリミネーグ、V4がビートォ管、V5が逆同時回路、Vが出力ユニバイブレータ、V7は出力カソードフォロワである。

第6図 パルス高選択器の各部波形

第7図 ビートォ管陽極電圧


 この回路により、約1μsec幅のパルスで1μsec間隔で入来するパルスを安定に弁別することができた。各チャンネル幅は1.0Vに設定し、パルス伸張増幅器の利得の変化により、選択幅を1〜10Vまで4段に切り換えることができた。さらに各チャンネル幅を2.5Vに設定して、選択幅を0.25Vにすることもできた。

3−6 光電子増倍管用電源
 安定度を良好にするために負饋還型定電圧装置において、制御管は2C53、負饋還増幅器は二段増幅の(この電源は別の負饋還型電源とした。)差動増幅器とし誤差検出および出力調整回路の抵抗の構成にはその温度係数など、種々検討した。
 電圧値およびその安定度は標準電池と検流計で較正試験し、出力電圧範囲500〜3,000V、最大力電流1mA、電源電圧に対する安定度0.01%長時間の安定度0.02%、内部抵抗4kΩを得た。

3−7 計 数 器
 EITを使用した計数器は回路は簡単であるが分解時間が約30μsecであることが欠点とされていたが、最近、回路構成を変形することいよりさらにこれを1μsec程度にまで改善することができることが報告されていた。この機会にわれわれはこれを実験したところ、1μsec以下の分解能を得ることができた。回路変形の根本原理は、偏向電極の浮遊容量への電荷の充放電を強制的に行う方法であって第8図の回路で約8μsec、第9図の回路で約0.6μsecの分解時間を得た。第9図の回路を全数計数器、第8図の回路を各チャンネル計数器に採用してしる。

4. 熱中性子用シンチレータLilの試作

 熱中性子計測用のシンチレータとしてLiI:Euがγ線のBackgroundからの分離がよく、かつ分解能がよい。しかし試作期間と経済性から考えLiI:Snを研究対象とした。

第8図 各チャンネル計数機

第9図 全数計数器

4−1 製造装置

 結晶生成炉は垂直円筒炉で中央を不銹鋼のバッフルによって上下に分割し、上室中段にさらにバッフルおよび蓋を設置して温度制御を容易にした。加熱捲線は4回路に分け、炉内に高い垂直温度勾配を得た。さらに下部炉董にアニーリングに使用できるように外側保温層の厚みが徐冷の際の半分になるようにした。
 エレベーターロッド、ルツボ台は不銹鋼で製作し、ワイヤーで徴動装置に連結し、微動装置は0.5mm/hrから2mm/hrの低速3段と、75mm/rから300mm/hrまでの高速3段の切り換えが可能である。炉の温度制御装置は熱電対にて、上、中央、下炉室を検温し、電子管自動平衡型記録計(プログラムコントローラを含む)3台にて制御する方式とした。 印加電圧に対して最大6%、最少1.5%のon・Off電圧調整を行い温度制御精度±0.25℃以内を得た。
 アニーリングの制御はプログラムコントローラを使用し、付属のタイマにより炉温を二次的に変化して制御を行うもので、最大25℃/hrから0℃/hrまでの範囲内で自由に徐冷速度を選ぶことができる装置とした。

4−2 製造研究

 製造の過程に従って説明する。

a)LiI・H2Oの精製法
 精製したLi2CO3と蒸溜して得られたHI(55%)を徐々に反応せしめてLiI溶液を得る。これから再結晶法によって無色LiI・3H2Oを得る。

b)脱 水
 1l の丸底フラスコに精製した無色のLiI・3H2O(750g)を入れ、加熱する。約250℃まで加熱した時、金属錫を投入し、遊離沃素と反応せしめる。これはアクティベースを生成せしめるとともに遊離沃素を除くためである。(遊離沃素の存在により結晶が褐色に着色し、これによって性能が著しく低下することが判明した。)
 完全な脱水は大体LiI・H2Oになった材料で、金属錫塊を除き、ルツボに入れ真空ポンプで10−2mmHg程度に排気しつつ加熱し、450℃以上の温度に数時間排気しながら脱水する。透明淡黄緑色の材料が得られたところで完了する。

c)活性化
 上記脱水法により得られた無水沃化リチウム中には分析結果から0.005%〜約0.02%の錫を含有する。錫の含有量と色調の関係は大略次のとおりである。

  錫含有量(%)   色 調
  0〜0.005     無色〜淡緑色
  0.005〜0.02   淡緑色〜淡黄緑色
  0.02以上     黄緑色〜黄橙色

 実験結果によればパルス高は結晶の着色により減少し、発光効率は活性剤の増量により増加する傾向にある。これらのことから錫の含有量は0.02〜0.03%が最適と思われる。

d)単結晶製造法
 ルツボは底部90℃の円錘型、直径60mmφ、高さ160mmの寸法を有するものが良好であった。これに無水LiI:Snを約550g充填すると2”φ×2”の単結晶が得られる。底部が円錐型であるので最初先端部から冷却され始め SingleSeed ができて結晶はこれから成長する。エレベータ上端に取り付けた不銹鋼製の円錐型古にルツボを静置し、バッフル上面にルツボの円錐先端が位置したところから結晶化を開始する。炉温はバッフルの位置で沃化リチウムの融点上炉室で融点より高く、下炉室で融点より低い。バッフルを介して7〜10℃/cmの勾配を有する炉内を1〜2mm/hrの速度で微動降下させる。

e)研 磨 法
 研磨には恒温恒湿室とドライボックスを使用する。恒湿室は湿度35%以下とし、ドライボックス中は10%以下とする。切断は流動パラフィンで表面を保護しつつ切断車で行う。研磨は円筒の一底面以外は100番位のサンドペーパーで研磨し、一面のみサンドペーパーの目をさらに細かくして600番のものを平面皿の上に貼付したもので最終研磨し、十分脱水したエーテルで仕上げる。ただちにアルミニウム鑵に反射剤としての焼成乾燥した酸化マグネシウムとともに封入する。

4−3 総 括

 研究によって判明した主要な事項は次のとおりである。

a)沃化リチウムの精製は極力無色大針状結晶とすることを要する。

b)無水LiI中の遊離沃素をすべて除くことを要する。

c)LiIの熔融物は透明であることを要する。

d)生成単結晶にクラックの入る原因は

1)結晶種がただ一個でないこと
2)材料中に固形不純物が混入すること
3)炉温が急変すること

などである。

e)結晶化中の炉温の変動は

1)結晶の透明度を悪くする。(結晶の過速)
2)クラックまたは多結晶の原因となる。

f)高純度の沃化リチウムで上記諸条件を満足する結晶化を行えば透明大単結晶を得る

g)単結晶の切断研磨には極低湿度を要する。

h)活性剤としての錫の含有量は0.02〜0.03%のものが最良の効率、感度を与える。

5. 総合研究

 以上研究による成果としてことの性能を最もよく表わすと考えられるスペクトル分析結果の一例を次に示す。第10図はNaIによるCo60のスペクトル、第11回はLiIによるRa−Be(パラフィン中に入れたもの)熱中性子源のスペクトルを示す。

第10図 Co60のスペクトル

第11図 Ra−Beのスペクトル