昭和30年度原子力平和利用研究の紹介

 昭和30年度原子力平和利用研究委託費により委託した研究のうち、今回はその第6回として富士写真フイルム株式会社の実施した「ガンマ線用フィルムバッジの試作研究」(委託金額1,844千円)と財団法人日本学術振興会(神田英蔵)の実施した「液体水素の性質の研究」(委託金額3,600千円)とを紹介することにした。

ガンマ線用フィルムバッジの試作研究

昭和30年度原子力平和利用研究委託費により「ガンマ線用フィルムバッジの試作研究」を富士写真フイルム株式会社に委託し、昭和31年3月31日をもって研究を終了したので、その結果の概要を紹介する。

1.研究の目的

 原子炉、放射性同位元素を用いる場所等において用いる個人用健康管理のためのγ線用フィルムバッジを試作し、0〜600ミリレントゲンの範囲でのγ線フィルムバッジ・サービスシステムを確立する。

2.研究の概要

2−1試作の目標

 個人が被曝する放射線を数百keV以上のエネルギーのγ線のみと考え、γ線線量測定を目的とする。したがって数百keV以下のγ線および同等のX線のBack−ground は存在しないものとする。
 測定可能エネルギー範囲の下限を一応手持ちCs137のγ線エネルギー0.66MeVにし、測定線量の範囲を50ミリレントゲンからだいたい1レントゲンと定めた。これはフィルムバッジの一使用期間を2週間と一応したためである。

2−2 バッジ用フィルムの試作

 Co60からのγ線が600ミリレントゲン入射したときに写真濃度 D=2.0 附近を示すような高感度γ線用フィルムを試作した。試作の方針は比較的粗粒子高銀濃度のノースクリーン型X線写真型を目標とし、全量アンモニア法沃臭化銀乳剤(A)、中性法沃臭化銀乳剤(B)、中性法臭化銀乳剤(C)の3種の基礎乳剤処方を元とし、フィルムベースは可燃性セルロイドベースの使用をさけ、三酢酸繊維素の不燃性ベースを用いた。
 γ線用フィルムの感度を上昇させるには、写真乳剤中のハロゲン銀の含有量を増大せしめる必要がある。またハロゲン銀粒子の大きさを増大させることによって増大する。
 そこで粗大粒子高濃度乳剤を目標とし試作研究をかさね、フィルムの両側に写真乳剤を塗布する方式によってさらにγ線感度の増大をはかった。
 得られた3種の試作品のγ線センシトメトリーは第1表のごとくである。

第1表

 すなわち、試作フィルムCは十分な感度を有しているが(600ミリレントゲンでD=1.7)圧力効果に敏感で工業化について問題が多い。試作フィルムBはやや感度は所期の目標には不足で(600ミリレントゲンでD=0.9)あるが、市販外国製品に匹敵する感度を有している。その上保存性もよく工業的に製造する上にも問題はない。試作フィルムAはBと同程度の感度をもつが、カブリが多く、保存性もよいとはいえないので目的にそわなかった。

3.試作フィルムの性能

3−1性能試験の方法

3−1−1 γ線源および線量の決定

 γ線源はCo60およびCs137を使用した。(第2表参照)

第 2 表


 なお工業用X線発生装置(Isovolt300)からのX線も補助的に用いた。これは使用に際し銅フィルターによって線質を硬くし、銅による吸収が190kV、165kV、150kVの単色X線に等しいものにして用いた。
 線量の決定にはγ線線量計がないため、よく知られた放射能から換算する式を用いて推定し、X線線量はビクトリーン製コンデンサー型線量計によって測定した。

3−1−2 センシトメトリー

 予備実験はすべてうちのり1″×3″の木製光密キャセットにフィルムを入れ、スタンドで保持し、インテンシティスケールで露出した。予備実験では、一応現像液として富士フイルム製XX線フィルム用のFDIIIを用い、試作現像液の完成と同時にそれに切り換えた。また現像はバット現像法によった。バット現像法はかなり現像誤差を生ずることがある。しかし大きいバットに現像液を十分に入れ、バットの中央部分のみに現像すべきフィルムを入れ、バットを前後左右に傾けながら現像するときは、ムラはほとんど生じない。これについても現像装置の試作完成と同時に自動現像に切り換えた。
 濃度測定はPhotovolt濃度計によった。これはマルチプライヤー使用のフォトメーター型で精度は、濃度3までは ±0.02である。

3−2 予備実験

3−2−1 試作フィルムのγ線に対する直接黒化

 3-1-2でのべたセンシトメトリー法でCo60,Cs137のγ線に対する試作フィルムをしらべた。

第1図は線量異化度特性であり、横軸にレントゲン量をプロットしてある。

第1図 試作フィルム3種のCo60γ線およびCs137 γ線に対する線量黒化度特性、
FD−III、20℃,5分,バット現像


 各試作フィルムの特性は第3表のとおりであった。

第3表


 試作フィルムA,Bは、やや感度不足の気味があり、フィルムCは乳剤的にやや不安定であるように見える。試作フィルムBはカブリがすくなく、かつ直線性良好で安定な乳剤である。
 感光材料の特徴として300keV以上のγ線に対しては、感度の波長依存性がないことが知られており、この点フィルムのみを使用する立場は、きわめて便利であるといえる。

3−2−2増感紙、鉛板併用の場合

 螢光増感紙はγ線に対する写実感度をかなり上げる。したがって螢光増感紙を併用すると、感度の点からいえば試作フィルムA,B,Cとも申し分なくなる。極光のK2−Sを用いると各フィルムとも感度がCo60、Cs137のγ線に対してそれぞれ約6倍、10倍程度上昇する。しかし感度は良くなるが、新しい困難、つまり線質に対する感度の依存性がでてくる。さらにγ線を直接フィルムに照射したときにあらわれなかった相反則の不成立が生じ得る可能性がある。一般にフィルムを可視光線にあてるときには、相反則は成立しないからである。この点を再検討したところ、約10分から12時間までの露出時間内では露出時間依存性がほぼないが、24時間以上になるといちじるしく増感の割合が減少することがわかった。
 鉛板もγ線に対してフィルムの異化度を増大させる。これはおもにフィルム背面にある鉛からのγ線および2次電子の後方散乱による利得であると考えられる。フィルム前面の鉛箔も10μ程度で増感を期待することができる。鉛板による増感率はたかだか2倍以下であり、螢光増感紙の6〜10倍に比べるとたいしたことはない。しかし螢光増感紙はそれ自体かなり経済的な変化およびバラツキを持っているため、安定な表面処理を行った鉛に比べると使用上誤差をともないやすい。

3−2−3 潜像退行

 感光材料は露光してから現像するまでの時間の長短によって現像濃度が変ることが知られている。一般に時間の経過とともに濃度減少が見られ、これを潜像退行という。その大きさは、温度、湿度の増大とともに増す。試作フィルムBおよびCについて実際使用時の状態に近い温度(20℃)、湿度(70%R.H.)の条件下で潜像退行を調べた。一定のγ線線量を与えたフィルムを一定時間上記条件下に放置した後現像し、得られた濃度を経過時間の対数に対してプロットしたのが第2図である。試作フィルムBはCにくらべ潜像退行がいちじるしく少ない。2週間後で線量にして約15%以下の感度減少を示す。一方試作フィルムCはかなりいちじるしい退行特性をもっている。フィルムバッジを使用する場合、潜像退行特性は当然測定線量の誤差を支配する。この意味からみて試作フィルムBは最も適したフィルムである。防湿包装を採用すれば退行特性はさらに良くなる。

第2図 試作フィルムの潜像退行特性、
20℃、70%R.H.

3−3 線質依存性と方向依存性

 試作フィルムを単独あるいは増感紙や金属フィルター併用で用いたときの性能を調べ、フィルムバッジとして最も適当と考えられる条件を求めた。結果は第4表のとおりで、感度の点からいえば若干不足気味ではあるが、フィルムBを直接うすいアルミニウムケースに入れて使用するのが最良であるといえよう。フィルムCを用いることは、それが圧力に対して敏感でありフィルムバッジとして取り扱う場合に細心の注意を払わなければならないので困難であろう。

第 4 表


4.バッジケースの試作

4−1 材料、厚み

 材料はAlとし、厚みは3−3でのべたごとく0.5mmを最適の厚みとして採用した。材質をベークライトにしても本質的な差はないと思われるが、加工の容易さなどからAlをとりあげた。Al 0.5mm によるCo60γ線の吸収は約1.5%、Cs137で3%である。フィルムの黒化から推定すると前者で9%、後者で11%の減少を認めた。この不一致の原因は多く直接のγ線よりむしろ空気中に発生した2次電子および実験室中の散乱γ線によると思われる。この場合Alとフィルムの間には遮光用黒紙が入っている。

4−2 型  式

 Al製の簡単な型式を採用した。I型は前面に小さな窓を有しているが、これはケース中のフィルムおよびバッジ表面の註記を外部から見やすくするための窓である。II型は窓を持たないものである。第3図はI型のケースである。試作したバッジケースI型のCo60γ線に対する方向依存性は第4図のとおりである。

第3図  I型のケース



第4図 試作I型バッジケースと試作フィルムB
とを組み合せたときの方向依存性




5.バッジ用現像装置の試作

5−1概  要

 バッジ用現像装置として二つの型を研究試作した。I型は少量のバッジフィルムを再現性良くかつ同一視像処理での現像ムラをできるだけ少なくする方法、II型は多量のバッジフィルムを同時に、かなり再現性良く処理する方法で、その概要は第5表のとおりである。

第 5 表

 I型はX線用フィルムバッジJIS案に採用された現像方式で、内径10cm深さ33cmのデュワー瓶の3/4に20℃±5℃の現像液を入れ、せんをする。せんは支持わくに固定され、モータにより5秒間で1回転すると同時に1秒に45°上下に振動するようになっている。II型は恒温水槽中に入れられており、現像液、停止液、定着液タンクはいずれも幅7cm×長さ22cm×深さ50cmの大きさを持ち約10l の液を入れることができる。現像は現像液の自動的循環と同時に現像わく全体を手によって静かに上下させながら行う。

5−2 性  能

 上記現像装置による現象ムラのテストの結果は、I型においては平均値からの最大濃度差±0.03、濃度の標準偏差は±1.1%(線量にして±2%)であった。(習練した作業者のバット現像による偏差は1.2%程度である)。II型における結果は標準偏差は±2.5%、線量にして約±5.6%であった。

6.バッジ用調合現像剤の試件

 フィルムの試作と併行し、次の点に重点をおき現像液の研究を実施した。

 (イ)現像操作によるくり返し誤差の少ないこと

 (ロ)疲労性および攪拌の影響が少ないこと以上の点に重点をおき、X線用現像剤に改良を加え目的に合致するものが得られた。

7.フィルムバッジの実際の使用法と較正法

 同一乳剤番号のバッジフィルムを使用者数以外に、すくなくとも4組用意し、これを較正用フィルムと呼ぶ。フィルムバッジの使用期間は2週間単位と定める。使用第1日目に較正用フィルムの1枚(Aと呼ぶ)に500ミリレントゲンの標準Co60γ線(あるいはそれと同等の)露出を与えておく。4枚の較正用フィルムおよび作業に従事していない時の使用中フィルムは低温、低湿、被曝のおそれのない同一場所に保管しておく。
 2週間の使用期間が終了したフィルムバッジはさらに3日間上述の場所に保存しておき、3日後、較正用フィルムの他の2枚(B,Cと呼ぶ)に500および1,000ミリレントゲンの標準Co60γ線露出をそれぞれ与える。(Dは未露出のままカブリ補正用に用いる。)
 較正用フィルムに対する標準露出が終ったらただちに4枚の較正用フィルムおよび使用したバッジフィルムを同時現像する。
 定着水洗乾燥後濃度測定し、較正用フィルムA,B,CおよびDに対して第5図のように濃度値をプロットする。

 第5図 線量−濃度関係曲線

 使用したバッジフィルムの濃度から特性曲線D−B−C上で線量を読み潜像退行に対する補 

 方向依存性を補正するためさらにその値に1.05を乗ずる。入射γ線のエネルギーに対する補正を行ってもたかだか2%以下である。

8.得られた成果

 試作研究の目的である数百keV以上のγ線線量測定用フィルムバッジとして、3種の試作フィルムのうちの1種(B)をそのまま使用することにより、数百keVのγ線に対する感度のエネルギー依存性をなくすことができ、またケースを適当な厚さのアルミニウムを用いて方向依存性をいちじるしく少なくすることができた。試作した現像装置2台のうちI型はきわめて現像誤差の少ない性能を有し、II型は多量のフィルム処理ができるものが得られた。

 フィルムバッジの線量測定の精度は簡単な補正法を用い

 (イ)潜像退行による補正の見積りすぎ   <約7%

 (ロ)方向依存性の補正の誤差    <±5%

 (ハ)線量−異化度特性を直線にしたための見積りすぎ   <約5%

 (ニ)現像によるむら      <約1%

 (ホ)濃度測定による誤差    <±20ミリレントゲン

と推定される。
 線量測定可能範囲は50ミリレントゲン(40%程度の濃度測定による誤差を含む)〜1,000ミリレントゲン(線量−黒化度特性を正確に求めれば3レントゲン以上も可能)までのものが得られ、またγ線エネルギー範囲は0.66MeV〜1.3MeV あるいはそれ以上のγ線に対して使用できるバッジフィルムを得ることができた。



液体水素の性質の研究

 昭和30年度原子力平和利用研究委託費により「液体水素の性質の研究」が財団法人日本学術振興会に委託され、東北大学金属材料研究所、神田英蔵教授のもとで水素の液化精溜による重水製造の基礎研究として研究が行われ、31年7月31日をもって終了したので、その研究結果の概要を紹介する。

1.研 究 の 目 的

 水素の液化精溜による重水素濃縮は大装置で行えば最も経済的な重水製造方法となる見通しがあるが、技術的には未開発な部分が多分にある。本研究はこれらの未開発な問題点を部分部分を小分けにして解明し工業化に際しての基礎資料を得んとするものである。

2.研 究 の 内 容

 水素の液化精溜に際し最も必要な水素液化器を、昭和29年度に研究した極低温大型装置用絶縁法を応用し、わが国において初めて自作した。また研究室程度の規模により精溜装置を作り、精溜試験を行った。この際精溜温度での水素のオルソーパラ転移が精溜に支障を来す恐れがあるのであらかじめこの転移を完了させるための触媒を研究した。さらに本方法を工業化した場合問題となる水素膨脹機関について小型の試験装置を作り材質、漏洩、効率等の試験を行った。

3.研 究 結 果

 1.水素液化器の試作

 水素液化精溜の実験に用いる液体水素を得るために、水素液化器を製作した。これは将来の水素液化精溜プラントの熱絶縁、水素の予冷、自由膨脹等の試験を兼ねる装置で、その概要は次のとおりである。

 a.液 化 系 統

 高圧水素を液体窒素で予冷し、ジュールトムソン効果を行わせる方式である。将来の液化精溜プラントにおいては膨脹機関を用いて寒冷発生を行わせるが、この機関の試験は別項研究にて行った。すなわちこの水素液化器では

(イ)150〜170気圧の水素をジュールトムソン効果の逆転温度以下に冷却するため液体窒素で予冷する

(ロ)水素中の不純物は水素液化の際装置内で凝固閉塞を生じるからこれを完全に除去する(吸着除去)

(ハ)ジュールトムソン効果を生ぜしめる膨脹弁

(ニ)各段階における熱交換器

等よりなる。(第2図参照)なお (イ)に必要な多量の液体窒素を液体空気より得るため、附属装置として120リットル金属デュワー瓶、附属熱交換器をも製作した。

 b.液化器における物質収支ならびに各部温度

 水素容量   100m3/hr

 圧力      150〜175atm

 予冷温度   60°K(液体窒素圧力 220mmHg)

 液体窒素消費量 30l/hr

 水素液化率  16%

 液化量     20l/hr

 水素液化器設計および定常状態における平衡温度は第1図のとおりであった。

 c.熱 交 換 器

 本実験には第2図に示すようにI.カピッア式 II.窒素側多管式 III.水素側多管式を用いた。

第1図 水素液化器設計
(物質収支および各部温度)


第2図 水素液化器(試作)系統図



 d.断熱保冷法

 液体水素温度にさらされる部分はすべて金属デュワー瓶中に収め、このデュワー瓶、液体窒素だめ、熱交換器の一部は耐真空容器に収め100メッシュ以下のシリカゲル粉末を隙間に充填し10-1mmHg程度の真空に保つ。真空容器と外壁との間は鉱滓綿を充填し常圧断熱した。

 e.オルソーパラ転移

 液体水素精溜中でのオルソーパラ転移を防ぐことは転移熱の発生による熱バランスのずれを防ぐためにも、また水素の蒸気圧の変化を防ぐためにも必要である。すなわち水素が精溜塔に入る前に触媒によって転移を完了させるかあるいは精溜中にオルソーパラの非平衡のまま転移を生ぜしめないかのいずれかを取らねばならない。水素中には微量の酸素が固体として蓄積され、これが転移触媒としても働くので、精溜に際しては、液化前に転移を進ませる方が良いことが判明した。固体酸素、硫化マンガン、活性炭、酸化クロム、水酸化鉄等を触媒として−190℃附近での転移速度を測定した結果Fe(OH)3 が最も固体触媒として優秀であり従来用いられてきた活性炭に比し約10倍もすみやかに転移を進ませることがわかった。

 2.液体水素の精溜実験

 水素液化器から液体水素をくみとり小型の精溜装置により重水濃縮を試みた。最初はきわめて小規模にかついろいろの実験条件を調節しやすいガラス製の装置により濃縮の可能性をたしかめ、次いで実際のプラントにおける精溜塔に近い材料と保冷法を用いた金属製の精溜装置を作り精溜実験を行った。

 a.硝子製水素精溜装置による実験(第3図参照)

(1)装置 精溜塔はデュワー瓶中にあり、精溜塔部と蒸発器は真空外筒により外部から断熱されそれぞれ加熱コイルを有し、凝縮部は蛇管をなし内側のデュワー瓶中の減圧液体水素により冷却される。蒸発器の容量は約100cc、精溜塔部は長さ350mmでステッドマンパッキングを充填する。液体水素用の内側デュワー瓶のほかにさらに液体窒素用のデュワー瓶がある。この精溜器は外部に真空保冷のための高度真空計、精溜器への原料水素の導入、精溜溜出のための導管系につながり、この導管系は自動的に精溜溜出圧を一定にするためのリレー装置と重水素分析試料採取管、流速計を有する。また内側デュワー瓶中の液体水素は減圧されて−260℃附近になり精溜に際して冷却凝縮の動きをするが、このため水素圧を一定に保つため恒圧装置を有している。本装置の特色は (イ)断熱すべき部分は高度真空により理想的断熱が可能である。(ロ)加熱調節が自由かつ容易である。(ハ)精溜圧、塔頂溜出速度を一定にし、したがって還流比を一定に保てる。(ニ)精溜装置内部を液体水素が流下するのを観測できることである。

第3図 液体水素精溜装置−I

(2)精 溜 外側のデュワー瓶に液体窒素または液体空気を入れ、内側に水素液化器からの液体水素を入れてポンプで減圧する。減圧程度は溜出速度あるいは還流比により変えるが200〜300mmHgである。蒸発器にボンベからの水素を凝縮させ蒸発器の加熱コイルにより最初全還流の精溜を行い、精溜塔内を平衡にする。次に流量調節器あるいは溜出圧自動調節装置をはたらかせて精溜溜出させる。凝縮器のための液体水素は別の液体水素溜めのデュワー瓶から補給する。100ccの原液が1〜0.5ccにいたって蒸発器の加熱をやめ、精溜塔部を加熱してhold up の液をすて残溜液体を蒸発採集して分析資料とする。この方法により収率約90%以上で約100倍の濃縮ができた。(数百倍の濃縮も可能)


 b.金属製精溜装置の試作(第4図参照)

 a.の装置よりもさらに実際の場合にちかづけ、還流比調節、凝縮器、断熱保令法等において将来さらに大型かつ総合的精溜実験に合致させられるものとして次のような精溜装置を試作し実験を行った。

(1)装置精溜塔の各部分はおおむね銅管からなり蒸発器のみ外部より観察できるようガラス製にした。要部の大きさは次のとおりである。

 精溜塔部 理論段数 21.7段(0.02%HD→2%HD)

      総括段効率 75%

      所要段数 29段

      充 填 物 不銹鋼製単捲ヘリックス1.6mmφ

      塔   径 14mm

      塔   長 1,000mm

      供 給 段 17.3段

蒸発器 液面計と電熱加熱器を具える

 凝縮器 容   量1.8l

第4図 液体水素精溜装置−II  系統図



凝 縮 管 6×5φ×200mm×18本

冷   却 300〜400mmHgの減圧液体水素

還流比調節器 全凝縮をさせ凝縮液の流下をシンクロナスモーター駆動による調節弁開閉により調節して還流比を任意に制御する。

断熱保冷法 水素液化器に採用した粉末充填低真空保冷法によった。蒸発器および精溜塔部は絶縁保冷層の中間に液体空気温度の金属(銅)円筒にかこまれる。これは上部および下部に液体空気溜めを具える。この断熱壁の内側にはシリカゲル微粉末を、外側には炭酸マグネシア粉末を充填して10−1mmHgの低真空に保って保冷する。

(2)精溜 精溜定常状態における温度および物質収支は第5図のとおりである。毎時1リットルの液体水素原料を精溜塔途中から供給し、凝縮器には毎時4リットルの液体を補給し減圧して18°Kに保つ。還流調節弁により頂出水素ガス141モル毎時のうち106モルを液体として還流して35モルを同様液体として放出する。(還流比3:1)かくして0.2モル(1.8リットルN.T.P.)の濃縮(2%HD)の液体水素を得た。

 3.水素膨脹機関の実験

 小型の水素液化器においては寒冷発生は高圧水素の自由膨脹のみによっているが、大型プラントでは空気液化分離器におけるように膨脹機関による断熱膨脹をも用いるのが有利である。

第5図 液体水素精溜装置−II 物質収支図


 しかし空気液化分離器とことなり (イ)温度がさらに低く、(ロ)したがって機関構成材料の材質、(ハ)非常に漏洩しやすい水素であること、(ニ)空気等の凝固する温度で作動するから無潤滑で働きかつ不純物の凝結をきたさぬこと等の困難な問題がある。本研究では次のような小型膨脹機関を試作して作動試験を行い上記の問題点について検討を加えた。

(a)膨脹機関

 ピストン直径25.4mm、長さ95mmで円周面摺動部にリング状溝14本あり、この部の水素ガスによる潤滑を期し、気筒はピストンとの間隙0.01mm、肉厚6.8mm、長さ127mm、材質は軟鋼、18−8不銹鋼、ネーバル黄銅等で作り、表面に硬質クロムメッキを施したもの、テフロンを被覆したもの等を試験用に作った。水素の吸入および吐出弁は不銹鋼で、弁座に革を用い作動スプリングは極低温を考慮して、コエリンバー線を用いた。ピストンの往復運動を伝えるクランク機構にはカムにより締切比のタイミングを可変にし、寒冷発生効率を種々の条件でしらべるようにした。ストロークは18mm、回転数220〜380回毎分で可変、ガスケットはアルミニウムおよびテフロンを用いた。

(b)作 動 試 験

 上記の膨脹機関を第6図に示す系統に組み入れ、作動試験、寒冷発生効率、漏洩試験、耐磨耗試験を行った。本装置では上記の程度の精密仕上げを行えば漏洩畳も問題にならず十分の温度低下を得るが、膨脹エンジン部は不銹鋼に表面処理のものが良好であると思われた。


4.納 め た 成 果

 上記の研究は液化器、精溜器、膨脹機関のおのおのを個々に作動せしめ研究を行ったものであり、水素の液化精溜法による重水素の濃縮の工業化のためにはなお種々の総合試験を必要とするが、基礎研究として下記のごとき点が解明でき、水素の液化精溜法に対しての明るい見通しを得ることができた。すなわち

(1)水素液化精溜装置の保冷は高真空を必要とせず、粉末絶縁剤充填低真空断熱法で良い。

(2)水素の液化の段階までの材料は中等低温度部分は銅管、極低温度部分はニッケル銅合金、または不銹鋼で良い。

(3)極低温部分でも不動部分、衝撃を受けない部分は軟鋼で良い。

(4)水素のオルソーパラ転移は、触媒としてFe(OH)3を用いて液化直前に行うのが良い。

(5)精溜装置による水素を100倍に精溜濃縮することが可能である。

(6)水素の膨脹機関はピストンシリンダー式を用いることが可能である。

第 6 図  水素膨脹機試験装置系統図