タイ国ウラン鉱概査報告について


 原子燃料公社理事佐藤源郎氏は科学技術庁調査員の資格をもって去る昭和31年12月15日から32年1月11日まで約1ヵ月にわたってタイ国におけるウラン鉱資源の既存状況などについて概略調査を行ったが、ここにその報告を紹介する。なお同氏はこの報告書の前書きにおいて、ウラン鉱物およびウラン鉱砂鉱の化学分析、室内試験等については、試料未着のため、後日報告することを明らかにしている。

タイ国ウラン鉱概査報告

       原子燃料公社理事

        佐藤 源郎

  要約および意見

1953年に発見されたタイ国南部西海岸地方のウラン鉱は、錫鉱業にともなう副産物である。したがってウラン鉱賦存地はとりも直さず錫鉱の開発、稼行地である。

 タイの錫鉱業は数世紀にわたり稼行されてきているもので、第2次世界大戦当時最盛時に達し、年産錫石として25,000トン程度であったが、終戦後衰え、現在15,000トン程度にまで回復し、なお増産のすう勢にある。(第1表参照)すなわち最盛時を過ぎたといっても、依然として世界的鉱業の規模であり(世界第5位)、タイ国輸出産業の第3位(1位が米、2位がゴム)を占める重要産業である。

第1表 タイ国近年の錫石産出量

 この大きな生産をもつ錫鉱のうち、西海岸地方の華僑系の鉱山からの産出は全体の2割程度とみられるが、その何パーセントがウラン鉱をともなうのか、その数字的な資料は、今後の精密な調査にまつほかないが、とにもかくにもわずかながら、現にサマルスキー石等のウラン鉱物が確実に眼の前に現われてきているのであり、錫鉱業は今後なお長年の間盛況を保つこと疑ないから、これにともなうウラン鉱はたとえ少量にしても将来にかけて着実な生産をあげること疑ない。
 日本の原子力開発に備えてのウラン鉱石の供給については、極力国内鉱床の開発に努めるとともに、海外鉱石の輸入をもあわせて考慮すべ

第2表 調査日程表

きであり、その輸入先についてはカナダ、ポルトガルのような第一級の希望地があるが、近い将来の動力炉向けの需要量増大をおもえば、たとえ僅量ずつにしてもできるだけ多数国からの幅広い着実な供給が要請されるべきであろう。
 この意味においてタイ国のウラン資源はさしあたり量的にはわずかであっても、またピッチブレンドのような第一級のウラン鉱物でなくとも、簡易な手段方法によって今後末長く着実に生産されるものであるから、日本の需要の一部にあてる意味において輸入を確保しておくべきものと考える。
 その具体策として、さしあたりの問題は、各地の華僑系の中小鉱山から出る砂錫鉱の副産物を無駄なく集荷することであるが、その集荷の実施に先立って、現在せっかく一度濃集したウラン鉱物が流失され、棄てられている現状を改めるため、現採掘業者との間に入念の話合いが必要である。各鉱山において副産物であるウラン鉱物類の採取が能率的に実施できるようになれば、これの集荷は技術的に難事ではないから、華僑系商社、日本商社いずれの手によってもよかろうが、要は、さしあたりの数量は僅少であるから、多くの商社が競り合わぬよう地域的の調整なり、適当な制限なりが必要であろう。
 集荷されたウラン鉱石(砂鉱)はサマルスキー石、フェルグソン石、ユークセン石のような、貴重な金属であるニオブ・タンタルを相当量含む鉱物から成っているから、ウラン鉱石としては優良品でないが、その点に相当の潜在的経済価値を具えている。したがってこの種の鉱石の輸入に当っては適切な冶金技術に考慮が払われるべきであろう。
 タイ国政府側の意向は一般商品の輸出は非常に希望されていると同時に、ウラン鉱石としての輸出についても、共産圏以外の自由国家に対しては、好意的であり、特に日本に対してはきわめて親和的であるから交渉次第で困難なく実現できると考えられ、今回面接した政府要人の口振りからも直接この点が確かめられている。

1.タイ国のウラン鉱物

 タイ国に産するウラン鉱物として現在判明しているものは次の5種である。

                U3O8含有率(%)

サマルスキー石     21〜91
フェルグソン石      0〜8
ユークセン石       1〜20
燐銅ウラン鉱        60
モ ナ ズ 石       0〜1

 これらの諸鉱物は大部分が錫の砂鉱中に混在しているが、砂鉱の源をなしている岩石から判断して、その過半はペグマタイトから、また一部はその母岩の花崗岩から由来したものとみなされる。

2.視察調査地域の概要

 今回の調査は南タイ西海岸地域のプケット・パンガ・タクアパおよびマライ国境に近いハジャイ地区であり、西海岸地域の北部のラノン地区は、交通不便のため、視察を割愛したが、さきにこの地を調査した谷川氏の談話とその調査資料を基として判断し、これらウラン鉱物の産出が報告されている地域の状況を表示すれば次のようである。(第1図および第2図参照)
 なお第3表にかかげてある個所以外に、三井金属鉱山系のワンプラ鉱山(タングステン)および三菱金属鉱業のニュー・チャンプラ鉱山(錫)を視察し、またホアヒン海岸のモナズ石砂鉱床およびジルコン砂鉱床の賦存状況を視察した。(第1図参照)
 第3表に示したように南タイ4地区の中でウラン鉱物を比較的多く産するのはタクアパ・パンガ地区でラノン・ハジャイ両地区がこれに次ぎ、プケット地区では発見されていない。
 最も注目すべきタクアパ・パンガ地区の特徴としては、ウラン鉱物が共存する砂錫鉱の源である花崗岩が多数の場所によってはおびただしいペグマタイトの不規則脈に縦横無尽に貫かれているような粗粒の花崗岩で、かつ風化分解度がすこぶる高度で地表下20メートル以上も完全に土砂化しているような特徴ある条件を具えていることである。
 サマルスキー石等のウラン鉱物はこのペグマタイト中に含まれていたものである。

3.タクアパ・パンガ地区状況

 ウラン資源として最も重要なこの地区について以下詳述する。 (第2図参照)
 この地区は地形的には海岸線に平行にほぼ南北につらなる花崗岩の山脈と、その山麓から海岸にいたる沖積平野から成る。山脈は、パンガの一部において古生代二畳紀に属する珪岩および石灰岩層によって占められるほかは、大部分が中生代白堊紀の花崗岩から成り、海抜600〜700メートルを最高とするほど峻険でない山嶺を成している。花崗岩はおおむねはげしく風化しており、山麓地では、地下40メートル程度にまで土砂化している。
 砂錫鉱床は山麓から海岸にいたる平野地域の各地に既存し、数十年前から稼行され、第2次世界大戦中、錫価格値上り時代に最盛をきわめ、この地区に11隻、プケット地区に6隻のドレッジャーが稼働したが、現在では、2、3隻が残っているに過ぎない。現在この地区の砂錫採取事業は大部分がグラヴェルポンプ式による中小企業である。
 この地区の現在稼働中の23事業所の中、サマルスキー石等のウラン鉱物を含む砂鉱を扱っているものは次表の9鉱業所である。(第2図参照)
 この9鉱業所につきおのおのの砂鉱床の源岩すなわち母胎岩の露出地からその事業所までの距離と砂錫鉱の月産量を示すと次ページの表のとおりである。この表に示されるようにサマルスキー石の集中はトンカミン鉱山で最も濃厚であり、同一河川流域の遠い下流に位置するクッカ鉱山では最低を示す。このことは、サマルスキー石はあまり遠距離までははこばれす、2、3kmまでの近距離に沈積しやすい傾向があることを示しているものと考えられる。

第1図  タイ国南部


第2図パンガおよびタクアパ地区鉱山分布位置略図  第3図 ハジャイ市附近鉱山分布図


第3表 南タイ4地区の比較

4.現在の錫石採取状況

 この地区の砂錫鉱採取者は大半がタイ国籍の華僑であり、彼等はおおむねグラヴェルポンプ法によって稼行している。
 作業順序は、まず砂錫鉱床の土砂層に対し基盤岩に達するまでモニターから噴出する放水を吹きつけて押し流し、濁流となって流れる含錫土砂を一ヵ所に集めてこれを大パロンの上部までポンプで吸い上げ、延長100メートルあまりの緩傾斜の溝において猫流し式に水簸選鉱する。ここまでが粗選鉱であって、ここで得た錫精鉱を別棟の小パロン水洗選鉱場に移し、小パロンにおいてはまず噴水式選別機にかけ、次いでこれを十数回にわたり水洗をくり返して錫の精鉱を得る順序である。
 サマルスキー石等が最も集中するのは小パロンの水洗選鉱場における水洗過程の1、2回目の段階であって、この場合錫の半精鉱の片刃の方に比較的粗粒のサマルスキー石が集まってくる。この片刃は黒い重砂であるが、この種のものの鉱物組成をタクアパ地区セントン、ラムダ両鉱山産の例をとってみるとだいたい次のようなものである。

(1)セントン鉱山の例

錫    石      40〜50%程度
サマルスキー石   20〜30% 〃
チ タ ン鉄 鉱      20%程度
コ ロ ン ブ石      20%程度
  その他石英等

(2)ラムダ鉱山の例

チ タ ン鉄 鉱     30〜40%程度
柘榴石および石英    20〜30% 〃
サマルスキー石      10〜20% 〃
フェルグソン石      10〜20% 〃
錫    石        10〜20%程度
モ ナ ズ 石          5% 〃
コ ロ ン ブ石         1% 〃
ジ ル コ ン石          1% 〃

 またこの重砂を粉砕して残りの錫石を回収したあとのアマンを検すると、次のように変化し、サマルスキー石等は失われている。すなわち、介殻状断口をもって細片となったために流失したとみられる。

チ タ ン鉄鉱      40〜50%程度
柘榴石および石英      40% 〃
錫     石          5% 〃
ジ ル コ ン          1% 〃
モナズ石、コロンブ石、ほとんどなし

 このようにサマルスキー石は小パロンにおける水洗の最初の過程の際、錫鉱の片刃の方に最も多く集中するからこの時を失せず、これをそのまま確保する必要がある。

 この片刃重砂からサマルスキー石をさらに濃集させるには、入念に水洗した後簡単な磁力選鉱機にかければサマルスキー石含有率を50%以上にあげ得る。

 現にラムダ、トンカミン両鉱山において日本向け試験用サマルスキー砂鉱として特に入念に水洗選鉱した各2トン分の内容はだいたい次のような鉱物組成のものである。

サマルスキー石     50〜60%程度
モ ナ ズ 石         10% 〃
コ ロ ン ブ石     10〜20% 〃

5.今後の問題点、サマルスキー右の回収率 向上対策

 現在の錫採取業者の目的は副産物をまったく考慮せず、錫の採収率を上げることのみに専念しているから、現状のままでは、水洗のある過程において相当にサマルスキー石が集中する時期があるにもかかわらず回収されないで最後には細かく粉砕されて流失してしまっている。
 さりとてサマルスキー石などウラン鉱物の存在は錫石に比すれば僅量に過ぎないから、あくまで錫石の副産物として考え、錫石の採取率を下げることなしに極力副産物の採取率の向上をはかることである。
 この目的達成のための対策としては、前述のようにこのための独立企業は不可でおり、錫鉱業としても、この問題のために特に大きな改良は考えられないから、要はまずウラン鉱物を副産する鉱区の鉱業権者の理解と協力が必要で、まず適正な価格で買取ることが第一の問題である。

(1)国内のウラン鉱物副産鉱山を調査し鉱業権者の協力を求めること。
  鉱業権者の華僑は一般に勤勉誠実であり、相互信頼の念にも欠けていない。交換条件としてある程度の利益を約束してやれば進んで協力し能率的な成果をあげることが期待される。
  今回巡回した各鉱山の要人たちに対してもおおむねその感を深くした。すなわち錫石の採取能力をそがずにサマルスキー石の回収をも行い得るよう現行の水洗作業に若干の工夫を加えることなどにつき、入念に懇談して今後の協力を求めることは困難でないと考えられる。

(2)アマンの再処理
  前述のように大パロンにおける猫流し作業はおおむね請負制度になっているが、この場合サマルスキー石等を随分流失しているし、錫石の実収率も低い。すなわち現在この過程で棄てられているアマンにはサマルスキー石、錫石ともに相当の残鉱がある。ゆえにこれを再処理してサマルスキー石を回収すると同時に、回収される錫石を返却してやれば彼等の利得になる。この条件を基として交渉すればこのアマンの再処理は円滑に行われるであろう。

 (3)選鉱作業の最小限度の機械化
  現在行われている比重差による水洗選鉱は小パロンの最初の過程で噴水式選別機が使用されているほかはほとんど機械設備を備えていない。今後破砕機、篩分機、磁選機などの簡易な機械を使用すれば能率の向上はもとより、特に、従来流失していたサマルスキー石、コロンブ石、モナズ石等の回収が容易になる。

6.積極的増産ないし開発の構想

(1)廃砂堆積地の買収稼行
 前項に述べたのは現在稼働中の砂錫鉱山におけるサマルスキー石増産対策であったが、稼働中の鉱山のみでなく、現在休山または廃山となっている地区に残存する廃砂処理を目標として、鉱業権または租鉱権を設定して積極的にサマルスキー石等を採取することが積極策として考えられるが、この場合若干の錫石のほかコロンブ石、モナズ石の回収も同時に行う。

(2)簡易な中央選鉱場の設置
 廃砂堆積場が相当に密集している所があればその中心部に簡易な再処理選鉱場を設置し、周囲の廃砂とともに附近の稼行鉱山から片刃鉱の委託選鉱を引き受け、回収された諸鉱物のうち、錫石はこれを返却する。

(3)積極的増産対策−ペグマタイトの追求
 現在サマルスキー石を副産としている砂錫鉱山の源をなす花崗岩塊につき、その粒度、風化の程度ならびにペグマタイトの性質、特にサマルスキー石の含有度等につき詳細調査する。
 最も手近な個所から着手するとして、次のような調査地があげられる。

         (第2図および第3図参照)

タクアパ地区

ナイモツ山・・・セントン鉱山に近い花崗岩の山、山腹部の風化は30メートル程度。ペグ
         マタイトの貫入多い。ペグマタイト中に錫石の含有がみられる。

バントン山・・・ムアンラムダー鉱山に近い。風化の深さ40メートル程度。ペグマタイト
        の貫入顕著。ペグマタイト中に錫石が含まれている。

トンカミン山・・・トンカミン鉱山鉱区に接す。ペグマタイトの貫入が多い。その中に錫石、
         サマルスキー石が含まれているのが見られる。

パンガ地区

チンペック山・・・チンペック鉱山の鉱区に接する。ペグマタイトの貫入おびただしい。
          錫石、サマルスキー石がペグマタイト中に見られる。

パンリッツ山・・・タップウイン鉱山に近い。ペグマタイト多数がみられ、錫石、サマル
          スキー石が含まれている。

ハジャイ地区

ナ モ ム 山・・・ナモム鉱山とパンプル鉱山を常に擁する花崗岩の山。一部珪岩
            と接触している。グライゼン化した花崗岩中に燐銅ウラン鉱および
            サマルスキー石を含み、ウラン鉱物として注目すべき問題点を含ん
            でいる。

 以上現在までの概査である程度予察されている花崗岩塊の精査を改めて行って、ウラン鉱の新しい採取地を探知することから着手し、次いで錫、ウランの混合砂鉱の新鉱床発見を目標として、漸次未知の花崗岩塊に探査の手をのばしていく構想を提案したい。

7. モナズ石について

 一般にモナズ石は鉱物として最高ThO2 15%までを含むがU3O8の含有は最高でわすか1%、普通は千分台に過ぎない。またモナズ石砂鉱精鉱としての酸化トリウム品位は産地によりことなるが、世界一の大きな資源の称あるインドのトラヴァンコーレ産のものは7〜8%、タイ国西海岸産の一例は5.7%を示す。またこの精鉱のウラン品位ははなはだ低いものであるが、モナズ石の大量処理を行ってトリウムを抽出しているインドでは、あわせてウランをも抽出している。
 タイ国のモナズ石は砂錫鉱中に含まれ、その含有の程度はサマルスキー石等ウラン鉱物よりも普遍的である。砂錫鉱中のモナズ石の根源はサマルスキー石等と同じく、大部分が花崗岩中のペグマタイトにあり、一部は花崗岩体自身にもあるとみられる。いずれにしても砂錫鉱の採取の際に生ずる廃砂中の重砂、すなわち「アマン」中にモナズ石が含まれていることは周知の事実である。
 またモナズ石は独特の色と結晶形をもっているからサマルスキー石等にくらべて識別は、はるかに容易であり、したがって錫鉱の副産物としての採取もまた比較的容易である。
 タイ国西海岸地方の砂錫鉱山でアマンの中から、特にモナズ石砂を選別して貯鉱している所があり、従来サンプルとして海外に少量輸出され、日本にも若干量輸出されたことがあるが、市場価値あるモナズ石生産はまだない。この地方のモナズ石砂鉱精鉱はモナズ石を60〜70%含有し、ほかにコロンブ石、チタン鉄鉱を含み、所によってはサマルスキー石を相当量含んでいるものもある。
 東海岸(北部)ホアヒン海浜のモナズ石砂は成層をなし、主として石英粒より成る白砂と互層して海浜砂を構成しているが、この地のモナズ石砂の根源は、背後の丘陵性山地を構成している片麻岩状花崗岩であると認められる。この山地と海岸との間の沖積平野は、湿地帯をなしているが、この沖積層の一部では海岸の砂層と同様なモナズ石砂層を狭有しているのが認められた。この沖積層全般にわたり、モナズ石砂層の賦存状況を試錐などにより精密に調査する必要がある。