各 省 関 係

運輸省における原子力関係業務の実施状況

 1 概 要

 運輸省においては、原子力の開発および利用に関し、特に原子力船の建造および運航ならびに外来放射能の観測について昭和29年度から関係の部局において調査研究を実施して来た。すでに第1回のビキニ実験の頃から放射能の観測については主として気象庁および海上保安庁水路部において定例的に資料の集積を行って来ており、また昭和30年には造船審議会に諮問を行って原子力船の建造に関し具体的な調査の第一歩を踏み出している。昭和31年度に入ってからこれらの動きはますます活発化し、原子力船については、船舶局が中心になった原子力船調査会の調査が推進される一方、運輸技術研究所にも原子力船研究室が新設されて、この方面の研究者は実質的な研究に乗り出した。第2回の水爆実験には当省からも研究者が俊鶻丸に乗り組んでその観測に従事したが、これと前後して大気および降水中の異常放射能がしばしば新聞をにぎわすようになってきた。気象庁としてもこの頃までに全国的な観測網を完成したが、さらに進んで高層の放射能観測についてもその方針が確立され、他面海洋の放射能についても水路部および海洋気象台による観測資料が着々整備された。またラジオアイソトープの利用についても、工学的方面については運輸技術研究所において主として熔接の研究に積極的に使用されはじめ、土木方面としては港湾建設の癌である漂砂対策の有力な武器として活用の端緒が開かれた。さらに当省における特殊な利用分野としての地球物理学的方面に関しては、たとえば海潮流の精密観測、気塊および水塊の移動機構の解析等についての利用方式に関しその可能性が研究された。

 このような実体的な動きに対応して、運輸省全体としての体制もようやく整備され、7月には、運輸省としての原子力開発利用に関する当面の方針が確立された。本方針は、原子力委員会に対し、正式に提示するとともに、日本学術会議の原子力関係者にも説明を行った。つづいて11月には放射線の長期利用計画も一応策定を終ったが、31年夏から開始された原子力関係予算は原子力局との数回におよぶ折衝の後、原子力船の研究、RIの利用、放射能の観測等について必要最少限の要求額の決定を見るにいたった。さらに12月には大臣達をもって原子力連絡会議が設置され、省内事務の連絡調整をはかるとともに、新年以降、省外の関係方面にも積極的に働きかけていくことになった。

2 開発利用計画の大網

 2−1 原子力連絡会議

 昭和31年12月13日達第78号により、原子力の開発利用に関する基本方針の策定をその目的として発足したものであって、その業務・運用等は、おおむね次のとおりである。

(1)運輸省に原子力連絡会議を置くものとし運輸省の所掌に係る原子力の開発利用に関する基本方針、原子力船の建造、運航および放射線の利用に関することを審議する。

(2)議長は官房長をもってこれにあて、大臣官房企画課長、文書課長、人事課長、会計課長、海運局調整部長、船員局教育課長、船舶局技術管理官、港湾局建設課長、海上保安庁船舶技術部長、同水路部長、気象庁観測部長、運輸技術研究所次長(2人)および気象研究所地球電磁気研究部長の14委員から構成されるが、必要により専門委員を置くことができる。

(3) 原子力船および放射線の2部会を常設して、それぞれ関係の事項を審議するものとする。

(4) 庶務は、大臣官房企画課において行うものとし、さらに幹部会的なものとして、別途省令改正により設置された14名の技術調査官が、原案の作成等に当るものとする。

 以上のようにして発足した原子力連絡会議は発足後日浅くその本来の活動を開始するにはいたらないが、すでに新年早々第1回の会議を開催して基本計画の確認、32年度予算の折衝方針の決定等を行った。

 2−2 運輸省の基本方針

 昭和31年7月26日の省議により決定された基本方針は次の項目から成っており、原子力委員会において内定された「長期基本計画」に即応して原子力船の建造その他運輸省当面の方針を明示したものである。

(1)原子力船の建造について

(イ)5ヵ年以内に、実験用原子炉の試作または輸入を行う。

(ロ)上記期間内に、船型、構造等についても平行的に試験研究を行う。

(ハ) 昭和41年度までに、20,000〜30,000馬力級の原子力船をすくなくも2隻建造する。

(2)ラジオアイソトープの利用について

(イ) 医・工・農等の分野における利用の他に、漂砂の調査、水塊、気塊の調査研究等特殊な分野についての活用をも考慮し、RI生産炉の早急建設を期待する。

(ロ) 廃棄物の海中投棄等に関し、必要な観測調査研究に着手する。

(3)関係技術者の養成等について

   原子力船関係技術者、特に船員の養成訓練について体制を樹立する。

 2−3 放射線利用長期計画

 本計画は、昭和31年11月17日の省議によって決定されたものであって、2−2において述べた基本計画のうち放射線利用部門について事項別、年次別に方針を定めたものである。その内容は以下に述べるごときものであるが、特に運輸技術研究所および気象庁研究所に放射線センターともいうべき施設を置いて、将来の発展に備える体制を確立すること、気象庁および水路部を中心に天然放射能の観測および地球物理学的分野の開拓をもくろんでいること、原子力船の運航等に備えて関係技術者の教育と放射線障害防止の措置を確立せんとしていること等がその眼目である。

(1)トレーサーとしての利用

(イ) 工学方面 熔接・燃焼機構の研究等

(ロ) 地球物理学方面 海流・潮流、気塊・水塊の調査等

(2)線源としての利用

(イ) 工学方面  金属の非破壊検査等または厚み計

(ロ) 地球物理学方面  積雪計その他の気象測器等への利用

(3)自然放射能に関するもの

(イ)NaturalBack Ground の測定  大気、降水、空気中塵埃、海水等の放射能の観測

(ロ) 地球物理学的方面  大気の循環機構、水塊混合・分離の過程等に関する調査

(4) 放射能による汚染および危険防止

(イ) Decontaminationに関するもの

(ロ) Monitoring に関するもの特に気象庁において全国的観測網を構成する。

(ハ) 原子力船の運用に関するもの  船員の教育を含む。

(ニ) 廃棄物処理に関するもの  特に海水投棄および港湾構造物としての貯溜場について調査する。


3 重要事項とその問題点

 1および2において記したとおり、当省として取り上ぐべき事項は、きわめて多いのであるが、以下におもなものについて現状および将来の計画について概説することにしたい。なお詳細については、さらに項を別にして担当機関ごとに述べることとする。

 3−1 原子力船

 原子力発電については、すでに広く知られているが、動力用としてのもう一つの船舶の推進についてはあまり知られていない。本文は原子力船の解説を主眼とするものではないので、ここに詳論する余裕を持たないが、米国におけるノーチラス号を第一船として、米国、ソ連、英国、ノールウェー等各国において真剣に研究されており、ここ数年内に数隻の原子力商船(軍艦でない民用船の意)が世界の海に浮ぶものと期待されている。当省としても昭和41年度にはすくなくも1隻の原子力商船を運航させたいと考えているが、原子力商船の重要性は原子力発電のごときエネルギー資源の涸渇対策としてのみならず(もっとも現在船舶用に使用される燃料は重油に換算して発電用のものとほぼ同量である)。船舶の性能を飛躍的に向上し得ると考えられる点にある。したがって船型の研究もまたきわめて重要である。このため当省の計画としては船用原子炉およびこれに組み合わすべき推進装置についてのみならず船型および各種艤装品についても広範な研究な実施していく方針であって、その母体となるものは運輸技術研究所であり、内局としては造船関係の開発を船舶局が、運航関係の計画を海運、船員両局が推進することになっている。

3−1−1 運輸技術研究所

 詳細については、別項にゆずるが、昭和31年以来原子力船研究室を新設して鋭意研究を進めており、来年度には、船舶性能計算器(1種のアナログ・コンピュータ)を設けて舶用原子力機関の基礎的諸元を計算するとともに模型実験によって船型の研究を行う考えである。

3−1−2 内局関係

 船舶局においては原子力船調査会を活用して原子力船の経済性、建造計画等について具体的な検討を行うとともに、調査団の派遣、専門家の招へい等を実行していく。一方海技専門学院、航海訓練所等においては、原子力船運用要員の教育のための体制を樹立していく方針である。

 3−2 RIの利用

 工学方面におけるRIの利用については、すでに広く知られているところであるが、当省においては、主として運輸技術研究所において熔接および燃焼の研究が行われている。土木方面としては、漂砂の調査が最もクローズ・アップされていて、港湾局、地方港湾建設局によってすでに一部実用化されており、運輸技術研究所においても来年度から本格的な研究が開始されようとしている。

 3−3 放射線障害防止

 この項は特に運輸省独自の課題ではないが、RIの利用が一般化されれば当然これが運搬等も広範囲かつひんぱんに行われることになると予想されるので、船舶、航空機、陸上輸送機関による運搬等についても保安上の規制が必要とされてくるものと考えられる。当省としてはすでに所要の省令等について技術的検討を加えているので、近く実施の運びにいたる見込である。

 なお原子炉の建設、原子力船の運航が活発となれば、これらに起因する各種の障害防止またはその運転に附随する廃棄物の処理等もまた当然問題となるのであるが、前者についてはすでに人工放射能による船舶および乗員の汚染の防除に関し委託研究を行わせて見るべき成果を得つつあり、後者についても、港湾局において基礎的な調査に着手している。

 地球物理学的方面については気象研究所等においてC14,H3等を利用し、海洋および大気の循環機能を測定することが、最も新らしい技術として来年度以降において期待されているが、これらの詳細については別項を参照されたい。

 来年度を初年度として運輸技術研究所および気象研究所にRI実験室を整備し、また単に直轄研究機関における研究の促進のみならず広く業界とも緊密な連けいを保って積極的にこの分野の開拓を行っていく方針である。

 3−4 放射能観測

 来年度は地球観測年であるので、本来の研究計画のほかにこの関係の業務も加わって相当活発な研究が行われる計画である。

3−4−1 気象庁

 第1表に気象庁の観測陣の大を示し、また第1図は雨水放射能の変化を示したものであって、自然係数が階段的に増加していることを示している。なお、これをある仮定の下に解析してSr90およびY90の影響を求めたものが第2表である。このような傾向は最近においてもしばしば見られるところであるが、単にc.p.mを以て指示したのみでは、人体におよぼす影響等は速断できないので、核種の決定および測定単位のキュリーへの変換が来年度以降において計画されている。これにともない測定器の改良、fall outの分析のための水盤法の改良も着手される。また大気のコンタミネーションを解明するためには、高層における放射能の有無、分布状態を観測する必要がある。このため気象研究所においてはすでに放射能ゾンデを完成した。来年度からはこれによるルーチン観測にさらに飛行機を併用して元素分析を行い、その解析を行う。

第1表 放射能観測官署と観測項目


第2表 雨および塵埃の放射能Sr90+Y90相当量と最大許容濃度との比較




第1図 雨の放射能


3−4−2 水路部

 別項に示すごとく、日本近海の放射能についてはすでに昭和29年以来継続して観測を行ってきており、来年度はIGYの計画にも応じて海洋気象台等と協力しさらに広範囲にわたって観測を行う計画である。その詳細については、別項を参照されたい。

 このほか放射能(人工または天然)観測を利用して海流・潮流を調査することも従来の海流ビンや塩分濃度測定法に代るものとして研究が進められており、来年度からの実験が期待されている。

4 研究機関別の現況

 1〜3において、当省としての原子力関係業務を概観したのであるが、このうち特に研究も進んでいる事項または特殊な課題等については以下に研究機関別にやや詳細に記述することにするが、報告されているデータ等は一般には未発表のものもあるので、なんらかの参考になれば幸である。

4−1運輸技術研究所

 当所においては昭和31年3月船舶推進部内に原子力船研究室が設立され、運輸省の原子力船開発10年計画の具体化を目指して調査研究を開始した。原子動力の輸送機関への応用としては船舶、航空機、車両等が考えられるが、実現の最も早い船舶から着手することとし、船舶用原子動力の研究と、原子力の特徴を利用して船舶の性能を飛躍的に向上させるための船体面の研究とを平行して行うこととした。

 さらに既有の溶接部、原動機部、港湾物象部、港湾施設部等においても、原子力工業の発展にそなえて溶接、タービン等の原子動力に関連した部分の研究やアイソトープの利用に関する研究を開始した。

4−1−1 舶用原子動力に関する研究

 昭和31年4月原子力船調査会技術委員会において、載貨重量40,000トン、20,000馬力のタンカーをそのまま原子力化するものとすればいかなる原子炉となるかの見当を早急につけることとなり、当所においてこれの略算を行い、7月同委員会に報告した。軽水加圧水型、熱出力75,000kW、燃料2%濃縮ウランの原子炉は遮蔽を含めて重量910トン、直径6.2m、高さ6.9mとなり、現在の機関室の容積で十分収容可能である。なお原子動力の場合の機関関係総重量は約2,000トンとなり、現在のタービン機関の場合の約1,200トンに比べて重くなるが、現在この程度のタンカーが一航海に燃料を3,000トン程度塔載せねばならぬに反し、原子力機関ではウランの消費は数kgで事実上燃料消費率を0と見なせることを考えれば、有効塔載量は2,200トン増加する。商船用原子炉としては信頼性の点から加圧水型が最初に実用される見通しが強いので、引き続いてこの型について燃料濃縮度、燃料板厚、容積比および濃縮度20%以上のものについてはウラン235とジルコニウムとの合金としてその重量比等をパラメーターにとって広範囲の計算を行った。その結果ウラン235の所要量の点から濃縮度20%の場合が最適であることを見出した。さらに補機類の基本設計を行い、実船用プラントの設計を行う予定である。

 ガス冷却原子炉については、これをガスタービンと組み合せたダイレクトサイクルが有望視され、現に米国の原子力タンカーの第2船はこの型式を採用することになっている。当所においてはヘリウム冷却、黒鉛減速型式の計算を行い、プラント効率の高い基礎設計を行った。舶用の場合は燃料体の熱伝達面積を増大することが必要でこれについては実験を行うべく準備中である。また船舶においては常時相当の振動はさけがたいので、黒鉛減速材のブロックを格子に組んだ場合の振動に対する実験を行う計画である。沸騰水型原子炉については、自由表面の存在するため舶用としての安全性を懸念されているようであるが、ノールウェーの原子力タンカー第1船は重水による沸騰水型を採用する計画で、設計によっては舶用炉として十分可能なものが得られると思う。当所において行った計算の結果、低濃縮燃料では不適当であること、ボイド効果による自己制御性がきわめて大きいこと、しかしそのためには容積比の適正範囲がきわめて狭いこと等が判明した。目下引き続いてこの型の動特性の理論的研究を行っているが、さらに耐動揺性に関しても理論、実験の両面から研究を行う計画である。

4−1−1−1 推進抵抗に関する研究

 現在の水上船舶の速度向上をはばんでいるものはもっぱら造波抵抗であって、これは速度の3〜4乗に比例する。このため現在の機関ではわずかの速度増加を意図した場合にも異常な燃料増加をともない、事実上商船として成立しなくなる。

 原子力船の目標は、第一に燃料消費率を無視し得る原子力の特徴を生かした高速船であり、次に燃焼に酸素を必要としない特徴をも生かした高速潜水船である。当所においては載貨重量40,000トン(排水量54,300トン)のタンカーと、これと等しい排水量の潜水船とについて、有効動馬力の計算を行った。その結果によれば平水中で23ノット程度までは水上船の方が有利であるが、高速では潜水船の方がはるかに有利であって、30ノットでは水上船の185,000馬力に対し潜水船は73,000馬力に過ぎない。荒天時には水上船の速度ははなはだしく低下するから、推進抵抗の面だけからは潜水船が圧倒的に有利である。

 また上記の40,000トンタンカーに先に計算した加圧水型原子炉を塔載するものとして設計し、吃水、トリム、機関室容積等の検討を行った。大型高速船については水上船の場合にも、現在までに船型試験の資料はほとんど無いので当所において系統的実験を行う予定である。潜水船の船型試験は今まで支持装置の抵抗が大きいため、信頼すべき資料皆無であったが、当所においてこれの改良を行い、最近実験を開始した。非常な高速船では現在のプロペラはキャビテーションを起して使用不可能になるが、当所において行った理論研究によれば、なお相当の範囲はプロペラによる推進可能との見通しである。

4−1−1−2 船体構造に関する研究

 船を原子動力化する場合、原子炉は遮蔽を含めて相当の重量になるので集中荷重の問題が生ずるが、設計した結果集中荷重は心配するほどの問題とならなかった。むしろ船全体の強度メンバーである甲板上の応力の方に問題があり、満載および半載状態での応力は通常の範囲の値になるが空荷の場合多少の強度を増加する必要のある値になった。これらについてはさらに研究を続行中である。

 現在の水上船では荒天時には速度がはなはだしく低下するが、原子力によって、船と波との同調する速度以上の高速船にすれば、動揺も速度低下もなく、またスラシングにする強度上の心配もない航海を続けることができる。 この限界速度に関する略算を前述40,000トンタンカーについて行った結果は、海象条件によってことなるけれども約30ノットとなった。この方面の理論的研究は既に当所において相当の進捗を見ているが、さらに不規則波を人工的に作った水槽実験を行うべく準備中である。

4−1−2 ガスタービンに関する研究

 原子炉とガスタービンを組み合わせて動力をうることについては既に種々の提案がなされている。当研究所では以前からガスタービンの研究に着手し、圧縮機、タービン、熱交換器等の基礎研究を行うとともに2,000馬力試験用ガスタービン、500馬力舶用ガスタービンを試作して運転試験を行い、実用上の各種の資料を得てその開発を図ってきた。これらの研究では重油を燃料とする関係上、作動ガスとしては空気のみを扱っていたが、原子エネルギーを熱源とするときは空気のほかにヘリウム、炭酸ガス、窒素等を作動流体として考えることができ、選択の範囲が広まってくる。しかしこれらのガスは比熱、ガス常数等がことなり、それぞれの性状に適したサイクルもまた違ってくるので数種のガスにつき熱計算を行い、プラント全体として最も経済的な熱サイクルにつき研究を進めている。また舶用主機としては出入港時のごとく負荷の変動を考えなければならぬが熱源が原子炉のごとく熱容量が大きい場合には重油燃焼器のごとく迅速な給熱量の変化を期待することができない。したがって急激な負荷変動はエンジン自体の操作のみで処理しなければならぬので、これに応じうるエンジンの構造につき考慮するとともに、起動法、停止法、試運転法、点検法等につき研究している。

4−1−3 原子炉関係溶接の研究

 原子炉構築に際して多種多様の溶接が利用されるにもかかわらず、また機構的に溶接条件を無視して設計されるおそれがあるので、原子炉国産化を控えて問題が山積している。運輸省と連絡の深い造船関係各社が炉体配管等の製作に一役受け持たされる見通しで、各社溶接技術部門とも連絡をとって新材料の溶接性の解析、施行法の考案に務めている。さし当って31年度はオーステナイトステンレスの溶接棒製作、溶接試験、常温性質試験等に止まり、32年度に高温試験、腐食等の試験に進むことになっている。

4−1−3−1 γ線探傷

 造船関係の溶接使用量が多くなるにつれX線検査技術も進んだが、特に造機部門では溶接材の厚さが従来のX線装置では間に合わないので、一方では100万ボルトX線装置などの輸入が講ぜられたが、欧州方面では廉価で使用方法も簡易な放射性元素によるγ線検査が広く用いられている。厚い鋼材の検査に対するγ線源として代表的なコバルト60をいちはやく備えて、その検査技術の開拓を図ってきた。

4−1−3−2 冶金学的利用

 溶接部に約60坪の放射性元素取扱室を設備して、追跡子として放射性同位元素を用いた冶金学的利用が行われている。現在の段階では主として低温溶接、ろう着の基礎的研究に属した仕事として、単結晶材に鍍金した放射性銀、亜鉛、ニッケル等の拡散の測定が行われている。現行の電気溶接にしろガス溶接にしろ溶接施行中に多量のガス発生をともない、また試料とし心線、フラックスの製造も大仕掛になるので人的にも物的にも準備に時間を要する問題ではあるが、鋼の各種溶接において心線、フラックスの溶接中の行動について利用したい計画である。

4−1−4 港湾関係におけるアイソトープの利用に関する研究

 港湾建設の部門においてもアイソトープは既に試験や調査に便利に用いられている。たとえば、昭和28年第2港湾建設局京浜港工事事務所と運輸技術研究所が協同してコンクリートミキサーの混和度試験、および型枠内に打ち込まれたコンクリートのトレース等、主として、コンクリートの品質管理のための実験を行っている。さらに港湾関係として特筆すべきことは、昭和29年から30年にかけて北海道開発庁室蘭開発建設部が苫小牧港建設のため同地方の漂砂の状態を究明するために行った試験である。これは放射性のガラス砂を作って多量に海に放流し、一定期間ごとにその行方を追跡した大規模な試験であって、遠く海外の注目をも引いたものである。当研究所ではこの経験を基にし、久里浜構内に移動床式水槽を造って波浪、水流、土砂間の関連を明らかにし、理論的に漂砂現象の解明にあたるべく準備を進めている。研究の進捗とともにさらに各港湾の模型実験へ広く応用の可能性があるものと考えており、本年度はこの実験施設の建設費予算を要求している。なお港湾部門においては、このほかに土の密度や含水量の検定への応用、埋立作業の配泥管中の能率調査やコンクリートの透水性、水中施工、潮流調査などへ利用すべく実験方法を考究中である。

4−2 気象庁気象研究所

 現在当所で行っている原子力関係の研究は、大別して大気、降水、海水中の自然および人工放射性物質に関する研究とアイソトープを利用した研究とに分けられる。

4−2−1 一般の放射性物質に関する研究

 大気、降水、海水中の自然放射性物質の研究は従来から行われていたが人工放射性物質に対する各種研究を重点的に取り上げたのは昭和29年度からである。

 この研究を行うにあたって大気、降水、海水中の人工放射性物質の放射能測定法および放射性物質の分析法の研究は従来から自然放射性物質に関する諸問題を扱いまた化学分析に関する基礎研究と経験を有する地球化学研究部が担当し、高層における人工放射性物質の測定は宇宙線その他原子核関係の各種測定を行っている地球電磁気研究部が担当し、また環境衛生的見地からの大気中の放射性塵埃の研究は従来から大気汚染の問題と衛生気象学の問題をとり扱っていた応用気象研究部が研究を担当した。

4−2−1−1 研究の現状

(a) 落下塵、降水、海水中の放射性物質の研究

 昭和29年5月から落下塵、降水、海水中の放射性物質の放射能測定法の研究ならびに元素分析の研究を行っており、落下塵および降水については落下塵は24時間ごとに、降水は降雨ごとに試料を採取し、蒸発法により計測している。また海水については鉄およびバリウムを担体に用いた共沈法により計測しており、この方法はフィッションプロダクトを用いた実験によると高度の収率があり現在のところ最も効果的な方法と考えられる。これらの測定法は既に気象庁の放射能ルーチン観測の基礎に取り入れられ、正式観測法として各地で実施されている。元素分析は落下塵、降水、海水のすべてについて数十回にわたり分析を行い、各地の資料についての比較検討を行っている。なお落下塵、降水、海水中の放射能測定および元素分析について昭和29年および昭和31年の俊鶻丸による核爆発実験調査に参加した。

(b) 放射能ゾンデの研究

 人工放射性物質の汚染度は地上における落下塵、降水中の放射能を測定することによって一応求められているが、この方法では単に地表における落下後の人工放射能の有無あるいは分布状態を測定し得るに過ぎず、高層における人工放射能の有無、分布状態変動を明らかにすることができない。しかるに地表における人工放射能の汚染源は高層にある訳であるから、直接高層における放射能の測定を行うことはきわめて重要なことである。高層における放射能を測定する場合最大の障害は宇宙線による影響であり、この影響を避けるために1本の計数管の周囲をさらに6本の計数管で囲み、特殊回路により自動的に宇宙線による計測を除去し得る方法を考案し、無線符号化および発信回路は現行のラジオゾンデの一部を改装しこれに計測部分を結合した。上記の方式による放射能ゾンデは現在までに36回の試験飛揚を終って優秀な成績を得ており、気象庁の放射能ルーチン観測に取り入れるための準備を行っている。

最新型の放射能ゾンデ


(c) 大気中の放射性塵埃の研究

 大気中の放射能汚染の調査には種々の方法が考えられている。当所では直接空気中に含まれる細塵を電気集塵器で集め、この放射能を測定する方法を使用しており、昭和29年夏から放射性塵埃の集塵方法の比較検討を行い各種集塵方法による放射性塵埃の捕促率をしらべた。この結果電気集塵法は現在他の方法に比較して最も捕促率が高いことを認めた。また同じ年の11月以来現在まで毎日連続的な測定を行い、その日々変化を記録してこの日々変化と気象条件との関係をしらべている。

 なお比較のため濾紙法による人工放射性盤埃の観測も行っている。

 このほか航空機用電気集塵器を試作し航空機による垂直分布を測定し、高層の汚染状態について調査し、興味ある資料が得られた。

4−2−1−2 今後のおもな計画

 自然および人工放射性物質に関する今後のおもな研究計画は次のとおりである。

(a) 放射能ゾンデによる高層大気の放射能観測

 放射能ゾンデは一応完成したのでそのルーチン観測の業務化を図るとともに研究的にも飛揚観測を行い、高層大気の汚染についてその分布、変化の状態をしらべる。

(b) 航空機による高層大気の汚染試料採取ならびに元素分布

 放射能ゾンデによる高層大気の放射能汚染観測は垂直方向の汚染度の強弱ならびに分布を測定するのみであり、いかなる元素による汚染であるかを明らかにすることができないので、航空機を用いて高層の汚染大気を採取し、その元素分析を行う。

(c) 海水、雨水および空気中の放射性物質の元素分析

 Ra226,U238,K40,Rb87,Rn,Th等の自然放射性物質および核爆発によって生成された人工放射性物質の精密化学分析を行う。

(d) 大気中の放射性塵埃の自動計測化の研究

 集塵から計測までの一連の作菜を自動化するための研究を行う。

(e) 自然放射性元素を用いた大気および海洋の循環過程の研究

 天然のC14,H3,Be7 等の放射能を測定し、表面海水が深海に沈下する循環過程を調べる等自然の放射性元素の分布、強弱等を測定することによって大気および海洋の大規模な循環過程を究明する。

(f) 火山ガス中の放射性物質と火山活動の関係の研究

 火山ガス中の自然放射性物質を調べ火山活動との関係を求め、さらに火山爆発予知の一指標とする。

4−2−2 アイソトープを利用した研究

 当所でアイソトープを利用した諸研究を開始したのは昭和28年以降であるが、まだ完全なアイソトープ実験室がないのでさしあたり通常の化学実験室をアイソトープ実験室としての使用に必要な改造を行い、その安全度の範囲内での研究を行っているに過ぎない。アイソトープを利用した各種研究の構想は相当に大規模のものもあり、早急に完全なアイソトープ実験室を設ける必要に迫られている。

4−2−2−1 研究の現状

(a) C14 による水塊分析の研究

 海洋学においては海洋の生産力(浮遊生物←→魚類)が海水の水塊分析を行う際の指示要素の一つとみられているが、この観点から海水中の浮遊生物の光合成の同化量が水塊分析の指標として使用し得ると考えられる。従って海水中に一定量のC14を与えてこれに一定の強さで一定時間の照明をすると海水中の浮遊生物はC14を摂取し、その浮遊生物に摂取されたC14の放射能を計測すればその浮遊生物の同化量を知ることができる。これを各海域について調べれば海洋学上貢献することが多い。

(b) Ca45,S35による海塩核の変質に関する研究

 従来から降雨機構の問題に関連して海塩核が重視されて来たが、近年海塩は大気中でなんらかの原因により組成変化を起していることが明らかになった。しかしその機構はまだ不明な点が多いのでCa45あるいはS35を含む硫酸塩を用いて各種の実験を試み、変質の機構を明らかにする。

(c) P32 による海洋における物質代謝の研究

 海水中の燐酸イオン濃度は従来から水塊分析の一要素として測定されて来たが、この物質は海洋生物の物質代謝と密接な関係があるので燐酸イオン濃度の増減を測定することにより海洋生産力を推定することができる。また生物と海水間の燐酸の収支を明らかにすることは溶在酸素その他の海水中の諸物質の動向を解明する上に有力な手段となる。この場合P32を用いればこれらの測定が容易に行われる。

4−2−2−2 今後のおもな計画

 今後アイソトープを利用して行うおもな研究計画は次のとおりである。

(a) 放射化学分析による大気海水中の微量元素分布の研究

 大気、海水中に含まれる微量元素の分析は通常の微量分析法を用いても非常に困難な場合が多いが、アイソトープを用いた放射化学分析を行うことによって比較的容易に微量元素を分析することができる。

(b) 積雪測定の研究

 山間僻地の積雪量を自動的に測定するため半減期の長いアイソトープを用い積雪による放射能の減少を測定しロボット無線装置により自動的に気象官署に通報する。

(c) アイソトープによる季節風の実験

 季節風の吹出しの機構、寒冷前線の微細構造等を調べるために実験用空気にアイソトープを混入し模型実験を行う。

(d) アイソトープによる地下水の観測

 地盤沈下等の機構をさらに詳細に調べるため比較的半減期が短く人体に対する影響の少ないアイソトープを用い地下水の流動状況を究明する。

(e) アイソトープによる大気環流の研究

 従来の大気環流の実験的研究は水を用いて行われてきたが、種々の欠点があり満足すべき結果は得られていない。この欠点を除くために水に換えるに空気をもってし各種気塊を判別するのにアイソトープを用いればその成果が飛躍的に向上することが期待される。

4−3 海上保安庁水路部

 ビキニ環礁における核分裂実験に端を発する日本近海の海水の放射能汚染問題は、1954年および1956年の二度にわたる俊鶻丸のビキニ海域調査の結果、北赤道海流域に検出された人工放射能による汚染海水が若干の時間的ずれをもって日本近海に流入する可能性が報告され、注目を浴びた。

 海上保安庁水路部では、昭和29年7月から原爆被害対策の一環として日本近海の海水の放射能を測定し、これが影響による海洋の汚染状況を調査してきたが、一応ここに現在までの資料がまとまったのでこれを報告する。なおこの調査は今後引き続き実施されるものである。

4−3−1 観測計画ならびに測定実施地点

 観測計画は当部において毎年4回実施されるD−E線、B−C線の海洋観測線上におき、測定調査の対象は主として観測点の表面海水を採取し、試料の放射能を測定した。





4−3−2 測定方法

 海水の放射能測定法としては、先に放射線調査特別委員会において定められた、Fe−Ba沈澱法を採用した。

 すなわち 86.3g/l の鉄明礬水溶液および17.8g/l の塩化バリウム水溶液を試水1l に加え、これに塩化アンモニウム2gを入れて、約60℃〜70℃に加熱する。次にフェノールフタレーンのアルコール溶液を2〜3滴注加、アンモニア水でpHを調整したのち、数分煮沸し一昼夜放置してから沈澱の生ずるのを待って特殊濾過器で吸引濾過する。この濾紙上の沈澱物を乾燥灯の下で乾燥し、測定用試料としてGM管装置のマイカー窓の下約1.5cmにおき計測する。

 計測時間は20分間〜30分間の平均値をもってc.p.m./l 単位とした。計測誤差は標準偏差で表示した。

4−3−3 測定用機器

 使用せる機器は、以下のごときものである。

4−3−3−1 GM装置

(1)科学研究所製32進法GM計数装置

 GM管マイカー窓の厚さ3.4mg/cm2

(2)神戸工業株式会社製100進法GM計数装置

 GM管マイカー窓の厚さ 3.46mg/cm2

4−3−3−2 分析用器具

 ガラスフィルター付濾過器

 特殊濾紙ばさみ

 その他一般化学分析用器具

4−3−4 測定結果

 次ページ表のように特定の地点において放射能が検出されている。すなわち黒潮流域および三陸沖海域の観測点約170点から表面海水を採取し、放射能の総カウント数を測定した。図上に記入した検出地点の計測値は放射能の減衰による時間的補正を行っていないが、試料に放射能を検出した地点は21点でいずれもまばらに存在している。また得られた計測値は2〜10カウント/l のきわめて微弱なものである。

 したがって現在までの調査結果では、日本近海の海水が人工放射性物質により著しく汚染され危険状態をもたらしているような海域を認めなかった。

 昭和30年8月日米加共同で実施された北太平洋観測で採取した試料については放射能を検出しなかった。なお昭和31年8月実施された赤道観測での北赤道海流域における試料は現在放射能を測定中であり追って発表する。

放射能検出地点 


4−3−5 今後の計画

 今後とも観測を続行していくことにより、日本近海におけるNatural Back Groundも明確になると考えられるが、特に分析の迅速化のための実験室の整備が急務である。